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Wonderful world

最終話〜素晴らしき世界〜


投稿者名:ちくわぶ
投稿日時:05/ 4/ 1



 なんだろう……

 何か聞こえる……

 これは……
 霊力がぶつかり合う音……
 炎が燃えている音……
 
 いくつもの息づかい……


 匂いも感じる……

 大気が焦げるような……

 それに…

 ふわっと広がるような香水の匂い……




 美神さん……?






「う…ん……。」

 暗闇から目覚めるとそこはまた闇の中であった。
 視界の隅で、オレンジ色の明かりがゆらめいていた。
 ぼんやりしたまま顔を上げると、燃えさかる炎の中を駆けめぐる美神の姿があった。
 横島やシロ、タマモも一丸となって何かと戦っている。
 激しく激突する音が地響きと共に闇を震わせていた。


「え…っと、あれ……?」
 慌てて立ち上がろうとしたとき、左手がガチン!!という音と共に引き止められる。
 よく見ると左手には手錠がかけられ、ハーレーのフロントフォークに繋がれていた。
「そうだ……私!!」
 目を凝らして動き回る人影を追ったとき、炎を巻き上げながら吼える変わり果てた瀧谷の姿を見つけた。
「た…瀧谷さん!?一体どうなって……美神さぁん!!」


 工場跡の暗闇の中でおキヌは叫んだ。
 だが、その声は炎と激突の音にかき消されていた。









「決めゼリフを言ったまではよかったけど……コイツ強いわ……!!」
「4人がかりで精一杯なんて、中級魔族かそれ以上ですよ……!!」
 額に汗をにじませ呟く美神と横島。
 シロとタマモもハァハァと息を切らしている。
「バラバラに戦ってたんじゃ勝ち目はないわ……タマモは幻術でヤツを足止めして。その隙に私達3人で仕掛けるわよ!!」


 美神の指示によって全員が瀧谷を取り囲む。


「行くわよ!!」
 タマモが念じると瀧谷の足下から氷が広がり、両足を凍り付かせていく。
「!?」
 氷はみるみる広がり、下半身を完全に固めてしまう。
 瀧谷は身動きが取れずにもがき始める。
「みんな今よ!!」
 横島とシロは霊波刀を、美神は神通棍を振りかざして飛びかかる。


「ウオオォォォォ!!!!」


 瀧谷が激しく吼えると体の回りに炎が巻き起こり、3人を呑み込んでしまう。
 炎に包まれた3人は真っ黒に燃え尽き崩れ落ちていく。



 しかし……!!



「残念でした、それも幻でござる!!」



 燃え尽きた灰の幻影を飛び越え、シロが強烈な一撃をお見舞いする。



「グアアアアッ!!」
 直撃を受けた瀧谷はよろめき後ずさる。そして……



「往生せえやーッ!!」



 ガラ空きの背後へ横島が斬りかかり、



「くらえっ!!」



 瀧谷が大きくバランスを崩したところに頭上からの美神の一撃!!



 ズガァァァン!!!!



 完璧な連係攻撃を受けて瀧谷は地面に叩き付けられた。





「これだけやりゃーさすがに死んだな……。」
 横島はふぅ、とひと仕事終えた後のため息をついた。

「……。」

 美神はじっと瀧谷を見つめている。
「美神どの……!!」
「わかってるわ……。」
 シロの言葉に頷く美神。
 倒れた瀧谷からはまだ霊気が消えていない。


 やがてむくり、と瀧谷は起きあがる。
「げっ!?不死身かアイツは!?」
 まるでゾンビのように起きあがる瀧谷に横島はすっかり引いていた。

 だが、瀧谷の足はガクガクと震え、明らかに動きが鈍っている。

「攻撃は効いてるわ!!もう一度ダメージを与えれば倒せるはずよ!!」
 美神が檄を飛ばし、再び攻撃のタイミングを取ろうとしたその時……




 ズドォォォン!!!!



