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WORLD〜ワールド〜

第二十四話 炎


投稿者名:堂旬
投稿日時:05/ 4/ 7

「雪之丞………」

 雪之丞の姿を見て、かおりは呆然と呟いた。
 かおりの、いや、その場にいる全員の唖然とした視線を受けて、雪之丞は己の体に目を落とした。

「なんだ? 皆変な顔しやがって……っておぉッ!?」

 そこで雪之丞は初めて自分の姿が以前と違っていることに気がついた。
 紅蓮の光沢を放つ金属(のようなもの)が全身を包み込んでいた。
 鎧に刻まれた紋様は炎を模ったようで、荒々しくも美しかった。
 雪之丞はいつも通り魔装術を纏っただけである。

「新しい魔装術…?」

 雪之丞の姿をまじまじと見つめ、美神が呟く。
 しかし、それはもはや魔装術などというレベルを超越しているように思えた。

(これが…今の俺の力の現れ……)

 以前と異なり、顔を覆うものがなくなり、幾分開けた視界で自分の全身を確認しながら雪之丞は思った。

「さて…なんとなく切羽詰まってるってのはわかるけど…悪ぃけど誰か説明してくんねえか? 状況の把握がしてえ」

 雪之丞の言葉を受けて美神が、かおりが状況を説明した。
 説明を受けて状況を把握した雪之丞は辺りを見回した。

「そうか……ピートも…タイガーも………ん?」

「どうしたの?」

 突然キョロキョロしだした雪之丞を、怪訝そうにかおりが伺う。

「かおり。今パレンツに仕掛けたのは西条の旦那、魔鈴の旦那、ピート、唐巣の旦那、エミの旦那、タイガー、魔理、カオス、マリア……って言ったよな?」

「…? ええ、言ったわ」

「……べスパとパピリオはどこいった?」

「………!!」

 雪之丞の言葉にかおりだけでなく、美神達も慌てて辺りを見渡す。

「いない! さっきまでそこにいたのに…!」

「まさか、パレンツの所へ!?」

「それ以外にいく所なんて……ないわね」

 ベスパやパピリオがパレンツに殺されるシーンが頭に浮かび、雪之丞は何となく気分が悪くなった。
 雪之丞はそんな自分に軽く驚いていた。
 雪之丞はベスパやパピリオに何ら特別な思いを抱いてはいない。
 しかし、一度拳を合わせたときに、雪之丞はほんの少しベスパの心に触れた。
 そのことが、ほんの少し彼の心に変化をもたらしたのかもしれない。

(あんな奴ら心底どうでもいい……はずなんだけどな。チビには前にぼこぼこにされた恨みもあるし。でっかい方…ベスパっつったか。あいつもあやうく横島殺すところだったし、かおりに傷をつけやがったしな! まあでも……わからなくもねえけどよ、気持ちは)

 雪之丞は軽く笑う。
 母親に逢わせてやる、というパレンツの誘惑。
 もし代価が横島を殺せということでなかったなら、どう答えていたかわからない。

(結局、似てるんだな。俺とアイツは…まあ何にせよ)

「パレンツにこれ以上好き勝手やらせるわけにゃいかねえからな!」

 決意を秘めて、雪之丞はパレンツの元へと向かう。

「間に合えよぉ!!」







 ベスパとパピリオは、皆の予想通りパレンツの元へ向かっていた。
 皆の目を盗むようにして抜け出したベスパを、パピリオが追っていたのである。

「ベスパちゃん! パレンツの所へ行くんでちゅね!? 何をしに行くんでちゅか!?」

「アタシはどうしてもパレンツに確認しなきゃならないことがあるんだ。パピリオ、お前がついてくる必要なんてない」

「確認ってなんでちゅか!? ベスパちゃんまさか…!」

 パピリオの問いに答える間もなく、二人の視界にパレンツの姿が映った。
 パレンツの右手には切断面から火花を散らせ、コードを覗かせた右腕が握られていた。
 そう、二人がたどり着いたのはカオスとマリアが散った直後だったのである。

「やあ…ベスパじゃないか。君も、こんな風になりにきたのか?」

 パレンツの右手の中でマリアの腕が輝き、爆砕した。
 パラパラと破片が地面に舞い落ちる。

「ひとつだけ聞きたいことがあってね」

「なんだ?」

 ベスパは少し間を置き、小さく息を吐くと、口を開いた。

「もしアタシがきちんとヨコシマを殺すことができていたら、アンタはアタシの願いを叶えていたか?」

「もちろんだ」

「嘘だね」

 即座に返されたベスパの言葉に、パレンツだけでなくパピリオも目を丸くしている。

「あれだけ執拗に自分の存在を隠そうとしていたアンタだ……アンタの存在はおろか、能力まで知ることになるアタシをそのまま生かしておくわけがない。アタシがヨコシマを殺した途端アタシも消すつもりだったんだろ?」

