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呪いなる美

難しき依頼


投稿者名:トンプソン
投稿日時:05/ 7/ 3

年が明た。正月も過ぎた。
社会が元日の騒ぎを忘れかけた頃である。
今年の東京は積雪の多い年になりそうな予感があった。
小笠原エミもどちらかと言えば夏を好むタイプであるが、こればかりはしょうがない。
当然ながら彼女の腕だと難しい仕事も舞い込むのだ。
学校から帰ってきたタイガーが眼鏡の老人とスーツ姿の男と打合せをしている。
暖房機はフル稼働でスーツ姿の男はややワイシャツの胸元を開いている・・。

「で、そちら様は美術館の学芸員なワケね、で仕事はポルターガイスト、ふぅむ」
依頼内容は紙に打ち込んである。おそらくは霊障害という変化の状況を知らせた物であろうか。
「なんとかならんかのぉ、小笠原さん」
眼鏡の老人が沈黙は苦手だとばかりに声をかけた。
難しい顔をしていたエミが顔をあげた先にタイガーがいる。
「あ、タイガー戻ってきたのネ、お客様にお茶をだして」
「了解ですノ」
エミは特に事務員は置いていない。雑多な書類仕事はエミの仕事だが、お茶組などの雑務はタイガーの管轄である。
何も今初めてという事ではないのだ。
おそらくは外国人であろうタイガーもエミ指導の元、なかなかに上手なお茶を作れている。
温度を見る目があるとでも言おうか。ぽこぽこと、水からお湯に変わる音が響いてきた。
「もう少し、詳しくきかせて欲しいワケね。答えられる範囲でいいから教えて欲しいワケ」
エミも決意した。この仕事を引き受けようと。
実際の所、ポルターガイストはこの業界でも難しい部類にはいるのである。
簡単に言えば、見えない敵を探す。それだけでも大労働になるのだが、後述にしよう。彼女の、否、彼女の部下にその手の仕事が得意な男がいるという事は。
「はい、先ず事の起こりは新しいブロンズ像を購入した所からです」
美術館とて常設だけで運営をしている訳ではない、資金として所有している有名画家の絵を売却して新しい目玉を作ったりするのだ。
又『だれそれ展』とか、『人間国宝某作の新作』と銘を打って特別祭を開催する事だってある。
ま、その他の仕事は他に回すとして本題に戻ろう。
「そのブロンズ像の作者はカミル・クロイ、女性の彫刻家です」
美術品よりかは宝石なのが大半の女性。名前を聞いてもピンと来ないエミである。
お茶を持ってきたタイガー、幸いな事に聞いた名前である。
「横からすまんが、確かロダンの弟子とかいう人ジャなかったかの?」
嬉しそうな顔を見せた顧客の二人。
「ほぉほぉ。その歳で。ロダンはともかく、クロイの名前をしっとるとはなかなかの者じゃ」
美を知っている二人、スーツの男と眼鏡の老人は大問題の最中にちょっと嬉しいニュースがあった、という風体である。
特に眼鏡の老人は滔々とそのクロイなる女性彫刻家の魅力を語るので有るが、
愛想笑いが精一杯のタイガーであった。
それを横目で説明を続けるスーツの学芸員。
「で、我々の美術館は完全に絵画部門、彫刻部門に分かれております」
その彫刻部門に異変がおき始めたというのだ。
最初は些細な事であった。
デート目的で静かな所でいちゃいちゃするのが大前提のカップルがいたのだ。
幸い、彼女の方が美大生という事で少しは物がわかっていたというのだが。
「あ、こらっ、今お尻さわったでしょ!」
「何?俺はそんなトコさわってねぇよぉ」
「嘘おっしゃい!うふふ、もぉ。大胆なんだからぁ」
そんな会話が有ったという。
彼女の方が若干年上だったのやもしらぬ。
それから異変が始まったという。
終にはキロに換算すれば100を超える彫刻が動き始めたというのだ。
「丸で『でじゃぶー』のアニメの世界じゃよ、トホホ」
ため息を見せた眼鏡の老人であった。
笑い事ではないのだが、ぷっと、吹きそうになるエミであった。
「OK、引き受けるワ。でも直ぐは無理、3日下準備があるから、待って欲しいワケ。その間は・・、タイガー注連縄を持ってきて」
「へい、エミしゃん」
消耗品管理もタイガーの仕事なのか、何処に何があるのかは完全に把握している。
神社に吊るされているまさにそれを二人に渡して。
「ポルターガイスト、大きくなるのは夜だけとは限らないワケ、それを付けて立ち入り禁止にする事ネ、そうでないと人様の安全は保障出来ないワケね」
一応、目玉として購入したクロイのブロンズ像、フェアも張って宣伝にも金銭をかけている。
運営を任されているスーツの学芸員はなんとかならないかと、言いたげであったが。
「そうしようぞ」
鶴の一声とはこの事。眼鏡の老人がぴしゃりと言い放つ。
「し、しかし、会長」
「馬鹿者。いくら目玉でもお客に害を与える美術品を外に見せるわけにはいかんじゃろうがっ!よいか、大いなる美には「呪い」があるのじゃ、そうじゃな?小笠原さん」
「えぇ、そうネ」
即答のエミ、タイガーも横で頷いている。
「よいか、美に携わる者の仕事にはその「呪い」を解き放ち、本当の『美』を大衆に見せるの事もあるのじゃ、よぉ、覚えとくがよい」
「畏まりました、では一度ブロンズ館は閉鎖しましょう」
冷静に、スーツの学芸員も心を決めている。
では、お願いしますぞと、二人はコートを羽織って出て行った。
「さて・・と。それにしてもオタク、よくカミル・クロイなんてマイナーな彫刻家の名前をしっていたワケね?」
こればかりは意外だとタイガーに尋ねると。
「いや、実は一昨日美術の時間にそんな話があったのジャ」
何のことは無い、一昨日美術の授業でやったばかりなのである。
暮井先生、性格はともかく意外に教師としては有能なのやもしれぬか。
照れくさそうに頭を掻くタイガーが其処にいた。


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