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そして続く物語

テレビ出演


投稿者名:ゼロ
投稿日時:05/ 4/30

 その日、美神事務所のメンバーたちは午前中にあっさりと依頼を片付けて午後のティータイムを楽しんでいた。
 気取った動作で紅茶を飲むタマモや古風なおキヌ、必要ならば上品に振舞える美神の三人ならば、
 その姿は優雅な風景として申し分なかっただろう。
 しかし、良く言えば健康的、悪く言えば無駄に元気な少女が混じっているとそうもいかない。
 優雅というよりも無骨な動作でお茶を飲む彼女の姿はそこはかとなく漂う優雅な雰囲気をあっさりと消し去っていた。
 最初はそれを注意していた美神も、今では汚さないように注意する事を条件に好きなようにやらせていた。

 まったりとした時間が流れる。
 彼女達は雑誌を読みふけったりテレビに熱中したりなど各々が思い思いに過ごしていた。
 その時、事務所の電話が鳴った。

 机に座っていた美神がそれを取って受話器に耳を当てる。
 そのまま10分ほど話すと受話器を置いた彼女が何故か渋い顔をしながらシロを見た。

「喜びなさい、シロ。ママから出演依頼がきたわ。あんたは今度、テレビに出るのよ」

「まことでござるか!?」

 美神の言葉にシロが尻尾を振りながら立ち上がった。
 全身から喜びのオーラを噴出させているシロに、美神は思わず吹き出した。
 シロにとってテレビとは、8割以上が時代劇なのだ。
 あの喜びようでは、きっと何かの時代劇に出演できると思っているのだろう。

「言っておくけど、時代劇の出演じゃあないわよ」

「そ、そんなあ」

 途端にしょんぼりと座り込むシロの姿にタマモも笑い出した。
 どうやら彼女も美神と同じことを考えていたようだった。
 そんなタマモを睨みつけて怒鳴ろうとするシロを手で制すと美神は具体的な説明に移った。

「少し前にオカルトGメンに仕事内容についての取材が来たんだけど、その時に唐巣先生とママが企画を練ってね。
 あんたがオカルトGメンの捜査を手伝っているところを、
 知り合いのテレビ局の人に撮ってお茶の間の皆様に紹介しようって事になったのよ」

「どうして私じゃないのよ、ミカミ」

「タマモはこそこそ暗躍して最後に笑うスタイルなんでしょう?
 下手に名前と顔を売って有名になったら却ってやりにくいわよ。
 もうあれから随分たつから、昔の依頼で退治したことになってる九尾の狐とあんたが同一人物だと断定する事はできないわ。
 だから私は、あんたが九尾の狐だってばれても困らないけどね」

 不服そうに口を挟んできたタマモを、維持の悪い笑みを笑みを浮かべて黙らせると、美神はへなへなと座っているシロに向き直る。

「もちろん『組み込み計画』絡みだから、あんたがきちんと頑張れば横島くんのお手伝いになるわよ」

「分かったでござる!拙者、必ずやこの役目を果たして見せるでござる」

 彼女の一言に面白いほど素早く立ち直ったシロは、そのまま拳を握り締めて奮い立つ。
 そのやりとりを見ていたおキヌは、シロの単純さと純粋さと行動力に少しだけ羨望を感じていた。
 そこに全くの不意打ちで美神の言葉が飛び込んでくる。

「ところでおキヌちゃん。今度の学会に行ってみたらどう?」

「え、私がですか!?」

「ええ。おキヌちゃんも数少ないネクロマンサーなんだから、
 いつか外国でおキヌちゃんの力を借りたいって言う要請がないとも限らないわ。
 だから今のうちに顔見せしておいたほうがいいと思うのだけど」

