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GS美神 アルカナ大作戦!! 〜Endless Expiation〜

Chapter2.HIGHPRIESTESS 『合期>>推参』


投稿者名:詠夢
投稿日時:05/ 8/14


コツコツと床を鳴らしながら、エレベーターへと向かって歩く。

先程から、時折揺れたりしているが、さして問題ではない。

タマモとシロが先行しているから、向こうは何とかなっているだろう。

問題は─。


「……やっぱり、やるしかないかな…。」


エレベーター前で足を止めた刻真は、ぽつりと一人ごちた。

首にかけられた立方体型のペンダントを、一度だけ強く握り締める。

それから顔を上げると、おもむろに前蹴りを放つ。

その華奢な体から繰り出されたとは思えぬ強烈な一撃に、傾いていた扉はひしゃげて、完全に外れる。

真っ暗なシャフト内をあちこちぶつけながら、外れた扉が落ちていく。

それには目もくれず、刻真はただ上のほうを見上げていた。

暗闇に包まれて何も見えない、その先を。








          ◆◇◆








振り下ろされた一撃を、シロとタマモはその場を飛びのいて素早く躱す。

もちろん、それぞれ銀一と横島を抱えているのは言うまでもない。


「タマモは先生と近畿殿を!! 前衛は拙者が…!!」

「了解!! ヘマすんじゃないわよ!!」


着地と同時に横島をタマモへ預け、シロはすかさず攻勢に移る。

霊波刀を腰だめに構え、異形と化した夏子へと矢のように肉迫する。

迎え撃つのはそれを上回る速度で翻った、強靭な尾の一撃。


「横島に触るなや、子娘がぁッ!!」


気が触れたかのような叫びとともに迫りくる尾を、シロは上体を捻ることで潜り抜ける。

そのまま、体の捻りを利用して全身ごと反転しつつ、夏子の左側面へと回りこむ。

円の軌跡は剣先へと繋がり、跳ね上がって敵の肩口へと牙をむく。

紅が弧を描いた。


「ぐぁ…ッ!!」

「…ッ、浅い!!」


シロの斬撃は、夏子の左肩をわずかに斬りつけて抜ける。

その手応えの軽さにシロが振り返るより早く、夏子の右手が襲いかかる。

咄嗟に腕を交差させて受け止めるも、驚異的な膂力に体ごと吹き飛ばされてしまう。

シロは宙にいる間に態勢を整え、ふたたび着地と同時に夏子へと向かっていく。

狭い屋内、わずか数メートルの間合いで激しく繰り広げられる、目まぐるしい攻防。

シロは一瞬たりとも攻撃の手を緩めるつもりはなかった。

もし、わずかでも隙を与えれば、狭い屋内だからこそ相手はすぐに横島を射程に捕らえる。

それだけは、させない。

シロのトップスピードが、さらに上がった。


「うぉおぉォォ─ッ!!」












「う…ん? あ…タマ、モ…?」

「横島、気がついた?」


最初に目に入ったのは、ふさふさと揺れる金色のナインテールの髪。

横島は軽く頭を振って思考をはっきりさせようとするが、激痛が走って顔をしかめる。


「つ、痛たた…!!」

「頭怪我してるんだから、少しじっとしてた方がいいよ。」


タマモが素っ気無く言ってくる。

そう言えば、気を失う前に何か鈍い音したなー、とか考えたところで、ようやく状況に思い至る。


「今、どうなってる?」

「シロが夏子さんと交戦中。」


その言葉と指し示す指に、横島は弾かれたように首を振り向ける。

見れば、いやほとんど見えないが、シロが夏子の周りを飛び回っている。

慌てて飛び出そうとして、服の裾を掴まれた。


「だから、じっとしてなってば。あの中に入っていくのは、ちょっと無茶でしょ?」

「だからってなぁ!! …?」


抗議しかけた横島は、そこでふと、タマモの様子に気づいた。

一度もこちらを振り向かないし、背を丸めて何やらごそごそと動いている。


「なあ。お前、何やって……って、何しとんじゃ、タマモォォ─ッ!?」


ひょいと覗き込んだ横島は、驚愕に目を見開いて絶叫する。

タマモは銀一を膝に抱え上げ、さらに銀一の胸元を開いてあらわになった胸を、ちろちろと舐めていたのだ。


