椎名作品二次創作小説投稿広場


ツンデレラ

白雪姫


投稿者名:UG
投稿日時:05/ 8/11

 徐々に強くなっていく朝日の輝きが白い砂浜を照していく。
 砂浜には破損したビーチパラソルや日焼け用のチェアなどに混ざり様々な除霊用具が散乱していた。
 昨夜の除霊実習の凄まじさを物語るそれらを避けながら、鬼道政樹はまだ日に焼けていない砂浜を歩いていた。
 砂浜に横たわる人影を見つけ、政樹はようやく安堵の表情を浮かべ歩みを止める。
 徹夜での除霊実習は流石に堪えたのだろう、六道冥子は水着姿のまま砂浜で気持ちよさそうに寝息を立てていた。
 普段は着やせしているのか、彼女の友人たちと比べても遜色のない胸の膨らみが規則正しく呼吸のリズムを刻んでいる。
 しばらくその光景に目を奪われていた政樹だったが、日差しの強さが気になったのか夜叉丸を呼び出す。
 夜叉丸は周囲の残骸からパラソルを拾い、冥子に日差しが当たらないよう砂浜に深く差し込んだ。

 「鬼道先生、全員撤収完了しました」

 指示の完了を報告しにきた代表の生徒に、政樹は自分の唇に人差し指を縦にあてる動作で答えた。
 冥子の眠りを妨げないように小声でその後の指示を与える。

 「ご苦労、今日の午前は必ず仮眠を摂ること。午後からは自由行動を許可する」

 政樹はこのことを伝えると再び冥子に視線を戻した。
 女生徒は複雑な表情を浮かべ一礼すると無言でホテルへ向かおうとする。
 政樹は思いついたようにその背中に声をかけた。

 「ついでに冥子さんが見つかったことを理事長に伝えてくれ。それと冥子さんが目を覚ますのを待ってボクもホテルに戻ると・・・」

 女生徒はこの言葉を背中で受けホテルまでの道を走る。
 それは何かから逃れる為の疾走に見えた。




 「眠り姫を守るナイトのつもり?」

 マリーナにボートを返した帰り道。
 美神が横島を伴い眠り続ける冥子とソレを見守る政樹に近寄ってくる。

 「六道の御姫さんは目覚めが悪いからな・・・それに眠り姫というよりは白雪姫や」

 「なによそれ?確かに毒リンゴじゃなく毒電波なら喰らってそうだけど・・・」

 政樹の言わんとしている事が分からず美神は妙な表情を浮かべるが、その疑問は数秒後に解決する。

 「では王子様の目覚めのキスを・・・・・」

 冥子にキスをしようとした横島が自発的に現れた式神に攻撃されたのだ。
 ビカラに上半身を丸飲みされた横島が下半身を小刻みに痙攣させる。俗に言う断末魔。

 「眠れる姫を守るのは7人の小人ならぬ12体の式神。なかなか死なないソイツと違って一般人なら大惨事になる所や」

 「一般人のナイトだったの?寝ている女の子にいたずらするようなヤツは死んで当然じゃない」

 とんでもないことをサラリと口にする美神。
 横島を助けるそぶりがないことからも本気であることが伺えた。

 「別にその点については異論はない・・・だけど冥子さんのGSとしての評判がこれ以上落ちるのは忍びないんや」

 美神は意味深な表情を浮かべると政樹の肩を軽く叩く。
 とっくに地に落ちてる評判を今更気にする必要がないとは言う気にはなれなかった。

 「白雪姫を目覚めさせるには先ず7人の小人から白雪姫を任されなきゃならないか・・・大変ね王子様も」

 「そっちの王子様も大変みたいやで」

 政樹は美神の背後でビカラに囓られたままの横島を指さす。
 この発言に美神が顔を赤らめたのを、既に気を失っている横島が気付くことはなかった。





 除霊実習から一ヶ月が経過した。
 長いようで短い夏休みも終わり、政樹の日常は再び六道女学院を中心に廻りだしている。

 「鬼道先生!クッキー焼いたんで食べて下さい!」

 突如物陰から走り出してきた女生徒が政樹に小さな紙袋を手渡す。

 「・・・・・・・・・・・」

 政樹は無言で紙袋の中身を確認すると、申し訳なさそうに女生徒の手にそれを戻した。

 「・・・スマンな。普通のクッキーならありがたく頂戴するがこのクッキーは受け取れん」

 微かに香るおまじない用のハーブに政樹は気付いていた、そしてそのハーブに込められる思いにも。

 「・・・・・・・・・・・スミマセンでした」

 女生徒は涙を隠すように一礼しもと来た方角へ走り出す。
 曲がり角で成果を待っていた友人が口にする政樹への怨嗟の声が微かに耳に届いた。

 「そうは言っても本人の血液や魔法薬入りクッキーは食えんやろ・・・それにお前らにはドキドキせえへんのや」

 政樹はやりきれないように呟くと呼び出しを受けている理事長室に急いだ。



 「だいぶモテているようね〜?」

 理事長である冥子の母親が開口一番に政樹に言った台詞がコレである。
 ソファーに腰掛け出された茶をすすっていた政樹は危なく吹き出しそうになる。

 「はあ、・・・・・・・・・・・此処に来る途中にもクッキーを貰いそうになりました」

 「貰いそうになったって事は〜?」

 冥子の母親はソファから腰を浮かせ政樹の顔を覗き込む。

 「血液や魔法薬の混入が認められましたのでその場で返しました」

 「あら、そんなこと思春期の女の子にはフツウじゃない〜」

 この答えに政樹は頭を抱えた。
 たしかにおまじないなどに凝るのは思春期特有の行動だろう。
 しかし、此処ではそのレベルが明らかに普通ではないのだ。
 六道のおまじないは本当に効く。
 ただしその為には、普通では考えられないレベルの儀式が平然と行われていた。
 式神使いとして血の滲むような特訓を重ねてきた政樹でさえ引くような行為が・・・

