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山の上と下

6 様々な出会い・中編


投稿者名:よりみち
投稿日時:05/ 4/24

山の上と下 6 様々な出会い・中編

 横島は、日の傾むき始めた街道をオロチ岳の方に、ひたすら歩き続けていた。小屋で手間取った分、夜通しでも歩くつもりでいる。

‘それにしても変だな?’
 足を運ぶことに集中しながらも、目に入る風景に違和感がぬぐえない。

 やがて、違和感の正体が判った。日没までもう一働きをする時間があるのに、田畑に人影が見えないからだ。同時に、その理由も判然とする。

 『神隠し』を恐がり、まだ、日のあるうちに帰ったに違いない。

「ってことは、これからが危ないってことだよな。」立ち止まり辺りを見回す。

 ちょうど村の外れにさしかかった所で、ここからしばらくは人家も絶える。

「引き返して、どこかに頼み込んで泊めてもらう‥‥ でも、そうすると差は縮まらない‥‥ といって、『神隠し』にも遭いたくないし‥‥」
葛藤を口にしつつ、あれこれと考えるが、考えがまとまらない。

 そうしている間に、脇を一人の武士が、足早に通り過ぎた。

‘あれっ?!’無意識にそちらへ注意が向く。

 その武士は、深編み笠に錦地の胴衣・袴。深紅の陣羽織、身長並の長さの太刀を背負うという講談に出てくる剣豪−例えば、佐々木某−のような派手な姿をしている。しかし、注意が向いたのは、そんな冗談めいた出で立ちに興味を持ったからではない。
 その人物が女性であることに気づいたからだ。

 それまでの葛藤を忘れ、目の前に人参をぶら下げられた馬のような感じでついていく。



 どちらかといえば小柄ですらりとした肢体を持つ女性は、所々破れ傷んだ、それでいて高価そうな服を身につけるという怪しげな男がついてくることに気づいているはずなのに、それを無視し、小気味良いリズムで歩いていく。背負っている太刀の重さや大きさを考えると、絶妙のバランス感覚と高い運動能力の持ち主に違いない。

 もっとも、横島には、そういうことはどうでも良いことで、
‘顔はわからないけど、勘は、絶対に美人だって言ってるんだよなぁ 後ろに垂らした黒髪も艶があって良い感じだし‥‥ でも、フトモモ、チチ、シリは少し薄い、っていうより、ほとんどないか。助さん以上に鍛えているようだけど、それだけじゃないな。ひょっとして、子供? そうなると、”範囲”外になってくるな〜 でも、そうじゃなかったら、見逃すのはもったいないし‥‥ かといって、子供に跳びかかるっていうのも‥‥ ’

「うげっ?!」横島は、唐突に足を止めると顔を引きつらせた。
 先を歩いていたはずの女性が、目の前に立っていたからだ。

 五間(:約9m)ほどの距離を、瞬く間にとって返した、凄まじいまでの瞬発力と速さを目の当たりにして、体が金縛りにかかったように動かない。
 さらに、手にしていた、長さ一尺(:30cm)ほどの木の棒−先端が二股になっている−が喉笛に擬されている。ありふれた棒なのに、真剣を突きつけられたような圧迫感が感じられる。

「お‥‥俺は、横島忠相。怪しい者じゃありません。」

あとをつけたという行為に比べ、あまりにも内容のない言い訳である。

「確かに、本当に『怪しい者』なら、もっと、目立たない行動を取るはずでござるな。」
 トーンを落としているが、澄んだ声が楽しむかのようにそう言うと、突きつけていた木の棒が引かれる。

 支えを取り除かれたように、へなへなとその場に座り込む横島。

「拙者、犬塚志狼と申す者。剣の修行を志しての旅の途中でござる。」
 先ほどもそうだが、少女は、古風にも聞こえる言葉遣いで名乗り、深編笠を取った。

 そこには、整った目鼻立ちの少女の顔が。少年のような凛々しさを持つ一方、目元と口元に覗く八重歯が、少女としての可愛らしさを感じさせる。
 あと、頭頂を境に後が黒髪なのに、前が赤毛なのが目を引く。