「何って治療よ、治療。胸部に強い衝撃を受けたみたい。肋骨にヒビの二、三は確実に入ってるわね。」

「なぁ〜んだ、治療か〜…って、だからって許せるか─ッ!!」


見事なノリ突っ込みを披露する横島。

リアクションに飽きない男である。


「おとーさんは認めませんよーッ!! 嫁入り前の娘が、そんなはしたないッ!!」

「誰がおとーさんよ!? しょうがないでしょ。獣系のヒーリングは舐めてするものなんだから。」

「くらぁッ、銀ちゃん!! 目ェ覚まさんかいッ!! 決して羨ましい訳ではないが、これ以上貴様にオイシイ目はやらん!!」

「あだだだだッ!? な、何やぁ!?」

「羨ましがってるじゃない!! って、怪我人なんだから乱暴するなッ!!」


ぐおおっ、と銀一に掴みかかる横島を、拳で迎撃するタマモ。

最近、美神に似てきたとは、誰の言だったか。

一応は怪我人である横島への対応などは、特に似ているかもしれない。


「先生は拙者が、後でヒーリングしてあげるでござるよー!!」


聞こえていたのだろう、シロがそんなことを叫ぶ。

気を抜いていい状況なのか、お前は。


「ッ…アアアアアァァァァッ!!!」

「はッ…しまっ…!?」


案の定、横島たちに気をとられていたシロの足に、夏子の尾が絡みつく。

次の瞬間には、シロの体は力任せに引き摺りあげられる。


「わあああああッ!?」

「へ? シロ?…って、のわぁぁぁぁぁあッ!?」


振り向いた横島が見たのは、床を滑るようにして突っ込んでくるシロの後姿。

避ける暇もなく、シロと横島、そしてその近くにいたタマモと銀一も巻き込んで、盛大にぶつかる。

混乱した悲鳴が、それぞれの口から漏れる。


「ちょ、ちょっと何やってんのよ、このバカ犬!! ヘマすんなつったでしょ!?」

「うぅ…うるさいでござる!!」

「ぐッ!? は、はよ退いてくれぇ!! 痛い!!」

「それは俺の台詞じゃ─ッ!! 何で、全員狙ったように俺の上におるんじゃ─ッ!?」


壁際まで吹き飛ばされ、折り重なったその下で、横島が必死にもがいている。

その顔が、ふいに強張る。


「シロッ!! タマモッ!!」


横島の切羽詰った警告に、二人は即座に反応する。

シロが構え、その背後に隠れるようにして、タマモが銀一を庇う。

次の瞬間、三人の体が横島の上から弾き飛ばされる。


「がふ…ッ!!」


くぐもった悲鳴とともに、三人は横島の横手、エレベータ付近の壁に叩きつけられる。


「大丈…ぐッ!?」


安否を確かめようと身を起こしかけた横島は、そんな余裕が自分にはないことを失念していた。

三人を、その尾の一振りでまとめて弾き飛ばした夏子の手が、横島の首にかかり一気に引き上げる。

片手で吊り上げられた横島は、自分の首がミシミシという軋んだ音をたてるのを聞いていた。


「ぐふ…が…ッ!!」

「…殺してやる。横島に近づく女は誰だろうと、ズタズタに引き裂いてやるゥッ!!」


まさしく鬼女の形相で叫ぶ夏子。

情念と呼ぶには、もはや禍々しすぎる光を放つ眼が、横島を睨み付ける。


「横島の中にあるいうルシオラとかの女の魂も!! 引きずり出して、メチャクチャにしてやるぅゥッ!!」


ぎりりッ、とさらに夏子の手に力が籠もる。


「先生─ッ!?」

「横島ッ!!」


シロやタマモらも、ようやくそれに気づいて身を起こす。

だが、シロが飛び出しかけたその時。

ごきり、と。

骨が砕ける、とても嫌な音が響いた。






          ◆◇◆






ぎりりッ、と首にかけられた手に力が籠もったのを感じる。

先程から夏子が何かを叫んでるようだが、何を言われているのかわからない。

すでに周囲の音は聞こえず、何やらノイズが走ったような感覚がある。

横島は、自分の視界が急速に暗くなっていくことに、漠然とした恐怖を感じた。


(あ…あかん!! このままでは、マジに…死んでしま…ッ!!)


激しく揺れ動く眼球が、夏子の形相、シロやタマモ、銀一の姿を映す。

目まぐるしく点滅する脳裏に、さまざまなものが去来する。


(死ぬ…ここで……シ、ロ…タマ、モ…ぎんちゃ…夏…お、キヌちゃ…み、か…みさ…)


