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そして続く物語

捜査官のお仕事


投稿者名:ゼロ
投稿日時:05/ 4/26

「それでは横島くん。今日から君も我が日本GS協会の一員だ。頑張って欲しい」

「はい。ご期待に添えられるように誠心誠意努力いたします」

「ははははは、そんなに畏まらなくてもいいよ。
 要は唐巣くんと協力してオカルトGメンとの摩擦が生じないようにしてくれればいいから」

 ここは日本GS協会の会長室。現在横島は協会のNo.1である藤田昇に着任の挨拶をしていた。
 どっしりとした重みのある顔立ちながらも威圧感を感じさせない藤田の雰囲気に横島も緊張を解いた。

「オカGとの関係って、どのようにすればいいんすかね?」

「横島くん、その口の聞き方は馴れ馴れしすぎるんじゃないかい?」

 横島の口調を藤田の脇に控えていた針谷が鋭く注意する。そこに藤田が声をかけた。

「まあまあ、針谷くん。美神くんや唐巣くんの話だと、それが彼のスタイルらしいからね。別に構わないだろう。
 それで、横島くん。オカルトGメンとの事だが、現状では協会とはそれほど友好的だとは言いがたいね。
 将来的には少なくとも最低限の情報交換や人材交流ができる程度には改善しないといけないとは思ってるのだが」

「それでは俺はどうするんすか。立場的にはオカGにも協会にも所属してる事になってるんすけど」

「うむ。とりあえずオカルトGメンに関する事については、君が口外しても大丈夫だと思うことを唐巣くんに伝えればいい。
 例の『組み込み計画』に関しては、立場的に唐巣くんを表立って参加させることは出来ないが、
 君の監督として多少の関わりを持つ程度なら記録にも残らない」

「但し、今のところは情報や意見の交換等の行為は慎んでくれ。
 特に、互いの業務に関わる事は不可侵にしようというのが暗黙の取り決めだ」

 横島の質問に藤田が答え、すこしきつい口調で針谷が釘を刺す。

 針谷は藤田に反感がいかないように自ら憎まれ役を買って出ているようだと、横島は感じた。
 釘を刺すタイミングが絶妙なので、こちらの頭には反感と共に彼の注意が残りやすい。
 ボスの立場を安定させながら組織を運営していくためには、針谷はうってつけの人物なのかもしれない。
 そう思って、横島は敢えて彼のことを陰険眼鏡と呼んでやろうと決めた。おそらくそれこそが彼の望むところなのだ。

「それでは、当面はオカGとは控えめな付き合いをしろって事ですね」

「協会の職員としてはね。君の場合は美神事務所の社員としての身分もあるから、その時は自由に動いて構わない。
 但し、協会の内輪の情報について口外するのは厳禁だ。いいね?」

「分かりました」

「うむ、では唐巣くんの所へ戻ってくれ」

 横島は一礼して会長室を出た。現在、彼は週に一度協会に出勤する事になっている。
 それは少し前に横島が巻き込まれた事件によって、彼が日本GS協会の正式な職員になったからである。
 そしてとりあえず横島に割り当てられた仕事は、当分唐巣の下で彼の手伝いをするらしい。
 協会が何らかの形で『組み込み計画』に介入してくると美神にも美智恵にも聞かされていた彼は、
 先ほどの藤田達の言葉と、割り当てられた仕事の内容にやや拍子抜けしていた。
 これなら週に一度の出勤日は楽が出来るかもしれない。
 そう思って頬を緩める横島だが、その考えが甘すぎる事をすぐに思い知る事になった。






 唐巣の部屋に着くと、唐巣は誰かと連絡を取り合っているようだった。

「もしもし。ああ、ピートくんか。今日はどうしたんだい?…………ほう、やっかいな事件が。
 コボルトの彼も一緒にいるのかい………なるほど。では今からそちらに向かうよ」

 受話器を戻すと唐巣は晴れ晴れとした顔で握手を交わすと横島に告げた。

「横島くん。ようこそ、日本GS協会へ。
 君は当分僕の部下という形になるんだけど、よろしく頼むよ。
 それで早速なんだが、仕事が入った。これからピートくんの担当している事件の捜査現場へ行くよ」

