椎名作品二次創作小説投稿広場


悲しみの代価

立場の違い・思慮の違い


投稿者名:朱音
投稿日時:05/ 4/ 9

「それじゃぁ、出発なのねー」

お気楽な声を最後に、四人の人間・・・訂正しよう。
一人の人間と、一人の神族と、二匹の獣が、消えた。
残されたのは。

「・・・・どうしましょう?」
一人?の浮遊霊と。

(・・・・どうしましょうか?)
一人?の人工幽霊のみだった。






「行ったか」

横島は自宅の縁側に座布団を敷き、悠々とお茶をしながら小さく呟いた。
まるで先ほど美神GS事務所で起きた事を見ていたかの様に。

「そうだな・・・いいのか?追わなくて」

横島の右隣で寝そべっているカノエは、茶菓子を頬張りながら庭を見ていた。
この庭には、実に様々なものが暮らしている。

妖精に妖怪、九十九神を始とした人家に住み着くもの達である。
横島も気にとめる事が無いので、カノエ達も特に手を下す事も無い。

そんな庭を見つめながらも、新たに庭に入って来た気配にカノエは目を細める。
横島の視線の先には亜鉛色の髪をした魔族が居た。

「ソレよりも、お前と話をしなくてはな?そうだろう、ナイトメアリー」
「御意」

横島の足元に跪いたのは、随分前に接触し記憶を消したはずの淫魔。
初めて出会った当初のような、人間を小馬鹿にした態度ではない。
明らかに目上の者に対する言葉遣いと、敬愛してやまないと言葉以上に訴えている仕草。

「では、状況の報告を」
「はっ」

漸く顔を上げたナイトメアリーは横島の顔を、姿を見つめる。
表情に浮かぶのは、間違いなく。

歓喜。

淡く上気した頬を緩め嬉々としてナイトメアリーが報告を始めた頃、もう一つ違う集団の報告が上がっていた。



「予測が付かないわね」

黒皮の椅子に深く腰掛けた女性が溜息とともに出したのは、なんとも弱々しい言葉。

「一休みしてはどうですか?先生」

そう言って近づいた西条の両手にはそれぞれマグカップが握られている。
マグカップから漂ってくる匂いで、中身がコーヒーであることが解る。

椅子に腰掛けたまま手を伸ばし、マグカップを一つ受け取る。
香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、下り気味だった気分を少しだけ浮上させた。
気分が良くなったからと言って彼女の仕事が減るわけでもないし、今現在彼女を悩ませている人物を理解する事は出来ない。
だが、余りに性急に事を進めようとしてイザという時にこけたのでは、笑い話になりもしないのは分かりきっている。
また一つ溜息が出る。

「もう時間も僅かだと言うのに。不確定要素が多すぎるわね」
その筆頭は勿論『横島忠夫』なのだが。

「準備だけは進めていますが、後は玲子君しだいでしょう」
「そうとも言えないかもね」
「?」

念の為にと調査した『横島忠夫』。
小学時代から始まり、今現在にいたるまでを出来うる限り刻銘に記された報告書。
それにはとある一時期から彼が変わった事を、明朗に語っている。

変わったのは最近・・・・そう、彼がGS検定試験を受ける少し前。
記録には父母ともに失踪した(父が母に浮気がバレた事を知り逃げ、それを母が追いかけたらしい。親切な事にその日のうちに母親は家を売却していた)直後に彼は三人の人物と共同で暮らしているらしい。
住んでいるのは曰く付きの物件で、何人かのGSが除霊・浄霊を施そうとして失敗している。
そこに平然と暮らしているのだ。
調査に入った人物の証言では「屋敷内に入ったとたん血気に当てられてしまい仕事にならない」とある。
彼等が暮らし始めてからは妖怪・妖精果ては神族までが住み着いているらしい。
「らしい」と付け加えたのはあくまでも報告であり、彼女自身が見た訳ではないからだ。

彼という不確定要素を抱えながらも、ここまで準備はした。
自分の『知り』うる限り、出来うる限りをつくして。
なのに、この計り知れない不安はなんなのか。

思い切って『先を知っている』自分に合いに行きたい気もするが、それは出来ない事だ。
なんとも便利で不便な能力。
だが、今は自分のこの能力をフル活用しなくてはならない。
時間は無くてもすることは山のように転がっているのだ。

「やるしかないのよ」

世界の為にも、と考えた所で西条に聞いた彼の言葉を思い出した。

『己の真実が理(ことわり)では無いのだ、押し付けようとするのであれば、例え『ソレ』が最も確実な手であっても私は否定し、許さぬ。』

彼女は頭を振る。
今はこの事に付いて考えるべきではない。
そう判断を下す。

マグカップを西条に任せて、彼女はもう一度作業に戻る。
手馴れた様子でキーボードを叩き、いつもの様にシステムを立ち上げる。
このシステムを誰が作ったのかは忘れた。
正式名称でさえ忘れさられた。
通称でのみ存在するそれ。
『百鬼夜行』
操作パネルから目を放し、正面を向く。
強化ガラス越しに見えているのは、円形状に広がる無機質な空間。
科学の力と霊的な力を結集させたそれは、妖怪に魔族などいままで人前に現れた霊物質で出来ている存在のデータを入力することによって、似た存在をホログラフィーとして写しだす。
ただし、映像に肉体がリンクするように霊的磁場を作り出している為に、受けた攻撃はそのまま肉体に反映される。
そのシステムに入力することの出来る最大数が百。
それゆえに百鬼なのか。
それとも、システムが起動し現れる妖しを例えてなのか。

