椎名作品二次創作小説投稿広場


ツンデレラ

人魚姫


投稿者名:UG
投稿日時:05/ 7/25

 妙神山に続く長い山道。
 暑い夏の日差しを浴びながら横島は黙々と歩みを進めていた。

 「ヨコシマー」

 聞き覚えのある声に顔を上げると、パピリオが山門の脇から手を振っているのが見えた。
 横島は笑顔でその声に答え、軽い足取りで山門に向かう最後の石段を上がり始める。
 外出許可が厳しいのか、パピリオはその場でしばらくジレていた。
 横島が最後の一段を登ると、待ちきれなかったかのようにパピリオが抱きついてくる。
 汗で濡れたTシャツを気にした横島だったが、パピリオは全く気にしていないようだった。

 「ヘッヘー、ひさしぶりでちゅ」
 「元気そうだな。こっちの暮らしには慣れたか?」
 照れたように笑うパピリオの頭を横島は優しく撫でる。
 「ぜーんぜん。ジジババばっかでつまらないでちゅ」

 「・・・ジジババって誰のことかしら?」

 「ぎくっ!」
 額に青筋を浮かべた小竜姫の登場に、パピリオが凍りつく。

 「えーっと・・・立ち話も何でちゅから、私の部屋に案内するでちゅ」
 この場を逃げ出そうと、パピリオは横島の手を取り門の中へ歩き出す。
 「横島さんは大切な用があってきたのよ。遊ぶのは後にしなさい」
 小竜姫の言葉に途端にふくれっ面になるパピリオ。

 横島は苦笑するとリュックから包みを一つ取り出した。
 「土産だ、用が済むまでこれで遊んでろ」
 包みを開けたパピリオの顔が輝く。
 土産は先日発売したばかりのゲームソフトだった。
 「わかったでちゅ。でもすぐ来るでちゅよ」
 パピリオは横島の手を離すと、上機嫌で自分の部屋に向かっていった。


 「・・・・・ありがとうございます」
 パピリオが立ち去ると、横島は深々と小竜姫に頭を下げる。
 「え・・・、何がですか?」
 「アイツ、大分明るくなりました。大切にして貰わなければああはならない・・・感謝します」
 この言葉に小竜姫は胸が締め付けられる。
 前の戦いで自分たちは完全に役立たずだった。
 本来自分たちがやるべき仕事を人任せにした結果、目の前の男に耐え難い十字架を背負わせてしまった。
 そのことを小竜姫はいまだに気にしている。
 「これくらいの事しか出来ませんから・・・」
 小竜姫は悲しそうな笑顔を浮かべる。
 自分の無力さを笑うあきらめにも似た笑顔だった。
 「だけど!」
 その表情を一瞬で引き締め、小竜姫は自分を奮い立たすように横島の手を握る。
 「私達に出来ることなら何でも言ってください・・・約束ですよ」
 小竜姫に促され横島は妙神山の門をくぐった。




 その晩、横島は妙神山の客となっていた。

 「ヨコシマー。ゲームステーションやろっ」
 風呂上がり。パジャマ姿のパピリオが横島に抱きつく。
 「だーっ!さっきから何時間付き合わせる気だ!!」
 横島は苦笑しながらパピリオの頭をバスタオルで拭いてやった。

 ―――これはベスパの仕事だったんだよな。

 何気ない動作が引き金となり、堪らない寂寥感が胸に広がる。
 逃走中の僅かな時間に味わった団欒。
 それは、一瞬のすきまにしか現れない夕日のように美しく心に残る風景。