 その言葉に横島は思わず膝の力が抜けそうになる。

「か、唐巣さん、協会とオカルトGメンは今のところ、互いの業務には不可侵なんじゃないんすか?」

「大丈夫。私達は捜査に口を出すわけではないよ。
 オカルトGメンと契約を結んでいる『組み込み計画』の参加者の働き振りを視察にいくだけさ」

 やけに嬉しそうに語る唐巣の様子に、横島は一抹の不安を覚える。
 もしかしてこの人は、最初からこれが目的で自分の上司になったのかもしれない。
 そんな疑念を抱きながらも、横島は外出の準備を手早く済ませると唐巣と共に協会を出た。






「あ、先生、横島さん。よく来てくださいました」

「お久しぶりです、横島さん。そちらの方は、はじめましてですね」

 現場に到着したときに彼らを迎えたのは、
 ピートと『組み込み計画』で横島達に説得されてオカルトGメンと契約したコボルトのブラウンだった。

「はじめまして。私は唐巣。日本GS協会に勤めている者だよ」

「唐巣先生は僕の師に当たる人なんだ。今は横島さんの上司でもあるんだよ」

「おお、それは失礼を。私はブラウンと申す妖精族のコボルトに連なる者です」

 身長は80cmくらいで特注のオカルトGメンの制服を着た小人は、そう言うと帽子を脱いで会釈した。
 唐巣は丁寧に礼を返すと、早速ピートに声をかける。

「これはご丁寧に。
 それでピートくん。状況はどうなっているんだね?」

「数ヶ月前から、人外の存在と思しき者による結婚詐欺が多発してまして、容疑者となりうる存在を調べている最中です」

「どうして、人外の存在の仕業って事になったんだ?」

 首を傾げる横島にピートが答えを返した。

「それが被害届けを出した女性に警察の方が事情聴取した際に、
 たまたまオカルトGメンの捜査官が同席してたんですけど、彼はその際に被害届けを出した女性から魔力の残滓を感じ取ったんです。
 それで彼や僕が類似した事件で被害届けを出した女性に会ってみたら、結構の数の女性から類似した波長の残滓を感じました」

 そう言いながら、彼は手帳を取り出す。
 その説明によると、被害者から検出された魔力は微弱すぎて特定には至らなかったものの全てよく似た波長だった。
 よって彼女の達は「魅了」の術を使う何者かのせいで騙された疑いがもたれている。

「それで今回はブラウンに手伝ってもらっているんですが、彼のおかげで大助かりですよ」

「私はただ人の手伝いをするのが好きなので。今回の件のお手伝いも楽しく取り組んでいますよ。
 最近は住んでいた人里の人口が減って手伝う事が少なくなって退屈してましたのでね」

 彼を誉めるピートに、ブラウンは照れたように鼻の頭をかく。
 コボルトは住み着いている家の人間が眠っている間に馬の世話や皿洗いなど家の仕事を手伝ってくれる事もあり、
 積極的な性格の者は壁や天井を叩いて自分の存在をアピールして家の者と会話を楽しんだり役に立つ忠告を与える事もある。
 ブラウンも好奇心旺盛で手伝い好きな性格だったが、
 過疎の村で住んでいた家が廃屋となってしまって暇を持て余していた所を、スカウトされたのだ。

「今回の事件ではブラウンには何をやってもらってんだ?」

「ええ、魔力を感知した女性達の証言では、相手の男の特徴は全員ばらばらなんですよ。
 共通点は、相手の年齢が20代後半から30代前半ぐらいだろうという点だけなんです。
 それで数日前に先生に事情を話して相談したところ、相手は幻覚か変身の術を心得ている可能性が高いと指摘されました。
 2つの以上の術を使える点や、人を馬鹿にしたような犯罪の手口から悪しき妖精の仕業が高いと思ったんです。
 そこで、妖精族のブラウンに協力してもらおうと考えたんですよ。相手が妖精族ならブラウンにはすぐに分かるでしょうから」

「もし犯人が妖精族ならば、罪のない悪戯ぐらいならともかく、
 魅了と変身で金品を巻き上げるなんて妖精の風上にもおけんやつです。
 平和に暮らしている我々コボルトの一族がそいつと同列視される事にでもなれば、えらい迷惑です」

「なるほどなって…………唐巣さん、ピートに入れ知恵してたんすか!?
 藤田のおっさんも針谷の陰険眼鏡もオカルトGメンと軽々しく情報交換するなって言ってましたよ」

 ピート達のやりとりを聞いて今回の事件の裏の構図が見えてきた横島だが、
 協会の方針と相反するような唐巣の行動に突っ込みを入れる。
 それに対しても唐巣は涼しい顔を崩さない。

