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山の上と下

10 山の麓・中編


投稿者名:よりみち
投稿日時:05/ 8/22

山の上と下 10 山の麓・中編

野須は憮然とした勢いのまま智恵の方を向き、
「そこの親子連れ! 早々にこの場を立ち去れ! この場に居れば一味として、タダではおかぬぞ!!」

高圧的な言葉遣いに智恵の形の良い眉がわずかに上がった。しかし、何もいわずに、不愉快そうに野須を睨みつける娘の手を引き、ご隠居たちの傍を離れる。ただ、少し離れると、その場で足を止めてしまう。

 これからのことを見物するような振る舞いの意味を測りかねる他の面々。もっとも、それを詮索するヒマは互いにない。

その後、田丸たちは互いの動きを邪魔をしないように展開するが、なお、涼たちを恐れるのか、進んで仕掛けてはこない。

「囲んだ上で、持久戦のつもりとは、けっこう厳しいですね。」
背後を固める加江が、強張った口調で涼に話しかける。

「そうだな。」短く応える涼。
 さすがに、この不利な状況をひっくり返す方法が思いつかない。
 ご隠居ともども包囲されていることもそうだが、野須の横にいる剣士の存在が重い。衣装と子供に近い年齢からは考えられないほど”本物”の威圧感が伝わってくる。

試しに、わずかだが野須を直撃する構えを見せてみる。それに対し、その剣士もさりげなく野須を庇える位置を占める。

‘ちっ! 良い目と判断力を持ってやがるぜ。’涼は、無意識に苦笑を浮べる。

そんな涼にシロは嬉しそうにうなずき、野須の方に顔を向ける。
「かのお三方と話したいのだが、かまわないでござるな。」

‥‥ 苦虫を噛みつぶしたような表情をになる野須。
 しかし、戦力の中核となる者のへそを曲げさせるわけにはいかないという判断が働き、全身で不愉快さを表すものの反対はしない。

一方、シロは、野須の態度など最初から眼中にないという感じで、さっさとご隠居たちに向き直り、
「光衛門殿。拙者は、貴殿が牢抜けをした罪人と聞かされているが、事の真偽はどうでござるか?」

 真っ直ぐな問いかけに、戸惑うご隠居だが、淡々とした口調で、
「嘘かホントかと訊かれりゃ、ホントさ。牢で死んでいるところを、色々な人のお陰で、ここにいるのさ。」

「重罪を犯した身であれば、大人しく縛につくべきではござらぬか? 貴殿さえ大人しくすれば、無用な争いはせずにすむでござろう。」

「ここまで来るのにいろんな人の世話になったからなぁ」
 ご隠居は、ばつの悪そうに頭を掻く。
「今、お縄になると、そうした人みんなに迷惑がかかっちまう。助さんや格さん、それに忠さんだって、牢抜けの罪人と一緒だったんだ、後々、無事ですむ保障はねぇ コトがここまで来ちまうと、俺一人があきらめてすむ問題じゃなくなってるんだ。」

「渥美殿、佐々木殿、罪人を守る価値があると思うでござるか? もし、手を出さないと言うのなら、お二方が無事にここを離れられるよう約束させるでござるが。」

「悪ぃな。このジイさんが罪人だろうと何だろうと、俺には関係ねぇ。”ダチ”に見込まれて頼まれた以上、おっぽりだすワケにはいかねぇんだ。」
「私は、自分の目で見たご隠居という人物を”守る”に足る人物と判断しました。あなたももののふなら、その意味はわかるはずです。」
涼も加江も、何の躊躇もなく言い切る。

「思っていた以上の方々でござるな」三人の返事に満足そうなシロ。

脇にいた横島は、その好意的な態度に、戦わずにすむかと期待を掛ける。

そんな横島をちらりと見たシロは、ことさら厳しい声で、
「拙者、犬塚志狼、この場にて佐々木助三郎、渥美格之進のお二方に一騎打ちを挑むでござる。」

「この場で何を血迷ったコトを!」さすがに、今度は声を荒げる野須。
「約束通り、こちらを助け、用心棒の二人を討ち果たせ!」

「拙者は、正々堂々と戦いたいと言ったはずでござる。一騎打ちこそもののふの習いでござろう」
そう一蹴するとシロは、皮肉っぽい口調で、
「それに、拙者がお二方を倒せば、光衛門殿は捕らえたも同然。野須殿には、それで問題はないでござろう。」

