椎名作品二次創作小説投稿広場


下弦の月

有余


投稿者名:ライス
投稿日時:05/ 4/16


「長老!?」
「お久しぶりですの、美神どの」
 長老は横島たちに案内されて、隣のオカルトGメンの日本支部へと来ていた。会議の真っ最中ではあったが、突然の来客に美神達は驚いていた。
「一体、どうして」
「実はシロの事で何かあったのではないかと思いましてな。それでこちらに赴いたわけなのじゃが」
「何か知ってるの?」
「先日、シロが村に来ましてな」
「なんですって?」
 聞き捨てならないという表情で、美神は椅子から立ち上がった。
「よしなさい、令子。長老、詳しく聞かせていただけないかしら」
 長老は頷いた。シロが失踪してから四日目。ようやく情報らしきものが彼女らの元にやってきたのだ。長老は空いている席に座ると、持ってきていた荷物を自分の席の脇に置いた。
「さて、なにから話すべきかの」
 長老はおもむろに言葉を紡ぎだす。まず、シロが村にやって来た時の様子。当時の状況が事細かに、抑揚のない口調で淡々と語られていった。次に人狼族にまつわる月の呪いとその由来。固唾を飲み込み、耳を傾ける面々。その後も長老の口から語りだされていくごとに、美神たちは事態が決して甘い状況ではないと言う事を再確認させられた。そうして、その場にいた面々の緊張が高まっていく。
「わしが見た事、知っている事は以上じゃ」
「つまり、シロはそのアルテミスの呪いを受けたからタマモを傷つけたと?」
「そうじゃ。それに関しては本人もずいぶんと後悔していたようじゃった」
「で、今その本人はどこへ?」
「分からん」
「分からんって、シロは一度あんたのところに来てるわけでしょ?」
「だが、わしは村の長老じゃ。村に住む者たちを守らねばならん。それには村の安全がまず第一じゃった。だからシロにはすまないが、村から出て行ってもらった」
「じゃ、じゃあ今のシロちゃんの消息は……」
「残念じゃが、山の方へ去っていったとしか言えん」
「……なんてことっ!」
 美神が消沈するのも仕方ない。やっと来た情報も役には立ちそうにもなかったからである。現在のシロの行方を知る者はいないのだ。手に届きそうだったものが手からするりと抜けていって、さらに遠のいていく感じだった。
「では、今度はこちらの番じゃ。シロに何があったのか、詳しく教えていただけるとありがたいのじゃが」
「分かりました。西条君、資料を読み上げてくれないかしら?」
「はい」
 長老は今までの経過を淡々とした表情で聞いていた。悲壮感を漂わせる事もなく無表情に耳を傾ける。その胸に去来するものがなんなのかも、読み取れないような表情だった。
「以上が今までの経過です」
 経過説明が終わる。長老は天を仰ぐ。といっても、天井では蛍光灯が部屋を照らし出しているだけで空は見えない。当たり前であるがしかし、長老は遠くを見つめる目でコンクリートの天井を少し頭を傾けて見つめていた。
「私達も断片的にしか、事実を把握できてませんからどうしても不明瞭な所がでてくるのですが現在はこれ以上の情報が精一杯です」
「シロに傷つけられた者はどうしておられるのですかな?」
「タマモですか。彼女は今、都庁の地下で治療中です。そろそろ意識が戻ってきてもいいはずなのですが、まだ」
「そうですか」
 長老は非常に穏やかに、落ち着いた口調で答えた。その姿はなにかを悟ったようにも見えた。仲間を重んじる人狼族の長にしては、なんとも素っ気無くて不気味にも思える。
「皆さん。これからわしが喋る事をよく聞いていただきたい。了承していただけるのなら、沈黙をもって賛同の合図としてもらいたいのじゃがよろしいですかな?」
 その言葉を受けて、場は静まり返る。
「結構じゃ。それではまず先ほど説明した我ら人狼族に伝わる言い伝えと呪いじゃが、実を言えばシロが初めてではない」