「落ち着いてくれ、横島くん。
 私はオカルトGメンからの正式な要請もないのに、表立ってピートくんに助言を与えるような事はしていないよ。
 尤も私と彼との関係ならば、電話で連絡を取り合うことはあるだろうし、雑談くらいは交わすだろうけれどね」

「それじゃあ、さっきピートが言っていた『数日前に事情を話して相談した』ってのは一体?」

「それはピートくんと話しているとき、同一人物が顔を次々と変えていくとしたらどんな方法があるかって聞いてきたから、
 変装するか、美神くんの所のタマモくんみたいに幻術を掛けるかって答えただけだよ。
 それがまさか捜査に関係する事とは思わなかったけれどね」

 そう言って、はははと笑う己の上司を横島はジト目で見つめた。
 唐巣が言っているように、ピートから捜査に関係する事だとは聞いてないのだろう。
 しかし彼は確信犯に違いない。
 協会の幹部である唐巣が弟子とはいえオカG所属のピートの手助けをおおっぴらにしていいはずがない。
 けれども尤もらしい言い訳があればそのあたりはどうとでも誤魔化しが聞く。
 傍目からは分からないようにこの計画に関わるような立場になったのは、彼がその誤魔化しに自分を利用するためだったのか。
 よく考えれば、一般市民相手にほぼ無料で除霊を引き受ける唐巣のスタンスは、
 GSよりもよっぽどオカルトGメン向きではないか。

 そう考えて更に追求しようとした横島の手に何かが渡される。
 視線を移すとブラウンが彼に写真を数枚差し出していた。
 怪訝に思いながらもそれを見ると、そこには若い女性が写っていた。写真をめくると、全員結構綺麗な顔立ちをしていた。

「このお姉さん達は一体?」

「この人達が今回の事件の被害者なんですよ」

 ピートの言葉に横島は瞬時にそれまで追及していた事を忘れて激昂した。

「魔力で騙して金を巻き上げようなんざ完璧に女の敵だな。許しちゃおけん。捕まえて晒し者の刑にしてやる」

「横島くん、とりあえず我々は様子見だよ。まずはピート君たちのお手並み拝見といこうじゃないか」

 興奮して息巻く横島に唐巣がのほほんとした口調と、霊力を込めた手を横島の肩に置いて止めに入る。
 その手に込められた霊力の大きさを感じ取って横島の動きがぴたりと止まる。

 全く読めない人間である。こちらを引っ張るのかと思えば、絶妙のタイミングで牽制をかけてくる。
 今までは気がつかなかったが、もしかしたら相当の大物なのかもしれない。
 いや、正義の味方志望だった美智恵と、正義の味方なら思わず退治したくなりそうな令子と対照的な価値観を持つ二人を弟子に取りながらも、
 20年以上も貧乏教会の神父とお金をろくに取らないGSというスタイルを貫き通したのだ。
 只者であるわけがないのだが、彼の持っている雰囲気のせいで、交渉慣れして多少は裏を読む事を覚えるまでそれを感じなかった。
 しかし、今ならば分かる事もある。
 しばしば無料で市民の霊障を祓う行為を20年以上も続けた事で得た経験と行動力と度胸とバランス感覚と忍耐力と強靭な意志。
 それを感じた横島は僅かに戦慄した。
 美神の師を務めて五体満足で生き残ってきただけある。
 頭髪へのダメージはどうにもならなかったようだが。


「それじゃあ、何のために俺達を呼んだんだ、ピート?」

「ブラウンから話を聞いて、容疑者になりえる妖精は絞り込んであるんですが、
 幻覚の類を使ったのなら被害者の証言は証拠になりませんし、
 残滓を解析しましたがその魔力の波長のパターンも完全に同一だと断言するには至らなかったんです」

「つまり、物証がないって事か。どの種族を疑ってるんだ?」

「ブラウンが言うには、こんな事をする性格で、しかもうまくやってのけるのはガンコナーくらいだそうです」

 ガンコナーは次々と女に言い寄ることから、言い寄り魔と言われることもある妖精である。
 若い男の姿で出現すると次々に若い娘達を口説く。
 口説かれた娘達はその魔力のせいもあり皆が恋心を抱くが、ガンコナーの方はさっさと姿を消してしまう。

