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WORLD〜ワールド〜

第二十五話 伊達雪之丞


投稿者名:堂旬
投稿日時:05/ 4/13

 漆黒の空間の中で、横島は目を覚ました。

「ここは…?」

 呟き、周囲を見渡す。
 何も見えない。真の闇だ。
 何もない空間を横島は漂っている。

「くっ…!」

 頭がひどく重く思考がまとまらない。
 自分が置かれている状況をなんとか認識しようとしても、思考はまとまることなくふわふわと散らばっていく。
 だが、不安は感じなかった。包まれている、と感じた。

(この感じ…なんだかほっとする……)

 再び意識が闇に沈み込んでいくのを、横島は感じた。

(だめだ…眠ったら…俺は急がなきゃならないんだ……あれ…でも…何でだっけ…?)

 頭は鉛のように重く、まぶたはまるで自分の物ではないかのように落ちてくる。
 もはや抗うことはできなかった。

(ああ…なんか…もういいや……眠い………)

 それはまるで母親に抱かれた赤ん坊のように安らいだ表情で、横島は再び眠りについた。
 深い、深い眠りだった。








「オラオラオラァ!!」

「くあぁッ!!」

 雪之丞は拳撃をパレンツに向かって間断なく繰り出す。
 パレンツはさばくのもままならない。
 雪之丞のスピードは完全にパレンツを上回っていた。
 雪之丞がパレンツの背後に回りこむ。

「しまっ…!」

「ほらよぉッ!!」

 容赦なく雪之丞はパレンツの背中を蹴り飛ばした。
 パレンツの体が凄まじい勢いで打ち出される。

「ぐうぅ……!」

 吹き飛ばされたパレンツはなんとか空中で静止する。
 パレンツと雪之丞の間に距離が生まれた。

「雄雄雄雄雄おおぉぉぉぉぉ!!!!」

「ちぃ!」

 すかさず距離を詰めようとする雪之丞に対し、パレンツは断末魔砲を放った。
 雪之丞も霊波砲を放つ。
 二つのエネルギーは二人の中間でぶつかり、弾けた。

「相殺しただと!?」

 いや、違う。
 雪之丞の霊波砲はその威力をいささかも失ってはいなかった。

「貫通ッ!? 馬鹿な……ぐおぁ!!」

 パレンツは霊波砲の直撃を受けることとなった。
 気を集中させ、霊的防御を高めることで何とか凌ぐ。
 パレンツは驚愕していた。
 だから、雪之丞の次の動きに気づかなかった。
 雪之丞は霊波砲に紛れて、パレンツの真上に移動していた。

「破ッ!!!!」

 パレンツが雪之丞の姿に気づいたときにはもう雪之丞の一撃が叩き込まれていた。
 凄まじい音を立てて、パレンツの体が妙神山の一角へと激突する。
 岩石が砕かれ、もうもうと土煙が舞った。
 砕かれた岩石を押しのけて、土煙の中からパレンツの姿が現れる。

「かはッ……!」

 パレンツの口から鮮血が滴った。
 パレンツはそれを忌々しげに拭う。そして視線を天に転じた。
 真紅の翼をはためかせて、雪之丞が見下ろしていた。

「おのれ………」

 ほんの一瞬撃ちあっただけだが、パレンツは悟った。
 雪之丞の力が自分を大きく超えていることを。
 だが、それはあくまで今の、だ。
 パレンツは不敵に笑う。
 いいだろう。
 認めよう。
 伊達雪之丞、貴様は強い。
 私も覚悟をきめようじゃあないか。

「そうだな…六割ほどまで…いけるか」

 その時雪之丞がパレンツの目の前に降り立った。

「伊達雪之丞…私は後悔しているよ」

「あ?」

 突如口を開き始めたパレンツ。
 雪之丞にその意図はわからなかった。

「初めて貴様と会ったとき、どうあっても息の根を止めておくんだった。まさかここまで力をつけることになるとは思いもしなかったよ。もはや私もリスクを背負わねばなるまい。『制約』をつけたまま貴様に勝とうなど、おこがましいことだ。『制約』をギリギリまで外す。その結果、私の存在の露見もありうるかもしれんが、そうでもしなければ貴様には勝てまい」

