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六道女学院教師 鬼道政樹 式神大作戦!!

まさきMe公認!?


投稿者名:ちくわぶ
投稿日時:05/ 4/ 7




 場所は東京デジャブーランド。
 ここに1人の青年がいた。



 そして今、彼の精神は度重なる緊張のために限界に達しようとしていた。



「きゃ〜、次はあれにしましょマーくん〜。」
「ははは、そんな慌てんでも乗り物は逃げたりせえへんよ冥子はん。」




 彼の名は鬼道政樹。
 式神使いの家系鬼道家の嫡男であり、かつて同じ式神使いの六道冥子に挑んで敗れたことがある。
 しかしそれも昔の話。
 現在は六道女学院除霊指導教諭として教鞭を執っている。


 今日、彼は六道冥子と2人で遊園地に遊びに来ていた。
 これがデートであることは誰の目にも明らかである。

 子供のようにはしゃぐ冥子をにこやかに見つめながら、彼の脳裏には1つの情念が燃え上がっていた。



(今日こそはキメたる…冥子はんとのチューをッ!!!!)



 政樹はぐぐぐっ、と力強く拳を握り締めるのであった。











 さかのぼること数日前……



「きゃあああああーっ!!」


 ドゴーーーーーーーン!!


「お、落ち着くんや冥子はん!!式神をコントロールして…って、あああッ!?」


 除霊現場の廃屋にて冥子が式神暴走(以後プッツン)を起こし、付き添いで来ていた政樹は出現した式神たちに跳ね飛ばされた。

 除霊対象だった悪霊は一瞬のうちにバサラ(丑の式神)に呑み込まれ、すでにその姿はない。
 かわりに12体の式神がテロリストも真っ青な破壊活動を繰り広げていた。
 柱をへし折り天井を崩し窓を突き破る……
 まさに壮絶な破壊の嵐であった。


「こ、こらあかん……夜叉丸!!暴走を食い止めるんや!!」
 影の中から政樹の式神「夜叉丸」が現れ、暴れ回る式神達の中へと飛び込んでいく。
 コントロールを失った式神はやたらと暴れはするものの、そのぶん動きが単調になりやすい。
 式神の特性をよく知っている政樹なら、その状態の式神を取り押さえることは造作もないことだった。
 夜叉丸は火炎や電撃の間をくぐり抜け、一体ずつ式神を取り込んでいく。

 ここまでならば順調そうに見えるが、冥子のプッツンを押さえるためには非常に大きな問題があった。
 それが12体という式神の数である。
 天才の家系と呼ばれる六道家だからこそ12体もの式神を操れるのであって、普通の霊能者にこれを真似ることは容易ではなかった。


「こ、これで6匹目……前のボクはここまでが限界やったが、あれからも修行を続けてきたんや!!まだ行けるで……!!」


 クビラ、バサラ、メキラ、アンチラ、アジラ、サンチラ……
 これらの式神を取り込みつつ、夜叉丸は暴走することなく政樹の指示に従っている。
 そしてインダラ、ハイラを取り込んだ時だった。
「ヴ…ヴヴ……!!」
 夜叉丸を含め9体の式神を支配下に置いたとき、ついにそのコントロールが渋くなってきた。

「く…さすがにきついか……あと少しやというのに……!!」

 政樹がありったけの霊力を放出しコントロールを取り戻そうとしたその時、死角からビカラ(亥の式神)が夜叉丸に回転体当たりをお見舞いした。
「ぐはッ!?」
 夜叉丸と精神が同調している政樹は同じ衝撃を受け、その場に崩れ落ちた。


「ふえええええ……マーくん……?」
 泣きじゃくりながらも視界の隅でその様子を目撃した冥子は、ようやく我に返る。
 乱れきっていた霊力は収束し、正常な波動に戻っていく。
 嵐のように暴れ回っていた式神たちもすっかり大人しくなっていた。


