椎名作品二次創作小説投稿広場


呪いなる美

用意する者・惑う者


投稿者名:トンプソン
投稿日時:05/ 7/ 3

東京にも寒波が到来して皇居のお堀にも薄氷が張っているとニュースになっていた。
眼鏡の老人が会長を務める美術館にも小さな人工池があるのだが、
こちらも見事に凍っている。
その池の端沿いにあるけば件のブロンズ館がある。その道筋に杖を使って歩く眼鏡の会長の姿があった。
「あ、会長おはよう御座います」
既にスーツ姿の学芸員が様子見に来たのだろう。注連縄越しの光景なのだが
「こりゃ・・すごいのぉ」
整然とされていた館内のブロンズ像という像が命をもった如くに動き回った証拠である。
母親と子供を模した像は、子供が走り回るのを母親が止めに入った傷がある。
若い男の像は妙齢なご婦人の像の耳元でささやくようにしている。
ささやかれた方も満更ではないのかにんまりと表情を変えていた。
「会長、ダビデの模写像を見てください・・」
泣くのも諦めたスーツ姿の学芸員が指をさした先には。
「・・・ふんどし、しとるのぉ」
「模写でも全裸は嫌だったのでしょうなぁ」
ははは、と乾いた笑いが出た二人であった。

タイガー寅吉、性格はともかくとして学力は高いようである。
既に日本語をマスターし、日本文学もすらすらと読める実力者であった。
そのタイガー、図書館に来ている。彼岸にも達してないこの時期、外は既に真っ暗であった。
木枯らしが外に舞っている。
四階建てで上にいけば古典の写本、外国の専門書まで網羅しており研究者の卵レベルが利用するに便利な規模を誇っていた。
このような図書館であればこそ、芸術作品に詳しい本が置いてあるという物。
比較的大きめのソファーに身をまかせてお芸術の歴史を学んでいるタイガーであった。
もっとも彼女だけの歴史を綴った本があるとまでは、
「おもわなかったノー」
感想を述べている。
どんな事が書かれているのだろうか。

カミル・クロイ
 当時はまだ女性の地位が低くかった為、あまり評価はされてこなかった不遇の彫刻家。
 カミル・クロイ自身はオーギュスト・ロダンの愛人でもあった。
 代表作はパリの『ルルセー』に所蔵してある『男と老婆と愛人』である。
 研究者の間では男はロダン、老婆はロダンの妻、そして愛人とはカミル自身であると考えられている。
「・・・なんとも醜い作品じゃノー」
眉をひそめるタイガーが其処にいた。
 1881年、パリに向かったカミル・クロイは、友人とアトリエを借り、彫刻の修行を始めたのです。カミルが指導を受けていたのは、彫刻家のアルフレッド・ブーシェでした。
 ところがブーシェは、イタリアに出かけることになり、一人の男に後任の指導を託したのです。
 それが、オーギュスト・ロダンでした。この時、カミル19歳。ロダン、43歳。
 カミルと出会ったロダンは、二つの衝撃を受けました。一1つは、彼女の美貌。そしてもう1つは、芸術家としての才能。
 二十歳にも満たない少女が、一流のテクニックを身につけていたことに驚愕したのです。
 ロダンとカミル・クロイは、師弟関係の一線を越えていく。カミーユの美貌が、眩しいほどの若さが、ロダンの心を烈しく捕えたのだ。
 彫刻家同士の愛とは、互いの肉体を知ることでもあった。
「・・・これは不倫ジャ。どんなに高尚なお題目をとなえてももジャ」
 しばらくしてカミルは彫刻家として大きな壁にぶつかってしまうのです。サロン(芸術作品の発表の場と、注釈に有り)に作品を発表しても、
 正当な評価を得ることが出来ないのです。ロダンの猿真似とさえ誹謗されることもありました。
 カミルは、一つの決断を下します。ロダンのアトリエを出たのです。一人の彫刻家として生きていくために。
 妻にはなれない。芸術家としても認められない。その終わりの無い苦悩ははかりしれない物でした。
 「何時の時代も女は騙されると不幸におちいるんジャ・・・」
なんともタイガーらしからぬ感想が出ていた。
 ロダンとは違うものを作らなければならない。自らの存在の証を立てるために。その思いが、カミル・クロイの心を追い詰めていくのです。
 何よりも変わったのは、彼女自身の容貌でした。かつての美貌は失われ、恐ろしい速さで衰えていったのです。
「漫画みたいな話・・・ジャ」
 ロダンが、私のアイディアを盗みにやって来る。
 ロダンの名声ばかりが高まっていく中、カミルは、ロダンが自分の作品やアイディアを盗んでいったと思い込むようになるのです。
 その憎しみが余りに執拗なものだったので彼女は、その妄想から抜け出せなくなってしまったのです。
 1913年、カミル・クロイは、精神病院に収容されました。亡くなる迄の30年、外の世界に出ることは無かったのです。
「・・・・発狂死か、これじゃあ幽霊になってもあたり前じゃノー・・・」

