椎名作品二次創作小説投稿広場


WORLD〜ワールド〜

第二十八話 DEAD END


投稿者名:堂旬
投稿日時:05/ 5/ 9

 壁一面に設置されたテレビ画面。百を超えようかというそのテレビは、ひとつひとつが違う場面を映し出している。
 そこは監視室だった。そしてその部屋には現在、一人の女がつめている。彼女が所有する能力故に、彼女はこの人間界の監視という役目を言い渡されていた。
 そんな彼女の目の前で、デジタルな数字でカウントダウンが行われている。
 5……4……3……2……1……0。
 数字が零を示した瞬間、まるで何かを訴えかけるかのように部屋中にアラームが鳴り響いた。
 彼女は慌てて目の前にある物のふたを外す。パキン、という音が響き、彼女の手に二本の棒が握られた。その長さは二十センチほどだろうか。
 ほどなくしてズズズ…と何かを盛大にすするような音が響いた。

「あう〜〜暇なのね〜〜〜」

 カップラーメンをすすり、涙を流しながらぼやく女。
 彼女の名は、ヒャクメという。
 よく見ると彼女の額には数本、コードのようなものが取り付けられている。そしてそのコードは壁の内側へと続いていた。彼女の遠視能力を利用して、世界各地の状況をテレビに映し出しているのである。
 ヒャクメは四方の壁一面に設置されたテレビをざっと見回した。

「あ〜い、どこも異常なしで〜〜〜す」

 やる気の欠片も見当たらない声を上げると、ヒャクメはまた麺をすすりだした。

「うう…あの頃はよかったのね〜。現場を飛び回ってエキサイティングでスリリングな事件を解決したりして……それが今はアシュタロスのような者が再び人間界で不審な動きを起こさないように常時監視を行うお目付け役……ああ、こんなのほったらかしにして小竜姫をからかいにでも行きたいのね〜……ストレスがなんかもうやばいことになってるのね」

 愚痴りながら一心不乱に麺をすする。哀れ、彼女の目には涙まで浮かんでいた。彼女の食べるラーメンには、ほんのりとしょっぱい味がまざっているかもしれない。
 ちなみに彼女はエキサイティングでスリリングな事件に巻き込まれはしたが、解決にそれほど大きく貢献したわけではない。あしからず。
 もともとヒャクメは行動力のかたまりであり、好奇心のかたまりだ。こんな部屋に閉じ込められて延々監視を続けるような仕事は向いていない。
 にもかかわらず、彼女の持つ世界各地の情報をリアルタイムで視ることができるという能力は、広い人間界を監視するには最適であったのだ。これを悲劇といわずして何と言おうか。
 適材適所。ヒャクメ本人からすればふざけろボケェーなのだろうが。
 ひとしきり麺をすすって、ヒャクメはスープを飲み干し始めた。んぐんぐと威勢のいい音を立てて、どんどんスープを喉に流し込んでいく。
 異変はその時起こった。
 ヒャクメの目の前の空間が突然輝き始めたのだ。

「〜〜〜!?」

 麺とスープで口が満たされているため、驚きの声も上げられないヒャクメの目の前で、光は徐々にその勢いを失っていく。

「ブーーーーーッ!!!!」

 光が消えた後、そこに現れた人物を見て、ヒャクメは盛大にスープを噴き出した。鼻からは麺が飛び出してしまっている。あらあら、花の乙女がみっともない。と近所のおばさんならのたまうだろう。
 それはともかく。
 ヒャクメは震える指で現れた人物を指差した。

「美神さんッ!?」

「ヒャクメッ!?」

 美神のほうも、まさかヒャクメがいるとは思っていなかったのか、驚きの声を上げた。
 補足しておくが、この場には美神だけでなくおキヌ、ひのめ、冥子、百合子もちゃんといる。

(美神さん。これから俺はパレンツをはめます。美神さん達にもそれを手伝ってほしいんです。今ここで起こっていることを神族か魔族に、それも出来るだけ高位のやつに伝えてください。そうすれば、あいつに一泡吹かせてやれる。……心配しないでください。俺は死にませんよ。また、必ず会えます)

