椎名作品二次創作小説投稿広場


ツンデレラ

いばら姫


投稿者名:UG
投稿日時:05/ 8/23

 ウエディングベルが鳴り響く中、着飾った花嫁が永久の誓いをしたばかりの新郎に手を引かれバージンロードを歩いてくる。
 二人を見送るべく、教会の出口で待機していた美神令子と小笠原エミは複雑な笑顔でその光景を見ていた。

 「まさか冥子に先を越されるとはねー」

 「ホント!世の中間違ってるワケ」

 結婚のケの字すら見あたらない日常を送っている二人には、冥子の幸せそうな笑顔は眩しすぎるのだ。

 「次は二人の番ね〜」

 二人の複雑な心境をよそに冥子は満面の笑顔で二人の方へブーケを投げる。

 「!」×多数

 普段なら多少の遠慮もあるのだろうがこの手の縁起物に関しては話は別である。
 周囲から延びる多数の手。距離的に優位なエミと美神も慌ててブーケに手を伸ばした。

 パクッ

 予想外の光景に一同の目が点になる。
 ブーケの意味を全く理解していないシロが、フリスビードッグよろしく華麗な空中キャッチを決めたのだった。
 シロは褒めて貰おうとブーケをくわえたまま横島の元へ向かう。

 「バカっ!こっちくんな!」

 凍りついた会場の雰囲気に、連帯責任を恐れた横島は真剣に逃走する。

 「ふぇんふぇ〜まっふぇほひいでごひゃる〜」

 ようやく会場の雰囲気を察したシロは道連れを求めてブーケをくわえたまま横島を追う。
 二人の姿が米粒大に遠ざかるまで会場の女性陣は固まり続けた。

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 手を挙げたままの間抜けな状況に気づき、美神とエミが同時に手を引っ込めた。
 二人の顔が恥ずかしさに赤くなる。

 「ざ、残念だったわねエミ、焦ってるアンタには絶対必要なのにね」

 「そっちこそ、哀れなほど必死だったワケ」

 照れ隠しの軽口もこの二人には喧嘩の火種にしかならない。

 「ま、色ボケのアンタと結婚するような物好きはそういないでしょうね!」

 「オタクみたいな金に汚いクソ女は結婚しないで金勘定してるのがお似合いなワケ!」

 オロオロする周囲をよそに二人の間に火花が飛び散る。

 「レーコちゃん、エミちゃん、またあとでね〜」

 あくまでもマイペースな冥子は我関せずと政樹と共に披露宴の会場へ移動していった。
 その様子に毒気を抜かれたのか直接対決には移行せず、極めて平和的な決着の付け方が提案された。

 「そこまで言うならどっちが先に結婚するか賭けるワケ!」

 「いいじゃない!望むところよ!賭ける金額は・・・・・」

 二人が掛け金を同時に口にする。

 「「1000円!」」

 両者のあまりの自信のなさっぷりに周囲の者たちが涙ぐむが、当の本人たちは気付いていなかった。







 その晩、小笠原エミはいつものように無言で自宅のドアを開けた。
 長い一人暮らしのおかげで「ただいま」をいう習慣はとうに無くしている。
 エミは着ているドレスを脱ぐと下着姿のままキッチンへ移動し冷蔵庫を開けた。
 ビールとミネラルウォーターが目立つ冷蔵庫からミネラルウォーターを取りだし、500mlのペットボトルの半ばまで一気に飲み干す。
 唇からこぼれた水が胸元を濡らしたが、気にとめた様子もなくそのままベッドルームに移動しベッドに倒れ込んだ。

 「少し飲み過ぎたワケ」

 披露宴、二次会とうわばみが可愛くみえる同業者と張り合ったことを少し後悔する。明日は完全な二日酔いだ。
 シーツにくるまりブラジャーを外すとようやく一息つけた。

 ―――結婚か・・・

 昼間の光景をぼんやりと思い出す。
 自分にそれが似合うかどうかは別問題として、綺麗なドレスを身につけ幸せいっぱいの冥子の姿は正直憧れる。
 しかし、結婚式、披露宴を通してエミが一番強く感じた事は、自分が場違いな所にいるといった疎外感だった。
 結婚と恋愛の違いは結びつく単位にあるとエミは考えている。
 そういう意味では、今日行われたのは六道家と鬼道家の結びつきだった。
 生き別れの母親が物陰から見守っていたりと新郎の家庭は多少複雑らしかったが、それでも家という単位には違いない。
 10歳で両親と死別したエミにとって家族などというものは忘れて久しいものだった。
 自分を今日の冥子に置き換えてみたとき、家族というファクターが完全に抜け落ちていることを意識してしまう。
 家という単位に所属していないエミは、どうしても家族というものに対して身構えてしまうのだった。
 自分は独りだという気持ちと、それがどうしたという気持ちが交互に胸に沸き上がる。
 次第に重くなる瞼「おやすみ」をいう習慣もすでにない。
 エミはいつしか眠りについていた。



 閉じた瞼に見慣れた人影が映る。
 目深に被ったフード、裾のすり切れた灰色のローブ。
 もしこの人影がフードを外したならば、国籍不明な浅黒い老人の顔が現れたことだろう。
 エミの夢に現れたのは、5年前に他界したエミの師匠だった。
 そのローブ姿は無言で呪術用具の保管庫である隣の部屋を指さす。
 そこの部屋に見て欲しいものがあるかのように。

 「師匠?・・・・」

 エミは自分の声で意識を覚醒させてしまう。
 目を開けると其処に師匠の姿は無く、明け方の日差しに照らされた室内があるだけだった。

 ―――夢?

 二日酔いを見越して今日、明日の仕事は空けてある。
 エミはもう一度眠りに着こうとしたが猛烈な頭痛に邪魔されてしまった。
 二日酔いの頭痛に二度寝をあきらめたエミは、ベッドを抜け出るとバスルームへ向かった。
 熱いシャワーと冷水のシャワーを交互に浴びアルコールにダレた体を覚醒させる。
 頭痛と吐き気は幾分治まったが食欲などは論外の体調であることには違いない。
 朝食用のシリアルを無視し、昨日飲みかけにしたミネラルウォーターをゆっくり含むように流し込んだ。

 プルルルル

 電話の呼び出し音が鳴るのと、ミネラルウォーターを飲み終わるのはほぼ同時だった。

 「はい・・・・・」

 受話器を取ってもエミは自分からは名乗らない。
 名乗った瞬間に発動する呪いも存在する。呪術に携わるの者の習慣と言えた。

 「あ、朝早くからスミマセン。ピートです」

 電話の向こうから聞こえてきた声に、慌ててはだけたバスローブの前を合わせる。
 下着は付けていなかった。
 別段電話だから関係ないがその辺が女心というやつだろう。

 「起きてたから気にしないで」

 現在の自分には精一杯の可愛らしい声で答える。
 酒に焼けた喉が恨めしかった。

 「すみません。呪いに関する急ぎの仕事が来ちゃいまして・・・できたらお手伝いいただきたいと先生が・・・」

 「神父は元気?」

 「・・・・・・・何とか生きてます」

 「了解なワケ。午後にそちらに行くからそれまでに復活しといてと伝えて」

 この辺が声の限界だった。
 名残惜しいがエミは会話を終わらせると受話器を置く。

 「午後までには体調を戻さないとね」

 エミは冷蔵庫からもう一本ミネラルウォーターを取りだす。

 「!」

 そのボトルの表面に先程の人影が反射していた。
 慌てて振り返ると急激な頭部の運動に脳神経が悲鳴をあげる。
 振り返ったベッドルームには何の気配も無かった。

 「二度も姿を見せるなんて何が言いたいワケ」

 エミはミネラルウォーターを一口飲むと、師匠の幻が指した呪具の保管部屋に入っていく。
 12畳ほどの部屋に乱雑に積み上げられた呪具をかき分け、エミは一番奥のキャビネットを目指した。
 師匠の死後、その持ち物を雑多に詰め込んだキャビネットに辿り着くと扉に手を掛けた。
 エミに開けられるのを待っていたかのように、全く抵抗を感じさせずに扉が開く。
 開閉時の風邪に煽られたのか一枚の羊皮紙が独りでにエミの足下に落ちた。

