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六道女学院教師 鬼道政樹 式神大作戦!!

最終回:約一回目のプロポーズ!!


投稿者名:ちくわぶ
投稿日時:05/ 7/21


「お母様のウソつき〜〜〜〜!!」


 とある病院の中で、冥子はオロオロしていた。
 母から回された『簡単な仕事』のために、ここへやってきたのだが、病院へ足を踏み入れてすぐに霊の群れに取り囲まれてしまった。


 この事態の原因は病院に現れた強力な悪霊が、ザコ霊達をどんどん呼び寄せていたからである。
 悪霊の群れは一階のフロアーを占拠し、所狭しと飛び回っている。
 2階より上の階には患者達がいまだ取り残されており、もしプッツンしようものなら彼らを巻き添えにすることは避けられない。
 その点を特に注意するようにと念を押され、冥子はプレッシャーを感じていた。


 母が言ったように、今回は一切のサポートがない。
 一人ぼっちという事実が、冥子の心を激しく揺さぶっている。


 そしてさらに……


『もしできなかったときは……政樹君と二度と会うことを許しません』


 母の言葉が、まるで旋律のように冥子の頭の中で鳴っていた……




 思えば、政樹が六女の教師として東京に赴任してきてからというもの、冥子はほぼ毎日のように政樹と会っていた。
 もちろんそれは異性としてのそれではなく、式神使いの基礎を学ぶための家庭教師と生徒的な間柄であったのだが。
 それでも、政樹は律儀に毎日冥子の元にやってきては指導を続けてくれた。
 大抵の人は冥子とかかわって3日ももたずに逃げていくのが普通だったが、政樹は逃げなかった。
 冥子の友人といえば、美神令子や小笠原エミもいる。しかし、2人は電話をしても忙しいということでそれほどしょっちゅう会えるわけではなかった。


 その点、同じ時間を過ごした長さとなるとすでに政樹の方が上になっていた。
 式神を恐れることもなく、冥子が理解するまで根気よく修行に付き合ってくれる。
 冥子は今、政樹が自分の中で重要な位置を占めつつあることに気付き始めていた。
 だから、除霊を成功させて早く政樹に会いたいと素直に思っていた。


 それでも……


 怖いものは怖かった。


 悪霊達の憎悪を宿した瞳で睨みつけられると、それだけで足がすくむ。
 この世への未練と生ある者への羨望が、言葉にならないうなり声となって響いている。
 あらゆる負の感情が、目の前に渦巻いているように思えた。


 人を恨んだり、憎んだりしたことのない冥子にとって、これは何度経験しても馴れることはできなかった。


 怖い……


 恐怖と心細さで冥子の目頭が熱くなり、うつむいた視界が滲みかけたその時……ふとある物が目に入る。
 それは一週間ほど前に政樹とデジャヴーランドへ行ったときに買ってもらった、小さなペンダント。
 精霊石の影に隠れるように、シルバーのマッキーキャットが静かに揺れていた。
 それを見たとき、冥子は政樹との会話を思い出していた。




「ありがとうマーくん〜〜。私、だいじにするね〜〜〜〜。」
「ははは、そこまで喜んでもらえるとちょっと照れるな。そうや、もしボクがそばにおらへん時に何かあったら……それを見てボクが教えたことを思い出すとええで。」
「え〜〜?どおいうこと〜〜〜〜?」
「……除霊の時、ボクがいつもサポートにいるとは限らへんやろ?トレーニングではもう冥子はんは一通りのことはできるようになってるんやから、気持ちを落ち着けて憶えた通りにやれば、大抵の除霊は上手くいくはずや。」
「……うん、ちょっと自信ないけど〜〜、わかったわ〜〜〜〜。」




 それは何気ない会話のつもりだった。
 あくまでも『もし』の話であって、それが現実になるとは思いもしなかった。
 しかも、こんなにも早くに……。
 政樹がいないという事実は心細く、悲しかった。
 だが、彼の言葉を思い出していると不思議と気持ちが落ち着いていく気がした。
 何度も繰り返し訓練したことは、体がハッキリと覚えている。
 1人でできるかもしれない……かすかな思いが、背中を押してくれているような気がしていた。


 冥子は、心の奥底に沈んでいたわずかな勇気をかき集め、悪霊達の群れを見据える。
 そのとき、ふと冥子は以前にも同じような状況があったことを思い出していた。
 それは親友の美神令子を救うため、ナイトメアと対峙したときだったろうか。

 ……そう、自分はもっと手強い敵と戦ってきたはず。
 ならばきっと……なんとかなる!!

