コツコツと床を鳴らしながら、エレベーターへと向かって歩く。
先程から、時折揺れたりしているが、さして問題ではない。
タマモとシロが先行しているから、向こうは何とかなっているだろう。
問題は─。
「……やっぱり、やるしかないかな…。」
エレベーター前で足を止めた刻真は、ぽつりと一人ごちた。
首にかけられた立方体型のペンダントを、一度だけ強く握り締める。
それから顔を上げると、おもむろに前蹴りを放つ。
その華奢な体から繰り出されたとは思えぬ強烈な一撃に、傾いていた扉はひしゃげて、完全に外れる。
真っ暗なシャフト内をあちこちぶつけながら、外れた扉が落ちていく。
それには目もくれず、刻真はただ上のほうを見上げていた。
暗闇に包まれて何も見えない、その先を。
◆◇◆
振り下ろされた一撃を、シロとタマモはその場を飛びのいて素早く躱す。
もちろん、それぞれ銀一と横島を抱えているのは言うまでもない。
「タマモは先生と近畿殿を!! 前衛は拙者が…!!」
「了解!! ヘマすんじゃないわよ!!」
着地と同時に横島をタマモへ預け、シロはすかさず攻勢に移る。
霊波刀を腰だめに構え、異形と化した夏子へと矢のように肉迫する。
迎え撃つのはそれを上回る速度で翻った、強靭な尾の一撃。
「横島に触るなや、子娘がぁッ!!」
気が触れたかのような叫びとともに迫りくる尾を、シロは上体を捻ることで潜り抜ける。
そのまま、体の捻りを利用して全身ごと反転しつつ、夏子の左側面へと回りこむ。
円の軌跡は剣先へと繋がり、跳ね上がって敵の肩口へと牙をむく。
紅が弧を描いた。
「ぐぁ…ッ!!」
「…ッ、浅い!!」
シロの斬撃は、夏子の左肩をわずかに斬りつけて抜ける。
その手応えの軽さにシロが振り返るより早く、夏子の右手が襲いかかる。
咄嗟に腕を交差させて受け止めるも、驚異的な膂力に体ごと吹き飛ばされてしまう。
シロは宙にいる間に態勢を整え、ふたたび着地と同時に夏子へと向かっていく。
狭い屋内、わずか数メートルの間合いで激しく繰り広げられる、目まぐるしい攻防。
シロは一瞬たりとも攻撃の手を緩めるつもりはなかった。
もし、わずかでも隙を与えれば、狭い屋内だからこそ相手はすぐに横島を射程に捕らえる。
それだけは、させない。
シロのトップスピードが、さらに上がった。
「うぉおぉォォ─ッ!!」
「う…ん? あ…タマ、モ…?」
「横島、気がついた?」
最初に目に入ったのは、ふさふさと揺れる金色のナインテールの髪。
横島は軽く頭を振って思考をはっきりさせようとするが、激痛が走って顔をしかめる。
「つ、痛たた…!!」
「頭怪我してるんだから、少しじっとしてた方がいいよ。」
タマモが素っ気無く言ってくる。
そう言えば、気を失う前に何か鈍い音したなー、とか考えたところで、ようやく状況に思い至る。
「今、どうなってる?」
「シロが夏子さんと交戦中。」
その言葉と指し示す指に、横島は弾かれたように首を振り向ける。
見れば、いやほとんど見えないが、シロが夏子の周りを飛び回っている。
慌てて飛び出そうとして、服の裾を掴まれた。
「だから、じっとしてなってば。あの中に入っていくのは、ちょっと無茶でしょ?」
「だからってなぁ!! …?」
抗議しかけた横島は、そこでふと、タマモの様子に気づいた。
一度もこちらを振り向かないし、背を丸めて何やらごそごそと動いている。
「なあ。お前、何やって……って、何しとんじゃ、タマモォォ─ッ!?」
ひょいと覗き込んだ横島は、驚愕に目を見開いて絶叫する。
タマモは銀一を膝に抱え上げ、さらに銀一の胸元を開いてあらわになった胸を、ちろちろと舐めていたのだ。
「何って治療よ、治療。胸部に強い衝撃を受けたみたい。肋骨にヒビの二、三は確実に入ってるわね。」