「ぐちゃぐちゃ訳わかんねえことほざいてねえで、見せてみろよ。その力を」

 パレンツの周りの空気が変わる。
 怖気にも似た何かが雪之丞の背筋を走った。

「言われるまでもない………」

 瞬間。
 パレンツの周りの空気が爆砕した。
 突如荒れ狂う熱風に、雪之丞はたまらず上空へ飛び上がった。
 空中に静止して、右手に霊波砲を紡ぎだす。圧縮された闘気は赤く猛々しく輝き、その姿にふさわしい破壊力を持つ。

「さんざんもったいぶってやがったその力。どんなもんかな!?」

 雪之丞の手のひらから霊波砲が放たれた。
 放たれた霊波砲はぐんぐん速度を増し、荒れ狂う空気の乱流の中心へまっすぐに向かう。
 そのまま飛び込んだ霊波砲は地に接触すると紅く爆発し、辺りのものを粉々に吹き飛ばした。
 だが吹き飛ばされた物体の中に、パレンツの姿はない。

「先ほどのお返しだ」

 声は、真上から聞こえた。
 雪之丞がパレンツに気づいた時には、もうパレンツの一撃が叩き込まれていた。

「ぐあぁッ!!!」

 今度は雪之丞の体が妙神山に叩きつけられる。
 直後に霊波砲が雪之丞を襲った。

「くッ…な…めんなあ!!!」

 拳を硬く、硬く握り締め、向かい来る霊波砲に叩きつける。
 霊波砲は音を立てて霧散した。
 四散した霊波砲の奥に、見下ろすパレンツと視線が交錯する。

「その気になればなんとかなるものだ。六割ほどの力を解放しても、なんとか結界で隠しきることができる。これで気兼ねなくやれるというものだよ、伊達雪之丞」

 雪之丞は霊波砲を破壊した腕をそのままに、人差し指を天高く突き上げた。
 そのままくいくいと二回折り曲げる。

「六割ぃ? 足んねえよ。その倍はもってこいや。じゃなきゃ瞬殺だぜ?」

「減らず口を……」

 そして二人の会話は止まった。
 空気がピリピリと張り詰める。
 高まる緊張に、大地は震えだす。
 一瞬、何もかもが静止した。
 そして、次の瞬間。
 二人の姿は大地から消えた。
 飛翔する。
 一人は炎の翼をはためかせ。
 一人は己の意のままに。
 妙神山のはるか上空で二人は対峙した。
 月が近い。
 手を伸ばせば届きそうなほどに大きく、強く輝く星々に囲まれて、死闘は開始された。