 射抜くように真っ直ぐ向けられたベスパの視線の先にある、醜悪な笑み。
 それがパレンツの答えだった。

「冷静に考えてればすぐにわかりそうなもんだったんだけどね…アタシもどうかしてたな。復活なんて、アシュ様も望んじゃいないっていうのに……」

「ベスパちゃん……」

 顔を伏せて自嘲するようにベスパは笑った。
 パピリオはそんなベスパを心配そうに見つめている。

「乙女の純情をもてあそんでくれた罰は、受けてもらうよ」

 再びベスパはパレンツを真っ直ぐ見据えた。
 それは決意の瞳だった。

「乙女の純情か……ふふふ…はぁっはっは!!!」

 パレンツはこらえきれないというように笑い出した。

「残念だがベスパ。私は君が言ったようなことなど考えてはいなかったよ。お前が横島忠夫を殺すことなどまったく想定していなかった。私の目的は横島忠夫が私に対する明確な敵意を持つことと、冷静な判断力を奪うことだったからね。そのために…くくく、何だったかな? あぁそうだ。乙女の純情? それを利用させてもらったのだよ。はは…まあつまり、だ。君のその純情とやらはかませ犬にしかすぎなかったのだよ。はっはっは!」

 ベスパとパピリオの顔が青白く染まった。
 あまりにも大きな怒りのために、だ。

「しかし、万が一お前が横島忠夫を殺せていたらお前が言ったとおりのことをしただろうな。素晴しい考察力じゃないか。褒めてやるよ」

「きっさまあぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

 ついにベスパがはじけた。
 振り絞られた怒声と共にパレンツに飛び掛る。

「ご苦労だったな、ベスパ」

 掲げられたパレンツの右手から、耳障りな嬌声と共に破壊のエネルギーが放たれた。
 発射されたエネルギーはベスパを飲み込み、背後の岩壁を粉々に砕き、彼方へと破壊を続けながら飛び去った。
 もうもうと土煙が舞い上がり、パレンツの視界を覆う。

「さて、急がねば……横島忠夫か伊達雪之丞…どちらかでも目覚めればひどく面倒なことになる。その前になんとしても…」

 歩き出したパレンツの目の前の土煙の中から突如腕が現れた。

「なにッ!? ぐおぁッ!!」

 現れた腕は凄まじい勢いを持ってパレンツの腹部に突き刺さる。

「あんなちんけな断末魔砲でアタシを殺せると思ったか!? なめんじゃないよ、このクソ野郎!!!」

 徐々に土煙が晴れ、ベスパの姿がはっきりと現れた。

「貴様、生きていたのか!?」

「アンタにはどうやらキッツいお仕置きが必要だね!! ぶっ殺してやるよ!!!」

「加勢するでちゅベスパちゃん!!」

 もう一人煙の中から現れたパピリオを加えた二人の一撃がパレンツの体を吹き飛ばした。
 パレンツの体が空中で静止する。
 今度はパレンツの顔が怒りで染まる番だった。

「おのれこの小虫どもがぁッ!!!!!」

「小者にそんなこと言われたかぁないねッ!!」

 いくつかの激突の後、パレンツは突如両手に黒色の剣を生成し、撃ち込まれていたベスパの右腕を薙ぎ払った。
 初めて体感するパレンツの創造力に、ベスパは反応が遅れてしまう。

「しまった!!」

「危ないベスパちゃん!!」

 右腕を落とされることを覚悟したベスパだったが、そうはならなかった。

「ヌウッ!! これは…!」

 パレンツの体におびただしい量の蝶がまとわりつく。
 パピリオの眷属だ。
 蝶にまとわりつかれてパレンツの剣速がわずかににぶる。
 そのおかげでベスパはギリギリかわすことができた。

「サンキュー! パピリオ!!」

「えっへん! お安い御用でちゅ!! 眷属がいるときの私は有能で有用なぱーふぇくと美少女でちゅよーーーキョホホのホ!!」

「あ、そ」

 ベスパはパピリオの増長ぶりにやや呆れながらも気を抜かずにパレンツに仕掛ける。

「邪魔だぁ!!」

 パレンツの体から紅蓮の炎が立ち昇る。
 パレンツにまとわりついていた蝶は全て焼け落ちた。
 わずらわしさから解放されたパレンツは向かってくるベスパを迎撃せんと身構える。

「へーんだ! 蝶はまだまだいるんでちゅよー!!」

 パピリオの号令と同時に再び現れた蝶の大群がパレンツに襲い掛かる。
 それこそ、まるで無限に創造されているかのごとく次から次へと。

「なんだとッ!?」

 再び蝶に覆われたパレンツはベスパの攻撃に対して、なんとか防御するのが精一杯だった。
 焼き払っても焼き払っても蝶は次々と現れる。
 加えて、パレンツは蝶を焼き払った瞬間の隙をつかれ、必ずベスパから重い一撃をもらっていた。
 明らかに、パレンツの劣勢であった。

「はあああああ!!!」

 ベスパの連撃の速度は一向に落ちる気配をみせず、むしろ徐々にキレを増していた。
 蝶に覆われて身動きをとりづらいパレンツは、徐々にさばくことができなくなっていた。
 そう、パレンツは身動きをとりづらいのだ。

(おかしい…! 体の動きが鈍い! この蝶どもに私を束縛する力があるとでも…!? ありえん!! 馬鹿な!?)

