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山の上と下

9 山の麓・前編


投稿者名:よりみち
投稿日時:05/ 8/11

山の上と下 9 山の麓・前編

 つかず離れずの距離を保ち、宿場から二人を追うご隠居たち。

 前の二人は、それに気づいているはずだが反応は見せない。そのまま、街道をオロチ岳の方に進んでいく。やがて、風景が田や畑から山裾につながる森に変わる。

日の傾きを気にするように加江が、
「何かの事情があって、夜にオロチ岳を越えるつもりなんでしょうか?」

「ひょっとすると、あの姐さん、除霊師かなんかで、峠に巣くっている幽霊を退治に行くのかもしれねぇな。」
涼が、別の可能性を指摘する。

「直接、聞けば判ることさ。」ご隠居は追いつくために足を速めた。

追いついたところで丁寧な口調で呼び止めるご隠居。
「オイラは‥‥ 相良の縮緬問屋の隠居で光衛門ってんだ。後ろの二人は、用心棒をお願いしている格さんと助さん。少し話を聞いてもらいたいことがあるんだが、どうだい?」

子どもの方は警戒心も露わに睨みつけ、大人の方も、そこまで露骨ではないが、紙背を貫くような”気”が込められた鋭い視線をご隠居に向ける。

それをにこやかに受ける止めるご隠居。

 しばしの沈黙の後、大人は視線を緩め、
「私は智恵と申します。これは、娘のれいこ。除霊師をしております。」

「やっぱ、除霊師さんかい。」ご隠居は、わざとらしい仕草で大きくうなずく。
「宿場での立ち回りで、そうじゃねぇかと思ってたんだ。これから峠に出向くのは、幽霊がお目当てですか?」

「そうですが、それが何か?」

ご隠居は、冷ややかな反問を気にする風もなく、
「自分で言うのも何だが、オイラは物好きでね。幽霊を見物しようってここに来たんだ。そこに、除霊師、それも凄腕の姐さんだろ。それで、同行させてはもらえねぇかって、声を掛けさせてもらったわけさ。姐さんの側なら、幽霊が出ても大丈夫だろうからな」

「見物なんて止めれば、もっと『大丈夫』なんですよ。」皮肉っぽく指摘し、
「幽霊や人外は、素人衆が係わるもんじゃございません。祟られたり、取り憑かれたりしたら、笑い事じゃ済みませんよ。」

「そりゃあ判ってるって。でもよ、危ないって理由で、面白そうな話を見逃したんじゃ、人生楽しくねぇだろ。それに、前にここの幽霊に会った時は、そんなに恐い思いはしなかったぜ。」

「「えっ!」」話の成り行きに涼と加江は声を揃える。

「あれっ、言わなかったっけ。若い頃、日ノ本中の山を廻ったって言っただろ。二十年は前だが、このオロチ岳に来た時、見てるんだよ、幽霊を。」

「面白そうな話ですね。」興味を引かれた様子の智恵は先を促す。

「人様に聞いてもらうほど大した話じゃねぇけどな。」
言葉とは反対に、体験を話せるのが嬉しいといった感じだ。
「その頃から幽霊がいるって噂があってね。見てみようと夜に峠に登ったんだ。そうすると、陰火(:人魂)を浮かべた巫女さんみたいなナリ(姿)をした幽霊がいたんだよ。薄ぼんやりとした姿だったから、はっきりと言い切れないが、まだ、少女だったね、ありゃぁ。」

「それで、どうなったんです?」これは、加江。

「どうもこうも、」ご隠居は頭を掻きながら、
「その幽霊は、ぼーっと突っ立ってるだけでよ。間が持たねぇから、こっちから声をかけたら、消えちまってね。まるで、こちらが恐がらせたような感じだったな。」

「今の噂とは違いますね。陰火を従えた巫女というのは同じですが、はっきりと姿は見えるし、声も聞いたって話もあります。」

「そこんところが、面白いだろ。オイラが出会ってから二十年はたってるんだ。ほとんど見えねぇとか、出なくなったって話なら判る。しかし、はっきりと見えるようになるっておかしいだろ。」