「えーと、学会ってドイツのマンハイムですよね。横島さんたちと一緒に行くって事ですか?」

「ええ、おキヌちゃんがよければ唐巣先生にお願いしておくわ」

「はい、よろしくお願いします!」

 横島と一緒に旅行に行ける事になって喜ぶおキヌ。それを美神はニコニコと見つめている。
 尤もらしい事を言っておキヌを焚きつけた美神だが、
 彼女の目的は、学会に行っている間、秋美と横島を2人きりにさせない為である。
 そんな事を露とも知らずに浮かれるおキヌ。
 そして羨ましそうにしているシロとタマモ。
 先手を打てた事で内心でニヤリと笑っている美神。
 今日も美神事務所には平和な時間が流れていた。







 撮影当日、オカルトGメンの制服を着たシロがピートと共に待ち合わせ場所に行くと、既に他のメンバーは全員揃っていた。
 シロ達を撮影するべくスタンバイしているカメラマンとリポーター。
 オカルトGメンに協力する証として警察から派遣された若手刑事の青島。
 何故か現場にいる唐巣。
 尤も今回の撮影は、『組み込み計画』に対する宣伝もかねているので、
 唐巣が現場にいるのは美智恵の裁量によって黙認されている。

「それではシロくん。君のはオカルトGメンの捜査官として、これに取り組んでくれ」

「了解でござる。ところで先生は何処へ?」

「横島くんなら影ながら君を助けるために近くで潜伏中だよ。
 カメラマンの人たちの安全を確保して君に余計な事に気を配らずに働いてもらうためにね」

「なんと!拙者に全く気配を感じさせぬとは流石でござる。
 それに引き替え、先生にお気遣いをかけてしまうとは拙者は何と未熟な!」

 基本的に熱血な唐巣とシロが会話しているせいで、2人のボルテージはどんどん高まっていく。
 こんなに天然に熱い連中は滅多にいないと感じ取ったカメラマンは夢中になってビデオを回していく。



 唐巣と美智恵が企画した案では、
 シロの嗅覚を頼りに最近スクーターに乗って歩行者のバッグを盗むなどの悪質な窃盗を繰り返している犯人の行方を追う事だった。
 これは、本来はオカルトGメンではなく日本の警察の管轄である。
 しかし、オカGや協会の要請を受けた政府が圧力をかけたことで、
 警視庁はしぶしぶながらも今回の企画を受け入れてシロの協力を認めた。
 もちろんそれと引き替えに、オカルトGメンにある条件を飲ませたのだが。

 今回の企画が成功すれば警察組織はオカルトGメンが提唱しているオカルト捜査の効果を認めざるをえなくなる。
 それに加え市民の安全を守ったという事で人外の存在に関するイメージもアップして計画にもプラスに働くだろう。
 また優れた嗅覚とそれによって得た情報を人間の言語によって伝えられるシロならば、
 うまく機能すれば警察の捜査にとっても大いに頼りになる存在だという事をアピールできる。
 美智恵や唐巣や針谷達はそのように考えて今回の企画を作り、
 万が一にも失敗しないように、横島を文珠でフォローできるように裏方に配置したのである。



 ピートが事件の概要について説明していくうちに、シロのテンションはどんどん上がっていく。
 やがて説明が終わると正義感の強い彼女は真っ赤になって眦を裂いた。

「すくーたーなる乗り物を使って盗みを働くとは、なんと卑劣な!
 未熟ではありますが、この犬塚シロの面目にかけて犯人の行方を突き止めましょうぞ!」

 やたらとヒートアップして時代がかった言い回しをするシロの姿を解説しているリポーターが思わず吹き出しそうになる。
 まさか本気でこのような喋り方でこんな事が言えるとは、ある意味天然記念物だ。
 一方、最近高校に入ってすっかり乱れた日本語を使うようになった娘に心を痛めているカメラマンは、
 シロの真面目さと純朴さに思わずほろりときていた。


 その後、苦労しながらどうにかシロを落ち着けたピートは、犯人の匂いが残っていると思われる物品を渡す。
 シロはその臭いを覚えると、引ったくり犯の行動範囲を探し始めた。

