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そして続く物語

異郷の風に吹かれて


投稿者名:ゼロ
投稿日時:05/ 5/ 4

 少年は痛みには慣れていた。
 母の常軌を逸した厳しい躾と罰を何度も受けていたから。
 少年は憎しみと恐怖という感情を幼い頃から良く知っていた。
 ときたま母や隣人が彼にその感情を向けたから。
 少年は笑顔というものが貴重だと理解していた。
 母が滅多にそれを浮かべなかったから。
 そして、それを浮かべる母の顔が、この世界の何よりも綺麗で尊いと感じたから。
 だから少年はライン川の畔で偶然見つけた美しい輝きを放つ小さな黄金の珠を母に差し出した。
 そうすれば母が喜んでくれると思ったから。








「ここがドイツっすか。確かにヨーロッパ系の人間だらけっすね」

 アムステルダム空港を降り立った横島は珍しそうに辺りを見回す。

「結構アジアからの移民も多いんだけれどね」

 唐巣が示した先には確かにアジア系の人間が受付を済ませている。

「これからどうするんですか?まだマンハイムのホテルのチェックインまでには10時間以上ありますけど」

 秋美が首を傾げる。
 唐巣は少し考えると提案した。

「そうだね、学会は明日からだし早く着いても仕方がない。ちょっとケルンに寄り道しないかい?」

「あ、それいいですね」

 おキヌの歓声に秋美達も頷く。

「それじゃあ、決まりだね。ICE(ドイツの高速列車)があるからすぐ着くよ」

 一同は唐巣に促されて、空港のロビーを抜けて駅に向かっていった。

 現在、彼らは明日からマンハイムで行われる学会に参加するために、ドイツに赴いていた。
 『組み込み計画』の関係者からは、横島と秋美と西条が発表に、おキヌがネクロマンサーとしての顔見せに、
 そして唐巣が案内役として同行していた。
 西条は一足先にドイツ入りして、
 現在は留学中に知り合ったオカルトの関係者やヨーロッパのオカルトGメン達との旧交を温めに行っている。


 列車から降車してケルン中央駅に着いた4人を風が撫でる。
 駅を出て歩きながら周囲を見回す横島は駅前に止まっている車に目を留める。

「すげえ、タクシーが全部ベンツだ」

「メルセデスのように高くはないけれどね。ベンツ製だけあって頑丈だよ」

 その呟きを耳にした唐巣が解説する。
 おキヌも秋美も珍しそうに辺りを見回している。
 目に映る風景も街並みも肌に感じる気候も日本とはまるで違う。
 まぎれもなくこの大地は彼らにとって異郷なのだ。

 しかし、そんな事で感傷的になるほど彼らの心には余裕がなかった。
 秋美や横島は発表が気にかかっていたし、おキヌは観光に浮かれていた。
 そして唐巣は何か問題が起こらないようにさりげなく彼らに注意を払っている。
 要するに、異郷だろうが僻地だろうがそんな事を気にするほど繊細な神経の持ち主はいないのだった。
 美神達との付き合いがあり、何度も非常識な場面に遭遇していればそれも当然といったところか。

 やがて一同の目に、 日本の寺や仏閣とは異なる美しさと、どことなくアンティークな感じのする2本の塔が現れ始めた。
 大きくて古色蒼然としたその佇まいは厳かな雰囲気を醸し出している。
  
「この建物、デジャブーランドの城よりも高いな」

「あ、ここは632年間掛けて建設されたドイツで最大のゴシック様式の聖堂ですね。2本の塔の高さは150m以上あるそうですよ」

「おキヌちゃん、詳しいね」

 横島の言葉におキヌは笑顔を浮かべると唐巣を見た。

「あははは、実は出発前に観光ガイドを見てきたんです。
 ライン川沿いはドイツでは有名な観光スポットがたくさんあるですよ。唐巣さん、中に入ってみたいです」

「構わないよ。私もここで祈りを捧げてこよう。君たちはどうする?」

 秋美と横島は目を合わせる。

「それじゃあ、俺達もいきますか?」

「ええ」

 
 大聖堂の中に入った4人の目の前には、珍しい大ステンドグラスの姿が広がる。
 それに反射した陽光は微かに色を帯びて緩やかに伸びて床を滑って陰影を形作っている。
 聖堂の中にはかなりの人数の人が訪れていた。
 唐巣は3人を促すと、この聖堂の宝が飾ってある祭壇の近くに案内した。
 