「野須様、ここは犬塚殿に任そうではありませんか。」
 田丸も苦々しげではあるが、野須をなだめる側に回る。言うとおり、二人とも倒せれば文句はないし、格さんと呼ばれる男に手傷だけでも負わせられれば、帳尻は合う。

「やむをえん。その言葉通りのことをやってみせろ」

シロは『当然』というようにうなずくと、
「渥美殿、佐々木殿、拙者の申し出の返答や如何に?」

「これだけ入れ込んでもらって、断ったんじゃ、漢(おとこ)がすたるってもんだ。そうだろう、助さん。」

「その言い方少し引っかかるんですけど、」加江はそうツッコミ、
「犬塚殿、私達で良ければ、お相手させていただきます。」

‥‥ 正面切っての戦いとなりそうな様相にオロオロする横島。
 しかし、双方が納得した状態では何も言えない。

そんな横島にシロは、安心させるかのような微笑みを見せてから、
「一騎打ちとなると、ここは手狭でござるな。この少し先に、開けた場所があるでござるから、ついてくるでござる。」

返事を待たず先に進むシロ。それに引っ張られるようについていく一同。



 あらかじめ下見をしていたらしく、シロは、迷う様子もなく森を進む。
 しばらくすると、開墾が進められていたらしい土地に出る。木の根なども取り除かれ、足下の心配も少なく戦えそうだ。ただ、近くに小屋もあるのに人の気配がないのは、”神隠し”を恐れ逃げたのか、すでにその犠牲になったのかのどちらかだろう。

‘なかなか良い場所だな。’さりげなく地形を読む涼。
特に”良い”のは、場所が広いため、相手が囲めなくなったことだ。
ご隠居一人ぐらいなら、二人に何かがあっても、森に紛れ込み逃げられる。こうした場所が選ばれたのは、偶然かどうか‥‥

ちらりと見る涼にシロは気づいたようだが、反応は示さない。真ん中に進み、例のやり方で刀を抜き構える。

それに対し刀の提げ緒を外し襷に掛けようとする涼だが、いつのまにか同じ支度を整えた加江が、先に前に出る。

「助さん、待ちな! あの嬢ちゃん実力は、本物だよ。」
涼は、あわててそれを止めようとする。ざっと見てだが、加江の勝てる相手ではない。

「判ってます。でも、相手は子供でしょ。格さんが出ることはありません。私が相手をすれば十分ですよ。」

似合わぬ大言壮語に加江をまじまじと見る涼だが、納得したようにうなずくと、
「判った。それじゃ、助さんの活躍をじっくりと見させてもらうおうか。」

一方、シロは、『子供』の言葉に憮然とし、
「佐々木殿、拙者のことを見かけだけで侮るとは残念なことでござる。」

加江はその抗議を流すような微笑みを浮かべると、刀を返し峰の方で構える。

「何のつもりでござるか?」シロの表情が、さらに険しくなる。

「だって、子供に真剣もないでしょ。怪我をさせたら親に申し訳が立たないし。」

「そういうことなら拙者も‥‥」対抗心を丸出しに刀を返すシロ。

 その隙を突き、加江がいきなり切り込んだ。

きぃぃーーん 甲高い金属音が響く。

 反射神経だけで切り込んできた刀を弾くシロ。さらに、驚異的な肉体能力が、追い打ちを掛けようとした加江に反撃の一閃を見舞う。

‘ったく、なんて力なの?!’
 横薙ぎの太刀をぎりぎりでかわした加江は、内心であきれる。
崩れかけた姿勢で、自分の身長ほどの大太刀を振り切る腕力は、目の当たりにしても信じられない。

