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山の上と下

7 様々な出会い・後編


投稿者名:よりみち
投稿日時:05/ 6/ 5

山の上と下 7 様々な出会い・後編

昼間の連中の出現にあせる横島。取りあえず、辺りを見回すが逃げる余地はない。

おろおろする横島をそのままに、シロは落ち着いた態度で追っ手たちに向かい、先ほどの横島との会話−ご隠居の所在−を話す。

「シロ様! そ、それは‥‥」
ようやく我に返った横島は、口を挟もうとするが後の祭りだ。

「これが横島殿にとって一番良いやり方なのでござるよ。」
 シロは、屈託のない顔で答える。

一番偉そうな態度の武士−野須−が、追い打ちをかけるように、
「その通り。犬塚殿は、お前が牢抜け一味になるのを救ってくれたのだ。」

「『牢抜け一味』って、ご隠居さまたちのことですか?!」
思わず叫んでしまう横島。何となく拙い気がして追われている理由は聞かなかったが、そんな重罪とは思ってもみなかった。

「そうだ。お前をその一味として捕らえ、今の話を吐かせることもできたが、犬塚殿に止められてな。」

「横島殿は事情を知らなかったようでござるからな。昨日今日の同行で、一味扱いは酷というものでござる。」

「なら、さっきのは? あんな形で聞き出すなんて、まるで詐欺じゃないですか。」

そこは引け目を感じるのか、シロは顔を曇らせ、
「横島殿はご隠居という人に恩を感じていたでござろう。恩人を売る形ゆえ、そのまま尋ねても話しにくいと思ったからでござるよ。それを相談したら、横島殿が話しやすいようにと、田丸殿がさっきの筋立てを考えてくれたのでござる。」

シロの言葉に年かさの武士−田丸−がうなずく。

‥‥ 釈然としない横島だが、少女が自分の立場を考えてくれたことは判る。

「それにしても、こんな愚かな奴にしてやられたかと思うと腹がたつ。」
「あの崖を飛び降りた度胸は敵ながらあっぱれと思ったが、それがこんな間抜けだとはな。興ざめもいいところだ。」
「我が身が囮に使われたことも気づかない愚か者ということさ。」
「いや、その囮も務まらん小僧を使うとは、奴らの底も見えたというところか。」
「まあ、所詮は、ジジイと痩せ浪人、それに女男。昼間は地の利を得ずしてやられたが、今度は目にもの見せてくれる。」


ミスを挽回できたことで調子に乗り、口々に好き放題を並べる追っ手たち。

耳障りの悪い言葉が頻出する会話にシロは不愉快そうに顔をしかめる。

ひとしきり嘲笑った後、まとめるように野須が、
「おい、小僧! 下郎の身であるから致し方ないが、餌をもらったからと言って、相手も考えずに尻尾を振るのは、その辺りの野良犬と変わらんぞ。もう‥‥」

シロは我慢しきれないといった感じで、
「野須殿! 恩人や仲間と思った人のために命を賭けたことは、”義”という点では褒められる振る舞い、『犬』呼ばわりは少し酷でござろう。」

「小賢しげに口を出すものではない!」叱るような口調で野須が一喝する。
「子どもが”義”などを語るは十年早い。それに、郷士風情が、我らの言葉に口を挟むのも、分を弁(わきま)えぬものだ。」

その言い様に、シロの顔に赤味がさし怒りを示す。

野須はその表情に気圧されるものを感じ、半歩ほど後ずさる。

「あの〜 お話中、申し訳ないんですけど、」
 間の抜けた横島の声が、高まりかけた緊張感を乱す。
「聞き出したことは、聞き出したわけですから、もう用済みですよね。ご隠居たちを追っかける理由もなくなったんで、引き返したいんですが。」

水を差された形になったシロは横島を睨むものの、落ち着いた顔つきに戻る。

険悪な空気を変えようとした意図を酌んでくれたことにほっとする横島。

そんな気配りを感じない野須は、不機嫌そうに、
「すっかり忘れておったわ。居ても目障りだ、さっさと失せろ!」

「ありがとうございます。」追従笑いを浮かべた横島はお辞儀を繰り返す。内心では、
‘見てろよ〜 夜通し駆け抜けて、待ち伏せしていることを知らせてやるからな。’
と思っているのだが。
「じゃあ、そういうことで、失礼します。」