 揺れる。
 揺れる。
 次々に舞い起こる衝撃に、世界が揺れる。

「なんなの!? さっきからのこの揺れは!!」

 振動する大地に足をとられながらも、なんとかバランスを保ちつつ美神は叫ぶ。

「まさか…雪之丞くんとパレンツの激突の余波だとでもいうの? そんな馬鹿な…空間を隔てたこの場所にさえ届くなんて…そんな馬鹿な話……」

 美智恵は予測される事態のあまりの途方のなさに頭を抱えた。

「これほどの力…横島君が持っているとでもいうの? もし…横島君が『力』を持って目覚めなかったら……いえ、考えるだけ無駄ね。信じるしか…ないんだわ…」

 美智恵の視線の先では、横島が今も意識を取り戻すことなく眠り続けている。
 その顔はあまりにも安らかだった。

「雪之丞………」

 愛する男の無事を、かおりはただただひたすらに祈っていた。





 どの神になのかは知らないが。











 雪之丞の拳とパレンツの拳が衝突する。
 まるで爆発したかのような音が夜空に鳴り響いた。
 互角。
 雪之丞はそのままパレンツの拳を掴み、空いた手を腹部に叩き込んだ。
 パレンツもそれを空いた手で受け止める。
 お互いの拳を掴み合う形となって、両者は再び拮抗する。
 途端、パレンツの目が妖しく輝いた。
 反射的に雪之丞はパレンツを蹴り上げ、その反動で距離を取る。
 先ほどまで雪之丞が位置していた所の大気がごくごく小さく、だが必殺の破壊力を持って爆砕した。
 雪之丞は休むことなく翼をはためかせ、右へ左へ、上へ下へ、己の位置を変える。
 それを追うように空気は弾けた。
 雪之丞が霊波砲を放つ。
 ほぼ同時にパレンツもエネルギーを放った。
 エネルギーは衝突、煙を上げる。
 それにより、お互いがお互いを一瞬見失う。
 雪之丞は迷わず突っ込んだ。
 また一瞬前に自分がいた所が弾ける。
 煙を突破し、纏いながら雪之丞はパレンツへと突進する。
 パレンツの両手には黒色の剣が創造されていた。
 雪之丞めがけて剣が交差する。
 雪之丞は笑った。
 超神速で迫り来る剣に、さらにそれを超える速度で拳を叩き込む。
 剣の横っ腹をめがけて。
 まるでガラス細工のように黒色の剣は砕け散った。
 だがパレンツは慌てることなく雪之丞の一撃を受け止め、衝撃を殺すことなく自ら後方に飛び、距離をとった。
 ―――――パリン!
 パレンツの剣が砕けた音が、今、夜空に鳴り響く。
 彼らの周りを漂っていた雲は、跡形もなく消えていた。

「はぁ…はぁ……」

「ふぅ………」

 焦っていた。
 彼は焦っていた。
 焦っているのは―――――パレンツである。
 六割もの力を解放すれば、ものの一瞬で決着はつく、と考えていた。
 だが実際は―――まったくの互角。
 これ以上の力の解放はまずい。今でさえ、ギリギリなのだ。
 これ以上力を解放して戦闘など行えば、間違いなく天界か魔界、いずれかに把握される。
 かといってこのままでは―――負ける気はしないが―――決着までどれほど時間をとられるかわからない。
 雪之丞でさえこれなのだ。横島がどれほどまで『力』に目覚めているか予測もつかない。
 雪之丞と戦っている間に横島が目覚め、二人同時にかかってこられでもしたら―――
 厄介だ。
 この上なく厄介だ。

「だから言っただろ? その倍で来いってよ。いいのか、そのままで?」

 雪之丞が挑発する。
 パレンツは歯噛みした。

「いいんだな? そのままで」

 パレンツは応えない。
 雪之丞は笑った。

「じゃあ俺の勝ちだ」

 世界が再び揺れた。
 雪之丞の体から赤い闘気が爆発的に溢れ出る。
 それは遠目に見たら、夜空に浮かぶ太陽のように映っただろう。
 雪之丞の力が急激に上昇していく。

「馬鹿な…今までは全力ではなかったとでも…!?」

「今までのはただの準備運動だよッ!!」

 雪之丞の叫びがパレンツに聞こえたかはわからない。
 雪之丞は一瞬でパレンツに肉薄、肩口に肘を叩き込んだ。
 パレンツは妙神山に向かって一直線に落下する。
 だが、雪之丞は止まらない。
 はばたき、加速し、落ち行くパレンツに追いつく。
 蹴り落とす。
 恐ろしい速度でパレンツは妙神山に突っ込んでいった。

「くぅッ!!」

 衝突ギリギリでパレンツはなんとか静止する。
 見上げた夜空に雪之丞はいない。
 ひたりと、背中に手のひらが押し付けられるのを感じた。
 ゼロ距離から放たれた霊波砲。
 パレンツにかわす術はなかった。








 パラパラと砕けた岩の破片が地を打つ音が響く。
 ゆらりと、影が立ち上がった。
 男は血で濡れていた。
 男―――パレンツは傷ついていた。
 時を経て多少回復してきていた体も、また斉天大聖の命の光を浴びた直後のように傷ついている。
 よろめく足取りで目の前にたたずむ男―――雪之丞を睨み付ける。

「だから言っただろ? そのままでいいのか、って。俺をなめすぎたてめえの負けだ」

「………笑わせるな」

 余裕の姿勢を貫きながら、パレンツは最後の手段をとろうとしていた。
 己の力の全解放。
 それは自分の存在を気づかれるかもしれないという大きなリスクを背負う。
 だが、どの道今の雪之丞の予想を超えた大きな力はどこかで観測されてしまったかもしれない。

(ならばいっそ―――――いや、待て)

