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六道女学院教師 鬼道政樹 式神大作戦!!

酒と泪と男と女!!


投稿者名:ちくわぶ
投稿日時:05/ 4/26


 街を歩き回りながら情報を集めた結果、ジークの仲間と思われる人物は街外れの森の方へ向かったという情報を得ることができた。
 なぜそんなところに行ったのか疑問であったが、娑婆鬼にはやはり心当たりがあるようだった。
 一行はとにかくその森へと向かうことにした。



 森の中は薄暗く、しかも濃い霧のせいで昼間だというのに道の先が見えなかった。
 空気は湿っぽく淀み、細かい水の粒子がじっとりと肌にまとわりついてくる。
 道の脇にはときおり濁った沼が姿を見せ、ボコボコと臭気のあるガスを吹き出していた。


 1時間ほど歩き続けると、やがて開けた場所へとたどり着いた。
 そこはかなり広々としており、遠くにはぽつんとたたずむ建物を見ることができた。



 開けた土地の中を歩いて行くと、途中には小柄な魔物達がたくさんいた。
 そのどれもが小動物のような姿の魔物で、政樹達の気配を感じてにわかに騒ぎだしていた。
 だが、魔物達は回りをうろついたり飛び回ったりはするものの、決して襲いかかってくるようなことはなかった。


 奇妙な雰囲気にとまどった政樹は、1人先を歩く娑婆鬼に声をかけた。


「なあ娑婆鬼、ここは一体なんなんや?見た感じ牧場のようにも見えるが……。」
「その通りだべ。」
 娑婆鬼は振り返らずにそう答える。
 その答えについ「はぁ?」と間の抜けた声を出してしまう。

「ここはムッシュ・ゴロウさんの怪物王国だべ。」
「なんだそりゃ……。」
 政樹の隣を歩いていた雪之丞があきれたように呟く。
「ここに住んでる怪物マニアのムッシュ・ゴロウさんが、懐きやすい魔物を集めて育ててるんだべ。
 オラのカチューもここからもらってきただ。」
 そういわれて足元を見ると、カチューと同じ火鼠がちょこまかと走り去っていった。
「ジーク兄ちゃんの仲間も魔物を見に来たんでねーかな?あそこの家にムッシュ・ゴロウさんが住んでるから尋ねてみるべ。」


 広い敷地の中の一軒家に近付いていくと、そのすぐ隣には大きな獣舎があった。
 外から中の様子を見ることはできなかったが、不気味なうなり声やぎちぎちという音が聞こえてきたので、政樹は中のことを想像するのをやめた。




 やがて小さな木造の家にたどり着くと、玄関を何度か叩いてみた。
 しかし、誰も出て来る様子はない。

「……留守なんやろか。」
「あっちのデカイ獣舎にいるんじゃねーのか?」

 政樹と雪之丞が顔を見合わせていると、ジークも雪之丞と同じ事を考えていたらしく
「とりあえず覗いてみよう」と獣舎へと近付いていった。




 ジークが入り口の前に立つと、扉はわずかに開いていた。
 中に人の気配を感じ、扉に手をかけたときだった。

「あ〜ダメですよ!!鍵を開けては!!」

 突然悲鳴のような男の声が聞こえたかと思うと、扉が派手な音を立てて吹き飛んだ。
 ジークはとっさに飛び退いて難を逃れ、煙を噴く入り口をじっと見つめる。
 するとグルルル……!!と地に響くようなうなり声が聞こえ、3つの頭を持つ巨大な犬が飛び出していった。

 それは地獄の番犬とも呼ばれる魔獣「ケルベロス」であった。



「待つでちゅー!!ケルベロスー!!」
 その後を追って小学生くらいの少女が飛び出し、3つの首輪がついたロープを振り回しながら叫んでいた。




彼女の名は「パピリオ」

かつて魔神アシュタロスによって作られた魔族の1人であったが、アシュタロスの死後は妙神山に引き取られて生活している。
 交換留学生として妙神山に滞在しているジークとは、いわゆる「同居人」という間柄なのであった。


ちなみに今日の格好は魔族の戦闘服ではなく、よそ行きの私服姿である。




「パピリオ!!こんな所で何をやっているんだ!?」
「あっ!!ジーク、ちょうどよかったでちゅ!!ケルベロスを捕まえてくだちゃい!!」
「おい!!人の話を……!!」

 ジークの脇をすり抜けてパピリオがたたた、と駆けていく。
 慌てて振り返ったジークは、その先の光景にもともと青い顔がさらに青くなる。
 やたらと興奮したケルベロスが政樹達めがけて突進していたのである。

「しまった!!」




 ケルベロスは一気に跳躍し、一番手前にいた雪之丞に襲いかかる。


 ドガシャァァッ!!


