椎名作品二次創作小説投稿広場


そして続く物語

救出


投稿者名:ゼロ
投稿日時:05/ 4/14

 11月5日 17時44分


「一体何が起きた!」

 横島と話していたピーターが爆音を聞いて慌てて戻ってくると、モニターを見ていたウォンが返答する。

「侵入者だ。日本人らしい」

 その言葉にピンときた須狩が慌てて、入り口を映すモニターを覗き込む。
 そこには見覚えのある長髪で亜麻色の髪の女があった。その姿は須狩にとっては悪夢の具現だ。
 
「すぐに、脱出する準備をするわ。あんたは横島を説得しなさい!」

「予定通りとはいえ凄まじいね、この攻撃は」

 ピーターが答えた直後、またしても爆音が響く。

「ウォン、どうなってる!?」

「アップルとショットガンによる掃討戦術だ。入り口付近の設備は全部やられた。
 どうやら、テロリスト顔負けの連中が襲来してきたらしい」

 こんな状況にあっても冷静に報告するウォンを須狩が遮った。

「いいえ、テロリストよりも遥かに性質が悪いわ。あの女はターミネーターだと思ったほうがいい」

 さしものウォンもこれには僅かに眉を顰める。

「ピーター、分かったでしょ!?急ぎなさい。プランBを発動して第三段階へ移行するわ。
 すぐに彼を連れて逃げ出すの。私はデータを抹消してくるから、あんたはどうにか横島を連れ出すのよ」

 ヒステリックに叫ぶ須狩にピーターも頷かざるをえなかった。

「ウォン、防衛システムの運用は任せる。ここが使えなくなってもいいからできるだけ時間を稼いでくれ」

「ああ、何をしてもいいなら相手がSWATでも30分はいける。それまでになんとかしてみせろ」

 ウォンの声を受けて須狩とピーターが弾かれたように駆け出す。
 須狩はデータの消去のためにデータベースへ、ピーターは横島を捕らえている部屋に向かった。


「お、おい。一体何が起きてるんだよ!?」

 部屋に入った瞬間、横島の不安げな声が聞こえる。
 その瞬間、ピーターの口はプランBの実行のために動き出していた。

「ミスター横島。緊急事態だ。どうやら昨日君を襲った連中が我々を尾行していたらしい。先ほどから顔を隠している連中が襲撃をかけてきている」

「マジか!?全くどこまで執念深い連中なんだよ」

 呆れたような表情を浮かべる横島にピーターは内心で苦笑いする。
 我ながらよくまあ真顔でこんな出鱈目を喋れるものだ。
 尤もこんな与太話に多少の信憑性を与えてくれるのなら、
 文珠を全て消費させられなかった連中の襲撃もまるっきり無駄ではなかったという事か。
 何にせよテロリスト顔負けの強襲を仕掛けてくる美神令子と
 あえてそうなるように情報を操作して誘導した上で、
 最初の襲撃者と美神令子の強襲をターゲットに同一視させるプランBを提唱したうちの上司の非常識さにはついていけんな。

「敵さんは相当な重装備のようでね。ハンドガンどころかバズーカやら手榴弾やら滅茶苦茶に打ち込んできてる。
 さすがにそんな相手を倒しきるのは難しい。だから我々は安全な場所にとっとと逃げ出すことにしたよ。
 ここは危険だし、君も一緒に来て欲しいんだけど」

「安全な場所ってどこだよ?」

「沖縄のアメリカ軍基地。ちょっと遠いけど、我慢してくれ。あそこは日本で一番強固な要塞だから」

「………分かったよ。でも着いたらすぐにオカルトGメンに連絡をとらせてくれ」

「ああ、それは大丈夫だよ」

 縄を解きながら話しかけるピーターに横島は渋い顔をしながらも頷いてしまう。
 これは、暗示の効き目と襲撃者の情報を完全に隠蔽した上での情報操作、
 更に先ほどまでの雑談でピーターと横島が多少は打ち解けた事による効果である。

 オカルトGメンも日本政府も手が出せないアメリカ軍基地に一度入れば、合意なしに出る事はきわめて難しい。
 そうなれば、たとえオカルトGメンや美神事務所に連絡を取られたところでどうにでもなる。
 横島の文珠も海を越える事までは出来ないだろう。
 その間に彼を口説き落としてしまえばいい。
 これがピーター達の任務における第3段階である。
 そのために、横島の手帳に仕掛けられていた装置をあえて見逃して、
 今日中にオカルトGメンが何らかのリアクションを起こしてくる事を誘っていた。

 洗脳のエキスパートというありがたくもない自分に対する怪しげな噂を活用するために、
 ホテルのカメラに写っている自分と横島の記録を消さなかったのも、
 美神令子やオカルトGメンに早急で強引な手段に走らせる役には立っただろう。
 更に安全な場所に連れて行くという事で、横島の彼らに対する信用を更に上げる事にもなる。
 
「さあ、すぐにヘリポートに行くよ」

「ちょっと待ってくれ」

 そういうと、横島は文珠を取り出してベッドの上に置く。『幻』の文珠が光ると、そこには彼そっくりの人間の姿が現れた。

「これは………凄いな」

「俺の霊力を凝縮してあるし、文珠自体が霊波を放つから簡単には見破られないよ。
 俺の事、狙ってるんなら罠としては結構効果的なんじゃないかな。
 不用意に幻に触れたら幻覚を見るようになってるし、これで少しは時間が稼げるだろ?」

 夢中で横島の声に頷きながら、ピーターは幻の横島を凝視した。
 確かに見ただけでは縛られた横島がベッドの上に転がっているようにしか見えない。
 しかもその横島の幻からはちゃんと霊力を感じる。
 素晴らしい能力だ。
 想像を遥かに超えたスピードと破壊力を誇示して奇襲をかけた美神も恐ろしいが、
 それを敵に回しても上層部が横島を欲しがるのはこの反則的な能力の所以か。

