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六道女学院教師 鬼道政樹 式神大作戦!!

闇の試練!!


投稿者名:ちくわぶ
投稿日時:05/ 5/31

 そこは不思議な場所だった。
 洞窟の壁は黒水晶のような鉱石でできており、絶えず不思議な光を発している。
 この光のおかげで、洞窟の中はライトを使わずとも周囲を見渡すことができた。


 水晶が放つ光は、一定の間隔でその色を変化させていった。


 青から紫、紫から赤……。
 赤から紫、紫から再び青へと……。


 静寂の中で点滅する光を見ていると、まるで心の奥底を照らし出されているようでひどく気持ちがざらついてくる。


「チッ、どうもこの光はイライラするぜ…くそったれが……!!」
 不快感をあらわにした雪之丞の呟きが、反響音となって洞窟に響き渡る。
「この光は奇妙な波動を帯びているようだ。もしかしたら精神に干渉する物なのかも知れないな。」
 ジークは足を止め、壁の水晶に触れてみる。



「……!?」



 その瞬間、背骨の中につららを突っ込まれたような凄まじい悪寒が走り抜けた。
 自分の中に得体の知れないドス黒い物が湧き上がってくる感覚を覚え、ジークは思わず手を離してしまう。
 凍り付くような気分を味わったというのに、胸の奥はチリチリと焼け付くように熱い。
 心臓がドクドクと激しく脈打ち、暗い衝動が胃の底からせり上がってくる。
(うぐっ……こ、これは……!!)
 ジークは全身に冷たい汗をにじませ、目を見開いたまま固まってしまった。



「ジーク……どうかしたのかい?」
 異変に気付いたベスパが、胸元を押さえて固まっているジークをのぞき込む。
 パピリオも足を止めてジークを見る。
 ジークはしばらくするとゆっくりと振り向いた。
 その表情は、いつもと同じ平静なものだった。
「……いや、何でもない。石の先でちょっと切ってしまっただけだ。」
「結構ジークもドジでちゅね〜。」
 何でもないと聞いて、パピリオがやれやれと肩をすくめる。
「危ないから壁に手を触れるんじゃないぞ。」
「は〜い。」




 パピリオを先に行かせると、もう一度壁の水晶を見つめてジークは思いを巡らす。


 鬼の生誕の地と言われるこの場所…精神に干渉し、発光する謎の水晶。
 ある仮説を立てたジークの脳裏に一抹の不安がよぎるが、確証も得られないことをうかつに話すべきではないと思い、考えを振り払って先を急ぐのであった。












 それから10分ほど歩くと、大きく開けた空洞に出た。
 天井までは20m程もあり、床や壁、天井から大きな水晶が所々突きだしている。
 政樹達の前方にも1つ、体よりも大きな水晶がある。
 だが、政樹達が驚いたのはそのことよりも、洞窟のはるか奥深くから漂ってくる強烈な陰の気の気配だった。
 空気が淀み、肌がピリピリと刺激される。
 政樹達は身構えながら、慎重に足を運んだ。


 そのとき、洞窟の奥から風が吹いてきた。
 風はまるで「オオオオ……」と、亡者のうめき声のような音を響かせる。
 それは陰の気を含んだ、不愉快な生ぬるい風だった。


 風が吹き抜けたとき、異変は起こった。
 正面にあった水晶が激しく点滅し始めたかと思うと、紫色の不気味な光を発して弾け飛んだ。




 舞い上がった砂埃が晴れたとき、水晶のあった場所に妙な生き物が浮いていた。
 ぶよぶよと膨らんだまん丸な体に、たんこぶのように盛り上がっただけの頭部。
 ちょこんと飛び出ている四肢に、二本の角。
 小さな目に豚のような鼻と、大きく裂けた口からは黄ばんだ歯が覗き舌をだらしなく垂らしている。




「な、なんだぁ?」
 突然の出来事に雪之丞が思わず声を上げる。
「ありゃあ……餓鬼だべ。汚いしがっついてるし、オラが一番嫌いなヤツだべ。」
 醜悪な姿をなるべく視界に入れないように夜叉鬼が答える。
 彼女にとって、まさに夜叉丸の対極に位置する存在といえるだろう。
 餓鬼はふわぁ〜と臭い息を吐きながらあくびをし、政樹達の方を見る。




「あ〜、おなかすいたなぁ……あのさぁ、君たち食べていーい?」
 ヨダレを垂らしながら餓鬼はギラギラと目を輝かせる。
 その言葉に真っ先に反応したのは雪之丞だった。