およそ90年前の執念が未だに霊障として存在する。それがGSの世界なのである。
大判の本で挿絵、カミル作品の写真も挿入された本をタイガーは大層な物を扱うように閉じて。
「目が、ちいと疲れたノー」
目頭を指で摘み、両肩を波立たせ、コリを取り始める。
ポキポキと肩は鳴ったので今度は大きくのび運動をして、深呼吸をする。
そして、読んでいた本を元の場所に戻そうと立ち上がった時。
「ん?あれは?確か・・」
向かいで御勉強中の女子学生に見覚えがある。
こういう時はどう声をかけようか?迷う無骨者でもある。
無視するのもおかしいし、声をかけるほど親しい人でもない。
困った顔を見せたタイガー。
ふと、
その見覚えのある女子学生が消しゴムを落とした。
大分使い込んでいるのか、丸みを帯びている為、こちらへと転がってきた。
ひょいと消しゴムを拾って、
「この消しゴムは弓サン、貴方のジャな」
「あら、有難う・・・って確か何処かで・・・・」
勉強に夢中になっていたのか、目の前にいる男の名前が出てこなかった。
「ワッシじゃ、エミさんトコにお世話になってるタイガー寅吉ジャ」
「あっ!あの時の!」
人間、思わぬところで思わぬ人と出くわすと大きな声を出してしまうようである。
常連であろう、研究者風情の中年男性から、静かにと、指を口先にもってきるジェスチャーで注意された弓かおりであった。
「学校が終ってからもお勉強かノ?優等生はちがうノ〜」
やや注目を集めた二人、その気まずさを誤魔化すかのように当たり障りの無い話を持ちかけたタイガーである。
その程度の気持ちであったのだが。
「・・・・はぁ」
生返事ではない、何やら考えめいている弓かおりであった。
「?ため息みたいなモンをついてどうしたのジャ?」
ふと弓が勉強していたものを見る。
タイガーにとっては初めて見にする『簿記』の試験問題であった。
当然、この手の資格試験を推奨する学校もあるだろうが、どうも弓が通う六道女学校とはミスマッチな物である。
かといって・・。
タイガーの目からすれば興味があってやっているようには思えない。
例えるに、無理やり嫌いな・・例えば数学の試験を勉強している風体にも見える。
「ど、どうしたのジャ?弓サン」
慌てるのも無理はない、人目憚らず、その場で涙を見せたのだ。
こんな愁嘆場を他人に見られたら、それこそ好奇の目である。
弓の荷物を纏め上げ、慌てて外に飛び出したタイガーであった。
「・・・ま、このケースはしょうがないか」
司書のおねーさんが、タイガーが置いていった美術書を元の場所に戻す姿がそこにあった。