 瀧谷の絶叫と共に巨大な火柱が次々と上がり始める。
 それは見境なく吹き上がり続け、あたり一面を火の海に変えていく。
「終わりだーッ!!この世の終わりだーッ!!」
 壮絶な光景に横島は頭を抱えてわめき出す。
 瀧谷は闇雲に手を振り回し、脅えるように炎を巻き起こしていた。
「瀧谷はもう限界みたいね……最後は私がトドメを刺してあげるわ!!」


 美神は燃えさかる炎の中を駆け、吼え続ける瀧谷に迫る。
「極楽へ……!!」
 神通棍を振り上げ、最後の一撃を放つ!!




「待ってください美神さん!!」



 その時2人の間におキヌが「飛んで」きた。
 両手を広げ、ぎゅっと目をつぶったまま美神の前に立ちはだかっていた。


「何やってるのおキヌちゃん!!危ないからどきなさい!!」
「いやです!!」
「バカ!!幽体離脱した状態でこの炎に巻き込まれたら跡形もなく消滅しちゃうのよ!?」
「瀧谷さんがこんな事をしたのは何か理由があるはずなんです!!だから……!!」

 美神が立ち止まったその隙を瀧谷は見逃さなかった。
 おキヌを押しのけ瞬時に美神の喉笛を掴み上げる。
「しまった……!?」
 片手で軽々と持ち上げられ、ギリギリとその手が締まっていく。
「ぐはッ!!」
 いくらもがこうとも、瀧谷の腕はビクともしない。

「やめてください瀧谷さん!!どうしてこんな事を……!!」
 おキヌは瀧谷の腕にしがみつき、必死に振りほどこうとする。
 だが、左手であっさり引き剥がされ放り投げられてしまう。
 瀧谷はその悪鬼のような顔をおキヌに向けてうなり始めた。

 その顔を見ておキヌは思わず息を呑む。
「何が…何があったんですか…瀧谷さん……。」

 瀧谷はしばらく無言でおキヌを見ていたが、やがて美神に視線を戻す。
 すると美神の足下からチリチリと火の粉が現れ、小さな炎となる。
(このまま焼き殺そうっての……!?)
 その瞬間、炎が動いた。


「美神さん!!!!」
 その場にいた全員が、その名を叫んでいた……














「……あれ?」
 最初に声を出したのは横島だった。
 いつまでたっても炎は美神を燃やさない。
 というより、炎が消えてしまっている。
 よく見ると周りの炎もだんだんと収束し小さくなっていた。


「どういうことでござるか?」
 シロはさっぱり状況が飲み込めないでいた。



「お、奥の手は最後まで取っておくものよ……私のよく知ってるコがアンタと同じ念力発火能力者でさ……こういう風に能力を押さえてんのよね……!!」

 瀧谷の胸元には「火気厳禁」と描かれた念力発火封じのお札が貼られていた。

「!?」




 ズンッ!!



 次の瞬間、神通棍が瀧谷の体を貫いた……



「……!!」



 瀧谷はうめき声ひとつ上げず、その場にヒザをつく。
 そして貫かれた腹部を見つめたまま動かなくなった。



 神通棍を引き抜き、美神はその場に座り込む。
「美神さん!!」
 横島が美神に駆け寄り体を支えた。
「ハアッ…ハアッ…あー、死ぬかと思った……!!」
「やっつけたんですか……?」
 横島は動かなくなった瀧谷を見ながら尋ねる。
「手応えはあったわ……。」


 そのとき向こうからおキヌの体を担いだシロが走ってきた。
「先生、おキヌちゃんの体は無事でござるよ!!」
「やれやれ、これで一件落着ってわけか……。」
 横島は大きく安堵のため息をついた。

