横島たちが事務所に到着したとき、すでに周囲はかなりの数の野次馬と消防隊で溢れていた。
人ごみを蹴散らすようにして車を停め、美神たちは事務所を見上げる。
その有様は惨憺たるものだった。
屋根の八割は焼失しており、屋根裏から二階の一部の壁も見事に吹き飛んでいる。
火の手はまだ収まっていないようで、黒煙の中に赤い炎が揺らめいていた。
「せっ、拙者たちの部屋が〜!!」
「ちょっとぉ〜!! 私のお稲荷グッズぅ〜ッ!!」
悲痛な叫びをあげているのは、当然屋根裏部屋の住人であるシロとタマモ。
美神もおキヌも、茫然とした表情で見上げている。
だが、横島はそれに目もくれず、周囲の人垣を忙しなく見回していた。
人ごみの中に手招く刻真を見つけ、横島は無言で頷くと後を追いかける。
刻真の案内で一同が向かった先では、救急隊員と銀一が何やらもめあっていた。
「離せや!! 俺は何とも無い!! それより、夏子を…夏子が!!」
「銀ちゃん!!」
横島が叫ぶと、銀一は今はじめて気付いた様子ではっと振り向いた。
救急隊員の手を振り切って、横島らのところに駆け寄るなり横島にすがりつく。
その姿は煤や灰を被っていたが、とりあえず怪我らしい怪我がないことに横島は安堵する。
「横っち!! 夏子が…夏子が…ッ!!」
「落ち着け、銀ちゃん!! 何があったんだ!? 夏子はどうなったんだ!?」
事務所爆発の報を受けた横島たちは、すぐに霊災対策本部を飛び出した。
その際、現状については連絡を寄越した職員から聞いていたが、詳しいことは判然としておらず、
その被害状況と救助者が一名だけということに、横島はひどい不安を抱いていた。
そして、その不安はここに来てさらに大きなものになっていく。
「まさか…まだ、中にいるのか!?」
「違う!! 夏子は…夏子が…! 横っち、俺は…!!」
「落ち着きなさい、二人ともッ!!」
横島と銀一、どちらも恐慌状態に陥りかけたそのとき、美神の一喝が飛ぶ。
びくり、と身を竦ませて二人が動きを止めたところに、おキヌがことさら優しく問いかける。
「近畿君…何があったんですか? 夏子さんは?」
「おキヌちゃん…夏子は…、あ…。」
一瞬、ほんのわずか平静を取り戻しかけた銀一だったが、何を思い出したのか小さく震えだす。
美神がちらりとおキヌを見るが、おキヌは首を横に振る。
落ち着くまで、しばらく待つしかないだろう。
横島は苛立たしげに、赤々と燃える事務所を見上げる。
「…くそッ! 一体、何が…!」
「夏子さんがやったんだ。」
横島がはっとして振り返ると、刻真が悲しげに立っていた。
そして、先ほどの台詞を繰り返す。
「夏子さんが、この爆発を起こしたんだ。」
「手前ぇ、刻真! 言って良いことと悪いことが…!!」
憤る横島に、刻真は包んでいた両手を開く。
そこには苦しそうに喘ぐ鈴女が横たわっていた。
「庭先に倒れていたよ。」
「鈴女! ちょっと、大丈夫!?」
美神たちも覗き込むようにして声をかける。
鈴女は弱々しく、だがそれでもはっきりとわかる笑顔を浮かべる。
「美神さん…大丈夫よ。ちょっと、煙吸っちゃっただけだから…。」
「鈴女。さっき刻真が言ったのは…。」
「…うん、本当よ。いきなり夏子さんが凄い力を出して…。」
沈んだ表情になって頷く鈴女の言葉に、横島は胸をつかれたようによろめく。
刻真はその心中を慮ってか痛ましげな目をしていたが、すぐに表情を引き締める。
「人工幽霊壱号もそう言っている。そうだな? 人工幽霊壱号。」
『はい。確かに、この爆発は小川様によるものです。』
不意に、傍に停めてあった横島のバイクが口を利く。
人工幽霊壱号は、無機物にとり憑くことを得意としている。
恐らく、引火しないようここまで運ばれていたこのバイクに避難していたのだろう。
『屋根裏部屋で妙なご様子でしたので、とっさに宮尾様の周囲に結界を集中しましたが…。』
「ありがとう、人工幽霊壱号。事務所は…まあ、仕方ないわ。」
申し訳なさそうな人工幽霊壱号に、美神は労いの言葉をかける。
もし、その機転がなければ、銀一はほとんど無防備な状態でこの爆発に巻き込まれていたのだ。
「なんで…夏子が…!」
横島は、激しい眩暈を感じたように顔を掌で覆う。
昨日会ったときは、昔と変わらない朗らかな笑顔を見せてくれていたのに…。
「どうして…ッ!!」
「今はそんなことを言ってる場合じゃない!」
横島の言葉を強い口調で遮ったのは、刻真だった。
その少女のような面立ちには似つかわしくない、厳しい色を瞳に湛えている。
「今は夏子さんが何処に行ったかを知る方が先だ。人工幽霊壱号、何か聞いてないのか?」