 強く自分に言い聞かせ、冥子は政樹の言葉を思い返す。


《ええか冥子はん。霊の集団と戦う場合、まずはザコを足止めして元凶を探す。これが基本かつ最も効率のいい方法や》


「バサラちゃん〜〜!!クビラちゃん〜〜!!お願い〜〜〜〜!!」
 政樹に教わった通り、冥子はバサラでザコ霊達を吸引し始める。
 その隙にクビラは霊視を開始する。今回の目標は一番強力な悪霊である。
 数秒後、クビラが院長室に強力な悪霊の影を発見し、冥子は扉の前まで足を進める。
 扉は強引にこじ開けられたのか、ぐにゃりとひしゃげ砕けていた。
 室内も同様にめちゃくちゃに荒らされ、壁にはたくさんの長い筋のような傷が至る所に走っていた。


 そーっと中を覗いてみると、上等なスーツにエナメルの靴、アイパーで頬に傷、そして長ドスを手にした明らかにヤクザ屋さんな姿の悪霊がブツブツと呟いている。
「○○組のカスども……ようもワシに風穴開けてくれよったの……兵隊が揃ったら地獄見せちゃるけぇのう……!!」
 全身から発せられる陰の気に、どこからともなくザコ霊が病院に引き寄せられている。
 こいつが今回の事件の元凶に間違いなさそうである。
 体には拳銃で撃たれたのか数カ所小さな穴が空いており、そこからダラダラと血が流れ落ちている。
 冥子でなくても腰が引けてしまうのは仕方がないビジュアルかもしれない。


(うう……こ、怖いよ〜〜〜〜。でも、頑張らないと〜〜〜〜)
 萎えそうな気持ちを奮い立たせ、冥子はガラス片や書類の散乱している部屋へと足を踏み入れる。


 ジャリッ、とガラス片を踏む音に悪霊が素早く振り返る。
「誰じゃあコラァァァァァ!!」
 と、悪霊のドスのきいた大声が響き渡ると、冥子はビクビクしながら答えた。
「あっ、あっ、あの〜〜、色々と迷惑なので〜〜早く成仏してください〜〜〜。」
「ぬうう!!出入りかぁぁぁ!?どこの組のモンじゃあワレェェェ!!」
「あうあう、ど、どこの組って〜〜〜〜幼稚園の時はひまわり組だったけど〜〜〜〜。」
「ポッと出の分際でええ度胸しとるのわりゃあ!!こうなりゃ戦争じゃあぁぁぁ!!」
 会話になってない会話を交わしたのち、ヤクザの悪霊は長ドスを振りかざして冥子に躍りかかってきた。


《力ずくで襲いかかってくる悪霊にはアンチラとビカラの組み合わせで迎え撃つのが有効や。同じ力で防御、異なる技で攻めるんや》


 悪霊の迫力に、冥子の体が一瞬こわばったが、政樹とトレーニングしてきた経験が素早い式神の召喚を可能にしていた。
 ビカラは正面からヤクザの悪霊と組み合い、自慢の怪力で動きを封じてみせる。
 そしてその隙を逃さず、アンチラの双刃が悪霊の体を走り抜けた。
 それはわずか、一瞬の出来事であった。


「ギギギ……お、おどりゃ……ようもやりゃぁがったな……あ、後は頼んだぞ竜二ィーッ!!」


 竜二って誰だと言うツッコミは入らぬまま、ヤクザの悪霊は飛散し、霧のように消えていった。
「や、やったわ〜〜!!後は残ってる悪霊をお掃除するだけね〜〜〜〜みんな、頼むわよ〜〜〜〜!!」
 冥子は影に潜ませていた残りの式神を全て出し、フロアーに残っていたザコ霊を掃除していった。
 10分もすると、飛び回っていた悪霊達は完全にその姿を消し、フロアーに渦巻いていた陰の気も完全に浄化されていた。
 右を向いても、左を向いても、後ろを振り返っても、もう何も起きなかった。
「……除霊……できちゃった〜〜〜〜……。」
 初めて1人で成功させた除霊は、ひどくあっけなく思えた。
 しばらくは呆然としていた冥子であったが、次第に喜びが湧き上がってきた。
 式神達も冥子の快挙にぎちぎちと体をすり寄せて祝福の気持ちを表してくれた。
「みんなのおかげよ〜〜〜〜ありがとう〜〜〜〜!!それに〜〜〜〜……。」


