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六道女学院教師 鬼道政樹 式神大作戦!!

それが君の響き!!


投稿者名:ちくわぶ
投稿日時:05/ 5/20

 政樹達は鬼ヶ島ハイウェイの終点まで到着し、そこからは下道をひたすらに走り続け、やがてトラックは鬼顔岳のふもとにたどり着いた。


 鬼顔岳はその名の通り、遠くから見るとまるで鬼の顔のように見える空洞が山の中腹に開いていて、底知れぬ闇を覗かせている。
 斜面はゴツゴツした角の鋭い巨大な岩石でできており、急な傾斜も手伝って道のない場所を登っていくのは不可能に近かった。


 ふもとから鬼顔岳を少し登ったところで道路は行き止まりになっていた。
 道路を遮るように背の高い岩壁が不自然にそびえ立ち、行く手を阻んでいた。
 しかし、ここ以外に鬼顔岳への道は存在せず、岩壁を登っていくのも困難である。
 雪之丞やジークが岩壁を破壊しようと試みたが、傷ひとつ付ける事ができない。
 パピリオが飛んで向こうを目指そうとすると、見えない壁に押し戻されてしまう。
 明らかにこの先へ行かせまいとする作為を感じた政樹達は、周囲の探索を開始した。




 政樹は式神ケント紙を鞄から取り出し、鳥の形に切って空へ放り投げる。
 ケント紙は風を受けてひらりと舞うと、一瞬にしてカラスほどの大きさの鳥となって羽ばたいた。


 式神鳥(しきがみちょう)は上空へと飛び立ち、あたりの様子をうかがう。
 その視界は政樹とつながっており、鳥の見た映像はそのまま政樹の精神に映される。

 そびえ立つ岩壁の向こうにはまだ道が続いており、山頂へ向かって伸びていた。
 そして身を翻すと、政樹達がいる場所の脇に小さな道があった。
 その道をたどってみると、開けて平らになった土地に一軒の古びた屋敷があり、その隣には小川が流れているのが見える。


 式神鳥はその屋敷に向かって飛び、様子をうかがう。
 その屋敷は昔話に出てくる長者が住んでいそうな立派なもので、周囲は土塀で囲まれている。
 入り口は開かれたままになっていて、中に入る事ができそうだ。
 広い庭には立派な松や梅、桜の木が植えられ、美しい造形の石灯籠や丸太のような錦鯉が泳ぐ池もあった。


 灰色の岩だらけの世界において、ここだけは豊かな色彩に包まれた別空間であった。
 建物や庭には人の手が行き届いており、無人の屋敷…という事はなさそうである。
 ここに住む者に会えば、道を遮る岩壁について情報を得られるかも知れない。


 式神鳥は政樹の元へ帰り、役目を終えて元の紙切れへと戻っていった。






 政樹達はその屋敷を目指し、開かれたままの門をくぐった。
 何度か挨拶をしてみたが、返事はなかった。


 庭をきょろきょろと見回していると、突然パピリオが声を上げる。
 彼女が指す屋敷の縁側に、誰かが寝そべっていた。


 それは豊かな白いひげと髪のおっさん。
 ただし、その頭頂部はつるりと禿げあがっている。
 顔の中心には充血した赤い鼻。
 そして口からは大きな前歯が2本突きだし、アルコールの臭いがこっちまで漂ってくる。
『清酒 男汁』というラベルの一升瓶を枕に、いびきをかいて眠りこけていた。



「あの、すいません。」
「ぐが〜……」
 おっさんは政樹の声に何ら反応する事なく、高らかにいびきをかき続けている。
「ちょっとよろしいですか?」
「ぐおお〜……」
「あの…」
「んがが〜……」
「もしもーし?」
「ぐがあああ〜っ……!!」
 おっさんは頑ななまでに眠り続け、返事は帰ってこない。

「おいコラ!!てめぇいい加減にしろ!!」
 そんなおっさんにキレたのは雪之丞だった。
 ずかずかと縁側に乗り込み、一升瓶を蹴り飛ばす。
 ごん!という鈍い音と共にしたたか後頭部を打ちつけたおっさんは、頭を押さえて悶絶する。

「あだだ…何さらすんじゃい!?」
「やかましい!!さっさと起きやがれ!!」
「誰じゃおんどれは!?いきなりこんな真似しくさってどういうつもりじゃあ!!」
「そんな関西弁で俺がビビると思ってんのか!?」
「シバいたろかこのガキ!!」

