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時は流れ、世は事もなし

遡行 3


投稿者名:よりみち
投稿日時:05/ 6/26

時は流れ、世は事もなし 遡行 3

説明が終わった頃、それを測っていたかのように足音がすると、美神母娘が、ホールに入ってきた。

「ベスパ、久しぶりね。パピリオから活躍は聞いているわ」
相変わらず、ずけずけとした物言いの美神。

いつもはその手の言葉は皮肉と受け取り睨みつけるベスパだが、美神のからっとした口調にそれは感じず、苦笑だけに止める。

「ずいぶんごぶさたですね、ベスパ」
 その横で、見かけは娘と変わらないが年齢相応の落ち着きでお辞儀をする美智恵。
彼女にとってみれば9年ぶりになる。

「それにしても、すごいな」
 ベスパは、異なる意味で『すごい』二人に目を見張る。

まず、美智恵の方だが、オカGの第一種戦闘用装備に身を固め、PTRS1941−20世紀末に崩壊した某国が『大祖国戦争』と呼んだ戦争において使用した、いわゆる対戦車ライフル−を軽々と手にしている。
 その勇姿は、”世界最高のGS”呼称をほしいままにする娘を、実戦に於いて、なお凌駕するとの噂を肯定するものだ。

しかし、ある意味、それ以上なのは美神で、臨月を迎えた大きなお腹を抱えている。

「手紙では聞いてはいたが、やはり、聞くと見るは違うものだ」

「そうよ、母親になるってことに比べたら上級魔族をぶちのめす仕事をする方が楽だわ」
屈託なく笑う美神。

「今は時間が惜しい、挨拶はそれぐらいにしてくれ。だいたい、遅刻とは事態をどう思っているんだ」

「あせると小皺が増えるわよ」美神はワルキューレのいらだちを軽くいなす。
「私たちだって遊んでいたわけじゃないわ。敵に関する情報をまとめるのに、ギリギリまでオカGの研究センターではっぱ(発破)をかけていたんだから」

「昨日の今日で、敵の正体とかが判ったのか?!」

 
「さすがに、『全部』ってわけじゃないけど。」
 美智恵は手にしていたブリーフケースを差し出し、
「敵の切り札について、特徴とか限界は、ある程度明らかにはできたわ」

「横島を無力化しコントロールした方法か? 何かの呪式ウィルスと聞いているが」
とワルキューレ。

「超々微小使い魔というところかしら。どちらかというと、今、はやりのナノマシーンといった方が近い代物ね。そいつは、体内に入ると意志中枢や霊的中枢なんかに食らいつき、親玉が自由に操れるように人を作り替えてしまうのよ」

「仇敵でも僕(しもべ)に変えてしまうわけか。やっかいそうだな」

「そうでもないわ。伝染病のような感染力はなく、体にダイレクトに注入されない限り、感染することはない代物よ」

「ウチのヤドロクに幼稚園児並の警戒心があれば、こんな事件は起こらなかったんでしょうけどね」
不愉快そうに口を挟む美神。

「あと、人用に特化させたもので、人には絶大な効果を持つけど、他には効力はなし。ピート君が志願して試してみたけど、特に問題は出なかったわ」
そう言った美智恵は、ベスパの方を向き、
「ということで、あなたなら、たとえ体に入れられても大丈夫ってこと、魔族の方はまかせたわよ。」

「アシュ様の平穏を邪魔しようとする奴をぶち殺すのは引き受けるが、プローブの方はどうするんだ。きっちりと作り込んだものなら、上級魔族級の”力”を持っている可能性だってあるだろ」

『でしょうね』という感じにうなずく美智恵。

「アンタの強いのは判っているが、いけるのか? ヤバくなったら、手伝わないわけにはいかないが、アタシの”力”は以前ほどじゃないって知っているだろ。アテにされても困るからね」
なお、中級魔族級はあると思うが、1年の命と引き替えに得ていた強大な戦闘力は過去の話だ。マイト数だけで言えば、目の前のワルキューレの方が上だろう。

「成算はないこともない、ってところかしら。敵がプローブを制圧した後、それを横取りするって手もある。それに、一枚だけど切り札もあるし」
そういうと美智恵は、対戦車ライフルを操作し一発の銃弾を排出する。
「この弾は、対アシュタロス用特殊ナノマシーン封入弾。アシュタロスの霊基構造に基づき効果が出るように調整されたナノマシーンが入っているわ。この、2mの鉄パイプを担いでいくのも、この弾を使うためよ」

「そんなものが?!」対主用の武器が存在したことに怒るよりあきれるベスパ。

「これは昨日、横島クンを取り戻す作戦で手に入れたモノで、残党連中が造ったのよ。一朝一夕にできる代物じゃないから、アシュタロスが健在だった頃から研究していたんでしょうね」
皮肉っぽく指摘する美神。