 「これはあの時の・・・・・・・・・・・・・・・・」

 エミは見覚えのある羊皮紙を拾い上げる。

 「アイツは封印した筈・・・・・」

 過去の因縁が追いかけてくるような感覚にエミは軽く身震いした。









 教会は子供たちの声で溢れていた。
 子連れの若い母親や孫を連れた老人たちが神父と助手を取り囲んでいる。
 それだけで人の良い神父と美形の助手が地域の人から慕われているのがわかった。
 強いて言えば主婦はピートを、老人と子供は唐巣を中心に集まっているのだが・・・
 エミは教会の入り口に立ちしばらくその光景を見ていた。

 「みなさん、今日はこれくらいで失礼します。こんにちはエミさん・・・・・お話は事務所の方で。」

 エミの来訪に気付いたピートがお別れを口にし、唐巣を伴い事務所へ入っていく。
 帰りはじめる地域住民と入れ違いになりながらエミも教会裏手の事務所に向かった。

 「ピート君・・・・・水を・・・・」

 事務室に入った瞬間、唐巣神父がソファーにもたれかかった。
 昨日の酒が抜けきらないうちに近所の人達の訪問を受けたのだろう。
 二日酔いは美神と同じテーブルに座った者の宿命みたいなものだ。
 鳴り響く頭痛のなか子供たちの相手をしていた唐巣に微かな同情を覚える。

 「二日酔いの日も信者の相手とは大変なワケ」

 エミは唐巣に水とトマトジュースを運んできたピートに話しかけた。
 ピートはエミの前にもトマトジュースを置き微妙な笑顔を見せる。
 お茶請けには何故か梅干し。

 「みなさん二日酔いって分かってたみたいですけどね。このジュースと梅干しは今いただいた物ですから」

 唐巣は体を起こすとゆっくりと水を口にする。一気に飲めるほどの体調ではないらしい。

 「あの人たちは信者ではない。単に遊びに来ているご近所さんだ・・・この梅干しをくれたお婆さんはたしか浄土真宗だったはずだよ」

 宗教的にルーズな国民性を特に気にした風もなく、唐巣は梅干しを一つつまむと口に放り込んだ。
 酸っぱさに顔をしかめるが青みを帯びていた顔に徐々に血の気が戻っていく。

 「そんな事だから破門されちゃうワケ」

 エミは出されたトマトジュースを一口飲む。
 ピートが運んだそれはとても美味そうに見えたのだ。

 「僕は別段それにこだわる気持ちはないしね。昨日の冥子君の結婚式もそうだろう・・・式神使いの家系である両家がキリスト教の結婚式を挙げるのは四角四面に考えたらおかしい。六道さんにそれとなく聞いたが、別立てで伝統に則った式はちゃんと行っているそうだよ」

 梅干しの効果か唐巣はトマトジュースにも手を伸ばした。

 「昨日のは冥子くんを祝う参列者が参加しやすい形態を選んだだけだそうだ・・・こんな風に人と人とが結びつく為には宗派の違いなんか些細な物だと僕は思っている・・・・もちろん主は僕と共にある事を確信した上でね」

 エミは先程の光景が神父の人柄によるものだと理解していた。
 目の前の男は貧しい者からは報酬を貰わず除霊を行っている。
 この男が重視するのは人の縁であり、心正しき人々を霊障から救うときに感じる神との一体感である。
 基本的に大金の動く企業からの依頼は彼の所には来ないし彼も受けるつもりが無い。
 その代わり自分や令子の事務所と棲み分けが行われている彼の教会には、世話になった人々がその後も訪れ続けるのだ。
 そのような依頼人との関係は自分や令子にはない。
 だからと言ってそれが羨ましいかと聞かれたら自分は否と答えるだろう。

 「それで、私に手伝って欲しいというのはどんな話なワケ?」

 エミは思い直したように本題に入る。

 「簡単に言えば15歳の女の子を呪いから守ること。本来なら僕とピート君で行うんだが、生憎僕は今晩からどうしても外せない出張があってね」

 「呪いのレベルにもよるけど何で私なワケ?弟子の令子にでもやらせりゃいいじゃない」

 「呪術のスペシャリストであるキミの実力を高く評価していることは勿論だが、本当の所は依頼主の経済状況が影響してね・・・令子君にはとても・・・・」

 唐巣は悲しそうに大きく首を振った。

 「私だって安くないワケ」

 「お客が普通の企業や警察ならね・・・キミが親のいない子供から謝礼を受け取らないのはごく一部では有名な話だよ」

 エミの顔に軽い動揺が走る。

 「今回の対象となる子は施設で生活する子だ。10歳の時に父親を亡くし母親にも捨てられたらしい」

 エミの胸に言いようのない不安がわき起こる。
 払拭したい過去が足下に絡みつきジリジリとはい上がってくるような気がした。
 そんなエミの様子に気づかず唐巣は依頼の手紙を取りだしすとエミに手渡す。

 「何やら手紙では説明できない事がありそうなんだ。できたらこれからピート君と共に現地に向かって欲しいんだが可能かい?」

 手紙を見た瞬間、エミの予感が確信に変わる。
 過去の因縁は自分をまだ解放してくれないらしい。
 殺し屋だった過去は贖罪を必要としているようだった。

 「オーケイ。手を貸すわ」

 「感謝する・・・ピート君もこれを機に呪いがどういうモノかよく勉強させてもらうといい。二人での移動にオートバイは不便だろう、10年落ちの国産だが使ってくれたまえ」

 唐巣はこういうと車のキーをエミに手渡した。







 走るのがやっとといった風情の国産車のハンドルをエミは握っている。
 普段乗っているバイクとは段違いの加速の悪さにアクセルは先程からベタ踏みだった。
 準備のため自宅に寄った際に仕事用のワゴンに乗り換える手もあったが、助手席のピートに気を遣わせそうなので止めている。
 カーナビはおろかオーディオ類も一切無い車内にエアコンの音だけが響く。
 カーエアコンの付いている事だけが唯一の救いだった。

 「エミさんが車の運転しているの初めて見ました」

 先程から無言で運転しているエミに気を遣ったのかピートが話しかける。

 「いっつもオートバイですからね。好きなんですかオートバイ」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・まあね」