 おキヌは自分の体に戻ると、がばっと起き上がって瀧谷の元へ駆け寄った。

「しっかりしてください瀧谷さん!!」
 おキヌは涙を浮かべて瀧谷を揺すった。
 やがて瀧谷はゆっくりとその顔を上げた。

 それはさっきまでの恐ろしい顔ではなく、いつもの彼に戻っていた。
 瀧谷は美神を見つけると、力のない声で呟いた。


「なぜ急所を外したんだ……。」
「え……?」
 横島もおキヌもキョトンとしていた。
 美神は立ち上がるとホコリをパンパンと払い、瀧谷を見下ろす。
「なめてもらっちゃ困るわね。私はアンタにいいように利用されて終わる気なんてないのよ。」
「そうか…バレてたのか…かなわねぇな……。」
 瀧谷は自嘲気味に笑ってみせる。
「どういう事なんですか美神さん?」
 おキヌが尋ねる。
「こいつはね、私に自分を始末させる気だったのよ。」
「な……!?」
 おキヌは絶句する。
「いつから気付いてたんだ……?」
「確信を持ったのはシロやタマモを傷つけないように戦っているのを見た時よ。それに私を殺したいならこんな何もない広い場所じゃなく、狭い建物に誘い込んで丸ごと焼いてしまえば済む話でしょ?」
「……。」
「そ、そうだったんでござるか……?」
「無関係のお嬢ちゃん達を怪我させるわけにはいかねーだろ……。」
「お前……。」
 シロもタマモも複雑な心境で瀧谷を見つめていた。



「教えてください……どうしてこんな事をしたんですか?」
 おキヌの問いに思わず瀧谷は目を逸らす。
「困ったことがあったら何でも相談してくださいって言ったじゃないですか……私達……トモダチなんですよ……?」
 おキヌの声は涙に震えていた。
「……。」
「おキヌちゃんは消滅する危険をかえりみずにアンタをかばったのよ!!ちゃんと説明してあげるのが男ってもんでしょーが!!」
 黙ったままの瀧谷に業を煮やした美神が、胸ぐらを掴んで凄む。
 瀧谷はその手を振りほどくとおキヌを見た。
 その哀しそうな表情に胸が痛む思いがした。

「わかった……全部……話すよ……。」



 瀧谷は静かに自分の過去を話し始めた……



 俺には元々火を使う能力なんてなかったんだ……
 使えるようになったのは今からちょうど10年前のことだ……







 そのころ俺はお袋と2人で暮らしていた。
 親父はいなかったけど、それ以外はなんの変哲もない普通の親子だった。


 ある日……いつもと違う帰り道を通っていたら、突然妖怪に襲われたんだ。
 必死に逃げたが、ガキの足で逃げ切れるもんじゃない。
 俺は妖怪の一撃を食らって気を失っちまったんだ……


 ただ…薄れゆく意識の中で誰かが妖怪と戦っているのが見えた。
 そいつは今の俺と同じように体から炎を巻き上げていたんだ……



 気がついて辺りを見回すと、妖怪の死体とその男が倒れてた。
 男は病院に運び込まれたけど、すぐに死んじまった。




 だが、その後からだ……俺の体に異変が起こったのは。


 それから何日か経ったある日のことだ。
 俺は小学校で飼っていたウサギの世話を忘れて、夜の学校にやってきた。
 ウサギ小屋には俺より先に誰かがいて、中でゴソゴソと何かをやっていた。
 そいつは……サバイバルナイフでウサギを殺していたんだ……

 姿を見られたそいつは、俺にナイフを向けて迫ってきた。
 殺される……そう思ったときだった。
 俺の中からあの「怪物」が出てきたんだ……!!

 「怪物」は俺の体を乗っ取って、炎を出して男を焼き殺してしまった。
 俺はその様子を見ることはできても、声も出せねーし指一本動かせなかった。
 
 あのとき炎を出して妖怪と戦っていた男が、俺に何かをしたに違いない……
 けど、そいつはもう死んじまったから本当のことはわからねえままなんだ……



 それ以来「怪物」は悪人のニオイを嗅ぎつけるたびに現れ、殺し始めた……
 俺は罪の意識から、何度も死のうとした。
 だが、「怪物」はそれを許さなかった……
 崖から落ちようが車に轢かれようが、「怪物」が出てきて俺を守った……
 俺はどうすることもできないまま、絶望の中で生きてきたんだ……




