椎名作品二次創作小説投稿広場


HINOME!

前編


投稿者名:堂旬
投稿日時:05/ 7/10

 キ〜〜ンコ〜〜ンカ〜〜ンコ〜〜ン

 キィ〜〜ンコォ〜〜ンカァ〜〜ンコォ〜〜ン

 鳴り響くソレは一日の始まりを告げるチャイム。言い方を変えれば、通学時間の終わりを告げるチャイムだ。
 つまり、これ以降に学校に訪れた生徒は遅刻という扱いになる。
 そんなチャイムを学校から数十メートル離れた道で聞く少女がいた。

「ああ〜!! まぁた遅刻ぅ〜〜!? お姉ちゃんにシバかれるぅ〜〜〜!!」

 なんとも物騒なことを叫びながら、少女はいつもの通学路を駆け抜けていた。長く美しい亜麻色の髪を両端で縛ることでツインテールに纏めている。少女の体が上下するごとに、二つの尾は艶やかに揺れた。
 まだあどけなさの残るその顔とは裏腹に、その肉体ははち切れんばかりに熟れ熟れだ。そりゃ、もう、辛抱ならんほどに。
 少女が走るだけでそのスタイルがバインバインと強調され、フェロモンが撒き散らされる。
 しかし少女が遅刻してきたことは、学校にとってみればある意味幸運である。もし少女が、生徒でごったがえす通学時間中にまともに登校してきたら、通学路はなぜか前かがみで立ち止まる男子生徒に埋め尽くされていただろう。そんな気持ち悪い通学路、学校の評判は大下落だ。
 無意識にそんな惨事を引き起こしかねない、そんな彼女は今年で16歳。
 名を、美神ひのめといった―――――――――








「ひのめちゃん、また遅刻〜〜?」

 教室に入ったひのめにクラスメイトが茶化すように声をかけた。

「そうなのよぉ〜。またお姉ちゃんにシバかれちゃうわ〜〜」

「ひのめちゃんのお姉ちゃん、怖いモンねぇ〜〜」

 ひのめは姉による肉体的にも精神的にも多大なダメージをもたらす折檻を想像してげんなりとなる。クラスメイトはそんなひのめの様子にくすりと笑った。
 今日も何事もなく授業は進み、昼休みの時間を迎えた。ひのめはかばんから弁当箱を取り出すと、包みをほどきふたをあけた。

「それってひのめちゃん自分で作ってるんでしょ〜? すっごいなぁ〜〜」

 声をかけてきたのは朝も声をかけてきた女の子である。ひのめは頷いた。

「うん。でも大変だよ。早く起きなきゃなんないしね」

 言いながらおかずをひょいと口にいれる。クラスメイトはひのめに向かってはにかんだ。

「でも大変っていいながら口笑ってるよ? 料理好きなんだねぇ〜〜」

「まぁねえ〜」

 ひのめもはにかみながら次の一口を口に運ぶ。
 ただ、ひのめがはにかむ理由はクラスメイトの推察とは少し異なっていた。

(お義兄ちゃん、もう食べてくれたかな〜〜?)

 ひのめは義理の兄が自分のこしらえた弁当をおいしそうにほお張る様を想像し、胸を弾ませた。
 弁当もたいらげて、ひのめがクラスメイトとまったり談笑していた時、一人の男子生徒がひのめに近寄ってきた。

(ひのめちゃ〜ん。またじゃない?)

 クラスメイトが小声で茶化す。ひのめは正直げんなりだった。

「あの…美神さん……その…今日の放課後に…体育館の裏に来てもらえないかな…? つ、伝えたいことがあるんだ……!」

 それだけ言うとひのめの返事も聞かずに男子生徒は走り去ってしまった。
 はぁ〜、とひのめは盛大にため息をつく。

(もう…今月に入って五人目……なんでみんなあきらめないんだろ?)