「でしょうね、じゃなかったらあんたが落ち着き払ってる説明が付かないし」
「令子!」
 美神の見透かすような発言に、長老はやや苦笑いを見せた。
「いやはやさすがですな、美神どの」
「馬鹿にしないでよ。それくらい分かるわ」
「では、わしが呪いを受けた者の身内だと言えば?」
「えっ」
「わしの兄はその呪いを受けた者の一人じゃ。現にわしも殺されかけた」
 ふたたび場は沈黙する。老人の口から語られた一つの事実はあまりにも重い一言であり、静まり返るのも当然だったと言える。
「無論、村にも多大な犠牲が出た。たった一人の人狼によってだ。兄は笑っていた。父を殺し、わしの目の前で母をも殺した挙句、わしをも殺そうとしたのだった。その時、兄は嬉しそうに笑っていたのじゃ。おぞましいくらいに明るい笑顔だった。今でも脳裏にはっきりと焼きついておる」
「そのお兄さんは今……」
「死んだ。当時の村の若い者たちが放った矢が刺さっての。わしははっきりと見ておった。兄が死にゆく様を。どうしようもなかったとは言っても、やはり肉親が目の前で死んでいく姿は悲しかった。そして兄が死んだ瞬間、わしは天涯孤独のみとなったのじゃよ」
 長老の壮絶な過去を聞かされて、口に出そうとする者はいなかった。
「ちと話がそれたの。話を戻そう。それから長い年月が経ち、わしはいつの間にか長老の座についていた。わしは過去の過ちを繰り返させまいと村の古い蔵書を漁った。調べていく内に数は少なかったがやはり呪いを受けた者に関する所述があったのじゃ。過去の文献と今回の件を照らし合わせてみると」
「と、どうなるのよ?」
 長老は突如、押し黙ってしまった。目を伏せて一瞬、躊躇した長老の表情はどこか辛辣な顔つきであった。次の時間、彼は押し殺したような口調でつぶやいた。
「結論から言えば、十二日後にシロは死ぬ」
 場は戦慄した。よもや、長老の口からシロの死が宣告されるなどとは誰も思ってもいなかったからだ。驚きを隠せなかった。そして誰よりも驚いたのは壁に一人寄りかかっていた横島だっただろう。だが。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
 いの一番に長老に声をかけたのは西条だった。横島は何か言い出そうとしていたのか、口を開きかけていたが機会を逸したために、再び黙黙り込んでしまう。それに気付かず、西条は続けた。
「ただでさえ我々は状況があまり把握できていないというのに、死ぬとは一体、どういうことなんだ? 順を追って説明していただけないだろうか」
 西条は厳しい口調で長老をけん制する。
「おぉ、すまぬ。先走ってしまったの」
「とんでもない。あなたが重要な情報源である事は変わりありませんので。続けてください」
「うむ。では、最初から話すとしよう。呪いに関しては基本的に先ほどお話した通りじゃ。もっと詳しく説明すれば、憎悪は砂のように月の内面で渦巻いておる。ちょうど砂時計の中の砂が傾くようにじゃ」
「砂時計、ですか」
「左様。我ら一族の古文書によれば、月の満ち欠けは憎悪が片寄ることで起こるらしいという所述があった。つまり、これらに基づけば新月の夜は憎悪は月に内側には無く、逆に満月の夜は月に憎悪で満ち溢れているということらしい」
「要するに、憎悪が地上に放出されるということですか? それとも」
「放出されるというので正しいじゃろう。砂時計の中に入っている砂が全て下方に積もっている状態を想像していただきたい。下弦の晩の月は、そんな状態の砂時計をひっくり返してしまう晩なのじゃ」
「なるほど」
「憎悪という名の砂は、夜空から大地へと降り注いでいく。この時、解き放たれた憎悪の受け皿となるのが我ら人狼族の肉体なのじゃ。月の内側に蓄積された憎悪が体内へと侵入していく。それまで月を閉じていた栓が開かれ、地上に流れていくのじゃな。下弦の月がきっかけとなり、凶暴化するのじゃ。かつてわしの兄や今のシロがそうだったように血に飢えた狼を化す」