「味方のくせに! ひょっとして、裏切る時のためか?!」吐き捨てるベスパ。

「まあ、アシュタロスだって、真意をほとんどの部下に教えてなかったんだから、おあいこでしょうけど」

睨むベスパの視線を流す美神。

美智恵は、弾を戻しながら、
「本物には百万発撃ち込んだところで効果のない代物だけど、プローブの機能を麻痺させる程度の効果は期待できるみたい。敵も同じものでプローブを捕獲するつもりでしょう」

「それでも、心許ないな。そもそも、どうしてここにいる面子でやるんだ。魔族内のゴタゴタで情報部の尻拭いだから、他の連中を加えたくないのは判る。しかし、美神は員数外だし、この人数じゃ、”手”も戦力も足りないんじゃないか。美神や美智恵の知り合いには黙って協力してくれそうな奴はそれなりにはいるだろう」

「美智恵の時間移動能力では、百年以上の時間を遡り、ピンポイントの時間に送り込める質量は、美智恵自身にもう一人分が精一杯ってところだ」

「もう一人‥‥って、ワルキューレ、お前も来ないのか!」

「そうだ、オマエを外すわけにいかない以上、私は留守番だ。あと、土偶羅が頭部だけで付きそう」

「頭だけねぇ。そこしか取り柄がないから問題ないんだけど」
ベスパは、ちらりと元上司を見てから。
「そういえば、ポチ‥‥ じゃなくて横島に手伝ってもらえないのか? 文珠があれば、送り込める人数を増やすことができるだろう」

「うちの亭主は、敵のナノマシーンのおかげで、未だに意識不明で入院中」
さすがに表情がかげる美神。すぐに、気を取り直した声で、
「ウチの亭主は不死身だし、おキヌちゃんもついているから、間違っても死ぬことはないんだけど、意識を取り戻すには少し時間がかかりそうなの。文珠の生成ができるようになるにはさらに時間がかかるわ」

「時間? 決まった時点には戻れるんだから、1週間後に試みても同じだろう」

「時間がたつほど、魔法陣のシュプールが怪しくなる。横島の回復は待てない。他にも幾つかの理由で、この時点での時間転移がベターというのが土偶羅の判断だ」
『議論の時間は終わった』という感じでワルキューレが、準備にはいるよう促す。


美智恵と土偶羅が時間転移の打ち合わせに入り、ワルキューレもそれに関係する機器の調整に入る。

時間待ちの間、敵の情報について目を通すベスパ。

 おおよそ見終えた頃を見計らった美神が、傍らに来る。
「結婚式の時に招待したのに来てくれなかったでしょう。亭主が残念がっていたわよ」

「すまない。どうも顔を会わせてしまうと色々と思い出してしまうからな」
ベスパは申し訳なさそうにそう言った後、多少、わざとらしくはあるが明るい声で
「それより、ずいぶん大きなお腹だな。順調そうで何よりなことだ」

「今のところ、順調すぎるぐらい順調に育ってくれているわ。さすが、亭主の子どもね、何があったって平気って感じよ」

 『母親の方もあるだろう』という言葉を飲み込むベスパ。
「で、聞くのは人のマナーに反することだろうが、娘なのか?」

「娘ね。息子でも同じなんだけど、娘となればなおさらよ。『宇宙意思』もタチも悪いことをするって思っているわ」

「それで‥‥」少し躊躇するベスパだが、意を決し、
「覚悟を決めたのか?」

「覚悟?! そんなの決まるわけないじゃない。今決まっているのは、『蛍子』って名前と美神令子の名に賭けて、この子を元気に生むことだけ。それ以外のことは、今でも、一日ごとに、結論が違うわ。おかげで、仕事は手がつかないし、目を離した隙にヤドロクは女魔族にたぶらかされるわ、散々よ。」

「すまん、姉さんのために、今でも苦労をかける」ごく自然に頭を下げるベスパ。

「そんな殊勝な台詞を言う気があるのなら、この子が生まれる時には絶対に来なさい。あなたにもこの子の行く末を見届ける責任があるんだからね」

「わかった。その時に生きていれば必ず来させてもらう」

「準備ができた。ベスパ、こっちに来てくれ」

ワルキューレの呼びかけに話を止める二人。

声に応じ、ベスパは、外された土偶羅の頭部を無造作に抱える。ふと、表情を堅くし、
「そういえば、アタシや姉さん、パピリオのデーターがあるということは、その時にデーターの持ち主たちは死んだってことじゃないのか?」