‘う〜〜ん、予想通りといえば、予想通りなんだけど‥‥ 子供ってところまで当たったってか。惜しいなぁ〜 あと二・三年もたてば、すごい美人になってるのに。その時なら、切り倒されたって、跳びかかるところなんだけど。’
表情と口には出せないが、横島は、内心で大きくため息をついた。

一方、少女は、座り込んだままの横島に無造作に顔を近づけてくる。

‘うわっ、こんな近くに! そ、それに、すごっく可愛い!!’
顔がすぐ近くに迫ったことで鼓動が早鐘のように高鳴り、理性の堰が煩悩の洪水で決壊しようとする。すぐに、我に返ると、
‘うぉぉぉ〜 俺は、俺はーー、子供を襲うような獣じゃないぃぃぃ!!’

煩悩を消すために、地面に頭を何度も打ち付ける。

「な、何でござるか?!」突然、地面と格闘を始めたことに半歩後ずさる。

「さぁ、何だったんでしょうか?」
 軽い記憶喪失になった横島は、自分自身の行動に首を捻る。

 額を血まみれにしてとぼけた事を言う横島に笑いを押さえきれない少女。
「少し変わっているが、悪い人ではなさそうでござるな。」

 その言葉に、横島はかえって心配そうに、
「俺が言うのも何なんですけど、もう少し疑った方が良いんじゃないですか? 世の中にはいろんな悪い奴がいますからね。」

「大丈夫でござる。拙者、けっこう鼻が利くでござるよ。」
理由になっていないような理由だが、少女には、それで十分らしい。
「ところで、忠相殿、どうして拙者のあとをつけてきたのでござる?」

‥‥ 口ごもる横島。
 さすがに、”きれいなおねーちゃん”かどうかを確かめるため”だけ”でつけたとは、言えない。取りあえず、何か言おうと、
「え、えっっとですね、犬塚様‥‥」

その呼びかけに少女は、照れ笑いを浮かべ、
「拙者は、高の知れた田舎郷士。それも元服前の未熟者ゆえ、堅苦しい呼び方は不要でござる。」

「そうなんですか。なら、お名前の方で‥‥ あれっ、そういえば、シロウ様? シロ様? どちらでしたっけ?」
さっきの名乗りをちゃんと聞いていなかったことに気づく。

「シロの方で良い出ござるよ。字はシロウでござるが、シロが通り名になっているでござる。」

‘シロ? まるで、犬の名前みたいだな。’と思うが、これは口に出すことではない。

ちょうど、今のやり取りの間に、言い訳とさきほどの葛藤の両方を解決する妙案がひらめいた。表情を引き締め、
「実は、シロ様にお願いがあったんです。ただ、お声をかけるきっかけが掴めなくて、つける形になってしまったんです。」

「すれ違った相手に『願い』とは、いきなりな話でござるな。」
 とあきれるシロだが、表情で続きを促す。

「事情が有って夜旅をするつもりだったんですが、この辺りで『神隠し』がよく起こるって思い出して。それで、どうしようかなって迷っていたんです。そこに、シロ様が通りかかったんで、ご一緒願えたら嬉しいかなって。お供という形で構いませんし、荷物だって持たせてもらいます。だから、側を歩かせてもらっていけませんか?」

「その事情というのは何でござる?」

横島は、昨日からの経緯(いきさつ)を、多少、脚色を加えて−例えば、追われていることを伏せるなど−説明する。最後に、
「こんな半人前の俺に気をかけてくれたご隠居たちと、恩返しもせずに別れたくはないんですよね。だから、追いつくために、明日の朝には、オロチ岳の手前までは行っておきたいんです。」

「危険も省みず、恩義を返そうとは立派な心がけでござる。」
 そう感心したシロは、心の中での決断をつけたように小さくうなずく。
「その心意気をかって、頼みは引き受けるでござる。どのみち、夜旅をするつもりでござったし、袖擦り遇うも他生の縁と申すでござるからな。」