「もし、受け皿となる肉体がなければどうなるんですか」
「その時は、憎悪は受け皿が見つからないまま無くなっていく。風呂の湯気が空に消えていくようにな。だから、我らの先祖は下弦の晩が誰も出ないように義務付けたのじゃ。それが慣習として、言い伝えとして残っていったのじゃな」
「……逆に受け皿がいた場合は?」
「ふむ。残念じゃが、詳しい事が文献には残っておらん。呪いを受けた者はみな死んでおるからの。これはあくまでわしの想像じゃが、月から受ける憎悪は下弦の晩に全て受けるのではなく、徐々に体内へと蓄積されていくのではないではなかろうか? でなければ、読み上げてもらった資料の中にあった横島どのとシロの場面が説明がつかぬ」
「で、では全ての憎悪が体内に入るのは」
「おそらく月がなくなる晩。つまり新月じゃ」
「四日後ね。シロが月の憎悪を全て受け入れるまで」
 美神は冷静に相槌を打つ。
 不穏な空気の中、場はまた静まり返った。美神達の脇に置かれていたコーヒーの入った紙コップは既に冷めて蒸発する湯気もなくなっていた。シロもいないというのに四日でどうすればいいというのか。そんな気持ちが部屋にいた全員から漂っていた。
「あの、シロちゃんは助かるんでしょうか?」
 おキヌが躊躇しながらも恐る恐る聞いてきた。それを耳にした長老の顔は急に険しいものとなったかと思うと、また元の表情へと戻る。
「話を続けよう。おそらく憎悪を体内に溜め込んでいくとだんだんと衝動が高まり、自制が効かなってくる。というよりは殺しの衝動が開けっぴろげになるのじゃろう。殺す事が快楽のように思えてくるらしい。シロが言っておった」
「シロちゃんが?」
「とても辛そうだった。自分がわからないとも言っておった。多分、湧き上がる衝動と正気が拮抗していているのじゃろう。今も苦しんでおるはずだ。衝動は日に日に強くなっておるだろうに。で、だ。今から十二日後は上弦の月じゃ。言い伝えの通りならば、この日の晩には憎悪がまた月へと吸い込まれる。」
「ちょっと待って、憎悪は消えてなくなるんじゃないの?」
「確かに消えてなくなるが、吸い込まれる憎悪は甚大にある。それの根源は、おぬしら人間の憎悪じゃ。おぬし達から発せられる憎悪が吸い込まれ、蓄積される。月へと吸収されたおぬしらの憎悪がアルテミスの封印した感情を増幅させ、また下弦の晩に放出される。同じ繰り返しじゃ。何十、何百、何千年もの昔から繰り返して来た事なのじゃよ。責任はおぬしらにもある!」
 美神は何も言えなかった。人間の争いは絶えない。それは本能によるものだからだ。しかし、それが人狼に被害を及ぼしていようとは露にも知らなかった。
「まぁ、こんなことを今話している余裕も無い。月は人間の憎悪を吸い込むだけで、人間そのものを吸い込むわけではない。しかし、人狼は違う。アルテミスを祭る身であるからか、上弦の月にまるごと吸い寄せてられてしまうのじゃ。憎悪を腹に抱えたまま、身体ごとなにもかもじゃ」
「なっ!?」
「なんですって!?」
 衝撃が走った。先ほどからずっと黙り込んでいた横島もこれには目を見張った。身を乗り出す事はなかったが、長老の口走ったことは、彼にも激しい動揺が襲っていた。
 ちょっと待ってくれ。下弦? 上弦? 月? なんだそりゃ? シロが死ぬだって? 横島に頭の中は混乱する。彼の心の内に持っていた不安は一気に最高レベルまで急上昇した。シロに二度と会えないかもしれない。もう訳が分からない。シロはいない。ここにはいない。どこにいるのかも、いまどうしているのかも分からない。なのに、彼女は死ぬことが運命付けられてしまった。しかもその有余はもう二週間もない。自分が知らないうちに事態が急展開していく。
 いや、待ってくれ! ほんとに。俺はシロに聞きたい。なんであんな事を言ったのか、その理由を。戻ってきてくれ。戻って、俺に理由を言って欲しい。そして、また元の日常が戻ってくれば…、どんなに良いことか。