「ガンコナーが現れるのは人里離れた場所なんじゃないか?」

「今の日本だと地方の村の方が見知らぬ者に注目するんですよ。だから悪さがばれにくいように都市部に移ったのかも知れないです」
 
 疑問を投げかける横島に、最近まで過疎の村の家に住み着いていたブラウンが答える。
 余談だが『組み込み計画』のために主に秋美から人外の存在に関する細かい知識を教わっているおかげで、
 横島も種族ごとの特徴には多少詳しくなっている。

「オカGの調査で、ガンコナーと思しき種族がこの付近に住んでいる事と、
 彼が最近は毎日、この時間にこの辺りを徘徊することが判明しました。
 今日はブラウンには、種族の確認をしてもらって、横島さんたちには僕と彼の職務質問を聞いていてもらえませんか?
 なにしろ物証が殆どないので、今日だけで相手の尻尾を掴むのは難しそうです」

「それは見るだけなら、元々ブラウンの仕事振りを見にきたんだし構わないけど………
 すぐにどうにかしないといけないほど切羽詰ってんのか?
 職質するついでに魔力の波長をとって、後で感知した残滓のパターンと比べて詳細に検証すればいいんじゃねえの?」

「一度職質したら、警戒した相手が沖縄や北海道に行ってしまう可能性もあります。
 そうなった場合、日本のオカGの捜査官の数では発見するのに時間がかかるんですよ。
 それに証拠を掴む前に騙し取ったお金をもって海外に逃げたら手も足も出ませんし」

「要するに、今回の職質で相手を拘束できるだけのネタを手に入れるか、
 相手が完全にシロと判明させるかしないと次回以降の接触が難しくなるわけね」

 事情を納得した横島にピートが頷いてみせる。
 それにしても、この厄介な事件に根が真面目で嘘の下手なピートを割り当てている事に、
 横島は作為的な匂いを感じざるをえなかったが、ピートには何も聞かなかった。
 唐巣が密かに協力に来た以上、無事に事件が解決しても協会に不利に働く事はないのだろう。

 そしてその五分後、通行人の1人にブラウンが目を留める。

「あいつ、妖精です。ガンコナーに間違いないですよ」

「ジジイじゃねえか!」

「一般人を騙すなら老人が変身して若い男に成りすますほうが安全なんですよ。
 変身前と変身後の容姿の差が大きい分、あの老人を見て結婚詐欺の犯人だと思う人はいませんからね。それじゃあ、確かめてきます」

 そう言うと、ピートはその老人に近付き職務質問を開始していく。
 唐巣と横島は2人の声が聞こえる位置でその様子を窺っていた。

 どうやら事前に予想していたようにピートの旗色が悪い。
 当初は突然のオカルトGメンの出現に狼狽の色を見せたガンコナーだが、
 ピートの様子から逮捕に来たわけでない事を悟り、現在は落ち着いた様子である。
 彼はなんとか怪しい点を見つけ出そうと回りくどい質問をしたり、鎌を掛けてみたりするのだが、尽く空振りに終わっている。
 それを見守っていた唐巣は小声で横島に話しかける。

「どうだい、横島くん。何かピートくんにアドバイスすることは無いのかい?」

「相手に対する情報が少なすぎるのでまだなんとも。
 俺が被害者の女性と直接お話して情報を教えてもらった後なら犯人に対する印象や性格が分かったかもしれませんが、
 情報不足の今の状態で何かアドバイスしても、それがプラスに作用するかどうかは怪しい所ですね」

「成る程…………それであの老人が犯人だと思うかい?」

「多分クロでしょうね。
 簡単に答えられるような質問までゆっくり時間をかけて答えるようにしてますから。
 あれは口に出す前に、その内容が言質を取られる事にならないか考えてから答えているからでしょう。
 何か疚しい事があるんでしょうし、それはピートも感じ取っていると思います」

「では、仮に君が職質する権利があったらどうやるんだい?」

「探りの質問で怪しいと思ったら、魔力の波長を相手に気付かれないように取ります。
 もし、2つのパターンが類似していたら、それを提示してその点を大げさに突きます。
 そうすれば相手は、最初からこちらがある程度の証拠を掴んでいると思いこんで動揺するかもしれません。
 あとはそれをネタに、相手が動揺している間に嘘発見器でも使いますかね」

