時は流れ、世は事もなし 遡行 2
(幾つかのターミナルを経て)ベスパとワルキューレが着いたのはコンクリートがむき出しになったホールであった。建設途上で廃棄されたビルの一フロアらしい。
もっとも、足下に描かれている魔法陣が、この場所がただの場所でないことを示している。
裸電球の明かりの下、その魔法陣を避けるように、幾つかの機器を載せた折り畳み式の長机が二つ並べられ、パイプ椅子が五脚ほど広げられている。
「おや、まだ廃棄処分になっていなかったのか?」
ベスパは、半ば親しみを込めて、パイプ椅子に、ちょこんと腰を掛けている元上司に声をかけた。
「ふん! お前こそ、まだ生きているとはな。計算によると、オマエの無茶な生き方では、とうに死んでいないと確率的におかしいんだが」
憎まれ口を憎まれ口で返す土偶羅。
首から下の外装の一部が外され、その隙間から引き出された何十本ものケーブルが机の上の機器と接続されている。機器は、情報部のメイン計算鬼にダイレクトに接続するための端末のようだ。
‘解析センターの主任まで引っ張り出すとは、情報部も本腰を入れているようだね’
土偶羅の今の地位から、あらためて、状況の切迫度を実感するベスパ。
「あんたの確率計算が当たるのなら今頃、アシュ様を頂点とする宇宙秩序ができあがっているはずじゃない」
それにも言い返そうとする土偶羅だが、ワルキューレの咳払いで沈黙する。
「助っ人はまだなのか?」土偶羅以外、誰もいない様子に不服そうなワルキューレ。
「まあいい。土偶羅、今のうちに、概要を説明しておいてくれ。」
「今から三日前、横島が拉致された」
「横島が拉致だと?!」自分の主を制した人間が、あっさりと出し抜かれて欲しくない。
「女房が産休中で、相手は女の魔族だ」ワルキューレが苦い口調で口を挟む。
その説明で納得するベスパ。
「その横島は、昨日、オカルトGメンが解放したのだが、その前に、主犯の魔族が横島の精神を操作し自らを時間移動させた。ちなみに場所はここで、そこの魔法陣は、時間移動のサポートシステムだ」
「横島に時間移動能力があるとは知らなかったね」
「文珠は霊能の範疇を越えた反則技だ。できたとしても驚きではない」
「何のための時間移動だ? ”あの時”に戻って、アシュ様を勝たせるとか‥‥」
「その試みに意味はない」否定する土偶羅。
「”あの時”は、アシュタロス様自身が、他の時間線からの干渉を防ぐために妨害霊波を張り巡らせている。それを回避する手もあるが、こうして”現在”が存在している以上、”現在”を否定する干渉はパラレル世界を一つ生み出すに過ぎない。」
「そんなものなのか」
真面目に考えれば、過去への干渉など矛盾点が山盛りになることは判っている。ベスパは土偶羅の説明をそのまま受け入れた。
「そういえば、アシュ様の復活って話だったな」
「そうだ。敵の目的は、アシュタロス様を復活させるのに必要なコア(核)になるモノを回収することだと思われる」
土偶羅の言葉を補足するようにワルキューレが、
「ゼロから復活させるとなると、どうしても、大がかりになる。今までがそうであったように、そうした試みを発見・阻止することは簡単だ。しかし、コアがあれば、それに魔力を付与すれば復活する。その程度の試みだと見つけだすこと−阻止することは不可能に近い。従って、回収された時点で、我々の負けだ」
‘『我々』‥‥ か、何時の間に、仲間になったのか?’と思わないではないベスパ。
非建設的な感慨と思い直し、
「そんなコアがどこに‥‥ じゃなくて、何時にあるんだい? コアになるだけの物となるとアシュ様の一部ということだろ。何時の時点でも、アシュ様から、そんなものをかすめ取れるとは思えないんだが」
魔界きっての実力者の身だ。警護も半端ではないし、何よりも、神・魔両界の最高指導者に匹敵する本人の”力”がある。格下の者がどうこうできる話ではない。
