椎名作品二次創作小説投稿広場


短編連作シリーズ 『ある人々の一日』

ある人々の一日・番外編


投稿者名:みはいろびっち
投稿日時:05/ 4/ 3

夕暮れの駅前、本来ならば人ごみでごった返しているであろうその空間には一人の女性しか存在しなかった。

傷つき憔悴しきった表情を浮かべつつも周囲の気配を必死に探ろうとしているその女性に対し、無駄な努力をあざ笑うかのような声が響く。

「認めてあげよう。君は人間にしてはなかなかやるようだね」

突如として背後から聞こえた声に驚いて振りかえった彼女の視線の先で、黒ずくめの悪魔は薄ら笑いを浮かべつつ彼女に話しかける。

「その力といい美貌といい、このまま殺すには惜しいね。君が望むなら私の下僕として飼ってあげてもいいんだよ」

自らの死が間近に迫った状態でのその提案に対して、彼女はその瞳の輝きをわずかたりとも曇らせることなく毅然として答える。

「ゴーストスイーパーはね、悪魔に魂を売ることはないのよ。私を信じ、助けを求める人々がいる限り、私は決して負けない!」

その言葉に対し、悪魔は一瞬薄ら笑いが崩れ憤怒の表情をのぞかせた後、もはや興味をなくしたかのような表情を浮かべてはき捨てる。

「くだらないね。まぁいい。君も所詮は下等な人間に過ぎなかったということだ。・・・殺してあげるよ」

突如として放たれる凄まじいまでの殺気に対し、彼女はひるまずに神通棍を構える。

「それはこっちのセリフよ。極楽に逝かせてあげるわっ!」

神通棍にまばゆいばかりの光をまとわせ向かってくる彼女に対し、悪魔はあせらず冷静にその軌道を読み、カウンターの体制をとる。

「愚かな。………なにっ」

直前でありえない方向に軌道を変える光の帯に一瞬悪魔の動作が遅れ、光は悪魔へと叩き込まれる。

「ぐぎGYAAAAA!!!」

断末魔の叫びを上げる悪魔に対し、彼女は光の鞭をその体に纏わせ、妖艶な笑みを浮かべ言い放つ。

「女はね、最後まで切り札を見せたりしないのよ」



口元には笑みを浮かべつつも、消え行くものを見つめるその瞳には深い憂いがこめられているかのようだった。








「あ、ありがとうございます!!」

自らの町を襲う脅威から皆を守れないという心労からかやつれきった顔をしながらも彼女の手を押し頂くかのように握り締め、ただただ感謝の言葉を繰り返す老市長に、彼女は戸惑いの表情を浮かべるのだった。