「こちらから臭いが強くなっているようでござる」

 シロの言葉に促されて、彼女の後をついていく一同。
 成功しても失敗しても調理次第ではネタにできるリポーターたちとは違って、青島はかなり懐疑的な視線でシロを見ている。
 それは無理もないだろう。
 精霊石のネックレスをしているせいで人型になっているシロが、
 手を突きながら地面に鼻を擦り付けるようにして進んでいく様子はとても正気とは思えない。
 同行しているのが神父とオカルトGメンの捜査官でなければ、とっくに口を出していただろう。

 しかし、美神の強運が乗り移ったのであろうか。
 それとも影でフォローに回っている横島が何らかの文珠を使ったせいだろうか。
 シロが追跡を開始して15分ほど経過した時、40m程先の交差点で突如怒声が響き、スクーターのエンジン音が聞こえてきた。
 一瞬だけだが、スクーターに乗ってヘルメットを被った人間が手に何かを持ったまま交差点を横切る姿が映る。

「行くぞ!」

 真っ先に反応してその場に向かって走り出した唐巣にピートやシロ達もついていく。
 交差点では、お年寄りが尻餅をついて震えていた。
 唐巣は屈みこむと彼女に手を貸しながら話しかける。

「お怪我はありませんか?」

 穏やかで安心感を与えさせる唐巣の物腰と雰囲気に老女も立ち上がりながら返事を返した。

「あ、はい。ただ大切なものが入っていたバッグを盗まれてしまって………」

「先ほどのスクーターですね」

 彼女が頷くのを確かめて視線を移すと、スクーターは既に数百メートル先に行っていたせいで殆ど見えなくなっている。
 唐巣の目配せを受けて走り出そうとしたシロに青島が声をかける。

「犬塚さん、これを。周波数は461.25」

「了解でござる」

 彼から手渡された無線機を握り締めると、シロは素晴らしい勢いで走っていった。
 ピートを被害者の元に残すと、唐巣と青島とリポーター達は彼女の後を追いかけていく。
 見る間に小さくなっていくシロの姿を追いながら、青島は感嘆したように唐巣に声をかけた。

「彼女。警察犬にスカウトしてもいいですか?」

「そ、それはちょっと………どうも犬扱いされるのは嫌なようですし、彼女の保護者が許してくれないでしょう。
 せめて警官として、というのなら或いは応じてくれるかもしれませんが」

「あれだけガッツがある子なら警官になっても十分やっていけそうなんですけれどね。
 現行の法律では人間ではない彼女を採用する事ができないのが残念です。
 あの計画で彼女のような方々の協力を得られるオカルトGメンが羨ましい」

「『組み込み計画』を御存知なのですか?」

 驚いた顔で振り返る唐巣に青島が頷いてみせる。
 彼は今回の捜査協力に当たって、
 上層部から『組み込み計画』においてオカルトGメンと人外の存在との契約については知らされていた。
 みちろん人外の存在が捜査を手伝う事も。
 この『組み込み計画』のオカルトGメンと人外の存在との契約についての情報の開示と引き替えに警視庁は今回の企画を飲んだのだ。
 その上で上層部は青島にオカルトGメンと協力するように指示を出し、
 更にそこで人外の存在の協力が霊障と関係のない事件でも有効なのかどうかを見極めろ、とも命令していた。

「きっといつかは、この社会で彼女達が人間と同様に働けるようになりますよ。
 そのためにも今回の件にはうまくいって欲しいものです」

 唐巣のその言葉に青島も黙って賛意を示した。





「待て、待て、待て、待てーーーー!」

 60km近い速さでとばしているスクーターを一人の少女が追いかけている。
 既にその距離は50mもなく、スクーターのミラーにはシロの姿が映っていた。

 次第に内心に募る焦燥と恐怖に震えながら、窃盗犯の男はひたすらにスクーターを走らせた。
 ナンバープレートは捨ててあったスクーターから剥ぎ取った物の中の1つなので、覚えられても身元が割れる事はない。
 フルフェイスで人相も分からないようにしてあるし、服装も特にこれといった特徴がないように気を配った。
 そのように注意しながらこれまで何度も引ったくりを成功させてきたのに、
 今日に限ってどこからか変な制服を着た女が迫ってきている。