「小学校を出てすぐにお袋が病気で死んで、俺は施設に入れられた。けどよ、こんな俺が大勢の人間と一緒に暮らせるわけがねぇだろ……だから俺はほとんど施設にも学校にも行かず、15になってすぐに放浪生活を始めたんだ。」


 瀧谷の話を皆が聞き入っていた。


「それでも怪物が消えたわけじゃない……それで私のところに来たのね?」
「一ヶ月ほど前、俺は超一流GSの噂を聞いたんだ。今までどんな魔物にも負けたことがないってな。もしかしたらと思った俺は美神さんのナワバリを調べて、悪霊を次々と成仏させていったんだ。そうでもしないと文無しの俺には会ってもらえそうもなかったからな……。」

「連続焼殺事件はそうしている間に怪物が起こしたものだったのね……。」
 タマモは全ての糸が繋がった、と一人頷いていた。

「また命知らずな……って、死ぬつもりだったからそれでいいのか……?」
 難しい顔をして悩む横島を美神は軽く小突く。
「…で、まんまと私の事務所に潜り込んだアンタは手伝うフリをして、私の実力を計っていたわけね。」
「ああ…噂通りの強さだったよ……確信を持った俺は、俺が殺したヤツのことで訪ねてきたおキヌちゃんをさらって美神さんを呼んだんだ……。」
「確かに……私を本気にさせるには一番の方法かもね……。」


「多少手違いはあったが……もうすぐだ…もうすぐ全てが終わる……。」
 瀧谷は貫かれた腹部を押さえながらポツリと呟いた。

「そんな……あきらめないでください!!きっと何か方法が……!!」
 おキヌの言葉に瀧谷はゆっくりと首を振る。
「俺は放浪してた5年間、色々な霊能者にも会ってきた。でも、誰も俺を殺せなかった……ようやく…ようやく巡り会えたんだ……。」


「だからって……自分から死んでしまおうなんて……!!」
 生きることの喜びを誰よりも知っているおキヌだからこそ、その考えが理解できなかった。
 肉体を失った悪霊でさえ、生きることに執着するというのに。
 ただ一人、孤独に死を選ぼうとする瀧谷の姿がひどく哀しかった……


「おキヌちゃん覚えてる?人にはそれぞれ事情があって、誰もが強い心を持っているわけじゃないって。そう選択せざるを得ないこともあるんだって私が言ったことを。」
 美神は抑揚を抑えた声で、そう答えた。



「でも……瀧谷さんは何も悪くないじゃないですか……ッ!!」



 おキヌの瞳からは涙があふれて止まらなかった。
 納得できないと何度も何度も首を振った。



「ありがとうおキヌちゃん……だが、俺と俺が殺してきた奴らと何が違う!?俺は生き続ける限り人を殺す……もう…これ以上は……。」


 瀧谷はうなだれた顔を上げ美神を見る。


「頼む…俺を少しでも哀れだと思うなら、今ここでトドメを刺してくれ……。」


「!?」
 おキヌの顔から血の気が引いていく。
 振り返ると美神は神通棍を伸ばし、無言のまま瀧谷の前に踏み出した。



「ダメです美神さん!!絶対にダメです!!こんなの、こんなの嫌ですッ!!」
 おキヌは瀧谷に覆い被さり必死に首を振る。
 ボロボロと涙をこぼし、激しい嗚咽を何度も何度も繰り返していた。



「いいんだおキヌちゃん……もういいんだ……俺はずっと……心のどこかでその言葉を待ってたんだ……お前は悪くないんだ、って……。」
 瀧谷はしがみつくおキヌを優しく引き離す。
「もう満足だ……だから、もうこれ以上俺なんかのために泣かないでくれ……これが俺の…トモダチとしての最初で最後の頼みだ……。」

 おキヌは何も答えることができず、ただ首を横に振り続けた。
 瀧谷は優しく、そして満足そうに笑って見せた……





「そこをどきなさいおキヌちゃん……。」
 神通棍を上段に振りかざし、静かに言った。






 だが、おキヌはそこを決して動こうとはしなかった。



 おキヌは流れ落ちる涙を拭うこともせず、ネクロマンサーの笛を吹き始めた。
 なぜそうしたのか、自分でもわからなかった。
 ただ、自然に体が動いた……
 哀しみに満ちた音色が、闇の中に響き渡った……