「おい、早く案内してくれ。俺はヘリポートの場所なんかしらねえんだぞ」

「あ、ああ。すまない。こっちだ」

 横島の声に我に帰るとピーターは彼を先導するべく走り出す。
 そして2人はこの建物の最深部にあるヘリポートへと向かっていった。




 11月5日 17時53分

「令子、半径50mには誰もいないわ。まだ思いっきりやれるわよ」

「オッケー、じゃあ遠慮はいらないわね!」

 怒声と共に轟音が唸りを上げる。美神の手の中のMG3機関銃からマズルフラッシュと共に次々と弾丸発射され、
 建物の内の壁、ドア、床、監視カメラ、警備システムを貫通して無効化していく。
 数人の相手を一瞬で制圧できるその凶器は、なおも唸りを上げると視界に映る全てをずたずたにする。

「あっはっはっはっはっは。圧倒的ね、この破壊力は」

 いっちゃった顔で哄笑を上げる美神に恐れをなして、誰も彼女に近寄らない。
 そのせいで思う存分に破壊を撒き散らす美神だが、いつもはストッパーになる美智恵もそれを止めずに寧ろ煽る有様だ。
 しかし、相手もただ黙ってやられるほどおとなしくはなかった。
 硝煙のせいで目の前が見えなくなった瞬間、彼女の立っていた地点とそのすぐ近くの床が次々と爆発していく。
 それと同時に催涙ガスが噴出されていく。

「やってくれんじゃないの」

 そのトラップを霊感にしたがって間一髪、バックステップでかわすと、
 美神はガスマスクをつけて、アンチマテリアルライフルとアップルを取り出した。
 そしてライフルで左の部屋のドアを破壊すると、彼女はその中にアップルを幾つも投げ込む。
 凄まじい爆音が響き渡った後に、覗き込むと部屋の壁は完全に崩れて風穴が開いていた。

「おー、計算どおりね」
 
 噴出した催涙ガスはその穴から抜けていき、視界を閉ざすほどには充満しない。

「おキヌちゃん、あいつの霊力感じる?」

「さっきまでは感じてたんですけど、今、一瞬ぶれて途切れました………あっ、いえ、まだ先ほどの場所にいるみたいです」

「距離はどれくらい?」

「ここから右前に60mほどいった場所です」

 それを聞いて頷くと彼女はMG3を置いて、デザートイーグル(最高クラスの威力を誇るハンドガン)を手に取った。

「ストレスは大分解消したし、そろそろお開きにしてあげないとね」

「令子、人間への発砲は控えなさい。その銃だとかすっただけで相手が死ぬかもしれないでしょう?
 捕まえて何もかも白状させるために生かして捕らえるのよ」

「仕方ないわね」

 美智恵の諫言に渋い顔をしながらも美神はデザートイーグルをホルスターに収めて、神通棍を取り出した。

「ピート、もう重火器は使わないから爆風は心配ないわ。バンパイア・ミストで先行して、横島くんを確保しておいて。
 相手が横島くんを置いて逃げるようなら無理に追わなくていいから」

「了解です」

 霧になって姿を消すピート。それを美神、シロ、おキヌ、美智恵の4人は慎重に追う。

「いました、美神さん!」

 数分後に聞こえてきたピートの声に反応して、美神たちは声のする方角へ駆け出す。
 やがて彼女達は縛られてベッドの上にいる横島とそれを見たまま立っているピートを見つけた。

「ちょっと、ピート。なにをぼおっとしてんのよ」

 彼を叱咤して横島に駆け寄った美神は、そのまま横島の縄を解き始める。

「横島くん、大丈夫!?」

 しかし縄を解いて声をかけた彼女に対して横島は後ずさりすると逃げ出した。

「あんた、一体何のつもりよ!?」

 思わず神通棍でしばき倒そうとする美神だが、やけに横島の動きが素早い。
 いや、逃げに徹されるとゴキブリよりもしぶといのは知っていたが、動きもゴキブリそのものの異常さだ。

「あ、あんた一体どうしちゃったのよ!?」

 無言のまま彼女が近づくのを嫌がるように必死で逃げ回る横島に、さしもの美神も恐怖を覚える。
 思わず手がホルスターに伸びてデザートイーグルを取り出そうとした瞬間、

「「あんたたち、しっかりしなさい!」」

 叫び声と共に2つの霊波がぶつかってきた。
 はっとなって立ちすくむ美神が思わず周りを見渡すと、いつの間にか横島の姿が消えている。

 それどころか、いつのまにやら隣でシロが霊波刀を片手にがっくりと膝を突き、
 ピートは天を仰いで真っ白に燃え尽き、おキヌはベッドに転がって枕を抱きしめている。

「ちょっと、一体どうしたの。みんな」

 己の事を棚に上げて問いかける美神に、タマモが冷静に突っ込んだ。

「みんな、横島の所に駆け寄ろうとしたらおかしくなったのよ。
 誰もいないところに向かって話しかけたり物騒なもの振り回し始めたんでとりあえず止めたわ」

「何らかの幻術に引っ掛かったようね」

「で、でも、確かに先生の霊臭がいたしました。この部屋に入った時も先生の霊力は感じたでござる」

 美智恵の推測にシロが反論する。おキヌもピートもそれに同意する。
 確かにここに来るまでは全員が彼の霊力を感じていた。それ故に部屋にいた横島の姿を本物だと思い込んだのだ。

「文珠ね」

 そこにタマモが言い放った。

「タマモ?」

「姿だけでなく、霊力の存在感まで作り上げる幻術なんて私でもできない。でも文珠なら別よ。
 あれはヨコシマの霊力を凝縮したもの。だから発動中はヨコシマが霊波を放つのとよく似た感覚がするわ」