 「結構親からも苦情が来ているのよね〜子供が傷つけられたって・・・傷物にされるよりはマシとは思わないのかしら〜」

 「ボクにはそんなつもりは全くありません」

 政樹は生徒に対してそのような気持ちになった事は一度として無い。
 それだけに、生徒を恋愛の対象として見ているかのような話題は不愉快だった。

 「わかっているわよ〜。政樹ちゃんが横島くんみたいな子だったら採用なんてしていないわよ〜だからね〜」

 冥子の母親は机の引き出しから数冊のファイルを取り出す。

 「政樹ちゃん・・・・女の人には興味あるわよね?」

 「言うわんとしている意味が全く解りませんが・・・・」

 こめかみに青筋を浮かべ政樹は一言一言区切るようにいう。

 「怒っちゃだめよ〜自分がゲイだと噂されているって気付いてる〜」

 「はい?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 唐突な話に政樹の目が点になった。

 「多分、政樹ちゃんにフラれた娘が腹いせにデマを流したのね〜。最近保護者の耳にも入ったみたいで〜おばさん困っちゃてるの〜」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「だからね、政樹ちゃんお見合いしてみない〜聞いてる?政樹ちゃん〜」

 冥子の母親は政樹の目前でお見合いの釣書をヒラヒラさせる。
 あまりの話の展開に対応できない政樹の手に、無理矢理釣書を握らせるとスローなテンポとは裏腹に一気に話をまとめに入る。

 「結構かわいらしいお嬢さんでしょ〜ウチの冥子には負けるけど〜。政樹ちゃん一度会って見ない〜?」

 ピクッ
 冥子の名前を聞き政樹の目に光が戻った。
 政樹は釣書の写真を見ようともせず冥子の母親に返すそぶりを見せる。

 「あ〜ん、政樹ちゃん。写真だけでも見てちょ〜だい〜」

 しつこく食い下がる冥子の母に押し切られ、政樹は釣書の写真に目を落とす。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何の冗談ですか理事長」

 政樹の額には先程の倍の青筋が浮かんでいる。
 突き返された釣書には、紋付きを着た30歳前後の男の写真が貼られていた。

 「ま、政樹ちゃん間違いなの!!コレは冥子の相手・・・」

 「冥子はん、お見合いしはるんですか?」

 咄嗟の出来事にお国言葉が出てしまった。

 「まだ冥子には話していないけど、あの子にも六道家を継いで貰わなきゃならないし〜今のままじゃ何時になるかわからないもの〜」

 「これで失礼します。ボクへの見合いは申し訳ありませんが無かったことにして下さい」

 これ以上の会話を成立させない雰囲気を纏い政樹は理事長室を後にした。

 その夜、政樹は自室のベットの上で自分自身を見つめ直す。
 幼少期の特訓のこと、鬼道家再興をかけた果たし合いのこと、現在のこと、そして冥子のこと。
 天井をぼんやり見つめたまま、政樹は長い時間これからの自分がとるべき行動を考える。