「いきなり仕掛けるとは、卑怯でござろう。」

それに対し、加江は挑発的な口調で、
「真のもののふなら、”戦い”は、出会った時に始まっていると考えなきゃね。それとも、野稽古のつもりだったの?」

!! シロの全身から”気”が立ちのぼるや、痛烈な速さで踏み込む。

 猛気を形にしたような激しい斬撃が次々と繰り出され、それをひたすらしのいでいく加江。

二十近い打ち合いの後、シロが下がる形で間合いを取る二人。
一見対等な勝負に見えるが、ほとんど息も乱していないシロに対して、加江の息は乱れ、肩が大きく上下している。

横島は見てられないという感じで、
「助さん、もう止めましょう! そんな無理することないじゃないですか」

「心配してくれるのはありがたいんだけど、手加減されたまま下がるわけにはいかないでしょ。」
そういうと加江は、詰問するように、
「犬塚殿、手加減とは失礼ですね。それとも子供だけに、この勝負、遊びとでも思っているのかしら。」

「仰る通りでござる。」加江の指摘に軽く頭を下げるシロ。
「では、そろそろ体も温まってきたでござるから、”本気”で『勝ち』にいかせてもらうでござるよ。」

 その言葉に加江は構えを立て直す。それを確認したシロは、ゆっくりとバネを利かすように体を沈める。

次の瞬間、地を蹴る音が加江の耳に届くより早く、シロの姿が迫った。
 その非常識な速さに認識も肉体の反応もまったく間に合わない。手首に鈍い痛みが走ると、刀を取り落としていた。

「佐々木殿、どうでござるか?」

「お見事! 私のような未熟者の敵(かな)うところではありません。」
加江は、そう敗北を認めると、
「先ほどの非礼な言葉や態度の数々、申し訳ありませんでした。許してください。」

それが心底からのものだと判り、シロはあわてて礼を返す。

下がった加江の横に、ご隠居が立つと小声で、
「ご苦労さん。おかげで、格さんもあのお嬢ちゃんの動きを見ることができて、ずいぶん参考になったことだろうよ。」

「私にできることは、これぐらいですから。」

「それにしても、うまく言って、真剣を封じるなんざ、なかなかのもんだね。」

「頭を使うのも強さの内って、ご隠居や格さんを見て学びましたから。でも、あざといことをしなくとも、あの娘(こ)、私に怪我をさせるつもりはなかったみたいですけどね。」

 峰とはいえあの怪力で打たれれば骨が折れて当然だ。しかし、それに至っていないのは、最後の瞬間に手加減をしてくれたからに違いない。

「後は、我らが本命、格さんの腕前しだいってところだな。」
危険な状況ながらも、興味津々といったご隠居。

 それは加江も同じだ。試合ったことはあるが、(彼の本気を引き出す力量がないため)未だに”腕”の底を見たことはない。


「渥美様、ちょっと待って下さい。」
 それまで傍観者の位置を守っていた智恵が進み出る。手には人形のようなものが載り、指先がシロの方を指している。
「犬塚様でしたね。人とは思えぬ速さと力、それに見鬼の反応、どうやらあなたは、”人”ではないようお見受けいたします。」

「いかにも、拙者、人にあらざる者、本性は犬神の末(すえ)、人の呼び方なら人狼でござる。」
集まった視線に、シロは堂々とした態度で答える。

「ならば、私が相手をします。除霊師として、人に仇なす人外を退治するのは私の仕事ですから。」
智恵はそう宣言すると、野須たちの方に向かい。
「あなた方と光衛門様との間に何があるかは知りませんし、そのことについて、手を出すつもりはありません。しかし、目の前に人外がいるとなれば話は別です。その人外を退治するまで、あなた方には待っていただきます、よろしいですね。」

‘美味しいところで出てくるじゃねぇか。’と涼。
人外退治なら、コトが終わった後でもいいはずだ。それが今ということは、間接的にこちらを助けてくれるつもりらしい。
 宿場での”腕”と人外の専門家ということを考えると、あの少女は任せられる。そうなれば、状況はずいぶんと変わる。