「その通りね、敵が横島くんを脅迫したのか、何らかの手段で取り上げたのかは分からないけど、
 どうやら令子達は文珠を使ったトラップに引っ掛かったのよ」

 タマモの説明に美智恵が同意する。
 それを悔しそうな顔で聞いていた美神達の耳に轟音が聞こえてきた。

「な、何!?」

 急いで音源の方向に向かう彼女たちの視界にヘリコプターが飛び立っていくのが映った。

「や、やられたわ。まさかこんな山奥に逃走手段を確保していたなんて!」

「文珠のトラップは時間稼ぎってわけね。どうも一筋縄じゃいかない相手みたい。
 相手の行く先を突き止めるわよ。みんな、コンピューターのデータ復元を手伝って」

 焦りを浮かべた彼らに檄を飛ばす美智恵。
 しかし彼女も内心では相手に出し抜かれた事に闘志を燃やしていた。
 敵によって文珠が使われるとここまで厄介事になるのか。
 それにしても令子達はどんな幻を見せられたのだろうか?
 コンピューターを立ち上げて、削除データの復元を始めながら、美智恵はふとそんな疑問を抱いた。

 それを彼女が知る事は出来まい。
 何故なら決して誰も口外しないから。その内容は、彼らにとって一生の不覚なのだから。
 『幻』の文珠は、「横島に取って欲しくない行動と言動」を彼女達に見せ付けた。

─────美神が見せられたのは、本気で嫌がるように無言で自分から逃げ回る横島の姿。
     それに動揺した彼女は、殺傷能力抜群のデザートイーグルを乱射しようとした。
     ピートが見せられたのは、「女にもてるやつなんか友達じゃねえ!絶交だ」と叫んで彼の頬を平手打ちして走り出した横島。
     あまりのショックに彼は灰になる寸前まで燃え尽きた。
     シロが見せられたのは「稽古をつけてやる」と言う横島。
     それに応えて打ち込んだものの、あっさりかわされて「そんな未熟な者は破門だ!」と言われた彼女は膝をついてしまった。
     おキヌが見せられたのは自分を見て溜息をつく横島。
     「どうせ助けられるなら、美神さんが良かったな」と言われた彼女は、思わず横島を押し倒した。
 



 11月5日 18時32分

「間一髪だったな」

「ええ、危なかったわね」

「あーあ、寿命が縮んだ」

 現在、ピーター達は上空に逃げ去り、一直線に沖縄を目指していた。
 10人は楽々運べるヒューイ(UH-1輸送ヘリの通称)の中で、彼らは体を伸ばしていた。
 ヘリコプターの操縦はウォンが受け持ち、その後ろの3人は緊張を解いて安堵の溜息をもらす。

「どれくらいで向こうに着く予定なんだ?」

 横島の問いにピーターはぐったりした顔で答えた。

「沖縄まで行くのには燃料が足りないからね。一度降りて、別のヒューイに乗り換える予定だよ。
 だから、そうだな…………あと8時間ほどかな?」

「本州を出るまでは、6時間半、それから1時間強で到着って所ね」

 ピーターの言葉を補足した須狩に、横島は遅まきながら疑問をぶつけた。

「そういや、なんで須狩のねーちゃんがいるんだ?
 あんた、美神さんに脅されて自首したんじゃないのか?」

 横島の疑惑の目に須狩は涼しい顔で答える。

「自首はしたわよ?色々あって証拠不十分になったけどね。
 南部グループも潰れたし、2年前から今の職場に勤めるようになったのよ。
 そういうわけで、今の私は相変わらず前科0の清い身なのよ」

「あんた、今は何の仕事してんだ。南部グループでは研究者やってたんだろ?」

「それは、まあ、色々よ」

 その説明を胡散臭く思いながら、横島はさりげなくピーターに話を振る。

「ピーターは須狩のねーちゃんの御仕事知ってる?」

「ああ、一年前までは我々の仕事を手伝ってもらってたけど
 その後は国立の研究所でバイオテクノロジー関連の研究を手伝うほうが多いな。
 たしか、今はゲノムプロジェクトの一環で─────」

「なーにを出鱈目三昧言ってるんでしょうね、この男は!
 私の仕事は今もあんたらのお手伝いとオカルト関連でアドバイスする事でしょう!」

 スパコーンと勢いよく拳で頭を殴られて強制的に黙らされたピーターの横で、須狩がいい笑顔を浮かべている。
 そんな2人の様子を無視すると、横島はさりげなく話題を変えてピーターに話しかけた。

「これで襲撃は打ち止めだと思うか?随分武装していたみたいだし、軍用ヘリに襲われるなんて事はないよな」

「それこそ、まさかだよ。単なるテロリストが高価な軍用ヘリを用意できるわけがないさ。
 まして、ここは日本だよ?我々を追ってこられるのは自衛隊ぐらいのものさ」

 笑いながら横島の懸念を打ち消したピーターだが、彼らは後に深く後悔する事となる。
 戦闘機の応援を要請しなかった事を。 





 11月5日 18時49分

「はい、分かりました。では、一足先に沖縄に向かいます」

 美智恵からの電話を切ると西条は勢いよく立ち上がって、秋美を見た。

「八代くん、残念ながら横島くんの救出は失敗したらしい。
 敵は現在、ヒューイで沖縄のアメリカ軍基地に向かって逃走中だ。我々もすぐに沖縄に向かう」

「了解しました。救出に向かった皆さんはご無事ですか?」

「令子ちゃんは、あと2時間後に帰ってくるらしい。先生やピートくんはデータの復元と大まかな解析がようやく終了したようだ。
 今から帰途につくそうだから、おそらく3時間後にはここに戻ってくるだろう。
 ここからは時間との戦いだ。先生が解析した情報によると、敵が目的地に到達するまでに今から8時間はかかるそうだ。
 なんとしても基地に逃げ込む前に相手を捕捉する。準備を急いでくれ、五分後には出発する」