 ―――お前も早く部屋へね、ポチ。

 どうしても忘れる事の出来ない女の言葉が甦る。
 彼女はあの時、あの場所に確かに存在していた。
 しかし、今は・・・・・・


 「だって、毎日サルの相手ばかりじゃつまらないでちゅ」
 パピリオの不平に我に返る横島。
 彼は密かに誓いを立てていた。

 ―――彼女のことで二度と周囲に涙は見せない。

 そうしないと彼女が守ってくれたものが無駄になってしまうから。

 明るさを取り戻したパピリオの前で自分が泣く訳にはいかなかった。
 横島はわざとらしい大あくびをすると眠そうに目をこする。
 目尻に浮かぶ涙はそのせいだと言わんばかりに。

 「だーめ。今日は疲れたしもう寝る時間だ・・・それにゲームは1日1時間と某名人も言っている」
 横島は努めて明るく振る舞う。
 ゲーム本体をコンセントから抜き、代わりにドライヤーを差し込んだ。
 「だれでちゅかソイツ?小竜姫みたいでちゅ」
 横島にドライヤーをかけられながら、パピリオはブツブツ不平をもらす。
 「小竜姫は自分が下手だから悔しいんでちゅよ!ソイツも下手に決まってまちゅ」
 小竜姫の苦労を想像し横島の口元に笑みが浮かんだ。

 髪の毛が乾くまでブツブツ言っていたパピリオだったが、ドライヤーが終わると自分の部屋から一冊の本を持ってくる。
 「じゃあ、ヨコシマが本を読んで!私はそれを聞きながら寝ることにしまちゅ」
 横島はその本を受け取り表紙を見た。
 長い髪の人魚が悲しそうに王子に視線を送るイラスト。
 パピリオが何度も読んだのか、その本は多少くたびれていた。



 人魚姫

 それは、人間の王子に恋をした人魚の話。
 とても悲しく美しい救われない恋の話。

 横島はパピリオがベッドに入ると静かにその本を開いた。



 青い海を髪の長い人魚が泳いでいる。
 綺麗な挿し絵だった。
 低学年向けの児童書らしく絵本と大差ない。
 文字が大きく漢字が少なかった。
 横島はゆっくりと物語を読み始める。




 むかしむかし、うつくしい海のなかに人魚の国がありました。
 人魚の王さまには6人のむすめがおり、今日はいちばん下のむすめのたんじょう日です。
 きょう15さいになった人魚ひめは、ようやく外のせかいを見ることができます。
 人魚ひめがはじめて海の外にかおをだしたのは、ちょうどおひさまがしずむ夕がたでした。

 綺麗な夕日の挿し絵に、ページをめくる横島の手が止まった。

 「ヨコシマどうかしたでちゅか?」

 パピリオが心配そうに横島を見上げる。

 「いや、何でもない・・・」

 横島はパピリオを安心させるため、優しく笑いかけるとすぐに続きを読み出す。
 しかし、横島の胸の中では様々な思い出が激しくフラッシュバックしていた。


 そこには大きなふねがうかんでました。


 ―――通常空間を飛行する逆天号



 ふねの上では王子さまのたんじょう会がおこなわれてます。
 おんがくがなりひびき、たくさんの花火があがってました。


 ―――美智恵の攻撃を受ける逆天号。
     鳴り響く轟音、そして飛び散る火花。



 人魚ひめは、王子のすがたを見てひとめでこいにおちました。


 ―――もっとお前の心に・・・・・残りたくなっちゃうじゃない。
     敵でもいい、また一緒に夕焼けをみて・・ヨコシマ。




 横島は何かに耐えるようにページをめくった。



 とつぜん、大きなあらしがふねをしずめてしまいました。
 人魚ひめは、いそいで王子さまをたすけ、はまべへとはこびます。


――― 一緒には行けないけど、おまえは後でこっそり逃がしてあげるから。



 はまべにはたくさんの女がいました。
 人魚ひめはあわててすがたをかくします。
 王子は目をさますと、目の前の女がじぶんをたすけたのだとおもってしまいました。
 人魚ひめはそれをかなしんで海にかえっていきました。