 畜生、あの女は何者なんだ!?
 男の頭は混乱していたが、時速40kmで数十秒以上走り続けられる人間などいない、という事は知っていた。

 ならばもう20分以上もそれ以上の速度で走るスクーターを追い詰めていくあの女は一体?
 警察が開発した秘密のロボット!?ドーピングを使って強化された人間!?実は自分は幻覚を見ている!?
 男の頭に嫌な想像が次々と浮かんでくる。
 分かっているのは、あれに捕まったらただでは済まないだろうという事だった。
 
 その時、必死にスクーターを走らせていた男の視界には、前方に障害が立ち塞がっているのが見えた。
 100m先では道路工事をやっているようだ。
 作業員の姿と、回り道するようにとの標識が視界に映る。
 バイクのスピードを緩めずに慌てて見回すが、
 回り道だと指示されている横道の前には車が何台も信号待ちのために停まっている。

 その様子を見たシロは、もはや男に逃げ道はないと確信して笑みを浮かべた。
 しかし、次の瞬間、彼女の顔が驚愕に染まる。
 なんと男は、更にアクセルを踏んで加速すると工事現場に置いてある三角形の衝立に突っ込んでいったのだ。

「狂ったのか、停まれ!」

 思わず制止しようと叫ぶシロ。
 だが、想像を逞しくしすぎて色々な物質が脳内に溢れている男は、もはやシロから逃げ出すことしか考えられなくなっていた。

「飛べえぇぇぇ!」

 絶叫する男を乗せたバイクが衝立に突っ込み、働いていた作業員達が慌てて脇に逃げる。
 そして、バイクは……………見事に宙を舞った。



「俺は、あの時、鳥になったんだ」

 後に警察の取調べを受けた際に、男は恍惚とした顔でそう語ったという。
 そして、バイクが飛ぶのを目撃した作業員は、

「まるでカエルの跳躍のようだった」

 と無慈悲に語ったそうな。



 宙を舞ったバイクが着地した瞬間、そのバランスが突如崩れた。
 そのままバイクは転倒して、男は投げ出されて道路に転がっていく。

 舗装されたばかりでまだ固まっていない熱々のアスファルト。
 バイクはその泥のようなアスファルトにタイヤをとられたのだった。

 幸いにも男は咄嗟に受身をうまくとり、また道路がまだ柔らかかっために怪我らしい怪我をしなかったようだ。
 呻きながらも立ち上がった男だが、背後から押されて再び倒れてしまう。
 数十mの距離を数秒で零にしたシロがようやく男に追いついたのだ。
 素早く両手を後ろ手にすると、手錠をはめる。
 そしてシロは、男から目を離さずに無線機を取り出すと刑事ドラマにあったセリフを言った。

「こちら、犬塚シロ。■○☆町の道路工事している場所にて被疑者確保」

「了解。すぐにそちらに向かう」

 これによって意外にもあっけなく、逃亡劇の幕が下りたのだった。

 青島の応答を確かめてシロが誇らしげな笑みを浮かべて汗を拭った時、ポンと肩に手が置かれた。
 振り返った彼女の視界に映ったのは、非常に爽やかな笑顔を浮かべている体格の良いおっちゃんの作業員と、
 微妙な表情を浮かべて彼女のほうに歩いてくる作業員達の姿だった。

「ど、どうしたのでござるか?」

 彼らが醸し出すなんともいえない雰囲気を野性の感覚に感じ取ったシロが焦ったように尋ねると、
 おっちゃんは笑顔を崩さずに無言で下を指差す。
 怪訝な顔で指先が示した方向を見た瞬間、シロは凍りついた。
 舗装したばかりで滑らかだった道路には、バイクのタイヤによって出来た轍や自分や男が動いたせいで出来た足跡がくっきりと残っている。
 しかも、自分達が動き回ったせいで、既にかきまわされたようにぐちゃぐちゃになっていた。