 横島は胸の内を口から吐き出したい気分だった。しかし自分が言える立場じゃない。言い出しても、美神に一蹴されるだけ。丁稚の分際でと。だけど、美神さん。シロは俺たちの仲間じゃないですか。でも、横島は言えなかった。実際は口を出せずに心に思うだけであった。
 すると、横島を代弁するようにおキヌが口を開いた。
「なんとかして助け出す事は出来ないんですか?」
 おキヌは動揺していた。しかし、それ以上にシロの生死を気にしているようでもあった。彼女もまた横島と同様に心の中では不安が駆け巡っていたのだ。彼女は心配そうな顔で見つめながら答を待った。
 しばらくの間が空くと、長老の答えは無言で返ってきた。首が振られる。無論、縦にではない。横に。
「そんな!」
「呪いに関する記述が載った古い文献、どれを漁っても助かったという記録はなかった。過去に起こった呪いは例に漏れず、全員が死に至っておる。助かったためしはないじゃよ。わしらにできることはただ一つ。苦しむ者に引導を渡すことだけじゃ……」
 そう言って長老は脇に置いていた荷物、正確には弓矢を会議室の机の上へと置いた。美神と他の面々は置かれた弓矢に注目した。随分と古めかしい、歴史を感じさせる面持ちだった。美神は弓を手に取ると、長老に聞いた。
「これは?」
「村の蔵から見つけた秘蔵の弓矢じゃ。昔、文献を調べた時に一緒に見つけたものじゃ。昔は呪いを受けた者をこの弓矢で射抜いたらしい。しかし、制作過程が緻密かつ危険を伴うが故に、その技術ははるか昔に失われて誰も作れなくなってしまっているので矢はここにあるだけじゃ。これでシロを射抜いていただきたい」
「射抜いてもらいたいって、なんで私達が?」
「お願い申し上げるっ! 美神どの、この通りじゃっ!」
 戸惑いを隠せない面々に追い討ちをかけるかのように、長老は床に座り込んで土下座した。
「ちょっ、やめてよ!」
「そうですよ、長老さん。顔を上げてください!」
「なにとぞ、なにとぞシロに引導を渡してやってくだれいっ! シロは父も母も死に絶え、家族はおらん。若くして天涯孤独の身じゃ! だから美神どの、他の皆様! シロと家族同然の付き合いをするあなた方にお願いしてるのじゃっ! あなた様方に殺されるなら、シロも本望じゃろうて! どうかどうかシロを苦しませずに逝かせてやってくだされっ!!」
 必死の形相で、長老は頭を床に突っ伏して懇願する。困ったのはそこにいた他の面々だった。人狼族の長がこうしてやって来て、仲間を一人殺してと乞う。異常な光景であるに違いはなかった。
 シロは孤独だった。幼い頃、母を亡くしまた父もこの間の事件で死んでしまった。気付けば、独りとなっていたのだろう。それにこの場にいる誰もが気付いてやれなかった。彼女の帰る家は村ではなく、ここなのだと。彼女の持ち前の明るさのせいなのか、そういった彼女の影の部分に気付けなかった。そうでなくとも、彼女は超回復をして身体だけは大人なのだ。だが、心は子供のままである。いくら子供と言えど、両親を失った傷跡は並々ならぬものなはずだ。天真爛漫という言葉がよく似合う彼女。であるが裏側にはどれだけの辛さが、苦しさが詰まっているのだろうか。想像できるはずもない。
 いつもの生活風景。横島と散歩に行きタマモとじゃれ合い、おキヌの手伝いをして美神に説教される。彼女にとってそれが全てであり、楽しみでもあり、生きがいに感じていただろう。しかし、彼女の生きる時間は、はさみでばっさりと切り落とされてしまった。待っているのは死のみ。その引導を今、美神たちは託されたのだった。



       ◆
 


 森は晴れていた。空は雲混じりに青空。物音は時々聞こえてくる鳥の羽ばたきと鳴き声。または風に吹かれ、木々の葉がお互いに擦りあうせせらぎ以外は静かなものだった。そんな深い森の中にぽつんと一件のかやぶき屋根のこじんまりとした民家が建っていた。