「どうだろうなぁ。アシュタロス様なら、生きている人間からでもデーターの採取はできるからな。かならずしも、当人たちが死んでいるとは言えんぞ」
その質問を予想していた土偶羅は、用意した答えをよどみなく答える。

 言っていることは嘘ではないが、魔神たる主人が、生きている人間からわざわざ霊基構造のデーターの採取するとも思えない。

「そんなものなのか。まあ、そいつらに会いたいわけじゃないし、それはいいか」
どこまで考えているのか、あっさり納得するベスパ。



「なんか、嫌な感じなんだけどねぇ」
魔法陣の中央、時間移動のために精神を統一している美智恵の足下に体を横たえたベスパが、不服そうに声を上げる。

脇に置かれた頭部だけの土偶羅から伸びた何十本もの極彩色のケーブルが全身にからみつき、先端が、ボディアーマーの隙間から体のそこここに食い込んでいる。ケーブルは、それぞれ意志があるかのように微妙に蠕動を続けている。

「文句を言うな。」
 魔法陣の外でサポートシステムを操作するワルキューレが苦笑いと微笑みが半々といった顔つきでたしなめる。
「お前の霊基構造の一番底にあるデーターにアクセスするんだから、霊基構造を剥き出しにする必要があるし、美智恵にお前のエネルギーを廻すことも必要だ。不快さを低減するために、首から下の所で神経を封鎖しているから、何も感じないはずだろう」

「だから、余計に変なんだ。まるで、見たくもないD級ホラームービーを見せられているみたいな心持ちだ」

「カルト教団の生け贄になり、その邪神に襲われているヒロインに見えないこともないか。もっとも、オマエがヒロインなら、最後は、自分の手で邪神を粉砕して終わるだろうがな」

「当たり前だ! マッドサイエンティストに解剖されたりゾンビに追いかけ回されたりして悲鳴を出すだけの能なしヒロインと一緒にしないでくれ」

「どうでもいいけど、あんたら人界からどんなソフトを入手して見ているの?」
なんとなく話がかみ合ってる二人にあきれる美神。

「魔族にとっても、人間の想像力は魅力的で参考になる。上司は夢魔の一族の出だが、『○ルム街の悪夢』の熱烈なファンだ」

‥‥ ツッコミどころに迷う美神。

そうこうしているうちに準備が完了し、美智恵のスタンバイも終わる。

「こんな体じゃなきゃあ、私が出向くとこなんだけど。ママ、それにベスパ、土偶羅、任務なんてどうでもいいから、その魔族をしっかりぶちのめしちょうだい、頼んだわよ」

「もちろん、美神の身内に手を出した報いは、しっかりと受けさせてきてあげる」
そうウィンクすると、美智恵は、ベスパから流れ込むエネルギーを時間移動のためのそれに転換していく。

 満足気な美神は静かに状況を追うが、視野の端に動くものを察知した。このあたりの観察眼の鋭さは、他に類を見ない。そして、状況判断能力の迅速さも。
「ママ、転移をやめて!! この魔法陣にはトラップが仕込まれているわ」

娘の叫びよりコンマ0何秒早く時空の歪みに異常があることを感じた美智恵も、移動を取りやめ集まったエネルギーを散らす。しかし、それは間に合わず‥‥

魔法陣が、一瞬で炎に包まれ爆発した。さほど、大きな爆発ではないが、足下につもったほこりを舞い上げ、視野がいったん閉ざされる。

「くそっ! こっちの出方を読んでいたか」煙の中からワルキューレの声がする。

「こちらは大丈夫! ベスパ、土偶羅も無事よ」
 土煙をかき分けるように美智恵が姿を現す。全身が煤けているが、それ以上の外見的なダメージはない。

「ママ、大丈夫なのね?」

美智恵は心配そうな娘を安心させるように微笑みを浮かべ、
「集まったエネルギーの大部分は、別の時間に散らすことができたわ。もっとも、歴史のどこかで謎の爆発事件の一つも起こっているでしょうけどね。それより、あなたの方は? お腹に障りはない」

「もちろん、こんなことで私もお腹の娘もへこたれるもんですか!」

「美神!」無事を確かめ合った母娘にワルキューレの鋭い声が飛ぶ。
「ベスパの様子が変だ、意識がない!!」



「死んではいない。肉体機能も最低限度まで落ち込んでいるが、そこで安定している」
 ケーブルでつながったままの土偶羅が、それを通じ集めた情報をまとめる。
「しかし、魂がなくなっている。ちょうど、分離中だったから、爆発で飛ばされてしまったに違いない」

「魂が飛ばされただと! どこへだ?」無意味だが、辺りを見回すワルキューレ。

「いつ? という質問の方が適切だと思うわ」美神はワルキューレの言葉を訂正した。


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