 入学してまた二月もたたぬというのに、ひのめは男子生徒によるアプローチをうけまくっていた。先月のもあわせれば今回で十四人目となる。
 先輩から同級生、果ては他校の生徒まで押しかけてきたこともあった。そのことごとくが「僕と付き合って…」だの、「君に一目惚れ…」だの、まったくひねりのない定番モノばかり。
 ひのめとしてはどんな告白をされても受ける気などさらさら無いのだが、せめてもう少し工夫をしてくれよと思っていた。そうすればそこそこ楽しめるのに、とも。
 この辺りは間違いなく美神令子の妹である。

(何度告白されたって私の気持ちは変わらないもの)

 そう思いながら再び義兄の姿を思い浮かべる。今朝仕事に出かけようとする義兄に、半ば無理やりに手作りの弁当を渡した時のこと。義兄は戸惑いながらも快く受け取ってくれた。
 その時に見せた義兄の笑顔。
 ひのめは自分の頬がゆるむのを自覚した。








 さて、時は流れ放課後。
 ひのめは昼間の男子生徒に言われたとおり体育館裏に姿をみせていた。
 そんなに早く来た覚えもないのに(むしろ遅く来たのに)人の気配が無い。
 ひのめが不審に思っていると物影から昼間の男子生徒が姿を現した。同時に、ひのめの後ろから三人ほど姿を見せる。ひのめは合わせて四人に囲まれる形となった。

「……どういうつもり?」

 後ろの三人に油断無く注意を払いながら、ひのめは目の前の男子生徒に訊ねる。
 昼間見たときはウブな好青年に見えたのだが、今はその様子が一変していた。
 後ろの三人も、どう見たってまともな生徒には見えない風貌をしている。

「いやぁ〜別に? ただちょっと気持ちいいことさせてくんねえかなぁと思ってさぁ。なんか告白られまくってて調子こいてるみたいだったしよぉ……おとなしくしてりゃあ痛い目にはあわせねえよ。いや、むしろ気持ちよぉ〜くしてやるぜぇ?」

 男子生徒が言うとひのめの後ろで構える三人も下品な笑い声を上げた。
 笑いながらじりじりとひのめに近寄ってくる。

「ちょっと…冗談でしょ?」

 ひのめは苦笑いを浮かべながら四人から少しでも遠ざかろうと後ずさる。が、すぐに背中が体育館にぶつかった。
 確かに普通の告白には飽き飽きしていたが、こんな趣向を凝らされるのもいただけない。

「あんたら…そんなことしたらただじゃすまないわよ!?」

「だ〜いじょうぶだいじょうぶっ! ひのめちゃんが黙っててくれれば済むことだから♪」

 そう言った男子生徒の手にはポラロイドカメラが握られていた。
 ああ、そういうこと――――ひのめは心の中で吐き捨てた。

「ゲス野郎……!」

「自覚してるよん」

 ひのめの口から漏れた言葉に男子生徒は満面の笑みを浮かべる。
 その直後に男子生徒が連れてきた三人がひのめに襲い掛かった。

「うははは! もうたまんねぇ!!」

「おいおい暴れても無〜駄ぁ〜〜!!」

「しかしホントたまんねえ体してんな!! ホントに高一かよ!?」

 三人の腕がひのめの体を押さえつける。ひのめの衣服を剥ぎ取ろうと乱暴に蠢く。

「イヤアァァァァァァァァァァァアァァ!!!!」

 学校中に響くのではないかというほどに、ひのめは叫び声をあげた。

「おいおい、あんま騒がすなや。誰かに来られたら面倒だろ。まず口押さえて、それから倉庫に押し込むんだよ。まったく……」

 そう言いながら男子生徒が周囲に視線を向けたときだった。

「なぁ〜んちゃって♪」

 そんな可愛らしい声と共に、それに似合わぬとてつもなくエグイ音が二度、三度と鳴り響いた。

「えっ……?」

 アホのような声を漏らして振り向いた男の目に飛び込んできたのは、ボコボコにシバかれた三人と、何事もなかったように佇むひのめの姿だった。

「嘘……?」

「残念ホント♪ まったく、やってくれたわねえ〜」

 ひのめがじりじりと男に近づく。男は尻餅をついて動けずにいた。
 蛇ににらまれたカエルとはこういうことをいうのだろう。ひのめから放たれる怒りのオーラに男は微動だにすることが出来なかった。
 ひのめの右手が男の頭にぽんっ、と乗せられる。