 満面の笑顔を上げた冥子だったが、そこに自分以外の人間は誰もいない。
 感謝するべき人がそばにいないということを、あらためて感じる。
「……。」
 自分のいる場所がとても広く、静けさに満ちているような気がした。
 わずかにうつむいた冥子は再び顔を上げ、式神達にぎこちなく微笑み返すと1人病院を後にしたのだった。





 美神令子は久しぶりに1人で買い物に出ていた。
 今日は特にこれといった仕事もなく、横島もおキヌちゃんも学校に行っているためだ。
 コブラで街中を流していると、歩道に見覚えのある後ろ姿を発見した。そう、六道冥子である。
 心なしか彼女が沈んでいるような雰囲気を感じた令子は、車を歩道に寄せ冥子に声をかけることにした。
「冥子!!」
 令子の声に振り返った冥子は、ぱあっと表情を明るくして駆け寄ってきた。
「令子ちゃん聞いて〜〜私ね〜〜、私〜〜〜〜!!」
「今日は1人なのね。最近よく一緒にいる先生は……あ、仕事中か。」
 令子の言葉に冥子の動きがピタリと止まる。
「……どうしたの冥子?」
「う……えぐ……マーくん……。」
 冥子の目には涙が浮かび、ぷるぷると体が震えだす。
「えっ?えっ?ちょ、ちょっと……まさか!?」
 令子の背筋に極地のブリザードのような冷気が走り抜けたが、すでにもう後の祭りだった。


「ふええええええん!!!!」


「なんなのよ一体ーーーーっっっっ!!!!」


 久しぶりに巻き込まれたプッツンは今までより1・5倍ほど強烈だったような気がした。
 ちなみに、後日報道されたニュースでは謎のガス爆発として事件は処理されたという。






 四方を壁に囲まれた部屋の中では、雪之丞と偽横島の戦いが終局を迎えようとしていた。
 互いに出せる技を出し尽くした激しい激闘であった。
「ハァハァ……ダチである手前ずっと隠してきたが、確かに俺は横島と……生きるか死ぬかの真剣勝負で決着を付けてみたいと思っていた……けど、やっぱ違うわ。てめーは俺の心が産んだまがい物なんだな……。」
 雪之丞は大きく肩で息をしながら偽横島を見つめる。偽横島もまた、傷ついた体で雪之丞と向かい合っていた。
 そして、最後の一撃のために互いが大地を蹴り、体が交差する……。


「……!?」


 次の瞬間、偽横島の胴には見事な風穴が開いていた。
 すれ違いざま、雪之丞渾身の霊波砲が偽横島の腹部を打ち抜いていたのだ。
 腹を押さえてうずくまった偽横島の体には無数の亀裂が走り、まるでガラス細工のように粉々に砕け散って消えていった。


「……横島の野郎が強えのはな、その場その場で誰も思いつかねえような反則技を使うからだ。だが、テメーの動きは俺が知っている横島の動きでしかなかった。そんなコピーごときにこの俺が負けるかよ。」
 魔装術を解き、血の混じった唾を吐き捨てながら雪之丞は呟いた。
 そして様子を見守っていた娑婆鬼とパピリオの元に歩み寄ると『待たせたな』と笑って見せた。
「やっと終わっただか。人間の試練っつーのも大変なんだな。」
「ベスパちゃんや他の連中のことも気になりまちゅ。」
「……きっとみんなうまくやってるだろーぜ。それよりここからどーやって帰るかだが……。」
 雪之丞がそう言って周りを見渡したとき、3人は不思議な光に包まれていった。






「ガッ!?」
 ジークが手にしたナイフが弧を描き、魔界正規軍の幻影の喉を切り裂く。
 それとほぼ同時に乾いた銃声が背後で鳴り響いた。
 ジークが素早く振り返ると、死角から襲いかかろうとしていた兵士の頭部に暗い穴が穿たれていた。
 身構えるジークの目の前で、兵士の幻影は粉々に砕けて消えていった。