 美神の脳裏に横島の言葉がよみがえった。

(そうか、そういうことね横島クン)

 美神は自分たちをヒャクメの元に送った横島の考えを悟った。

「ヒャクメ、悪いんだけど時間がないの。私の記憶をのぞいてちょうだい」

「え、え? ちょっと美神さん、訳がわからないのね。一体全体どういう…」

「いいから早く! 時間がないって言ってんでしょうがーーーーー!!」

「ひーん! のぞけったって一体いつの記憶をーー!?」

 美神の剣幕に押され、涙するヒャクメ。おそらく彼女にはなにがなんだかわかっていないだろう。

「おとといの夜から今この時までにかけての記憶よッ!! 急いでッ!!!」

「はい〜〜〜!! うう、私一応神様なのにあごで使われてるぅ〜〜〜!」

 涙を流しながら(といっても目は笑っているが)ヒャクメは愛用しているスーツケース(のようなもの)から虫眼鏡(らしきもの)を取り出した。
 それを覗き込むことで美神の記憶を探っていく。
 覗きこむうちに、ヒャクメの目から流れていた涙が止まった。次に笑みが消えた。そして汗が噴き出した。

「ちょっ…美神さん、これって……」

 美神の記憶を覗き、全てを理解したヒャクメは青ざめながら口を開く。
 美神は頷いた。

「そう。『創始者』だかなんだかしらないけどこんなクソ野郎は潰すわ。協力してちょうだい」

「それは…もちろん協力するのね……」

 放心したように目が虚ろになりながらも、ヒャクメは頷いた。やがてその瞳から涙があふれ出る。
 今度は、笑っていなかった。

「小竜姫………」

 涙を拭うこともせず、ヒャクメはそう呟いた。
 美神は己の下唇を強くかみ締める。おキヌは悲しそうに顔を伏せた。冥子はもらい泣きし、百合子は悲しみにくれる皆の様子を見て顔を歪めている。
 美神はヒャクメの肩に優しく手を置いた。

「しっかりして。全てに片がついたら皆生き返れる。もちろん、小竜姫も…そのためにも、今急ぐ必要があるのよ」

「………わかってるのね」

 その言葉にヒャクメはしっかりと頷いた。そして壁一面のモニターに目を向ける。ヒャクメが何事か念じると、全てのモニターが妙神山を映し出した。

「くッ…やっぱり何も映らないのね」

 モニターに映し出された妙神山には何の異常も見当たらない。
 ヒャクメは舌打ちしながらまた何事かを念じ始めた。すると全てのモニターがぶれ、再び妙神山が映し出される。
 一見すると、先ほどの妙神山となんら変わりはない。ヒャクメはモニターを食い入るようににらみ続けた。

「ヒャクメ…?」

「今、どんなに小さなことでも異常が記録されていないか調べてるのね」

 美神の疑問の声にヒャクメは答える。
 なるほど、つまり今モニターに映し出されているのは過去の妙神山なのだ。時期的にはちょうどあの『パーティー』が行われている頃だろうか。
 ビデオを早送りするように記録を早めに流しながら、ヒャクメはどんな小さな変化も見逃さぬよう細心の注意を払う。

「ヒャクメ…急いで……!」

「わかってます…! わかってますけど……! 『上』を動かすにはそれなりの物証が必要なんですよ!」

 美神に答えながら、ヒャクメは出来るだけ早く記録を流していく。美神も目を凝らしてモニターを見続けていた。

「………ッ!!」

「…ッ!! ヒャクメ! 今のは!?」

「ええ……!!」

 『何か』を見つけたのだろうか。二人の顔色が変わった。モニターの画像を巻き戻す。
 それまでは平穏無事に見える妙神山。だが、一瞬。ほんの一瞬だけ異常なものが映された。
 紅い、紅いエネルギー。さらにそれを覆いつくす黒き破壊の力。妙神山の形はかなり変わってしまっている。
 その一瞬後にはまたモニターは平穏な妙神山を映し出していた。
 明らかに異常だ。
 再び巻き戻し、異常が発生した瞬間に一時停止する。
 ヒャクメはノートパソコン(的なもの)を取り出し、キーボードを叩く。どうやら何事かを測定しているようだ。
 やがて彼女は信じられないというように首を振った。