「たしかに。幽霊だって、刻(とき)がたつほど執念や妄念が薄れ、消えていくのが普通ですから。」

「だろ! だから、話のタネに見ておきたいってね。」

「何かの事情で、その幽霊が悪霊になったのかもしれませんよ。とすれば、前は大丈夫だからと言って、今回も、とは言えませんが。」
智恵は、ご隠居の軽いノリに釘を差す。

「例えば、”神隠し”に遭うとか、かい?」

「聞いた限り、幽霊は人を驚かすことはあっても、危害を加えたって話はありません。ですが、”神隠し”の方は、間違いなく犠牲者がいます。近郷近在で合わせれば、五十は下らない人が消えています。こちらは、正真正銘、命に係わりますよ。」

「覚悟はできてる‥‥ とは言わねぇが、その時はその時さ。それに、後ろに控えている助さんと格さんも手練れだ、何が”神隠し”を引き起こしているにせよ、むざむざと不覚はとらねぇさ。」

それを聞いた加江は声を落とし、
「ご隠居、私たちだって、幽霊や人外みたいに刀の通じない相手だと、逃げるしか手はないんですよ。」

「かまやしねぇ。智恵の姐さんなら、いよいよ、こっちが危なくなったら、きっと助けてくれるさ。」
 気楽に、それも智恵に聞こえるように答えるご隠居。

ずうずうしい言い種にどういう顔をすべきか迷う智恵。軽くため息をつくと、
「何があっても私を頼らない。それに邪魔をしないということであれば、同行はかまいません。」

「ありがてぇ、姐さん、恩にきるぜ!」

「『恩にきる』ことはありませんよ。私といることでかえって危ない目に遭うかもしれませんからね」
さりげなくそう言い、歩き始める智恵。それに続くれいこ。

同行を認めてもらったことで満足そうなご隠居は、涼と加江に、
「いやぁ あの姐さん、”本物”中の”本物”だよ。こんな身になる前は、付き合いも広くて、お江戸で高名な除霊師だって何人も知っているんだが、あれだけのお人はいないね。」
そこで、ふと思いついたように、
「忠さんがいりゃあなぁ 弟子入りできたかもしれないのに、惜しかったぜ。」

「無理ですよ。あれだけ美しい人だと、あの煩悩男は修行どころじゃないでしょうから。」
 涼に近い身長と引き締まっているのに豊穣さを感じさせる肉付き。赤味がかった髪に際だってはっきりとした目鼻。今風ではないが、大輪の牡丹のように見る者を圧倒する美しさを備えている。
 同性の加江でも、惚れ惚れとするぐらいだ。

「違いねぇ。」と苦笑するご隠居。



峠に向かう道すがら、ご隠居が良い意味での図々しさで話しかけるうちに、自然と五人の間にうち解けた空気が生まれる。

何事にも関心のなさそうな涼も、自分に匹敵する”腕”を持つ人物に興味を引かれたらしく、時折、話に参加する。
「『美しきこと神の如く、悪霊を払う技、神の如し。』”美神”の二つ名を持った、子連れで凄腕の女除霊師がいるって聞いたことがあるんだが、あんたのことのようだな。」

「同業からは、そんな二つ名で呼ばれることもあります。」
智恵は照れもせず肯定する。よほど実力に自信がないと言えない台詞だ。
「でも、素人衆にまで知られているとは思いませんでした。」

「心やすい除霊師がいてね、聞かせてもらったんだ。」
 涼は、近所の荒れ寺の住職を思い出す。赤貧にあえいでいるが、その人物も確かな腕前の持ち主であった。

「”美神”って言えば、姐さんもそうだが、娘さんも似合いそうだね。」
 ご隠居は、母親に寄り添い歩く、母親をそのまま子どもにしたような娘に目を向ける。

「おじいさん、良い目利きをするじゃない。今だって、その辺りの除霊師なんか目じゃない”力”はあるんだから。私が一人前になったら、”美神”も継ぐつもりなのよ。」
れいこは十歳程度とは思えないほどの絶対の自信を持ってきっぱりと言い切る。