 ―――父さんすみません・・・僕には鬼道家再興は出来ません。

 政樹は自分の影に向かい話しかける。

 「夜叉丸・・・・今度こそお別れかもしれん」

 そう呟いた政樹の目には強い決意の光が浮かんでいた。






 「元気ないですね。冥子さん」

 数日後、政樹は実習の手伝いで来校した冥子に話しかけた。

 「あ、マー君」

 「隣り、いいですか?」

 中庭のベンチの中央から冥子はほんの少し体をずらす。政樹は冥子の隣りに腰掛けた。

 ―――やっぱりだ・・・胸がドキドキする。

 政樹は自分の心臓が高鳴るのを感じた。
 隣りに顔を向けると、少し寂しげな冥子の笑顔と視線があった。

 ―――この顔だ・・・悲しい時も、寂しい時も、いつもこの顔が目に浮かんだ。

 政樹の胸の鼓動が一層強まる。
 幼少時代からの地獄の特訓を政樹は思い出す。
 友もなくただひたすらに式神を操る術をたたき込まれた日々。

 ―――地獄を見れば心が渇く・・・その乾きをやわらげてくれたのがあなたの姿だった。

 冥子との出会い・・・あの日の思い出。
 マー君あそぼ!彼女から湧き出る霊力、光の奔流・・・・・・

 ―――あの時の光とともに眩しく、あの日のあなたが。

 政樹は最大限の勇気を振り絞り冥子にお見合いのことを訪ねた。

 「冥子さん・・・お見合いするんですか?」

 政樹の質問に冥子は途端に顔を曇らせ涙を浮かべる。

 「マー君どうしよう〜」

 冥子は政樹にすがりつく。
 政樹の心拍数が限界点以上に跳ね上がった。

 「め、冥子さんチョット待って・・・!!」

 政樹は慌てて冥子を引き剥がす。息はすっかり過呼吸状態だった。

 「そんなに嫌なんですか?お見合い」

 「当たり前じゃない〜。冥子まだお嫁さんになんかなりたくないもの〜」

 一層大きな涙を目に浮かべ冥子がイヤイヤをする。

 「私は今のままがいいの〜。令子ちゃんやエミちゃんとかのお友達と一緒に遊べればいいの〜。それに赤ちゃんを生んでこの子達を渡さなきゃいけないなんて絶対イヤ〜」

 冥子の影から式神が総登場し、冥子を慰めるように周囲を固める。
 政樹は過去の悪夢と直結したプレッシャーに気を失いかけるが辛うじて堪えた。

 「わたし人間のお友達が出来なくってずっとこの子達が友達だったの〜。この子達を渡したら私どうしたら〜」

 「そんなに嫌ならはっきり断ったらどうです?」

 政樹の言葉に冥子は一瞬泣きやむ。

 「そんなの無理よ〜。私、お母様には逆らえないもの〜」

 「そんなことやってみなきゃわからへん!さだめとあれば心を決めるんや!!」

 政樹は力強くそう言うと冥子の肩をしっかりと掴む。
 その言葉は自分自身へ向けた言葉でもあった。

 「うん。ありがとマー君〜」

 冥子の笑顔に満足そうに頷くと政樹は中庭を後にする。

 物陰から二人のやりとりを窺っていた人影に気づかないまま・・・




 理事長室で政樹は冥子の母親と対峙していた。
 胸には確固たる決意、懐には辞表を携えて。

 「どうしても果たし合いにこだわるのね〜」

 「はい、以前の果たし合いは美神令子の介入がありましたから・・・」

 冥子の母親は困ったようにお茶を一口すする。

 「鬼道家没落の理由がわかる〜?」

 政樹は無言で首を横に振った。

 「両家は初代の頃はライバル関係にあったそうよ〜。それが何かにつけて張り合って徐々に鬼道家は衰退していった。わかる〜相性の悪い相手ってどうしてもいるのよ〜。実力の上下に関係なくね〜。だから・・・・」

 「今回の果たし合いは鬼道家とは関係ありません」

 政樹の言葉に冥子の母親は言葉を詰まらせる。
 彼女は六道家にこだわらず独自の道で家の再興を果たせと言うつもりだった。

 「僕のプライドの為と、もう一つ・・・・・僕が勝った場合十二神将はいりません。その代わり冥子さんのお見合いを今後一切彼女の意志を無視した形では行わないで下さい」

 政樹の申し入れに、冥子の母親は僅かに口元を緩ませる。
 六道家当主としてではなく母親としての顔が其処にはあった。

 「それならこちらからも条件をださないとね〜。政樹ちゃん二つ約束してくれればいいわ〜。一つは今の条件を絶対に冥子に言わないこと〜もう一つは・・・・・・」

 ここまで話した時、ドアの向こうに人の気配を感じた政樹が理事長室のドアを開く。
 廊下に人の姿は無かったが、聞き耳を立てていた者が慌てて走り去ったような緊張感が周囲の空気には残っていた。
 冥子の母親の視線に首を横に振って答える政樹。
 不審者のことはどうでも良いと思ったのか、言いかけた条件を冥子の母親は口にした。

 「美神さんトコの令子ちゃんと横島君に立会人をやってもらいましょう〜交渉は政樹ちゃんがやっといてね〜」

 政樹はこの条件に肯くと理事長室を後にした。







 「・・・・・と、いうわけでお願いしたいんやが」

 美神除霊事務所

 政樹はその日のうちに立会人のお願いを二人にしていた。

 「アンタも思い切ったコトするわねー」

 「・・・・ボクはアホやさかい、王子様のマネゴトがしてみたくなったんや」

 自嘲気味に呟く政樹に美神は呆れたような顔をした。

 「可哀想だけど冥子の鈍さは天下一品よ!職をかけた王子様の努力に全く気付かないお姫様じゃお話にならないわよ」

 「それにだ!!!」

 先程から黙って聞いていた横島が口を挟む、彼の目からは血の涙が流れていた。

 「お前はアホや!!女子校の教師という漢の憧れを簡単に捨てやがって・・・・・」

 「この馬鹿のコトはほっとくとしても、アンタ六道じゃかなりモテるでしょ?それじゃダメなの?」

 「女子高生にモテモテを捨てるなんて大馬鹿やー」

 泣き伏せる横島に苛立ちを感じたのか、政樹はいきなり立ち上がると声を荒げる。

 「ドキドキしないガキに言い寄られるのがどないやちゅーねん!ボクはお前みたいに見境無く女に惚れんのや!みてみい」

 政樹は袖をめくり腕に浮かんだ鳥肌を見せる。

 「冥子はんの事を考えるとこうなるんや!彼女の近くにいるだけで心臓がドキドキするんや!!彼女が夢に出るとどうしようもないくらい胸が苦しくって起きてしまうんや・・・・出会った頃の彼女の夢を見るだけでボクは・・・・」

 政樹の言葉に横島は呆気にとられたように

 「お前、それって吊り橋効果とかストックホ・・ ブベラッ!」

 横島の指摘は顎の先をピンポイントで打ち抜く美神の右ストレートによって遮られた。
 糸の切れた人形のように横島はその場に崩れ落ちる。

 「とにかくこれがボクの本当の恋なんや!惚れた女が嫌がる見合いをぶちこわして何処が悪い!」

 「オーケイ!話はわかった。喜んで立会人をやらせてもらうわ」

 美神も立ち上がり政樹に握手を求める。
 政樹は力強くその手を握ると美神令子除霊事務所を後にした。



 『マスター』

 政樹が退出した後、人工幽霊一号の声が部屋に鳴り響いた。

 『先程のお客さんが来てから、何者かが部屋の会話を盗聴しようとしてました』

 「で、どうしたの?」

 『ひどく稚拙な盗聴念波だったので何も・・・通常の結界で完全にジャミングできています』

 「それならばきっと生徒の仕業ね。あの年頃の女の子はある意味横島より厄介だから・・・」

 美神は傍らで気を失っている横島に視線を落とす。
 その視線は不思議なほど柔らかいものだった。

 『今ならば逆探知可能ですが・・・・』

 人工幽霊の発言に、美神は横島の顔に伸ばしかけた手を引っ込める。

 「え、ああ・・・六道家がらみなら厄介だけど、ただの高校生に其処までの警戒は必要ないわ」

 『六道家がらみとは?』

 「今回の話は六道家次期当主の縁談がからんだ話よ。おばさんや冥子はあんなキャラクターだけど裏ではもの凄いレベルの利権が動く・・・・見合いを邪魔される方もそれ相当の抵抗があるはずよ」