「できると思ってんのかこのデブ!!」



「デブじゃないやい!!デブじゃないやい!!デブじゃないやい!!デブじゃないやい!!」



『デブ』という言葉に過剰に反応した餓鬼は、確かな殺気をみなぎらせる。



「お前ら全員ゴハンにしてやるーっ!!」
 餓鬼はその体を分裂させ、ちび餓鬼の大群となって押し寄せてきた。
「おなかすいたーっ!!」と叫びながら迫るちび餓鬼達に取り付かれる直前、雪之丞は魔装術で変身する。
「……ザコが!!」
 気合い一閃、雪之丞は霊力を周囲で爆発させて取り囲むちび餓鬼を吹き飛ばす。
 それだけであっさりと勝負は付いてしまった。
「けっ、準備運動にもなりゃしねぇ……。」
 そうひとりごちる雪之丞の背後から、政樹の声がした。
「雪之丞……少々まずいことになってきたで……。」
「あ?何が……。」
 そういって奥に目をやったとき、雪之丞は思わず言葉を詰まらせてしまった。


 次々と壁や地面から突きだしている水晶が砕け、今倒したばかりの餓鬼を始め、様々な妖怪が生まれ始めていたのである。
 一瞬にして政樹達は鬼や妖怪の大群に取り囲まれてしまった。
 前も後ろも、上も下も視界全てが妖怪だらけである。



「いいかみんな、絶対に離れるなよ!!」
 政樹の言葉に全員がコクリと頷く。
「この先がどこまで続いてるのかはわからへんが…一気に突っ切る!!」
 政樹は夜叉丸を呼び出し、身構える。




「行くぞ!!」




 その言葉を合図に、全員は一気に駆け出した。
 妖怪の群れに先陣を切って飛び込んだのは雪之丞と夜叉鬼だった。
 殴り、蹴飛ばし、なぎ倒しながら妖怪の群れを割っていく。
「やっと面白くなってきやがったぜ!!いくらでもかかってこいオラァ!!」
「ダーリンには指一本触らせねーぞ!!」
 生まれたての妖怪達は、その数こそ多いものの大して強くはないようだ。
「しんがりは私とベスパが引き受ける!!パピリオ、娑婆鬼は先生の傍に!!」
「わっかりまちた!!」
「おう!!」
 雪之丞と夜叉鬼の後を政樹達が追い、一行は飛びかかる妖怪達を跳ね返しながら洞窟の奥を目指すのだった。














 どれだけの距離を走ったのか。
 ふと気が付くと、妖怪達は生まれてこなくなっていた。
 道の先は開け、後を追ってくる数もわずかだ。
 ジークが追っ手を全て片付けると、ようやく政樹達は足を止めて休む事ができた。


「はぁ、はぁ…ものすごい数やったな…一度にこれだけの数を相手にしたのは臨海学校以来や。」
「さすがに食い飽きた、つー感じだぜ……。」
 額に大粒の汗を光らせ、政樹と雪之丞が呟く。




「坊や、パピリオ、2人ともケガはないね?」
 ベスパはかがみ込んでパピリオの服に付いたホコリを払ってやる。
「あったりまえでちゅ。あ〜んなザコじゃ話にならないでちゅよ。」
「けんど、なかなかスリリングだったべ!!」




 そんな仲間をよそに、ジークは1人洞窟の奥を見つめ続けていた。
「どうかしたんかジークはん?」
 政樹の問いに、ジークは首だけ振り向いて答えた。
「あれを……。」


 ジークが指す先には、今までの物とは桁違いの大きさの水晶がそびえ立っていた。
 洞窟の天井に届こうかという高さに加え、一周するのに2〜3分はかかりそうな太さだ。
 その特大水晶は全体から禍々しいオーラを発し、不気味に発光していた。




 道はそこで終わり、奥に続く通路なども見あたらない。
 つまりここが、地獄洞の終点ということになる。




「ここが地獄洞の終わりなんか……だが、このでっかい水晶以外に何も見あたらんし……どないすればええんや……?」
 政樹はとりあえず、その巨大な水晶に近付いてみた。






 その瞬間、世界が真っ白になった。
 激しい衝撃が体を突き抜け、空気が粉々に砕けんばかりの轟音が響き渡った。
 その瞬間、何が起こったのか政樹は理解できなかった。
 気が付くと地面に倒れ、天井を仰いでいた。
 後に仲間から話を聞いたとき、それは凄まじい雷であったと教えられたが、今の政樹にそれを知るよしもなかった。