「まだまだ、”美神”を名乗るには、修行は足らないんですよ。ホント、口だけは達者な娘で困っています。」

「裏を返せば、もう少し修行を積めば”美神”を名乗れるってことだろ。すごいことじゃないのかい」

ご隠居の指摘を無言で肯定する智恵、それが判るのか、嬉しそうにもたれかかるれいこ。

 信じあえている様子に、暖かいものを感じるご隠居たち。

「そういえば、『れいこ』って、珍しい名前ですね。」
 耳慣れない名前に、加江が興味を示す。

「私の”家”では由緒正しい名前で、霊力が強い娘が生まれると、この名をつけることになっているんですよ。」

「その『れいこ』には、どのような(漢)字をあてることになっているんですか?」

「どの字を使うかは伝わっていませんが、強いて当てれば、狐の精という意味で『霊狐』ですね。私たちの”家”の始まりは狐の精なので、その(漢)字を使います。」

「葛葉の話みたいなモノかい?」ご隠居は、有名な伝説を挙げる。

 葛葉とは、史上最大の魔術師安部清明の母親の名前で、狐の精との伝説がある。

「その葛葉様が、私たちの”家”の始祖ということになってます。」

「ということは、土御門様の末(すえ)なのかい?」意外な名前に驚くご隠居。

土御門は安部清明の直系で、陰陽師の名門中の名門だ。

「土御門様は清明様の流れで、私の”家”は葛葉様からの流れです。もっとも言い伝えですから、真面目に聞かないでください。だいたい、私たちの仕事は当人の実力がすべて。家柄で悪霊たちが遠慮してくれるわけではありませんからね。」
さらりと言ってのける智恵。

「良いこと言うじゃねぇか。ホント、血筋や家柄で中身のない奴に恐れ入るのは、万物の霊長なんて自慢している人様ぐらいだろうよ。」

「それにしても、娘さん連れで旅をしながらの仕事は、つらくないですか?」

「もちろんつらいことは多いです。」しみじみと答える智恵。
「ただ、幸か不幸か、娘には、人様以上の霊力が備わっております。高い霊力を持つと、嫌でも、人にあらざる者と関りが生まれます。ならば、今から除霊に立ち会わせ、霊の何たるかを学ばせておくのも親の務めかと思いまして。娘には不憫なことではありますが、こうした生活をさせています。」

加江は、単純に”強さ”を求めてきた自分を振り返り、
「智恵殿は本当に芯の強いお方ですね。本当の”強さ”を見せてもらった心持ちです。」

ご隠居も、一つため息のような息を吐くと、
「世の二本差しの親の半分が同じ考え方ができるなら、侍の世も安泰なんだがなぁ。」

 徳川の御代になって百七十有余年、このままでは侍の世の終わりが近いことを、心ある者は感じている。


いよいよ道が坂道にさしかかろうとするところで、ご隠居たち五人の前と後に刀を抜いた一団が現れた。

前に出たのは野須以下三人、それにシロと横島。後ろは田丸以下三人。

「どうして‥‥」予想外の出来事に『ここに?』の言葉が続かない加江。

 ご隠居も、口を半ば開いたまま呆然とする。さすがに、涼は、目立った狼狽は見せていないが、表情は厳しい。

一瞬だけ顔を見合わす智恵とれいこ。それ以上の反応は見せず、成り行きにまかせる姿勢だ。

優位な状況に、野須は自己陶酔的な口調で、
「キサマらの小賢しい策など見通しだ。昨日はしてやられたが、今日はそうはいかぬぞ。あきらめて刀を捨てろ。昨日のことがあるから、骨の二・三本もへし折らせてもらうが、命だけは助けてやる。」

反発し言い返そうとした加江は、派手な衣装を身につけた少年っぽい剣士の陰にいる横島に気づいた。
「なんで、忠さんが、ここに? まさか、裏切ったの?!」

「細かいことは別にするとそういうことだろうな。」と涼。
自分たちがここにいることを予想できる情報を持っているのは横島だけだ。

「まぁ、『裏切る』って言葉を使うほど親しくなかったってことか。」
肩をすくめてみせるご隠居。

側にいる野須たちを気にしながらも、横島は真剣な顔つきで平伏する。

その行為に、野須が何か言おうとするが、シロの一睨みで沈黙する。

話す機会をくれたシロに、横島は感謝しながら、
「本当にすみませんでした。こんなことになったのは俺の責任なんです。だから、絶対にこの埋め合わせは‥‥ 命に代えても!」