「了解です、西条主任」

 西条の言葉に頷くと、秋美は部屋から走り去っていった。
 それを見送りながら西条は、机の引き出しから一丁の拳銃を取り出す。
 普段身に着けている銀の弾丸を込めた霊銃ではなく、実弾を込めたグロッグ。
 できれば、霊能力者でもない人間相手に発砲はしたくないのだが、荒事のプロ相手に甘い事を言ってもいられない。
 己の中の葛藤を捻じ伏せると彼はグロッグに手を伸ばした。
 



 11月5日 19時58分

 誰もいないオカルトGメンのビルの一室に微弱な光が点る。
 その光はゆっくりと動いていき、やがてオカルトGメンのデータベースのあるコンピューターの前で止まった。
 光源の傍には、昨日横島を襲撃した6人の男女がいた。
 霊波迷彩服を身に付けていた彼らは、誰もいないのを見計らってオカルトGメンに密かに侵入すると、
 そのデータベースから美智恵が隠蔽したアシュタロス大戦関連の極秘事項を引き出していった。

「上層部は何を考えているのだろうか?
 アシュタロスの技術力は人間の科学技術や霊力では到底扱えないというのは既に証明されている筈だ」

「どうも、魔神の技術が目的ではないようよ。一番欲しがってるの霊体ゲノムの構造に関する情報らしいわ」

「でもラッキーだったな。横島拉致騒動でここの警備が薄くなるのは予想済みだったが、まさか誰もいなくなるとは思わなかった」

「あら、案外これも連中の立てた計算なのかもしれないわよ」

「それはない。我々の作戦についてピーター・リカルド達は何も知らないはずだ。明日になれば知る事になるが」

「ならば、これも今回の作戦の一環というわけか」

 疑問をぶつけ合いながらも6人は着実にデータを引き出し、
 それをDVDにコピーして自分達が侵入した痕跡を消していく。
 20分後、目的を達した彼らはオカルトGメンを抜け出して繁華街の灯りの中へと消えていった。

 西条たちが沖縄に向かってから美智恵たちが戻ってくるまでの空白の3時間。
 その間はオカルトGメンには誰もいない状態が続いた。そしてそれは致命的なロスであった。





 11月5日 21時15分

 彼女は宙を駆けていた。
 大切な者を取り返すために。
 舐めた真似をした連中に引導を渡すために。
 それまでも過熱気味だった彼女のテンションと怒りは、
 既にメーターを振り切って今や完全にオーバーロードしていた。
 そのおかげで、彼女の霊力は飛躍的に上昇し、そのスピードは音速に迫ろうとしている。

 みつけたらとりあえず撃墜する!
 物騒な想像をしながら舌なめずりする彼女の周囲には、筒状の物体が数本存在していた。





 11月6日 1時30分

「もうそろそろ、本州が見えなくなるわよ」

 須狩の声にうつらうつらとしていた横島は目を開けて外を見た。
 眼下には暗い海、そして後方にはまだ街の明かりが見えている。

「ここ、どの辺り?」

「丁度、佐世保から南西に50kmほど離れたくらいね。もうすぐよ」

 その答えに再び、横島は外を見た。
 街は、そして陸地はもはや彼方にあり、自分からは遠く隔たってしまっている。
 そう感じると同時に一抹の寂しさが浮かんでくる。
 何か、それまでの日常と引き離されていってしまうような。
 不意に浮かんだ感傷に首を振る。
 馬鹿馬鹿しい。こんな事もあと数日で終わるはずだ。
 あれだけ派手にやった連中の正体が明らかになるのは時間の問題だろう。
 そんなことは素人の自分ですらも理解できる。
 どんなに遅くとも一週間後にはいつもの場所に帰れるはずだ。
 ピーターとの話し合いはその後に、じっくり続ければいい。 
 
 そう思いながら彼はしばらく外を眺めていたが、やがて街の明かりが視界から消えたのを機に窓から顔を離した。
 その瞬間、彼の脳裏に聞き覚えのある声が響いてきた。

(横島さん、聞こえますか?八代です)






 11月6日 1時36分

 暗い海の上を一隻の船が西条と秋美を乗せて進んでいた。
 彼らは、のぞみの最終に乗ると約五時間後に博多駅へ到着。そこからレンタルした車を飛ばして佐世保港まで行くと、
 小型高速船を借りて沖へ数十km出て、横島の乗るヒューイが来るのを待ち受けていたのだ。
 秋美は緊張しながら少し前に西条と交わした会話を思い返していた。



                 ***

「八代くん、残念ながら先生達は間に合いそうにないよ。僕達で救出作戦を実行する」

「分かりました。しかし、主任。この船からどんな方法が取りうるのでしょうか?
 相手を降伏させるなら、こちらも戦闘能力の高いヘリを用意する必要があると思うのですが」

「その通りだ。しかし短時間で軍用のヘリが用意できるあては我々にはない。だから次善の策でいこうと思う」

 そういって西条が取り出したのは、個人携帯式地対空ミサイルだった。

「主任。どこでそんなものを手に入れたんですか!?」

「アシュタロス大戦のときに、知り合いのGSが持ってきたものを寄付して貰ったんだ。
 それはおいておいて、まずこれで威嚇射撃をして相手に降伏を促す。
 相手が現状のように所属を明らかにせずに、こちらの勧告を無視した場合、
 敵性対象として政府から攻撃許可が出ている。
 攻撃に際しては八代くんが横島くんに連絡を取ってタイミングを計り、
 彼が文珠を使ってガードすると同時にこれでヒューイを攻撃する」

 淡々と話す西条だがその内心は、人命を危険にさらす作戦を取らざるをえない事で煮えくり返っていた。
 それでも横島の奪還はオカルトGメンにとって何としても成し遂げる必要がある。
 そんな西条に秋美が真っ向から異を唱えた。