「そんな…こんなに…!?」

「ヒャクメ…どうしたの?」

「この赤いほうのエネルギー……アシュタロス級なんです!! この黒いほうは…それを上回っているんですよ!? これほどのエネルギーの激突が今まで見過ごされていたなんて……!」

 ヒャクメは愕然とした。見過ごしていたのはほかの誰でもない、自分なのだ。人間界の監視をしているのは自分だけではないが、それでも欺かれた一人であることは間違いない。

「自分を責めることはないわ、ヒャクメ。でも、これはこの上ない証拠よね…?」

 自分たちの勝利を確信して美神は笑った。
 といっても時間はあまりない。あとはこれを誰に伝えるかだった。




 こうして美神たちは神界の最高指導者、魔界の最高指導者をよぶことに成功する。横島の目論見は最高の形で実現したといえた。
 その決め手となった紅と漆黒の衝突。パレンツの結界を破って神界に記録されたそれは、雪之丞の最後の一撃。命の雄叫び。
 
 雪之丞は確かに勝利していた。












 神、魔界の最高指導者の二人は、横島の隣へと降り立った。

「まさか…最高指導者自ら来てくれるとは思いもしませんでしたよ。さすが美神さんだな」

 横島は少し驚いたように言う。
 魔界の最高指導者は陽気に答えた。

「いや〜わしらもちょっと気になっとったしな。斉天大聖が消えたやろ。あんだけ強いもんに何か異変が起きたとしたら…なんかおかしなことになっとるな、って思うわ、そら」

「なるほど、あれがパレンツですか。確かに並々ならぬオーラを感じますね。しかし出来ることなら争いたくはない…非常に興味深いことですからね。今回の件は。なんとか話し合ってみたいものですが……」

 神、魔界の最高指導者達を見つめたまま、微動だにしないパレンツに目をやって神界最高指導者は言った。魔界最高指導者もうんうんと頷く。

「出来ることならな〜。あれ? そういえば横っちはなんでわしらのこと知ってるんや?」

「よ、横っち……」

 初めて会ったばかりの、それも魔界で一番偉い人(人ではないが)に、長年連れ添った親友のように呼ばれ、横島は一歩後ずさる。
 しかしすぐに気を取り直した。

「ア、アシュタロスの究極の魔体の最後の一撃を受け止めてくれましたよね? その時に姿を見て…小竜姫様があれが神、魔界の最高指導者だって言ってたから……」

「あ〜あん時か。なるほどなるほど。納得いったわ。あ、わしらのことは気軽にキーやん、サッちゃんて呼んでくれてええからな。というか、それでしか返事せえへんで」

「え、ええ〜〜……?」

「な? キーやん」

 明らかに引いている横島を尻目に、サッちゃんを自称する魔界最高指導者は、キーやんと呼ばれた神界最高指導者に同意を求める。

「まあ…そうですね。友好的な関係を築いておくに越したことはないでしょう」

「ま、マジっすか…?」

 両界の最高指導者にそう言われては断れるはずもない。横島はしぶしぶそれを受け入れた。

「それで…美神さんたちは……?」

「安心なさい。神界の…出来るだけ安全なところで休んでもらってますよ」

 その答えを聞いて横島はほっと胸をなでおろす。
 その時だった。
 パレンツに動きが生じた。肩が小刻みに揺れている。もうすでに見慣れたこの動きは―――哄笑だった。

「クックフ……あっはっはっはっはっはっは!!!!!!!」

 満面の笑みで、パレンツは腹の底から笑う。
 その姿に三人は底知れぬ不気味さを感じた。

「はっはっは……ふぅ……」

 ひとしきり笑った後、落ち着いたのかパレンツは伏せていた顔を上げる。
 その顔は妙にスッキリしていた。口を開く。

「負けを認めるよ。横島忠夫。まったく、やられたというしかない」

 あまりにも意外なパレンツの言葉。横島は一瞬反応できずに、ただ呆然としていた。

「神、魔界の最高指導者に私の存在が露見してしまった以上、もはやどう足掻いても私という存在を隠し切ることなどできまい。たとえここにいる者全てを消し去ったとしても…な」