『何か仰られていたようですが、爆発の衝撃でノイズがひどく…聞き取れませんでした。』
人工幽霊壱号の報告に、刻真は小さく舌打ちをする。
手詰まりかと思われたとき─。
「─…俺が聞いとる。」
ふらりと立ち上がった銀一が、幾分落ち着きを取り戻した声で言い放った。
気遣うおキヌに、「もう…平気、やから…。」と笑ってみせるが、まだその笑みに力はない。
だが、今は銀一が聞いた言葉が唯一の手がかりだ。
「それで、銀ちゃん。夏子は…?」
「…横っちに伝言や言うてた。」
銀一はひたと横島を見据える。
その視線には、どこか嫉妬の感情が滲んでいるようにも見えたが、誰もそれには気付かない。
静かに言葉を待つ皆に、銀一は一息に言った。
「《あの人の墓標で待ってる》。」
それを聞いた横島の変化は劇的だった。
その顔から一切の表情が消える。
無表情のまま顔が、全身が強張ったように動きを止める。
だが、それも一瞬。
ぎりっと奥歯を噛み砕きそうなほど食いしばり、踵を返すとバイクに跨る。
人工幽霊壱号が気を利かせたか、すぐにエンジンがかかった。
低い駆動音が鳴り響く中、俯いて暗い表情の横島がぽつりと零す。
「美神さん…俺、先に行きます。」
「…ええ。」
美神も似たような表情で返す。
隣にいたおキヌも、同じく沈んだ表情を浮かべている。
「ちょ、ちょっと待て! 俺も、俺も連れてってくれ!!」
慌てたように銀一がバイクの前に飛び出す。
「駄目だ。銀ちゃんはここにいろ。危険すぎ…。」
「そんなんわかっとるわ!!」
横島の言葉を遮って、銀一が叫ぶ。
その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「危ないのはわかっとる。せやけど、お前や夏子がそこにおんのに、俺だけここにおれ言うんか!?」
「銀ちゃん…。」
「頼む…! 夏子が…夏子が心配やねん…ッ!」
親友の悲痛な声は、悔しさに軋んでいた。
横島はしばらく無言でそんな親友を見詰めていたが、やがてひとつ頷く。
「わかった…乗れ! 銀ちゃん!!」
「お、おう!!」
銀一が後ろに跨ると、横島は思い切りスロットルを捻る。
野次馬を跳ね飛ばすような勢いで飛び出していくバイクを見送った後、美神らも踵を返す。
「さ、私たちも行くわよ。」
「え? ちょ、美神殿は先生がどこに行ったか知ってるのでござるか?」
シロとタマモが怪訝な顔でついてくる。
美神はそれに答えずバンの運転席に乗り込む。
刻真はすでに、鈴女をその手に抱えて後部座席に座っている。
火が怖いからと中にいたノースが、どうしたのかと首を傾げている。
「大丈夫だから、ね? さあ、早く乗って。」
おキヌの少し寂しげな笑顔に、訝しがりながらも乗り込むシロとタマモ。
「ねえ…せめて、何処に行くかぐらいは教えてよ。」
ドアを閉めながら、タマモが美神に声をかける。
答えるまでに少し間があった。
タマモたちに話すことよりも、それを口にすること自体をためらうような間が。
一呼吸置いて、美神は答えた。
「東京タワーよ。」
ということで、あとがきも基本に戻って私こと作者がやらせていただきます。
今回の話で思うところは…『ノースの出番がねぇ!』これですね。
実は今回の話を書いてて気付いたのですよ。
「あれ? そういや、前回と今回…ノースの台詞がないよ?」
…前回はともかく、今回は出さなきゃと思ったのですが、出てきたのは見事に最後の方。(しかも台詞なしで一瞬)
もっと短くまとめるつもりだったのですよ、今回は。
横島と銀一が東京タワーに到着するところまで書く気だったのです。
そこで、ノースの台詞がいくつか入る予定だったのですが…。
…まあ、予定は未定ということで…駄目ですか? (詠夢)
東京タワーで何が起こるのか楽しみです。
何もできないとわかっているのにじっとはしていられない銀ちゃんの活躍に期待ですね。
しかし一番気になったのは・・・・お稲荷グッズって・・・何? (夜叉姫)
すみません!! そして、コメント有難うございます!!
夜叉姫 様:
東京タワーは何といっても、横島の一番の思い出の場所ですからね。(思い出には早すぎるか?)
銀ちゃんは出張りますよ〜。
力がなくても、それでも! というのは、原作の横島とも通じるものがありますしね。
そのへんも意識しています。一応(汗
お稲荷グッズというのは、タマモが集めた狐のぬいぐるみやら、稲荷神社などにおいてある狐の置物。果ては、某カップうどんの景品等を言います。
収集癖は、イヌ科の生き物の有名な習性ですし(笑
ぽっくり 様:
文体が…でしょうか?
それとも内容、展開…が?
とにかく! コメント有難うございます!!
これからも、お願いしますね! (詠夢)