 パレンツの様子が変わった。
 抑えきれない笑いが零れ落ちているといった様子だ。

「ンフフ…クハハハ……! 伊達雪之丞!! やはり私の勝ちだ!! 貴様らの弱点を教えてやろう! それはッ! 人間<ヒト>であるということだ!!」

「あぁ?」

 パレンツの手元で何かが輝く。
 一瞬後には鉄の塊がパレンツの手に握られていた。
 『マシンガン』。
 種類は多種なれど、それは一般的にそう統一して呼ばれる。

「はぁ?」

 雪之丞はパレンツの手に握られたマシンガンを目の当たりにして、明らかにとまどっている。

「霊的物資で構成された鎧というものは霊波砲、霊波刀など霊気で創られたものに対してのみ有効だ。このような物理的なものに対しては、その効果は著しく落ちる。人間<ヒト>の霊力量では、高速で撃ちだされる鉄の塊を弾くだけの強度などは得られまい」

 パレンツは銃口を雪之丞へ向けた。
 雪之丞はふん、と鼻で笑った。

「何考えてんだ? あんまり衝撃受けちまってボケちまったのか?」

「それは撃ってみればわかる」

 パレンツの指がトリガーを引いた。
 銃声が鳴り響く。
 何発も。何発も。
 そのことごとくを雪之丞の纏う装甲は弾いていた。
 それも当然だ。雪之丞の装甲は小竜姫の神剣による本気の一撃すら弾いてみせたのだから。
 やがて弾丸の雨がやんだ。
 当然、雪之丞には傷ひとつついていない。
 雪之丞は己の姿を誇示するように両手を広げた。

「―――――ほらな?」

 だが、パレンツの笑みは消えない。

「……だろうな。効きはしまいよ」

 パレンツの笑みは止まらない。

「―――――貴様にはな」

 その時、雪之丞の背後で音がした。
 どさり、という何かが倒れるような音。
 雪之丞は振り向いた。
 そして―――――









 妙神山修行の間。
 雪之丞はパレンツの元へ向かおうと進みだそうとした。
 その手を掴む者がいる。
 弓かおりだった。

「かおり……」

「私も行きます」

 決意を瞳に込めて、かおりは言った。
 だが、雪之丞はその決意を許さなかった。

「だめだ」

「どうして!」

「決まってんだろ」

 雪之丞はしっかりとかおりの目を見据えて言った。

「邪魔だからだ」

 ――――お前には、死んでもらいたくない

「邪魔って…ひどい! 私は、少しでもあなたと一緒にいたくて……」

「足手まといなんだよ。お前がいたら、勝てるもんも勝てなくなっちまう」

 ――――きっと、俺はパレンツに勝つことはできない
 ――――あの斉天大聖のサルでさえ負けた
 ――――きっと、時間稼ぎが精一杯だろ
 ――――そばにいるお前を守る余裕なんてない
 ――――守る力も、くやしいけどない
 ――――だから

「お前はここにいろ。いいか、絶対についてくるな」

「雪之丞………!」

 かおりの言葉を待たずして、雪之丞は駆け出した。
 かおりは雪之丞を追いかける速さを持たなかった。
















 ――――何でだ、かおり
 ――――あれほどいったじゃないか
 ――――絶対についてくるなと
 ――――ああ、なのに
 ――――なのになぜ

「かおり……?」

 雪之丞は呆然と呟いた。
 振り向いた雪之丞の目に飛び込んできたのは―――――


 血溜りに倒れ伏す弓かおりの姿だった。


「かおりぃ………」

 足に力が入らない。
 歩き方を忘れたように、雪之丞は足をもつらせながらふらふらとかおりに歩み寄った。
 傍らにひざまずく。
 ピシャリとしたたる血が音をたてた。
 ゆっくりと、その体を抱き上げる。
 ズシリと雪之丞の腕にかおりの体重がのしかかった。

「かおり…かおり……」

 雪之丞はかおりの体を軽く揺さぶる。
 腕の中に眠る恋人を目覚めさせるように。
 振動によって持ち上がった首が、そのままだらりと後ろに垂れ下がった。
 それは、目の前のソレが死体であることの証明だった。

「かおり………」

 動かなくなった恋人の体を雪之丞は抱きしめた。
 強く、優しく。
 いつまでも。
 そんな二人を光が包んだ。
 それは―――――パレンツから放たれたそれは、圧倒的破壊エネルギーの輝き。
 爆音と衝撃が恋人たちを祝福した。