 冥子は政樹の元に駆け寄ると、ぐったりとした体を揺り動かした。
「マーくん、マーくん……!!」






「う…ん……。」
 ペロペロと舐められる感触に、政樹は小さなうめき声を上げながら目を開く。
 傍らには心配そうな顔をした冥子と、ショウトラ(戌の式神)が彼を見守っていた。
 ショウトラは怪我を癒すヒーリング能力を持っている。
 気付いてみれば激しく打ちつけられた体の痛みもほとんど消えていた。
「ショウトラ…おおきに。」
 頭をなでてやるとショウトラは目を細め、尻尾を振って気持ちよさそうにしていた。

 政樹の無事を確認し、冥子はヘナヘナとその場に座り込む。
「ごめんねマーくん〜……私〜、私〜……。」
 冥子は涙目になるが、背後の式神が暴れ出す気配はない。
 一瞬ヒヤリとしたものの、政樹は安堵のため息を漏らす。
 周りを見渡すと、廃屋はまだ半分ほどその形を残していた。
 さすがに壊れてしまった部分はただの瓦礫と化していたが……。
(ボクが気を失ってから5分も経ってへんみたいやな…昔に比べたら一歩前進した、っちゅうことか……)
 フゥ、と複雑な笑みを浮かべ、今度は冥子の頭をなでてやる。
「最短暴走時間の新記録や。えらいで冥子はん。」
「でも、結局建物壊しちゃったし〜……お母様に叱られちゃう〜……。」
「あんまり思い詰めんと…ボクも一緒に謝るから。ほな、式神返すわ。」
 影の中から式神たちが飛び出し、冥子のそばに戻っていく。
「ほんとにごめんねマーくん〜……。」
「もうええから、な?そろそろ帰ろ。」


 落ち込む冥子をなぐさめつつ、政樹は廃屋を後にした。











「あれほど言ったのにまたやってしまったのですか〜!!」
 母のカミナリを受け、冥子はすっかり小さくなってしまっていた。
 頭ごなしに怒鳴られるたび、小さな体をビクッと震わせている。
 さすがに冥子が可哀想になってきたので、政樹は横から意見を挟む。
「しかし理事長、今回は建物も半壊程度で済んでますし、式神の暴走も短時間で収束しました。少しは冥子はんに進歩があったと考えては……。」
「それはマーくんがそばにいたからでしょ〜!?冥子が1人で除霊を成功させなければなんの意味もありません!!」
 厳しい剣幕でその意見は一蹴されてしまった。
 独特の間延びした話し方をする親子ではあるが、その性格は違うものだと政樹は感じた。
「……とにかく、冥子は席を外しなさい。私はマーくんとこれからの打ち合わせをしますから〜。」
 冥子はコクリと頷き、とぼとぼとリビングを後にした。


「さて、今後のことですが〜……。」
 冥子の母は深いため息をついた後、ギロッ!!と鋭い視線を放つ。
 政樹はゴクリと息を呑む。


「冥子のこと見捨てないで〜!!もうマーくん以外に頼れる人がいないのよ〜。だから、ねっ?ねっ?」
 
 だああっ!!

 突然の猫なで声に思わずひっくり返ってしまう。
 こういう他力本願な所はやっぱり親子だ…改めてそう思う政樹であった。


「前にも美神令子ちゃんや小笠原エミちゃんに頼んだけどダメだったし〜。やっぱり式神のことは式神使いが教えるのが一番でしょ〜?マーくんはお父様と違って真面目で誠実だから〜、わかってくれるわよね〜?」
 微妙に圧力のこもった言い回しで冥子の母は迫る。

「……父さんのことはともかく、式神使いの名誉のためにも何とか方法を考えてみるつもりです。」

 目を伏せながら政樹は答えた。
 どう言おうと、初めからこの申し出を断るのは不可能だ。
 この人ならあらゆる手段を使って「はい」と言わせに来るに違いない。
 ある意味、悪名高い美神令子よりも強敵なのではないだろうか。