「な……何がおこったんや……?」
 体を起こし周囲を見回すと、水晶の前に見知らぬ人影が立っていた。
 漆黒の束帯(そくたい:平安時代の着物の名称)に身を包み、凍り付くような霊気をまとった中年の男が政樹を見下ろしていた。




「人間か……愚かにもこの地に足を踏み入れ、力を求めに来たか。」
「お、お前は一体……。」
 男は袖を振るい、鉄扇をバッと広げる。
「わしは道真……貴様らも知っておるだろうが、太宰府天満宮にまつられておる菅原道真の片割れ…
 かつて朝廷に害をなしたのはこのわしよ。」
「あなたが……日本最大の怨霊といわれた……京の鬼!!」
「いかにも。もっとも……復讐の終わった今、わしはここから出ることはないがな。
 盟約により、訪れる人間に試練を与えるのがわしの役目だ。」



その言葉を聞き、政樹はかしこまって頭を垂れ、そして道真に近付いた。




「道真公、ボクはここでの試練を乗り越えれば強大な力が得られると聞いてやってきました。どうかお願いします!!」
「ふん、慌てるな。貴様らはこれより闇の試練にさらされるであろう。成功すればよし、さもなくば破滅するのみ。せいぜい苦しむがよいわ。」




「貴様ら…!?まさか……試練を受けるのはボク1人だけです!!」
「わしの知るところではない。この場に訪れた人間は皆、試練を受けねばならぬ。」
「待って下さい!!彼らは関係な……!!」




政樹がそう叫ぶも、道真は意に介せず両手を広げて水晶を仰いだ。







「鳴動せよ陰霊石(おんりょうせき)!!かの者達を深淵へといざなえ!!」







 道真がそう叫んだ瞬間、巨大な水晶が不気味に振動を始めた。
 振動はやがて空間のひずみを生み出し、政樹達は抵抗するヒマもなく歪みの中に呑み込まれていった。







「ふふふ……数百年ぶりの余興だ。せいぜい楽しませてもらうとするか……。」
 道真は邪な笑みを浮かべ、水晶の中に溶け込んでいった。















「いてて……。」
 雪之丞が気付いたとき、そこは四方を壁に囲まれた広い部屋の中にいた。
 どうやら自分はそのど真ん中で仰向けに倒れているらしい。
「一体どうなってんだ?」
 立ち上がって周りを見渡すと、部屋には出入り口らしき物は一切見あたらない。
 ふと目線を足もとにやると、すぐ傍に娑婆鬼とパピリオが倒れていた。




「おい、大丈夫かチビ共!?」
 雪之丞が2人を抱き起こして揺り動かすと、娑婆鬼もパピリオも小さくうめいて目を覚ました。
「あ、あれ?」
「ここは……どこでちゅか?」
「さあな……俺にもサッパリだ。先生達も見あたらねーし。」


 そう呟いたときだった。




「!!」




 背後に気配を感じた雪之丞は素早く振り返る。
 そこに立っていたのは、赤いバンダナにTシャツ、Gパン姿の男。
 そう、雪之丞の友人にしてライバルでもある横島忠夫であった。




「よ、横島!?なんでここに……!!」
「あーっ、ポチでちゅ!!」
「ミニ四駆勝負の時のリーダーだった人間だなや。けんどこいつ……。」




 雪之丞とパピリオは横島と個人的なつながりが深いだけに驚きも大きかったが、娑婆鬼だけは1人冷静さを失わなかった。
 それは、彼だけがいち早くある違和感に気が付いたからでもあった。




「体中からオラ達と同じ鬼のニオイがぷんぷんするだぞ……。」
「なんだと!?」




 横島は暗く冷たい目で雪之丞達を見下ろしていた。
 そして、ゆっくりと腕を上げると、無造作に小さな玉を放り投げる。



 それは紛れもない横島の能力『文珠』
 霊波を凝縮し、キーワードと共に解凍することで様々な効果をもたらすことができる能力である。



 そして、目の前に転がったその玉には『爆』という文字が浮かび上がっていた。







 ドォォォォォン!!







