椎名作品二次創作小説投稿広場


ツンデレラ

アヒルの子


投稿者名:UG
投稿日時:05/ 7/24

 「小鳩・・・・キレイや」
 格式ある教会の一室。
 新婦の控え室を訪れた貧は、感動にも似た心境を味わっていた。
 ウエディングドレスに着替えた小鳩を目の前にし、不覚にも目に涙が浮かんでしまう。
 貧乏神である自分のせいで、小鳩の人生は筆舌に尽くしがたい苦労の連続だった。
 貧自身も小鳩を不幸にし続ける己の業に、何度悔し涙を流したことか・・・
 しかし、あのGS達と出会い小鳩の運命は一変した。

 そして今日―――――――――

 「よかった・・・・。本当に良かった。こんな玉の輿に乗れて」
 貧は小鳩に歩み寄り、その両手をしっかりと握る。
 苦労の連続であかぎれだらけだったその手は、今ではシルクの長手袋を楽に着けられるほど潤いを取り戻している。
 純白のドレスに身を包んだ彼女は、物語のお姫様のようだった。
 「お前はもう、みにくいアヒルの子なんかやないで。きれいな白鳥になったんや」
 「貧ちゃん・・・・・・」
 小鳩の言葉に貧は反論しようとする。
 自分はもう貧乏神ではない、立派な福の神だ。
 その証拠に、小鳩は資産家の御曹司に見初められ結婚することになったではないか。
 今までは単なる愛称として受け止めていたが、今日のめでたい日ぐらいは福の神と呼んで貰いたい。
 小鳩にそう伝えようとした貧の台詞は、小鳩の言葉にうち消されてしまう。

 「みにくいアヒルの子は、白鳥になんかになりたく無かったと思う・・・・・・・・
 ただ普通のアヒルとして、アヒルの幸せが欲しかったのよ」

 その呟きは、百万の呪詛よりも激しく貧を打ちのめした。
 小鳩がこの結婚に迷いを持ち始めている事を、貧は薄々感じてはいた。
 しかし認めたくは無かったのだ。
 福の神に転じた自分の力が必ず小鳩を幸せにする。
 今回の結婚は、その力がようやく具現化したものと貧は堅く信じていた。
 「お前、まだアイツのことが・・・・・・・」
 貧はやっとの思いでこれだけを口にする。
 言葉がひどく喉に張り付く、喉がカラカラだった。

 「貧ちゃん。一人になりたいの・・・・・・・お願い」

 この言葉に何も言い返せず、貧は控え室を後にした。
 「・・・小鳩はマリッジブルーなだけや。こんな良い条件の相手はザラにはおらん」
 式場へ向かいながら、貧は自分に言い聞かせるように呟く。
 「それに・・・あの男と出会って小鳩はまた笑えるようになったやないか」
 貧はここ数年間の出来事を思い返していた。

 数年前、横島が引っ越していった日から小鳩は笑わなくなった。
 話しかけるたびに返ってくる微笑は本当の笑顔ではない。
 辛い日々で培われた不幸への適応だ。
 僅かながらに増えた収入を頼りに引っ越しを勧めたのは、あのアパートにいる限り小鳩は過去を吹っ切ることが出来ないと思ったからだ。
 増えた間取りと明るい日差し。
 しかし、環境の変化も小鳩に笑顔を取り戻すことは出来ないでいた。
 小鳩とあの男が出会ったのはそんな時だった。
 バイト先での店員と客としての出会い。
 その出会いは全く違う意味で二人に衝撃をもたらした。
 一方は一目惚れ。もう一方は・・・・・・・・
 とにかく、その日から男の猛烈なアタックが始まったのだった。
 そのあけすけな行動は徐々に小鳩の心を溶かしていき、日本有数の資産家と知られてからも男の行動には微塵の変化も表れなかった。
 貧はこの出会いこそが、小鳩の幸福の始まりと思っていた。