「再開しましょうか、準備をして頂戴」
「了解しました」

けたたましく響く機会音と共に、西条は無機質な空間に入る。
手には一振りの剣を持って。





ナイトメアリーが横島の命を受けて魔界に帰えり暫くしてから、カノエは何かを思い出し唐突に横島に問う。

場所は変わらず、庭の見える縁側である。

「あの時。メドーサがGS試験会場に出た時。忠夫も見ていたかと思うが・・・」

違う事と言えば、カノエの姿が黒色の狐である事だけだろう。
カノエは横島の膝の上に顎をのせ、くつろいでいた。

「ああ、元始風水盤の事か。確かに『観て』いたが」
「なぜだと思う?」

数瞬間をおいてから、唸るように横島は口にする。

「願ってしまったせいだろう」


「?」

訳がわからない。
確かに横島が願うと大概の事は『叶えよう』とこの『樹』はするだろうが、それと今回の事に何のつながりがあると言うのか?

「ん?あぁそう言えば、カノエにも話していなかったか」

膝の上にあるカノエの頭をそっと撫でながら事も無げに横島は呟く。
「彼女の出会いのきっかけはメドーサの事件だった」
「・・・・初耳だぞ?」
実に不満げな声である。
獣の姿であるカノエがどうやって人語を喋っているのかは不明だが、心なしか篭った声が何故と問う。
横島は答えるように、クスリと笑う。

「実際には二度メドーサを取り逃がしてしまった後、彼女のいた場所に攻め入っていたのだが。そうなる前にと、強く願っていたようだ」

つまり、彼は・・・
「会わないつもりなのか?」

彼女と、かつてあの世界では彼の妻であり最愛のヒトであった彼女と。

「俺は、忠夫がそれで良いのであれば良いと思っている。ソレはキロウもツバキも同じだろう」
「カノエ?」

唐突に、何の脈絡も無くカノエは語りだす。
「だがな、俺はお前が今みたいに辛く笑うのは嫌なんだ。ただ、嫌なだけだ」

相変わらずカノエの頭は横島の膝の上で、そしてそのカノエの頭を横島は撫でている。
日差しは心地よく辺りを照らし、微かに聞こえてくる妖精の歌声は実に楽しそうだ。

「・・・私の妻は彼女だけだと今でも思っている。
確かにこの世界の彼女も彼女なのかもしれないが、私にとって愛し娶ったのはあの世界の彼女だよ。
それは永劫変わらない。ただこの世界の彼女は私の妻である彼女では無い。
だから会わないだけだ」

心配することはなにも無い。
そう付け加える。

確かにこの世界の彼女は、あの世界の彼女とは違うだろう。
それでも同一人物である事は間違いはないだろう。
だからこそ彼は決意し、今にいたっているのだから。

息を浅く吐き出し、カノエは今度こそまどろみに落ちる事にした。
きっとこれ以上言っても彼の・・・横島の心は変わらない。

カノエの頭を撫で続ける手は優しく、心地よい睡魔を連れてくる。
カノエには横島の言が本心かは解らないし、そこまで踏み込むつもりも無い。

己が主人である彼が何を成すためにこの世界に還ったのかは理解している、自分達が何をすればいいのかも理解している。
ただ、それが彼の幸せかと問われれば否と答えるしかない事も、理解しているのだ。
それでもカノエには横島の願いを叶える義務と権利が有る。


横島が視線を自分の膝に戻すと、静かな寝息を立ててカノエが寝ていた。
自分の膝で眠る暖かな毛皮は手に心地よい刺激を与え、何時までも撫でていたいという気分にさせる。
後頭部から肩までのラインを何度も撫でる。
カノエの獣の姿の時、横島が密かに気に入っている部分だ。
カノエが起きるまでと決めて、横島はカノエを撫でつづける。

こなん穏やかな日を過ごせるとは、横島は思っていなかった。


自然と笑みがこぼれた。







愛しい人よ、君は叱るだろうか?
過去に囚われている俺の事を。
それでも良い、君に逢いたいと何度願ったことか。
無理だと分かっていても・・・・否、無理だからこそなのだろう。
逢いたい。
そう願う反面で逢ってはならないと己を諭す。

可能性だけならば星の数ほどに有った。
選択肢は両手で足りぬほどに有った。
けれども、選べるのは片手で余るほどだけ。
何時でもそうなのだ、だから運命などと呼ばれるのだ。

愛しい人よ。
君と出会ったのが運命であるのならば、俺は何を呪えばいいのか。
逢ってはならなかったのだ。



だから今度こそ愛しい人よ。


幸せに・・・・・







それはいったいだれのしあわせなのか。


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