加江は、その謝罪に真剣なものを感じ、
「忠さん、もういいわよ。もともと、無理矢理追い返そうとしたのは私たちだし。コトがうまく終わったら、言い訳ぐらいは聞いてあげるから。」

「本当ですね! 助さん、ありがとうございます。そうだ! その気持に甘えて一つお願いがあります。」
 顔を上げた横島は、なお、真剣に訴える

「何、私に出来ること?」と加江。

「はい! コトが全部が終わったら、そこにいるきれいなおねーさん、俺に紹介してください。お願いしておきますからね。」

「はあぁ?」加江は、意味を把握し損ね、間の抜けた返事をする。
横島を除く全員の目も点になっている。

その反応を後目に横島は、
「それにしても、何時、道行きになったんですか? そんなきれいな人と一緒になるようにするなんて、ご隠居も、いい歳して隅に置けませんねぇ いや、歳から言えば格さんが誘ったのかな? 格さんって所帯持ちなんでしょ、旅先で、楽しもうっていうんですか? よっ、女たらし!」

「こら、人聞きの悪いことを言うんじゃねぇ。」
 思わず反論する涼。けっこう、恐妻家だったりする。

「だとすると、助さんが誘ったんですか? ひょっとして、助さんにそんな趣味が! 美女の二人が禁断の愛なんて、もったい‥‥」
そこまで言ったところで、反射的に首をすくめる横島。その頭上を小刀がうなりを上げてかすめていく。

「ちったぁぁぁ、この場の空気を読まんかーーー!!」
それを投げつけた加江のこめかみには#の形に血管が浮いており、怒りの熱気が、頭上に陽炎を作っている。

その剣幕にあわててシロの陰に隠れる横島。
「かんにんやー きれいなおねーさんを見ると気になってしまうんですよー まして、そのおねーさん、ここにいる誰よりも豊満なチチ、シリ、フトモモなんですよ。男だったら、お近づきになりたくなるのは当たり前じゃないですか」

 一瞬だけ自分の胸元に目を落とすシロ。
「横島殿、男というものは、ああいうの姿形の(女の)人が好きなのでござるか?」

「さぁ、人それぞれなんでしょうけど。俺なんかは、限度はありますが、やっぱり『ない』よりも『ある』方が良いかなぁって。」
さりげなく、全女性に失礼なことを言ってしまう横島。
「でも、シロ様は心配しなくても良いですよ。助さんと違って、まだまだこれから未来が‥‥」
そこまで言っったところで、致命的なミスに気づいた。
「しぃ〜ませ〜ん! 別に、助さんが『小さい』って言っているわけでも、『終わってる』って言っているわけじゃありません。それどころか、助さんのは、触るのにはちょうど良い大きさ‥‥」

「忠さん、それ以上、余計なこと言うんじゃねぇ!これ以上怒らせたら、俺だって押さえておけねぇからよ。」
刀を抜きはなった加江を、振りほどかれそうになりながら抱きとめている涼。

 体格差を考えれば、加江がどれだけの力でもがいているかは明らかだ。今、手を離せば、横島がナマス(膾)になるのは間違いのない。

「拙者、横島殿のことを勘違いしていたようでござるな。」とジト目を向けるシロ。

「おじいさん、あの人と連れなの?」
れいこの質問に、ご隠居は一瞬だが『連れ』を否定したくなる。気を取り直し、
「ちぃーとばかりアレなんだが、根は気の良い奴だよ。まぁ、今のを見れば信じられないだろうけどよ。」

「ふ〜ん。」れいこは、冷たい視線を横島に向ける。

ちなみに、智恵はどうとでも取れる微笑みで内心を見せないが、決して目元は笑っていない。

「そんなぁ、みんな、そんな目でみないで下さいよぉ。こんなきれいなおねーさんたちから、そんな目で見られたら俺はどうしたらいいんですかぁぁ!」
号泣でもしかねない顔つきで嘆く横島。

「おのれら! いつまで、田舎狂言を続けるつもりだ!」
何となく取り残された野須が怒りの声をあげた。


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