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そして続く物語

美神、脅迫する


投稿者名:ゼロ
投稿日時:05/ 3/31

 辛うじて展開の間に合ったサイキック・ソーサーで魔犬の爪を受け止めると、横島はそのまま飛び退さる。
 瞬間、目の前を黒い何かが風圧を伴って通り過ぎた。背中に冷たい汗が流れる。
 今のは上段蹴り、直撃を受けたらそこで戦闘不能になっただろう。

「この!」

 着地と同時に横島は左手のサイキック・ソーサーを投げつけた。
 それは蹴りをかわされて体が泳いでいる相手に直撃するはずだった。
 それを魔犬は素早く体を沈め、四つん這いになる事で紙一重で避けきった。
 その体勢から地を蹴ると魔犬は横島に向かって肉食獣さながらに飛び掛ってきた。

「くそったれ!」

 その流れるような反撃に間合いを取ることを諦めると、横島は霊波刀とサイキック・ソーサーを発現。
 左のサイキック・ソーサーで体を隠しつつ右の霊波刀から刺突を繰り出した。 

「なっ!?」

 次の瞬間、魔犬の動きは横島の予測を遥かに超えた。
 彼は飛び上がって刺突を回避すると、そのまま横島の上を飛び越してゆく。
 そして横島の背後にあった樹の3メートル程の高さの幹を蹴ってそこから横島に向かって突っ込んだ。

「うわあぁぁぁっっ!」

 とっさに体を投げ出して横に転がる横島の背後で鈍い音がする。
 立ち上がりながら振り返ると先ほどまで立っていた地点が抉られていた。

「よくかわしたな」

 賞賛の言葉を投げかけるだけの余裕がある魔犬に対して横島の方は疲労を感じ始めている。
 高い身体能力を駆使する妖怪との戦闘は何度もある。
 そもそも自分の弟子がそういったタイプだ。
 しかしこの相手のようなトリッキーな攻撃をしてくる相手は未だかつていなかった。
 攻撃を避けても魔犬は大地や樹を蹴り、僅かなタイムラグで方向変換を成し遂げる。
 そのせいで相手はこちらに反撃に移る時間を与えずに追撃する事ができるのだ。

 そんな魔犬の連撃に横島はほとほと手を焼いていた。
 跳躍力の高さと野生の獣同様のしなやかさを駆使した立体的な動きは忍者を思わせる。
 その変則的な動きと完全に人間離れした身体能力が相まって先読みを困難にしている。 
 それに加えて魔犬は四つん這いや二足歩行からでも攻撃が可能だ。
 四つん這いの時は体当たりや噛み付きが、二足歩行の姿勢からは空手のようなスタイルの攻撃が繰り出される。
 そのせいで先ほどから横島は魔犬の猛攻の前に反撃の隙すら見出せないでいる。

「まずい」

 暴風のように吹き荒れる連撃が捌ききれなくなってきた。
 接近戦の技量、スピード、スタミナ、身体機能、地の利、その全てで向こうが上。
 文珠を使おうにも相手の連撃がそれを許さない。
 魔犬の攻撃を防ぎ続けた両腕が徐々に痺れてきた。このままではじり貧だ。
 湧き上がった焦燥感に集中力がわずかに乱れる。
 それが命取りになった。

 上段突きのフェイントに引っ掛かってガードを上げた横島の無防備な脚に魔犬の蹴りが叩き込まれる。
 痛みに気を取られた横島にすかさず追い討ちがかかる。
 ガードを上げて突きを防ぐが、衝撃を殺しきれずによろける横島の足に魔犬の手が絡みつく。

「やばっ!」

 そのまま足を掬われた彼は仰向けに倒れてゆく。

「終わりだ」

 完全に体勢を崩した横島に、右手の爪に霊力を収束させた魔犬の一撃が迫る。
 不可避の一撃が叩き込まれそうになった瞬間、閃光とともに魔犬が吹っ飛んだ。

「横島さん!」

 ピートのダンピールフラッシュだ。後方で秋美を護衛していた彼は横島の苦戦を見かねて手を出したのだろう。
 その隙に横島は転がりながらその場を離れると素早く立ち上がった。
 少し離れた場所では、ピートと魔犬が対峙している。
 ピートの能力を警戒しているのか魔犬は自分からは仕掛けようとせず様子見をしているようだ。
 それを睨みつけながら文珠を手の中に展開する横島。
 しかし次の瞬間、彼は魔犬の目線がさりげなく秋美を捉えていることに気がついた。