 この子の 可愛さ 限りない

 山では木の数 萱の数

 尾花かるかや 萩ききょう 七草千種の数よりも

 大事なこの子が ねんねする

 星の数より まだ可愛

 ねんねや ねんねや おねんねやあ

 ねんねんころりや……






 笛の旋律と共に、切ない感情があふれる子守唄が全員の精神に響いた。
 300年間幽霊として暗闇をさまよい続けた彼女の、心を支え続けた唄だった。






 いつしかシロもタマモも泣いていた。
 横島は後ろを向いて夜空を見上げていた。



 美神はただ一人感情を表さず、神通棍を握る手に力を込めた……











 その時だった。




 瀧谷の前に伸びた影が、再び形を持って起きあがり始めた。
 それはさっきのような威圧感を持ってはおらず、穏やかな霊気を発しているだけだった。


 徐々に形を持つそれは、30代くらいの落ち着いた男の姿になっていった。



「これは……守護霊?いえ、違うわね……アンタは誰?」
 美神の問いに影はゆっくりと振り向いた。
「私は……あなた方が今まで戦っていた瀧谷護の影……。」
「ってことは、あれはやっぱりシャドウだったのね。でも、瀧谷本人とは別の波動を感じるわ……これは一体……。」
「お…お前は……あの時の男……!?」
 瀧谷は見覚えのある影の姿に驚きを隠せなかった。

「どうなってるんですか美神さん?」
 さっぱり訳がわからず横島は美神に尋ねる。
「きっとネクロマンサーの笛の精神コントロール波に惹かれて出てきたんだと思うけど……私にも詳しいことは……。」

「お前が……お前が俺に取り憑いていたのか!!」
 瀧谷の問いに影は静かに語り出した。
「我が力は迦樓羅炎(かるらえん)と呼ばれる降魔調伏の炎……我が瀧谷の一族は不動明王を守護神とし、この世の邪悪を焼き払うことが宿命なのだ……。」
「た、瀧谷の一族って……まさか……!!」
 影はコクリと頷く。
「私は…お前の父だ。」
「な……!?」
 瀧谷は驚愕の事実に言葉を失っていた。

 その横で美神は納得した表情で頷いていた。
「不動明王の加護を受けた力……どうりで強いはずだわ……。」
「あのー、不動明王、ってなんでしたっけ?」
 横島は頭を掻きながら尋ねる。

「詳しい説明は省くけど、仏教の中でも最高ランクの仏で、仏そのものの化身とも言われているわ。その表情は憤怒の形相で、燃えさかる炎を背に一切の煩悩を焼き払うそうよ。」
「ぼ、煩悩を……。」
 思わず横島は後ずさる。
 多少は自分の行いに覚えがあるようだ。


「その通りです。だが、護は生まれつきその能力が弱く、普通の人間と何ら変わることはなかった。だから…私は護に普通の暮らしをさせるべく家を出たのです。しかし運の悪いことに私が追っていた妖怪が護を襲ってしまった…すぐさま妖怪を退治したものの、護は霊体に深刻なダメージを受け、放っておけば命が危なかった。そこで私は自分の命を護に与えたのです。」

「なるほどね…その時の影響で彼の中に眠っていた能力が目覚めちゃったのね。」
「ええ…覚醒した護の力は歴代でも類を見ないほど強力なものでした。」
「そんなことより答えろ!!どうして俺に人殺しをさせた!!」
 自分の影を見上げ瀧谷は叫んだ。

「あれは私がやらせたわけではない。お前の強力な能力が一人歩きをしたものだ。」
「ど、どういう事だ……。」


「私はお前に命を与えて死んだが、それは本望だった。だが、その結果思わぬ副作用が起こってしまった。当時のお前の精神が幼く未熟だったがゆえに、私の魂に残った残留思念をうまく処理できなかったのだ。拒絶反応を起こした魂は影として独立し、私の宿命である邪悪を焼き払うという意志と、お前の命を救うという意志だけを持って一人歩きを始めてしまったのだ……。」