 しかし、一瞬のうちに変身した雪之丞がその横っ面を殴り飛ばして攻撃を逸らしていた。
 勢い余ったケルベロスは地面に顔を突っ込み、じたばたともがいていた。


「大丈夫か雪之丞!?」
 背後から政樹が声をかける。
 雪之丞はコクリと頷くと、軽く後ろに跳躍して間合いを取る。


 やがてケルベロスはすぼっ!!と顔を引き抜くと、全身をブルブルと震わせ土を払い飛ばす。
 そして3つの顔は鋭い牙をむき出しにしながら低くうなり始めた。



「これはまた……ごつい魔物が出てきたな。」
「俺にとっちゃあ懐かしい相手だ。気を抜くなよ先生。」
「あの魔物カッコイイだな……欲しい!!」


 政樹は夜叉丸を呼び出して身構え、娑婆鬼は新しいオモチャを目の前にした子供のように目を輝かせている。



 やがてうなり続けるケルベロスの口元からチロチロとオレンジ色の光が漏れ始めた。
 その周りの空気が蜃気楼のように歪み始め、熱気が立ちのぼっている。
 政樹がそのことに気付いたとき、ケルベロスは首を大きくもたげて口を開いた。



 ゴバァッ!!



 突如吐き出された燃えさかる火炎に政樹達は呑み込まれてしまう。
 パピリオとジークが駆け寄ろうとしても、熱気に阻まれて近付くことが出来ない。
 だが、目を凝らしてよく見ると、炎の中で3人は燃えることなく生き残っていた。
 夜叉丸が先頭に立ち、衣が赤いオーラを放って炎を完全に遮断していた。



「これが夜叉丸の新しい能力か……みんなケガはないか?」
 政樹は雪之丞と娑婆鬼を見る。
「一瞬ヤバいと思ったが、大したもんだな。」
「カチューの力だべ!!」
 2人の無事を確認してほっとため息をつくと、政樹は炎を吐き続けるケルベロスに目をやる。
「とりあえずあの犬を大人しくさせるのが先決やな。行くで!!」


 夜叉丸は炎の中心を突っ切ってケルベロスの中央の頭に飛びつくと、炎を吐き出す顎を強引に閉じてしまう。
 行き場を失った炎は耳や鼻、口の隙間から「ぼんっ!!」と音を立てて吹き出し、その衝撃でケルベロスは目を回してしまう。
 そしてケルベロスがひるんだ隙を見逃さず、雪之丞と娑婆鬼がそれぞれ左右の首に飛びついてまたがった。


「いいかチビ、せーのでいくぞ!!」
「おうっ!!」


「「せーのッ!!」」


 ボカッ!!


 同じタイミングで後頭部を力任せに殴りつけると、ケルベロスはきゅう、と小さな悲鳴を上げてその場に倒れ込んだ。








 政樹達3人がフゥ、とため息をついていると、パピリオが駆け寄ってきてケルベロスに首輪をかけた。
 魔力を帯びたこの首輪をかけられれば、もはやケルベロスもただの大きな犬と変わらない。

「ありがとうでちゅー!!おかげで助かりまちた。」
 ふと政樹達の方を見たパピリオは、雪之丞を見て思わず指をさす。
「あーっ!!お前確か、雪之丞とかいう除霊師!!」
「娑婆鬼と同じリアクションじゃねーか……。」
「なんでこんな所にいるんでちゅか?」
「そりゃこっちが聞きてぇんだが……まぁいいや。」


 雪之丞はここに来た経緯をかいつまんで説明し、政樹にパピリオを紹介する。
 そしてすぐにジークを見た。
 

「なあジーク、お前の仲間ってこいつだったのか?」
「ああ…他にもう1人……。」
「ベスパちゃんも来てまちゅよ。」
 ジークが言い終わらないうちにパピリオが付け足す。
「……そのベスパなんだが、どこにいるんだ?」
「さっきまで獣舎の中に一緒にいまちたけど……。」
 その言葉を聞いてジークは1人獣舎の方へと向かっていった。