「それが、一つ可能性があるのだ」土偶羅が、話を引き取る
「コスモ・プロセッサに関する全てを即時・無条件・完全破壊するという取り決めが神・魔・人の三界で合意されたことは知っているだろう」
「知っているというか、思い出したくないね」
吐き捨てるベスパ。コスモ・プロセッサの情報を求める情報部から、拷問すれすれの尋問を受けたことがあった。
「あの時は済まないことをした。」
気持ちを読んだのか、心底すまなさそうな表情で、ワルキューレが謝罪する。
「気にしてないとは言わんが、今は、本題を進めてくれ」
「残骸の処分の他に、当然のことだが、研究データーの廃棄も行われている。その廃棄の過程で、一部のデーターが、情報部の裏切り者の手で今回の連中に流出した」
ベスパは、今の説明に苦り切るワルキューレに目を向ける。彼女自身、情報部の不祥事の尻拭いに駆り出された口だろうと見当をつける。
「流出した情報自体は、日常業務の記録みたいな物で価値はないのだが、その中に、アシュタロス様自身のプローブ(探査体)が一つ、100年ほど−厳密にいえば110年前、1893年に日本で喪失したという記録が残っていた。どうも、連中は、その情報から今回の計画を思い立ったようだ」
「それで、過去に戻って回収‥‥ なんか、原因と結果が逆転というかループしてるんじゃないか?」
「この程度の時間パラドックスは、無視するのが一番だ。無視しても実害はない」
さりげなく投げやりなことを言う土偶羅。
「喪失の記録があるってことは、敵が回収に成功したってコトだろ。なら、今更、何をしても無駄じゃないのか?」
決定した出来事をひっくり返しても、パラレル世界を造るだけとは、今聞いたばかりだ。
「敵が(プローブを)手に入れる前に我々で破壊しても、結果は同じでパラレル世界は生まれない。実際、今この時にもアシュタロス様が蘇っていないのは、我々が、敵に先立ちプローブを破壊したためとも考えられる。厳密に言えば、我々がこれから破壊するわけだが」
「何だかややこしい話だね」 ベスパは、頭の中で状況を整理しながら、
「先に一つ訊かせてもらうが、そのプローブは、どんなものなんだい?」
「その時期は、アシュタロス様自ら何らかの計画を進められていた時期で、それに対応できる高性能なものを投入していた。具体的に言えば、自分の姿に模したタイプで‥‥」
土偶羅は、その情報をメイン計算鬼にアクセスしているのかしばし沈黙し、
「‥‥ 芦優太朗をイメージすれば一番近い。」
「アシュ様の姿をした御方を、このアタシが『破壊』? ちょっと、引っかかるものが大きすぎるんだが」
「目標はプローブでご本人ではない。喪失の記録が残っている以上、破壊かそれに類する処置は絶対だ。さもないと、我々の持つ情報と矛盾をきたし、パラレル世界が生まれ、事態が混迷するだけだ。そうなれば、”現在”にも戻れなくなる」
「別に戻りたい現在でもないんだがな」ベスパはつぶやくように言ってから、
「そういや、話の中にあった『計画』って何なんだ? アシュ様自ら取り組んでいるんだろ」
「それは判らない。その記録にも、存在したという以上のことは、成功、失敗を含め記されていない」
「あまり、話を広げる必要はない。要は、敵がプローブを手に入れる前に、こちらで、プローブを破壊する。それだけでいい。」
ワルキューレが総括する。
「それから、オマエの気持ちは理解している。だから、プローブの破壊はオマエにやれとは言わない。そっちは今から来る美智恵が何とかすることになっている」
「美智恵? ひょっとして、美神も来るのか?」
『しまった』という表情を隠しきれないベスパ。
「そう二人とも来る」
「時間移動云々で気づくべきだったな。それにしても、どうしてそれを先に言わなかったんだ。聞いていれば‥‥」
「『来なかった』か、だから、今まで言わなかったのだ。」
ワルキューレはそう言った後、柔らかい表情になり、