「……これで全部片づいたね。連中が飛び道具を持ってなくて助かったよ。」
 ベスパは物陰から姿を現すと、その場に立ったままのジークに声をかけた。
 だが、ジークの表情は未だ強張り、歯を食いしばって拳を握り締めたままだった。
「幻とわかっていても……仲間を手にかけるというのはこたえるな……。」
 それは、特に仲間意識の強いジークならではの偽りのない気持ちだった。
「ジーク……。」
「……いや、すまん。感傷的になるのは後だったな。」
 ジークは深く呼吸し、心を落ち着ける。そして上空に向かって叫んだ。
「道真、見ているんだろう!!姿を現せッ!!」
 その声が響き渡った後、しばらくすると頭上に暗雲が立ちこめ、渦を巻く。
 やがて雲は人の形を成し、道真へと変わっていった。
「ふふふ……見事試練を切り抜けおったか。さすがは有能な魔族の情報士官殿と言ったところか?感情のコントロールだけはできておるようだな。」
「黙れッ!!」
 あざ笑うかのような言葉に激昂したのはジークではなくベスパだった。
 宙に漂う道真に向けて躊躇なく拳銃のトリガーを引くと、弾倉に残っていた最後の精霊石弾がその眉間を打ち抜かんと放たれた。
 しかし道真は弾丸を指先でつまんで止め、まるで砂糖菓子のように粉々に砕いてしまった。
「ふん……威勢のいいことだな小娘。」
「いちいち人の古傷をえぐるようなマネしやがって……あたしは頭に来てるんだよ!!」
 拳銃を投げ捨て、ベスパは道真に飛びかかる。そして強烈な拳の一撃が、道真の頬を打ち抜いた。
「なっ……!?」
 だが、道真はベスパのフルパワーを受けてなお、微動だにしなかった。
 それどころか振り抜かれた腕を掴み、強引に投げ返したのである。
 地面に叩き付けられる寸前にベスパは急停止し事なきを得たが、もう一度突っ込もうという気はもうなくなっていた。
 見上げたときには、道真の傷はとうに塞がって元通りになっていたからだ。
「何でできてるんだよこのオッサンは……頑丈とかいう次元じゃない……!!」
「無駄だ。ここは鬼の力の源である陰の気に満ちておる。この場にいる限り何人もワシを傷つけることなどできん。」
 道真はそう言うだけで、怒ることもなくただ2人を見つめていた。
 ジークはじっと道真を見つめたまま口を開く。
「……1つ聞きたい。鬼道先生の話ではこの試練を乗り越えたものには強大な力が手に入るということだったが……何の変化も感じられない。これはどういう事だ?この試練の意図とは一体何なんだ!?」
 ジークの問いに道真は鉄扇を広げ、鋭い視線と共に言った。


「……ならば聞こう。貴様の心はどこにある?それはどんな姿形をしている?答えてみよ。」
「そ、それは……。」
 突然の謎かけにジークは戸惑う。そもそも答えがある質問には思えなかったからだ。
「見ようとして見えるものでなく、姿形があるわけでもない。肉体が人の姿形であるというのなら、心とは……すなわち闇そのものよ。その闇を覗くということは、己の心と向き合うこと。この意味がわかるな?」
「つまり……この試練は意志の力を試すものだったと……そういうことか?それが強大な力の正体だと言うのか?」
「魂とはいわば太陽。意志ある全ての内に存在し、無限のエネルギーと可能性を秘めておる。だが、その魂を動かすのは心……すなわち意志の力だ。強靱な意志を持つ者は、通常とはかけ離れた能力を発揮することができる。良きにしろ悪しきにしろ、な。」
「……。」
「だが、形のないものはその状態を維持しにくいのが常。心が折られそうな苦難に遭遇したとき、辛いと言って逃げ出すか、それとも立ち向かい意志を貫くのか……その答えによっては、その者は世界を変えるほどの英雄にもなれるであろうな。」
「だから……目を背けたい、忘れたい過去を引きずり出して向き合わせたというのか……。」
「そうでなくては試練にならぬであろう。この試練によって貴様が何を得、どう変わったのか……それは己自身で確かめるがいい。」


 道真がそう答えた瞬間、ジーク達の周囲がホワイトアウトし始めた。
「もう1つだけ教えてくれ!!なぜ魔族である私が人間の試練を受ける事になったのかを!!」
「……簡単なことだ。貴様にはわずかだが人間の血が混じっているのではないか?英雄の名を持つ若者よ……。」
「……!!」
 その言葉を聞いた瞬間、ジークとベスパもまた不思議な光に包まれていった。