 何気ない様子で語るパレンツ。だが、そこからは確かな狂気が滲み出ていた。

「あきらめたよ。『観測者』として誰にも知られることなく穏やかに世を見守っていくのはな…」

 隠しようもない狂気は漆黒のオーラとなってパレンツを取り巻く。
 パレンツの左手が三人に向けて掲げられる。横島はパレンツの左手に異常な力が集中するのを察知した。

「危ないッ!!!!」

「ッ!!」

「なんやぁ!?」

 横島の叫びと同時、パレンツの左手から全てを破壊する漆黒のエネルギーが放たれた。三人は間一髪でそれをかわす。
 パレンツに再びエネルギーが集中する。

「ならばッ!! 全知全能たる神としてこの世に君臨してくれよう!! 神界も、魔界も、この世界もッ!!! 全てこの私が管理する!! それこそが真の神たる私の在るべき姿だったのだッ!!!!」

 パレンツは散り散りになった三人の内、今度は横島に向けてエネルギーを放つ。
 横島もエネルギーを放って相殺した。

「ワッケわかんねーことを!! じゃあお前が今まで必死に自分を隠そうとしていたことはなんだったんだ!!!」

「私もどうかしていたよ!! 正直に話そうか! 怖かったのさ!! 私の存在が露見してしまうことがねッ!! 何故だかはわからんよ!! ただ本能的な恐怖として確かに私の中に在ったのさ!! ヒトが暗闇を恐れるように!! 馬鹿げた話だ……気付かせてくれたのは君だ横島忠夫!! 今では感謝すらしているよッ!!!!」

 パレンツの左手が昏く輝く。横島の全身に怖気が走る。

「まずい!! 『アレ』かッ!!!!」

「インパクト・ゼロ!!!!」

 接近し、繰り出してきたパレンツの左手をなんとか体をひねることでかわす。だが、体勢が崩れたところにパレンツの右足が叩き込まれた。
 横島は吹き飛び、妙神山に激突。瓦礫に埋まる。

「横っち!!」

「どうやら…話し合いという訳にはいかないようですね……」

 パレンツの目が今度は神魔の最高指導者の方へと向いた。その瞳が紅く、暗く、鈍い光沢を放つ。

「神は一人でいいのだよッ!!!!」

 パレンツの言葉と同時にパレンツの周囲に六つの砲口が現れた。その砲口は二人に向けて凶悪なエネルギー、断末魔砲を放った。
 しかし、伊達に両者とも神族、魔族のトップを張ってはいない。無理に受け止めようとはせず、最小限の力で己の周囲にバリアを張り、向かい来るエネルギーをいなした。
 そばを通り過ぎた断末魔砲の衝撃に少し押され、よろめきながら地に降り立つ。
 瓦礫を押しのけて横島も姿を現した。

「まったく…アシュタロスの件がようやく落ち着いたと思ったらまたこんなワケのわからんことが起こりよる…まったく気の休まる暇もないわ」

 言いながら魔界最高指導者はふーやれやれとため息をつく。厄介事に次ぐ厄介事で、正直勘弁してくれというのが本心だろう。
 魔界最高指導者の顔が引き締まる。完全な戦闘体勢だ。三人は思い思いの構えをとり、パレンツと向かい合った。
 パレンツは笑った。

「そう…アシュタロス。思えば…彼こそが最も強大な『イレギュラー』だったのかもしれない。『創造力』を忘れるために与えた『知』を用いて『創造力』とほぼ同じ能力を持つ機械…『コスモ・プロセッサ』を造りだし、果ては私の力をも大きく超える……こんなものまで作り出したのだからねッ!!!!!」