 がるるる…!!といきり立つ2人の間に、政樹が割って入る。

「お、落ち着け雪之丞!!」
 鼻息を荒くする雪之丞を引き離すと、あぐらをかいたままのおっさんの方へ振り返る。

「無礼な振る舞い、申し訳ありませんでした。ボクは鬼道政樹、式神使いです。あなたがこの屋敷のご主人さんですか?」
 政樹のていねいな挨拶を受けて、青筋を立てていたおっさんも落ち着きを取り戻す。

「あ?ここの主は今おらんで。」
「それでは、あなたは…?」
「ワシはサンタや。」
「さんた?」
「サンタクロース。知ってるやろ?」
「え!?」

 そう名乗るおっさんに政樹はう〜んと眉をひそめる。
 サンタクロースといえば、クリスマスに現れ、子供達にプレゼントを与える天の使い。
 もっと穏やかで優しそうな老人のイメージが一般的だ。
 しかし、目の前にいるおっさんはそれとあまりにもかけ離れている。
 競馬にパチンコ、酒もタバコもやっちゃうような、下町オヤジそのものの外見である。

「……ホンマですか?」
「その間が微妙に失礼やぞコラ。」

 ジト目で睨むサンタに、政樹は思わず目を逸らしてしまう。

「ワシはただの客で、用があってここに来とるだけや。お前、式神使いやと言うたな?ということは、この先に進む方法を聞きに来たんやろ。」
「ご存じなのですか!?お願いします、ボクはどうしても先へ行きたいんです!!」
 政樹はぐぐっと身を乗り出して、サンタに迫る。
「待て待て!!ワシはただの客言うたやろ。もうすぐここの主が帰ってくるから、そいつに聞け。
 それまでそこらへんで勝手にくつろいどったらどうや。」





 サンタの言葉に、政樹ははやる気持ちをぐっと抑えて待つ事にした。
 それから小一時間ほど経った頃、遥か遠くの上空からシャンシャンという音が聞こえてきた。
 空を見上げると、トナカイがソリを引きながらこちらに向かって飛んできた。
 ソリには小柄な人物が乗っており、正確な操作で屋敷の前に着地する。


「いやぁ〜いいコですねぇ〜。調子も抜群、毛並みもフサフサですよ〜。」
 トナカイをナデナデしながら微笑むその人物は、いつぞやの老人『ムッシュ・ゴロウ』であった。

 彼が屋敷に足を踏み入れると、庭先や縁側にいる政樹達の姿が目に映る。
「これはこれは、今日はお客さんがたくさんいますねー。」
「あーっ!!ムッシュ・ゴロウさんだべ!!」
 娑婆鬼がムッシュ・ゴロウを指差す。
 政樹は腰掛けていた縁側から立ち上がり、ムッシュ・ゴロウの前に歩み出る。
「昨日怪物王国でお会いしたご老人…あなたがここの主人なんですか?」
「ええ、ここは私の本宅なんですよ。君は確か式神使いのお兄さんでしたね?」


 ムッシュ・ゴロウはニコニコしたまま答えると、細い目をわずかに開いて政樹をじっと見つめる。
「……道路をふさぐ岩壁の事でここに来たのですね?」
「そうです。ボクはあの道の先にある『地獄洞』にどうしても行きたいんです!!あの壁を越える方法を知っているのなら教えて下さい!!」
「あの壁の向こうは非常に危険なために、私が封印を施しました。
 あそこがどんな場所か知っての上で言っているのですか?」
「はい!!」

 ムッシュ・ゴロウはふむ…としばらく考え込むと「ちょっと待ってて下さい」と言ってサンタの元へ歩いて行く。
「おう、お帰りゴローちゃん。トナカイの調子はどないや?」
「問題なしの絶好調ですよ〜。」
「そうか、これで今年も安心して仕事に精が出せるわい。さすがはたくさんの魔物を扱っとるだけのことはあるのう。
 ゴローちゃんの調整は天下一やからな。」
「褒めても何も出ませんよ。それより、ちょっとだけ頼まれてくれませんか?」
「何をするんや?」
「彼らの力を見るのに、トナカイを貸して欲しいんですよ。」
「トナカイに乱暴なマネは無しやぞ。」
「もちろん。」
「……まぁええやろ、ついでにワシも付き合うたるわ。」
「それはそれは…では、よろしく頼みます。」