「あの祭壇奥には東方の三賢者の聖遺物が納まっているんだよ。
 あれがここにあるおかげで、この大聖堂は非常に文化的にも大きな価値を持つようになったんだ。
 祭壇右側にある絵はシュテファン・ロホナー作の『三賢者の礼拝』だ」

「東方の三賢者ですか………」

 聞き覚えのある言葉に反応して呟いたおキヌに、唐巣は更に詳しく説明する。

「ああ。彼らはイエス・キリストの誕生を星の目撃によって知り、
 その星の導きでイエスの産褥を訪ね、黄金・乳香(香料)・没薬を捧げたと言われているんだ。
 東方の占星術の学者であるとも言われ、三賢王、三博士、三賢人という呼び方もされているね」

「バルタザール、メルキオール、カスパー。その3人のMAGIの解釈ですね」

「おや、良く彼らの名前まで知っているね。3人とも聖書に目を通したのかい?」

 唐巣に問い返されて、3人は微妙な顔をしながら目を逸らした。
 横島は聖書には1ページたりとも目を通していないし、秋美もおキヌも特に有名な部分に少しだけ目を通した事があるくらいだ。
 数年前までは赤貧だった唐巣は、テレビなど殆ど見なかったので知らないのだが
 3人が東方の三賢者の名前を知っていたのは、少し前に大流行したあるアニメを見た事が切欠なのだ。
 彼の問いに答えようがない3人は揃って口を濁して誤魔化した。
  
 聖遺物と絵の説明が終わり、聖堂の管理者に断りを入れると唐巣は三人に声をかけた。

「では、私は祈ってくるよ。君たちはどうする?」

「折角ですから私も祈ってきます。クリスチャンではないですけれど」

 おキヌが返答し、秋美も頷く。

「それじゃあ、発表がうまくいくように俺も神頼みしておくかな」

 聖堂内の厳かな雰囲気に背中が痒くなってきた横島も取り残されるのを嫌ってそれに続いた。


 祭壇の前で唐巣は跪くと黙然と祈りを捧げた。
 すぐに祈りを切り上げて他の3人の祈る様子を眺めていた横島は、その姿をぼんやりと見つめた。
 飾らない沈黙を保ったまま神に対して真摯に祈りを捧げる彼の姿は、信仰心の厚い神父そのものだった。
 おキヌや秋美に視線を移すと、彼女達も静かに祈っている。
 祈りは何かを願うため、何かを悼むため、そして懺悔するため。
 けれど、そのいずれも横島にとって程遠い行いだった。
 神に願って得られたのは己の霊能。これには深く感謝している。
 けれど何かを悼む時も己の行為を懺悔するのも、神の前で行う気にはなれなかった。
 神もまた彼女と自分の決断によって救われたのだから。
 今更そのことを神に対して愚痴っても、神はさぞ困った顔を浮かべるだけだろう。
 ほんの少しだけその光景を想像して横島はにやける。
 それでも目の前で静かに祈る3人の姿には何か惹かれるものがあった。
 その信じる姿には、たとえそれがどんなに滑稽だとしても、一抹の美しさを感じられずにはいられなかった。
 やがて祈りを終えた一同が外に出ると、横島は先ほど内心で感じたものをおくびにもださずに明るい声を出した。

「次は上に行ってみませんか?」




「うわあぁぁ」

 大聖堂の尖塔を上り詰めて、約150mケルンの街並みを見下ろしたおキヌがそこから広がる風景に思わず感嘆した。
 古風な建物と近代的な建物が混在している市街地を横断してライン川が流れている。
 その向こうには街路樹が緑の帯を為すかのように道路に沿って鮮やかに植えられていた。
 横島も声もなくその景観を見つめていた。
 このような風景は日本にはない。
 これを見た時に、彼の心には異郷の大地にやってきたのだという実感がようやく湧き上がった。