 横島は唇を強く噛みしめた。




 しかし、人魚ひめは王子のことがわすれられませんでした。
 人魚ひめは王子とおなじ人間になりたいとおもい、海のまじょのところへいきました。
 まじょは人魚ひめにいいます。
 人間の足であるくたび、おまえはつよいいたみにおそわれるよ。
 人間のすがたになったら、にどと人魚にはもどれないよ。
 そしてさいごにこう言いました。
 王子がおまえを心からあいしてくれれば、おまえは人のたましいをもらい本当の人間になれる。
 しかし、王子がほかの女をあいしたら・・・おまえはアワとなってきえてしまうよ。


 ―――知っているでしょ。
     私たちの霊体ゲノムには監視ウイルスが組み込まれていて、
     コードに触れる行動をとればその場で消滅しちまうんだよ!?



 しかし、人魚ひめのきもちはかわりません。
 人魚ひめはまじょに言います。
 王子にあえるのならそのいたみにたえてみせると。


 ―――どうせ私たちすぐ消滅するんじゃない・・・!!
     だったら!!
     ホレた男と結ばれて終わるのも悪くないわ!!



 まじょはクスリとひきかえに人魚ひめのこえをほしがりました。
 人魚ひめがいいと言ったので、まじょは人魚ひめのこえとこうかんにクスリをわたしました。
 人魚ひめは王子のもとへ行きそのクスリをのみます。

 
 ―――お前の思い出になりたいから・・・部屋へ行くわ。


 このときから人魚ひめは王子にじぶんのきもちを言えなくなったのです。




 人間のすがたになった人魚ひめは王子とであいます。
 だけど、王子は目の前の人魚ひめがいのちのおん人だとは気がつきません。
 こえがでない人魚ひめもそれを言うことができません。
 もちろん、じぶんが王子をあいしているということも。
 しかし、人魚ひめをかわいそうにおもった王子はおしろにつれかえりました。
 かわいらしい人魚ひめはにんきものになりました。
 あるくたびに足がとてもいたみましたが、人魚ひめはだまっていました。
 人魚ひめは王子のそばでしあわせだったからです。


 ―――なんでよ!?
     なんでそんな夢みてるのよ!?
     どうして私が美神さんに入れ替わっているの!?
     それは私達の思い出じゃない。




 ある日、人魚ひめにかなしいできごとがしらされます。
 王子さまが、となりの国のおひめさまとけっこんするというのです。
 あいてのおひめさまは、海であった女でした。
 王子はいのちのおん人があいてとしってよろこびます。
 人魚ひめはじぶんがそうだとは言えずとてもくるしみました。
 そして、王子は人魚ひめをこいびととしてみていませんでした。

 ―――美神さんにまかせろ・・・!!
     こういうときのこのヒトは無敵だから・・・!!

 ―――そんなの平気!!美神さんだって・・・

 ―――怖いけど、美神さんもそーだし!

 ―――うるせえッ!!あのクソ女が死んだりするかっ!!
     殺して死ぬよーな女じゃねえ!!なんかの間違いにきまってる!!



 王子のけっこんしき。
 人魚ひめはかなしさでむねがはりさけそうでした。
 しかし人魚ひめは、ふたりのためにいたみにたえ、すばらしいおどりをおどりました。


 ―――だから・・・おまえは美神さんの所にいってあげて!
     私、おまえが好きよ。だから・・・
     おまえの住む世界、守りたいの。


 人魚ひめは海を見ながらアワになるのをまってました。
 すると、人魚ひめのおねえさんが海からすがたをあらわしました。
 おねえさんは人魚ひめにナイフをわたすとこういいます。
 王子のむねをこれでさせば、おまえは人魚にもどれるよ。
 しかし、人魚はもらったナイフを海にすててしまいました。

 ―――私がやって来たことは全部おまえの為なのに・・・!!
     おまえがやられちゃたら意味ないじゃない!!

 ―――死なせない、どんなことをしてもよ・・・!!
     生きてヨコシマ・・・!!