 ムッシュ・ゴロウは、トナカイをソリから離して庭先に連れてきた。
 サンタはその庭先がよく見える縁側で新しい酒をあおっている。



「…それでは、1つテストをさせてもらいます。私が合図をしたら、このトナカイを捕まえて背中に乗って下さい。式神を使っても結構ですが、
 トナカイに攻撃を加えてはいけませんよ。成功したら、岩壁を通してあげましょう。」


 当のトナカイと言えば、足もとに生えている草を食べたりしてのほほんとしている。


「トナカイを捕まえたらええんですね?わかりました。」
 頷く政樹の背後から、雪之丞がこっそりと口を挟む。
「なんだ、テストって言うからもっと厳しそうなの想像してたんだけどな。これなら楽勝だろ先生。」
「ああ、夜叉丸を出すまでもなさそうや。すぐに終わらせて先を急ぐぞ。」
 政樹もボソボソと答え、トナカイの方へ向き直す。


(ふふふ、若いというのはいいことですねぇ。)
 ムッシュ・ゴロウは心中で呟き、相変わらずニコニコとしたまま後ずさる。

「それではいきますよ…始めっ!!」

 合図と共に政樹はトナカイに飛びかかる。
 トナカイは全く動じることなく、耳をピクピクさせたりしてその場に立ったままである。
「もらった!!」
 政樹が胴体に触れようとしたその瞬間、トナカイは数歩横に移動する。
 伸ばした手が空振り、政樹はバランスを崩してつんのめってしまう。


「おっとと……偶然か?よし、もう一度……!!」
 再び政樹が手を伸ばし、トナカイに飛びつこうとする。
 だが、またしても直前に避けられてしまう。
 それから何度やっても、政樹の腕は空を切り続けるのだった。



「おい、なにやってんだ先生!?さっきからかすってもいねぇじゃねーか!!」
 あまりのじれったさに雪之丞が歯ぎしりをする。
「はぁ、はぁ…お、おかしい、まるで動きがトナカイに読まれてるみたいや……それに、
 死角から迫っても同じようにかわされるのはどういう事なんや……?」


 政樹が息を切らしているのに対し、トナカイは呼吸1つ乱れず、もぐもぐと反芻をするほどの余裕を見せている。


(落ち着け…何か見落としてる事があるはずや…)
 政樹は心を静め、全ての感覚を開く。
 全身を敏感なアンテナとし、あらゆる空間の変化を感じ取っていく。
 目に映るもの、聞こえる音、木と土の臭い、空気の味、風の肌触り…そして、霊気。





(……!!)
 すると、ほんのごくわずかではあるが、霊気が流れている事に気が付く。
 その霊気はサンタからトナカイに向かって、微弱な電波のように繋がり続けている。


(そうか、サンタさんがトナカイを操って……どうりで動きが読まれているはずや!!)
 政樹はようやくからくりに気が付く。
 だがその事実は、同時にこのテストが決して容易なものではないという事を意味していた。




 式神などを操る場合、自分と操る対象との精神を接続しなければならない。
 その時に自分が発する霊波が強ければ強いほど、精神の繋がりは強くなり一心同体の動きが可能となる。
 だが、この方法は消耗が激しく長時間持続するのにはあまり向いていないため、ペース配分が重要となってくる。


 一方で、自分が発する霊気が弱くても式神に思い通りの行動をさせる方法がある。
 それは一連の行動のみをできるだけ具体的にイメージし、言霊や霊波に乗せて送るというもの。
 わかりやすく例えるならば、プログラムだけを送信し、行動はロボットに任せると言ったところだろうか。
 これならばわずかな霊力で式神を操る事ができ、術者の負担は少なくて済む。


 この方法は紙を切り抜いて作る『式紙』に主に用いられ、偵察やメッセンジャーとして式神を使う際に有効である。
 政樹も学校での模擬霊的格闘では、この方法を使って式神を操作している。


 ただし、そのプログラムを正確に作り上げるには高い集中力と、空間のあらゆる情報を解析する超感覚が必要となってくるため、複雑な行動や突然の戦闘には通常向かない。
 さらに鬼や魔物を調伏した式神には自我があるため、曖昧なイメージを送ってしまうと精神に干渉し、かえって混乱してしまうだろう。
 つまり、この方法で意志のある式神を使いこなすには並外れた実力が必要なのである。


