椎名作品二次創作小説投稿広場


悲しみの代価

絆し


投稿者名:朱音
投稿日時:05/ 6/25

暗い。
とても暗い場所だ。

その場所には三つの培養カプセルがある。
人一人を優に収納できる培養カブセルの蓋は、既に開いている。

出てきたのは三人の女。
無論、出てきたばかりなのだから裸体である。

しかし、裸体であるが故に解る事もある。
人ではありえない姿。
どこか昆虫を連想させる個性豊かな三人の女。

全く異なる姿を有しながらも、この三人の女は姉妹である。
『うまれた』ばかりの彼女たちは確りと地に足を着け、眼前にいる男に頭(こうべ)を垂れる。

「「「おはようございます。アシュタロス様」」」

「ああ、おはよう」

三人の娘達。
愛しい娘達。

寿命を縮め、より強さを与えた娘達に。
培養カプセルから初めて出た日に、父たる人は。

死の宣告を告げた。

娘達は笑って受け入れ、尽くす事を決めた。

余りにも短い時間の全てを、捧げると。

誓ってしまった。






美神GS事務所の一室では、異様に疲れている一団がいた。
肉体ではなく精神的にだ。

何せ彼女達は今まで過去に行き、美神にいたっては衝撃的な事実を突きつけられてしまったのだ。
彼女の前世が、魔族であると。

そして・・・

「確実に・・・追われるわね」

前世で美神は自身を作り出した父と呼べるヒトの物を奪った。
それは、その人にとってこれから必要になる物だと言っていた。
今はおそらく自分の魂と融合しているであろうそれ、名をエネルギー結晶。
莫大なエネルギーを内包している結晶体。それとも結晶化したエネルギーだろうか?
どちらにしてもとんでもない物を、彼女は抱えている事に違いは無い。

とにかく、今は休みたかった。

だが、時(とき)はそれを許しはしなかった。
間をおかずに事件とは起こるものである。
なんの不幸なのかは解らないが。


『侵入者!!』

脳髄に響いた「声」は最近では慣れた人工幽霊一号のものだ。
ただし、何時ものように落ち着いたものではなく痛みを堪えている感じがする。

人工幽霊一号の叫びとほぼ同時に、美神は先ほどまで緩んでいた気を引き締める。
手には何時もの如く神通棍が握られ、すぐにでも動けるように神経を尖らせる。

「・・・本当にこの人間?」
「みたいでちゅ」
「えっと、美神令子・・・間違いないわ」

美神が体制を整えてから数瞬、三人の女は当然とばかりに壁に穴を開け美神たちの前に姿を表した。
三人の内一人は明らかに子供で、後の二人には頭から触覚が生えているのが見える。
一見して人ではないことが解る姿。
そして何より場の空気を支配する霊圧に、背筋に冷や汗が流れる。

前に何度が魔族と対峙した事は有る。
だが、その時の恐怖すら圧倒する存在感に、思わず距離を開けようと足が下がる。

シロとタマモにいたっては硬直し、ヒャクメは顔の血の気が引き青白くなっている。


「じゃあアッシュ様の言っていた通りね」

「美神令子、いいえ。メフィス。アシュタロス様の命により貴方を迎えに来ました」

要点のみを告げる女に、美神は頭を抱える。
一体どんな因果が廻っているのか、本当に知りたくなった瞬間だった。



それを眺める一対の目。
やはりと言うべきなのか、横島の下僕であるキロウが実につまらなそうに眺めている。
無論の事、存在に気付かれない為に文珠を用いて存在を隠しているのだが。

実の所、彼にとって重要なのは、今美神が三人の魔族に勝てるか否かではない。
かと言って、負けるのを待っているわけでもない。

観ているだけ。
そう、ただ観察しているだけなのだ。

この後、美神がどうするのか。
魔族たちはどうしようというのか。
ただ観察してこの状況を主に伝えるのが、彼の今回の役目である。

主・・・つまりは横島であるが、すでに彼の予想していた範疇はこえている。
あまりにも性急に育つ『枝』は、如実に『樹』の意思を現実化していく。
それ故に今、こうしてズレが生じているのだ。


キロウの知る限りでは、魔族の女達は美神がメフィスだとは知らなかったはずである。
はず、と付け加えるのは後に教えられた情報であり自分自身で体験した事では無いからだが。
美神が魔族メフィスの転生体であることは、ごく一部の人物しか知りえていなかった。
故にピンポイントで美神を最初から狙いはしなかった、と言うよりも出来なかったと言うべきだろう。
本来ならば『知らない』はずの情報が、既にアシュタロスに伝わっている。


だが、まぁ良いかと、それも又一興かとキロウは思う。
なぜならば、キロウの主は別段怒りを感じている訳でもなく、かと言って不満がある訳でも無さそうなのだ。
成らば与えられた命をただ守れば良いだけのこと。
眼下では、いまだに美神と魔族の女達が何かしらを言い合っているようだが、突き詰めてしまえば美神が理不尽さに不平不満を述べているに過ぎない。

だんだんと美神の態度に苛立ちが募って来たのだろう、三人の中で一番髪の長い女魔族が攻撃態勢に入ったのが見て取れる。
幾分か雲行きが怪しくなり始めた。
それでもキロウは動かない。

先にも述べたが、キロウが受けた命は観察。
それ以上でもそれ以下でも無い。

だが、流石に死なれては困る。

キロウが動こうとした時、状況に変化が生じた。
「・・・ほう。もう動きだしたか」

爆音を轟かせ、一台のバイクが乱入したのだ。






一台のバイクが美神と魔族の間に割って入りその場は騒然としていた。
家主としては勝手に事務所を破壊するなと怒り、総攻撃をしたいところではある。
だが、それはしなかった・・・と言うよりも出来なかったと言うべきか。

突然の事に驚いたのは、魔族たちも同じだった。
バイクに乗っていたのは体つきからして女性。
その女性が飛び込んだままバイクから飛び降り、バイクを魔族にぶつける。
もちろん、その程度で魔族が倒れてくれるとは思いはしないが、突然の事で三人の女魔族の中で髪を肩口でそろえていた女に当たる。
当たった瞬間「ルシオラしゃん!」と少々幼児じみた声が聞こえた。

女はその事に気を止めずに素早く結界札を四方に飛ばす。
結界の出来る衝撃波で魔族が事務所内から吹き飛ばされるのを確認してからも、今度は張った結界の内部にさらに結界を張る。

魔族たちが引いてからやっと女はヘルメットを脱いだ。

美神はその女性を知っていた。
良くと言うほど接してはいないが、確かに知っている。

風になびく事の無い結い上げられた金髪。
崩れるところを見た事が無い美貌。
なにより、見慣れた自分に酷似している、否自分がこの女性に似ているのだ。

名を美神美智惠。

正真正銘、美神令子の母親である。


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