「今更、『帰る』はなしにしてくれ。それに、そろそろ会う時期じゃないのか。美智恵にしても美神にしても、いや、あの渦中にいた全員が、オマエに何の隔意も持ってはいない。それどころか、横島なんかは、パピリオからオマエが無茶をしていると聞いて、何度も、様子を問い合わせに来るぐらいだ」
「だから、嫌なんだがな‥‥」
「任務である以上、私情は挟むな!」今度はぴしゃりと言うワルキューレ。
「それに、今回の任務には、美智恵の時間移動能力と共にオマエの存在が欠かせないのだ」
「私が‥‥ だって?!」
てっきり、復活阻止という任務の性格で、声が掛けられたと思っていたが違うらしい。
「美智恵の時間移動能力の場合、特定の時間座標に転移するとなると基準点となるものが必要になってくる。基準点の一つは、この魔法陣だ。時間移動の際の歪みが残っている。しかし、それだけでは、時間座標を絞り込むのに不足でな。そこを埋めるのが、ベスパ、お前ということになる」
「冗談はよしな! アタシは、四年前にアシュ様に創造された使い魔で、百年以上も前の日本にゃ何の関係もないはずだよ」
「その記録には、お前たちの霊基構造のデーターのことも記載されている。そのころにアシュタロス様自身がもたらしたとの情報もあったのだ」
「私の‥‥ それにパピリオ、ルシオラ姉さんの霊基構造もだって。ということは、私たちは、その時代に前世を持っているのか!」
「お前たちの前世ということではない。今のお前たちの霊基構造体は、そのデーターをベースにはしているが、あくまでもアシュタロス様が造り上げたものだ。データーの持ち主とは直接関係ない」
「アシュタロスのプローブの喪失とオマエたちの霊基構造のデーターの入手、未来からの介入、これらの件全てが相互に関連している可能性は、計算では約80%になるそうだ」
「精確には82.1487%」訂正を入れる土偶羅。
「つまり、十分に考えられると言うことだ。お前の霊基構造体に残っているデーター元を使うことで、事件の焦点となる時間に直接アプローチが可能だ」
横島がオカルトGメンに開放されたとありますが、横島は何かをやらかしてオカGに拘束されていたのですか?
にもかかわらず、女房が産休中?(長期の拘束ではなかったのかな?)
しかも、女房が産休中だと横島が拉致されても納得???
ん〜、判らないです。
続きを読めば判るのでしょうか??
それと、土偶羅のしゃべり方の区読点はわざとでしょうか?
原作ではこんなしゃべり方ではなかったと思います。
あと、1話の話自体が短くてちょっと物足りないです。
今回、ちょっと辛口の批判かもしれませんが、
その分期待していると思っていただけると助かります。 (tomo)
ちなみに↑のtomoさんのコメントをみて思ったんですが私としては”横島君が女房(鬼)の産休中(居ぬ間に)悪さ(浮気)をしようとして色香にだまされ拉致されたところをGメン(ロン毛)に助け出された。”という風に解釈しています。間違ってませんよね?(ちょー不安w)
ただ私も少し話が短いかなと感じました。でも物足りないと感じるのは物語が魅力的で次が読みたいからだと思います。頑張ってください。 (西山)
>横島がオカルトGメンに開放されたとありますが‥‥
上の西山様のフォローの通りです。言葉足らずだったかもしれません。
>それと、土偶羅のしゃべり方の区読点はわざとでしょうか?‥‥
少し有能そうな感じを出そうと思ったのですが、滑ったようですね。
>ちょっと辛口の批判かもしれませんが、
理不尽でない限り、無視されるよりはよほどマシです。これからもよろしくお願いします。
西山様、連続で評価&コメントありがとうございます。また、tomo様の疑問に対するフォローも感謝します。
長さについてですが、『1』をプロローグにして『2』と『3』を一つにした方がよかったかもしれませんでした。また、なにか気づかれて点があれば、よろしくお願いします (よりみち)