 視線を動かすとバイクにも男の体にも自分にもかなりの量のアスファルトが付着している。
 慌てて視線をおっちゃんに戻すと、彼の額には青筋が浮かんでいた。

「いや、これは、その、仕方がなかったというか、オカルトGメンの公務のためというか」

「まあ、じっくりとわけを聞かせてもらおうか、お嬢ちゃん」 

 おっちゃんの宣言とともに、他の作業員達がシロの両手をつかんでいく。

「は、話せばわかるのでござるぅぅぅ!」

 悲鳴を上げるシロの両手をつかんだ作業員達はそのままずるずると彼女を運んでいく。
 その時、ある声が響き渡った

「ちょっと待ってください」

 颯爽と姿を現したのは誰よりも早くシロに追いついた横島だった。

「兄ちゃんはこのお嬢ちゃんと知り合いなのかい?」

 突然現れた横島におっちゃんは僅かに動揺しながらも問い返す。

「はい、そいつは俺の弟子です。弟子の不始末は師匠の責任なんでとりあえず、そいつを放してくれないっすか?」

「安心してくれ。別に暴力を振るうなんて事はやらねえよ。
 ただ、このままだと期限までに工事が終わらなさそうなんでな。
 この元気のありそうな嬢ちゃんにも手伝ってもらおうかと思ってるんだよ」

 それを聞いて横島は黙り込んだ。
 工事現場の掟については、かつて妙神山で働いていたときに彼も何度も何度も実感していた。
 そしてそういう場合は、理屈では簡単には解決しない事も。
 ならば反論するよりも効果的な方法があると感じた彼は、すぐさま作戦を変えて下手に出る。

「それなら、仕方ないっすね。俺も手伝います」

「おお、そりゃ助かる。やり直すとなると残り時間がシビアなんだよ」

 握手を交わすと、横島も急いで作業着を着込んでつるはしを手に取った。

 そしてその数十分後、現場に到着した唐巣や青島達の目に映ったのは、
 両手には手錠が填められて、『反省だけなら猿でも出来る』と書いてある紙を服に貼り付けて正座させられている男と、
 オカルトGメンの制服の上に作業を着せられて涙目になりながら舗装のやり直しを手伝っているシロと
 作業員達に怪しまれないように文珠を使わずに作業に勤しんでいる横島の姿だった。

 あまりにシュールな光景に唖然とする青島達。
 その中で非常識な事態に慣れている唐巣は、いち早く立ち直ると現場の責任者に話を聞いて事情を説明。
 何度も頭を下げたうえに、自らも作業着を着ると舗装の手伝いに加わる。
 そしてそれが終わると、再び横島と一緒に頭を下げてシロを許してもらい、犯人を引き取った。



「うう、先生の御手を煩わせてしまうとは面目ないでござる」

「いまさらこれぐらいでへこむなよ」

 アスファルト塗れの体を震わせながらシロは落ち込んでいた。
 横島が声をかけるが、珍しくそれにも効果がなかった。
 流石にリポーターもカメラマンも声をかけられずに立ち竦む。
 しかし二人は、その内心では軽くない良心の疼きに悩まされながら
 頑張って犯人を捕まえたシロに鞭打つかのように映像としてのインパクトが大きい現在の状況を撮っていく。

「犬塚さん。ひったくられた荷物は無事だ」

 慰めるかのように青島が告げるが、シロはそれにも反応しない。
 どよーんとした雰囲気のまま一同は無言でピートのいる警察署まで歩いていった。

 やがて交番まで着くと、ピートが彼らを出迎える。

「ご苦労様でした。無事捕まえたようですね」

「ええ、おかげさまで。オカルトGメンと彼女の協力に感謝します」

 その言葉に頷きながら青島は被疑者の男を取調室へ連れて行く。
 そして男の姿が消えたのを確かめてから、ピートは別の部屋のドアを開けた。
 そこには、盗られた物について等の証言のためにピートと共に警察署に来ていた被害者の女性の姿があった。