 考え事をしているため、いつものピートに対する態度からは考えられない素っ気なさで答える。
 しかもこの質問はエミにとって答えづらいものだった。
 バイクは乗り物としても魅力的だと思うが、エミが普段ソレに乗るのは独りでいるのに丁度良かったからだ。
 いつも独りでいる自分にはバイクという乗り物が一番似合うとエミは思っている。

 「でも、そうやって運転しているエミさんって素敵ですよ。美神さんと喧嘩したり、僕をからかっている時よりずっと美人にみえます。普段ヘルメットで隠しているのが勿体ないですよ」

 「ばか・・・・何横島みたいなこと言ってるワケ」

 予期しない台詞に思わず口元が緩んだ。エミは横目でピート方を窺う。
 ピートはその視線に気付くと安心したように笑った。

 「やっと笑いましたね。この仕事を受けてからなんか悩んでるみたいでしたから」

 多分先程のはピート精一杯の軽口なんだろう。
 エミはピートの気遣いに苦笑し、そして少し胸が軽くなったことを感じた。

 「ピート・・・一つ聞いていい?お父さんのこと好き?」

 エミは思い切って質問を口にした。

 「・・・・・・・・・・・・・・真面目に答えなきゃいけませんか?」

 「お願い」

 「好きですよ・・・・・・・・・・・・・・・・信じられないかも知れませんが」

 エミは言いづらそうに次の質問を口にする。

 「もし、よ・・・・・もし、お父さんが誰かに滅ぼされたとしたらピートはどうする?」

 ピートはこの質問の回答に詰まった。

 「わかりません・・・・・中世の頃、父は人間を食料くらいにしか考えていませんでしたから。その頃の敵討ちだとしたら仕方がないと納得してしまうかも知れません。・・・・・・・でもね、エミさん」

 ピートは重大な秘密を打ち明けるように後を続けた。

 「父は母と出会って変わったそうです・・・当時の父は人間の迫害くらいで逃げるような脆弱な吸血鬼じゃなかったと聞いています。母と出会った父は人間との共存の道を模索しはじめ・・・・・そして僕が生まれました。島を霧で隠したのは人と共存するための時間を稼ぐためだったようです。当時のヨーロッパでは父は悪魔以上に恐れられてましたから・・・・前回の騒ぎの時、なんで僕が日本のGSを頼ったと思います?ヨーロッパでは未だに吸血鬼への恐怖が残っているんです・・・」

 ピートの表情が悲しそうに曇る。
 最初にコンタクトをとったヨーロッパのGSはいきなりピートを攻撃してきた。
 それも吸血鬼の弱点を的確に突いた容赦のない攻撃で。
 唐巣が偶然その場に居合わせなければ、ここに彼はいなかったかも知れない。
 ピートはその時の唐巣の言葉を信じ遙か極東の地を訪れたのだった。
 その時の出会いをピートは神に感謝している。

 「バンパイアハーフの僕が受け入れてもらえるかとても不安だった・・・・・・だから、正体を打ち明けた後も皆さんが変わらず接してくれて本当に嬉しかったんです。僕も父も・・・・・・・・・・・・後で聞いた話ですが、あの騒ぎは人間界にバンパイアハーフの僕がどれくらい受け入れられるのかを試しただけだったようです。僕が人間に受け入れられなかったら父は島を再び霧で隠すつもりだったと・・・・・少し悪ふざけが過ぎましたが・・・・・・・・・・・」

 「そうとう過ぎたワケ!私なんか血を吸われたのよ!」

 ピートの様子にエミは軽口で返す。
 彼がこれまで抱えていた苦悩を知り、エミはこの青年が一層愛しく感じられたのだ。
 エミが本気で怒っていないのはピートにもすぐにわかった。

 「ははっ・・・それはおふざけと思って勘弁してください。父が本気で噛んだらもっと酷いことになってますから」

 ピートは困ったように笑うと、何か思い出したように手を打った。

 「そう言えば、父はエミさんのことを凄く気に入ってましたよ」

 ギャリッ!
 この発言にエミはハンドリングを誤りかける。
 すでに山道に入っていた車は危なくガードレールを突き破りそうになった。

 「・・・・・何か言っていた?お父さん」

 「いえ何も・・・・・あの頃はエミさんが一番僕に親しくしてくれましたからね。それだからじゃないんですか」

 ピートは横道にそれた話題を元に戻そうとする。
 自分を受け入れてくれる人達には、ずっと以前からあの事件の真相を話したいと思っていた。
 そうでなければ三枚目に徹した父が自業自得とはいえ不憫だった。

 「僕が人間に受け入れられ、人々のためになる職を目指しているのを父は喜んでくれています。今の父は人間にとって必ずしも邪悪ではないんです・・・・その父が正当な理由無く滅ぼされたら僕は復讐を考えてしまうかもしれません」

 「そう・・・・それが普通よね」

 エミがこう呟いたとき目的地である洋館が姿を現す。

 「そう言えば手紙の住所を見ただけで地図も見ないでよく来れましたね・・・・この車カーナビも付いていないのに」

 「ちょっとね・・・」

 エミはピートの疑問にこれだけ答えると車を洋館の前に止める。
 イバラの生け垣に囲まれた洋館は一種異様な雰囲気に包まれていた。








 洋館を訪れた二人は責任者の保田と名乗る初老の男に出迎えられ応接室に案内された。

 「すみません・・・・家内が体調を崩しまして」

 保田はお茶を運んで来るとそのまま二人の前に座った。
 彼自身も顔色が悪く今にも寝込みそうに見える。
 エミとピートは一目でその原因を見抜いていた。
 二人の目は先程から屋敷中に蔓延している夥しい雑霊を捉えていた。
 生命力に溢れる子供と異なり、老年の域に達しようとしている夫婦にはすぐに影響があらわれる。
 応接室に案内されるまでの間に数名の子供を見かけたが、その子供たちのために無理して働いていたのだろう。
 説明では夫婦でこの施設を切り盛りしているとのことだった。

 「エミさん・・・この家って」

 あたりを漂う雑霊の多さにピートが耳打ちする。

 「ええ、かなり悪い霊を寄せているわ・・・・この感じでは寄りだして1週間ってとこね」

 エミはピートの耳打ちに小声で答えると保田に向かい質問した。

 「ここ一週間でなにか変わった改築をしませんでしたか?例えば庭の石像を動かすとか・・・」

 エミの質問に保田は驚いた顔をみせる。

 「1週間前に運転を誤った車が裏門に突っ込みまして・・・・その時、門の近くにあった像が倒れてしまったんです。・・・・・それがなにか不味かったんでしょうか?」

 保田は不安げにエミをみつめた。
 本来は人の良さそうな顔なのだろうが、疲労の為か今は鬼気迫る切迫感しか感じられない。

 「この建物は匿名の方から、改築等の工事を一切行わない条件で寄付していただいた物件ですから気にはなっていたのですが・・・」

 保田は気味悪そうに周囲を見回すが霊能者でない彼には何も見ることができなかった。

 「もとはバブル期のペンションだったようですが、これだけの施設を只で譲ってくれるなんて変だと思ってたんです・・・・前の場所で立ち退きを迫られていたので飛びついてしまいましたが・・・・・」

 「この家は霊を呼びやすい設計なワケ。たぶんその石像が結界の役割をしてたのね。結界さえ張っていれば普通の家なんだから後で直しといてあげるわ・・・・・・そろそろ本題に入りましょう」