「嘘発見器か。それは案外良いアイデアかもしれないね」

 そう言うと唐巣はピートの方へ歩いていく。横島も慌ててそれに続いた。
 2人が、ピート達の所に来た時、彼は一通りの職務質問を済ませて、ガンコナーの魔力の波長を調べている所だった。
 予想通りその波長は残滓の波長と類似していたが、証拠というには弱かった。
 肩を落とすピートに、ウィルと名乗った老人の姿をしたガンコナーは無罪を主張して早く開放するように迫ってくる。
 苦悩するピートの姿を見て、それまで黙っていた唐巣が一歩前に進み出ると横島の肩に手を置いた。 

「大丈夫だ、いい手があるよ」

 それを聞いて振り向くピートと、不思議そうな顔をする横島。

「どうするんすか?」

「横島くん、今、手元に文珠が二つあるかい?」

「ええ、幾つかストックしてありますから、2つくらい出せますけど」

「では、あのガンコナーを『模』して、ピートくんの質問を聞きながら彼の記憶を探って答えるんだ」

 その発想に流石の横島も呆気にとられた。
 『模』した存在がまともな知能と思考を持っていれば、その考えや記憶を垣間見れる事は不可能ではない。
 今回はコピー元のガンコナーがピートの質問を聞いているので、それを探るのは可能だろう。
 しかしその能力は、非常識の塊である横島でさえも今まで使おうと思う事はなかった。
 それは横島の心底に、使ったらギャグではすまない、悪者か下衆に成り下がる、という恐れがあったからだろう。
 でなければ、美神を『模』してその記憶を探り、そして弱みを握るなどはとっくにやってのけたかもしれない。

「いくらなんでも、犯罪なんじゃないっすか?まだこいつが犯人だと決まったわけでもないのにそんな事したら」

「勿論、そんなことは承知しているよ。だから質問が終わったら、横島くんには彼の記憶を『忘』れてもらうよ」

 それまでやりとりを黙って聞いたピートがそこでポンと手を打った。

「その手がありましたか」

「公僕があっさり納得してんじゃねえ!」

 先端を丸くした霊波刀を伸ばして瞬時にピートの後頭部を打ち抜く。
 その電光石火の突っ込みで彼を昏倒させると、横島は唐巣に向き直った。

「こんな事に文珠を二つも使うのは気が進まないっすよ。別に迷宮入りした事件でもないんですし」

「こんな事?」

 きらりと眼鏡を光らせると唐巣は横島の目を見ながら熱弁を振るいだした。

「横島くん、我々は苦しんでいる一般の人の為にこそ力を振るうべきなんだよ。
 私達にとっては些細な事でも、被害にあった方からすれば耐え難い恐怖だったかもしれない。
 その人は我々がそれを消し去ってくれる事を切に望んでいるんだ。そうした人達の為の助けに力の出し惜しみは良くない」

 握り拳を作りながらどんどんヒートアップする唐巣の迫力に横島は眩暈を覚えた。
 まるで、オカルトGメンの模範捜査官のようだ。
 最初に西条に出会ったときに彼が語っていた、高額な依頼料の払えない市民の皆さんの安全を守る、
 というのを聞いたときは、いけ好かないすかしたやつだと思った。
 しかし、同じような事を全く嫌味を感じさせずに語る唐巣には、呆れるを通り越して拍手でもしてやりたくなってしまう。
 西条ですら人前でここまでくさいセリフで熱弁を振るう事はないだろう。
 無論、今の彼が自分の上司だと思うと、げんなりとした気分になってしまうのはどうしようもないが。

「でも、文珠は貴重ですし、明日からの『組み込み計画』の交渉のためにもストックが多いに越した事はないですし」

「横島くん、先のことを恐れていたら今ある現実を解決する事など出来ないよ。
 我々は何よりも困っている人達に手を差し伸べる気持ちを大事にしなければいけないんだ」

 変わっていない。この熱血ぶりは全くと言っていいほど変わっていない。
 昔、栄養失調で倒れる寸前まで追い詰められながら無料で除霊した時そのままだ。
 むしろ、唐巣こそ安定した収入が得られるオカルトGメンに就職するべきだったのではないだろうか。
 西条もお金が大好きな美神を勧誘などせずに、ピートと一緒に唐巣をオカGに勧誘すれば良かっただろうに。

 そう考える横島が知るはずもないが、唐巣が長年日本に留まっていたのは、
 かつてオカルトGメンが存在しなかった日本で、お金のない人の霊障を解決してやるためでもあった。
 勿論そこに至るまでには、六道家とか美神家とか色々な有名人と知り合いになったせいで出来たしがらみのおかげで、
 日本から逃げ出しづらくなってしまったのも否定できないのだが。


