椎名作品二次創作小説投稿広場


黒き翼

始動4


投稿者名:K&K
投稿日時:05/ 7/10

 「ちわーっす。あれ?」

 西条が結城と会っているのと同時刻、いつものように事務所の居間のドアをあけた横島はそこにだれもいないことに気付く
とキョロキョロと辺りを見渡した。

 「みんなはどうしたんだ、人工幽霊壱号?」

 天井に向かって声をかける。特に人工幽霊壱号がそこにいるというわけではないが視点が定まっているほうが話しやすい。

 『シロさんタマモさんはお二人で外出中です。おキヌさんはまだ学校からお戻りになられておりません。オーナーは急な
  来客でお客様と応接室にいらっしゃいます。』

 どこからともなく返事がかえってきた。

 「客ってどんなやつだ?。綺麗なおねーさんか?」

 条件反射的にたずねる。

 『いいえ。50代の男性です。』

 「そうか、じゃあみんなが来るまでここでまっているとするか。」

 これまた条件反射的に興味を失うと、横島はソファーにドカッと腰を降ろした。

 今日は除霊の予定ははいってないはずなので、このあとはここでただ飯にありついたあと適当に時間をつぶしてアパート
へ帰ることになりそうだ。

 (時給はなかなか上げないくせに、こうして事務所にいるだけでもその分の給料はくれるんだから、がめついんだか気前
  がいいんだかよく解らない人だよな美神さんも。)

 テーブルの上に放り出してある新聞をパラパラと眺めながらそんなことを考えていると、応接のドアが開く音が聞こえて
きた。商談が終わったのだろう。横島は居間のドアを僅かに開けると外の様子をうかがった。

 「では、調査依頼金の入金後三日以内に費用の見積書と契約書をお持ちいたします♪。」

 令子の声が弾んでいる。マンガであれば間違いなく瞳に「¥」のマークが浮かんでいるだろう。

 対照的にクライアントの方は相当せっぱづまっているようにみえた。

 「費用の方はある程度目をつぶりますので早急に除霊をお願いします。」

 「ご安心ください。必ず満足させてごらんにいれますわ。」

 クライアントが事務所を出たのだろう、令子のハイヒールが小刻みに廊下を叩く音が近づいてくる。横島は慌ててドア
から身体を引いたが時既に遅く、乱暴に開かれたドアに顔面を強打され思わず床にうずくまった。

 「横島君仕事よ!。・・・あれ、いつもならそろそろくる時間なのに遅刻かしら?。」

 ドアの影になって自分がみえないのか不審げな声がきこえてきた。

 「こっ、ここっす。」

 強打された鼻を押さえてやっとの思いで返事をする。幸い骨は折れていないようだ。

 「あんた、そんな所でなにしてるの。」

 扉を閉めながら不審人物を見るような表情で聞いてくる。

 「なっ、なにもしてないっすよ。ただ部屋を出ようとしたら美神さんが急に扉を開けたんでぶつかっただけです。」

 あわてて釈明した。なにしろ相手は「疑わしきは殺せ」が信条の人物だ。

 「なんだ、ドジね。さあ何時までもそんな所に座り込んでないでさっさと立ちなさい。仕事にいくわよ。」

 「仕事って、いつもなら現場の下見は調査料金が入ってからじゃないですか。」

 ドジと言われたことに多少ムッとしながらこたえる。

 「別に現場へいくわけじゃないわよ。ほらグズグズしてないで先にガレージへいってなさい。」

 問答無用とばかりに横島は居間から押し出された。部屋の中からはカチャカチャと令子がパソコンのキーボードを叩く音
が聞こえてくる。しかたなく彼はガレージへむかった。

 令子の愛車コブラの傍らで待つこと数分、令子が降りてきた。鼻歌を歌いながらキーを右手の人差し指でくるくると回し
ている。かなり上機嫌だ。

 対象的に、横島は自分の胃袋がズンと重くなるのを感じた。彼の知る限り令子が上機嫌になる理由は一つしかない。おそ
らく今回の依頼はかなり高額の契約金をとれそうなのだろう。それは同時にかなり厄介な仕事になりそうであるということ
をも意味している。

 横島が助手席に乗り込むと令子はエンジンをかけた。

 「じゃあいってくるわ。おキヌちゃんには2時間ぐらいで戻ってくるって伝えてちょうだい。」

 『承知致しました、オーナー。お気をつけて。』

 「わかったわ。あとはよろしくね。」

 人工幽霊壱号に声をかけると令子はアクセルを踏み込んだ。

 「これからどこに行くんですか。」

 10分ほど走ったところで横島は令子に声をかけた。

 「N市の法務局よ。さっきの依頼で徐霊対象となっている物件の所有者を確認するの。」

 髪の間に風を通すかのように、その亜麻色の髪を指でかきあげながら令子がこたえる。微かに甘い香りが横島の鼻をくす
ぐる。

 「所有者って依頼主じゃないんすか?」

 「今回の依頼はちょっと複雑なのよ。直接の依頼主は大手不動産会社のお偉いさんで、物件の所有者は別にいるわ。」

 令子は横島にもなじみのある家電メーカーの名前をあげると、依頼内容について大まかに説明をはじめた。

 「そのメーカーは依頼主からで買った土地に新たに研究用の施設を作るつもりだったらしいんだけど、工事を始めたと
  たんいろいろと不思議なことがおこりはじめたのよ。今のところ人的被害はでていないらしいけど、工事関係者が気味
  悪がって作業が止まっちゃったんでそのメーカーから依頼主にクレームがきたってわけ。」