「つーかよ、なんでこいつは逃げ出したんだ?」
 雪之丞は気を失ったままのケルベロスを見ながら言う。
「それはでちゅね、この子は前に私が飼ってたのをここに預けたんでちゅよ。で、 久しぶりに様子を見に来たついでに散歩しようとしたら……。」
「興奮して逃げ出したってわけか。」
「そうでちゅ。でも元気そうで安心しまちた。」
 パピリオはそういいながらケルベロスの頭をなでていた。




「しかし、雪之丞は顔が広いんやな。鬼や魔族にこんなにも知り合いがおるとは。」
 政樹は感心しながら言う。
「美神令子に関わってりゃ、イヤでも知り合っちまうんだよ。」
 そう言って雪之丞はニヤリと笑う。



 美神令子と聞いて、政樹はあることを思い出していた。

 かつて東京中に魔物や悪霊が突然大発生し、暴れ回るという事件があった。
 その時政樹は六道邸で冥子の母の護衛をしていた。
 その事件が収束した後、政樹は帰ってきた冥子から大筋の話を聞いた。


 美神令子が神族・魔族が関わるトラブルに巻き込まれ、その結果この事件が起こったのだと。


 ならばその知り合いに神族や魔族が多いのは当然で、雪之丞もそこから色々と知り合いが増えたのだろう。


「なるほど、美神令子か……ただ、それだと同時に寿命も縮まってしまいそうやな。」
「違いねぇな。わはははっ!!」
 美神本人が聞いていたらシバかれそうな冗談で2人は笑いあった。



「そういえばジークはんの仲間がもう1人いると言ってたが……。」
「ああ、パピリオの姉ちゃんのことだろ。見に行ってみようぜ。」
 政樹と雪之丞はジークの後を追って獣舎へ向かった。
 パピリオと娑婆鬼はケルベロスについてあれこれと話しあっているようなので、置いていくことにした。 










 獣舎の中には大型の魔物がたくさん飼われており、何とも言えない異臭がした。
 さっきの騒ぎで魔物達は興奮し、ギャアギャアと檻の中で暴れている。
 その魔物達を必死になだめている老人の鬼の姿を政樹は見た。


「いい子ですねぇ〜。暴れちゃいけませんねぇ〜。噛んでもいけませんよぉ〜っ!!」


 あれがムッシュ・ゴロウさんなのだろうか?
 彼は魔物にかじられても決して怒ったりしない。
 その後もしきりに「これはスキンシップなんですね〜」と、血をだらだらと流しながら笑っているのだった。


「……。」


 その笑顔にプロ根性を感じたものの、とりあえずそこは流してジークを探すことにした。




 奥に目をやると檻の1つが開けっぱなしになり、そばにはジークと、見知らぬ女性の姿があった。

 その女性は髪を肩まで伸ばし、目つきはやや細く鋭い。
 そして肉感的なボリュームのあるボディラインをした美人であった。


 彼女がパピリオの姉「ベスパ」である。
 彼女もまたアシュタロスによって作られた魔族で、アシュタロスの死後は魔界正規軍に志願した。


 ジークと向かい合ってベスパは何かを話していたが、その表情は明らかに不機嫌なものだった。





「急に姿が見えなくなったと思ったら……単独行動をするなとは言わないが、
 せめて行き先くらいは伝えておいてくれないか?」
「休暇の時くらい何しようが私の勝手だろ。」
 ベスパはそっぽを向いたままぶっきらぼうに言い放つ。
「……とにかく、これだけは守ってくれ。いいな?」
「……わかったよ!!」



 妙に険悪な2人の雰囲気に政樹と雪之丞は顔を見合わせる。
 


 とりあえず話は終わったようなので、政樹はジーク達に近付いた。
「ジークはん、こちらの姉さんがもう1人の仲間なんか?」
「あ…ええ、彼女は私の同僚でして……。」

「なんなんだそいつら。そっちの小さい方は見たことある気もするけど……。」
 ベスパは雪之丞を指して言う。

「小さい方って言うんじゃねーッ!!」
 どうやらそれは禁句だったらしく、雪之丞はぶちぶちと血管を浮かび上がらせて怒鳴った。
「失礼なことを言うんじゃない!!彼らはお前達を探すのを手伝ってくれた上に、逃げ出したケルベロスを捕まえてくれたんだぞ!!」
「わ、悪かったよ……。」
 雪之丞とジークの剣幕にベスパはついたじろいでしまう。