(あかん……もう霊力がもたへん……くっ、ここらが潮時なんか……)
 偽冥子から逃走を続け何度かの攻撃をしのいできた政樹であったが、受けたダメージもあってすでに限界が近いことを感じていた。
 夜叉丸がパワーアップした分、消耗も激しくなったことがこの事態に影を落とすという皮肉な結果となってしまっていた。
 かといって立ち止まってやられるのを待つわけにもいかない。幸いなことになぜか偽冥子はさっきから姿を見せないため、できるだけ距離を取ろうと政樹は駆け出した。
 しばらく走り、目の前の茂みを飛び出した先にあったのは、彼の人生を大きく変えることとなった事件の舞台であった。


「ここは……冥子はんと果たし合いをした場所か……!!」


 そしてそこに待ちかまえていたのは、冥子の式神を取り込んでまさに暴走せんとする夜叉丸(偽者)の姿であった。
「また……イヤな思い出の場面に出くわしてもうたな……。」
 それはかつて、政樹が全てを失い無力感に絶望した瞬間でもあった。
 偽夜叉丸はアンチラが変化した刃を振りかざし、斬りかかってきた。
「……!!」
 政樹にとってそれは、悪夢の再現だった。
 二度とこんな状況を味わわないために修行を続けてきたといってもいいだろう。
 だが、もう政樹にはわずかな霊力しか残されていなかった。
『本物』の夜叉丸を呼び出し対峙するも、政樹の心には暗い影が忍び寄っていた。


 次々と繰り出される偽者の刃をかわし、その隙に夜叉丸は突きを放つ。
 だが、偽夜叉丸はビカラの怪力を取り込んでおり、簡単にはねのけられてしまう。
 そして肩から新たにサンチラが伸び、強烈な電撃を放射してきた。
「ぐあああッ!?」
 まさに圧倒的な攻撃力の差。
 全身に電撃を浴びた政樹と夜叉丸はその場に膝をついて動けなくなってしまった。
 そして、偽夜叉丸の剣がゆっくりと夜叉丸の頭上に振りかざされた。
 夜叉丸が首を落とされれば、政樹も間違いなく即死してしまうだろう。


(……堪忍や冥子はん……ボクはもう……)


 政樹が目を伏せ、覚悟を決めたその時だった。
 空を裂くような音がしたかと思うと、金属と金属が激しく衝突する音が鳴り響いた。
「!!」
 顔を上げた先には、鬼の金棒を受け止めて後ずさる偽夜叉丸と、夜叉鬼の姿があった。
「ダーリンに手を出すヤツはオラがぶっ殺す!!」
「夜叉鬼はん!!無事やったんか!?」
「やたらと広い庭にずいぶん迷ったべ。でもオラが来たからにはもう大丈……夫!?」
 夜叉鬼は体に似合わぬ怪力で偽夜叉丸を押し戻すが、相手の姿に気付いて動揺してしまった。
「って、ダーリンが2人!!りょ、両手に花……じゃなくって、どうなってるんだべ!?」
「そいつは本物やない!!他の式神の能力も取り込んで遙かに強力になって暴走してる時の夜叉丸の幻影や!!気をつけろ!!」
「偽者だべか……一瞬期待して損しただ……。」
 夜叉鬼は緊張感のない表情で恨めしそうに偽者を見つめていた


(……あわよくば片方を独占できるかと思ったのに……)
(……あれはあわよくば片方を独占しようとか思ってた目やな……)


 と、そんなことを思っているうちにも偽夜叉丸は再び襲いかかってきた。
 夜叉鬼は政樹と夜叉丸をかばうために立ちはだかったが、多彩に繰り出される攻撃の前に少しずつ押され始めていた。


(あかん……やはり力ずくであの状態の夜叉丸を止めるのは不可能や。けど、もうボクの霊力も底をついてしまった……このままでは2人ともやられてしまう……!!)


 その時目の前に夜叉鬼が弾き飛ばされてきた。彼女もすでに無数の傷を負い、息も上がってきていた。
 もうこれ以上、戦い続けることはできないと政樹は思った。
「危ないところを助けてもらったのに気が引けるが……もう充分や。ボクを置いて逃げてくれ夜叉鬼はん。」
「なっ、何を言い出すんだべ!?」
「これ以上君を傷つけるわけにはいかん。ボクが死んだらおそらくこの空間から抜け出せるやろう。夜叉丸も契約が破棄され自由の身となれる……どうか仲良うしたってくれ。」
「お前、自分1人で玉砕するつもりだべか!?」
「もう他に方法がないんや。霊力もほとんど底をついて、打つ手もない。だったらせめて、男らしく死んでいきたいんや……。」