 「ふーん、まあよく聞く話やなぁ。」

 「まあね。ただ引っかかるのは、死傷者がでたわけでもなく工事も始まったばかりの割には依頼主が焦っているってこと。
  一週間以内に徐霊できれば3億払うなんていうのは普通じゃないわ。」

 令子はここでいったん話を切った。あたりの景色はいつのまにか海岸沿いになっている。

 「ここからは私の想像だけど、今回の依頼主はその土地が霊的不良物件の可能性があることを承知で相手に売ったんじゃ
  ないかしら。もしかしたらその土地の売買に関わったメーカー側の担当者もそれを知っていて、わざと目を瞑ったのか
  も。霊的不良物件を普通の地価で取引して、その差額をリベートとして自分たちの懐に入れていたとしたら…。」

 「なるほど、霊的不良物件だったってことが公になったらお互いに都合が悪いって事っすか。」

 「そういうこと。」

 「でもそのことと、土地の所有者とどう関係があるんすか。」

 横島が訊ねると令子は溜息をついた。

 「あんたねぇ、この前もいったけど少しは頭を使いなさい。霊障が起きる時には必ずなにか原因があるでしょう。いまの
  所有者に代わる前から霊的不良物件だったとしたら…」

 「そうか。前の所有者のことを調べればそのへんのことが解るってわけっすね。でもそれを知ってどうするんすか?」

 「霊障の原因を調べるのは除霊の基本でしょ。それに私の想像どおりだったらこれをネタに契約金を吊り上げることが
  できるわ。」

 「はぁ。相変わらずこういうことには抜け目が無いっすねぇ。」

 ニンマリと笑った顔をみて思わず口を滑らせてしまい、慌てて口元を手で覆い隠す。いつもなら即座に拳骨の一つも飛ん
でくるのだが今回はかわりに楽しげな声がかえってきた。

 「そのおかげであんたのお給料が出るんだから少しは感謝しなさい。」

 (だったらもう少し時給あげてくれてもいいやないか。)

 横島は胸の内でつぶやいたが、今回はそれを口にはださなかった。きげんのいい令子を怒らせた場合その報いは往々にし
て自分に帰ってくることがわかっていたからだ。


 そうこうしているうちに目的地に到着し、登記簿を閲覧し始めてすぐに令子が声をあげた。

 「大当たりね。ほら、ここをごらんなさい。」

 横島は形の良い令子の爪がトントンと踊っている箇所を見てみた。だが彼女が言わんとしていることは理解できなかった。

 「北野物流って…」

 今回の除霊対象物件の最初(不動産屋の前)の所有者だ。

 「南武グループの物流を一手に担っていた会社よ。一般にはあまり知られていないけどね。資本関係はなかったらしいけど
  売上の大部分を南武にたよっていたんだから実質子会社のようなものよ。そんな会社が所有していた土地での霊障、これ
  はなにかあるって考えるのが普通よね。」

 「また南武っすか。この前の除霊といい須狩達の事件といい南武が関ると俺ろくなことがないっすよ。」

 法務局を出て駐車場へ向かって歩きながら、横島は当時のことを思い出し思わずしかめっ面をした。

 「あーら、美人のグーラーにチヤホヤされておもいっきり鼻の下伸ばしてたのはどなたでしたっけ。」

 「それは身を守るために仕方なく…。それにあのあと美神さん俺を帰りのヘリから宙吊りにしたやないっすか。別に美神
  さんたちにセクハラしたわけでもないのに。あん時はマジで怖かったんすからね。」