「では、横島くん。君の上司として言う。文珠を使ってブラウン君の手助けをしてあげてくれ。
 オカルトGメンに協力するのではなく、『組み込み計画』参加者であるブラウン君に力を貸すんだ」

 物は言いようだな。
 そう思いつつも、横島は最後の悪足掻きをしてみせる。

「もし、嫌だ、といったらどうなりますか?」

「別にどうにもならないよ。ただ今後の君との円滑な付き合いの為に、美神くんと話をする必要は感じるだろうけど」

 その答えに横島に残っていた僅かな反抗心は崩れ去っていった。
 断れば数日後には、よくも私に恥をかかせてくれたな、と叫ぶ美神が大魔神と化して襲撃してくる。
 それは物凄く嫌だし、のほほんとした顔でそんな事を告げてくる唐巣も恐ろしい。
 脅迫しているのか、本当に胸を痛めて美神に相談しに行くのかいまいち判断がつかないだけに、
 交渉絡みの駆け引きに長けた横島でも対応に困ってしまう。

「さあ、やりたまえ、横島くん。これは市民の皆さんを守る為の正義の行いだよ。この際だ。主も会長も大目に見てくださるはずさ」

 アシュタロス大戦の時も思ったが、どうやら唐巣はどこかで弟子の美神に染まっているようだ。
 対空ミサイルを撃つように急かしてきた時のようなセリフと勢いで迫ってくる彼に横島の心は遂に敗北を認めた。
 嫌々ながらも文珠に『模』の文字を込めて、ウィルをコピーした横島にピートが質問を始めた。

「○○○さんと出会ったのはいつですか?」

「×▲★年5月7日」

「彼女と婚約の口約束を交わしたのは?」

「×▲★年8月15日、六本木ヒルの展望台で」

 そのやりとりを聞いて、ウィルの顔色が次第に青褪めていく。
 まるで自分の全てを見透かされたと思ったのだろう。
 横島は、ピートの質問を聞いてウィルが思い浮かべた事を頼りに記憶を探っているだけなので、
 脳の中に記憶が残っていても、思考レベルで思い出せないほど頼りない記憶について探るのは困難なのだが、そんな事は分かりようもない。
 ウィルが逃げようとしてそっと後退りしかけたとき、背中に何かがぶつかった。

「どうしたんだい、後ろによろけたようだけれど?
 具合が悪いようなら私が休める場所に案内してもいいよ。例えばオカルトGメンの取調室とかね」

 いつの間にかウィルの後ろに回りこんでいた唐巣はそう言った。
 慌てて横を向くと、左は行き止まりになっており、右側にはブラウンが立っていた。
 そうしている間にもピートの質問は続いていく。

「今まで何人の女性と結婚の約束を交わしましたか」

「えーとな、○○×、□○■、☆□●、×●×、×××…………フルネームが思い出せない人ならあと3人はいる。
 …………こいつ、女の敵だな。いっそ一思いに俺が…………」

 質問が続いていくにつれて、最初は消極的だった横島も怒りを覚えていった。
 こいつは許せない!過去の自分の所業を棚に上げてヒートアップする横島の様子にピートは苦笑して、核心部分に触れた。

「何かしらの関係を持っていた女性からの贈り物でまだ残っている物はありますか?」

「×●×から貰ったブランド物の鞄と、□○■のプレゼントのスーツは気に入ったからちょくちょく身に付けている。
 ○○×が贈ってきた指輪は、関係が切れるまでは手放せないから大事に自宅に保管してあるってよ。」

「OKです。指輪には何らかの刻印がしてあるでしょうし、
 ○○×さんの指紋を検出されるでしょうから、物証としては文句なしです」

 ピートの宣言で、息を吐いた横島だが、まだ文珠の効果がきれないせいで変身が解けないでいる。
 すぐ近くでは、唐巣とブラウンがウィルの手を掴んで逃げられないように拘束している。
 垣間見た記憶がよほど不快だったのだろう、横島はしきりに顔を顰めていたが、不意にじっとピートを見つめた。