「うっ、あっ」

 魔犬の鋭い眼光に睨まれ、秋美は思わず後退りする。

 まずい!
 即座にそう判断する。
 状況はまだ五分五分である。魔犬に有利なこの場所でも2対1ならいくらでも戦う余地がある。
 しかしそれでは確実に秋美の身を危険にさらす事になる。
 それでは駄目なのだ。最終目的のためにも今は退くべきだ。

「撤退するぞ、八代さん。ピート、殿は任せた」

 彼はそう叫びながら全速力で秋美の元へと走り出す。
 飛ぶ事のできるピートならば単独でも撤退は十分可能だ。
 とにかく今自分がしなければならないのは、この場から秋美を連れて逃げる事だ。
 魔犬は深追いはしてこないはずだ。やつの最優先事項は縄張りを守る事。
 もし追ってきたならこちらが有利な場所で仕切り直せばいい。
 例えば自分たちが来る途中に通った車道のような木々が疎らな場所ならば、
 樹を蹴る事で上下四方から縦横無尽に襲い掛かるやつの攻撃スタイルも、本領を発揮しきれずその戦闘力は低下する。
 しかしそれでも、現在の自分達の戦力では魔犬に致命傷を与えずに勝つには分が悪すぎる。
 
「捕まって!」

 秋美の手を取ると横島は『転』『移』の文珠を発動させる。
 淡い光が収まると、2人の姿はその場から消え去っていった。
 


 横島たちの突然の消失に気を取られた魔犬に霊波砲を放つとピートは慎重に後退する。
 交渉が決裂した上、相手の戦闘力を読み違えた時点で今回の交渉が成功する望みはほぼ潰えた。
 先ほどの戦いで横島はそれを読み取り、余力があるうちに撤退を決めた。
 もし秋美がGに襲われたとしたら、こちらも殺すつもりでGを攻撃せねばならなかった。
 そうならないように彼は殺し合いになるのを避けて次の交渉に望みをつないだ。
 ならばこれから自分がやるべき事は決まっている。
 次に備えて少しでも相手の情報を集めてから逃げる。

 ダンピールフラッシュで生じた煙から、突然魔犬が飛び出してくる。
 だが煙の僅かな揺らぎからそれを察していたピートは慌てることなく対処する。
 全身に張り巡らせた霊力を防御に回すと、魔犬の攻撃を後退しながら慎重に捌く。
 相手の打撃や動きのパターンは素早い上に変則的だが、横島との戦いを見ていたピートに戸惑いはない。

「ぐっ!」

 それでもかわしきれなかった攻撃が時折彼の体に当たってゆく。
 魔犬の攻撃速度が上がる。やはり横島と戦ったときは全力ではなかったのか。
 上段突きをガード。その威力に押されて少し後退。
 踏み込んできた魔犬の鋭い爪の振り下ろしをバックステップで回避。
 振り下ろした手を突いて、四つん這いの姿勢から体を撓めて飛び掛ってきた魔犬を低く沈み込む事でやり過ごす。
 素早く振り返ると、着地した相手は立ち上がって突っ込んできた。
 咄嗟に飛び上がる。間一髪、片足タックルを狙った魔犬の手をかわせた。
 着地せずにそのまま更に飛び上がると、ピートは7メートル程度の高度を保ったまま宙に浮かぶ。
 魔犬はこちらを睨むだけで何もしてこない様子だ。

 慎重に注意を払いながらもピートはこれまでの情報を分析する。
 周りには木々が密集していてこちらが自由に飛び回るのは難しい。
 それは地形を熟知している相手は十分理解しているはずだ。
 それなのにこちらに攻撃してこないのは、強力な遠距離攻撃ができないからだと考えていい。
 また相手の跳躍力は7メートルの高さには及ばないようだ。