 「とっ、とにかくこの依頼は受けるわよ。前の除霊じゃ大赤字出しちゃったんだからその分今度の仕事で取り返すの。」

 自分に分が悪くなったと感じたのか令子は強引にこの話題を切り上げにかかる。

 「はいはい解ってますよ。」

 横島も別に根に持っているわけではないので素直にそれに応じた。

 「じゃあさっさと帰って明日の下見の準備をするわよ。依頼主はだいぶあせってたから、きっとすぐにでも調査依頼金を
  入金してくるわ。」

 横島の返答に満足したのか、令子はそう宣言するとコブラに向かう足をはやめた。


 「ただいまー。」

 法務局から30分程で事務所に到着すると、エプロンをかけたおキヌが二人を出迎えた。

 「お帰りなさい美神さん、横島さん。もう夕ご飯できてますよ。横島さんも一緒にたべましょう。」

 「ありがとうおキヌちゃん。じつはさっきから腹の虫がグウグウうるさくてしかたなかったんだ。」 

 「いいですよね、美神さん?」

 おキヌが一応令子の方を確認する。令子は苦笑を浮かべながら答えた。

 「ダメって言ったってどうせもう横島君の分も用意してあるんでしょう?でもその前に一ヶ所電話かけてその後シャワ
  ーを浴びるからちょっと待っててもらえる?。」

 「わかりました。でも少しいそいでもらえますか。さっきからシロちゃんがお腹すかせてまってるんです。」  

 「わかったわ。それと横島君。」

 「はっ、はい、なんでしょう。」

 シャワーという単語に思わず反応してしまった横島は、自分を見つめる令子の視線に竦みあがった。

 「覗いたら殺すからね。」

 「やっやだなぁ美神さん。シロタマもいるのにそんなことすると思うんですか。」

 「思うわよ。当然じゃない、ねえおキヌちゃん。」

 「あっ、あはははは。」

 おキヌは困ったような顔であいまいな笑いを浮かべている。自業自得とはいえおキヌにも信用されていない自分が横島は
少しなさけなかった。

 「とにかく、もし覗いたら魂をお札に吸引して閻魔大王のところへ速達で送ってやるから覚悟してなさい。」  

 令子はそう言い捨てると所長室に入っていった。


 「さてっと、北野物流に電話してくれる、人口幽霊壱号。」

 所長室のデスクに座り電話の受話器をとると令子は声をかけた。

 『承知致しました。本社受付でよろしいですね。』

 「ええ。」

 待つこと数秒、受話器から返事が返ってきた。

 「おまたせ致しました。北野物流でございます。」

 「お忙しいところ申し訳ありません。私、美神除霊事務所の所長をやっております美神令子と申します。本日は以前御社
  で所有されていた、N市の物流センターについて伺いたいことがございましてお電話させていただいたのですが。」

 電話の向こうで相手が一瞬息を呑む気配がする。

 「ただいま担当の者とかわりますので、恐れ入りますがしばらくそのままでお待ち下さい。」

 30秒ほど待つと、こんどはやや年配の男の声がかえってきた。

 「大変お待たせ致しまして申し訳ありません。私、物流センター統括本部の責任者をやっております重野と申します。
  N市の物流センターは確かに3年ほど前まで弊社で所有しておりましたがそれがどうかいたしましたか。」

 「実は私共の事務所に除霊の依頼が来ておりまして、できれば物流センター売却の経緯やそれ以前の様子などをお聞かせ
  願えれば非常にたすかるのですが。」

 「そうですね、あそこを売却したのはたんにビジネス上の理由です。当時以前から私共は経営の多角化を模索しておりま
  したが、そのうちのいくつかが軌道に乗り始めてあの場所ではなにかと不都合な点がでてきたのです。」

 「不都合な点といわれますと?」

 「主に地理的な問題です。あそこは都心からかなり離れておりましたので、物流コストと時間が問題になったのです。ま
  た、今後扱う荷の増加予想と比較してあそこの倉庫の容量では近いうちにパンクすることは明らかでした。」

 「そうですか。では売却以前に物流センターで奇妙なことが起こっているといった類の報告等はありませんでしたか?」

 「特にそう言った報告はなかったように記憶しております。もっとも現場では何かあったのかもしれませんが、私自身は
  あそこで勤務したことはありませんので、100%の保証はいたしかねます。」

 「では当時のことを知っている方のお話をお聞かせいただくことはできませんか。」

 「あいにくですが、当時の社員は転勤や退職で現在都内にはいないのです。何日かお時間をいただければスケジュールを
  調整してご紹介することもできるとおもいますが。」

 「いえ、それには及びません。どうもありがとうございました。」

 令子は電話を切ると人工幽霊壱号に声をかけた。

 「どうだった?」

 『モニター対象の声には特に目立った特徴はありません。また話の内容も私が検索した北野物流の業績データと比較して
  矛盾した所はありませんでした。』

 事務所内で顧客と打ち合わせをするときなど、令子は顧客との会話を人工幽霊壱号にモニタリングさせている。人間には
感知できない微妙な声の変化にくわえて、人工幽霊壱号には相手の声に含まれる言霊や感情といったものまで解析できる。
その能力を利用して相手の発言内容をチェックさせることで、令子は常に優位な立場で顧客との交渉に望むことができた。

 『回線を通しての解析のため、言霊までは分析できませんでした。ただ、オーナーが当時の社員のことに言及された際に
  モニター対象の声のトーンが微かに上昇し、その後元の状態に復帰しました。モニター対象になにかストレスがかかり
  その後その状態から開放されたためとおもわれます。』

 「つまり、社員に直接きかれるとまずいことがあるかもしれないってことね。」

 『その確率はかなり高いとおもわれます。』

 「わかったわ。ごくろうさま。」

 (久々においしい仕事ね。この分ならこの前の赤字をとりもどしてもお釣りがくるかも。)

 所長室を出てバスルームに向かいながら令子はうれしい予感に顔を綻ばせていた。


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