 しかしサンタは消耗の少ない後者の方法を使いこなし、トナカイを捕まえようとする政樹の行動を読んでかわし続けているのだ。
 伊達に一晩で世界中を駆け回っているわけではない、ということをサンタは証明して見せている。
 こうなると持久力の勝負となり、トナカイに攻撃を加えられない以上、明らかに政樹が不利になってくる。




「感触はどうですか?」
「こらええで。絶好調の言葉に偽りは無しやな、ゴローちゃん。」
「では、その調子で逃げ続けて下さいね。」



 そして動きを止めた政樹にサンタが声をかける。
「どないしたんや兄ちゃん、もうおしまいか?」
「む…まだまだこれからや……夜叉丸!!」
 政樹は気を取り直し、夜叉丸を召還する。


(時間をかけた攻略は無意味や…挟み撃ちにして、一気に決める!!)
 夜叉丸をトナカイの背後に移動させると、じりじりと間合いを詰めていく。
 呼吸を整え、まずは政樹が牽制のために駆け出す。
 トナカイがピクリと反応し身を翻した瞬間、隙を突いて背後の夜叉丸が飛びかかった。
 そしてついに、夜叉丸はトナカイの腰部分に取り付く事に成功する。
「よし!!そのまま離すなよ!!」
 夜叉丸がトナカイを押さえつけているうちに、政樹は角を掴んでその背に乗ろうとする。



 バチッ!!



 だが、その瞬間激しい霊気がスパークし、政樹は大きく跳ね飛ばされて地面に体を打ちつけてしまう。
「ぐ……い、一体何が……!?」
 そんな政樹を見て、サンタはひっひっひと笑う。
「兄ちゃん、ただのトナカイや思って甘く見とるのとちゃうか?こいつは仮にもサンタの相方、つまり神獣やぞ。
 霊力もそこらの魔物とはわけが違うで。」
「や、夜叉丸は……?」
 体を起こしあたりを見回すと、夜叉丸はかろうじてトナカイに食らいついたままだった。

(まだチャンスはあるか……しかし、どうする……?)
 さっきと同じように取り付いたところで、もたついていたらまた弾き飛ばされてしまうだろう。
(どうにか一瞬で勝負を決めんと……一瞬で……)
 その時ふと、政樹は思い出す。
 自分の中に、韋駄天より譲り受けた霊力があるという事に。



 未知の力に頼るのは気が引けたが、もはやこれ以外に選択肢はない。



「一か八か……いくぞ!!」



 政樹は全霊力を放出し、夜叉丸に霊力を送り込む。
 力を得た夜叉丸は再びトナカイを押さえつけ、その動きを鈍らせる。


(ほう、なかなかのええ力をもっとるやないかあの兄ちゃん)
 その様子に、こっそりとサンタも感心する。


 さらに、精神を集中して受け取った韋駄天の力を解放する。
「うおおおおっ!!」
 その瞬間、政樹の周囲の動きが全てスローモーションになる。
『超加速』には及ばないが、政樹は人間に不可能な行動速度を得ているのだ。





 それは音のない世界だった。
 全てのものが停滞し、空気が肌に貼り付いてくるような…そんな錯覚を憶えた。
 始めての感覚に戸惑いつつも、ビデオのコマ送りのようにゆっくりと動くトナカイに向かって駆け出した。






 そして……決着は付いた。





 状況を見守っていた仲間達からすれば、突然政樹がトナカイの背中に乗っていたように見えただろう。
 直後、ワッと仲間の歓声が上がった。




「ど、どうや……テストは合格やろ。」
 政樹はトナカイの上でムッシュ・ゴロウに顔を向ける。


「……うむ、文句なしですねぇ。」


 その言葉を聞いて、政樹はトナカイの背から降りる。
 しかし着地した瞬間、足に力が入らず倒れ込んでしまう。


「どうしたんだ先生!?」
 雪之丞とジークが駆け寄り、政樹に肩を貸す。
 政樹の腕を肩にかけた瞬間、その体はじっとりと汗ばんでいた。
「鬼道先生……ものすごい汗ですよ!?もしや先ほどの……。」
 ジークが政樹の顔をのぞき込むと、その表情には疲れの色がハッキリとうかがえた。
「ああ…韋駄天の力を使うと想像以上に消耗する……おかげでこのザマや……。」
 フラフラと立ち上がると、政樹はムッシュ・ゴロウの前へ進む。