 エミがこう切り出すと保田は応接のドアを開け廊下に子供たちがいないか確認した。

 「この施設で一番年上の子の体に呪文のようなものが浮き出まして・・・・・本人が言うには呪われる夢を見たようです。近所の霊能力者に見てもらおうとしたんですがその子が唐巣神父の所でないと嫌だと・・・・・・・・・謝礼の事を気にしたようです」

 保田は肩を落とすと無念そうに呟く。

 「経営が苦しいのは確かですが毎年匿名で大金を寄付してくれる人もいます。だから子供たちがそんな心配をすることはないのに・・・・・・・・・・・・・・・しかし、呪いのことを考えると遠くの方に来ていただいて正解だったかも知れません」

 「その子が呪われるのに思い当たることはあるワケ?」

 「この話は本人たちには絶対にしないで下さい・・・・」

 保田はエミとピートを見回し念を押すように言う。

 「今回呪いを受けた子の親は覚醒剤の密売人でした・・・しかも噂では呪術師に呪い殺されたと聞いています」

 「子供には何の関係もないワケ」

 隣の席でショックを受けているピートをよそに、エミはまるで問題がないようにその話を流した。
 保田はエミの発言を聞き安心した表情をうかべる。

 「その言葉を聞いて安心しました。すぐにその子を呼びますのでくれぐれも今の話は・・・」

 「分かってるワケ。本人には絶対今の話はしないわ」

 この言葉を聞いてから保田は二階にある少女の部屋に向かい大きな声で名前を呼んだ。







 「よろしくお願いします」

 奄美三枝と紹介された少女は応接室に入ってくるとエミに向かって一礼した。

 「さっそく呪いを見せて貰うワケ」

 エミはその目をまっすぐ見ようとせず三枝の額に手をあてると呪文を呟く。
 一瞬三枝の顔に不快な表情が浮かんだ。

 「おおっ!これは?」

 保田が驚きの声をあげる。
 三枝の体から古代文字の呪文が浮きあがると部屋中に広がるのが見えた。

 「呪いを視覚化したワケ」

 エミは部屋中に広がる古代文字から一部分をたぐり寄せ展開する。

 「これは眠りの呪いね・・・・15歳で指に針を刺すと呪いが発動する仕組みになっているワケ。眠りの長さは・・・100年」

 「すごい・・・・夢で見た通りです。私の夢に現れた声がそう言ってました」

 三枝の言葉に保田が驚いた顔をした。
 彼は呪いの内容に関しては三枝からなんの説明も受けていなかった。

 「100年も・・・・すぐに呪いを解くことは出来ますか?」

 保田がエミに質問する。

 「今すぐには無理ね・・・呪いのパワーと発動条件には反比例の関係があるワケ。こんなふうに呪いが発動するのに困難な条件を組み込むと、パワーは簡単には解除できないレベルにまで増幅するわ」

 エミは保田に向かい今後の注意を伝える。

 「とにかく針さえ指に刺さらないようにすれば呪いは起こらないワケ。呪いの解除の方法が見つかるまではソレに気をつけるのが一番の防御策ね。念のため今日から革手袋をしてこの家から針を処分すれば充分なワケ」

 この言葉に保田は安堵の息をもらす。
 それくらいの条件ならば容易くできそうな気がした。

 「まだ、問題は解決していないワケ」

 安心する保田を後目に、エミは覚悟を決めたように三枝の目をみた。

 「呪いがかかった時期と誰にかけられたかは分かる?」

 「この模様が現れたのは1週間前です。誰かは特に・・・・声しか聞こえませんでしたから」

 このタイプの呪いは、相手に自分が呪われている事を理解させなければ意図したパワーを発揮することはできない。
 術をかけた呪術師は一週間前に三枝に接触したはずだとエミは考えていた。

 「呪われる理由とか、きっかけで思い当たることはない?」

 「呪われるのに理由が必要なんですか?」

 この質問にエミは言葉につまってしまう。

 「・・・・・普通はね。見ず知らずの人を呪うようなヤツはそういないワケ」

 「お金を貰って見ず知らずの人を呪う悪い人がいるって聞いたことがありますけど・・・・・・」

 エミの表情が強張る。

 「お金を払う側には理由があるわ・・・何か人に恨みを買った覚えはない?」

 「ありません。お父さんが死んでからずっと此処で静かに暮らしてきましたから・・・・・それにあったとしても私は負けません。正体を見せず卑怯な方法しかとれない人になんか負けてなんかやるもんですか」

 エミは苦労して笑いの形を作った。

 「その調子よ・・・・あなたの呪いは必ず解くから安心するワケ。明日から本格的な作業をはじめるわ」

 エミの言葉に三枝は笑顔を見せた。

 「エミさんが来てくれて本当に良かった・・・・・エミさん。一つ聞いてもいいですか?」

 エミの返事を待たず三枝は質問を口にした。

 「エミさんも誰かを呪って殺したり傷つけたりすることが出来るんですか?」

 唐突な質問に室内が凍りつく。
 保田がとがめるような視線を送ったが三枝は動じる様子がなかった。
 
 「出来るわよ・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 掠れた声でエミが答えると、三枝は悪びれずいたずらを見つかった子供のように舌を一瞬見せた。

 「スミマセン変なこと聞いちゃって、エミさんみたいに素敵な人がそんなこと出来るなんて信じられなかったんで」

 三枝はこう言うと二階にある自分の部屋に戻って行く。
 自分の一言がエミにどれだけの痛みを与えたのか、全く理解していないかのように。






 本格的な呪いの解除を行う前に、エミはピートを伴い洋館を守る結界の作り直しにかかった。
 壊れた石像のあった場所に素早く魔法陣を書き込んでいく。
 ものの数分も経たず魔法陣は完成し霊の流入はストップした。

 「あれだけの魔法陣をほんの2,3分で・・・・・・エミさんは本当に凄い」

 エミの手際にピートは驚嘆していた。
 もしも彼が同じものを作成した場合、1時間以上はかかってしまうだろう。

 「あくまでも一次しのぎなワケ」

 エミは何かに耐えるよな表情でピートの賞賛に答えた。

 「それだけじゃないです!さっきの呪いの解読でも複雑な構文を苦もなく読みこなして・・・エミさんの年齢では普通考えられません」

 「私の場合はやらないと生きていけなかったからね・・・」

 忘れ去りたい過去と対峙し、エミは様々な事を思いだしていた。
 呪いの才能のこと、両親の死のこと、叔母の家を飛び出たこと、それからの生活のこと。
 独りには慣れているはずだが無性に自分のことを誰かに知って貰いたかった。
 そして少しでも肯定して貰いたい・・・気休めでもあの事は仕方が無かったと言って欲しい。
 エミは普段は人に聞かせ無い話をピートに話し始めていた。

 「両親が死んでからこの力が強くなってね・・・師匠は自分を守るための適応って言ってたけどあの頃は苦痛だったわ。学校の同級生や身内から化け物扱いされる子供って悲惨よね」

 エミの言葉にピートは表情を曇らせた。
 自分ではコントロール出来ない呪いの力。
 エミは意識しないまま周囲に未熟な呪いを振りまいていた。
 それは普通の子ならたわいの無いいがみ合いも容易く悲劇へと発展させる。
 意図せず怪我をさせた叔母に化け物と罵られた瞬間、エミは家を飛び出していた。