「なぁ〜んだ、治療か〜…って、だからって許せるか─ッ!!」
見事なノリ突っ込みを披露する横島。
リアクションに飽きない男である。
「おとーさんは認めませんよーッ!! 嫁入り前の娘が、そんなはしたないッ!!」
「誰がおとーさんよ!? しょうがないでしょ。獣系のヒーリングは舐めてするものなんだから。」
「くらぁッ、銀ちゃん!! 目ェ覚まさんかいッ!! 決して羨ましい訳ではないが、これ以上貴様にオイシイ目はやらん!!」
「あだだだだッ!? な、何やぁ!?」
「羨ましがってるじゃない!! って、怪我人なんだから乱暴するなッ!!」
ぐおおっ、と銀一に掴みかかる横島を、拳で迎撃するタマモ。
最近、美神に似てきたとは、誰の言だったか。
一応は怪我人である横島への対応などは、特に似ているかもしれない。
「先生は拙者が、後でヒーリングしてあげるでござるよー!!」
聞こえていたのだろう、シロがそんなことを叫ぶ。
気を抜いていい状況なのか、お前は。
「ッ…アアアアアァァァァッ!!!」
「はッ…しまっ…!?」
案の定、横島たちに気をとられていたシロの足に、夏子の尾が絡みつく。
次の瞬間には、シロの体は力任せに引き摺りあげられる。
「わあああああッ!?」
「へ? シロ?…って、のわぁぁぁぁぁあッ!?」
振り向いた横島が見たのは、床を滑るようにして突っ込んでくるシロの後姿。
避ける暇もなく、シロと横島、そしてその近くにいたタマモと銀一も巻き込んで、盛大にぶつかる。
混乱した悲鳴が、それぞれの口から漏れる。
「ちょ、ちょっと何やってんのよ、このバカ犬!! ヘマすんなつったでしょ!?」
「うぅ…うるさいでござる!!」
「ぐッ!? は、はよ退いてくれぇ!! 痛い!!」
「それは俺の台詞じゃ─ッ!! 何で、全員狙ったように俺の上におるんじゃ─ッ!?」
壁際まで吹き飛ばされ、折り重なったその下で、横島が必死にもがいている。
その顔が、ふいに強張る。
「シロッ!! タマモッ!!」
横島の切羽詰った警告に、二人は即座に反応する。
シロが構え、その背後に隠れるようにして、タマモが銀一を庇う。
次の瞬間、三人の体が横島の上から弾き飛ばされる。
「がふ…ッ!!」
くぐもった悲鳴とともに、三人は横島の横手、エレベータ付近の壁に叩きつけられる。
「大丈…ぐッ!?」
安否を確かめようと身を起こしかけた横島は、そんな余裕が自分にはないことを失念していた。
三人を、その尾の一振りでまとめて弾き飛ばした夏子の手が、横島の首にかかり一気に引き上げる。
片手で吊り上げられた横島は、自分の首がミシミシという軋んだ音をたてるのを聞いていた。
「ぐふ…が…ッ!!」
「…殺してやる。横島に近づく女は誰だろうと、ズタズタに引き裂いてやるゥッ!!」
まさしく鬼女の形相で叫ぶ夏子。
情念と呼ぶには、もはや禍々しすぎる光を放つ眼が、横島を睨み付ける。
「横島の中にあるいうルシオラとかの女の魂も!! 引きずり出して、メチャクチャにしてやるぅゥッ!!」
ぎりりッ、とさらに夏子の手に力が籠もる。
「先生─ッ!?」
「横島ッ!!」
シロやタマモらも、ようやくそれに気づいて身を起こす。
だが、シロが飛び出しかけたその時。
ごきり、と。
骨が砕ける、とても嫌な音が響いた。
◆◇◆
ぎりりッ、と首にかけられた手に力が籠もったのを感じる。
先程から夏子が何かを叫んでるようだが、何を言われているのかわからない。
すでに周囲の音は聞こえず、何やらノイズが走ったような感覚がある。
横島は、自分の視界が急速に暗くなっていくことに、漠然とした恐怖を感じた。
(あ…あかん!! このままでは、マジに…死んでしま…ッ!!)