 パレンツの周囲が爆発的に輝いた。同時に凄まじい衝撃が起こる。巨大な質量を持つ何かが顕現しようとしているのだ。
 あまりに巨大なソレは徐々に徐々に創造されていく。
 巨大な足が降り立ったとき、大地は悲鳴を上げた。
 月明かりに照らされてその威容が遂にその姿を現す。

「嘘やろ…?」

「こんなことが……」

 キーやん、サッちゃんと呼ばれた両界の最高指導者は呆然とその威容を見上げていた。
 横島は忘れるはずもないソレを見上げて、湧き上がる激情をこらえていた。

「究極の魔体……」

 横島の声に応えるように、再び地上に姿を現した破壊の権化は雄々しく雄叫びを上げた。
 雄叫びにパレンツの高笑いが混ざる。

「この魔体に並び得る力を持った者はこの世には存在しない! 私が保証するよ!! まったく、大した男だ。アシュタロスという男は!!!」

 かつてアシュタロスがその半身を埋めていた所にパレンツも位置していた。パレンツもまた、その身を半ばまで埋め込んでいる。

「くそ…厄介やで、アレは…! 破壊力だけやない、防御力も一級品や。どうするキーやん?」

「確かに…あの時は破壊力の弱った一撃を二人がかりで受け止めるのがやっとでしたからね。さて…どうしましょうか……」

「相談する暇をくれてやると思うなッ!!」

 パレンツの叫びと共に究極の魔体の体中から霊波砲が放たれた。
 何百、何千、何万と。しかもその全てが致命的な威力を持つのだ。
 横島も、神界最高指導者も、魔界最高指導者も、光の弾丸の群れを縫う様に飛び、かわす。かわしながら霊波砲を放つ。その全てがバリアに飲み込まれ、消えていく。

「く…! あのバリアをなんとかせんことには…!!」

 苦々しく魔界最高指導者は呟く。
 横島が魔体の後ろに回りこんだ。

「弱点はわかってんだよ!! くらえッ!!!」

 腰の辺り、尻尾の付け根部分。バリアの欠損箇所に向かって横島は霊波砲を放とうとした。だが、そこに狙い澄ましたかのような鋭い尾の一撃が叩き込まれる。

「がはッ!!!!」

「あの時と一緒にしてくれるな? 知性は健在、そしてエネルギーの供給源は私…すなわち、無限だッ!!!」

 魔体の背中に装備された実に巨大な大砲が唸りをあげる。

「アカンッ!! 横っち!!」

「私がッ!!」

 神界最高指導者が昏倒する横島を抱えた。

「消し飛べぇッ!!!!!」

 魔体の背中から巨大な、強大な、圧倒的な威力が放たれた。大地を抉り取り、進んでいく。
 光が空の彼方へ消えたとき、妙神山は跡形もなく消えていた。破壊の痕跡はそれだけにとどまらない。地平線の彼方まで大地は削り取られていた。
 一体どれほどの命が死んだだろう。いくつの町が消えただろう。どれほどの苦しみが生まれただろう。
 神界最高指導者に抱えられ、なんとか破壊の奔流から脱出していた横島は、拳を硬く握り締めた。
 もはや、パレンツに見境はない。
 おそらく、横島の計略にはまった時、彼は完全に壊れたのだ。
 終わらせる。横島はそう誓う。『時は来たのだ』。負けるとは微塵も思わない。自分に追い風は吹くのだから。

「神界の最高指導者様。魔界の最高指導者様」

 いつの間にか自分の周囲に集まっていた二人に横島は声をかける。
 だが、二人からの返事はない。聞こえていないはずはないのに、だ。
 横島は怪訝に思い、首をかしげる。

「あ」

 何かを思い出したように声をあげると横島は二つ、咳払いをした。
 遠慮がちに口を開く。

「え〜と…キーやん? サッちゃん?」

「なんや横っち?」

「なんでしょう?」

 こんな土壇場でくだらないこだわりを見せる二人に横島は苦笑した。

(せっかくシリアスに決めていたのにな)