 パレンツは知らないのだ。
 パピリオの眷属が持つ妖毒を。

(そうか! この鱗粉……! 毒かッ!!)

 気づいたときにはもう遅い。毒とは、えてしてそういうものだ。
 パレンツはもうベスパの動きについていくことはできなかった。
 蝶の波を掻き分けて、ベスパの攻撃はおもしろいようにパレンツへと撃ち込まれている。

「いいぞぉ!! ベスパちゃんそのままいっちゃえーーー!! ごぉーごぉーーー!!!!」

「このままくたばっちまいな、神サマ!!!!」

 宙をふわふわ、右手をふりふり、腰をふりふりのパピリオの声援に後押しされてか、ベスパの拳に今までの攻撃など比べ物にならないほどのパワーが集中した。

「終いだッ!!!!!!!」





 ドウンッ!!





 轟音が、辺りを揺るがした。
 ベスパの一撃はまだ放たれてはいない。

「え…?」

 ベスパは何が起こったのかまるでわからなかった。
 奇妙な予感に、ベスパは後ろを振り返る。

「ベスパちゃん………?」

 パピリオは何が起こったのかわからないようで、ただ呆然とベスパをみつめている。
 パピリオの腹は大きくえぐれていた。上半身と下半身がつながっているのが不思議なほどに。

「パピ…」

 そのとき、パピリオの目の前の空間が歪んだように、ベスパには見えた。
 それは直径2メートルほどの、実につつましやかな打ち上げ花火。
 黄泉へと誘う、彼岸花<ヒガンバナ>。
 爆音と凶悪な殺傷力を伴って、空間は爆裂した。

「リオ…?」

 その呼びかけが向かう先は、もうない。
 呆然と佇むベスパを貫くことは、毒で弱ったパレンツにも容易なことだった。

「あ…?」

「死ね」

 腹部を貫いた剣を、パレンツは思い切り上へと引き上げた。
 雪之丞が着いたのは、ちょうどその時だった。

「ベスパ……」

「……雪之丞ッ!!」

 雪之丞はゆっくりと倒れるベスパを呆然とみつめながら呟いた。
 対するパレンツは雪之丞の出現に腹の底から戦慄した。
 パピリオから受けた毒の治療はすでに完了しているが、これまでに積み重なったダメージは深刻で、雪之丞とやりあうには分が悪すぎた。

「ちいッ!!」

 パレンツは咄嗟に空へと飛翔した。
 飛行する術を持たない雪之丞は霊波砲を放つくらいしか手がなくなるとふんでのことである。
 妙神山を遥か下に見下ろす位置まで上がってからパレンツは静止した。

(しばらく…しばらくこのまま回復を待つしかない。別空間へ離脱しては妙神山を包んだ結界が効力を失くしてしまう。その間にどこかへ姿を隠されては厄介だ。横島の目覚める時間をくれてやるのは口惜しいが…仕方ない)

 パレンツはすぐに回復にとりかかった。
 雪之丞はゆっくりと倒れたベスパに歩み寄った。
 その無残な姿に、雪之丞の顔ははっきりと歪んだ。

「チビも……」

 雪之丞はパピリオの姿を見つけられなかった。それがパピリオの死を雪之丞に悟らせた。

(間に…合わなかった……か………)

 雪之丞は静かに目を瞑り、少しの間、ほんの少しの間、黙祷した。

「……………………パレエェェェェェェェェェェェェンツッ!!!!!!!!!!!」

 雪之丞の体から紅い闘気が吹き上がる。
 その咆哮は遥か上空に浮かぶパレンツにまで届いた。

「はッ! 吼えても何も出来はしない!!!」

「雄雄雄雄雄雄雄雄ォォォォォォォォォ!!!!!」

 雪之丞を包む新しい鎧、その背中に変化が生じた。
 肩甲骨辺りに位置する部位から、滾る紅蓮の焔が噴き出した。
 激しく噴出していたそれは、やがて安定し一つの形を模る。
 雄々しくはためくそれは、紅蓮の翼。
 炎の翼。
 雪之丞はパレンツに向けて一直線に飛翔した。

「なんだとおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「散々好き勝手やりやがって!!!! 『俺ら』の怒りだ!!!! 食らっとけこのボケェッ!!!!!」

 雪之丞の一撃は咄嗟に創造された盾と鎧を易々と砕き、パレンツを吹き飛ばした。

「ケリをつけようぜッ! パレンツ!!」


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