「良い街だろう。
 私はケルンには何度か滞在したことがあるけれど、何度来てもここからの眺めには圧倒されるんだ」

「なんか分かる気がするっす」

 唐巣の言葉に頷きながら横島はじっと目の前の風景を見ていた。




 大聖堂から出ると彼らは、尖塔から見えたライン川の近くまで行ってその水の流れを観察していた。

「これがライン川なんですね!?」

「そうだよ。尖塔からも見えたけれどケルンでは市内にライン川が流れているんだ。
 尤も街を出れば、川幅もボートや船が楽に遊覧できるくらいに広くなるけれどね」

 興奮した様子のおキヌに唐巣が答える。
 その隣では秋美がまじまじと水流を眺めていた。やがて彼女が顔を上げる。

「この川、随分他の場所と比べて霊的なエネルギーが豊富ですね」

「ああ。地脈のある場所ほどじゃないけど、川の水の中に霊力が混じってるみたいだ」

 秋美の言葉に相槌を打つ横島。
 そんな彼らの疑問を受けて唐巣はライン川についての知識を思い出しながら答えた。

「もともとライン川は神話の時代に色々あったらしくて含有魔力の量は他の川よりも高めなんだ。
 でもそれを利用するのは難しいんだけどね」

「どういうことっすか?」

「ライン川の水はライン川を流れている間は魔力が高いけれど、
 川の水を汲んでしばらく放って置くと魔力は失われてしまうんだ。
 これはライン川そのものが地脈のように魔力の供給を果たし、更に維持も兼ねているようなんだよ。
 何故こんな事が起きるのかは色々仮説があるけれどね」

「それじゃあ、霊能力者にとっては使い道がないのですね?」

「そうだね。ローレライのように霊力を使う性質があり、尚且つ常に川で生活する生物でないとあまり意味がないだろうね」

「川全体から魔力を集める事は出来ないんですか?」

 かつて月面でメドーサたちがヒドラを使って魔力を集めて地球に送信しようとした事を思い浮かべたおキヌが尋ねる。

「それも難しいね。なんらかの大きな効果のあるアイテムをライン川中に沈めて、
 それを時間をかけてライン川と馴染ませてから魔力を吸い取って一箇所に集めれば、
 かなりの霊的エネルギーを集める事が出来るかもしれないけれど、そんなに都合のいいアイテムは中々見つからないだろう。
 もし見つかったとしても、そういうアイテムは他にいくらでも使い道があるものだよ」

 やがて彼らは近くにあったお店に入ると、ライン川を見ながらの昼食を楽しんだ。



 太陽が地平線から姿を消して街が宵闇に包まれた頃、
 4人はようやくマンハイムに辿り着き、予約していたホテルでチェックインを済ませた。
 そして翌日、

「ここが学会の会場っすか。思ったより広いっすね」

 学会の会場に辿り着いた横島が暢気に声を上げる。
 初めてこういった場所に来るおキヌや秋美も珍しそうに眺めていた。
 普通は学会の発表はどこかの大学を使って行われるケースが多いが、
 オカルトに関係する発表という事でマンハイムの郊外に位置する会場は、
 かつて音楽のコンサートにも使われていた事もある古めかしい建物だった。
 唐巣が苦笑しながら説明していった。

「この手の学会では、オカルトの関係者と一般の来場者の合計は1000人を超えることも珍しくないからね。
 オカルトの関係者にとっては、大学の構内よりもこういった場所のほうが雰囲気が出るってことだね」

 中に入って受付を済ませると、既に到着していた西条が声をかけてきた。

「唐巣先生、おはようございます。横島くんたちも元気そうだね」

「おはよう、西条くん。オカルトGメンの方々は元気だったのかい?」

「ええ、元気すぎるほどでしたね。殺したって死にそうにないほど強健な連中ばかりでしたよ」

 にこやかに会話を交わす2人を尻目に、おキヌは学会の予定表を手に取った。

「横島さん達の発表も午前中にやるって聞いてましたけど、
 西条さんの発表って本当に学会が始まってすぐなんですね」

「ああ、そうなんだ。まあ、いつだろうと僕にとってはたいした違いはないけれどね」

「へえ、言うじゃないか」

「ああ、横島くん。
 僕の発表を聞いて何か変なところがあったら質疑応答で遠慮なく指摘してくれたまえ。
 僕の発表に関して最も予備知識があるのは君達だからね」

「あれ、そんな事を言っていいのか?」

「勿論だよ。君たちほど僕の発表の背景について詳しい人間はいないだろう」

 自信満々に、むしろからかうように断言する西条の口調に横島は違和感を覚えた。
 自分の質問に全て答えられるつもりなのか、それとも質問が出る余地のないほど完璧に仕上げてあるのか。
 