 爆風に巻き込まれる直前、雪之丞はとっさに魔装術を発動し娑婆鬼とパピリオを抱きかかえて跳躍する。
 離れた場所に着地した雪之丞が煙の向こうの横島を見やると、横島は眉1つ動かさずゆっくりと近付いて来ていた。
 その表情からは、およそ人間らしい感情を見て取ることはできなかった。
 あまりに冷たい、まるで機械のように無表情な顔だった。




「……俺の知ってる横島じゃねぇのは確かだが、能力は本物だぜ……どうなってやがる。」




 爆発が起こった地面はすり鉢状にえぐり取られ、その破壊力を物語っていた。
 横島は新たに文珠を出現させ、霊波刀に変える。
 そして、雪之丞めがけて霊波刀を振りかざしながら走り出した。
 雪之丞も身構え「面白れぇ」とほくそ笑みながら駆け出す。




 雪之丞と横島の体が重なり合ったように見えたその刹那……。
 雪之丞は右上段から振り下ろされた刃を紙一重で左にかわし、横島のみぞおちに重い右拳をめり込ませる。
 さらにくの字に折れ曲がって突き出された横島のアゴを、雪之丞の左アッパーが打ち抜いた。
 横島は大きく弧を描いて吹き飛び、地面に落ちた後も数メートル転がっていった。




 あまりの派手なふっ飛び方に、パピリオが思わず呟いた。
「ポチ死んじゃったんじゃないでちゅか?」
 動かなくなった横島に近付いて確かめようとするパピリオを、雪之丞が制止する。
「近付くな!!奴のことだ、死んだフリしてるだけかもしれねーぞ。」
 そう言って雪之丞は、さらにダメ押しの霊波砲を横島めがけて放つ。



 直撃を受けた横島の体は爆風が巻き起こした煙で見えなくなる。
 だが、雪之丞はニヤリと笑い煙の向こうを見つめる。
「野郎、やっぱり死んだフリしてやがったか。」
 煙が晴れると、そこにいた横島には傷1つ付いていなかった。
 霊力を凝縮したシールド『サイキックソーサー』で霊波砲を逸らし、防いでいたのだ。



 そして、横島はむくりと起きあがる。
 2〜3歩はよろめいたものの、再び霊波刀を構え雪之丞に向かってくる。
 多少のダメージは与えたにせよ、動きを鈍らせるには至っていないらしい。
 偽物とは言え、ゴキブリ並みの生命力に違いはないようだ。



「どういう事情なのかはわからねーが、奴は俺とやりあいてーらしいな。くっくっく!!邪魔するなよチビ共!!」




 雪之丞は心底楽しそうな声を出し、偽横島と激突するのだった……。















 そこは、荒涼とした土地だった。
 ゴツゴツとした岩が地面から突き出し、背の高い奇怪な植物が生い茂っている。
 空は暗雲が渦を巻き、ときおり激しい稲妻が大気を震わせていた。


 その土地の一角に、大きな遺跡があった。
 所々に崩れかけた壁や石柱が残るばかりで建物としての姿は失っていたが、かつてそこに巨大な建築物があったことを物語っていた。


 遺跡の中心には、対になった石柱が規則正しく並んでいる場所がある。
 王の間だったのか、招いた客をもてなすホールだったのかは定かではない。
 そこに、2人の男女の姿があった。
 男は倒れ、女はそばにひざまずいて男の体を揺り動かしていた。





「……ク、ジーク!!早く起きなよ!!」
「う……。」
 ぼやける視界の中で、金色の髪が揺れていた。
 肉感的な唇が、自分の名を呼んでいた。


(姉上……いや……違うな……ベスパ……?)


 それが誰なのかを思い出したとき、ジークの意識は一気に覚醒した。


「こ、ここは……!!」
「わっ!?」
 急にジークが体を起こしたため、ベスパは思わず声を出し身を引いてしまう。
 だが、ジークが無事なことがわかり、小さくホッとため息をつく。
「ベスパ、我々はどうなったんだ?」
「私にもわかんないよ……あのでっかい水晶が光ったと思ったら、いつの間にかここにいたんだ。」
「雪之丞や鬼道先生達は?」
「わからない……とにかく、ここにいるのは私達だけらしいね……。」
「そうか……。」


 ジークは立ち上がって辺りを見回し、黙ったまま考え込んでしまった。
 その表情は険しく声をかけづらい雰囲気だったため、ベスパは周囲の様子を歩いて見て回ることにした。
 流れる空気、空の色、生い茂る植物……
 それらを見ているうちに、ベスパは自分が身を置いている世界がどこなのか、少しずつ理解していった。


(ここは魔界だわ……だけど、この場所は一体……)
 ベスパは生まれてまだ時を経てはおらず、魔界に滞在している時間も多くはない。
 魔界の空気や雰囲気は知っていても、この場所に心当たりはなかった。
 軍に入隊してからは魔界での生活が中心となったが、彼女には知らない場所の方が多いのである。