激しく揺れ動く眼球が、夏子の形相、シロやタマモ、銀一の姿を映す。
目まぐるしく点滅する脳裏に、さまざまなものが去来する。
(死ぬ…ここで……シ、ロ…タマ、モ…ぎんちゃ…夏…お、キヌちゃ…み、か…みさ…)
意識が、奈落へと沈むその刹那。
横島はふと、その暗闇に何か─『誰か』が浮かび上がるのを見た気がした。
ぼんやりとした、鬼火のような不吉な感覚をもたらすそれはこっちを見て。
『─…何やってんだよ、お前。』
ごきり、と。
自分の首の辺りから、そんな音が聞こえた。
◆◇◆
「あ、ああ…?」
シロは立ち止まり、茫然と手を伸ばす。
その音は、とても大きく、鈍く、そして胸をざわつかせた。
「よ、横っち…!」
「…そんな…。」
後ろのほうから、タマモと銀一のそんな呟きが聞こえてくる。
だけど、聞こえているだけで、シロはそれを聞いていない。
ただ、じわじわと押し寄せてくる不安を、理性が囁いてくる最悪の結果を振り払うように、叫ぶ。
「先生ェェ───ッッ!!」
「ガアアアァァァァ──ッ!!」
シロの叫びに応えたのは、残酷な死の静寂ではなく、苦痛にあげる絶叫。
そしてそれは、夏子の喉から発せられていた。
「へ!?」
見れば、横島の左手が持ち上げられ、夏子の手首を掴んでいる。
いや、もはや掴んでいるなどという生易しいものではない。
握り潰していた。
まるで紙細工のように、夏子の手首はグシャグシャにひしゃげてしまっていた。
すでに横島の首を掴んでさえいない。
横島の体が床から浮いているのは、単に夏子の腕を支点に、横島が自身の体を支えているだけなのだ。
ぱっ、と横島がその手を開き、そして床に降り立つと同時に。
ドンッ、と音が聞こえるほどに凄まじい勢いで、横島が右足を踏み込む。
次の瞬間、横島の右手が薙いだかと思うと、いまや質量は倍はあろう夏子の体が吹き飛ばされる。
シロも。タマモも。銀一も。その光景に、ただ愕然とするしかない。
そして見た。見てしまった。
横島の、はらりと目蓋に落ちた前髪の向こうで、その瞳が異様にぎらつき、あまつさえ笑っているのを。
煩悩が暴走したときの血走った、飢えたような目にも似てるが絶対に違う。
その時の目が貪欲に『求める』目だとするならば、今の横島の目は何者をも『排そうとする』目だ。
己に近づく者の一切を屠らんとする、そういう目。
「ふ、ふ…ふふふ…! そう、横島…うちを見て…くれるんやね…?」
横島の目に釘付けになっていた三人は、はっとして声のほうを見る。
口から血を零しながら、夏子が微笑んでいた。
「もっと見て…うちの事だけ考えて。……出来るなら、うちを殺してみせて。」
憎しみ。敵意。何でもいい、自分を見てくれるなら。
それは、あまりにも極端すぎる独占欲という名の狂気。
その前には、自らに向けられる殺意すらも、愛情と等価になるのだろうか。
横島は何も言わず、ただ右手に霊力を集めていく。
だが、そこにあるのは『栄光の手』では有り得なかった。
禍々しい赤い霊気は、不気味にうねりながら、一向に形を成さない。
むしろ収束する先から拡散し、不安定な感が否めない。
制御されてるとは到底思えないそれは、だが逆に制御しえぬ圧倒的な力の内在を証明していた。
そして、その不安定な霊気の塊を振りかざし、横島が飛び出す。
対する夏子も、鋭い呼気とともに襲い掛かる。
嵐が、吹き荒れた。
夏子の尾が、爪が縦横無尽に暴れまわる。
横島もそれを掻い潜りつつ、かろうじて手に見えなくもない巨大な霊気の塊を振り回す。
お互い、少なからず相手の攻撃を受け、血飛沫が舞ってもどちらも勢いを止めない。
床に、壁に、荒れ狂う爪痕と血を刻みつけながら、嵐は吹き荒れる。
その中にあって、シロやタマモ、そして銀一は。
「きゃああッ!?」
「ひいいいッ?!」
「おわぁぁッ!!」
…逃げ惑っていた。
重ね重ね言うが、ここは東京タワーの特別展望台である。
広くも無い、というかはっきりと狭いこんな場所で、こんな激しい戦闘をされようものなら当然である。
いかに身体能力に優れようが、流れ弾に当たらぬよう、回避に手一杯であった。
ちなみに銀一は、腕力的にタマモより上であるシロが抱えていた。
「せ、先生─ッ!! 正気に戻ってくだされぇ─ッ!!」
「無駄よ!! さっきの目を見たでしょッ!? 完全にぶっ飛んでるわよ!!」
「何でこないな事に…!! ああああッ!! 横っちのアホー!!」
シロは涙ながらに嘆願し、タマモが悪態を吐く。
銀一は、すでにここに来た事を後悔し始めてるかもしれない。
ふと、シロとタマモの動きが一瞬止まる。
が、そこに被害が及ぶ頃には、再び飛び退っていた。