「ど、どうしたんですか、横島さん?」

「いや、文珠の効果で『模』している間は、コピーの対象を変えることも出来るかなって思ったんだけどな」

 そういった瞬間、横島の体が変化し、その体にはピートのようにICPOの制服が身に付けられている。

「おっ、なんとかなったな。これ以上、あんなやつの真似しないですんでほっとしたぜ」

「ちょ、横島さん。僕の記憶は見ないでくださいね。お願いしますよ」

「といっても、どうせ忘れるんだしな。ちょっとくらいはいいじゃねえか」

 そう言った瞬間、横島の頭の中にブラドー島でのピートとブラドーの死闘の光景が流れてくる。

「あっ、変な事を思い出してガードしやがったな」

「僕からしてみたら、知られてもいいとはいえこの記憶を思い出すのは嫌だったんですよ」

 ピートとピートそっくりのバンパイアが取っ組み合う光景を、
 頭を振って追い出そうとする横島にげんなりとしたピートが告げる。
 そうこうしている内に無事に横島の変身も解けて、一同は落ち着きを取り戻す。

「それじゃあ、もういいよな?」

 ピートが頷くのを確認して、横島は文珠を取り出すと先ほどの記憶を『忘』れるように願った。
 その様子を見守っていた唐巣が、ウィルを引っ張ってピートの許までやってくる。

「ウィル。ガンコナーの特殊能力を使って結婚詐欺を働いた容疑がお前にかかっている。
 今からオカルトGメンの取調べを受けてもらうからな。安心してくれ。お前の自宅の家捜しは俺がしてやるから」

 そう話ながら、がっくりと項垂れるウィルを促して車に乗り込むブラウン。
 
「先生、横島さん、御協力ありがとうございました」

 そしてピートは頭を下げて感謝の言葉を述べるとそれに続いていく。
 2人を見送りながら、唐巣は呟いた。

「これにて、一件落着だな」

「俺達、こんなに手助けしちゃってよかったんすかね?」

「外向けの発表では、人外の存在が犯した犯罪を同じく人外の存在であるピートくんとブラウンくんが中心になって解決した事になる。
 これによって、もし何かがあった時、適切な方法で社会に溶け込んでいる人外の存在が、彼らの利益と良心によって自浄作用を働かせる。
 そう主張する根拠が出来たんだよ。
 これが風聞となって広がっていけば、人間界で悪事を働かせている人外の存在に対しての抑止力になるかもしれない。
 なにせ傍目からは、人間相手に悪事を働くと人間だけでなく一部の人外の存在も敵に回す、という構図に映るからね。
 長い目で見れば、今回の捜査の成功は必ず『組み込み計画』の円滑な発展に結びついてくれると思うよ」

 その答えに横島は納得し、それと同時に感心した。
 「霊障対処法」を作ったり、美神事務所の方針が軌道に乗るように手伝ってくれただけあって、
 唐巣も『組み込み計画』に対して真摯に考えながら行動しているようだ。
 先ほどの文珠を使うようにとの指令も、熱血と勢いに任せた暴走ではなかったのか。
 協会への帰途につきながら、横島は唐巣に疑念を抱いた事を少しだけ反省した。
 それと同時に、彼は今回のように今後も協会の『組み込み計画』への介入がプラスに働いていく事を願っていた。





 そして次の水曜日、横島が唐巣の執務室を訪れた時、唐巣は受話器を下ろしているところだった。
 嫌な予感がして身構える横島に唐巣は再び晴れ晴れとした顔で告げてきた。

「横島くん、今日もこれから視察の予定が入った。オカルトGメンの捜査現場で、参加者の仕事振りをチェックしに行くよ」

 やはりこの人は単にオカルトGメンのお手伝いをするのがうれしいだけなのかもしれない、
 眩暈を覚えながらそう思いつつ、横島はなんとか時間稼ぎをしようとする。

「唐巣さん…………ちょっと俺、おなかが痛くなったんで一時間ほどトイレに引きこもろうかと思ってるんですけど」

「心配ないよ。胃腸の薬なら私は一杯持っているからね」

 その淀みない言葉に、横島は言い訳の選択を誤ったと悟った。
 美智恵、令子と二代に渡って師を務めてきた唐巣が胃腸のケアに詳しいのは、考えればすぐに分かる事だった。
 がっくりと項垂れると、彼は引き摺られるように今日も元気な唐巣と共に外回りに向かっていった。

 その日の夜、横島は辞表の書き方を覚えるべきか真剣に悩んだという。
 無論、美神と美智恵が合意した横島の協会への就任が取り消される可能性など万に一つもないのだが。
 協会職員としての横島の日々はまだまだ始まったばかりである。


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