 だがその方が自分らしい、と横島は笑う。自分にシリアスが似合わぬことなど彼は重々承知している。
 それに、この状況での二人の余裕さは頼もしい。負ける気は、やはりしない。

「俺に考えがあります」

 そして横島は自分の考えを手早く話す。神界最高指導者と魔界最高指導者は顔を見合わせた。

「そんなこと…出来るんか?」

「無謀だとしか思えませんが……」

 横島の目は揺らがない。迷わない。

「俺を信じてください」

 しばし、無言の時が過ぎる。沈黙を破ったのは再び放たれた大砲の一撃だった。
 三人は散り散りになってかわす。魔界最高指導者が叫んだ。

「横っち!! わしは乗るでえ!! やったるわ!!!」

 神界最高指導者も頷く。

「ええ、私もアナタを信じましょう。私などより、どうやらアナタのほうが神に近いようですから」

 二人の言葉に横島は力強く頷く。

「ええ、任せてください」

 そして横島は究極の魔体に向けて突っ込んでいった。襲い来る光の弾丸は栄光の手<ハンズ・オブ・グローリー>で薙ぎ払う。

「でも…キーやん。神だとか何だとかはやめてくださいよ。俺はただのクソガキ。ちっぽけな一人の人間、横島忠夫です」

 振り返り、神界最高指導者に向けて笑いかける。そして前に向き直ると眼前に迫っていた霊波砲を薙ぎ払った。
 そのまま加速していく。パレンツの喉元に向かって。

「何のつもりだ!? 横島忠夫!!」

 パレンツの言葉には応えず、横島は笑みだけを浮かべて魔体に突っ込む。
 魔体の目の前に迫ったとき、横島の周囲の空間が歪み、横島の姿は虚空に消えた。

「は…ハハハ……! 馬鹿め…肉弾戦に持ち込めば何とかなると思ったのか!? 別の空間へ攻撃を逃がすというこのバリアの性質を忘れていたか!? どことも知れぬ空間で迷い果てるがいい!! なんとも間抜けな決着だ! アハハハハハ!!!!!!!」

 ひとしきり笑い、今度は最高指導者の二人に目を向ける。

「それで、貴様らはなんのつもりだ?」

 二人は究極の魔体に向けて手のひらをかざしていた。
 神界最高指導者は右手を、魔界最高指導者は左手を。肩を並べて。寄り添うように。
 二人の力が高まっていく。究極の正と、究極の負。相反する二つのエネルギーが溶けて混ざっていく。
 魔体から幾万の光の弾丸が撃ちだされた。
 だが、今度は二人とも避けようとはしない。幾度直撃を受けようと、揺らがない。
 ダメージに耐え、ただじっと『その時』を待つ。

「ほう…さすがに神族・魔族のトップだ。大したタフさだな。だが果たしてこれに耐えられるか?」

 究極の魔体の背中の大砲が二人に照準される。唸りを上げてエネルギーが集中する。

「何を企んでいるが知らんが…貴様らのその一撃、放とうとも全ては無駄だ。このバリアの前ではな」

 大砲から眩いほどの光が溢れ出す。もうあと数秒後には発射されるだろう。
 二人の額から、血と汗が滴り落ちた。

「それでもやるというのなら放つがいい! ただの悪あがきに過ぎんがな!!」

 パレンツの叫びと共に光が放たれる――――その刹那。

「悪あがきは、お前だろ?」

 聞こえるはずのない声が響く。この世界から姿を消したはずの男の声が響く。
 パレンツの動きが止まった。

「――――――横島忠夫ッ!?」

 パレンツの目の前で空間が輝きだす。歪み、裂けた空間の裂け目から莫大なエネルギーが溢れ出る。
 そしてバリアは音を立てて砕け散った。

「馬鹿なッ!!!!!」

「今だ! キーやん!! サッちゃん!!!」

 横島の叫びと同時。二人はにやりと笑い、溜め込んでいたエネルギーを開放した。
 白と黒のエネルギーが渦を為し、究極の魔体―――パレンツを飲み込む。
 音を立てて究極の魔体が崩れ去っていく。