「よかった〜。それじゃあこれからも冥子のサポートよろしくね〜。」
「……はい。」
 政樹は一礼すると、リビングから廊下に出た。



(……ボクはもうすぐ死ぬかもしれへんな……)
 ホロリとこぼれた政樹の涙を、通りかかった家政婦のフミさんだけが知っていた。






 政樹が屋敷を出て広い庭を通り抜けていると、テラスでしょんぼりと座り込む冥子がいた。
 周りには冥子をなぐさめようと、式神たちがぎちぎち音を立てながらうろついている。
 政樹は少々苦笑いをしながらも冥子に近づいていく。
 式神たちはそろって政樹の方を見たが、それ以上の反応はしなかった。

 六道家に世話になり始めたばかりの頃はずいぶんと警戒されたものだった。
 政樹に以前のような敵対心が無いことがわかると、式神たちは夜叉丸も含めて受け入れてくれた。


「冥子はん、暗い顔してるで?元気出さんと。」
 政樹の声に顔を上げるものの、冥子はすぐにうつむいてしまった。
「私って〜、ダメな子なのかしら〜……。」
 政樹は冥子の隣に座ると、その顔をのぞきながら尋ねた。
「どうしてそう思うんや?」
「だって〜、私トロいしすぐ式神暴走させちゃうし〜、1人じゃなんにもできないんですもの〜。」
「……確かに、その通りかもしれへんね。」


 ぐっさあっ!!
 その言葉が冥子に深く突き刺さる。
 瞳にはじわっと涙が浮かび、体はぷるぷると震え始める。


「けどな…式神を12体も操るって事がどれだけ大変なのかは本人にしかわからへん。それに冥子はんは乱暴なことが嫌いな性格やから、それを知ってたら誰もそんな風に思ったりせえへんよ。」
 そう言って政樹はにっこりと笑ってみせる。

 それは普段教師として生徒に向ける笑顔と同じものであったが、普段理解者に恵まれない冥子にとっては弾道ミサイル級の破壊力があった。



「マーくん……大好き〜っ!!」


 ひしっ!!


 感極まった冥子は嬉しさのあまり政樹に抱きついた。


「な……!?」


 そしてこの瞬間、政樹の脳内メーターは一気にレッドゾーンに突入する!!

(こ、これはッ!?いやまて落ち着くんや政樹!!ここで冥子はんが言う大好きとは友達として好きとゆーことであって決して特別な意味ではなく第一教職に就いてるボクがその場の劣情に流されてはいかんしそもそもここは冥子はんの家でそんな淫らな真似をするわけには大体式神がこっち見てるしいやしかしこのやーらかい感触がたまらんしあかんあかん流されるな政樹ッ!!!!)


 この間1秒弱。

 政樹は冥子を引き離しゆっくりと立ち上がる。

 どうにか持ちこたえることに成功したらしい。
 このあたりはさすがに大人の精神力。
 欲望に任せて押し倒す、というパターンには踏み外さない。


(そう、ボクは大人やッ!!決して押し倒す根性がなかったわけではないんやぞッ!!)
 己自身に向かって政樹はよくわからないことを叫んでいた。



 そんな政樹の様子を冥子はキョトン、と見ている。
 政樹はコホンと咳払いを1つ。


「め、冥子はん、今度の休みに遊園地でも行かへんか?」
「えっ?」
「いや、気分転換にええやろと思ってな。パーッと遊んでイヤなことは忘れてしまお!!」
「うん、一緒に行く〜!!」
 冥子はよほど嬉しかったのか、ようやく可憐な笑顔を見せる。
(よかった……やっと笑ってくれたな……)
 昨晩から彼女には暗い表情が続いていただけに、その笑顔の威力はまた格別だった。
「よっしゃ、ほなまた電話するさかい。それじゃ……。」
「またね〜マーくん。」
 小さく手を振る冥子に微笑み返し、政樹はその場を後にする。


 広い敷地を通り抜け、ようやく六道家の門から外に出た。
 そして歩道の真ん中で、政樹はピタリと動きを止めた。

 ぷるぷるぷるッ……!!