「待て!」鋭い声が駆け出そうとしていた横島を呼び止める。

‘?!’いやな予感に囚われながら足を止める。

それまで、沈黙を守っていた田丸重々しく、
「まさか、先回りし、我らのことを知らせようなどと思ってはいないだろうな?」

‥‥ 内心を言い当てられ緊張する横島。

「まあ、それはいい。」田丸は自分の出した疑問をあっさりと流し、
「キサマは、知らぬこととはいえ一味に手を貸したわけだ。その罪滅ぼしをさせてやろう。」

「な‥‥何をすればいいんです?」

「奴らは、キサマが我らと出会ったことは知らん。何喰わぬ顔で、連中の元に戻り、こちらが指示した場所に誘い出すのだ。」

「なるほど、網を張った所に誘い込めば、あの用心棒二人にも十分勝算が見込めるということだな。さすが、当藩きっての”人外改め”‥‥」

「野須様!」遮る田丸。『人外改め』は、武士が自慢できる役職ではない。

 失言に気づいた野須は、誤魔化すように、
「そうだ、小僧に、一服、盛らせてはどうだ? 適当な”薬”を使えば、あの用心棒たちも生け捕れるのではないか。そうすれば、コケにされた憂さ晴らしもできる。」

その傲慢な口ぶりに、再び、顔をしかめるシロ。

一方、横島の方は緊張を解き、
‘何を言うのかと思ったらそんなことか。合流ができるのは同じだし、適当に引き受けておこう。’
そう決めると、神妙な顔つきで平伏し、
「判りました。不肖、この横島忠相、皆様のお役に立たせてもらいます。」

田丸は、平伏したままの横島に、懐から出した紙片を示し、
「なら、こいつに血判を押し、飲み込んでもらおうか。」

「何ですか、これは? 『血判』とか『飲み込む』とか、なんか物騒な話のような気がするんですが。」
 横島は受け取った紙片−呪符−を見る。

「なに、呪符としてはありふれたものだ。誓詞のようなモノで、我らを裏切れば、腹に入ったこれがお前の腑(たらわた)を食い破ることになる。」

「いっ!」絶句する横島、顔中から汗が吹き出してしまう。

「小僧! よもや、嫌とは言わないだろうな。」含み笑いを見せる田丸。

「飲まないと言うのなら、改めて、一味としてここで手討ちにもできるが、どうする?」
横合いから、野須が刀を抜くとこれ見よがしにかざす。

「手討ちだなんて、そんな‥‥ 俺は、本当に、たまたま一緒になっただけで、一味なんかじゃないんですから。」
おどけた感じで答えるが、声が引きつってしまうのを止められない。

「なら、さっさと飲み込め!」

 追いつめられ横島は、心の中で断を下した。
‘こーなったら、裏切ろっと。まあ、格さんやご隠居なら、俺が裏切ったところで何とかするだろう。’

そう決めると、せめてもの当てつけのために、ことさら辛そうな表情を造り、呪符に手を伸ばす。
「飲みます! 飲みますから、その刀を引っ込めてください。」

「そこまででござる!」呪符を手にしようとした横島を押さえるシロ。

野須は、再度、口を挟んだシロに、
「何?! キサマには関係のないことだと言っておるだろう。」

「さっきは、横島殿の手前、黙ったでござるが、もう我慢ができないでござる。たしかに、何事にも多少の策は許されるでござろう。しかし、悪人相手であっても、その恩を感じている者に裏切りを強要し、”呪”により縛ろうとするなど、”人”として恥ずかしくないでござるか。」

「餓鬼の分際で、口の利き方を考えろ!」

「思った通りのことを言っただけでござる。正直は、もののふの信条と父からも教えられているでござるからな。それに、人を『餓鬼』呼ばわりできる大人なら、その『餓鬼』の良き手本になってもらいたいものでござるよ。」