 「ちょっとしたきっかけで師匠に拾われてね。力をコントロールする方法を教わったワケ。そうじゃ無ければ今頃は無差別殺人者ね」

 エミは最後の台詞で自虐的に笑った。無差別ではないにしろ自分は確かに人を殺している。
 それがどんな理由からにしろ自分の手は血にまみれているとエミは思っていた。

 「良い師匠だったんですね」

 「私には優しかったわよ・・・修行に関しては鬼だったけどね。自分の死期を知っていたのか、12歳の時から約3年で呪術の基礎から応用までたたき込まれたから・・・死ぬような目にも何度も会ったし。でもね、師匠はこの力も人間には必要だと言ってくれたの・・・自分のことを化け物だと思っていた私に・・・・・・・・」

 「エミさんは優しい人です・・・・今回も身寄りのない子のためにこんなに親身になって」

 ピートはエミの手にそっと触れる。

 「!」

 そこが触れられたくない箇所であるかのようにエミは咄嗟に手を離した。
 ピートに自分の手が血まみれだと知られてしまうような気がしていた。

 「違うの!私はそんなんじゃ・・・・・」

 エミは言葉に詰まる。
 自分が殺し屋だった事は言う勇気が無かった。

 「エミさん・・・・・!」

 「!」

 二人はほぼ同時に屋敷の方を向く。
 急激に何かの霊気が膨れあがるのを感じた。
 夥しい量の雑霊が屋敷からあふれ出ている。
 霊能力の低い者にもその姿は顕在化したのだろう。
 屋敷からあがる悲鳴に二人は同時に走り出した。








 「何でこんな量の雑霊が・・・」

 まとわりつく雑霊を払いのけながらエミとピートは急いで屋敷の扉を開けた。
 その途端凄まじい数の雑霊が出口を求め二人の空けたドアへ殺到する。

 「!」

 ドアの横に張り付き雑霊の波をやり過ごす二人。
 結界に閉じこめられる形となった雑霊は、屋敷の敷地内を出鱈目に飛び回っていた。

 「みんな無事!?」

 雑霊の流れが止んだのを見計らってエミが屋敷内に飛び込む。ピートもそれに続いた。
 飛び回る雑霊のせいで視界が極端に悪い。ドアからすぐのホールにうずくまる人影が見えた。

 「もう大丈夫よ」

 倒れた保田に十数名の子供がすがりついて泣いてる。
 エミは近づくと子供たちを勇気づけるように声をかけた。

 「ピート!応接室に結界を張るわ」

 ピートに保田を任せると小さい子数名と手を繋ぎ応接室へ誘導する。
 手持ちの簡易結界では保護する人数に限りがあった。
 素早くウエストのポーチから結界用の符を取りだし部屋の四隅に設置する。
 結界で包まれた部屋に新たな雑霊の侵入は起きなかった。

 「これでとりあえずは保つワケ」

 内部に取り残された雑霊をエミが吸引札を使い吸着していく。

 「エミさん。脈はあります大量の霊気に当てられたんでしょう」

 脈をとっていたピートが保田の無事を確認した。

 「これで全員!?」

 エミが一番年長らしき子供に声をかける。
 雑霊がいなくなったことに安心したのだろう。
 小学校高学年らしき少女がようやく泣きやみ辺りを見回した。

 「三枝お姉ちゃんがいない!さっき上へ登ってったきり・・・・」

 突然大きな悲鳴が聞こえてきた。

 「三枝お姉ちゃんの声だ!!多分上の広間です」

 「ここから動かないで!」

 エミとピートはすぐに部屋を飛び出すと階段を駆け上がった。
 2階には人影が無く、エミは真っ直ぐに3階にある広間を目指す。
 多目的スペースとして50畳程度の大きさに作られた部屋に三枝の姿が見えた。

 「!・・あの姿は」

 エミは三枝に迫る黒い固まりに見覚えがあった。
 黒い固まりに追いつめられ三枝はジリジリと部屋の隅に移動していく。
 エミの気配に気付いたのか、その黒い固まりはゆっくりと振り向きエミにねっとりとした笑顔を見せた。

 「キキッ!久しぶりだなエミ」

 その正体にエミは激しく動揺する。
 それは以前師匠から契約を引き継いだベリアルだった。

 「ベリアル!!・・・・・封じたはずなのにどうして」

 「キキッ、おかげで元の姿に戻るのにもう一度人間と契約しなければならなかったキィ」

 ベリアルは三枝の方を振り向くとジリジリとにじり寄っていく。

 「ケケケ、まずは新しい契約者の要求に答えるキィ」

 「ピート・・・・30秒だけ背中を守って!!」

 エミは霊体撃滅波の呪文詠唱をはじめた。
 ピートはエミの背中に寄り添い周囲の雑霊からエミを保護する。

 「そ、それはこの前俺を倒した・・・」

 ベリアルは慌てたように三枝に飛びかかろうとした。

 「エミお姉ちゃん助けて!!!」

 三枝の叫びを合図にエミとピートは広間に飛び込む。
 数秒後にはエミの霊体撃滅波がベリアルと屋敷内の雑霊を全て吹き飛ばすはずだった。

 「なーんちゃって」

 三枝の台詞と共にエミとピートの背後で扉が閉まる。
 同時にエミの内部に蓄積していた大量の霊力が霧散した。

 「霊力が!!」

 急激な霊力の喪失にエミがその場にへたり込む。
 ピートは慌ててエミを支えた。

 「ケケケッ、人間は次からつぎに面白い事を考えるキィ・・・・例えば自分の霊力を封じる魔法陣とかな」

 ベリアルが指を鳴らすと部屋中を小さな魔法陣が埋め尽くしているのが見えた。
 その魔法陣は人間の霊力を封じGSの能力を一般人レベルにまで落とす。
 唯一魔法陣が書かれていない場所に立つ三枝の肩に、親しそうにベリアルが飛び乗った。

 「紹介するキィ・・奄美三枝、俺の新しい契約者だキィ」

 紹介された三枝はエミを見ると勝ち誇った笑みを浮かべ数枚のお札をかざした。

 「エミさん紹介するわ・・・契約したのは1週間前だけど、それまで長い間独りの私を慰めてくれていた友達のベリアルよ・・・・・彼は私に呪いと魔法を教えてくれた先生でもあるわ。そしてこれはこの間捕まえた悪霊・・・・・」

 三枝はそのお札に両手をそえ破く姿勢に入る。

 「彼が教えてくれたの・・・唐巣神父の出張に合わせて依頼すれば必ずエミさんが来てくれるって。直接に依頼したんじゃ怪しまれるからって・・・・・・・その男が邪魔だけど本当に会えて良かったエミさん・・・・・・・・・・さようなら」

 霊力のない状態でのダメージは深刻な被害を体にあたえる。
 破かれた吸収札から悪霊が放出されエミを襲った。

 バシュッ!!