「悪党ばかりを狙ってたのはそういうことだったの……。」
「アンタ、わかってたんなら止めてやりゃいいじゃねーか。」
 横島がとんだ迷惑だ、と突っ込む。

「私は本人の残りカス……ただの記憶にすぎない。止める力はなかった。ここに出てこられたのもそのお嬢さんの笛の力があったからだ。」

 そう言って影はおキヌに頭を下げる。

「ありがとうお嬢さん……君の人を思いやる気持ちが、護を救う鍵となったのだ…。」
「救うって、どういうことですか?瀧谷さんを助けてあげられるんですか!?」

 影はコクリと頷く。

「その笛で私を送って欲しい。残留思念である私が消えれば、護の力は二度と一人歩きすることはないだろう……。」
「ほ、本当なのか……!?」

「私が最後にしてやれる、お前への罪滅ぼしだ。すまなかったな…護……。」
「……お……やじ……。」


 影はやさしく微笑むと、おキヌの方を向いた。


「さあ……頼む……。」
「……はい……!!」

 おキヌは目を閉じ、再びネクロマンサーの笛を吹き始めた。
 それはとても優しい、暖かい音色だった。
 やがて瀧谷の父の残留思念は炎のように赤く輝き、一条の光となって天に昇っていった……








「やれやれ……おかげでアンタをシバき損ねたわね……。」
 美神はため息をつくと、神通棍をしまって背を向けた。
「え…トドメを刺すつもりじゃなかったのか……?」
 意外な表情で瀧谷が言う。
「お金にもならないのに、なんで私が前科作んなきゃいけないのよ。大体、たった5年や10年で男が諦めたり泣き言を言うんじゃないの。おキヌちゃんなんて300年も暗闇の中で過ごしてきたのよ?」
 瀧谷は痛いところを突かれてうつむいた。
「それにアンタにはまだ2千万の借金が残ってるでしょ。それを清算しないうちに私が簡単に死なせると思ってんの?」
 肩越しに美神はニコッと笑って見せた。
 傍らにいたおキヌがぷるぷると震わせ、ガバッと美神にしがみついた。
「美神さぁん!!」
 おキヌは美神の胸でわんわんと泣きじゃくった。
 美神はその背中を優しく抱き、さすってやった。


「ははは…なんてこった……まさかこんな結末があるなんてよ……。」
 瀧谷は片手で顔を押さえ、力なく笑い続けた。
 その指の隙間から、光る滴が一粒こぼれ落ちていた……


「おい、瀧谷。」
 ふと顔を上げると、横島が立っていた。
 横島は文珠をひとつ投げてよこすと、くるりと背を向けた。
「…お前には借りがあったからな。これでチャラだ。」
 照れくさそうにそれだけ言うと、ポリポリと頭を掻きながら離れていった。
 手のひらの文珠に目をやると、「癒」の文字が浮かび上がっていた……







 その後瀧谷は待機していた西条に自首し、連続焼殺事件の容疑者として逮捕された。
 それから数日の間、ワイドショーでは「現代の必殺仕事人か!?」などと焼殺事件の被害者が悪人ばかりだったことを受けたニュースが報道されていた。

「…で、そのお前がなんでここにいるんだ?」
 横島がじとっとした目で呟く。
 美神除霊事務所にはタマモ以外のいつものメンバーと……そして瀧谷がいた。
「いや…それが俺にもよくわからねーんだ。急に釈放されてな……。」
 横島はチラリと美神を見る。
 美神はソファーに腰掛け、特に動じることもなく紅茶を口に運んでいた。
「まさか…金の力で解決したんですか…?」
 横島がそう言ったとき、事務所のドアが開いた。
「いや、彼は僕が釈放したんだよ。」
 そこには西条と、「極上油揚げ」と書かれた包みを嬉しそうに抱えたタマモがいた。
「西条…警察がえこひいきしてもいいのかぁ?」
「どういうことなんですか西条さん?」
 横島とおキヌは西条に尋ねた。
「連続焼殺事件は瀧谷護に取り憑いた魔物の仕業で、そいつはGS美神令子が処理した……そういうことだよ。」
 西条は美神に目配せした。
「美神さん……!!」
 感激の表情でおキヌは美神に抱きついた。


