椎名作品二次創作小説投稿広場


ツンデレラ

酸っぱい葡萄


投稿者名:UG
投稿日時:05/ 7/27

 多くの生き物がそうであるように、私には生まれた瞬間の記憶がない。

 覚えている最古の記憶は、目の前の葡萄を採ろうとあがく自分の姿だ。

 多分お腹がすいていたのだろうけど、そんなことはもう忘れてしまった。

 ただ、葡萄が手に入らない悔しさ、苛立ち、悲しさは今でもはっきり覚えている。

 殺生石から生まれたばかりの私の能力は、普通のキツネと大差なかった。



 結局、私は葡萄をあきらめ別な食べ物を探すことにした。

 ―――あの葡萄は酸っぱいに決まっている。

 不思議なことにそう思った瞬間、葡萄への執着は私から消えていた。





 日が経つにつれ、徐々に自分が何者か分かってきた。

 金毛白面九尾

 かって幾つもの国を崩壊させたとされる伝説の妖弧。

 この世界にとって極めて異質な存在。

 私にとってこの世界は酸っぱいもので溢れていた。







 美神令子除霊事務所

 「シロちゃーん!タマモちゃーん!ご飯よー」

 「ハイでござるー」

 同居人のバカ犬がしっぽをバタつかせて屋根裏部屋を飛び出す。

 コイツはなんで無闇に元気なんだろう?

 私は呆れながらテーブルに向かった。


 いろいろあって私はGSの事務所に居候している。

 なんでこんな事になったのかは自分でも分からない。

 多分、あの日食べた油揚げが酸っぱくなかったからだろう。

 そして、きょうの油揚げも美味しかった。




 「ママ!もうすぐ横島が来るけど、アイツの前じゃ絶対にやめてね」

 食後、美神の母親が娘に授乳をはじめたのを、もう一人の娘がとがめる。

 「あら、私は気にしないわよ」

 どうも、この母親はこの手のことで娘をからかうのが好きらしい。

 何が楽しいのか私には分からないけど、たしかに女の私でも目のやり場に困るのだから横島には見せない方がいいと思う。

 だけど、一生懸命にお乳をすう赤ん坊は本当に幸せそうだ。

 美神の母親も幸せそうに自分の母乳を飲む子供をみている。

 シロやおキヌちゃんはともかく、あの美神もだらしなく緩んだ顔でそれを眺めている。

 お腹いっぱいまでお乳を飲んだ赤ん坊は、すやすや寝息をたてはじめた。



 殺生石から生まれた私に家族というものは存在しない。

 だからずっと一人で生きてきた。

 私はテレビに視線を移しこう考える。

 ―――家族なんて酸っぱいに決まってる。




 「こんちわーっす!」

 横島が来ると途端に事務所は騒がしくなる。

 「ママ、ほら、しまって!」

 「横島さーん、チョッ、チョット待ってくださーい」

 特にシロのバカ犬っぷりは、横島も持て余し気味だ。

 「センセー」

 横島に飛びつくと顔中なめ回す・・・ホントにイヌじゃないの?コイツ。

 「こらっ!顔を舐めるな顔を」

 「いーではござらんか。仲間どうしのすきんしっぷでござる」

 あーあ、尻尾をあんなに振って感情丸出し。

 「そーか!美神さはーん、俺と仲間どうしのすき・・・・」

 ドカッバキッ!!!

 「待ってろとゆーとるでしょーが!!!」

 あいかわらずのお約束ね・・・うわっ!耳から血が出てる!!何でコイツ死なないの?

 「ああっ!センセー」

 で、またシロのペロペロね・・・・

 仲間、仲間、仲間、群で暮らす狼のノリはよく分からない。

 だって、私は単独で暮らす狐だもの。

 私は騒ぎには加わらず、再びテレビに意識を向ける。

 ―――仲間なんて酸っぱいに決まってる。






 翌日私は体調を崩した。

 おかしい・・・体が熱い。

 息をすることすら困難に感じる。

 「な、何これ!?ものすごい熱じゃない・・・・・!!」

 みんなが集まってきた、放っといてくれればいいのに。

 「おまえ、同じ部屋にいるんだろ?なんでもっと早く気づかなかったんだ」

 バカ横島・・・余計な事いうな。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 バカ犬も、何でそんな顔をするの・・・・

 おまえが責任を感じる必要なんてこれっぽっちもないんだから。

 ・・・・・だって私はずっと一人だから。


 みんなの相談が嫌でも耳に入る。

 私のためにそんな危ないことするなんてバカじゃないの。

 今まで私は一人で生きてきたんだから・・・・だから今度も放っといて。

 「心配しなくてもいいのよ、タマモちゃん。全部美神さんにまかせておけばいいんだから」

 大きなお世話よ・・・私は誰にも借りなんか作りたくない・・・・だって。


 ―――人の優しさなんか酸っぱいにきまってる。


 特にバカ犬・・・いい気になるんじゃないわよ。

 ―――おまえなんか一番酸っぱそうなクセに。






 暑い・・・

 私の体温はどんどん上昇していった。

 「タマモちゃんがんばるのよ」

 おキヌちゃんが、濡らしたタオルを額に置いてくれる。

 これでいったい何回目だろう。

 上昇した私の体温は、すぐにタオルをカラカラにしていた。

 おキヌちゃん学校は?