「あ、危なかった!! かすった!! かすった──ッ!!」
「タマモ…今の聞こえたでござるか?」
「何かしら? 規則的に…近づいてる?」
銀一の悲鳴はとりあえず脇に置いて、シロとタマモは訝しげに視線を走らせる。
その先にあるのは、すでにボロボロになってぶら下がってるだけのエレベーターの扉。
その向こう、真っ暗なシャフト内から、何かが聞こえてくる。
ガン…ガン…と、何かがぶつかっているような…否、蹴りつけるような音が。
それは次第に大きく、そして聞こえる感覚も短くなっていく。
ガン…ガン…ガンッガンッガンッガッガッガッガッガガガガガッ!! と。
そして。
ドガァンッ!! という一層派手な音ともに、エレベータの扉が内側から吹き飛ぶ。
「きゃッ!?」
「な…ガァッ?!」
吹き飛んだ扉はそのまま、横島に躍り掛かる夏子へとぶつかる。
さらに勢いは止まらず、ぶつけられた夏子ごと窓をぶち破って飛び出した。
刹那、目標を見失った横島の動きが止まる。
そこに、シャフト内から扉を吹き飛ばして飛び込んできた影が、独楽のように旋回しながら肉迫する。
その気配に横島が気づいたときには、すでに時遅し。
影が繰り出した拳が、横島の顔面を捉えて突き刺さる。
回転運動をそのまま威力に上乗せした一撃に、盛大に吹っ飛ぶ横島。
それを拳を突き出した状態で見据えているのは。
「刻真ッ!!」
シロとタマモが、声をそろえて影の名を呼んだ。
今回はもう、勢いだけで書いてます。
ので、横島の動きやら、刻真の登場シーンやらがえらいことになってますが気にしません。伏線ですし。
もちろん、今回いろいろ投げっぱなしになってるそれらの伏線は後で回収します。
薄れいく意識の中、横島が見たのは誰か?
横島のこの変貌の理由は?
どうやって刻真は上ってきたのか?
何故、刻真は横島を殴り飛ばしたのか?
この話、ちゃんと綺麗にまとめられるのか?(ぉい
今回、ちょっとだけ長めの話になっているのはアレです。
前回のコメントで、主人公の登場+活躍宣言してるにもかかわらず、次回にまたがりそうだったからという情けない理由です(汗
何にしろ、苦労したかいあって、主人公暴れてます。
今までの鬱憤を晴らすかのようです(まさか横島を殴った理由も?
登場したからには、これからもどんどん暴れていくと思います。
では、また次回。 (詠夢)
タマモがもし銀ちゃんではなく横島の方を舐めていたら、32巻の美神とルシオラのような展開になっていたのかな?
後、ラストの回転しながらぶん殴る刻真が、ス○ライドのか○まのようですな。 (ユキカズ)
はじめまして!! コメント、有難うございます。
現在、手元にあるのがワイド版しかないので、どのシーンなのかが分からないのですが…。
まあ、タマモが横島のほうを舐めていたら、シロが後先考えず戻ってくるかもしれません(笑
>ラストの回転しながらぶん殴る刻真が、ス○ライドのか○まのようですな。
…はっきり言って、意識してます。大好きなんです、スク●イド 。
あそこまで熱いキャラにはなりませんが、負けず劣らずのキャラにはしたいなと思ってます。 (詠夢)
今回はいろいろと伏線がでてきましたね、全ての伏線がどのように収束していのか楽しみですね。
ただ、まだ少し刻真が目立ってないような気がします。
まだ出すわけにはいけない設定とかあるようですからあまり刻真の心理描写とか能力を出せないからでしょうが、これからは少しはわかってきそうなので彼の活躍も増えそうですね。
ただでさえキャラが強いGSのメンバー達に負けないくらい活躍を期待してます。
ではまた。 (夜叉姫)
一話から読ませていただきました。
まず造魔というものを出した時点で僕は一気にこの作品を好きになりました。
オリキャラは違う漫画のキャラだと言っていましたがはっきり言って僕は面白ければそれでも別に構いません。
今回は一言で申しますと横島の暴走ですね。
さらに主人公である刻真の登場もありずいぶん楽しく読ませて頂きました。
ここから先はどんなことが僕達を待っているのでしょうか。
楽しみにして待ってます。 (鷹巳)
それゆえ、レスが遅れてしまいすみません。
コメント有難うございまーす!!
夜叉姫 様:
刻真はこれから少しずつ出番を増やし、活躍を増やしていきます。
まだまだ出せない設定等がてんこ盛りですから。
GSキャラに負けないよう、頑張ります!!
鷹巳 様:
はじめまして!!
好きになっていただけて何よりです。
横島の暴走は後々の重要なファクターになります。
これからも、頑張らさせていただきます! (詠夢)