 野須や田丸も、智恵の意図は判ったようだが、人外退治と言われれば、沈黙せざるを得ない。

『それでは』と前に出ようとする智恵を涼は制した。
「ちょいと、待ちな。お嬢ちゃんから一騎打ちを求められたのは俺だ。除霊師の仕事か何か知らねぇが、手出しは止めてもらおう。」

智恵は涼をまじまじと見て、
「本気ですか? 人狼と人では、備わった力が、大人と子供ほども違います。大人と子供の間で一騎打ちもないでしょう。」

涼は、智恵を半ば無視しシロに、
「俺の目の前にいるのは、剣を志す者か、それとも、人を取って喰う人外か、どっちなんだい?」

「もちろん、『剣を志す者』としてでござるよ。」

「そうなら、俺の相手だ。」涼は大きくうなずく。
「ということで、智恵さん、人外退治は、これが終わってからにしてもらおう。」

智恵はため息をつくような仕草を見せるが、こだわるつもりはないらしく、ご隠居たちの脇に下がる。

「我が儘を聞いてもらってすまねぇ。まあ、剣を使っての勝負なら、やりようはあるってものさ。」
前に出た涼は、ゆっくりと、それでいてまったく隙を見せず刀を抜き放つ。構えは、素早い動きへの対応が不利とされる大上段だ。

シロは、正眼でそれに対する。

すぐにでも打ち合いが始まるとの予想に反し、静かに対峙する両者。そんな中、涼が平静さを保つ一方で、シロの表情が、少しずつ険しくなっていく。

「どうなっているんだい?」剣の心得がないご隠居が、加江に解説を求める。

「涼殿は切られることを覚悟して、その瞬間、必殺の一撃を叩き込むつもりなんです。あの人狼の少女もそれが読めるから切り込めないんですよ。」

「相打ちねぇ、それって自分が切られるということだろ。剣を志す者ってぇのは、切られるってことに対して、ああも簡単に覚悟を決め平静でいられるものなのかい?」

「『簡単』にできれば、さっき私がやっています。」と加江。
 状況が許せば、苦笑の一つも浮かべたいところだ。

「ついでに、あれは何なんだい?」と再びご隠居。

緊張した空気が結界のような空間を構成する中、犬神の少女の髪の色が抜け、黒から白に変わる。
 白髪と言えば”老い”意味するが、きらきらと白銀のように陽光に輝くそれは、かえって、生命力の溌剌さを感じさせる。前髪の赤毛も、色はそのままながら、明るい色合い(トーン)に変わった。
 また、あらかじめそのような細工がなされてたようで、袴の腰板の下に裂け目ができ、狼のソレのような尻尾が伸びる。

「きっと、あれが、あの娘(こ)の普段の姿なんです。」
人外の専門家である智恵が答える。
「集中のあまり、変化に”力”を廻せなくなったんでしょう。」

「ということは、あの人狼のお嬢ちゃんは?」

「完全に本気‥‥ どころか、気持ちの上では追い込まれていると言った方が良いですね。」

いくら年若い娘とはいえ人狼の霊的、肉体的能力は”人”の比ではない。一流と評される除霊師ですら正面切っての戦いは避けるだろう。

それを平然とやってのける『格さん』の”腕”に、智恵も勝負の成り行きを見守る。

その引き締まった、そして、何時、弾けるか判らない空気が、思わぬ方向から乱される。

 手に思い思いの獲物を持った十人ほどの一団−どうみても、ヤクザっぽい連中−が、こちらに駆けつけてくる。
 先頭は、七尺(2m以上)を越える背丈とそれに見合う巨躯をもった男。
 丸太のような棒を小脇に抱えている。たいていの人間なら、その迫力だけで逃げ出すことだろう。

「ヤクザ屋とくれば、寅吉一家だったかな。宿場の一件で追っかけてきたんだな。そうなると、前門の虎に後門の狼‥‥ この場合は、前門の狼、後門の虎ってところかい。」
 変なところで感心するご隠居。


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