「おのれ言わせておけば‥‥ 少し痛い目を見るか?」
 野須は横島に向けていた刀を、さすがに、峰に持ち替えてだが、シロに向ける。

「どうも、穏便に物事を済ますことができぬ御仁でござるな。」
『バカはどうしようもない』とばかりに、挑発的に首を振るシロ。
「これでは、野須殿の話も真偽も怪しいもので‥‥」

「餓鬼め、後悔するな!!」野須は、そのまま横薙ぎに打ち込む。

?! 次の瞬間、野須は自分の目を疑った。

軽く差し出したようにしか見えない掌が刀(の峰)を受け止めている。
 そのまま掴まれた刀は、まるで万力にでも押さえられたように、ぴくりとも動かない。

振りほどこうと渾身の力を込めた瞬間、手を離され無様に尻餅をついてしまう。

部下の失笑を耳にし、頭から湯気が出るほどに激高した野須。
「お前たち、何を見ておる! その無礼者を討ちはたせ!!」

怒りに上擦った声にせかされるように田丸を除く五人が刀を抜いた。

シロは、自分に向けられた白刃を悠然と見渡す。わずかも恐れていないばかりか、これからの立ち回りを楽しみにしているかのように口元に笑みが浮かび、八重歯が覗く。

 その余裕に、取り巻いたまま動けない五人。

「ハッタリでしかない太刀を背負った小僧に、気圧されるとは恥ずかしくないのか!」

上役の叱咤に、顔を見合わす一団。

 たしかに、背にある五尺(:1.5m)に達しようかという野太刀は、よほど強力(ごうりき)でなければ使えない代物。まして、背負ったままでは抜くこともできない。
つまり、素手の、それも、元服前の子供に、大の大人五人が怯んでいることになる。たしかに、恥ずかしい絵には違いない。

気を取り直し距離を詰める五人に、シロは腕を肩越しに後ろにむけると、手にした棒の二股の所に鍔に引っかける。
「拙者の太刀がハッタリかどうかその目でよく見ておくでござるよ。」

 手首の振りだけで刀が鞘から抜け宙に舞った。

 落ちてくるところを、竹刀、いや枯れ枝のように片手で軽々と受け止め、構える。
「さて、誰が相手になるでござるか? 全員、まとめてでも良いでござるよ。」

そのデタラメともいえる怪力に、持ち直した戦意が、一気に萎えてしまう

成り行きを見ている形になっていた田丸が、落ち着いた声で
「お主たち、何を勘違いしておる! 刀を引け、犬塚殿は敵ではない。」

その声を、渡りに船と刀を引く五人。
尻すぼみな状況に苦笑を浮かべつつ、シロは太刀を放り投げ、落ちてくるところを鞘に収める。

 再度の技に、残っていたわずかな戦意も潰(つい)える。

「無礼の段、お詫びします。」
田丸は、そう切り出してから、巧みな−その分、誠実さの乏しい−言葉で言い訳と謝罪を並べ立てる。そして、それが一段落がついたところで、容儀を正すと、
「その素晴らしい腕を見込んで、犬塚殿には、たってお願いしたきコトがあります。」

「『腕を見込』むということは、助太刀ということでござるか?」

「その通りです。先の話にあったように、我らが追う者には二人の凄腕の用心棒がついております。その者を制するため、是非にその”腕”をお貸し願いたい。」

 田丸の提案に、野須は『拙いのではないか?』という視線を向ける。

 その傍らにいた男が代弁するように、
「田丸殿、我らの大切な使命に、どこの‥‥」『馬の骨』と続く言葉を飲み込み、
「関わりになき者を加わらせるのは拙いのではありませんか? それに、我らも選ばれた身、他の助勢を仰いだとなれば面子が立ちません。」

「面子? なら、あの浪人者の相手をお前にまかせよう。一合でも保てば、一番手柄として報告してやろではないか。」

「それは‥‥」それ以上言葉が続かない。

「他の者はどうだ? 手柄を立てる良い機会だぞ!」

‥‥ 顔を見合わせるが、誰も手を上げない。

その様子にシロは、「用心棒は、それほどの遣い手でござるか?」

「助さんなる者で拙者と互角。格さんなる者の強さは底が知れず、我ら七名でかかっても成算はありません。犬塚殿が怒られた策も、その力の差を考えた苦渋の末のコトなのです。」