「熱ッ!!」

 突如頭を襲った高熱に男は声を上げた。驚いて頭を触るとふさふさといい感じになっている。
 男は見事なアフロヘアーに変貌していた。
 ひのめは腰を落とし、男と目線の高さを合わせる。ひのめは男の目の前に己の右手を突きつけた。
 ひのめの右手から、彼女の怒りを示すようにメラメラと真紅の炎が舞い上がる。

「いいかコラ。次にやったら消し炭な?」

 ほんのちょっぴり地を出して、ひのめは忠告した。
 姉直伝の凄みのきいた目と声に、男はカクカクと涙を流しながら首を縦に振るしかなかった。








 夕暮れに染まる帰り道をひのめは一人歩いていた。

「馬鹿たちのせいですっかり遅くなっちゃった。お姉ちゃんとお義兄ちゃん、帰ってきてるかなー?」

 今日あったことを話そうか? とひのめは考えた。しかし話してしまえばああ見えて妹思いの姉と、見た目通り優しすぎる義兄のこと。すでに十分ひのめがシバいた彼らを更に再起不能になるまでシバいてしまうだろう。
 さすがにそれは気の毒だとひのめは言わないでおくことに決める。ついでに遅刻のことも話さないことにしたようだ。
 ひのめは軽い足取りで大好きな姉と、愛する義兄が待つ家へと急いだ。
 そう、ひのめは現在姉夫婦が建てた新居に居候という立場で住まわせてもらっている。
 なぜそうなったのかというと、現在ひのめが通っている高校に近いから、という単純な理由によるものだった(表向きは)。
 ちなみにひのめが通っている高校は霊能科もなにもない、フツーの高校である。
 語るまでもないことだが、ひのめは強力な念力発火能力者<パイロキネシスト>だ。
 それもその強力さ、コントロール性の高さは世界でもトップクラスの能力者だとも言われている。わずか16歳の若さにして、だ。
 加えて運動能力の高さ、それを生かした美神家仕込みの体術、それにとどまらず基本的な霊的戦闘力の高さ、どれをとっても一流GSの素質ありだ。さすがに美神家の女である。
 それほど将来有望な彼女がなぜ普通の高校に通っているのか。それこそ六道女学院にでも入学させて、専門的な授業を受けさせれば、この若い才能はどこまで伸びるかわからない。
 もちろん、母である美智恵はそれを薦めた。だがそれに対するひのめの答えは、

「だってお姉ちゃんはそんなとこ行ってないんでしょ?」

 とのこと。
 そんなわけでひのめは現在の高校に通っているのである。
 そしてひのめはわざわざ電車で通わねばならなくなる実家を嫌がり、一人暮らしを(部屋探しの面でも、家事の面でも)面倒くさがり、手っ取り早くたまたま近くに新居を構えていた姉夫婦の家に転がり込んだのである。



 母である美智恵も姉である美神令子も、その夫である義理の兄も、そう思っているのである。








「ただいま〜」

 ひのめが玄関のドアを開けると、すでにそこには姉と義兄の靴が並べられていた。どうやら二人ともすでに帰ってきているらしい。
 ひのめが靴を脱いでいると、奥から義兄が顔を出した。

「ひのめちゃん、今日は遅かったな。何かあったのかい?」

「ちょっと遅くまで学校に残っちゃった、えへへ……」

 優しい笑顔を向けてくる義兄に、ひのめは頬を赤らめる。奥から姉も顔を出した。

「ほら、ご飯もうできてんのよ! 早く手洗ってらっしゃい!!」

「は〜い」

 姉も言うことがどんどんお母さんみたいになってきてるな、とひのめは思った。
 靴を脱いで自分の部屋に向かおうとしたひのめに、ふとしたように義兄が声をかけた。

「あ、ひのめちゃん。お弁当ありがと。おいしかったよ」

 そう言って義兄はいそいそとリビングに向かう。義兄の角度からは見えなかったが、ひのめの頬はこれ以上なくにんまりとゆるんでいた。
 部屋に鞄を置いて、制服から部屋着へと着替えてひのめもリビングに向かう。
 リビングに入ると食卓にはすでに姉の手料理が並んでいた。相変わらずとても豪勢で、どれもが一流シェフの料理に見劣りしないようなものばかりだった。
 やはり料理ではまだ姉には勝てないな、とひのめは感嘆した。