 場内を歩いていくと、カメラらしき物を持った人間などいかにも報道に関わりのありそうな人間の姿がちらほらと見える。
 不思議そうな顔をしている横島に唐巣が声をかけた。

「気がついたみたいだけど、この学会に取材に来た人達もいるみたいだよ。さっきの人達は記者かもしれないね」

「取材って、マスコミの関係者が来てるんすか?」

「あまり多くは無いけれどね。
 ほら、あそこにいるのはこの地方のローカルなテレビ局の関係者だよ。一応発表の様子を録画しているようだね」

「緊張してきたな」

「大丈夫ですよ。横島さんは質問の時以外は、スライド交換だけしていただければいいですから」

「いや、それはありがたいんだけどね。なんつうか逆に申し訳が無いというか…………」

 秋美の言葉に横島は居心地悪そうな顔をする。
 結局、横島の英語力はヒアリング、ライティングに関しては恥ずかしくないレベルになったが、発音にはまだ難があると判断された。
 よって彼は発表の原稿や資料作成はきちんとこなしたが、
 本番の発表は秋美が行い、横島は資料の提示と質疑応答の時の補佐に回る事になったのだ。


 更に歩いていくとお札を持ったり、GSが戦闘の時に着るような変わった格好の人達もいた。
 どうやら会場には、オカルトの関係者は勿論の事だが現役のGSも多いようである。
 集中して気配を探ると、会場中の至る所に常人よりも霊力の高い人間がいることが感じ取れる。
 おかげで会場全体に大きな霊力が行き渡り、それが人の流れによってうねっているようだ。
 霊的な防御を施してあるようなので、外からはそれが分かりにくくなっていたようだが、
 気配に敏感な悪霊などがそれに惹かれて近くまでやってくるかもしれない。
 学会の会場がわざわざマンハイムというそれほど大きくない都市の、しかも郊外にある建物になったのはこれが原因なのだろう。
 

 開始の時間が迫り、横島たちは興味をひかれた発表を見に行き、西条は準備を始めた。
 幾つかの発表が終わり、やがて西条の発表になる。
 彼が提示した題は『オカルト捜査における人外の存在の協力とその効果について』である。
 横島は、熱心に彼の発表に聞き入っていた。
 何か粗があったら容赦なく質問で攻撃してやろうと思いながら。
 しかし、その発表の中で西条が人外の存在が協力した例として取り上げた事件について話し始めた瞬間、
 彼は席から滑り落ちそうになった。
 それはシロが関わった事件だったのだ。

「あの野郎…………なんの断りもなく」

 なるほど道理で西条が自信満々だったわけだ。
 発表の内容そのものも欠点がないようにそつなく纏められているようだが、
 シロを良く知る横島から見れば、何箇所かにはけちをつけることも不可能ではない。
 しかしそれは、シロの働きに対してけちをつけたと思われても仕方がない。

「やられた」

 これでは西条への攻撃は、自分に十倍になって返ってくるだろう。
 仮に横島がシロの能力や適正について疑問を投げかけた、という事にでもなれば、
 帰国後にそれを知ったシロの機嫌を直すのに、どれだけの時間と手間がかかることか。
 横島はそれを悟ると、しぶしぶ黙って西条の発表を聞き終えた。

 一方、秋美はかなり楽しそうに様々な発表に耳を傾けていた。
 学会で発表された様々な論文や事例は、こういった事に詳しい彼女の好奇心を刺激したようだった。
 彼女はまだ細かい部分が分からないおキヌに説明しながら、時には流暢な英語で質問を繰り出した。