 数体の悪霊はエミに辿り着く前にピートによって消滅させられた。
 魔法陣の影響を受けづらいピートはエミを背後に庇う。

 「エミさん!何でかわそうともしないんですか?」

 普段と明らかに様子の違うエミにピート自身も戸惑っていた。

 「キミは何でこんな事をするんだ!その悪魔に操られでもしているのか!?」

 ピートの叫びに三枝は凍りつくような声で答えた。

 「お父さんを殺した女に復讐することがそんなにいけない事?」

 立て続けに吸引札が破かれ悪霊が次々に飛び出してくる。
 立ちつくし避けようとする気配すらないエミをピートは必死にガードした。

 「出鱈目をいうな!」

 「ケケッ!本当のことだぜ。その女はヒトから金を貰ってこの子の親を呪い殺したんだ・・・罪のないこの子の父親を躊躇せずにキィ」

 「お前がお父さんを殺したせいで私は独りになった。こんな惨めな暮らしをするのも全部お前のせいだ!!」

 次々に襲いかかる悪霊からエミをガードしつつピートは保田の言葉を思い出す。

 「キミの父親は本当は・・・」

 「止めて、ピート!」

 はじめてエミが反応した。

 「どんな理由があれ私の手は血にまみれているの・・・・私は確かにあの子の父親を殺しているの」

 「そんな・・・・・・何故です」

 エミを振り返ったピートが背後から悪霊の攻撃を受ける。
 ピートの口から苦痛の呻きが漏れた。

 「クッ、主と精霊の御名において命ずる。消え去れ・・・・・・」

 ピートは振り返りざまにベリアルに向けて攻撃しようとするが三枝の背後に隠れられ躊躇してしまう。
 その隙をつかれピートは腹部に悪霊の体当たりを受ける。衝撃にピートの体が苦しげに折れ曲がった。

 「なんで躊躇うの・・・・私を殺せばいいじゃない。お父さんを殺したように!」

 三枝は躊躇なく次々に悪霊を解放した。
 攻撃に転じる体勢ではなくなったピートは、エミに覆い被さると彼女への攻撃を全て自分の体で受け止める。

 「私のことはいいから早く逃げて!」

 「嫌です・・・」

 苦痛に歪むピートの顔にエミは悲痛な叫びをあげた。

 「いい気味ね。それじゃぁ死んで貰いましょうか・・・・」

 「それは困るキィ」

 大型の吸引札に手を伸ばした三枝の指先に鋭い痛みがはしる。
 ベリアルが置いた針が三枝の指先を傷つけていた。

 「何するの!?ベリアル!!」

 「ケケケッ、今のはお前が勝手に刺さったんだキィ。契約には触れていないキィ・・・・」

 三枝の指先に血の珠が膨れあがり床に落ちる。
 その瞬間、発動した呪いによって屋敷の中にいる全ての人間がイバラに足を絡めとられた。

 「この呪いはただのカモフラージュじゃなかったの?お前と契約したことを気づかれないための・・・」

 ベリアルは慌てる三枝の周囲をからかうように飛び回った。

 「それだけじゃ無いキィ。俺の復讐が済んだ後、余計な命令をされないようお前に契約期間眠ってもらう為のものだキィ。契約期間はお互いの命を奪えないがこの手なら俺はすぐに自由になれるキィ」

 唯一呪いの影響を受けていないベリアルはエミの方を向いた。
 悪魔であるベリアルには呪いの無効化が行われていた。

 「ざまあねえなエミ。麻薬の売人を殺したくらいで・・・・契約が終了した俺を倒したのはマグレか?」

 「麻薬の売人って何?お父さんは普通のサラリーマンだったって・・・・」

 「キィ、お前のオヤジは多くの人間を地獄に落とした麻薬の売人だったんだよ。お前のオヤジを恨んで死んだ人間は何十人といたぜ!」

 ベリアルの言葉に三枝はショックを受ける。
 彼女はずっと自分の父親の職業を知らされていなかった。
 ベリアルは三枝の動揺を嘲笑うかのようにその頭を蹴った。

 「キキッ、本当に頭悪いなお前!思い出してみな、お前の親は本当に優しかったか?それならば母親はなんでお前を捨てた?行き場のないお前を親戚は何故たらい回しにした?」

 三枝はこの言葉に愕然とした。
 よく考えると自分に優しい父親の記憶は無い。
 たまにしか帰ってこない父親と派手で遊び好きな母親。
 この二人から愛されたという記憶は三枝には無かった。
 そして、父親が死んだあと母親は自分を捨てて新しい男と出ていった。
 三枝を引き取るべき親戚は露骨に迷惑がり三枝の保護を行わなかった。

 「ケケッ、やっと思い出したか・・・この施設に来てお前ははじめて人から愛されたんだキィ。それを何で惨めだと思った?なんで前の生活の方が幸せだったと考えた?」

 「それは全部あなたが・・・・・・全部出鱈目だったの!」

 ベリアルは腹を抱えて爆笑した。

 「たまに話し相手になってやるだけで面白いくらいお前は洗脳されたな!俺が選んだエミへの復讐の道具としては最高だったキィ」

 愕然とする三枝を満足そうに見下ろす。口元には邪悪な笑みが浮かんでいた。
 ベリアルはエミの方を向き直りゆっくりとそちらに近づく。

 「さてと・・・そろそろ呪いが完全に行き渡るキィ。長かったぜエミ、お前に倒されてからどれだけ復讐の機会を窺っていたか・・・」

 エミに倒され魔界に封印されたベリアルはずっと復讐の機会を窺っていた。
 不意打ちであったとはいえ、本来の自分を霊体撃滅波によって倒された屈辱。
 この屈辱を晴らすために、ベリアルはエミを生きたまま絶望の中で食ってやると決めていた。

 「お前が生きているウチにその魂を食ってやりたかったキィ・・・・・・・・歯がゆかったぜ、本来の力を取り戻せない俺とどんどん強くなるお前の差を感じてな。だからずっとお前の隙を窺ってたキィ・・・・・GSになってからのお前は傑作だったぜ!こいつらに屋敷や現金を恵んで・・・罪滅ぼしのつもりかキィ」

 「このクソ悪魔!!!オタクには封印なんかじゃ甘かった・・・今度は絶対に殺してやるワケ!!」

 意識を失いかけているピートを脇に退けエミがその場に立ち上がる。
 その手には呪術用のナイフが握られていた。
 呪いのイバラはすでに膝まで登ってきている。

 「ケケッ、そんなナイフで今更何が出来るエミ・・・・・・・」

 ベリアルは言葉に詰まる。エミの体内に霊力が蓄積しつつあるのを感じた。

 「ど、どうして・・・・・お、お前まさか自分の血で魔法陣を・・・」

 呪文を詠唱するエミの左手首からしたたり落ちる大量の血液にベリアルはようやく気付く。
 呪術用のナイフで切り裂いた手首から滴る血は、エミの足下に溜まり魔法陣を消していた。