「うおおおおおッ!!あったかかった!!やーらかかった!!そして…可愛すぎる、可愛すぎるで冥子はーん!!!!」

 何かがキレた政樹は往来のど真ん中で1人悶えまくるのであった。








 そしてデート当日。





 いくつかアトラクションを回った後、2人は観覧車に乗り込んだ。
 ゴンドラは2人をゆっくり空へと運んでいく。
 澄み切った青空と、柔らかな日差し。
 眼下では人がまるで米粒のように小さくなり、せわしなく動き回っているのが見えた。

 てっぺんに近づいた頃、遠くの街並みを見ながら冥子ははしゃいでいた。
「遠くまでよく見えるわ〜。私のおうちもここから見えるのかしら〜?」
 両膝を座席に乗せ、窓に向かって貼り付いている。
 ……まるっきし子供と同じ反応である。
 だが、それも冥子らしいと思いつつ政樹はその後ろ姿を見つめていた。



 そのときふいに風がゴンドラを揺らした。
「きゃ……!!」
 バランスを崩した冥子を政樹はすかさず受け止めた。
 その勢いを受けて、背後から抱きしめる格好で元の席に座る形になってしまっう。
「だ、大丈夫か冥子はん?」
「うん、平気〜。ありがとうマーくん〜。」
 そして2人はそのままの姿勢で動きが止まってしまった。


 ゴンドラはてっぺんを通り過ぎ、今度はゆっくりと地面に近づいていく。


(こ、この状況は……)
 政樹は表情にこそ出さなかったが、内心かなり動揺していた。
 冥子がちょっとでもイヤそうな素振りを見せたらすぐに手を離すつもりだったが、反応が返ってこない。
 自分のヒザの上で冥子はただじっとしている。
 強引に姿勢を変えるわけにもいかず、政樹もじっとしているしかなかった。


 だが、男にとってこんな状態を続けていると精神衛生上に問題が発生してしまう。
 そうなる前にと、政樹は恐る恐る尋ねた。
「あ、あの〜、冥子はん?なんで…じっとしてはるんやろか?」
「……あのね〜、思い出してたの〜。」
「な、なにを?」
「……。」
 冥子はぼんやりと遠くを見つめたままで、答えは返ってこなかった。

(終わりかい!?わ、わからん…冥子はんがなに考えてるのかさっぱりわからん……!!)


 ますます混乱する政樹の目に、ふとあるものが飛び込んできた。


 冥子の白く細い肩、そしてうなじ……
 きめの細やかな艶のある髪……


 それらを間近で見てしまった政樹の心臓は、機能不全を起こすんじゃないかと思うくらいにバックンバックン脈打ち始めた。
 そして、ほのかに漂う冥子の柔らかな香りがそれに拍車をかけていた。

(あかん……気を紛らわさんと…ボクがプッツンしそうや……)

 思わず目を外にやると、隣のゴンドラではカップルが肩を寄せ合い、また別のゴンドラではキスをしていた。

(な、なんちゅうお約束な展開なんやッ!!もしやボクは試されているのか!?)


 狭い場所で2人きり。
 後ろから抱きかかえる格好で、周りはカップルばかり。
 そしてなぜか冥子がこの姿勢を嫌がらない。

 お膳立ては完璧に出来上がっている!!



(ぐわああああっ!!落ち着け、落ち着くんや政樹!!ここで選択肢を間違えたら二度とこのルートに復帰できへんで!?しかしッ…こ、この感触が理性を……ッ!!)



 政樹の脳内メーターは目盛りを振り切りぎゅんぎゅん回りまくっていた!!



 この状況はおいしすぎるッ!!



 今までも何度か冥子はんとデートをしたことはあったが、それはどちらかというとただ遊ぶ、ということの延長線上に過ぎんかった。
 しかし、今回のシチュエーションは明らかにいつものそれとは違う。
 これは恋人同士のそれに近いのとちゃうやろか。
 次いつ訪れるかわからんチャンス……なんとしてもモノにしたい!!

 だが、その場の雰囲気だけに流されてしまってええんやろか?
 第一教師であるボクが過ちを犯したら社会的に抹殺されてしまう。
 それに冥子はんの気持ちも確かめんうちに動いて失敗したらどないするんや……



 ボクは…ボクはどうしたらええんやあッ!!