「道を…開いて下さい…ボクはそのためにここまで来たんです。」
「……もちろん道は開きますよ。ただ、1つ聞かせて下さい。なぜ君は地獄洞に行きたいのですか?」
「そ、それは……。」
 その質問に政樹はつい赤くなってしまう。
 まさかここへ来て、冥子のためなどとはシャイな政樹に言えるはずがない。
「あ、あうあう……。」
「惚れた女のため……そうだろ先生?」
 しどろもどろになって要領を得ない政樹に替わって、雪之丞が笑いながら答える。
「ゆ、雪之丞!?いきなり何を言い出すんやっ!!」
 慌てて雪之丞の首を絞める政樹を見ながら、ジークやベスパは「へぇ」と声を洩らす。


「ふふふ、そうですか。今まで何人もこの先へ進んでいった人間を見てきましたが、そういう答えを聞いたのは初めてですよ。
 それでは付いてきて下さい。」




 サンタとトナカイをその場に残し、一行は道を塞ぐ岩壁の前へ戻ってきた。
 ムッシュ・ゴロウは岩壁の前に立つと、服のポケットから携帯電話を取り出して誰かと連絡を取り始めた。


 しばらくすると頭上の空が歪み、見覚えのある鬼が2体姿を現した。
「お、お呼びだべか?」
「ここに呼ばれるのは久しぶりだわー!!元気でした師匠ー!?」
 それは鬼ヶ島の入り口を管理していた、牛頭鬼と馬頭鬼であった。
 牛頭鬼と馬頭鬼は脇に風呂敷包みを抱え、ムッシュ・ゴロウに一礼する。


「さてと2人とも、さっき話した通り、道を開くのを手伝ってもらいますよ。」
 ムッシュ・ゴロウの言葉にコクリと頷くと、2人は壁の正面に立ち、牛頭鬼は風呂敷包みを開く。
 それは、人間より何倍も大きな和太鼓であった。
 馬頭鬼はやぐらを組んで太鼓の正面に立ち、牛頭鬼はその巨体のおかげで普通に立ったままが丁度いい位置になっている。





 2人は手にしたバチを振りかざし、すぅ、と大きく息を吸い込んだ。



「「どっせぇい!!」」



 そして気合い一発、2人そろって激しく太鼓を打ち鳴らし始める。




 ドンドンドドドン!!ドドドドン!!ドドン!!




「せりゃあっ!!」
「はっ!!」




 2人は文字通り鬼気迫る表情で太鼓を打ち続け、その呼吸は抜群に合っている。
 壮大で、しかし精神の奥に響き渡るような音は大気を、大地を震わせる。
 やがてその音は霊波を帯び始め、強力な波動を発生させた。


「すごい……音と霊波が互いに増幅し合い、凄まじいパワーを生み出している!!」
「太鼓というのは、鬼と深い繋がりのある楽器なんですねぇ。このような使い方もあるんですよ。」
 息を呑む政樹の横で、ムッシュ・ゴロウは微笑みながら答える。

 ひとつ、またひとつと太鼓の音が響くたびに、波動が岩壁を振動させていく。
 振動は次第に大きくなり、岩壁はガタガタと激しく震え始めていた。
 打ち鳴らされる太鼓のリズムが激しくなるにつれ、次第に岩壁の表面がパラパラと細かく剥がれ、大きな亀裂が走っていく。


 そして怒濤の響きは最高潮に達し、2人の鬼は同時に大きく振りかぶって一瞬の静止。





「「はーーーーーーっ!!」」





 ドォォォーーン!!