 ジークはため息をついて落ち着きを取り戻すと、例によって政樹達の事情を説明した。



「そっか、色々迷惑かけちまったみたいだね。私はベスパ。あんたの名は?」
「ボクは鬼道政樹。式神使いや。」
「それじゃ鬼道、もし困ったことがあったら私に言いなよ。パピリオの分まで借りは返すからさ。」
 それだけ言うとベスパは獣舎を出て、パピリオの元へと行ってしまった。


「……。」
「まったくベスパの奴……どうしました鬼道先生?」
 じっと黙っている政樹にジークが尋ねる。
「いや…魔族といっても色々なんやなと思って。ボクは少し偏見を持ってたかもしれんな。恥ずかしいことや……。」
 バツが悪そうに政樹は目を伏せる。
 その表情を見たジークは
「……特に彼女は義理堅い性格をしていますからね。あまり気になさらないで。」
 と、少しだけ嬉しそうに言った。






 その後ケルベロスはパピリオと共にしばらくあちこちを走り回った後、ムッシュ・ゴロウさんの獣舎に戻された。
 無事に目的を果たすことができたジークは、しきりに政樹に礼を述べていた。



 こうして、ハプニングが起こりつつもジークの仲間捜しは無事に終了した。














 それから来た道を戻って、政樹達は街に戻って来た。
 そのころにはすでに日が沈みかけ、街並みにはポツポツと明かりが灯り始めていた。


「ところでジーク、お前達はどこに泊まってるんだ?」
 大通りを歩きながら雪之丞が聞く。
「実は我々も今日来たばかりなんだ。面白いサービスがあるという新しい旅館に予約を取っておいたんだが、
 ベスパ達を探すのに手間取ってまだチェックインしてないんだ。」
「面白いサービス?それってまさか……。」
「なんでもガルーダのヒヨコがたくさんいるとか。」
 その答えに雪之丞は突然わっはっは!!と大声で笑い出した。
「い、いきなりどうしたんだ?」
「いや、ここまでいろんな偶然が重なるとなんだか笑えてきてな。俺達もそこに泊まることになってるんだよ。」
「本当か?」
「となると今日は宴会だな!!パーッとやろうぜ!!」
 雪之丞はジークの肩をバンバンと叩き、愉快そうに笑い続けるのだった。









 その夜、旅館の中はドタバタとしていた。
 広い座敷では政樹一行とジーク一行を交えた宴会が始まっていたのだ。


「きゃーっ!!かわいいでちゅー!!一匹欲しいーっ!!」
 次々と料理を運んでくるガルーダのヒヨコ達に目を輝かせ、パピリオはその後を追いかけ回している。
「こら!!バタバタ走り回るんじゃないよっ!!」
 ベスパは時々暴走しかけるパピリオを押さえるのに手を焼いていた。

 政樹と雪之丞、そしてジークは互いにビールや焼酎を注ぎ、ガンガン飲みまくる。
 その隣では娑婆鬼がガツガツと料理を口に運び続けていた。


「いい飲みっぷりだねお兄さん方。もうちょっといけるかい?」
 政樹達が飲んでいるところへ、グーラーがさらに新しい酒を持ってくる。


「「「いいねぇ〜!!」」」


 すっかり上機嫌になった3人の声はまったく同時であった。
 注がれた酒をグイッと飲み干して、ぷはぁ〜っ!!と3人がアルコール臭い息を吐いたときだった。



 バンッ!!



 勢いよくふすまが開かれると、そこには顔を紅潮させた夜叉鬼が立っていた。
「ダーリン!!ダーリンはどこッ!?」
「あれ……夜叉鬼はん、今日は仕事だったんと違うんか?」
 政樹はぼんやりした口調で尋ねる。
「ダーリンに会いたくてマッハで仕事を終わらせてきただ!!」
「それはご苦労さんやったなぁ。お〜い夜叉丸、ガールフレンドが会いに来てるで。」


 ぎくっ!!