 『それでは今回の立ち会いとはその為の・・・』

 「そう、抵抗勢力の妨害をブロックするためのガードね。本来、無報酬でやるような仕事じゃないわ」

 『その割には嬉しそうですね』

 美神の顔がほんの少し赤くなる。

 「冥子がそれで幸せになれるならね・・・・それに冥子みたいに鈍くて年中寝ぼけたようなお姫様は、あれくらい馬鹿な王子様じゃない限り面倒見きれないわよ!!大変だとは思うけどね・・・」

 人工幽霊一号は横島を見ながら―――意地っ張りのお姫様に惚れるよりは楽そうですよ。と、胸の中で思った。
 口に出す勇気は当然無い。

 「多分、エミや唐巣神父の所にもそれとなく招待状が届くはずよ。超一流ののGS達に囲まれた状況で妨害は不可能に近いわね」

 この時、美神は一つだけ判断ミスをしている事に気がつかなかった。
 先程の生徒と思われる盗聴に対しての、高校生に大したことは出来ないという判断。
 横島の雇い主ならば決してやらないハズの判断を美神はしてしまっていた。





 ―――鏡よ鏡、政樹先生に一番似合う女は誰?

 薄暗い室内。
 蝋燭の炎に照らされ、鏡にフードを目深に被った深緑のローブ姿が映し出される。
 フード姿の人影は更に蝋燭の数を増やし、次々に明かりを灯してゆく。
 多くの炎に照らされ室内の様子がだんだんと明らかになった。
 この場にまともな神経の者がいたらその異様さに息を呑むだろう。
 スーツ姿の政樹、ジャージ姿の政樹、水着姿の政樹・・・・・
 天井や窓すらない周囲の壁は全て隙間無く政樹の写真で埋め尽くされていた。

 ―――鏡よ鏡、政樹先生に一番似合う女は誰?

 人影はゆっくりとフードを外す。
 鏡に映った顔は、除霊実習で政樹に報告した女生徒のものだった。
 自分の姿に満足そうに肯く女生徒。

 ―――こんなに若くて可愛い恋人がいれば政樹先生もうれしいはずよ・・・

 その姿は美少女が多いとされる六道でも平均以上の容姿を持ち合わせていた。

 ―――それなのに!!

 少女は激昂し自分の拳で鏡を殴り割る。
 破片で切れた傷口から、たらたらと血が滴り落ちた。

 ―――何であんなカマトト婆に・・・アイツが絶対、政樹先生を騙しているんだ。

 ―――許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない・・・・

 「殺してやる・・・」

 少女は壁際の薬瓶棚に所狭しと並んだ薬瓶から一本の瓶を取り出す。
 それは密かに入手した毒薬だった。

 『出来るとは思えんが、六道の姫を殺されるのは困るな』

 背後に突如湧いた人の気配。
 驚き振り返った少女の目に何者かの掌が当てられると、それだけで少女の意識は刈り取られてしまった。
 侵入者は音を立てないよう少女を床に横たえる。

 『六道家周辺で不審な動きがあるので後をつけたが面白い娘を見つけた・・・・・・娘!お前は何を知っている?』

 「政樹先生と・・冥子・・果たし合い・・・」

 どのような技なのか、意識を失っている少女の口から今までの経緯がとぎれとぎれに語られはじめる。
 徐々に明らかになる内容に侵入者の顔が険しくなった。

 『今度の縁談を潰されるのはマズイな・・・・しかし、六道相手に下手なことはできん。俺ごときの術でどうこうできる家ならばとっくに歴史の闇に消えているハズだからな・・・』

 しばらく思案していた侵入者は、少女の着ているローブの下が六道の制服であることに気付き口元をほころばせる。

 『この娘使えるな・・・うまくいけば六道の喉元に食らいつけるかも知れん』

 意識を無くしたままの少女に侵入者は優しく語りかけた。
 遙か昔、一人の女にリンゴの実を勧めたヘビの優しさで。

 『お前の気持ちは良くわかる。だが、姫を殺さずとも政樹が負ければよいではないか・・・その後、傷ついた政樹を優しく癒すのはお前の役割だ』

 甘いささやきが少女の心に深く染み込んでいく

 「私が政樹先生を癒す・・・・・」

 『そうだ・・・そうすれば政樹の心はお前のもの・・・・・その為には・・・・』

 侵入者は少女の耳元でそっと囁いた。

 『心を開き体を俺に預けろ・・・・』






 果たし合い当日
 六道家は表向きには普段と変わらない静寂に包まれていた。
 周囲に密かに展開している小笠原エミと唐巣神父による多重結界は、広範囲に展開することによって威力を弱めてはいるものの遠隔操作系の術者による妨害を防ぐには十分な出力を維持している。
 上空を飛び回るマリアと魔鈴の視界にも未だ怪しい影は映っていない。