「これが貴様ら人間<ヒト>の弱点だよ雪之丞!! 人間<ヒト>であるがゆえにくだらぬ感情に流され、行動を誤るッ!! 貴様の、負けだッ!!!!」

 爆風に髪をなびかせ、パレンツは勝ち誇る。
 だが、その顔が凍りついた。
 雪之丞の姿は、変わらずそこに在る。
 恋人を抱きしめていた、その姿で。
 だが、その腕の中には何もない。
 ゆっくりと、雪之丞は立ち上がった。

「おおおおおおおおおおお雄おおおおおおおおおおオアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 雪之丞の咆哮が迸る。
 雪之丞はパレンツを振り返ると同時に霊波砲を放った。

「ぬぅッ!!!!!!」

 パレンツも咄嗟にエネルギー砲を放つ。
 激突する二つのエネルギー。

「馬鹿な! 押されている!? やむをえん!! 『制約』を七割まで外す!!」

 パレンツの手のひらから放出されるエネルギーの総量が莫大に増した。
 それでも雪之丞の霊波砲は押されない。
 それどころか、どんどんパレンツへと迫っていく。

「馬鹿な!! そんな馬鹿な!!!!」

「てめえは……消えろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

「うおああああああぁぁぁぁああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 光が、目も眩まんばかりの輝きが妙神山を覆った。
 光はそのエネルギーを徐々に失い、消えていく。
 光が消え、夜の闇に再び沈んだ妙神山で、月明かりを受けて立っていたのは―――――パレンツだった。

「はぁ…はぁ…! なんてことだ…一瞬とはいえ、『制約』を全て外してしまった。間違いなく今のエネルギーはどこかで捉えられてしまっている…急がねば…!!」

 だが、傷ついた体は思うように動かない。

「おのれ……伊達雪之丞………!!」

 月明かりの中、片足を引きずりながらパレンツは歩みだした。











 辺りは漆黒の闇。
 一筋の光すら見えぬ真の闇。
 そこを横島は漂っていた。

「ん……何だ………?」

 突然感じた光に横島は重いまぶたを無理やりこじ開けた。
 横島の目の前で、炎が燃えていた。
 真っ赤に燃えたそれは、鮮烈で、猛々しく、美しかった。
 その炎の中に、映る人物が在る。

『な〜にやってんだお前は』

「お前…雪之丞……?」

 炎の中に、横島は確かに雪之丞の存在を感じた。
 夢か現か幻か。
 とにもかくにも確かに雪之丞はそこにいた。

「どうしてこんなところに……?」

『こっちのセリフだ馬鹿!! 何やってんだお前はこんなところでちんたらちんたらと!!』

「そんなこと言われても……今、何がどうなってるのか…俺もわかんねえし……何より、すげえ眠いんだ」

『バッカ野郎!!』

「おげえッ!?」

 雪之丞は思いっきり横島を殴り飛ばした。

「痛ぇな!! 何すんだよ!?」

『目ぇさめたかボケェ!! 今何が起こってんのか思い出したか!!』

「あ……そうだ…俺、前世をルシオラと一緒に見てて…そうだ、それで……突然頭になんか殴られたみたいな衝撃があって……そうか、俺は…ってなんでお前がここにいる!? ここは俺の深層意識のはずだぞ!? あまつさえさっき俺を殴ったよな!? 一体全体どういうことだぁ!?」

『んなこたあどうでもいいんだよ! いいか!? もう時間がねえ!!』

 雪之丞の顔が真顔に戻る。
 つられて横島も気を引き締めた。

「時間…? そうか、パレンツ!」

『みんなお前を待ってる。美神の旦那も、おキヌも、おまえの父親も、母親も。早いとこ、戻ってやれ』

 雪之丞を形作っていた炎が揺らぎ始めた。
 徐々に雪之丞の姿が薄らいでいく。

「雪之丞…お前、まさか………」

 横島の問いには答えず、雪之丞はニヤリと笑った。

『いいか!? てめえがこっち側にきたら承知しねえぞ!! こっちに来てみろ、ボッコボコにして追い返してやるッ!!! わかったか!!』

「ああ…! わかったよ、雪之丞!!」

 横島も力強く笑った。
 そんな横島の姿を見て、雪之丞は満足したように頷くと、消えた。
 同時に、漆黒の闇が払われていく。

「すぐに戻るさ……」

 友から託された思いを胸に、もう一度、横島は呟いた。


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