 一向に降りてこないピートに痺れを切らせたのか魔犬が口を開いた。 

「貴様は、やはり人間ではなかったのか」

「そういう事だよ。無駄な争いは終わりにして僕の話を聞いてくれると助かるよ。
 きっと君にも悪い話ではないと思うんだけど。」

「人間の手下ごときが随分と偉そうに囀るものだ」 

 こちらを嘲る相手の言動にカチンときた。
 唐巣先生や横島さんの事を何も知らないくせによくもそんな事を。
 ここで撤退するつもりだったが、その前に一発強烈なのをお見舞いしてやる。
 そう決意して彼は魔犬から離れた場所に素早く着地する。

 予想通り魔犬が木々を蹴って軌道を変えながらこちらに突っ込んでくる。
 だが遠距離攻撃がないのならば、攻撃手段は読みづらくとも襲い掛かるタイミングはそうでもない。
 その読みに従って、低い体勢で疾走してきた魔犬の目前でピートはバンパイア・ミストで霧となった。
 さすがに不意に目の前の相手が消えた事には対応できず、魔犬は体勢を崩して前のめりに倒れそうになる。

「くらえ!」

 その挙動を予期していたピートは、素早く実体化するとその隙を突いてダンピール・フラッシュを放った。
 あたりが一瞬閃光に包まれる。手応えを感じながらもピートは後ろに飛んで用心深く様子を窺う。

「っ!」

 急速に膨れ上がった殺気を察知した瞬間、ピートは樹の上部の枝まで飛び上がった。
 下を見るとゆっくりと立ち上がっているGの姿がある。両腕からは血が流れ、立ち上がる動作もどことなく弱弱しい。
 しかし、あの一瞬に感じた殺気は先ほどまでの比ではなかった。
 おそらく8割程度の力で戦っていたのが、これからは本気でこちらを殺しにかかるつもりらしい。
 そう判断するとピートは魔犬が動き出す前に逃げに転じた。
 一気に飛翔すると樹冠を突き破って決してGの手の届かぬ高さまで上昇する。
 あたりを探っても横島と秋美の霊力は感じない。もう安全圏まで逃げ延びたのだろう。
 彼は慎重に下の様子を窺いながら、横島たちに連絡を入れるために無線機を取り出した。



 数時間後、彼らはここまで来るのに使った車を止めてある駐車場に集まっていた。

「すみません、足手纏いになってしまって」

「気にしないでください。こちらの話も碌に聞かずに、問答無用で襲い掛かってきやがったあの野郎が全部悪い」

「まさかあれほど好戦的とは思いませんでした。僕の分析ミスです」

 申し訳なさそうに謝罪した秋美に横島はひらひらと手を振り、ピートも頷く。

「こちらが話しを始めたら、勝負で勝ったらきいてやる、とか言って後はさっぱり聞く耳持たずだもんなあ。
 バトルマニアの雪ノ丞よりよっぽど喧嘩っぱやいぞ」

「おまけに相当喧嘩慣れしてるみたいです。残念ですが僕も横島さんも随分とやられましたね」

「あの奇怪な動きは厄介だよ。
 まあ話が通じるだけの知能はあったみたいだから交渉は次回に持ち越しだな」

 そう言うと横島は二人を促して車に乗り込む。
 ダメージの少ないピートが運転席に座りゆっくりと車を発車させた。

「戻ったら戦闘重視で作戦を立て直す必要がありますね」


 今回彼らが交渉に当たっていたのは、ガルムの眷属である。
 ガルムの眷属とは魔界の番犬ガルムが遥か昔に人間界に襲来した際に、人間界の犬との間にできた子供の子孫である。
 神話でも最高クラスの犬を始祖に持つガルムの眷族達は、現代においてはガルムの血も薄まりその形態は個体間でばらつきが大きい、
 しかし高い戦闘力を持つ個体が多く、彼らはテリトリーを守る事にかけては命を懸ける。
 

 横島達は現地に行く前に、いつものように周辺からの情報や文献の情報から正体を絞り込んだ。
 犬族であるゆえにガルムの眷属は人の姿になる事はできないが、会話には不自由しない事がわかっている。
 戦闘になる可能性は低くはなかったので、当初彼らは慎重に間合いを取って話し合いに持ち込もうとした。
 しかし魔犬はいつの間にか逃げるのが難しい間合いまで近寄ってきていた。
 これは相手の感覚の鋭さを甘く見ていたゆえの失敗である。
 それでもなんとか話し合いに持ち込もうとしたものの、
 その甲斐もなく魔犬はこちらの話を殆ど聞かずに襲い掛かってきたのである。