 「久しぶりだな。」
 急に声をかけられ、回想を中断された貧は不愉快そうに声の主を見上げる。
 ジーンズ姿のイメージしか持たないためか、礼服姿の横島にひどく違和感を感じた。
 「これか?無理矢理着せられてな」
 横島は親指で後方を指さした。数名の知った顔が式場周辺の一角を占めている。
 その中には彼の伴侶の姿もあった。
 「そんなに変だとは思わないが、妙に注目されちまう」
 「さよか」
 貧は素っ気なく、ネクタイを窮屈そうに弄っている横島から視線を外す。
 横島のネクタイを直そうと、彼の伴侶が近寄るところが見えたからだ。
 その幸せそうな姿に、貧は怒りにも似た感情を覚える。
 小鳩がどんな思いで横島の引っ越しを見送ったか、出来るならばこの男だけは呼びたくはなかった。
 吹き出しそうになる感情を無理矢理押さえ、差し障りのない挨拶と近況報告を済ませる。
 その中で横島が口にした一言は、貧を金縛りにした。

 「お前さー、少し縮んだんじゃないか?」

 衝撃だった。
 福の神に転じた自分であったが、その力のバロメーターは貧乏神であったときと同じく体の大きさである。
 あれから自分の体は一向に成長していない。
 それどころか、徐々にではあるが小さくなっているらしい。

 ――――ワイは小鳩を幸せにしていない。

 貧は激しく動揺した。
 背筋を冷たいものが流れる。
 急いで小鳩の控え室に駆けつけ扉を激しく叩いた。
 「小鳩、お前に話したいことがあるんや。お願いや、開けてくれ」
 小鳩がこの結婚を望んでいないのなら、あらゆる手段をとってでも中止させる気だった。
 貧の必死の叫びに返事はなく、扉の鍵は堅く閉ざされたままであった。
 急速に焦りが広がる。

 「ワイはお前を幸せにしたいだけなんやー」

 渾身の体当たりにドアは勢いよく内側に開き、貧は室内に転がり込んだ。
 貧は室内を見回すと力無く俯き膝を落とす。
 室内は無人だった。
 開け放たれた窓に揺らぐカーテンが、花嫁がとった行動を如実に語る。
 小鳩は式場から逃げ出していたのだった。

 貧の只ならぬ様子に駆けつけた人々で部屋の外が騒がしくなり始める。
 「小鳩ちゃん、いなくなったのか?」
 駆けつけた横島が俯いたままの貧に話しかけた。
 貧のうなずきに大粒の涙が絨毯に落ちる。
 「ワイはアホや・・・・・・。小鳩にとって何が一番幸せかわかっとらんかった」
 「とにかく小鳩ちゃんが心配だ。探しに行かなくちゃ」
 横島は素早く窓辺に近づこうとする。
 「アカン!」
 捜索に向かおうとした横島を、貧は叫ぶようにして止めた。
 「お前だけは行ってはアカンのや・・・・、お前は小鳩を選ばんかった・・・・」
 「・・・・・・・・・・・・・・」
 振り絞るような貧の言葉に、横島は何も反論できなかった。
 いつの間にか寄り添った女が慰めるように横島の肩に手をかける。
 苦楽を共にする誓いの通りに。

 「やっぱり逃げ出しちゃったのかしら・・・・・・・」
 沈黙する彼らをよそに、野次馬の無責任な憶測が周囲を飛び交はじめる。
 「最初から無理だと思ってたのよ・・・・・・でしょ。あの娘の家」
 「・・・・だし、第一、家柄が・・・・・・・」
 「誰がどう見たって、財産・・・・・・・・・」
 周囲に人が集まるにしたがい、聞くに堪えない小鳩への中傷が目立ち始めた。
 綺麗に着飾った人々が口にする醜い台詞に、横島の肩が怒りに震えだす。

 ―――あなたの好きにしなさい。

 肩に置かれた手から、寄り添った女の意志が感じられた。
 その心遣いに感謝しつつ、横島は怒りを抑えた口調で貧に話しかける。
 「こんなヤツらに小鳩ちゃんを捜す資格はない。お前が何と言おうと俺が・・・」
 しかし、横島の宣言は別な声に遮られた。