「ふざけんなーーーーーーーーーーーっ!!!!」




 突如、空気が震えんばかりの声で夜叉鬼が叫んだ。
 そして政樹の胸ぐらを掴み上げ、それこそ鬼の形相で睨みつけた。


「わかりきったようなツラして利口のつもりかッ!!まだ死んでねぇうちからあきらめるなんてオラは認めねーぞ!!そんな考えじゃ助かるものも助からねぇに決まってんだろ!!男だったら最後までやり遂げる意志を貫いて見せろッ!!!!」
「夜叉鬼はん……。」
「それに……お前が死んだらダーリンが悲しむべ……ちっとも報われねぇ!!」
「……。」
 政樹は夜叉鬼のその言葉に、気付かずにいた自分自身の内面を垣間見ていた。




 思えば……ボクはいままでの人生を、無意識のうちにあきらめていたのか。
 父が事業に失敗し、貧しい生活を送らねばならなかったことも、その復讐の道具として無茶な修行をさせられ平均的小学生の幸福を奪われたことも……。
 全ては仕方がないと……自分が悪いのではないと心のどこかで思っていたのかもしれない。
 だから、ちっぽけなプライドを守るために全てを冥子はんのせいにして逃げ続けていた。
 彼女に勝つことさえできれば、失った物を取り戻せると錯覚して……
 この試練を受けたことも、彼女よりも優位に立とうという計算があったからではなかったのか……
 そんなことに意味がないことを冥子はんは知っていたというのに……!!




 政樹の心に、誰のためでもない、自分自身のための確かな意志が宿り始めていた。


 何が何でもボクは生きて帰る……そして……。


 答えを探り当てた政樹の瞳に、もう迷いはなかった。


「……すまん、不甲斐ないところを見せてしもうたな。あの偽者を倒すために、協力してくれるか?」
「もちろんだべ!!」
 夜叉鬼はニッと笑うと、胸ぐらを掴んでいた手を離した。
 政樹はそっと耳打ちをし、段取りを説明する。
 チャンスは一度きり……これを外したらもう後はないが、政樹に不安の色は見えなかった。
 必ず成功させる……その意志だけが政樹の中で燃えていた。


「おりゃああ!!」
 夜叉鬼が真っ向から偽夜叉丸に挑みかかり、金棒で殴りかかった。
 激しい乱打を偽夜叉丸は受け続け、その足が止まる。
 その瞬間、背後から夜叉丸(本物)が胸の急所めがけて地獄突きを放つ。
 しかし、偽夜叉丸は正面を向いたまま腕だけを回し、突きを掴んで止めてしまう。
 万事休す……そう思われたとき、偽夜叉丸の急所を一筋の閃光が貫いた。
 夜叉丸の陰に隠れていた政樹本人が直接霊波を叩き込んだのである。
「作戦は二重三重に組んでおくもんやで……油断したな偽者……!!」
「……!!」
 偽夜叉丸の体は割れた鏡のようにひび割れ、パシン、と乾いた音を立てて崩れ去っていった。
「お……終わった、のか……?」
 政樹はぶはぁっと息を吐き、その場に座り込む。もう、一歩も動けないかと思うほどに疲れていた。


 うなだれた政樹のそばで、かさり、と音がした。
 ふと顔を上げた政樹の表情は凍り付いた。そこには大人の姿の冥子が立っていたからだ。
 無論本物であるはずはない。だが、嗚咽を繰り返し肩を小さく震わせる仕草は、まさに泣き出さんとする一歩手前の状況であった。
「……。」
 もはや政樹も、そうするより他に何も思いつかなかった。
 ふらりと立ち上がった政樹は、泣き出しそうな冥子の幻影を抱きしめていた。
「必ず戻るから……もう泣くな冥子はん……。」
 ただ自然にその言葉を口にしていた。それ意外のことは何も考えてはいなかった。
「……。」
 が、その瞬間冥子の幻影は砂のように足元から消えてゆき、それと同時に政樹と夜叉鬼は不思議な光に包まれていた。






 気が付くとそこは、鬼顔岳の頂上にある地獄洞の入り口であった。
 周りに目をやれば、はぐれた仲間達も全員揃っていて、互いに無事を喜び合った。
 ふと地獄洞を覗いてみると、入り口は岩壁にふさがれて蟻一匹出入りする隙間はなくなっていた。