 「キキーッ」

 「死にな!!クソ悪魔!!!」

 飛びかかるベリアルの牙がエミに届く寸前、エミの霊体撃滅波が爆発した。
 それはベリアルをはじき飛ばし屋敷中の悪霊を一瞬で消滅させた。

 「ピート、最後に少しだけ力を貸して」

 エミはピートの上に身をかがめるとピートの口に自分の血を流し込みはじめた。
 それは非常に甘美な潤いをピートの体中に行き渡らせ、彼の能力を限界近くまで覚醒させる。

 「エミさん・・・・・・・」

 ピートは起きあがると赤く光る目でエミを見つめる。
 彼は父が何故エミを気に入ったのか瞬時に理解していた。

 「みんなには内緒よ」

 エミは照れくさそうに笑うと足下のイバラを指さした。

 「これを切って頂戴。あとは私が何とかするワケ」

 ピートは肯くとエミの足下に絡むイバラに手をかけ渾身の力で引きちぎろうとする。
 イバラの棘がピートの指に食い込み指の肉をえぐった。
 100年の呪いと吸血鬼のパワーが真っ向からぶつかっていた。
 手の平の肉は裂け所々骨がのぞき、何本かの指はちぎれそうな程傷ついている。
 苦痛をもらす口からは吸血鬼独特の乱杭歯がのぞき、その目の赤い輝きが一層強くなった。
 ピートは絶叫と共に最後の力を振り絞るとイバラを引き千切った。

 「ありがとう」

 エミはそう言い残しすぐさま三枝の元へと走り出す。
 三枝の足下には霊体撃滅波のダメージを受け立ち上がれないベリアルがいた。

 「ケケッ、俺を殺すか?そうすれば契約で繋がるコイツも死ぬぜ」

 「そんな事はしないワケ」

 エミは腰のポーチから一枚の羊皮紙を取り出すと、自らの血で一文を書き加え三枝に突きつけた。

 「さあ、これにサインするワケ!」

 「そ、それは俺の契約書!」

 「弟子思いの師匠がお節介を焼いてくれたワケ。三枝、早く!!」

 先程からのベリアルの言葉にショックを受けている三枝はなかなか動き出さない。
 呪いのイバラはすでに三枝の腰まで達している。業を煮やしたエミがその頬を平手打ちした。

 「おたくはまだやり直せる!それとも下の階にいるみんなを道連れにするつもり?」

 この言葉に三枝は保田や子供たちのことを思い出す。
 親戚からも相手にされない自分を引き取ってくれた保田夫婦。
 自分を姉と慕う同じ境遇の子供たち。それらは三枝にとって紛れもない家族だった。
 その家族を自分は呪いに巻き込もうとしている。
 それだけは絶対に避けなければならなかった。
 三枝は決心を固めエミのもつ羊皮紙に自分の名前を書き込む。

 「契約に従い奄美三枝にかかる契約とそれにまつわる呪いを全て小笠原エミが引き継ぐ」

 エミの宣言と共に三枝に絡んでいたイバラが徐々に足下へ消えていき、変わりにエミの足下から新たなイバラが出現し足下を絡めとりは

じめた。
 更にエミは精霊石を握りしめ呪文を唱える。
 周囲の呪いがエミに集中しピートの足下を絡めとるイバラが姿を消した。

 「ピート、今のうちに一階のみんなを外へ!」

 ピートはエミの指示に従い1階のみんなを外へ誘導しに行った。

 「ケケッ、どこまでお人好しなんだお前は。これで俺を本当に殺せなくなったキィ。お前が眠っている100年で俺は自由なまま99年の契約を終わらせる・・・・・エミ、お前の目が覚めたら本来の俺の姿で今度こそ食ってやるキィ」

 「そうはさせないワケ・・・・・ベリアル、契約者として最初の命令よ」

 エミの宣言にベリアルはエミの意図をようやく理解した。
 立たない足腰に力を込め這うようにエミの近くから遠ざかろうとする。
 しかし、それよりも早く呪文の詠唱が完了した。

 「我は前任者より冥約を受け継ぐ者なり!!ベリアル!契約者と共に呪いにかかりなさい」

 「そんな馬鹿な・・・・・・・・」

 契約者からの強制力を受け、自動的に呪いをキャンセルしていた自分の能力を封印してしまうベリアル。
 呪いを積極的に受け入れた彼の体はエミよりも早くイバラの蔓に埋もれていった。






 ピートが再びエミの元へ戻ると呪いは完全にエミに移っていた。
 呪いから解放され自由になった三枝にエミは話しかける。
 エミを覆うイバラはすでに胸元まで上がってきていた。

 「これで許して貰おうなんて思ってないワケ。おたくには今の時代を生きて欲しかった・・・・・こんな私でも自分の生き方を見つけることが出来たから。GSになって日の当たる場所を歩けたから・・・・・」

 エミは戻ってきたピートに気付く。

 「ピート・・・そろそろ呪いが完成するワケ。この子をつれていって・・・・・」

 「お断りします」

 ピートは三枝の肩を軽く押した。

 「君はもう一人で歩けるはずだ。僕に残された時間をエミさんの為に使わして欲しい」

 ピートの言葉を受け三枝は走り出した。
 様々な事から逃れるように。
 三枝が答えを出すにはまだ時間が必要だった。
 ピートはその様子を見届けるとエミの元に歩み寄る。

 「100年後に迎えに来ます。エミさん僕と結婚して下さい!」

 唐突な申し込みにエミの目が丸くなった。

 「同情なワケ?」

 「違います。今の僕には父が母と一緒になった気持ちが良く分かります。エミさん・・・あなたの持つ孤独や脆さ、悲しさ、それに抗おうとする優しさや強さ・・・全てが僕には心地よい。ヨーロッパ中から忌み嫌われる怪物の血族には・・・・・」

 「あなたは怪物なんかじゃないわ」

 「エミさんもです・・・だから自分をあまり卑下しないで下さい」

 エミはまだ自由になる腕を自分の胸の前に持ってくる。

 「無理よ。GSになって日の当たる道を歩いて、令子や冥子と出会って・・・・・・・・・それだけで充分。それ以上を求めるには私の手は血に汚れすぎている・・・」

 ピートはエミの手を握るとその手に口づけをした。

 「そんな血だったら僕が全部飲み干してあげます。エミさん・・・・・それがあなたの罪というならば僕に半分背負わせて下さい」

 エミの目から大量の涙が流れる。
 ピートはその涙を優しくふき取った。

 「泣いている時間が勿体ない。呪いの完成まであとどれくらいです?」

 「・・・・1分ちょっと・・・・」

 「ならキスする時間はありますね。好きですよエミさん」

 ピートはいきなりエミにキスをする。
 それはエミの唇がイバラに囲まれるまで続いた。

 「おやすみなさいエミさん。100年後に必ず迎えに来ますよ・・・・僕はこう見えてかなりしつこいんです」

 ピートは体を霧に変えると姿を消した。

 「おやすみなさいピート・・・・・」

 エミの全身がイバラに包まれる。
 こうしてエミは眠りに落ちていった。




















 エミは眠り続けていた。
 屋敷を囲むイバラは何人の侵入をも拒み中で眠るエミを守り続ける。
 季節が何回も巡り、エミを知っている人間も一人また一人とこの世を去っていった。

















 エミが目覚める一年前
 時が止まったように見える屋敷の内部で一つだけ変化があった。
 呪いに封じられたままベリアルが本来の姿に戻る。
 99年の契約を終了したベリアルは本来の姿での自由を手にしていた。
 しかしベリアルは目覚めず呪いに縛られたまま残り一年を眠り続ける。
 呪いが解けた時、エミとベリアルの最後の戦いが始まるはずだった。















 100年後
 呪いの解除はまず周囲のイバラから起こった。
 100年間決して枯れたことのないイバラが徐々にしおれ姿を消していく。
 長い間イバラに遮られていた日光が100年ぶりに屋敷内に差し込んできた。
 そして時が動き始めた室内で動きはじめた人影が一つ。