「ぬうううううううう!!!!!!! おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」

 パレンツは究極の魔体を捨て、宙に飛び立つ。魔体から吹き出る煙で視界が悪く、周囲の状況を認識し辛い。

「ちぃッ!!」

 パレンツは目を瞑り、意識を世界に溶け込ませることで状況の認識を図ろうとした。
 ひたり、と。手のひらが自分の胸辺りに押し当てられるのがわかる。
 パレンツは目を見開いた。
 横島の姿が目の前にあった。横島の右手が胸にあてられていた。
 そして横島は無限大の『衝撃』を創造した。
 轟音が大地と大気を揺るがす。凄まじい速度でパレンツの体は撃ちだされ、大地に衝突し、巨大なクレーターを穿った。

「……ふぅ」

 地面に降り立ち、横島は膝に手をついた。最高指導者の二人が横島のそばに降り立つ。

「ギリギリやったな……でもようやったで横っち!! わし、感動したわ!!」

「それにしてもどうやってバリアを破壊したんです? 私にはその手段がさっぱりわからなかったものですから……アナタがバリアに飲み込まれた時はヒヤヒヤしましたよ」

 神界最高指導者の問いかけに横島はまず礼をもって返した。

「ろくな説明もしなかったのに信じてくれてありがとうございました。俺はそんな複雑なことはしていないんです。ただ、エネルギーを逃がす空間は、即席で創られたものである以上、必ず限りがあると思ったんです。この宇宙のように、無限であるわけがないと。限りがある以上、容量を大きく超えてエネルギーを満たせば壊せると思ったんです。空気を入れすぎた風船が破裂するようにね」

 つまり横島は斉天大聖と同じことをしたのだ。
 横島の説明を受けて、最高指導者の二人は苦笑いを浮かべるしかなかった。それも当然だろう。
 空間を埋め尽くすほどのエネルギーを僕は出したんです。横島はそう言っているのだから。

「それで自分を人間だと言い張るとは悪い冗談ですね。どの神族よりも、どの魔族よりも強大な存在。それは『絶対者』というのですよ」

 神界最高指導者の言葉に、横島はゆっくりと首を振った。

「俺は人間ですよ」

 横島はそうきっぱりと言い切った。

「どっちでもええやないか! これでまた厄介な事件が一つ片付いたんや!! 今日は浴びるように飲むでえ!! キーやんも付き合いや! 横っちも…おっと、横っちは未成年か。アカンアカン」

 『サッちゃん』のとても魔界最高指導者とは思えない俗っぷりに横島は苦笑を浮かべる。
 神界最高指導者である『キーやん』はやれやれと肩をすくめた。

「ほんじゃキーやん、帰るでえ。横っち、しっかりと養生しい…や……」

 魔界最高指導者の言葉が止まる。
 何事かと横島と神界最高指導者は魔界最高指導者の視線を眼で追った。

「なんですって…!」

「まだ……生きてたのか。パレンツ!!!!」

 三人の視線の先に、クレーターから這い出てよろよろと立ち上がるパレンツの姿があった。
 だが、様子がおかしい。
 視線は宙をさまよい、何かぶつぶつと口を動かしている。

「どこで…どこで間違ったのだ…どこで……」

 その言葉はそう聞き取れた。
 三人は顔を見合わせる。

「とどめ…さしといた方がええんちゃうか?」

「いや…もう少し様子を見たほうがよくありませんか?」

 最高指導者の二人の会話を聞きながら、横島はパレンツの様子を観察していた。
 パレンツの言葉を聞き逃さぬよう、神経を研ぎ澄ます。

「そうか…最初から……アダムに『創造力』を受け継がせてしまった時から…全ては間違っていたのだ……」

 ぞわりと、横島の背筋に寒気が走る。猛烈な危機感が襲う。焦燥が横島の身を焼く。

「フフ…やり直しだ…全て……最初から……やり直す……!!!」

「パレェェェェェェェェェェンツッ!!!!!!!!!!!!!!!」

 横島は弾けるように飛び出した。止めを刺すべく、霊波砲を放つ。





 だが、全ては遅すぎた。






 パレンツの体から漆黒の闇が溢れ出す。横島の放った霊波砲は闇に飲み込まれ、消えた。
 紫電を纏う漆黒は全てを飲み込みどこまでも、どこまでも広がっていく。恐ろしい速度で。飲み込んだものの存在を無に帰しながら。