「主任、いくらなんでもそれは横島さんが危険すぎるのではないでしょうか!?
 文珠のガードがあるにせよ、横島さんやヘリに乗り込んでいる相手の命が無事に済む保証はありません!」

 その通りだった。横島に関しては、全く心配などする必要がないのだが。
 秋美はまだ彼の不条理なまでのしぶとさをよく知らないようだが、この程度で死ぬなら今まで百回は死んでいる。
 文珠を使えば怪我などしないだろうし、仮に文珠を使わずに落ちたとしてもきっと生き残る。彼はそういう男なのだ。
 しかし西条にとって、いくら相手が敵であれ正体も知らずにその命を危険にさらすような真似などしたくないのだ。

「では、何か代案があるのかい?君の考え次第では作戦を変更しても良い」

 その葛藤故に、彼は珍しく秋美の反論に対して自分の立てた作戦をひとまず引っ込めた。 
 それは、秋美が何か良いアイデアを考えつくかもしれない、と密かに彼が期待していたからなのかもしれない。
 そして秋美はその期待に、満点ではないが及第点の答えを返した。

「まず私が、横島さんにコンタクトを取って状況を説明します。
 彼が単独でヘリコプターから脱出できるようならば、そうしてもらうように説得します」

「………試す価値はあるね。でも与えられる時間はヒューイが姿を現してから精々5分だ。
 君の能力の及ぶ範囲と、ヒューイの移動速度と、我々が乗る船のスピードから換算すると、
 彼にコンタクトを取れるのは精々15分だ。
 僕の作戦を実行するのに必要な時間は8分強。
 君がコンタクトを取って5分経っても彼が脱出しない場合は、威嚇射撃を開始するよ」

「了解です」

                 ***



 既に数分前から、ヒューイのエンジン音が彼女の耳に聞こえてきた。
 もう彼女の視界にもヒューイから漏れている光を捉えることが出来る。
 あと数十秒後に彼女の送信範囲にヒューイが入る。
 秋美の能力である、霊波に込めた意思の送信は視界の範囲ならばほぼカバーできる。
 送信する相手の数が多ければ多いほどその範囲は狭くなるが、1人だけならば5Km程度なら届かせる自信がある。
 まして何度も送信した事のある横島が相手なのだ。
 横島の顔を思い浮かべながら、心を落ち着かせて秋美は彼を救うべくヒューイに向けて思念を送った。

(横島さん、聞こえますか?八代です)

(八代さん!?どこにいるんすか)

 驚いたような声が返ってくる。いつもどおりの彼の声だ。
 どうやら無事のようだ、そう感じて秋美は多大な安心感を抱く。

(横島さん、私と西条主任は現在そのヘリコプターの下の海域にいます。
 こちらからも横島さんの乗るヒューイが確認できます。今から大切な事を伝えますから決して聞き逃さないでください)

 そこまで送ると一旦秋美は話をきって、深呼吸する。
 ここが正念場だ。刹那、瞑目すると彼女は一気に勝負をかけた。

(あと約4分後に、横島さんを取り戻すために私の乗る船からヒューイに向けて対空ミサイルが発射されます。
 ですから、余計な被害がでる前にそこから脱出してもらえませんか)

(ちょ、ちょっと待ってください!どうしてオカGがこのヘリを狙うんですか?
 ピーターや俺はテロリストみたいな連中から身を守るために仕方なくアメリカ軍基地に向かおうとしているだけですよ?)

(横島さん、ピーター・リカルドは横島さんに嘘を言っています。
 8時間前の襲撃は美神さん達が横島さんを連れ戻すために起こしたもので、テロリストとは関係ありません。
 アメリカ軍基地は一種の治外法権の働いているような場所で、私たちでも迂闊には入り込めないんです。
 一度、あそこに入ったら横島さんでも簡単には出られないでしょうから、
 その前にそれを阻止しようとして現在強攻策が実行される寸前なんです)

(えーと、つまり俺が基地に入ったら引き抜きに応じるまで外に出られなくなるから、
 それを止めるためならオカGは過激な手段にでてもいいって事になってるんですね?)
 
(ええ、その通りです。このヒューイについて所有者に関する該当データがありません、
 ですからICPOの指示に従わない場合、所属不明機として攻撃を黙認すると政府からは言われています。
 ………横島さん、あと一分で発射が開始されます!)

 秋美の叫ぶような強烈な思念を受けて、横島はヒューイ内部を見渡す。
 どうやらピーターや須狩やウォンが大切な事を隠しているのは確かなようだ。
 しかし、彼らに殺されそうになったわけでも暴行されたわけでもないし、死んでもいいと思うほど深い恨みはない。
 オカGの過激手段でも自分は文珠を使えば生き残れるだろうが、彼ら三人を無傷でどうにかするのは自信がない。
 ならば、ここは秋美の言うとおりさっさと脱出するのが最善か。
 そう決意すると、彼は文珠を取り出して立ち上がった。

「ピーター、悪い。引き抜きの話はまた今度な」

「ミスター横島、一体何を?」

 立ち上がってヒューイのドアまで移動した横島にピーターが怪訝な顔をする。

「しっかりつかまってろよ。風が強いだろうから」

 そう言うと同時に、横島は腕に霊力を込めてヒューイのドアを無理矢理開けていく。
 そして呆気に取られたピーター達を尻目に、彼の姿は夜の闇の中に消えていった。

「な、なんだと!?」

 慌てて下の海を見ようとしたピーターにドアから強烈な風が吹き込んでくる。
 その風に押されて崩れそうになるバランスをなんとか保つと、彼と須狩は悪戦苦闘の末にドアを閉めるのに成功する。

「どうなってるの?」

「分からん」

 まだ事態を把握できていない須狩にピーターが苦虫を踏み潰したような表情で答える。
 彼自身も混乱していたが、どうやら任務の達成が不可能になったらしいとだけは理解できた。
 そんな彼の心境を察したのか、操縦していたウォンが声をかけた。