 心の中で激しい葛藤を繰り返していると、その様子に気付いたのか冥子がこちらを振り返った。


「ねえ、マーくん〜。」
 じっと見つめられ、思わず息を呑んでしまう。
「な、なんや?」
「あのね〜。」
 冥子は視線をじっと合わせて見つめてくる。
 吸い込まれそうな…そんな陳腐なセリフが出てくるほど冥子の瞳は透き通っていた。
「……ハッキリ言ってくれんとわからへんよ。」
「うん、あのね〜。」
 抱きしめていた腕をすり抜け、冥子は立ち上がる。
「もうすぐ降りないといけないのよ〜。」

 がくっ。

 気が付くと地面はもうすぐそこまで迫ってきていた。
(これもまた、お約束っちゅうことか……)
 政樹は小さなため息をつき、冥子の手を取って観覧車から外に出た。


 消化不良な面立ちをした政樹の後ろで、冥子は思いを巡らせていた。
(マーくんのヒザ、お父様みたいだったわ〜)
 もちろんこのことを、政樹が知るよしもない。






 その後2人はデジャヴーランドの中をまったりと散歩していた。
 この広い敷地内を歩き回るだけでも結構楽しめるものである。
 途中でソフトクリームを食べたり、キャラクターのぬいぐるみを買ったりしているうちに冥子はぴったりとくっついてくるようになった。


 その事実を受け、やはりいつもと反応が違う!!と政樹は確信したのだった。


 冥子と歩きながら、政樹はずっと考え続けていた。
(さっきはタイミングを逃してもうたが、今回のデートは冥子はんとの距離を縮められる貴重なチャンスや。今まではこういった雰囲気自体が無かったが、今回は違う!!上手くいけばもしかしたら……チューまで行けるかも…なんて、あああッ!!)
 ロナルド・ドッグのぬいぐるみの首を絞めながら悶える政樹を、通行人が白い目で見ていた。



 そうしているうちに、前方にメルヘンチックなアトラクションが姿を現した。
 いかにも低年齢向けのものだったが、冥子は強く興味を惹かれたようだ。


「きゃ〜、次はあれにしましょマーくん〜。」
「ははは、そんな慌てんでも乗り物は逃げたりせえへんよ冥子はん。」


 子供のようにはしゃぐ冥子をにこやかな笑顔で見つめながら、政樹の脳裏には1つの情念が燃え上がっていた。



(今日こそはキメたる……冥子はんとのチューをッ!!!!)



 政樹はぐぐぐっ、と力強く拳を握り締めるのであった。






「きゃっ!?」
 アトラクションしか目に入っていなかった冥子は、目の前を横切ろうとしていた通行人とぶつかってしまった。
 相手は似合わない白いスーツを着たチンピラヤクザ風の男と、いかにも水商売系の女のカップルだった。
 ぶつかった勢いで男が持っていたジュースが半分ほどこぼれ、スーツの白い生地に大きな染みを作ってしまった。

「どこ見て歩いてんだコラァ!!おかげでスーツが汚れちまったじゃねーかコラァ!!」
 その容姿とは裏腹な妙にカン高い声で男は怒鳴る。
「あうあう…ご、ごめんなさい〜。」
「ごめんですむかコラァ!!トロくせえ喋り方しやがってコラァ!!」
 やたらと抑揚を付けて喋る男に冥子はすっかりおびえてしまっていた。
 ……普通なら失笑を買ってしまうところなのだが。
 後ろの女は「チョーウケるんですけど」と冥子の反応を笑っていた。


 そのときようやく異常に気が付いた政樹が駆け寄ってきた。
「どないしたんや冥子はん?」
「マーくん私〜この人とぶつかって服を汚しちゃったの〜。」
 冥子はそそくさと政樹の陰に隠れる。
「マーくんだぁ?テメーこのねーちゃんのツレかコラァ。いい歳こいてマーくんとか呼ばせてんじゃねーぞコラァ。」
 額がくっつくほどの距離で男は「ガン見」しまくっていた。
 そして後ろの女は「チョーウケるんですけど」と笑っている。

「ご迷惑をおかけしたようですいませんでした。服の方はクリーニング代払いますさかい、堪忍してもらえへんでしょうか。
 政樹は丁寧に頭を下げて謝罪した。
「マーくん……。」
 冥子は今まで美神令子のようにコナかけてきた相手を問答無用でシバき倒しているような連中ばかり見てきたので、こうやって穏便に謝る人を見るのは数少ないことだった。

「おうコラァ、俺だけ汚れてるのは不公平なんじゃねーのかコラァ。」
 頭を下げる政樹を見下ろしながら、男はいやらしい笑みを浮かべる。
「それはどういう……。」

 ばしゃ!!