 「それには及ばない。逃げた花嫁を追いかけるのは花婿の仕事だ」

 室内に入り込んできた白いタキシード姿に一同の視線が集まった。
 タキシード姿の男を見て横島は微かに動揺する。
 肩に乗った手から女の驚きも伝わってきた。
 男は周囲を一瞥すると、無責任な中傷を行った者達を沈黙させる。
 その後、複雑な笑顔で横島の顔を覗き込んだ。
 「なるほど・・・・、似ていると言えば似ているな。悔しいが、最初に会ったとき彼女がなぜあんな表情を浮かべたか理解できた」
 瓜二つと言うほどではない、外見は少し似ているという程度だった。
 似ているのは仕草であり、雰囲気であり、何よりも全力で女を愛す精神構造だった。
 タキシードの男は、呆然と立ちつくす横島に不敵に笑いかける。

 「だが、これだけはハッキリさせよう。今の彼女はお前ではなく俺に惚れている」

 それは何の脈絡もない、しかし、不思議にそうかと思えてしまう台詞だった。
 「ケッ、逃げられた癖にえらそうに」
 横島も即座に悪態を返す。言葉とは裏腹にその表情は晴れやかだった。
 「旧家には旧家のしがらみがあるんだ。それに関しては言い訳のしようもない」
 男は再び周囲に視線を走らす。
 後ろめたさを感じた者達が視線をそらすが、微塵も感じず男の視線を薄笑いで受け止めた者のなんと多いことか。
 小鳩の置かれる筈だった状況を想像し、横島は暗澹たる気持ちになった。

 「しかし、それももう関係なくなった。悪いが俺も逃げさせて貰う」

 男はこう言うと、呆然と二人のやりとりを眺めていた貧を肩にのせる。
 「行くぞ」
 その一言は、二人で小鳩を幸せにするという決意であった。
 「ええのか?お前は・・・ほんまにそれで」
 「俺の幸せは家を継ぐ事じゃない。彼女と共に生きることだ」
 貧を背負い、外へ出ようと窓枠に足をかける動作に躊躇はなかった。

 「小鳩ちゃんを幸せに出来るんだろうな」

 その背中に横島が声をかける。
 「愚問だな・・・・。お前はその人を幸せにする自信がないのか?」
 横島は男の問いに不敵な笑顔で答える。
 「俺の嫁さんが幸せかどうかはともかく、俺は確実に幸せだ」
 この答えに男の口元が緩む。
 横島に寄り添う女も、横島と同じ笑顔を浮かべていることに気付いたのだ。
 「負けたよ・・・。だが彼女の事は俺にまかせろ」
 こう言って笑うと、タキシード姿の若者は貧を背負ったまま窓の外に身を躍らせる。
 小鳩を探しに行くために。
 横島はその姿を見送り、声を上げて笑い始めた。
 彼と彼に寄り添う女だけは気づいていたのだ。
 背負われた貧は少しずつ成長を始めてた。





 家庭菜園の野菜が凶暴な点を除けば、ごく普通の教会。
 誰もいない礼拝堂で小鳩は一人佇んでいた。
 すでに日も暮れかけ、長い十字架の影が閉じられた扉に落ちている。
 ここは彼女の最初の結婚が行われた場所だった。
 貧の力を弱めるために行った、マネゴトの結婚式。
 しかし、あの瞬間小鳩は確かに幸せだった。

 「私は幸せなアヒルになりたかった・・・・・」

 ありのままの自分を受け入れてくれたあけすけな少年。
 彼との思い出は今も小鳩の心を温かいもので満たしてくれる。
 あの頃は結婚は好きなもの同士が結ばれることだと思っていた。

 「ごめんなさい。・・・・・さん」

 小鳩は夫となるはずだった男の名を呟く。
 彼のことは今でも愛している。
 しかし、彼との結婚には以前感じた幸せを感じられなかった。
 それどころか彼以外から与えられる、様々なプレッシャーが小鳩を傷つける。
 異質な白鳥としての疎外感を感じながら、白鳥の群で暮らすのは苦痛だ。
 だから小鳩は逃げ出してしまったのだ。