「この暗さでは横島の探索は不可能だ。とりあえず、このまま基地に向かうぞ」

 それに対して須狩とピーターは悔しげな顔で頷いた。

 彼らは知るまい。横島が単独で大気圏を突破した事を。
 彼らは知るまい。横島が何の装備もせずに素潜り世界記録を狙える深度に潜む悪霊を祓った事を。
 彼らは知るまい。横島が東京タワーの展望台をぶち破って身を投げ出して虚空にいた彼の恋人を助けた事を。

 だからこそ、彼は予測する事が出来なかった。
 文珠が使える状態ならば、横島にとってヘリコプターから飛び降りる事など、二階から飛び降りるのと大して変わらないという事を。
 情報操作によって横島をうまくここまで連れてきたピーター達だが、
 最後の最後に、軽視していた秋美の能力と横島の出鱈目さによって、彼らの作戦は失敗したのだった。



 11月6日 1時44分

 秋美から成功したと報告があった直後、ヒューイから何かが落ちていくのが西条の目にも見えた。
 それは、海面に接触する直前で光を放つとその落下速度を完全に殺してその場に佇んでいた。
 おそらく『浮』か『止』の文珠を使ったのだろう。

「無事に脱出したようだね」

 そう呟くと西条は前方50m先にいる横島を回収するべく進路を取る。
 一分後、3人は甲板の上で無事に合流を果たした。

「全く手間をかけさせてくれたね、横島くん」

「ああ、わりい、ってお前。俺ごとヒューイを撃ち落そうとしやがって!」

「君がその程度で死ぬわけないだろう?最も手っ取り早い方法だと思うんだがね」

「おーお、言ってくれんじゃねえか」

 顔をつき合わすなり毒舌を応酬する2人。
 しかしその内容とは裏腹に西条と横島の表情は柔らかい。
 横島は自分が在るべき場所に戻ってくれたのを無意識のうちに感じていたし、
 西条は流血沙汰にならずに横島奪還が成功した事に安堵していた。
 そんな2人の遣り取りをおろおろと見ていた秋美が声をかける。

「主任、横島さんを休ませようと思うですが」

「そうだね、八代くん。彼を船室に連れて行ってあげてくれ」

 舵を回しながら船の進路を本州に向けながら、西条は秋美に答える。



「それでは横島さん、こちらへ」

「ああ、ありがとうございます」

 秋美に促されて横島が船室に入った瞬間、彼の体に温かい何かが押し付けられた。

「八代さん?」

 胸に当たる柔らかい感触、鼻腔に飛び込んでくる良い香り、そして背中に回された両腕。
 確かめなくとも、秋美に抱きしめられている事が一瞬で感じ取れた。

「心配しました」

 ぽつりと言うと秋美は横島に一層強くしがみついた。
 美神が横島が連れ去られたと知った瞬間に、強烈な殺気を放ったように、秋美もとても冷静にはいられなかった。
 そして美智恵たちの強襲作戦の失敗や、SA-18による強攻作戦を聞かされたとき、彼女の中の不安感は膨張し続けていった。
 それが、無事な横島の姿を見て、彼が自分の言葉を信じて危険も顧みずにヘリから脱出してくれたと感じた瞬間、一気に弾ける。
 その激情は、2人きりになった瞬間に彼女の体を突き動かして、普段では出来ないような大胆な行動を取らせたのだ。

「ごめん、八代さん」

「駄目です、許してなんかあげません」

「参ったな。どうすればいいのかな?」

 照れたように苦笑する横島の顔を間近で見上げると、秋美は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「それでは、これから私のことは名前で呼んでください。それでチャラにしてあげます」

「分かったよ………秋美さん」

 その瞬間、彼女は顔を俯かせ、横島の胸に押し付けた。

「ど、どうかしたの、秋美さん?」

「………何でもありません」

 小さな声でそれだけ言うと秋美は黙り込んだ。
 言えるわけがない、彼に名前を呼ばれただけで泣きそうになったなんて。

 その状態が続き、やがて横島の腕が秋美の背中に回される。
 横島自身不思議だった。何故か普段の自分とは異なり、今の自分は秋美の言葉を、水が大地に吸い込まれるように自然に受け入れていく。
 それは、ピーターの施した『人の言葉を疑いにくくなる』という暗示の効果だった。
 見知らぬ人間の言葉を疑いにくくなるのならば、普段から信頼している人間の言葉に対してはどうなるのか?
 その効果は皮肉にも、詳細な事情を説明する暇もなかった秋美の説得があっさり成功した事に表れている。
 そして今、この場でも発揮されようとしていた。
 現在の横島は、秋美やおキヌのように自分に対して滅多に嘘をつかない人間の言う事には、
 それがどれだけ荒唐無稽でも、ほぼ無条件で受け入れてしまうだろう。
 
 そして秋美は顔を上げ、そして2人の顔が徐々に近づいていき────
 その瞬間、爆音が鳴り響き、衝撃が船を大きく揺さぶった。
 バランスを崩して倒れそうになる秋美を慌てて横島が支える。

「秋美さん、様子を見てきます。とりあえずここで待機していてください!」
   
 思わぬ事態に一瞬で頭を切り替えると、横島は船室を飛び出していった。



「どうしたんだ、西条!」

「分からん!ただ、ヒューイがどこからかミサイル攻撃を受けたらしい。
 搭載していた機銃で撃ち落したようだから無傷だろうが」

 慌てて甲板に飛び込んだ横島に西条も焦ったような口調で答える。
 それに対して、横島が又何かを聞こうとした刹那、再び爆音が響き渡った。同時に、爆発の余波で辺りが一瞬照らされる。
 そのおかげでヒューイを注目していた横島と西条の目には謎のミサイル攻撃の正体がはっきりと理解できてしまった。