 気がつくとずいぶんと遠くまで来てしまっていた。
 どうやらここは遺跡の外れらしい。
 目の前には、目が眩むような広大な大地だけが広がっていた。
 そろそろジークの元へ戻ろうと崩れかかった壁の下を歩いていると、視界の隅でわずかに何かが動いた気がした。
 素早くその方へ視線を動かしてみるが、物音や気配はない。
 気のせいかと足を踏み出したとき、背後を何かが駆け抜けていくのを感じた。
「……!!」
 振り返ってみても、やはり気配はない。
 だが、得体の知れない違和感が彼女の中に渦巻き始めていた。




 そう…気配は感じなくとも、誰かに見られている。
 それも1人や2人ではない……
 アシュタロスに作られた三姉妹の中でも特に戦闘に長けた彼女の感覚が、複数の視線を確かに肌に感じていた。


 ベスパは素早く近くの壁に背を預け、低く構えて神経を研ぎ澄ます。


(……こいつらプロだ……私がこんなにあっさり囲まれるなんて……しかし、何者なんだろう……目的は一体……)



 しばらくは何の動きもなく膠着状態が続いていた。
 だが、このままでは埒があかない。
 ベスパは覚悟を決めて目を伏せ、深く息を吸い、そしてゆっくりと吐き出した。




 相手は私がじれて飛び出したところを狙う算段なのだろう。
 それでも、状況を打開するためには打って出るしかない。
 もともと、じっと待ち続けるというのは性に合わないしね……




 再びベスパの目が開かれたとき、その瞳には魔族の戦士としての光が宿っていた。




 ベスパは足元に霊波を撃ち込み、爆風による砂煙を巻き上げた。
 そして、最初にジークといた場所へ向かって走り出した。


 こんな砂煙など目眩ましにもならないだろうが、連中の気を一瞬でも逸らせる事はできるはずだ。
 急いでジークの元へ戻らなければ……
 相手もプロである以上、1人でその集団の相手をするのは自殺行為だ。
 それに、ジークも同じように何者かに囲まれているかも知れない。


 ベスパが柱の並んでいる場所の入り口近くまで来たとき、突如目の前にあった一本の柱が倒れてきた。
 とっさに横に転がって直撃をかわしたベスパだったが、舞い上がる埃の中から影が飛び出し襲いかかってきた。



「!?」



 その影は大振りのナイフを振りかざし、心臓めがけて振り下ろしてきた。
 とっさにその手首を掴んで止めはしたものの、体重をかけられベスパは背中から倒れ込んでしまう。
 もつれ合ったまま間近で相手の姿を見た時、ベスパは激しく動揺した。




 全身を覆う黒のボディスーツに、隆起した筋肉を模した銀のプロテクター。
 迷彩の手袋にブーツ。
 そして、骨とドクロのマークが付いた赤いベレー帽。
 角が生えている所から、種族は鬼かオーガだろうか。
 ともかく、それは紛れもない魔界正規軍の兵士の姿だったのだ。




「ま、待ちなよ!!私は敵じゃない!!私も魔界正規軍の兵士なんだ!!」
 ベスパがそう叫んだにもかかわらず、覆い被さってくる兵士はますますナイフを持つ腕に力を入れてくる。
「ちょ…話を聞いてるのか!?私は……!!」
 だが、その兵士は話をまったく聞いていないかのようにただ力を込め続けてくる。
 そして、表情を変えぬままボソボソと何事かを呟き始めた。



「もともと我らの敵だった貴様らを受け入れろなどと……上が認めても……我々は認めん……ここで……消えるがいい……。」







 その瞬間、 ベスパの心は凍り付いた。
 今まで自分は軍のためにわだかまりを捨て、同僚を家族と思って働いてきた。
 確かに一時はアシュタロスの元で働き敵対していたため、そのせいで嫌味を言われたりするのもある程度仕方が無いと割り切っていた。










 それなのに。










 それなのに、これが彼らの返答だというのか。
 これほどまでに私は…アシュ様は憎まれていたのか。










「う……わああああああっ!!」










 言い表せない怒りと悲しみが胸の内から溢れ出し、ベスパは感情にまかせて叫んでいた。
 生まれて初めて感じる、暗く激しい感情だった。








 そして彼女の周囲には、今まで姿を隠していた兵士達が姿を現し始めていた……


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