 「ケケケ、俺の呪いの方が先に解けたようだキィ・・・・・」

 ベリアルはゆっくりとエミの方へ歩き出す。
 彼の歩みを止めるべきイバラはすでに姿を消していた。
 一方、エミを絡めとるイバラは胸より下を覆い隠している。
 未だ目覚めないエミはベリアルの攻撃に晒されようとしていた。

 「キキィ、昔からお姫様の目覚めを待つのは王子様の仕事だったな・・・・・・覚悟しなエミ、俺のキスは半端じゃないキィ」

 ベリアルはこう言うと大きな口を開けエミの首に歯を突き立てようとした。
 鋭くとがった牙に唾液が糸を引く。

 「エミさんの目覚めを待つのは僕の仕事だ」

 ベリアルの背後にあらわれた人影が抜き手で心臓を貫く。
 青色の血液にまみれた手が自分の心臓を握りつぶすのをベリアルは呆然と見つめていた。

 「嘘だキィ・・・・俺がこんなに簡単に・・・・」

 「主と精霊の御名において命ずる。悪魔よ消え去れ!」

 眩い光が室内を照らす。
 響き渡るベリアルの断末魔の叫び声。
 室内が再び静寂を取り戻した時、ベリアルの姿は消滅していた。

 「ん・・・・・・・・・・」

 室内に沸き起こった眩い光にエミの瞼が微かに震えた。
 徐々にエミの顔に赤味がさしていく。
 イバラの戒めが解け、その場に倒れそうになったエミを先程の人影が支えた。

 「ピート・・・・・・」

 目覚めたエミの目に自分を支えるピートの姿がうつった。
 100年前と変わらぬ姿でピートはエミに笑いかける。

 「おはようございますエミさん・・・・」

 ピートはエミを抱きかかえると霧に姿を変え屋敷の外へ出ていった。
 庭に降り立った二人は屋敷を覆っていたイバラが完全に消え果てる光景を黙って見つめていた。

 「本当に100年経っちゃったワケ・・・・・・・・令子も冥子ももう・・・」

 エミの胸に堪らない寂寥感が広がる。
 泣きそうになるエミをピートが力強く抱きしめた。

 「泣かないで下さい・・・僕がずっとあなたの側にいます。絶対にあなたを独りにはしません」

 「ピート・・・・」

 耳元で囁かれた力強い言葉にエミは涙を堪えた。
 ピートはエミの肩を掴み向かい合うと心からの笑顔を見せる。

 「言ったでしょ・・・・僕はしつこいんです。好きですよ・・・心から」

 「私はすぐにおばさんになっちゃうわよ・・・」

 「そんな事は全然気にしません・・・・・・・でも出来るだけ努力して下さいね」

 寿命の差を大したことではないと笑い飛ばしたピート。
 エミはピートに抱きつき熱烈なキスをする。
 それはエミにとって100年ぶりのキスだった。

 「たくさん子供を産むわ・・・私が死んでからもあなたが寂しくないように」

 唇が離れてからもエミはピートと抱き合っていた。
 ピートの鼓動を感じながらこれからの生活の事を語り合う。
 エミはピートのプロポーズに答えるつもりだった。

 「お願いします・・・元気な男の子と、エミさんみたいな優しく可愛い女の子を沢山・・・きっと毎日が台風みたいに騒がしくて、お祭りみたいに楽しくって、絶対に独りぼっちの寂しさなんか感じない幸せな家族になるんでしょうね」

 ピートはエミを抱く腕に一層力を込める。
 エミの背後に轟いた雷鳴の存在を前から知っていたように。
 雷鳴に驚き振り返ろうとしたエミはピートの力に抱きすくめられていた。

 「でもね・・・・・エミさん・・・・・僕よりもしつこい人がいたんです」

 ピートはようやくエミを離し、振り返らせるとそ背中肩を軽く押す。
 その先には時間移動をしてきた美神と横島の姿があった。









 (百)(年)(後)

 正確な時間移動が出来ない美神をサポートする文珠の効果。
 横島をナビにすることを条件に、美神は小竜姫に一度だけ時間移動の封印を解かせていた。
 美神はエミに歩み寄ると勝ち誇ったように宣言する。

 「エミ、アンタの負けね!!!」

 状況が飲み込めないエミの目が点になった。
 察しが悪いエミに苛立ちながら美神は先を続ける。

 「100年も眠ってたんだから当然結婚は私の方が先よね。だから賭は私の勝ちね」

 「美神さんが一生独身って可能せ・・・・・あべしっ」

 美神のボディブローを受けて横島がその場にうずくまる。

 「賭けてた1000円を貰うわよ・・・・・持ち合わせがないなら家まで取りに帰ってもらうからね」

 「・・・・・というワケなんです。みんなエミさんの帰りを待っています・・・帰りましょう僕たちの時代へ」

 横島が苦痛に顔を歪めながら美神のフォローをする。
 どこまでも意地っ張りな女にはこの男が付いてないといけないらしい。
 戸惑ったようにエミはピートを振り返る。
 ピートは優しい笑顔でエミに手を振っていた。

 「みんながあなたの帰りを待っている・・・もちろん僕もね。さっきの返事は100年前の僕にして下さい」

 僕は心配ない。
 ピートの笑顔はエミにそう伝えていた。
 全てを理解したエミはピートに微笑み手を振り返す。
 泣き顔はこの別れにふさわしくないような気がした。
 エミはピートに背を向けると横島と美神の方へ歩き出す。

 「おかえりなさい・・・エミさん」

 横島は文珠に念を込めた。

 (百)(年)(前)

 文珠が輝きを増すのに合わせ、美神が(雷)の文珠を使用する。
 激しい雷が起こると3人の姿は消えていた。





 時間移動で3人が姿を消したあともピートはしばらくその場に立ちつくしていた。
 物陰から数名の男女と子供たちが飛び出しピートの周囲に集まってくる。

 「母さん若かったなー」

 一人の青年が懐かしそうに感想を口にした。
 ピートはその青年にむかって小さく肯く。

 「ジーちゃん!今の綺麗な人がバーちゃん?」

 辺りをチョロチョロ動き回る子供たちがピートの手を引っぱる。

 「そうだよ・・・・」

 ピートはその子供の頭を撫でた。

 「若い頃は綺麗だったのねー」

 少し年長の娘が反対側の腕に抱きつく。
 その仕草は若い頃のエミにそっくりだった。
 ピートはその娘に少し非難めいた視線を送った。

 「エミはずっと美しかった」

 娘は冗談であったかのように舌をペロリと出す。
 二人の姿を見て育ったこの娘はピートがどれだけ妻を愛していたか知っていたのだ。

 「思い出して寂しくなっちゃったんじゃない」

 「泣いちゃったりして」

 ピートを取り囲む子供たちが口々にはやし立てる。


 ―――それだけは絶対にしないと約束したんだ


 ピートはエミとの約束を胸の中で繰り返す。

 「僕はエミに一生分愛して貰ったからね・・・・・・・・だから僕は平気なんだ」

 ピートは周りを囲む自分の家族に優しく笑いかける。
 それは別れ際にエミに見せた笑顔だった。

 終


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