 やがて横島たちの番が迫ってきた。
 人ごみの少ない場所に行くと、2人は発表用の原稿と資料を出して最後の準備を始めた。

「横島さんはあまり緊張してないみたいですね」

 秋美に声を掛けられ、横島は首を傾げた。
 確かに今の自分からは焦りも不安もない。
 しかしそれは、別段『人外の存在との交渉における問題点と対処法』という発表に自信があるからではない。
 どちらかというと、失敗したところで挽回の余地などいくらでもあるから焦る必要などないと感じているからだ。
 人類の敵として散々テレビに映って、パピリオの作った悪役のコスチュームを着て、
 悪役そのもののセリフを言った時に比べれば、今回失敗したところで「人類の敵」という立場よりもまずい事にはならないだろう。
 顔を上げて秋美に微笑むと横島は明るい声で答えた。

「少しは緊張してますよ。でもまあ、失敗したから命までとられる事はないですからね。
 そういう意味なら、喧嘩っ早いやつや危ないやつと交渉する時の方が緊張しますね」

 それは何気なく言った言葉だったが、それを聞いた秋美は虚を突かれたような顔をした。

「確かに………その通りですね。ええ。危険な相手との交渉の直前や、その相手に話しかけたときはもっと怖かった」

 そう言いながら呟くと、彼女は少し俯いた。
 当たり前なのだが秋美にも緊張はあった。
 先ほどまで熱心に他の人の発表を聞いていたのは、緊張を忘れてしまおうと思っていたからでもあるだろう。
 初めての場所で大勢の人間の前で話すという未知の事態に気後れしてしまいそうだったが、
 別に今の状況には何の危険もないのだ。
 そこに思い至って、彼女は顔を上げた。もうそこには普段のように落ち着いた表情が在った。
 その時、前の人の発表が終わりを告げた。
 引き締まった顔で振り返ると、秋美は横島に声をかけた。

「では、いきましょう」




 横島と秋美や西条たちの発表は無事に終わった。
 彼らの発表後、質疑応答は賛否両論で大いに盛り上がり、計画にエールを送る者や否を唱える者など、
 様々な意見が飛び交って『組み込み計画』は一躍注目を集めた。
 それを唐巣は満足そうに眺めていた。日本GS協会の目論みは成功した。
 これで計画は世界的な規模でGS達やオカルトGメン達に印象を残した。
 ほどなくして彼らを通じて彼らと繋がりのある企業や組織などにも注目を集めていくだろう。

 唐巣が知るはずもない事であったが、横島と秋美達の発表は、それに望みをかけて会場に来ていたある女性を絶望させた。



 午前の発表が終わり、彼らは会場内の食堂で昼食をとっていた。
 発表を終えたことで、皆がリラックスしながら談笑する。
 その時、その場にいた多くの人間の霊感に不吉な予感が走った。
 彼らは視線を左様に動かして様子を窺うが何の異常も見当たらない。
 それで何人かは安心したようだが、トラブルにはよくよく縁がある唐巣や横島は気を抜かずに辺りに注意を払う。
 やがて、横島の目が窓の外に向けられる。
 視線の先には空にぽつんと浮かんでいる小さな黒い点が映っている。
 目を凝らしながらそれを見ていると、やがて黒い点は次第大きくなっていった。
 その形が明確になっていくにつれて、横島の顔が引き攣っていく。
 我慢できなくなった彼は焦燥を滲ませた声で唐巣に話しかけた。

「唐巣さん。俺の目、おかしくなったんすかね。大きなトカゲみたいな生き物がこちらに飛んでくるような気がするんすけど」

「私にもそれが見えるよ。どうがんばってもあれは…………竜にしか見えないね」

「Jesus……」

 誰かの声が聞こえてくる。
 既に皆の目にも異形の黒い生き物が近付いてくる姿がはっきりと映っていた。




 彼方から黒い飛竜が襲来した。
 青い空には禍々しい黒い影。
 魔力と恐怖を振りまくその影は血に塗れながらも綺麗な何かを求め続ける。
 やがて彼の者は大きな光を見つけて舞い降りた。
 それは始まりの終わりを告げる鐘の音。
 かくして夢物語が始まった。


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