 「ホントに来るんですか?妨害」

 半信半疑といった様子で横島が美神に話しかける。

 「多分ね・・・一応、念には念でこの果たし合いのことは秘密にしてるケド・・・」

 ここまで言いかけ、正門から入ってくる人影に美神がずっこける。
 六道の生徒である弓と魔理がにこやかにこちらへ向かって来るのが見えたからだ。

 「雪之丞!タイガー!!あんたら今日の果たし合いのこと二人に喋ったの!!」

 無線を使い周囲を警備中の二人を呼び出す。

 「そんなことはしていない」

 「誤解ですジャー」

 「じゃあ、なんで二人がここにいるのよ!!」

 歓迎されてない雰囲気に魔理と弓が怪訝な顔をする。

 「あのーお姉さま。六道のほとんどの生徒が今日の事をしってますが・・・」

 弓はそう言うと携帯のメールを美神に見せる。
 それは果たし合いの日時と応援募集を知らせるチェーンメールだった。

 「・・・・・・・・・・・・魔理ちゃんにも届いたの?このメール」

 肯く魔理に、美神は呆然としておキヌを振り返る。

 「私携帯持って無くて・・・」

 すまなそうなおキヌの姿に、携帯を買い与えなかったことを呆然と後悔する美神だった。
 呆然とする美神を無線の音が現実に引き戻す。

 「美神さん大変です!正門に大勢の六道の生徒が!!」

 正門警備のピートが慌てた様子で報告してきた。

 「こっちもだ」

 「ワシんとこもですジャー」

 音を立て崩れる警備計画に美神は頭を抱える。

 「・・・・・・・・・・追い返すしかないわね」

 「いいじゃない〜みんなにもみてもらいましょ〜」

 決意を固めた美神の耳に間延びした声が届く。
 騒ぎを聞きつけ顔をだした冥子の母親が、美神の苦労を完全にひっくり返す発言をしたのだった。

 「妨害の可能性もあるのに危険です。それにこの間みたいに式神が暴走したら生徒が危険にさらされます」

 「そうしたら令子ちゃんと横島君がなんとかしてくれるんでしょ〜それにこれから起こることの証人は多い方がいいし〜」

 これ以上の議論は無駄だった。
 美神は無線を手に取ると、周辺の警備を会場に集中させる為に呼び戻す。
 そして次第に数を増やす女子高生に目の色を変えた横島に向かって、液体窒素よりも冷たい口調でこう言った。

 「横島君・・・今回、いつもみたいにふざけたら本当に殺すから・・・・」

 この台詞に横島の体温は活動限界ギリギリまで低下した。






 大勢の観客が見守る中、政樹が果たし合いの場に姿を現す。
 前回の果たし合いと同じ正装姿に、観客から黄色い歓声が上がった。

 「果たし合いの情報がどこかから漏れたみたいなの。完璧な警備とは言えなくなったけど全力は尽くすわ」

 周囲を見回す政樹に美神が事の経緯を説明する。

 「しかし、女の子はわからんな。ボクは六道ではゲイと噂されているらしいで、それなのにこんなに応援に来て・・・・」

 「ものの本ではホモの嫌いな女の子はいないそうよ!多分、応援のほとんどがその噂にのせられたミーハーファンね。その証拠に・・・」

 美神はさも親しそうに政樹にすり寄り耳元でそっと囁く。

 「こうやって近づいた私に向けられた殺気は30人ちょっと。これでだいぶ警備がしやすくなったわ」

 美神は周囲を固めるGS達にサインを送り、注意人物の周辺にさりげなく人員を配置した。

 「それ以上の殺気がボクに向けられたんやが・・・・・特にシャレにならん程の殺気が横島君から・・・」

 三桁に達する美神ファンからの殺気と横島からの殺気を一心に浴びて政樹の顔が青ざめる。
 美神が(殺すわよ)とサインを送ると政樹の顔色が元に戻る。
 応援席の一角で青ざめた横島に気付くものは誰もいなかった。

 政樹は鬼道家に伝わる独特の呼吸法を繰り返すと気持ちを完全に切り替える。

 「ボクはボクの勝負をやるだけや。周りは関係あらへん」

 政樹がそう宣言したとき会場の一角から歓声が上がる。
 母親に引きずられた形で冥子が入場したのだった。

 「あの子、なんて格好してんのよ・・・」

 冥子の姿は前回と異なり真っ白なドレス姿だった。
 ウエディングドレスともお姫様ともとれる姿に美神が呆れたような顔をした。

 「綺麗やないか」

 政樹はそう呟くと仕合の場中央に歩み寄る。
 立会人代表の美神もその後を追った。

 「お母様〜」

 「いー加減覚悟を決めなさい!!」

 母親に引きずられながら冥子が中央にやってくる。
 冥子の母親は政樹に向かい一礼した。

 「今日はよろしくね〜政樹ちゃん〜あの約束は守ってくれているようね〜」

 政樹は無言で一礼する。
 それが質問に対する答だった。
 その様子を冥子の母親は満足そうに見つめる。

 「マー君、こんなこと止めましょうよ〜私たち友達でしょう〜」

 「あーもう、本当にこの子はっ!!」

 あまりにも聞き分けのない冥子の耳を引っ張り数メートル離れると、冥子の母親は冥子の耳に何やら耳打ちをした。

 「本当〜お母様〜」

 突然冥子の顔が輝きやる気が満ちあふれた。
 数匹の式神が影から現れる。

 「令子ちゃん〜開始の合図をお願いね〜」

 こう言い残し、冥子の母親は安全地帯へそそくさと避難する。
 シャー
 開始の宣言を待ちきれなかったか、アンチラの攻撃をきっかけに双方が戦闘態勢に入る。
 危険を感じた美神は一方的な開始の宣言を行うと観客席に急いで避難した。




 目にも止まらないアンチラの斬撃を全て紙一重でかわす夜叉丸。
 ハイレベルな攻防に会場が息を呑んだ。
 冥子ぷっつんさえなければ最高峰といっても差し支えない式神使いどうしの戦いである。
 素早い斬撃にカウンターを打ち込む夜叉丸にも、そのカウンターを難なくかわすアンチラにも、観客席から賞賛の拍手が巻き起こる。
 既に戦闘開始から5分は経過してるが、お互いの式神に決定打を打ち込めていないことからも両者の実力ほぼ互角だった。