 政樹は影から夜叉丸を呼び出そうとするが、なぜか出てこようとしない。


「どうしたんだべ?」
「ん〜、なんか夜叉丸が抵抗してるんや。むんっ!!」
 政樹が強く念じると、頭を抱えて小さくなっている夜叉丸が一気に飛び出してきた。
 夜叉丸はそーっと顔を上げる。と、夜叉鬼と視線が合ってしまう。


 ギラーン!!


 その瞬間夜叉鬼の瞳に妖しい光が宿ったのを目撃してしまった。



「ダーリン〜〜〜」
 夜叉鬼はひしっ!!と夜叉丸にしがみつき、恋する乙女の瞳で見つめる。
 そしてそばにあった徳利を手に取ると、おもむろにそれを飲み始めた。

「あ……なんだかオラ酔っぱらってきただ……カラダが熱い……。」
 と、わざとらしく言いながら上着を脱ぎ、夜叉丸を押し倒す。
 夜叉丸は首をブンブンと振りながら政樹にヘルプの視線を送る。
 だが、政樹は向こうですっかり盛り上がっていて、ちっともこっちを気にしていない。
 涙を流しながら手招きをしてみても、やはり気付いてもらえなかった。

 ふと気がつくと、いつの間にか着物の上半身がはだけ、胸の上を夜叉鬼の指がツツ…となぞっていた。



「もうこうなったら行くところまで行くしかないべダーリン……!!」
 と、既成事実を作る気満々の夜叉鬼が上目づかいで見つめてくる。


 何が「もうこうなったら」なんだと心で叫びながら夜叉丸は男泣きするのであった。



 そしてずるずると隣の部屋へと夜叉丸は引きずり込まれ、ふすまがピシャリと閉じられた。











 それからしばらく経って、ようやく宴会騒ぎも終わりがやってきた。


 政樹達は落ち着きを取り戻し、パピリオと娑婆鬼は携帯ゲーム機の通信対戦に熱中している。


 政樹が残っていた料理に箸をつけていると、すっ、とふすまが開いた。
 目をやると、乱れきった着物の夜叉丸がフラフラと戻ってきた。

 隣の部屋の奥には山のような徳利に囲まれた夜叉鬼が眠りこけている。



 夜叉丸は事を遂げられそうになる直前に飲み比べ勝負を挑み、うまく乗せてどうにか貞操を守り抜いたのだ。


 政樹の影に戻った後も、しばらくの間夜叉丸はしくしくと泣いていた。
 これが政樹に対する精一杯の抗議なのだろう。








 食事を終え、箸を置いて手を合わせていると、ベスパが立ち上がって部屋を出て行こうとしていた。


「どこへ行くんだベスパ?」
 ジークが業務的な口調で尋ねる。
「……どこだっていいだろ。」
「行き先くらいは教えてくれと言ったはずだ。」

 その言葉にベスパは唇を噛み、拳を握り締めてわなわなと震えだす。
「……風呂へ行くだけだ!!そんなに私のことが信用できないのかよッ!!」
 その声は怒りと、また別の感情に満ちていた。

「いや、そういうつもりじゃ……。」

 ベスパはたじろぐジークをキッ!!と睨みつける。
「わかってんだよジーク!!この旅行についてきたのだって、どうせワルキューレに言われて私を監視するためなんだろ!?
 せいぜいコソコソと見張ってればいいさ!!」


「……!!」


 突然の大声に一同の視線がベスパに集まる。
「ど、どうしたんでちゅかベスパちゃん?」
「そろそろ風呂にはいるよ。おいで。」
 ベスパはパピリオのそばに歩み寄ると、その手を取って風呂へと行ってしまった。


 残された男達はただぽかんとするばかりであった。












 自然石を重ねて作られた露天風呂は、温泉とはかくあるべしといった雰囲気を醸し出していた。


 ベスパはパピリオの髪を優しく洗っていた。
 パピリオがちらっとベスパを見ると、その表情は寂しげなものに見えた。

「ベスパちゃん、何か仕事で嫌なことがあったんでちゅか?」
「……別に、そんなことないさ。」
「でも、ジークとケンカしてまちたよ?」
「あれは……ついカッとなっちまっただけだよ。大したことないって。」