「私はGSとして当然のことをしたまでですわ。お気になさらないでください」

「あなたのおかげでこの町は救われました。こればかりの御礼しかできないのが心苦しいのですが……」

自らの私財から出したものであろう封筒を差し出してくる老人の手を彼女はそっととどめ、聖母のような微笑を浮かべて語りかける。

「そのお金は被害を受けた皆のために費やしてください。私は街の人々の笑顔を見られただけで十分ですわ」

そういって何も受け取らずに去って行く彼女の後姿を、老人は拝むようにして見送るのであった。







美神令子17歳の春のことであった。







〜完〜








「ちょ〜〜〜っとまて〜〜〜〜い!!!」

突然素っ頓狂な声を上げる横島に対し、令子は平然とした顔で問い返す。

「なによ、いきなり?」

「な、なんなんスか?。このDVD」

怪訝な顔を浮かべテレビを指差して尋ねる横島に対し、令子は当然のような顔をして答える。

「あぁ、これ。言ってなかったかしら」

「何も聞いてないっスよ」

じれったそうに答える横島に対しすっとぼけたような顔で説明を始める。

「この間テレビ局のほうから依頼があってね。何でも私を主人公にしたDVDを作りたいって言うのよ」

「み、美神さんを主人公にですか???。……おもいきったことするなぁ……」

後半のセリフは聞こえなかったのか彼女はそのまま説明を続ける。

「テレビ局も殊勝なこと言うじゃない?。せっかくだからこの私が一肌脱いであげたってわけよ」

「は、はぁ。そ、それでこれが?」

引きつった顔でテレビのほうを見る横島に令子は胸を張って答える。

「そ!。三年前の事件を元にこの私自らが監督、主演をした完全ドキュメンタリーの二時間ドラマよ!」

「………。つ、突っ込みどころが多すぎる……。三年前で十七歳って……いくらなんでも五歳もサバ読むのはどうかと……。つーか、さすがにその年でセーラー服は詐欺じゃないかと……。いや、そもそも性格が……」

なにやらぶつぶつとつぶやきだした横島に対し、令子は悪魔も裸足で逃げ出すかのような笑みを浮かべてささやきかける。

「横島く〜ん。何か言いたいことがあるのかしら?」

「い、いえ!。なんでもないっス!!」

えも言われぬ殺気を感じ横島は直立不動になって答えるのであった。







何か怖いものでも見たかのように頭を抱えて震えている横島の隣で、真剣な顔でスタッフロールの最後まで見届けていたひのめが令子の方を振り向き、尊敬のまなざしを浮かべつつ話しかける。

「とってもかっこよかったです。お姉ちゃん」

「でっしょ〜」

妹の純粋な賞賛の言葉に気を良くしたのか、令子はひのめに諭すように語り掛ける。

「ひのめも大きくなったらお姉ちゃんみたいな素敵な女性になるのよ」

「はい!!」

元気に答える妹に優しく頷いている姉というほほえましい姉妹の姿を目にし、横島は慌てて我に返りひのめの将来を案じるのだった。







ひのめの健やかなる未来を脅かす脅威に対しなんら打開策を見出せない横島はもう一方の女性に救いを求める。

「……って、なにしてんの?。おキヌちゃん」

なにやら感極まったような表情でDVDを巻き戻して見ていたおキヌはテレビを指差しながら興奮した様子で横島に話しかける。

「ほらほら、横島さん。ここ、このシーンに私出てるんですよ!」

「………はぁ?」

「ほら、ここですって、ここ。ここでぷかぷか浮いてるの私なんですよ!!。あ、いなかの早苗おねえちゃんたちにも電話しなくちゃ」

横島は最後の頼みの綱があっさりと切れてしまったことを悟るのであった。








ひのめの将来についての懸念は一時棚上げしたのか、横島は根本的な疑問を口に出す。

「で、これほんとに売れるんですか?」

いぶかしげに尋ねる横島に対し、美神はさも意外なことを聞かれたかのような表情で答える。

「当たり前じゃない。この私が全面協力してんのよ。売れないわけがないわ」

「………」

ぜんぜん信用していないというのを体現するかのようにジト目で見つめて来る視線にひるんだのか、美神は話をそらす。

「そういえばこれ、今日テレビで放送されるわよ」

「へ?」

「せっかくだから全国ネットでゴールデンタイムに放送するように枠を取らせといたのよ」

今頃彼女のところに話を持ってきたことを後悔しているであろう局の人々への同情を禁じえない横島であった。






「そろそろね」

期待と不安、それぞれのさまざまな感情が入り混じったまなざしを向けられたテレビが映し出したものは男たちの熱き戦いの舞台であった。

「へ?」

状況を理解できない美神たちの中で、いち早く今日の番組表を思い出した横島がつぶやく。

「あぁ、そういや今日からプロ野球開幕だっけ」

横島の言葉を受け、再びテレビへと視線を向けた皆の前には一筋のテロップが流れるのであった。







『金曜ドキュメンタリードラマの時間ですが試合が延長しているため、本日の放送は中止し、このままナイター中継を続けます。なお、本日放送予定の番組の再放送は予定されていません。あしからずご了承ください。』






「………」






プチッ





−おしまい−


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