この公園は丁度風除けがあり、地下鉄の換気扇であろうか、熱風が吹く場所まで来た二人、タイガーと弓。
「すいません、タイガーさん取り乱しちゃって」
タイガーに引っ張られる形であった為、彼女の足では全力疾走であった。
白い息を何十回と吐いた所で謝罪の言葉を述べられた弓であった。
そんな事はどうでもいいとばかりに首を振ったタイガー、次の言葉が。
「・・・弓サン、霊能力が落ちているってどーゆー事ジャ?」
俯き加減であった顔を上げた弓。
「ど、どーしてそれを!?」
私の悩み、誰にも口にもしていないのに、である。
タイガーは何も名探偵ではない。
一回のテレパスである。
それの説明を一通りしてから。
「実は・・わたくし、恥ずかしながら霊力では誰にも負けてないと思っていましたわ。でも現実は違ったわ」
そうであろう。超一流の美神令子やハーフバンパイヤたるピートは除外したとしても。
雪之丞はどんどん成長していった、横島は・・・あまり好きなタイプでは無いが実力は雲泥の差。
「そして、組み手をしてもらってる一文字さんも『おめぇ、最近気合はいってねぇぜ』なんて言われてしまって」
そして、終にはクラス対抗の霊能合戦から外されたという。
不思議なもので胸に使えていたものを他人に話すと気が楽になるというものである。
完全ではないが、明るくて、やや高ビーな口調が戻ってきた弓であった。
「ですから、わたくし。このご時世何の資格も無い女が就職には不利と思って、簿記を勉強していた、って事ですわよ」
はは、と笑ってからタイガー。
「これは神父の受け売りですがノー。霊能の世界に限らず、本当に必要なのは現場に出て力が発揮できるか、という事ジャー」
「?」
別にアドバイスを貰おうとおもっていた訳ではない弓にしては存外なタイガーの発言である。
「ワッシも見てきた事があるのジャが。ワッシや・・・それこそエミしゃんよりも強い霊能力を持ちながら
   発揮出来ずに大怪我をしてきたGSは沢山いるンじゃー。逆に霊能力が少なくとも判断力と決断力
     に優れていればそれで成功している霊能者も沢山いるしノー、要は己の力量を知る事だと思うンじゃー」
タイガーとしてもアドバイスを与える立場ではないので、たどたどしい、それこそ外国人が使う日本語に近いイントネーションになっていた。
「じゃ、じゃあ、己の力量を知るのはどうすれば良くって?」
こればかりは。
「現場に出るしかないと思うノー、バイトなりお父上の徐霊に付き合うなりするのが一番だと思うのジャー」
実際のところ。
タイガーも含めてかの神・魔入り乱れての事件において、全員が現場たたき上げであったのである。
又、GS試験も通過者の殆どが現場経験者で占められるという事実がある。
「いくら、霊能力が優れていても、GSは相手が人間じゃ無いですのジャ。妖怪や幽霊なのジャ・・」
タイガーの正論である。
これを聞かされた弓かおり、決意を言葉で表した。
「タイガーさん」
「はいですノ?」
「エミさんのお手伝いをさせてください!お願いします」
なんとプライドの高い弓が堂々と頭を下げて見せたのだ。
これには面食らったタイガー、両手を振って
「だ、駄目ジャー、エミさんはあまり人を使わない・・というよりも使えないやり方の人なのジャー、むしろお手伝いなら美神しゃんトコの方が良いですノー」
事実、エミの仕事ぶりは常人では務まらない。
「ですが、タイガーさん。貴方のお話では現場に出ることが良いとの事ですわ?雪之丞も相変わらず武者修行で春まで帰ってこれないという以上、これも何かの縁、エミ様にお話だけでも通して下さって」
「・・・・エミ様?・・・はぁ」
彼女の覚悟に負けたというか・・。タイガーも。
「OKもらえるかは判らんがノー、とりあえずエミさんトコ案内するノー」
「それで宜しくってよ、タイガーさん」
若さ故か、無知ゆえか、何故か自信を取り戻している弓かおりであった。
雪が降り始めた。
幾つかの大通りを時には横断歩道、又は陸橋を使ってタイガーは家路に。
弓は期待と不安を持ってエミの事務所へと向かった。
「あら?事務所が閉っているわね、エミ様は?」
「・・・明後日、美術館での仕事ジャ、ポルターガイスト退治がありますんジャ」
今まではどちらかと言えば期待が勝っていた弓であったが。
ポルターガイストと聞いて顔に険が表れた。
流石は現役の六道、ポルターガイストの難しさを文章では知っているのであろう。
タイガーが鍵をあけた。外で待っているといった弓であったが。
「雪がちらついているンジャー。中にはいりんシャイ」
手招きで玄関に入れた。
「ありがとうですわ。タイガーさん。ところでエミ様は・・どちらに?」
すいませーんと、声を出そうとするのを制したタイガー。
「モガッ?何を?」
「・・・・こちらに来ンしゃい、この様子だとエミさんは瞑想中ジャ」
この事務所地下一階も設けてある。
なるべく足音を立てないようにと断ってからタイガーがエミが瞑想している部屋に案内する。
階段の突き当たりにドアがあった。
この場合、防音対策としては有効だが、あまり見られる手合いではない。
すっと、タイガーがドアをあけ、ハンドシグナルで弓に中を見るように指示する。
「・・・ッ!」
声は出さなかったが、驚きによる呼吸で音に鳴った。
蝋燭の中で身動ぎもせず座禅に似た姿でエミが其処にいる。
黒魔術師が使うローブのみを身に纏っている。
幸い、陰影の関係で全体を見渡す事は出来ないが、下には何も身につけてない姿が其処にあった。
ドアを開けたことにより、蝋燭の撓みがどう反応したのか、エミの影を魔物に似た存在に見せていた。
「今は何を言ってもエミさんの耳にははいらんですノー、少し待つといいですノー」
ドアノブの音にまで気を使ったタイガー。その行為に弓も歩くのにも一切の音を立てず上へと戻っていった。
「・・・今日はあの様子だと、弓サンのことは話せないと思うノー、明日にしんしゃい」
と、タイガーは助言したのだが。
「いいえ、待たせて頂きますわ」
の一点張りでタイガーをやや困らせていた。
それだけ弓にも考えるところがあったのである。
蝋燭でも締め切った部屋では暑さが篭る。
だがエミは一切の汗をかいていなかったのである。
呼吸もしていなかったのでは?と弓はありえない事を考えていた。


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