 静から動へ。
 一瞬の静寂からの最後の一打ちは、山全体をも揺るがす。
 直後、岩壁が光を放ったかと思うと、その全てが一瞬にして砂となり消えた。



「す、すげぇ……。」
「我々がいくら攻撃してもビクともしなかったのに……。」
 雪之丞とジークもただ唖然とするばかりだった。
「この壁は特殊な霊波の共鳴でないと壊せないんですねぇ。同時に結界も解かれていますから、もう問題なく先に進めるでしょう。」
 ムッシュ・ゴロウはそういって、すたすたと岩壁のあった場所より向こうへと進んで見せた。



「ありがとうございました。それではボクらはこれで……。」
「まあ待ちなさい。」
 一礼し、先を急ごうとする政樹をムッシュ・ゴロウが呼び止める。
「何か?」
「手を。」
「?」


 政樹は言われたまま手を出すと、ムッシュゴロウがその手を握り返す。
 すると、心地よい霊波が政樹の中に流れ込んできた。
 さっきのテストで消耗していたのがウソのように体が軽くなっていく。
「こ、これは……。」
「君のように、誰かのために地獄洞に挑もうとする者は初めてでした。これは私からの餞別だと思って下さい。それから助言をひとつ……。」


 こほんと咳払いをすると、細い目が鋭く輝く。
「地獄洞はあらゆる陰が形を得る場所。心を強く持つ事が肝要です。そして……真の力は目に見えぬ場所にこそ存在する…
 この言葉をよく憶えておくんですよ。」


「ムッシュ・ゴロウ……あなたは一体……。」
「ふふふ、私の事などどうでもよいではないですか。君の修行が成功する事を祈っていますよ。」
 そういってムッシュ・ゴロウはただニコニコと微笑み続けるのだった。





 それから程なく、ついに政樹は鬼顔岳の頂上へとたどり着いた。
 火口の奥を覗くと、噴火こそしていないものの溶岩がボコボコと噴き上がっている
 周囲を調べると、火口の内側に沿って下る階段があり、その先にぽっかりと洞窟が口を開けていた。

「あれが地獄洞の入り口か。勿体つけてくれたもんだぜまったくよ。」
「オラもここに来るのは初めてだべ…うう、わくわくするだ……!!」
「はしゃいで迷子になるんでねーぞ!!」
「鬼の生誕の地と言われる場所か……調査する価値はありそうだな。」
「せまっ苦しい場所は嫌いでちゅ。」
「なんだかイヤな気配のする場所だね……。」

 それぞれが思いを口にする中、政樹が一歩踏み出す。

「しかしみんな、本当にええんか?ここから先は命の保証はできん。無理に最後まで付き合う必要はないんやで?」
 そう言う政樹を、雪之丞は軽く小突く。
「あのなぁ先生、俺が何のためにここまで来たと思ってるんだ?ここで引き返したら何の意味もねーだろーが。
 それに帰りたい奴がいるならそいつはとっくに帰ってるよ。なぁ?」


 雪之丞が目配せをすると、仲間達は一様にコクリと頷いた。


「みんな……ありがとう。こんなに心強いことはないで。こうなった以上、なんとしても無事に試練を乗り越えんとな!!」


 政樹達は結束を固め、ついに未知の領域、地獄洞へと足を踏み入れるのだった。
 だが、彼らは知らない。
 この場所が、鬼の生誕の地と呼ばれている本当の意味を……








 〜追補〜






 ここはムッシュ・ゴロウの屋敷。
 縁側で、サンタとムッシュ・ゴロウは酒を酌み交わしている。


「なぁ、あの兄ちゃんは上手く行く思うとるんか?」
「どうでしょう……。」
「ワシの見立てでは……五分ってとこか。」
「ずいぶんと彼を高く評価しているんですねぇ。」
「さっきゴローちゃんを待っとる間に、兄ちゃんの事情を一通り聞かせてもろうたんや。
 ここに向かう間だけであれだけの味方を得たそうや……この縁もまた、大した実力やで。」
「……全ては彼次第。私がどうこう言う事ではありませんよ。」
「かぁ〜、冷たいのう。仮にも自分の後輩やろがゴロー…いや、役小角(えんのおづぬ)よ。」
「その名前で呼ばないで下さい。役小角とその部下、前鬼と後鬼は失踪した事になってるんですから。」
「部下ちゅうのは島の受付の鬼達やったな。上手く化けとるもんや。」
「なまじ高い地位に昇ってしまうと、身動きが取れず窮屈でしてねぇ……今の私は、魔物の世話が生き甲斐の鬼の隠居ですよ。」
「この不良じじいめ。仮にも神の言うことかいな。」
「不良はお互い様でしょう?」


 2人は顔を見合わせて笑い、新たに注ぎ足した酒をあおるのであった。


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