「そうでござるか。それほどの腕前を持つ”人”がいるとは驚きでござるな。」
しばし考え込むシロだが、大きくうなずき、
「剣の道を志す者として、それほどの腕の持ち主がいると聞いて、見過ごすわけにはいかないでござる。」

「それは、お願いできるということですな。いや、ありがたい。我が主(あるじ)に代わり、礼を述べさせていただきます。」
その返事を逃さないという感じで、田丸は仰々しく頭を下げた。

シロは冷ややかに礼に応えた後、
「拙者が助太刀を引き受ける以上、正々堂々と戦いたいもの。横島殿を使うような姑息な策略は無用でござる。」

「もちろんです。ただし、この小僧、どうも油断がならぬ、コトがすむまで同行させますが、よろしいですね。」

「拙者が預かるという形なら。」シロはそう答え、視線で横島に確認する。

シロのお陰で窮地を脱した以上、同意するしかない横島。



その場で少し休み、出発する一行。
 野須たちと一線を画するように離れて歩くシロ。横島は彼女に従う形で続く。

しばらくして、横島はシロに話しかける。「あいつらとは何時知り合ったんですか?」

「横島殿が、村に戻った後でござるよ。待っていると、田丸殿たちが通りがかり、夜旅をしようとしている者同士、言葉を交わすうちに、横島殿たちの話が出たのでござる。」

‘結局、俺がもたもたしていたからか。それにしても‥‥’
”読み”というほど深く考えたわけではないが、小屋で手間取った分、一番遅れているものと思って、安心していた自分が情けない。
 もっとも、追っ手たちが、端女の姿をしたあやかしに翻弄され、遅れたことなど予想できることではないが。

考え込む横島の気持を勘違いしたのか、シロは心苦しいという表情で、
「あれほど胡散臭い者たちと判っていれば、横島殿のことも違った対応を取れたのに、申し訳ないことをしたでござる。出会った時には、野須殿にしても田丸殿にしても、もう少しまともに見えたのでござるが。今は、軽はずみに信じ込み過ぎたと反省しているところでござる。」

「もうすんだことですから、気にしないで下さい。」と横島。
悪気はないし自分のことを考えてくれたことは十分に理解している。
「それどころか、最後は危ないところを救ってもらって助かりました。」

「わずかばかりの罪滅ぼしでござる。」シロは、そう軽く手を振ると真剣な表情で、
「それに、横島殿ほどの人物、死なせるには惜しいことでござるからな。」

?? シロの大袈裟な言葉に横島は首をひねる。

「呪符を『飲む』と言ったのは、死を賭して”仲間”に危機を知らせようとしたからでござろう。”仲間”と思い定めた者のために命を捨てられるのは、なまなかの者にできるコトではないでござるよ。」

「そ‥‥そうですね。」
 横島は、開き直った行為を勘違いされていることに内心で冷や汗をかく。

「死を覚悟しても護りたいと感じさせるその方々とは何も知らない形で会いたかったでござるよ。」
 心底、残念がるシロ。

「それなら、助っ人は止めてもらえませんか? だいたい、あの連中、シロ様を利用したいだけですよ。」
 横島は声を潜め、嘆願した。
 漠然とではあるが、戦えば、双方、無事では済まないと感じている。この心地良いほど真っ直ぐな気性の少女と助さん・格さんのどちらにも傷ついては欲しくない。

「それは、判っているでござる。田丸殿こそ、多少マシではござるが、あんなもののふの志の欠片も感じられない連中の助太刀、本音で言えば、気は進まないでござる。」

「なら‥‥」期待を込める横島。

「しかし、一度、請け合った以上、もののふたる者、おいそれと、約束は反古にはできないものでござる。」
 そうぴしゃりと言った後、シロはにやりと笑い、
「それに、佐々木殿、渥美殿との手合わせは楽しみなコトでござるし。」

その微笑に、横島はなぜか獲物を狙う肉食獣を連想してしまう。


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