「貴方が盗られたバッグを取り返すことが出来ました。多分何も壊れてはいないと思います」

 その言葉を聞くと、彼女はバッグを開けて中身を確かめていく。
 やがて全ての所持品が無事だと分かった彼女は安堵のため息を漏らした。

「神父様。貴方がこれを取り戻してくれたのですか?」

「いえ、これを取り戻したのはシロくんです。
 このバッグを取り戻す事ができたのは、彼女が精一杯頑張ってくれたおかげです」

 唐巣の言葉にその女性の視線がシロに向けられる。
 ネガティブな気分になっていたシロは体を震わせるが、そんなシロに対して彼女は優しい声で話しかけた。

「貴方のお名前はなんと言うの?」

「せ、拙者は犬塚シロと申します」

「そう。いい名前ね」

 彼女はそう言うと、何の躊躇いもなく汚れているシロの手をとった。
 思わず目を丸くするシロの目に彼女が嬉しそうに微笑んでいる顔が映った。

「犬塚さん、ありがとう。ほんとうにありがとう。
 少し前に孫がプレゼントしてくれた大切な財布が無事だったわ。
 中身が盗られるのは仕方がないと思ってたけれど、これだけはどうしても失くしたくなかったのよ。
 でも貴方は全部、無事に取り戻してくれた。これで次に孫に会うときに心配をかけずにすんだわ」

「え、う。あ、その、拙者」

 落胆していたシロの心に彼女の笑顔と感謝の言葉が染み渡るように入っていく。
 胸が詰まって舌がうまく回らなくなったシロの頭に横島の手がポンと置かれる。

「良かったな、シロ。ちゃんと市民の方の平和を守れたじゃないか」

「あ、先生。拙者、拙者!
 う、う、う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!! 」

 むせび泣くシロに温かい目を向ける横島。隣では唐巣、ピートの師弟が貰い泣きしている。
 リポーターとカメラマンもその光景に感動していた。
 内心では、これでいい話っぽく締める事が出来る、と計算しながらも。



 数日後、一連の事件についてのあらましやシロの活躍を紹介した番組が協会とオカGのチェックを受けた後に放映された。
 そこでは、シロがアスファルト塗れになる場面と、号泣する場面については大変な反響が集まった。
 一方、茶の間に己が泣いているシーンを流されたシロは、恥ずかしさのあまり数日間悶える事となる。


 やがて例の番組が放送されてから一週間がたち、世間の反応とシロの心境が落ち着きを取り戻した頃、
 美智恵と横島が再びシロのテレビ出演の依頼に来ていた。

「ママ、もうあれっきりって約束だったじゃないの」

「それがね。あの番組の評判は良かったんだけど、やらせだって言う人も結構いてね。
 マスコミの問い合わせも凄いから何か手を打とうって事になったのよ」

 ぎらりと睨みつけてくる美神の視線に横島は無言のまま体を縮こまらせるが、美智恵は気にした風もない。

「拙者、先生のお仕事を助けるためならば、かまいませんが」

 助け舟を出すようにシロが申し出るが、美神の睨みを受けて沈黙させられる。

「あの放送のせいで、その後シロが情緒不安定気味になったのよ。
 おかげで三日前にやった除霊ではつまんないミスを連発して何度か依頼をしくじりそうになったわ。
 折角こいつが元に戻ってきたって言うのに」

「ごめんね。今回の事は貸しにしておくから、私の顔を立てると思って」

 頭を下げる美智恵に思わず美神は髪を掻き毟った。

「それで、ママ。シロに出演させたい番組は何なの?」

「彼女の身体能力の高さをアピールするために、
 『体力番付』でやっているサイゾウの女性用といわれてる『くノ一』に挑戦させるつもりよ。
 あれをクリアできば、少なくとも常人よりも優れた身体機能があるのは明らかになるしね」