 政樹が顔を上げたところに、残りのオレンジジュースがぶちまけられた。
 ぽたぽたと滴が垂れる姿を見て男はゲラゲラと笑い、女はやはり「チョーウケるんですけど」と笑っている。
「マーくん!!」
「……。」
 しかし、それでも政樹は表情を崩さず黙ったまま男を見つめていた。
「男前が上がったじゃねーかコラァ。少しは気が晴れたぞコラァ。」
 男は眉を八の字にしかめ、バカにした表情で政樹の顔をのぞき込んでくる。

「ひ…ひどいわ〜!!マーくんはなにも悪いことしてないのに〜!!」
 あまりの横暴に耐えかねた冥子が2人の間に割って入った。
 その小さな拳を握り締め、精一杯の怒りの表情で男を睨みつけていた。

「あかんて冥子はん……ここでプッツンしてもうたらまた理事長に叱られてまうよ。それにボクは……気にしてへんから。」
 あくまで冷静な声で、政樹は言った。
 もちろん本当はこのバカ男を人気のない角に引きずり込んで泣くまでシバき倒してやりたかった。
 だが、今は大事なデートの真っ最中だ。
 しかも、2人の関係が変わるかどうかという大事な局面だ。
 こんな事くらいで冥子との大切な時間を失いたくはなかった。


 しかし冥子は首を横に振り、その場を動こうとしなかった。
「ひ…ひどいわ〜。だからトロくせえってんだよコラァ!!お前、脳みそが幼稚園で止まってんじゃねーのかコラァ!?」
「ううう……ッ!!」
 喋り方を中傷され、冥子の瞳に涙が浮かび始める。
(ま、まずい……!!)
 政樹はあわてて冥子を自分の背後に戻し、せめて男が視界に入らないようにする。
「な、なあ兄さん、悪いことは言わへんからそろそろ勘弁しておいた方がええと思うんやが……。」
「あぁ?ワケわかんねー日本語喋ってんじゃねーぞコラァ!!」
 そして「チョーウケるんですけど」と後ろの女。
(それはお互い様やろうが……)
 政樹はこみ上げる怒りを必死に押さえていた。
「テメーも脳みそが幼稚園で止まってんのかコラァ?トロくせえ同士でせいぜいママゴトでもしてろや!!マー・く・ん。ぎゃははははは!!」

 耳障りな笑い声が響くと同時に、背後から強力なプレッシャーが立ちのぼり始めていた。
 イヤな汗が頬を伝い落ちる。

(あかん…もうコイツを黙らせるしか……!!)
 密かに殺気をみなぎらせたその瞬間だった。
 政樹は冥子の涙があふれたことに気付くのが一瞬遅かった。




「ふ……ふえええええええん!!!!」






 ドゴーーーーーーーーーン!!!!





 至近距離の、しかも背後からプッツンの直撃をくらって政樹は昏倒した。
 薄れゆく意識のなかで、さっきのバカ男がビカラにかじられていたが、そんなことはもうどうでもよかった。


(あああ…せっかくのチャンスが…冥子はんとのチューが……なんでや…なんでこうなるんや……ち、ちくしょうッ……)

 そう思ったのを最後に政樹の意識は途切れた。




 ……こうして楽しい休日の遊園地は、一転して阿鼻叫喚の地獄絵図と化したのであった。






 それから48時間後、政樹は白井総合病院のベッドの上で意識を取り戻した。
 彼は目覚めた直後、担当の看護師に向かって

「チュー……できひんかった……」

 と涙声でうわごとを呟いていたという。




 そしてこの日のデートが、政樹に重大な決意をさせるきっかけとなるのであった!!


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