「なんや!? 何が起こっとるんやっ!? キーや――――」

「終わるというのですか? この世界が! そんな馬―――――」

 闇に捉われ、砕かれる。大地も大気も、草も虫も、雲も鳥も、星も月も、海も空も。
 神も魔も人も。全て全て全て全て全て全て全て全て全て全て飲み込まれて消えていく。断末魔の叫びすら捉われ、吸い込まれていく。

「美神さん!! 見てください!!!」

 おキヌの声に、美神はあてがわれた部屋を飛び出し、おキヌの横に並んでおキヌの指差すほうに目を向けた。

「なんなの…あれは……」

 美神たちが今いるのは神界である。身の安全の確保のために美神たちは神界でも中央に位置する辺りに匿われていた。
 神界には夜がない。そもそも一日という概念がない。白く輝いた空は変化をまるで見せないからだ。
 そんな神界に、夜が迫っていた。そう表現するしかなった。
 白い世界が漆黒の闇に飲み込まれていく。陵辱されていく。

「令子ちゃん待って〜〜置いていかないでよ〜〜〜」

 美神より数秒遅れて冥子も飛び出してきた。美神にすがり付くように傍らに立つ。

「冥子…来ないほうがよかったわよ、アンタ」

「え〜〜?」

 そして冥子も迫り来る闇の存在に気がついた。

「ヒッ!」

 小さく冥子は悲鳴を上げる。暴走すら起こさないのは魂の底からの戦慄だったからだろう。
 いつのまにかヒャクメが美神たちのそばに立っていた。

「ヒャクメ…何なのあれは……」

 ヒャクメはじっと迫り来る闇を見つめながらフルフルと首を振った。わからない、ということだろう。
 彼女の目には飲み込まれ、無に帰していく神界がはっきりと捉えられているはずだった。
 にもかかわらずヒャクメには何が起こっているのかわからない。理解できない。

「私にも何がなんだかわからないのね……強いて言うなら……」

 ヒャクメは美神に笑みを向けて言った。
 とても弱々しい笑みだった。

「あれは、破壊そのものなのねー」

 あれほど遠かった闇は、今はもう間近に迫ってきていた。逃げる場所も、手段も、無い。
 美神とおキヌは固くその手を握り合った。美神の空いたほうの手に冥子が必死で縋り付く。
 ヒャクメは闇の正体を探ろうとずっと目を凝らしていた。意味がないとはわかっているのだけれど。

「ほわぁ! ほわぁ!!」

「おーよちよち。泣かないでね〜怖いものなんか何もないのよ〜〜」

 突然泣き出したひのめを百合子があやす。なお泣き止まぬひのめを百合子は優しく抱きしめた。

「大丈夫…大丈夫よ〜おばちゃんが傍にいますからね〜〜」

 美神は脳裏に彼の姿を思い浮かべた。おキヌは心に彼の姿を思い描いた。
 会いたい―――切にそう願った。
 その想いは溢れ、言葉となって外に出る。

「横島ク―――――」

「横島さ―――――」

 漆黒が全てを飲み込んだ。闇はなお止まらず、世界を侵食し続ける。










「フハはハハはハハハハハハはハはははハははハははハは!!!!!!!!!!! アーーーーーハッハッハッハッハッハッハ!!!!!!!!!!!!!!!」

 全てが闇に飲み込まれていく中で、パレンツの笑い声だけが響いていた。
 『破壊』の『創造』。なんたる矛盾か。
 だがパレンツはそれをやってのけたのだ。














































 ――――そして世界は消えた。



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