 それを聞いて考え込む美神。
 番組がうまくいく事自体は、事務所の宣伝にもなるから問題ない。
 シロの調子が崩れないのならむしろプラスである。
 しかし、あの番組の賞金が手に入っても、前回のようにシロが調子を崩せば間尺に合わない。
 やはり断ろうかと思ったとき、母の何気ない言葉が耳に飛び込んできた。

「令子。そういえば小耳に挟んだんだけど、
 貴方が独立する寸前に最初に唐巣先生に見せたレポートには随分と面白いことが書いてあったそうね」
 
 ぎくう!そんな擬音が聞こえてきそうなほどに美神の体が一瞬で固まった。

「横島くんたちも発表用の原稿を書いている所だし、令子のレポートも参考として目を通しておこうかしら?」

 追い討ちで掛けられた言葉に美神は事態を悟った。
 どのような経緯なのかは分からないが、母はあの『金の前ではみんなが平等』という題のレポートを手に入れたのだ。
 そして今、言う事を聞かなければそれをネタにこちらが燃え尽きるまで説教する気だと仄めかしているのだ。
 彼女の心で、現世利益を損ねるリスクと母の説教への恐怖がぶつかり合う。
 葛藤しながら視線を美智恵に向けると、不敵に微笑む母の表情。
 それを見た瞬間、美神は屈した。あれは母の本気の顔だ。最も敵に回してはいけないときの顔なのだ。

「分かったわ、ママ。シロ、興味があるならママ達から説明を受けなさい…………って、愚問だったわね」

 彼女の視線の先では、シロが説明を聞こうと横島に纏わりついていた。



 そしてその三日後、『くノ一』が行われる会場には、話題となったシロが出演するという事で結構な数の人間が集まっていた。
 その観客の前でシロは、抜群のスピード、反射神経、バランス感覚、脚力や筋持久力を見せ付け、見事に『くノ一』を突破して見せた。
 大きな拍手が沸き起こる中で、シロはうれしそうに付き添いで来ていた横島に笑顔を向けた。

 収録が終わって逃げるように会場を抜け出していた2人は、30kmほど離れている事務所へ向けて歩きだした。
 これは会場に行く途中に横島が、『くノ一』をクリアできたらやってやる、と約束した事による。
 一緒に歩きながら、横島は浮かれて鼻歌を歌っているシロに声をかけた。

「今回は助かったぜ、シロ」

「はい、拙者も結構楽しかったでござる」

「そうか、それは良かったな。これからもああいうのに出てみたいか?」

「いえ、あれはあれで良いのでござるが、おかげで一週間ほどは全く先生と散歩が出来なかったでござる。
 あの日々がずっと続くのは嫌でござるよ」

 そう言って横島の手を取って甘えるように擦り寄ってくるシロ。
 号泣するシーンが放映されたせいで人の目が気になっていた彼女は、しばらく人のいない深夜に散歩するようにしていた。
 おかげで寝ている横島を起こすわけにも行かなくなり、独りで散歩する日々が続いていたのだ。

 そんな弟子の様子を横島は微笑ましげに見つめた。
 なにはともあれ、人外であるシロのキャラクターが世間で好意的に受け止められたのは、
 人外の存在への恐怖や偏見を緩和したり払拭するきっかけになっていくのかもしれない。
 そう考えると、彼は労いの意味も込めて彼女の髪を撫でてやる。
 イヌ科で犬に近い性質を持つシロは、心を許した相手に撫でられて気持ちよさそうに尻尾を大きく振った。
 やがて興奮した彼女が横島を押し倒してその顔を舐めまわすのは時間の問題だろう。