 一見バイクのようなパーツで構成されている細長い乗り物がヒューイの約1km後方を飛んでいる。
 その上には、ライダースーツを着てヘルメットとゴーグルを付けた女性と思しき姿がある。
 またその乗り物には数本の円筒形状の物体が吊り下げられている。

「「美神さん(令子ちゃん)だ」」

 呆気に取られて固まる二人の視線に彼女が円筒形の物体を手に取ろうとしている姿が映った。

「さ、西条。止めたほうが………いいんじゃないか?」

「あ、そ、そうだな。すまんが八代くんを呼んできてくれ」




 11月6日 1時54分

「ああ、もう!とっとと落ちなさいよ、この蚊とんぼ!」

 悪態をつきながら、美神は発射済みのスティンガーミサイル(個人携帯用の対空ミサイル)の銃身を捨てると、
 カオス・フライヤーU号にくくりつけある中からまだ発射していない物を引き寄せる。

「ちっ、IFF(敵味方識別)装置で目標識別してるからここからでも狙いは大丈夫だけど、あの機銃の迎撃は厄介ね。
 面倒くさいけど、ヒューイの真下に潜り込んで落とそうかしら?」

 物騒な思考に身を任せながら、美神は三本目のスティンガーをセットした。
 既に二発の攻撃によりヒューイの機銃の位置は確認済み。
 後は確実にヒットする位置にカオス・フライヤーU号を持っていけば勝負ありだ。
 フフフ、と危ない笑みを浮かべながら、彼女は必殺の間合いに侵入すべく進路を変更しようとした。

(美神さん、八代です。今、美神さんの南東から約800m離れた地点の海上にある船にいます)

 突然聞こえてきた声に一瞬美神の動きが止まる。その方向を見ると確かに船があった。
 あんな場所からここまで思念を飛ばせるのか、僅かに感心しながら彼女は秋美に返信した。

(すぐにあのヒューイは撃墜するから、後は安心して私に任せておきなさい)

(美神さん、横島さんはもうあのヒューイから脱出して、今はこの船にいます。これ以上の攻撃は無意味です)

 それに対して間髪いれずに思念が返ってくる。
 予想外の返事に咄嗟に思考が止まる。程なくして更に秋美から思念が届いた。

(…………美神さん、横島さんがヒューイにいないって分かってて攻撃したんですね?)

(あ、あたりまえでしょう!これは、あのヒューイがあんたらにちょっかいかけないためよ。
それにあんな事をしでかした連中に対する見せしめなのよ。
 今後も同じ事をしようと考える馬鹿が出ないようにするためのね)

 慌てて思念を返す美神だが、実際はヒューイに横島がいるかどうか確認するのを完全に忘れていた。
 何時間もテンションを上げた状態でカオス・フライヤーU号を音速に近いスピードで駆っていた彼女が、
 現在、多少冷静さを欠いていたとしても仕方があるまい。
 また、そこには西条同様、横島なら撃墜されて海に投げ出されたところで、
 中にいる人間を助けながら平気な顔で海面に浮かんでくるだろう。
 本人が知ったら泣き出しそうなまでの壮絶な信頼感があったからこそ、彼女はミサイル発射に踏み切れたのだが。

 すこし経ってまたしても秋美から思念が届く。

(美神さん、美神さんの姿を見て安心したせいか横島さんが美神さんにすぐにでも会いたいと仰っています。
 見せしめはそれくらいで十分だと思いますし、もうこちらに戻ってきてはどうですか?)

 意外な内容に美神の顔が紅潮する。

(もう、仕方ないわね。横島くんがどうしてもって言うから、すぐにそっちに行ってあげるわよ)

 ピーターたちに対する怒りをあっさり収めると彼女はカオス・フライヤーUの進路を変えながら返事を返した。

 その浮き立った思念を受け取ると秋美は安堵の溜息を吐いた。
 もちろん、先ほど美神に送った思念は嘘っぱちである。
 ああでも言わないと美神はヒューイを撃墜しただろう。
 横島を取り戻したのだから、これ以上問題が大きくなるのは避けたい。
 そう思って苦肉の策としての嘘は予想以上の効果をもたらした。
 これでは美神が戻ってくる前に横島に事情を説明して、彼に彼女の機嫌を取ってもらうために口裏を合わせなければならない。
 そう考えて憂鬱になりながらも秋美は横島の方に歩き出した。
 こうして美神は彼女自身が知らぬ間に、横島が決定的な一線を越えるのを阻止していた。





 11月6日 12時16分

 翌日、事件が一応の解決を見たところで、美神達はオカルトGメンに集まっていた。
 今回の後始末と、横島の無事を祝うためである。
 ピーター達の思惑に気がつかなかったことを横島は、美神に散々にどやされた。
 謝り倒す横島の姿に事務所のメンバー達が少しだけ溜飲を下げたのはご愛嬌か。
 
「ところで、横島くん。あの男のスカウトはもちろんきっぱりと断ったんでしょうね」

「あ、当たり前じゃないですか」

「ほー、少しも心動かされなかったわけね?」

「と、当然っすよ」

 目線を逸らして呟く横島をねめつける。

「お給料、いっぱい貰えるって言われたでしょう?」

「それは、その、まあ、結構いい額でした」

「ふーん。それは良かったわね。で、何か言いたいみたいね?」

「いや、あれくらい貰えたら嬉しいかなと」

 その瞬間、美神のアッパーが横島の顎を打ち砕いた。

「むざむざ捕まるようなやつがそんな生意気をほざくのは10年、早い!
 丁稚に戻されないだけありがたいと思いなさい!」

 久々のやりとりに美神の声が弾む。
 こんな馬鹿がやれるのも、こいつが近くにいてくれるからなのだ。
 だから、母には悪いがオカルトGメンと交わした契約はこれを機に見直させてもらおう。
 自分にとってはこの計画の理念の達成よりも優先するべき現世利益があるのだ。 
 