 ヴッ

 アンチラの連続攻撃に一瞬よろける夜叉丸。

 「いまよアンチラ〜」

 相手のスキを勝機とみたかアンチラが渾身の一撃を夜叉丸に打ち込む。

 「かかったな!」

 政樹はすばやく夜叉丸の体制を立て直すと、大振りとなった一撃を白刃取りで受け止めた。

 「終わりや、コイツはもらうで!」

 夜叉丸の蹴りを受け戦意を喪失したアンチラは剣の姿へ変化し夜叉丸の武器となる。
 戦略を組み立てて戦う術については政樹の方が何枚も上手のようだった。





 「あの時と展開が同じですね・・・」

 観客席で観戦している横島が隣りに立つ美神に話しかけた。
 あの時とは以前見た果たし合いの事である。
 実際に目の前では慌てた冥子が、あのときと同じく複数の式神をけしかけ攻撃力を増した夜叉丸に倒されている。

 「このままじゃ前回と同じく霊力不足で・・・・」

 「いや、少なくとも政樹は前回とは違うわ」

 あの時とは違い政樹はビカラ、マコラ、ハイラのうちハイラしか夜叉丸に取り入れてはいなかった。

 「霊力の消費をおさえるため取り入れる式神を選ぶつもりね・・・・切り裂き攻撃のアンチラに毛針と精神攻撃のハイラ・・・多分、政樹はオフェンス重視の選択を行うつもりね」

 美神の予言通り、政樹は立て続けに式神を倒すが火炎と石化攻撃のアジラしか吸収しなかった。
 冥子もようやく政樹の意図に気づいたのか、サンチラを影に引っ込めるとショウトラとバサラを表へ出した。

 「あほやな。それが一番欲しかったんや」

 政樹はショウトラに狙いを定め一瞬で撃破する。
 ショウトラのヒーリング能力でそれまで傷ついていた夜叉丸の傷が回復した。
 夜叉丸はついでとばかりにバサラも撃破吸収する。