意識が、奈落へと沈むその刹那。

横島はふと、その暗闇に何か─『誰か』が浮かび上がるのを見た気がした。

ぼんやりとした、鬼火のような不吉な感覚をもたらすそれはこっちを見て。


『─…何やってんだよ、お前。』


ごきり、と。

自分の首の辺りから、そんな音が聞こえた。






          ◆◇◆






「あ、ああ…?」


シロは立ち止まり、茫然と手を伸ばす。

その音は、とても大きく、鈍く、そして胸をざわつかせた。


「よ、横っち…!」

「…そんな…。」


後ろのほうから、タマモと銀一のそんな呟きが聞こえてくる。

だけど、聞こえているだけで、シロはそれを聞いていない。

ただ、じわじわと押し寄せてくる不安を、理性が囁いてくる最悪の結果を振り払うように、叫ぶ。


「先生ェェ───ッッ!!」


















「ガアアアァァァァ──ッ!!」


シロの叫びに応えたのは、残酷な死の静寂ではなく、苦痛にあげる絶叫。

そしてそれは、夏子の喉から発せられていた。


「へ!?」


見れば、横島の左手が持ち上げられ、夏子の手首を掴んでいる。

いや、もはや掴んでいるなどという生易しいものではない。

握り潰していた。

まるで紙細工のように、夏子の手首はグシャグシャにひしゃげてしまっていた。

すでに横島の首を掴んでさえいない。

横島の体が床から浮いているのは、単に夏子の腕を支点に、横島が自身の体を支えているだけなのだ。

ぱっ、と横島がその手を開き、そして床に降り立つと同時に。

ドンッ、と音が聞こえるほどに凄まじい勢いで、横島が右足を踏み込む。

次の瞬間、横島の右手が薙いだかと思うと、いまや質量は倍はあろう夏子の体が吹き飛ばされる。

シロも。タマモも。銀一も。その光景に、ただ愕然とするしかない。

そして見た。見てしまった。

横島の、はらりと目蓋に落ちた前髪の向こうで、その瞳が異様にぎらつき、あまつさえ笑っているのを。

煩悩が暴走したときの血走った、飢えたような目にも似てるが絶対に違う。

その時の目が貪欲に『求める』目だとするならば、今の横島の目は何者をも『排そうとする』目だ。

己に近づく者の一切を屠らんとする、そういう目。


「ふ、ふ…ふふふ…! そう、横島…うちを見て…くれるんやね…?」


横島の目に釘付けになっていた三人は、はっとして声のほうを見る。

口から血を零しながら、夏子が微笑んでいた。


「もっと見て…うちの事だけ考えて。……出来るなら、うちを殺してみせて。」


憎しみ。敵意。何でもいい、自分を見てくれるなら。

それは、あまりにも極端すぎる独占欲という名の狂気。

その前には、自らに向けられる殺意すらも、愛情と等価になるのだろうか。

横島は何も言わず、ただ右手に霊力を集めていく。

だが、そこにあるのは『栄光の手』では有り得なかった。

禍々しい赤い霊気は、不気味にうねりながら、一向に形を成さない。

むしろ収束する先から拡散し、不安定な感が否めない。

制御されてるとは到底思えないそれは、だが逆に制御しえぬ圧倒的な力の内在を証明していた。

そして、その不安定な霊気の塊を振りかざし、横島が飛び出す。

対する夏子も、鋭い呼気とともに襲い掛かる。





嵐が、吹き荒れた。





夏子の尾が、爪が縦横無尽に暴れまわる。

横島もそれを掻い潜りつつ、かろうじて手に見えなくもない巨大な霊気の塊を振り回す。

お互い、少なからず相手の攻撃を受け、血飛沫が舞ってもどちらも勢いを止めない。

床に、壁に、荒れ狂う爪痕と血を刻みつけながら、嵐は吹き荒れる。

その中にあって、シロやタマモ、そして銀一は。















「きゃああッ!?」

「ひいいいッ?!」

「おわぁぁッ!!」


…逃げ惑っていた。

重ね重ね言うが、ここは東京タワーの特別展望台である。

広くも無い、というかはっきりと狭いこんな場所で、こんな激しい戦闘をされようものなら当然である。

いかに身体能力に優れようが、流れ弾に当たらぬよう、回避に手一杯であった。

ちなみに銀一は、腕力的にタマモより上であるシロが抱えていた。


「せ、先生─ッ!! 正気に戻ってくだされぇ─ッ!!」

「無駄よ!! さっきの目を見たでしょッ!? 完全にぶっ飛んでるわよ!!」

「何でこないな事に…!! ああああッ!! 横っちのアホー!!」


シロは涙ながらに嘆願し、タマモが悪態を吐く。

銀一は、すでにここに来た事を後悔し始めてるかもしれない。

ふと、シロとタマモの動きが一瞬止まる。

が、そこに被害が及ぶ頃には、再び飛び退っていた。


「あ、危なかった!! かすった!! かすった──ッ!!」

「タマモ…今の聞こえたでござるか?」

「何かしら? 規則的に…近づいてる?」


銀一の悲鳴はとりあえず脇に置いて、シロとタマモは訝しげに視線を走らせる。

その先にあるのは、すでにボロボロになってぶら下がってるだけのエレベーターの扉。

その向こう、真っ暗なシャフト内から、何かが聞こえてくる。

ガン…ガン…と、何かがぶつかっているような…否、蹴りつけるような音が。

それは次第に大きく、そして聞こえる感覚も短くなっていく。

ガン…ガン…ガンッガンッガンッガッガッガッガッガガガガガッ!! と。

そして。

ドガァンッ!! という一層派手な音ともに、エレベータの扉が内側から吹き飛ぶ。


「きゃッ!?」

「な…ガァッ?!」


吹き飛んだ扉はそのまま、横島に躍り掛かる夏子へとぶつかる。

さらに勢いは止まらず、ぶつけられた夏子ごと窓をぶち破って飛び出した。

刹那、目標を見失った横島の動きが止まる。

そこに、シャフト内から扉を吹き飛ばして飛び込んできた影が、独楽のように旋回しながら肉迫する。

その気配に横島が気づいたときには、すでに時遅し。

影が繰り出した拳が、横島の顔面を捉えて突き刺さる。

回転運動をそのまま威力に上乗せした一撃に、盛大に吹っ飛ぶ横島。

それを拳を突き出した状態で見据えているのは。


「刻真ッ!!」


シロとタマモが、声をそろえて影の名を呼んだ。


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