 おそらく、この民家はかつて狩人たちの中継地点として使われていたのだろう。それが長い年月を経て、忘れ去れていったのだ。取り壊されずに今まで生き長らえてきたのはそんな理由からだろう。
 シロはその古ぼけた民家の天井を見つめながら、想像にふけっていた。幸いな事に坂から転げ落ちたにしては軽い脳震盪と擦り傷が出来ただけで、他に怪我はなかった。天井を支える柱の木はすすで大分黒ずんでいた。木の匂いがする。森の中にいるから当たり前なのだが、それとはまた別の木の匂い。昔、自分の生まれ育った家にいた頃の匂いになんとなしに似ていた。父上がいて、母上がいて、三人で囲炉裏を囲んでいた頃のこと。近いようで遠い思い出のようでもある。あの生活に戻る事はない。今はタマモがいて、おキヌちゃんがいて、美神さんがいる生活。そして先生のいるアパートまで走ってゆき、一緒に散歩に出かける。たまにはひのめどのの世話も。
 それが今までの日常だったし、変わることもないと思っていた。でも、あの夜、月を見たときから一変してしまった。自分の内側でどろどろとマグマのようにじんわり流れ出すものがあった。おぞましいものだと分かっている。分かっているのになぜかそれを快く受け入れようとする自分がいる。拒絶できそうにもない。今は自制を保っていられるが、その内、全てを受け入れてしまう自分が想像できて嫌だった。止めて欲しい。しかし、歯止めは利かないのだ。
「お姉ちゃん、何してんの?」
「あ、ケイどの」
 声に気付き、かまどの方を向くと、そこには一匹もとい一人の少年がいた。ここに住みついていた化け猫親子の愛息子のケイだ。
「ケイでいいよ。ぼくもお姉ちゃんのこと、シロ姉ちゃんって呼ぶから」
「分かったでござる」
「なに見てたの」
「いや、この家がどこか懐かしくて。拙者が前に住んでいた家の造りにそっくりでござったから、きょろきょろといろいろな所を目で追っていたんでござるよ」
「ふぅん」
 ケイはきょとんとした表情だった。シロが話した事に興味がないのか、分からないのかよくは知らないが彼女の天井を見つめる仕草を見て、彼も後を追ってシロと同じ真似をしてみた。
「……よく分からないや」
「はははっ、そうでござろうな」
「それよりさ、これからとんぼ取りに行こうよ? ぼく、いいところを見つけたんだ」
「いいところ?」
「とんぼが一杯いるとこだよ! 早くおいでよ」
 どうやら彼は遊び相手をご所望のようだ。シロはほんの少し、苦し紛れに微笑むと立ち上がり靴を履くと、かまどに下りた。ケイは既に表へ出て、彼女が出てくるのを待っている。
「分かったでござるよ? 今行くから、そう急かさないでほしいでござる」
 シロは表に出て行った。今はケイの遊び相手をしてやろう。そう思った。しかし、不安がないわけではない。いつまでもここに居てもいいというわけにもいけない。その内、いつかはここを離れなければいけない時が来るだろう。その時、自分はどこに行けばいいのか。出来ることならば、街へ戻っていってまた普段のような生活に戻りたい。そんなことを心の中で切に願っていた。
「シロねえちゃ〜ん!!」
 ケイの声がこだまする。もうあんな向こうで手を振っている。元気がいいものだ。
「そこで待ってるんでござるよ〜? 今、追いつくでござる」
 そして、シロは深い森の中を駆けていく。自分の生命が残りわずかであるということを知らずに。
 木々の上ではシロとケイを見つめるようにしていた鳥たちがさらにぎゃあぎゃあと不気味に鳴き散らしていると、その内の何羽かが空に飛び立つとさらに森の奥へと向かっていった。太陽の光も通さないような暗々とした森の影へと。




 続く


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