 私の為に休んだの?

 あれ?なんで私おキヌちゃんにだけ”ちゃん”づけなんだろう。

 ほかは呼び捨てなのに・・・あれ?なんでこんな事考えてるんだろう私。

 ダメだ・・・熱で意識が朦朧となって・・・

 ひんやりとした感覚に一瞬薄目をあける。

 そっか、またタオル変えてくれたんだ。

 あ、その指の傷もしかして・・・・

 その傷、私が噛んだヤツでしょう。

 余計なお節介しなきゃ噛まれなかったのに。

 あなたみたいな人少し苦手・・・・

 人から拒絶されるのが怖くないの?

 なんで、そんな風に人の面倒がみれるの?

 自分が傷つくかも知れないのに。

 あなたの目にはこの世界は酸っぱく映らないの?



 あ、ダメだ・・・また熱が上がってきた。

 ・・・・ひょっとして私が間違っているの?

 私はあの時、葡萄を食べておくべきだったの?

 傷ついても、悲しくても、手に入れるまでがんばるべきだったの?

 酸っぱいなんて決めつけずに、手に入るまで何度も何度も飛び上がるべきだったの?

 あーあ、何で私はあの葡萄が酸っぱいなんて思ったんだろう。

 葡萄は確かに美味しそうだったのに。

 あれ?何で私、葡萄のことなんか考えているんだろう。

 熱で頭がグルグルする・・・・ダメだ、人型が保てない。

 意識が遠のいていく。

 葡萄食べたかったな・・・






 気まずい・・・・・非常に気まずい。

 あんだけ大騒ぎさせといて、只の毛換わりだったなんて・・・

 ううっ。私のクールなイメージが・・・

 これじゃ、ただの間抜けじゃない。

 オマケに今度はシロが寝込んじゃうし。

 ・・・コレって私のせいよね。

 あんまりバツが悪いんで、私はアイツにステーキを焼いてやる。

 あ、そう言えば料理するの初めてだ。

 「わ、私はいいって言ったんだからね・・・・!?あんたが勝手にやったのよ!?いいわね!?」

 「うるさい!!黙れ!!拙者、ただ恩をきせられなくてがっかりしてるだけでござる!!」

 あちゃ、余計な前置きが・・・性格は急には変われないから仕方ないか。

 「・・・・・・ところで肉食べる?」

 「・・・・・変に気ィ遣うな!!」

 ・・・遣うわよ。アンタは酸っぱい葡萄なんかじゃなかったんだから。


 ―――仲間思いの大甘な狼


 「遣ってなんかないわよ」

 私はシロが持ってきた薬をアイツの目の前で一口飲む。

 「助かったわ・・・・ありがとう」

 私は苦労してこの一言を口にした・・・・後半は小さく消えかかった声だったけど。

 「タマモ・・・お主」

 シロは驚いたように私を見つめる。

 そりゃそうでしょ・・・言った私も驚いているもの。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 あーっ、もう何?この気まずい沈黙。


 「タマモ・・・・・・・・・拙者、ヘトヘトで起きあがれん。食べさせてくれんか?」


 先に沈黙を破ったのはシロだった。

 妙な嬉しさと気恥ずかしさでどんな顔をしたらいいのかわからなかったけど、私はステーキを切り分けシロの口に運んでやる。

 「ウマい!」

 シロはニッコリ笑うとこう続けた。

 「これでおあいこでござるな・・・・・」

 あいこの訳ないじゃない!あんたスゴク危ない目にあってんのよ。

 ホントに狼ってヤツは・・・・・私はシロに言い返す。

 「おあいこじゃないよ・・・・・薬マズかったもの」

 部屋にシロの笑い声が響く、あれ、もう一つ聞き慣れない笑い声が・・・

 そうか、私ってこんな風に笑えるんだ。






 この一件を境に・・・ホントはもっと前からかも知れないけど。

 私の目にうつる世界は、徐々に姿を変えはじめた。

 世界はそれほど酸っぱいものだらけではないらしい。

 ただ一つだけ、変わらず酸っぱそうなものがあった。

 「横島クン!!」

 「横島さーん!!」

 「先生ー!!」

 全く・・・みんなアイツの何処がそんなにいいのか。

 だから私はこう思う。

 ―――横島は酸っぱいにちがいない。

 終


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