 政樹達はムッシュ・ゴロウに試練の結果を報告すると、彼はただ嬉しそうに頷いてその話を聞いていた。
 その日は疲れを癒すためにムッシュ・ゴロウの屋敷に泊めてもらい、翌朝政樹達は帰路についた。
 数時間かけて鬼ヶ島ハイウェイを戻り、政樹達は大通りを歩いていた。


「……つまりアレか、この試練っていうのは人のイヤな記憶とかをほじくり返して意志を試すってことだったのかジーク。」
「簡単に言えばそういうことだ。だが、肉体と違って精神を、しかもこういう形で試すというのは相当危険なことだろう。みんなあの場所のことは、秘密にしておいてくれないだろうか。」
「ああ…正直、お奨めできるもんではないからな……帰ったら手形と古文書は封印しておくわ。効果も目に見えてわかるものではないようやしな。」
 雪之丞とジーク、そして政樹は今回の試練を振り返り話し込んでいた。
 娑婆鬼やパピリオは『結構面白かった』と満足げであったのだが。
 やがて鬼ヶ島の正門が見えると、一行はその前で足を止めた。


「娑婆鬼、夜叉鬼、ジーク、ベスパ、パピリオ……みんな本当にありがとう。ボク1人ではとても試練まではたどりつけんかったし、乗り越えることもできんかったと思う。みんなのことは一生忘れんよ。またいつか人間界に来ることがあったら、是非ボクの所にも遊びに来てくれ。あ、それから……。」
 政樹は感謝の言葉を継げた後、夜叉丸を影から呼び出す。
 すると夜叉丸から火鼠が離れ、娑婆鬼の元へと帰って行く。
「せ、先生……どうして……。。」
「ボクも昔同じように友達を返してもらったんや。だから、かな。これからもカチューを可愛がってやるんやぞ?」
「お……おうっ!!」
 娑婆鬼は感動で目を潤ませ、鼻をぐしぐしとこすってうなずいた。
「それから雪之丞にも何と感謝していいか……いつかこの埋め合わせはするさかい。」
「へっ、気にすんなよ先生。俺の方も趣味でやってるようなモンだしよ。なかなか面白かったぜ。」
「それじゃあ……そろそろみんなお別れやな。」
「鬼道先生もお元気で。また会える時を楽しみにしていますよ。」
 ジークの言葉と共に握手を交わし、扉を開けようとしたその時だった。


 外側から扉が開かれ、数人の女性達が姿を現したのである。
 そして、目の前ではち合わせになった雪之丞と星目がちの少女はほぼ同時に声を上げたのである。


「かおり!?」「雪之丞!?」


 そう、政樹の生徒にして雪之丞の交際相手である弓かおりがそこにいたのである。
 さらに、美神令子に氷室キヌ、横島忠夫の姿もあった。
「あーーーっ、ポチでちゅーーーっ!!」
「むっ、ミニ四駆の時の人間!!もう一度オラと勝負に来ただか!?」
 娑婆鬼とパピリオは横島の姿を発見すると同時にタックルを仕掛け、オモチャを手にしたようにはしゃぎまくっていた。


「な、何なんだお前ら、どうしてここへ!?」
「何なんだじゃありませんわっ!!出かけたっきりずっと連絡もしないで……どれだけ私が心配したと……!!」
 ギャアギャアと言い合いを始めた2人をよそに、心底疲れた顔をした令子が政樹の傍に歩み寄った。
「あなたは……美神令子はんやないか。こんな所で会うとは奇遇やな。」
「何が奇遇よ……あんたのおかげで私はわざわざこんな所まで連れてこられたのよ……後は任せたから、なんとかしてちょーだい……。」
 そういって令子が扉の方を指す。それに沿って視線を動かすと、その先には……


「冥子……はん……?」


 そこには目を真っ赤に腫らした冥子が立っていた。
 ずっと泣き続けていたのだろうか、鼻をぐしぐしさせながらこっちを見つめていた。


「マーくん……ふ、ふえ……。」


 再び泣き出しそうな冥子に、令子はもう勘弁してと言いながら物陰に避難する。
 政樹は慌てて泣き出しそうな冥子の前に駆け寄った。
「冥子はん、どうしてここが……?ボクは何も言わずに来たはずやが……。」
「うっ、ひっく……あのね〜〜私〜〜1人で除霊に成功したの〜〜〜〜それで〜〜お母様が〜〜〜〜マーくんがここにいるって教えてくれて〜〜令子ちゃんが知り合いで〜〜〜〜」
 もはや冥子は自分で何を言っているのかわからず、聞いている方もそれは同じだった。
 だが、政樹は冥子の頭をなで、優しく言った。
「そうか……1人でずいぶんと頑張ったんやな冥子はん。えらいで。」
「……っ!!」
 その言葉を聞いた瞬間、冥子の中で何かが弾けた。
 その後はもう、堰を切ったようにわんわんと政樹の胸で大泣きし続けていた。