 「好きなだけじゃどうしようもないのよ・・・」

 「そんな事はないよ」

 小鳩の呟きに優しい声が答えた。

 「!・・・・さん」

 小鳩は驚き婚約者の名前を口にする。

 「やっぱり此処にいた。前に話してくれただろ?結婚ごっこの事」

 「・・・・ごめんなさい」

 小鳩の目に涙が浮かぶ。
 自分の事をありのまま受け止めてくれた婚約者。
 その彼を裏切ってしまったことが申し訳なかった。

 「俺の方もすまなかった。余計なものを多く背負いすぎていた・・・」

 男は小鳩を抱きしめ優しく背中をさする。
 小鳩が泣きやむまでそれは続いた。

 「本当に大切なのはお互いの気持ちだったんだ・・・だから」

 男は泣きやんだ小鳩の目を見つめ、いたずらっぽく笑った。

 「全部捨ててきちまった」

 小鳩の目が驚きに見開かれた。

 「一文無しで君を幸せにできるか不安だけど・・・君といれば幸せになれる自信はある。もう一度言う、小鳩、俺と結婚してくれ」

 男はこれ以上ない真剣さで小鳩を見つめる。

 「馬鹿ね・・・私なんかの為に」

 小鳩の目に再び涙が浮かんできた。
 さっきまでの涙と違う意味を持つ涙が。

 「いいのかい?」

 男の言葉に小鳩が小さくうなずく。
 同時に男は扉に向かい大きな声で合図を送った。

 「貧、OKをもらえた。直ぐに神父を連れてきてくれ」

 合図と同時に貧が唐巣神父を押して入場してくる。
 貧の成長は誰が見ても明らかになっていた。

 「貧ちゃん・・・」

 貧の成長を驚く小鳩に、貧は深々と頭を下げる。

 「小鳩・・・すまんかった。ワイは福の神のクセにホンマの幸せがわかっとらんかった」

 「私こそ我が儘言ってごめんなさい」

 小鳩は貧を強く抱きしめた。

 「小鳩、本当に・・・絶対に・・・幸せになるんやで」

 「貧ちゃん。私がんばるから。絶対幸せになるから」

 貧と抱き合う小鳩に唐巣神父が優しく声をかける。

 「やっと本当の結婚式が挙げられるね。準備はいいかい?」

 小鳩の顔に先ず浮かんだのはほんの少しの悲しみの表情。
 それは過去の思い出との決別。
 そして、未来の幸せを求めるため小鳩は力強い笑顔で頷いた。



 貧が見守る中、式は厳かに行われた。
 誓いの言葉、指輪の交換、そして・・・

 「それでは誓いの口づけを」

 唐巣神父の言葉に、二人はテレながらも顔を近づける。
 今後苦楽を共にすることを誓う特別なキス。

 (祝)(福)
 二人の唇が重なった瞬間、二つの文珠が教会内に投げ込まれた。
 礼拝堂が眩い光でつつまれ、祝福の花びらが二人の上に舞い落ちてくる。

 横島の文珠を合図に、教会の外で待機していた友人達が一斉に教会になだれ込む。
 驚き振り返った小鳩は、その中に横島の姿を発見した。
 笑顔を送る横島に、小鳩は力強い笑顔で微笑み返す。
 その笑顔には少しの迷いも無かった。

 「おめでとう!小鳩ちゃん」

 友人達が声をそろえて祝福の言葉を贈る。

 「ありがとうみんな」

 祝福に答える小鳩の微笑みを見て、貧の目から止めどなく涙が流れた。
 人の寿命を遙かに超える自分の生涯。
 やがて来るであろう小鳩との別れ。
 いつか再び貧乏神に戻り新たな悲劇と貧困を引き起こしたとしても、この微笑みを浮かばせたこと時折思い出し胸を張って生きていける。

 ―――人は誰でも幸せになれる。それを望む真っ直ぐな心があれば。

 これから先、貧乏神としての業に苦しむことがあっても、少女の浮かべた微笑みは彼の心に温かな光を灯す事だろう。
 それはそんな微笑みだった。

 終


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