「事情を聞けば彼もずいぶん苦しんできたようだし、情状酌量の余地もある。それに…一連の事件の被害者は、公務に勤める身でなければ僕が引導を渡してやりたいような連中ばかりだったからな……。」
 西条は少しばかり複雑な表情を浮かべてそう答えた。

「見ず知らずの俺のために……本当に、ありがとうございました。」
 瀧谷は西条と、そ知らぬ顔をしている美神に深々と頭を下げたのだった。








 全てが終わり、瀧谷は美神除霊事務所を離れることになった。
 事務所の前の道路には事務所のメンバー全員と、西条が見送りに出てきていた。
「美神さん、それにみんな…ずいぶんと迷惑をかけてすまなかった。今俺がこうしていられるのはみんなのおかげだ……この先、美神除霊事務所に何かがあったときは世界中のどこにいても必ず駆けつけるよ。」
 瀧谷は美神との握手を終えると、おキヌの方を向いた。
「おキヌちゃん…君に会えて本当によかった。おかげで俺は身も心も救われた……本当に……ありがとう。」
「当然じゃないですか……私達、トモダチなんですもの。」

 おキヌはにっこりと笑って見せた。
 その笑顔はとても暖かく、輝いて見えた。
 これこそがおキヌの強さなのだと瀧谷は深く感じていた。

「ああ…トモダチだ……!!」



 瀧谷はハーレーにまたがり、エンジンを始動させた。
「瀧谷さんはこれからどうするんですか?」
 名残惜しそうにおキヌは尋ねた。
「長いこと体に染みついた生き方ってのはなかなか変えられねえ。俺はまた旅を続けようと思うんだ。」
「そうですか……。」
「安心してくれおキヌちゃん。今度の旅は死に場所を探す旅じゃない……俺の生き方を見つけるための旅だ。いつか俺の生き方が見つかったらその時は……。」
 瀧谷はスッ、と右手を差し出す。
「みんなで一緒に酒でも飲もうぜ……!!」
「……はい!!」
 おキヌは差し出されたその手を固く握りしめた。




 ハーレーはその爆音を轟かせながら走り去っていった。
 おキヌはその姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。
 やがて手を止めたおキヌは、胸一杯に空気を吸い込んで空を仰いだ。


 雲ひとつない、澄み切った青空がどこまでも広がっていた……




(また会えますよね……私達、生きているんですもの……)














 それから数時間後。
 場所は事務所の中。



「そういえば……何か大事なことを見落としているような?」
「美神さん今回そればっかっスね。」
「う〜ん……。」


「あーッ!!!!」
 しばらく腕組みをしていた美神は突然叫び出す。
「そうだ!!私まだ残りの借金2千万回収してないのよ!!いい話の雰囲気にすっかり忘れてたわ!!行くわよ横島クン!!」
「い、行くってまさか……!?」
「瀧谷を追いかけるに決まってんでしょ!!私相手に借金踏み倒そうなんていい根性してるじゃないの……!!!!」
 ゴゴゴゴゴゴ!!と美神から怒りのオーラが吹き上がり始める。
「む、無理っスよ、時間も経ってるしどこ行ったかもわからないのに!!」
「うるさい!!行くったら行くのよッ!!!!」
 
「ふえ〜ん、せっかくいいお別れだったのにぃ〜ッ!!」


 美神除霊事務所では一騒動起こっていたのだった……







 俺は生きてる……生きてるんだ……





 抜けるような青い空の真下を、ハーレーは走り続けていた。
 この素晴らしき世界の風をいっぱいに受けながら……




                                Fin


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