 「これで5体。残念だが今のボクの霊力ではこれ以上はコントロールできん・・・だが、それを上回らなければ・・・」

 政樹は勝利を確信した。

 「式神は残り7体。ちょうど白雪姫の小人の数や・・・・」

 降参を促すため政樹は歩み寄る。

 「もう勝負はついたも一緒や・・・冥子はん、降参せえ」

 政樹の申し出に冥子は激しい拒絶を示す。

 「絶対いやなの〜私、この勝負に勝ったらお見合いしないで済むのよ〜」

 突然の冥子の叫びに、政樹と会場にいた一人の少女が同じ言葉を口にする。
 政樹に憧れるあまり道を踏み外したその少女は男のような声をしていた。

 「「馬鹿な!それじゃぁ最初から茶番だったのか?」」

 どちらが勝っても冥子の縁談がつぶれる事実に政樹と少女はその場に立ちつくした。




 「少し聞きたいことがあるでゴザル」

 立ちつくした少女をシロとタマモがとり囲む。
 生徒の中に怪しい動きをする者がいないか警戒していた二人は、いち早く少女の異変に気づいていた。

 「なんの事ですか・・・・」

 その場を取り繕うように済まし声で答える少女。

 「誤魔化しても無駄でゴザル!拙者らの鼻はお主の霊気を捕らえている」

 「オヤジくさいわよ!あなたの霊気」

 少女は素早く周囲に視線を走らせる。
 美神と横島がこちらに近づいて来るのが見えた。

 ―――まずい。既に策は動き出している・・・ここは逃げの一手か。

 少女は突然苦しみ出すと大量のエクトプラズムを吐き出す。
 それはすぐに人の形をとり、人混みをすり抜けるように逃走に移った。

 「シロ、タマモ、ソイツをつかまえて!!」

 美神の指示に走り出すシロとタマモ。
 それと同時に冥子の霊力がいつも以上の出力で暴走するのが感じられた。

 「一体何が起こったの?」

 慌てて振り返る美神と横島の目に荒れ狂う7体の式神が映った。







 「絶対いやなの〜私、この勝負に勝ったらお見合いしないで済むのよ〜」

 冥子の言葉が頭のなかで鳴り響いている。
 政樹は真意を確かめるべく冥子の母親の方へゆっくりと視線を向ける。
 冥子の母親はじっと政樹を見つめるだけだった。

 ―――ははっ、とんだ茶番や・・・・

 自分にとっては人生を賭けた勝負のつもりだった。
 その勝負がどう転んでも結果が一緒だったとは・・・

 ―――王子様のつもりがとんだピエロやな。

 政樹は冥子と見つめ合った。

 「マー君〜私たち友達よね〜手加減してくれると嬉しいんだけど・・・・・」

 政樹の気持ちを完全に理解していない笑顔で冥子が話しかける。
 それに答える政樹も笑顔を見せた。
 それは大切なものを失った男が見せる悲しい笑顔だった。

 「友達は今日でお終いです・・・・それに手加減もしません。ピエロにはピエロの意地があります」

 「マー君の意地悪〜」

 政樹の様子に何かを感じたのか冥子も覚悟を決める。

 「イイもん〜昨日親切な娘から貰ったコレがあるから〜マー君覚悟しなさい〜」

 「あ、コラ!そんな怪しいものを・・・」

 政樹の制止も聞かず、冥子は隠し持っていた小瓶の薬品を一気に飲み干す。
 その瞬間、冥子は暴走した。






 「エミ、神父様、結界を収束して!!」

 美神の咄嗟の指示に結界が冥子と政樹の果たし合いの場を包むように収束する。
 荒れ狂う式神が結界と衝突すると凄まじい衝撃波が辺りに響いた。

 「待ってなさい冥子!」

 「待って!美神さん!」

 神通棍を手に走り出そうとする美神の左手を横島の右手が捕らえる。
 横島の行為に怒る美神の視線を横島は真っ向から受け止めた。

 「王子様はまだやる気を失っていませんよ。観客は観客に出来ることをしましょう」

 結界の内部では政樹が式神の暴走を必死におさえようとしている。
 横島は美神の手を握ったまま気を失っている少女の元に向った。

 「横島っ!許す!!」

 美神の許可を受け、横島が(模)の文珠で少女の記憶をトレースする。
 ふだんコレをやると確実に美神に殺される反則技の一つだった。

 「・・・心の隙をつかれたんですね・・・・・・さっきの霊体に操られ薬品を調合しています・・・・それを霊薬と称して冥子さんに渡してますね」

 「その薬品のレシピはわかる?」

 「多分大丈夫です・・・・簡単なものから順に人参、枸杷、紅花、肉桂、山葯、郁金、丁香・・・・」

 「ちょっと待って・・・・・・魔鈴!!」

 美神は上空で結界構築を手伝っている魔鈴を呼び寄せた。
 横島はもう一度最初からレシピを口にする。

 「なんて出鱈目な調合なの!!こんなの飲んだら霊力を暴走させるだけ暴走させて・・・・霊力を使い果たした後は廃人よ!」

 「解毒剤は作れる?」

 魔鈴はポーチの中の薬品を確認する。
 どうしても足りない薬品が数種類あった。

 「どうしよう・・・家まで取りに行く時間は無いし・・・・」

 「あのー・・・・」

 途方に暮れる魔鈴に六道の生徒が声をかけた。

 「いま言っていた魔法薬ですが、使っちゃったものでもかまいませんか?」

 その少女は恥ずかしそうにクッキーを差し出す。
 そのクッキーには思いを叶えるための大量の魔法薬が混入していた。

 「!!ひょとして他のみんなも持っている?」

 突然湧いた希望に魔鈴が周囲の生徒に声をかけた。

 「政樹先生にあげようと思って・・・・」

 「私も・・・・・・・」

 「私も・・・・・・・」

 次々に集まる魔法薬入りのクッキーやケーキを魔鈴は慎重に調合する。
 二次的な成分の調合には超人的な精神力を必要としていた。

 「だめだ・・・どうしてもアレが足りない」

 六道の生徒の協力で1つを除いた全ての魔法薬が手に入ったが、残りの1つは高校生の小遣いではとても買えない高価な魔法薬だった。
 あせる魔鈴に無言で香水の瓶が差し出される。瓶を持っていたのは魔鈴と視線を会わさないように無表情を決め込んだ美神だった。

 「あ、ありがとう」

 魔鈴は香水の瓶を受け取り最後の調合に入る。

 「令子!魔鈴が抜けた分、結界が持たなくなった。あと3分くらいしか持たないワケ!」

 エミからの無線連絡を受け、美神は周囲の生徒に避難するよう伝える。
 横島と魔鈴以外の人員はその誘導に当たらせた。

 「魔鈴!3分でできる?」

 「1分で充分です!」

 その言葉に安堵した美神は結界の方へ向き直る。
 結界内では政樹が必死になって冥子の元へ近づこうとしていた。

 「横島さあ、さっき私を止めたのは政樹がここまでヤルってわかってたからなの?」

 調合終了までの1分。
 美神は先程からの疑問を口にした。

 「わかってた訳じゃないですけどね・・・・ただ」

 「ただ?」

 「男ってヤツは惚れたネーチャンの為なら実力以上の力を発揮しますから」

 「出来ました!」

 美神は魔鈴から小瓶を受け取ると横島の手を強く握る。

 「え、美神さん何を・・・」

 「アンタ、私に惚れてるんでしょ!実力以上の力を発揮して私の盾になりなさい」

 美神はこう言うとエミに結界解除の指令を出し政樹の元へ走り出す。
 最強の盾である横島を引きずりながら。

 魔鈴は退却中の空の上から二人の様子を見下ろしていた。

 ―――本当に意地っ張りなのね。

 式神の攻撃を横島に受けさせ疾走する美神。
 その姿を見て魔鈴はクスリと笑った。
 魔鈴に渡した美神の香水に含まれた魔法薬の効能。
 女の仁義として、このことは自分だけの秘密にしようと魔鈴は心に堅く決めていた。







 「クソッ、キリがないで!」

 政樹は次々に襲いかかってくる式神を撃破していた。
 残り7体となった式神であったが、受けたダメージを瞬時に暴走中の冥子の影で回復するためその数は一向に減る気配はない。

 しかも、普段よりもエネルギー放出量が大きいためか、戦闘に特化していないマコラやクビラなどの式神もかなりのパワーで政樹を攻撃していた。

 「これじゃ、こっちが先にまいっちまう・・・唯一の救いは式神どうしの意志の連携がとれていないことやな」

 夜叉丸はこの日何度目かのビカラ退治を行う。
 重戦車を遙かに超えたパワーに夜叉丸の体が軋んだが、すぐにショウトラのパワーが夜叉丸を癒す。

 「まずい、そろそろ限界がちかい・・・」

 ショウトラのヒーリングも政樹の霊力を基にする以上無限ではない。
 政樹はかるい疲労感に足がもつれた。
 その隙をついて突進してしたシンダラが光を放つ珠によって墜落する。

 「政樹!冥子を早く止めて!!」

 結界を抜けこちらに向かう美神と横島の姿に、政樹は先程の光る珠が(落)の文珠だと理解した。
 新たな攻撃目標の出現に攻撃目標を変えたインダラが二人に突進した。
 美神に向けられたインダラの攻撃を横島の霊波刀がそらす。
 その間、美神は政樹にむかって解毒剤を投げていた。