「おかえりぃ! ひのめちゃん!!」

 リビングに入ったひのめを迎える声。ひのめは声の主に駆け寄って抱きしめた。

「ただいま! 蛍ちゃん!!」

 ひのめを迎えたのは姉と義兄の一人娘、蛍だった。今年で四歳になる。
 義兄と姉が結婚したのが、ひのめが八歳のとき。つまり蛍は結婚して四年目に生まれた子供になる。
 蛍が生まれたときは、義兄は友達に「予想外に遅かった」だの「お前は無計画だからすぐにできると思った」だの「そんなに二人きりの新婚ライフを長く楽しみたかったかこのどエロ」だの言われていたが、当時八歳だったひのめには何がなにやらだった。
 そんな四人で食卓を囲み、明るい団欒が始まった。
 ひのめの正面に姉、その隣に蛍、ひのめの隣に義兄という並びだった。
 まだまだ綺麗に物を食べられない蛍になんやかんやと姉が世話を焼く。義兄はそれを幸せそうに見つめていた。
 蛍をいとおしげに見つめる義兄の顔。ひのめはその顔が大好きだった。
 晩餐も終わって、四人はテレビを囲んで再び団欒していた。姉と義兄はソファーに腰を沈め、蛍は姉のひざの上にちょこんと座り、胸に顔を沈めて熟睡していた。

「あらあら……私、蛍を部屋に寝かしつけてくるわね」

 起こさないように細心の注意を払い、蛍を抱えて姉はリビングを出て行った。
 ひのめは義兄の後ろに回りこんだ。

「お義兄ちゃん、今日も仕事疲れたでしょ? 私、肩揉んであげる!」

 義兄の返事も聞かずひのめは肩を揉み始めた。もちろん、義兄も断るようなことはしない。

「ありがとう、ひのめちゃん。すっげぇ気持ちい…いよ……?」

 義兄の声が途切れがちになる。なんと、義兄の首筋にはひのめの豊満な胸が押し付けられていた。Tシャツ一枚で義兄に寄り添うひのめはのーぶらだ。というか、家にいる時、ひのめは基本的にのーぶらだ。理由は言わずもがなである。
 さあ義兄は大変だ。元々が煩悩に満ち満ちた男である。彼の情熱の塊はそりゃもうはちきれんばかりだ。
 かといって手を出せば家庭崩壊間違い無し。というか殺される。妻に。義母に。
 ああ、まさに蛇の生殺し。据え膳食わぬは男の恥、ええい余計なことを言うんじゃない。
 さあさあ彼の精神はプッツン寸前だ。
 義兄は突然立ち上がった。ひのめは尻餅をついてしまう。義兄はひのめにずんずんと迫ってきた。遂に待ち望んでいた展開が訪れたか、とひのめは覚悟完了だ。
 だが、義兄はひのめの側を通り過ぎ、彼の部屋へと消えていった。ひのめは呆気にとられている。
 ゴォンッ!!!! と家中に轟音が鳴り響いた。
 ふらふらと戻ってきた義兄の顔面は赤く染まっていた。血がとめどなく噴き出す割れた額が痛々しい。
 義兄は何事もなかったかのようにソファーに座りなおした。すんごく平静を装っている。
 ドターン!!! と勢いよくドアが開く音がして、姉がつかつかとリビングに乗り込んできた。

「アンタなんて音立ててんのよッ!! 蛍が起きちゃったでしょうがーーーー!!!!」

「かんにんやーーー!!!! 仕方なかったんやーーーーー!!!!! そうしなければならなかったんやーーーーーー!!!!!!!!!」

 義兄は姉にシバかれた。全盛期の頃を彷彿させるくらいシバかれた。
 ひのめはごめんね、と義兄に向かってペロリと舌を出した。









 深夜――――――――
 ひのめは布団をかぶりながら今日のことを思い出していた。
 義兄のことを思い出して、くくく、と笑みがこぼれる。
 容赦なく姉にシバかれた義兄に、さすがに悪いことをしたなと思う。
 明日は何をしようかな―――――ひのめはわくわくしながら眠りに落ちた。










 消し去りたい過去。
 心の奥に刻まれた恐怖が、繰り返し繰り返し見せるのか。
 その夜、彼女は悪夢を見た。
 今まで何度も見てきた悪夢を――――――――――――――


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