 そんな娘の内心を見透かしたのか、美智恵も微笑ましい顔でその様子を見つめながら、
 必死で横島の引止め工作を考えていた。
 今回の騒動は、事前に察知できなかった事とその動機が『組み込み計画』に関わっている可能性が高い事から
 彼の安全に対する配慮を欠いた責任はオカルトGメンにある。
 それでもようやく芽が出てきたこの計画には、あと2年は彼の助力が必要なのだ。
 元々ピーター達のスカウトの理由の1つには文珠の活用もあったらしい。いっそ、政府に要請して彼の身分を固定してしまおうか。
 これを機にオカルトGメンが、彼以外の人間が文珠の不正使用するのを防ぐためという名目で、
 彼を正式にオカルトGメンに引き込んでしまうのもいいかもしれない。
 
 和やかな会話とは裏腹に、美神と美智恵はそれぞれ物騒な思考を浮かべていた。
 2人はさりげなくトイレに行く振りをして談笑している輪の中から抜け出すと、携帯電話を手に取った。

「もしもし。日本GS協会ですか?私、GSの美神令子と申しますが………」

「もしもし、こちら、ICPO超常犯罪課日本支部の顧問をやっております美神美智恵ですが、
 至急ご連絡しなければいけないことがございまして………」

 そんな彼女達の動きを観察しながら、西条は引き出しからあるものを取り出した。
 これは自分が動く好機かもしれない、そう感じて彼もさりげなく携帯電話を取り出した。

「もしもし、こちら西条です。はい、ご相談したい事がありまして、夕方ごろに御時間は取れますか?」



 11月6日 深夜

 その部屋には二人の男が存在していた。
 椅子に座って書類を読んでいる壮年の年頃の男は、がっしりとした体つきと厳しい顔つきで精力的な印象を与える。
 その男の前に立っているもう1人の男は、
 年の頃は30台半ばで痩せぎすな体と落ち着いた表情からやや冷たい印象を与える外見をしている。
 日本GS協会の会長、藤田昇とその懐刀にして幹部の1人である針谷洋司である。

「会長、美神令子女史から連絡が入っております」

「ほう………針谷くん、彼女はなんと言ってきてるのかい?」

「要約しますと、横島氏が『組み込み計画』のせいで今後も危ない目にあう可能性がある。
 よって貴重な文珠使いである横島氏の保護のために彼を計画から外すようにオカルトGメンに通達して欲しい。
 できれば協会が身分を保証していて各国も簡単には手を出せない唐巣神父を後釜にすえて欲しい。となっています」

「ふむ、どうしたものだろうね。
 日本政府はオカルトGメンの意向を受けて警備を厳重にするから彼を辞めさせるなと言ってきておる」

 藤田に促され、針谷は己の存念を述べた。

「この計画に我々協会が参与して成功に導けば、日本政府に借りを作るうえでも、
 オカルト界にインパクトを与えるうえでもこれ以上ない材料になります。
 うまくいけば世界GS本部のイニシアティブを長期にわたって日本が握る事もできるでしょう」

「では、唐巣くんを派遣するかね?」

「それはデメリットが大きすぎます。
 彼が幹部を務めるようになったおかげで、キリスト教圏からの嫌がらせは激減しました。
 彼の立てた功績をさも自分たちの物のようにひけらかす俗物は増えましたが、
 カトリックの方々の熱烈な嫌がらせに比べれば可愛いものです。
 そんな彼をキリスト教圏からの反発の強い例の計画に参加させれば、カトリックを強く刺激するのは避けられません。
 折角寝てくれた駄々っ子をこちらから起こす必要などありませんよ」

 針谷の言葉に藤田も頷いて賛意を示す。
 かつて協会は同様の理由で、この計画の責任者として唐巣を迎えたい、というオカルトGメンの打診を断っている。
 それから情勢が変わってない以上、
 協会としてはキリスト教圏の霊能力者や権力者との間の緩衝材となる唐巣を手放すわけにはいかない。

「しかし、針谷くん。今回の事件はオカG側の失態だ。
 いくら横島氏があの計画を成功させるのに必要だとしても、ただ美神女史の要請を断るだけというのは芸が無いね」

「仰るとおりです。では、横島氏を正式に日本GS協会の職員として迎えるという案はどうでしょう?」

 その瞬間、藤田は目を細めて針谷を見た。
 彼が頼りにしている懐刀の切れ味は今日も抜群に鋭いようだ。

「面白い案だ。彼を我が協会の一員に迎えてその身分を固めたうえで、改めてあの計画に派遣しようというわけか」

「はい。うまくいけば、計画遂行中に横島氏の作り上げたコネクションを利用して
 あの計画の参加者を協会が利用することも可能になるかもしれません」

 こちらの考えをすぐに理解して問いかけてきた藤田に、針谷は素直に敬意を表す。

「確かに、人狼のような個体数もその固有の能力も貴重な存在が我々に協力してくれるメリットは大きい。
 しかし、あの美神女史がそれを認めるのかね。横島氏は彼女と正式な雇用計画を結んでいるのだよ?」

「それにつきましては、1つ腹案がございます」

 そう言うと針谷は手にしていたブリーフケースからある書類を取り出して藤田に渡した。
 それに目を通していくうちに藤田の顔つきが変わっていく。やがて書類を戻すと彼は面白そうに尋ねた。

「これは君が立てたのかね?」

「いえ、この案は私が先ほどの憂慮を唐巣氏に伝えたところ、
 唐巣氏自身が横島氏の今後の身の安全を図るために作成したそうです。
 この計画、うまくいこうといくまいと我々にとってメリットがございます。是非進めてみてはいかがでしょう?」

「よろしい。唐巣氏には頑張って欲しいと伝えておいてくれ」

「かしこまりました」

 一礼する針谷の前に置かれた書類には、表題として『美神令子婚約プロジェクト+α』と書かれていた。


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