 そして人魚姫はアワになって・・・・・・くッ!

 先程から涙が止めどなく流れている。
 横島にはこれ以上読むことができなかった。


 「ありがとうヨコシマ・・・」
 目に涙を浮かべたパピリオが手を伸ばし横島の涙にふれる。

 「ルシオラちゃんを思い出してくれたんでしょ・・・」

 誓いはとっくに破られている。
 横島は泣き続けた。

 「ルシオラちゃんは幸せでちゅ・・・。王子様は人魚姫を忘れるけど、横島は絶対に忘れないもん。それがわかってうれしいでちゅ」

 パピリオは元気づけるように横島の手を握った。

 「知ってる?まだ読んでいない最後のページ・・・。人魚姫は空気の精になるの。そして、300年いいことをすれば魂が与えられるって・・・・だからルシオラちゃんも転生して・・・・・・・・うッ!」

 パピリオの肩が小刻みに震える。

 「そんなのヤダよー。今のルシオラちゃんに会いたいよー」

 ずっと堪えていたのだろう。
 パピリオの目から大粒の涙がこぼれだした。

 「パピリオ・・・・・」

 横島は空いている方の手で涙をぬぐった。
 そして、握った手に力を入れるとパピリオにやさしく話しかける。

 「この本・・・俺の知ってる人魚姫とは違うな」

 しゃくり上げながらも、パピリオは横島の話に耳を傾ける。

 「俺の知っている話では、このアホ王子は死ぬほど後悔するんだ。身勝手だった自分に。弱かった自分に。好きな女を守れなかった自分に・・・だから」

 横島はパピリオに笑いかける。

 「考えて、沢山考えて・・・。苦労して、死ぬほど苦労して・・・だけど絶対にあきらめないで。最後には人魚姫を泡の中から取り戻す。そして最後まで幸せに暮らすんだ」

 「・・・そっちの話の方がステキでちゅ」

 横島の力強い笑顔に、パピリオはつられて笑う。

 「だろ?今度見せてやるから、今夜はもう寝ろ」

 横島はこういうとパピリオの上掛けをかけ直してやる。
 この晩、パピリオが寝るまで横島は握った手を離さなかった。





 翌朝、パピリオが目覚めたときには横島は妙神山を後にしていた。
 「何で起こしてくれなかったんでちゅか!」
 激しい口調でパピリオは小竜姫を責め立てる。
 「横島さんの希望です・・・。彼は大切な用事を片づけにいきました」
 その口調からただならないものを感じ、パピリオは黙り込んでしまう。
 小竜姫は悲しみと不安が入り交じった表情を浮かべていた。
 「用事って・・・なんでちゅか?」
 パピリオの不安そうな視線に気付き、小竜姫は大きく息を吐き出す。
 私もまだまだねとばかりに自嘲気味に笑うと、自分を戒めるように頬を両手で叩いた。
 彼女はそれだけですっかり元の小竜姫に戻っていた。
 「信じて待ちましょう。私達にはそれしかできなんだから」
 小竜姫はこう言うと懐から一冊の本を取り出しパピリオに渡した。

 「横島さんからのプレゼントです」

 パピリオが渡されたのは昨日の人魚姫だった。

 「これって、私の本・・・・・!」

 何かに気付いたパピリオがあわててページをめくる。

 「ヨコシマ・・・・・」

 最後のページを見たパピリオは号泣する。
 そのページは横島によって書き換えられていた。
 決してうまくはない字と絵だが、そこには王子が人魚姫を復活させるまでの物語が書かれていた。

 パピリオは大事そうにその本を抱えるとその場にへたり込む。

 「頼んだでちゅよ。ヨコシマ・・・」

 パピリオはやっとこれだけ言う。

 最終ページのイラスト
 バンダナをした王子に助けられ、幸せそうにその隣り立つ人魚姫は黒髪のボブカットだった。

 終


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