 「それを冥子に飲ませて!早く!」

 政樹は解毒剤を受け取ると最後の力を振り絞って冥子の元へ走った。
 次々に襲いかかる式神を夜叉丸が裁ききれず、術者である政樹にも攻撃の手が襲いかかっている。
 式神の半数が美神達を攻撃してくれていることが救いだった。
 全身傷だらけになりながら冥子の元へ急ぐ政樹。
 限界寸前の政樹が冥子の手前数メートルに達したとき、式神の動きに変化が生じた。

 「なに?式神が引き上げていく」

 美神達を襲っていたインダラ、メキラ、シンダラがその速度を生かし一瞬で冥子の元に戻る。
 意識を失って倒れる冥子を守るように7体の式神が政樹の前に立ちはだかった。
 術者を攻撃されないよう式神がとる防衛本能と言うものもいるが、美神と横島にはその姿が別のものに見えた。
 傷だらけになりながら7体の式神と対峙する政樹。
 政樹は有無を言わさぬ口調で式神に命令した。

 「どけ!小人にはお姫様は助けられん」

 「ギ・・・・・・・・・・・・・・・」

 政樹の言葉が理解できたのか式神たちが政樹に道を譲った。
 意識を失い倒れている冥子を抱き起こすと、政樹は解毒剤を口に含み口移しで冥子にそれを飲ます。
 それはまさに目覚めのキスだった。
 霊力の放出が止み、冥子が目を開くまで政樹と冥子キスは続いていた。

 「マー君・・・・・」

 冥子は起きあがると自分の唇に手をあてる。
 キスをしたという事実に戸惑っているのが手に取るようにわかった。

 「やっと目が覚めたか・・・・・」

 政樹はよろけながらも冥子の隣りに立った。
 周囲には避難していた者達が再び集まりつつある。
 政樹はその中に美神と横島を見つけると、お礼の意味を込め頭を深々と下げる。
 頭を下げた姿勢から急に政樹の体が引き起こされた。
 驚いた政樹が自分の左腕を見ると、冥子がしっかりとすがりついてる。
 そして、ふたりの目の前には冥子の母親の姿があった。
 母親と対峙するため政樹を引き起こした冥子は、しっかりした口調でこう言い放った。

 「お母様!私マー君と結婚する!!」

 ざわめく周囲の観衆。
 しかし、本当の意味で周囲をもっと驚かしたのは冥子の次の発言だった。

 「だって、私のお腹にはマー君の赤ちゃんがいるんだもの!!」

 六道女学院全生徒&横島の獣を見るような視線が政樹に集中する。
 無実を訴える気力もなく政樹は気を失った。






 政樹が再び意識を取り戻したのはキスでは子供が出来ないことを冥子が理解した後だった。
 説得にどれだけのエネルギーを費やしたのか、周囲の人間は一同ぐったりしている。

 「マー君ごめんね」

 政樹は冥子に抱きかかえられる状態でショウトラのヒーリングを受けていた。

 「でも、冥子ね〜マー君となら結婚・・・・」

 何か言いかけた冥子を政樹は遮る。
 政樹は近くで二人の様子を見守っていた冥子の母親に体を向ける。

 「どうしてあんな約束をしたか説明してくれますね?」

 「ひょっとして政樹ちゃん怒ってる〜」

 全然悪びれた様子もなく冥子の母親は説明を続ける。

 「理由はいくつかあるけど、お見合いの相手じゃ冥子を守れないと思ったからね〜六道の女は次の世代に式神を伝えていく・・・つまり式神を失った女を守る強くてやさしい旦那様が必要なのよ〜知ってる?六道の女は寂しいと死んじゃうのよ〜」

 まるでウサギの飼育法のようなことを言いつつ冥子の母親は政樹に笑いかけた。

 「でもね、政樹ちゃんが冥子相手に手を抜いたら、おばさん政樹ちゃんにも任すつもりもなかったわ〜だからそういうわけ〜あとは政樹ちゃんの気持ち次第だと思うんだけど〜」

 戸惑う政樹に美神が話しかける。

 「今回騒ぎを起こした元凶はシロとタマモが捕まえたわ。あまり大事には出来ないけど見合中止の理由には十分ね。それに六道の式神に認められた唯一の男としては気にかける事なんかないと思うけど・・・」

 この言葉に後押しされ、政樹は冥子から離れると向かい合う形で正座する。
 そして一礼。

 「冥子はん、ボクのお嫁さんになって下さい」

 「マー君〜大好き〜」

 即答した冥子は政樹に抱きつく。
 周囲の人々から口々に祝福の言葉が贈られる。
 二人の周囲に現れた式神達は輪になって踊っているように見えた。








 「ママ・・・冥子の結婚相手こんなに簡単に決めちゃっていいのかい?」

 群衆に紛れ顔が見えない冥子の父親が冥子の母親にそっと耳打ちする。

 「六道の女をモノにするには特殊な才能が必要だからね〜仕方ないのよね〜」

 冥子の母親が呟いた台詞を本当の意味で理解した者はいなかった。









 余談

 盛大な結婚式を終わらせ、南国のリゾートホテルで初夜を迎えた政樹と冥子。
 その晩、強大な霊力の放出により一夜にしてホテルは完全に壊滅した。

 そして次の日の朝。
 まるで12匹の怪獣に破壊されたかのようなホテルの残骸の中、唯一其処だけが奇跡的に無事だったベッドで政樹と冥子は幸せそうに眠っている。
 だんだん強くなる日差しが二人を照らしはじめた。
 夜叉丸はヤレヤレといった表情でプールサイドのパラソルをベッドの横に突き立てる。
 そのおかげで二人の幸せはまだまだ続くようだった。

 終


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