 顔をべとべとにして会場から帰ってきた横島とシロを、目を$にした美神が迎えた。
 異様な雰囲気を漂わせる美神に2人も事務所にいたタマモも戦慄を覚える。

「な、何かあったんすか、美神さん?」

「この前の放送でシロを気に入ったテレビ局の幹部からオファーがきてね。
 今後、彼が担当しているバラエティー番組のレギュラーとして出演してくれないかって話が来たのよ。
 今の状況でレギュラーになってグッズやらなんやらを売り出したら大儲け間違いなしね!」

 覚悟を決めて声をかけた横島に、美神は興奮した口調で告げた。
 その言葉に美神以外の全員の背中に冷たい汗が浮かぶ。

「み、美神さん。確か出演はこれっきりにするって仰っていませんでしたか?」

「何を言ってるのよ。甘い汁が吸え、
 じゃなくて人外の存在を受け入れてもらえる可能性があるならこれからも試してみたっていいでしょう?」

「そ、それはそうですが」

 おそるおそる反論する横島だが、尤もらしい理屈を言い出されて反論する事が出来ない。
 2人のやりとりを見ていたシロは、本能的に危険を悟ってじりじりと下がっていく。
 ドアに辿り着くと後ろ手でノブを回そうとするが、何故かドアは開かなかった。
 いつのまにか人工幽霊が美神の意を受けて扉を閉めて彼女の退路を断っていたのだ。
 そんなシロの様子を見て、美神は目を$にしたまま立ち上がると、ゆっくりと間合いを詰めていく。
 逃げ場のなくなったシロが涙目で助けを求めるが、全員気まずそうに目を逸らす。
 結局、シロの盛大に鳴き声を背中に受けながら、横島は逃げるようにオカルトGメンに向かっていった。



 後日、美神の許に払いは良いが手間と時間と人手の要る依頼が舞い込んできた。
 そのおかげで美神は当分シロを仕事から当分外せなくなって、出演を断る事になった。
 これは横島から話を聞いて、美神が暴走しすぎる事を懸念した唐巣と美智恵が密かに、
 おいしいけれども厄介な仕事が彼女に回っていくように取り計らったのである。




おまけ

「長老。人間の方々がこの里を訪問にきたようです。霊能力者ではなさそうです」

「ほう、珍しい事もあるものだ」

 そう言いながら長老は腰を上げて報告してきた若い人狼と共に結界付近に向かった。
 到着してみると確かに数人の人間がうろうろとしている。

「皆さん、どうされたのですかな」

 結界から出て声をかけた長老に彼らの視線が集まる。
 やがて代表格だと思われる中年の男が進み出た。

「私どもは先日放送された番組を見て人狼について興味を持ったある者なのですが、
 この里について取材させていただきたく思いまして、ここに参りました」

「放送された番組?」

「はい、そこでシロという人狼の少女が大活躍したのですが、我々はその姿に大変な感銘を受けまして」

「なるほど、シロがそのようなことを…………分かりました。何もない田舎ではございますが、里の中にどうぞ」

 長老の合図と共に結界が消える。
 そして彼に促されて取材に来ていた人間達も里の中へ入っていった。

 その後、彼らは人狼の里に住む大神族の恐るべき実態を知る事になる。
 礼儀正しく仲間を大切にする高潔な心。江戸時代もかくやといわんばかりの無骨な言葉遣い。
 里や森の治安を守るために驚くべき身体能力で密猟者や希少種の盗掘に来る人間を傷つけずに捕まえていく手腕。
 それにも関わらず、散歩やドッグフードが大好きという愛嬌のある姿。
 これを纏めて紀行文を扱う雑誌に掲載した事で人狼の里はある種の人間にとってメッカとなった。

 …………そうして。

「頼もう!私は、人狼の皆様と一夜の閑談を楽しみたく東京より参上いたしました」

 今日も時代劇好きな人間が、ビデオや資料やドッグフードを片手に人狼の里の雰囲気を楽しもうとこの地を訪れていた。
 こうして『人と人外の共存共栄』の理念は、懐古的な高年齢層の人々にも広がっていったのである。


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