感謝し跪こうとするのを、シロは遮り、
「そんな大げさにすることはないでござる。困っている者を助くるは、もののふの勤めでござるよ。」

横島は、その人の良さそうな雰囲気に、信頼できるものを感じ取った。

あらためて、出発しようとするシロに、
「そうだ、これから歩くんだったら、それなりの準備がいりますね。ちょっと、ここで待って下さい。」
そう言うや、返事を待たずに村の方にとって返した。



日の暮れた街道脇で、シロは目印を兼ねて用意したたき火の側に腰を下ろしていた。そこに、横島が、ほとんど全力疾走という感じで駆け戻ってくる。

横島は、肩で息をしながらも嬉しそうに、
「いや〜 ちゃんと待っててくれて良かった。置いて(い)かれたって、文句の言えないところなのに。」

「それほどのことではないでござる。それで、その包みは何でござるか?」
たき火のせいか、陰影のある表情で応えるシロ。

「ああ、これですか。まあ、見てください。」
そんなことにかまわず、横島の方は、得意げに背負ってきた包みを広げる。
 中には、芋の茹でたのやら燻製にした川魚、獣肉など付近の農家の夕食に並びそうな物や水の入った竹筒、あと、捨てる寸前のボロさだが提灯とかロウソクもあった。

「夜通しとなると腹ごしらえがいるし、明かりなんかも欲しいですからね。村を走り回って集めてきたんです。こんな大事なことも考えずに、夜旅をしようとしていたなんて、バカな話でした。」

「いや、それだけ、仲間のことが気になっていたのでござろう。バカかもしれないが、意味のあるバカだと思うでござる。」

横島は、最大のホメ言葉をもらったという感じで笑うと、
「明日の朝の分を考えても、二人分以上は手に入れてきましたから、シロ様も食べて下さい。」

「ああ‥‥ 遠慮なくいただくでござる。」
 少し上の空という感じで間が空くが、燻製になった獣肉を手に取ると、噛みつき、軽々と噛み切る。

それを驚きの目で見る横島に、「何か変でござるか?」

「いや、いい食べっぷりだなって。俺なんか山で育ったから獣の肉なんかも平気なんですが、普通だと、そういった食べ物は敬遠するんですよね。」

「そうでござるか? 拙者の里は、山深い所でござるから、食べ物と言えば、こういったものばかりでござるよ。まあ、好みをを言えば、新鮮な肉だともっと良かったでござるが。」

「はぁ、新鮮な肉ですか。」少女らしからぬ好みに毒気を抜かれる横島。
 好みは人それぞれと思い直し、
「そういえば、俺の方の事情は話しましたが、シロ様の方はどうなんです? さっき、剣の修行中って言ってましたが、夜旅もその一つなんですか?」

「まあ、そんなところでござるな。」 はぐらかした答えを返した後、
「ところで、オロチ岳に行くとして、そのご隠居たちと会える当てはあるのでござるか?」

質問の時に、シロの顔にわずかだが緊張が走ったのを、横島は見逃してしまう。
 別に隠すことではないと言う感じで、
「絶対ってことじゃないんですけどね。ご隠居がたいそう物好きな人で、オロチ岳の峠に出るって幽霊を見るっていって言ってたんです。だったら、先回りして、麓で待てば会えるかなって思ってます。」
そこで、名案が浮かんだというように手を打つと、
「そうだ! 急ぐ旅じゃないんだったらご隠居たちと会いませんか? 気のいい人達ですし、助さんとは、剣の道を選んだ女の人同士、話が合うと思いますよ。」

「楽しそうな話でござるが、そうもいかないでござるよ。」
シロは、心苦しいと言った表情で応えると、手を挙げる。

それを合図に、一団の武士が現れ、二人を取り囲んだ。

「えぇぇーー!!」驚愕という言葉がぴったりの顔をする横島。

その一団は、半日ほど前、振り切ったはずのご隠居たちを追っていた連中だからだ。


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