「め、冥子が泣いてるのに……式神が……。」
 その状況に一番驚いたのは、おそらく最もプッツンの被害を受けているであろう令子であった。
 冥子がさんざん泣きじゃくっているというのに、式神達が暴走していないのだ。
 常識的に考えてありえない事態だ。よく目をこらしてみると、政樹から奇妙な霊力が出ていることに気が付く。
(あの先生……不思議な波動を出してるわ……あれが冥子の霊力が乱れるのを押さえているみたいね……)
 令子は1人安堵のため息をつき、微笑ましい表情で2人を見つめる。
 そして政樹に近付くと、その肩をポンと叩く。


「あんた案外やるわねぇ。冥子のプッツンを押さえるなんて歴史的快挙よ?この調子なら冥子の相手がつとまりそうじゃないの。私からもよろしく頼むわ。」
「あ、ははは……いや、自分でも驚いてるんやが……やれるだけやってみるわ。」
 と、その時冥子が泣きじゃくる顔を上げ、政樹を見上げる。
 政樹もまた、じっと冥子の瞳を見つめ返していた。




「マーくん、あのね〜〜〜〜もう、急にいなくなったりしないでね〜〜〜〜。」
「……ああ、もうどこにもいかへんよ。冥子はんが困ったときにボクはいつでもそばにいてるから……。」




「そ、それって……きゃぁ♪」
 おキヌは政樹の言葉に思わず身をよじって赤面してしまう。
 そう、これは実質プロポーズと同じ意味の告白である。
 そして冥子は、満面の笑みを浮かべつつ言葉を紡いだ。




「だからマーくん好き〜〜〜〜。」




 ぷっつん。




 今度は政樹の中で何かが弾けた。
 次の瞬間、あたりは式神達の暴走による爆発に巻き込まれたのであった。




「お前がプッツンしてどーするんだァァァァァァァァ!!!!」




 そして仲間達の叫び声が盛大に響き渡ったという。







 その後、政樹達はもう1日鬼ヶ島でリゾートを楽しみ、さんざん遊び倒したという。


 雪之丞はかおりと共に食事をし


 ジークはベスパとのんびり観光の続きをし


 横島は娑婆鬼とパピリオのオモチャとなり


 美神とおキヌは温泉を心ゆくまで堪能し


 政樹と冥子はアレコレと買い物に出かけて


 やがてそれぞれの帰るべき場所へと帰ってゆく


 こうして、鬼ヶ島での政樹の試練は幕を閉じたのであった……






 〜六道女学院理事長室〜


「鬼道政樹、ただいま戻りました。」
「お帰りなさい政樹君。試練のほうはどうでしたか〜〜?」
「はい……まだ完全ではありませんが、冥子さんの暴走を食い止める能力を会得しました。」「そうですか〜〜……本当にご苦労さまでした政樹君〜〜。今まで冥子のためにここまでしてくれたのは美神令子ちゃんくらいだから〜〜私からもお礼を言わせて下さいね〜〜。」「いや、ボクは……あ、それよりも、理事長にプレゼントがあるんですよ。」
「プレゼント〜〜?」
「少し遅れてしまいましたが、先日理事長の誕生日でしたよね。」
 政樹は小さな和紙にくるまれた包みを冥子の母に手渡す。
 それはシンプルながらもどこか温かさを感じさせる手作りの湯飲みであった。
「鬼ヶ島で冥子はんとボクが作りました。気に入ってもらえたでしょうか……?」
「手伝ってもらうといってたのは〜〜この事だったのね〜〜〜〜ありがとう政樹君〜〜大切に使わせてもらいますね〜〜〜〜」
「喜んでもらえて何よりです。それではボクはこれで……。」
 きびすを返し立ち去ろうとする政樹を冥子の母は呼び止めた。
「政樹君〜。」
「はい、なんでしょうか。」
「これからも冥子のことをよろしく頼むわね〜〜〜〜。」




「ええ、この六道女学院教師、鬼道政樹に任せておいて下さい!!」
  


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