 いたって平静に言うと、ベスパは風呂桶の湯をかけてパピリオのシャンプーを洗い流す。


 それからしばらくの間、2人の間には沈黙が流れた。
 何かがあったことはパピリオでも容易に想像できたが、本人が言いたがらない以上は詮索しないことにした。
 気性の激しい姉がそういうことを嫌うのをパピリオはよく知っていたからだ。
 だから、最後に一言だけベスパに言うことにした。



「ベスパちゃん……ジークは悪い奴じゃないでちゅよ。」
「……。」



 そしてそれ以上、2人の会話は続かなかった。












 ベスパとパピリオが風呂から出てきた後、男性組4人も風呂に入った。
 外の空気は少し冷たかったが、酒で火照った体には心地よく感じられた。
 湯船につかって一息つくと、今日一日の疲れが溶けて消えていくような気がした。



「なあジークはん、さっきのことやが……ベスパを監視しているとはどういうことなんや?」
「ああ、それは俺も気になってたんだ。」
 政樹と雪之丞がジークを見る。
「それは……。」
「無理にとは言わんが、よければ話してもらえんか?」
 ジークはしばらくうつむいて黙っていたが、やがてそのいきさつを話し始めた。

「雪之丞は知ってると思うが…ベスパは神・魔の勢力図を転覆しようとした魔神アシュタロスによって作られ、
 その計画のために働いていました。
 しかしアシュタロスが滅び、生き残った彼女は上層部の判断で無罪となりました。
 ですが、アシュタロスの行為は神族や人間だけでなく、魔族にも大きな影響を与えていました。
 それが無罪となると、やはり納得しない者達が出てくるんですよ。それで彼女の身の安全のためにも、
 しばらくの間は護衛と監視をつけることになったんです。もっとも、彼女は多少誤解しているようですが……。」

「そういうことだったんか……。」
「だったらなんでそう説明しないんだ?あそこまで言われて悔しくねーのかよ?」

「監視をつけると言われていい気持ちはしないでしょう?それに……軍の内部でも彼女を快く思わない者もいますから、
 やっかみを受けてストレスも溜まっているはずです。それを私にぶつけて少しでも気が収まるのなら、その方がいいんですよ。」
 すこし気恥ずかしそうにジークは言った。
「ジーク……てめぇって奴は……。」
 雪之丞の瞳に映っていたのは、まさしく「漢」の姿であった。


「しかし、ジークはんがそこまでする義理はあるんか?」
 政樹の質問に、ジークは少しうつむく。


「彼女は……昔の私に似ているんです。私も軍に入隊した当時、この魔族らしくない性格のためにずいぶんと叩かれたものでした。
 それでも私がここまでやってこられたのは姉上がいたからです。私のことを理解し、励ましてくれましたから。
 けど、ベスパは一人きりですからね……姉上も私も、ベスパを心配しているんですよ。」


 遠い目をしたジークが語り終えると、政樹達は熱い眼差しでジークを見ていた。
「ジークはん……キミは漢や!!」
「さすがは俺のダチだな!!」
「かっこいいべ、ジーク兄ちゃん!!」
 政樹、雪之丞、娑婆鬼はサッ、と右手をさし出す。

「ありがとうみんな……!!」

 こうして、温泉の湯船よりも熱い男気シェイクハンドが4人の間に交わされたのであった!!







 風呂から上がった後、雪之丞はパピリオと娑婆鬼に誘われて対戦ゲームに熱中していた。
 勝負事に関して子供と同レベルの情熱を燃やす雪之丞は、この2人とウマが合っているようだ。


 ベスパはその様子を眺めながら、はしゃぐパピリオを見てくすくすと微笑んでいた。




 ジークは部屋の隅で静かに読書をしている。




 そして政樹は1人縁側に立ち、星をちりばめた夜空を見上げながら物思いにふけっていた。


(いよいよ明日は試練に挑戦や……ここまで来たものの、はたしてボクにそれを乗り越えるだけの力があるのか……)





 さらり、と風が頬をなでた。
 その風と共に、政樹の心に六道女学院で過ごした穏やかな日々の記憶が吹き抜けていった……







 こうして政樹の長い1日は幕を閉じた。
 そして、試練の時が近付こうとしている……!!


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