「ありゃ相当性質の悪い戦闘狂だよ。さもなきゃよほど人間嫌いの単細胞か。
 バトルマニアでも天狗や雪ノ丞は話も聞かずにいきなり仕掛けてはこないからな。
 ところでピート、あいつをどう見た?」

「僕と戦った時の実力を本来の7割と仮定して、
 ガルムの眷属がこれ以上の切り札を持ってなければ僕と横島さんの2人なら倒せるとは思います。
 その場合は、かなりの高確率で重傷を負わせる事になりますね。手加減する余裕は皆無ですから。
 でも人間と仲良くする気は全くないようでしたし、一度倒さない限り交渉は無理だと思います」

「手加減なんぞ誰がするか。あの野郎、プライドは高そうだけど追い詰められたらきっと八代さんを狙ったぜ。
 でも交渉の事考えたら大怪我させるのは避けてえよな。
 向こうがなりふり構わないなら、生け捕るのは雪ノ丞クラスを倒すより厄介だな」

「私は次の交渉には行かないほうがいいかもしれませんね。きっと足を引っ張ってしまいます」

「ま、結論は焦らずに。
 次の交渉までに戦力の補充もしておきたいし、とりあえず帰ったら美神さんに相談してきますよ」

 俯く秋美に気を使いながら横島は明るい口調で話しかけた。




「ってなわけでシロを貸してほしいんですけど」

 戻るなり事務所に直行した横島は事情を説明して美神に頭を下げた。

「なっさけないわね。それでも私の丁稚なの?ガルムの眷属の一匹や二匹倒せないでどうするのよ」

「いや、あいつ強いですよ。それに殺したら駄目ですからしんどいですよ」

「だから話しかける振りをして最初に『縛』で動けなくしてから交渉すればよかったじゃない」

「美神さーん、計画の参加者とは長い付き合いになるんですよ。
 参加させたやつから恨まれながらその面倒見てやるなんて嫌ですよ。胃が壊れますって」

 そんな横島を彼女はお気に入りの玩具で遊んでいる子供のような表情でからかう。
 自分のセリフの一つ一つで横島が困った顔や情けない顔を浮かべるのが楽しくてたまらないようだ。

「仕方ないわね。丁稚の健康状態心配してやるなんて、私ってなんて優しい雇用主なのかしら。
 横島くん、感謝の印に明日は一日私に付き合いなさい」

「み、美神さん。これはもう愛の告白と思うしか───」

「除霊に付き合えって言ってんのよ、除霊に!」

 いつものように飛びついてきた横島を神通棍で撃墜すると、彼女は動けないようにその背中に片足を乗せて条件を告げる。

「美神さん、一応俺『組み込み計画』に専念しろって事になってるんですけど」

「あんたはこっちの言う事に頷いてればいいのよ。オカGに出向しても横島くんの雇い主は私なんだから。
 そのかわり明後日は絶対にGを捕まえられる方法を考えてあげるからさ」

「うう、了解です」

 怪訝な顔で建前を持ち出す横島を彼女は一蹴した。



 翌日、横島は美神に連れられて四件もの除霊を手伝わされる破目になった。
 久しぶりの除霊で疲労困憊になった彼は、今にも倒れそうになる体を必死で支えながらも昨日の発言を後悔し始めていた。

「美神さん………俺を過労死させるつもりですか?」

 昨日のGとの戦いの疲労が残っている上に、前衛に立ちながら四件もの除霊を遂行したのだ。
 いくら不死身の彼でもこれには参ったらしい。

「除霊してないせいで鈍ってたあんたには、ちょうど良いリハビリになったでしょ?」

「ぐっ!」

 儲けた金額を思い浮かべてほくほく顔の美神はもっともらしい理屈で横島を黙らせる。

「そ、それでは今日はこのへんで………」

「なーにへたれたこと言ってんのよ。今日は一日付き合ってもらうって言ったでしょ。これから飲みにいくのよ、飲みに」

「あ、明日は大事な作戦会議っていったじゃないですか。だから12時には寝てぐっすり八時間は睡眠をとらないと」

「中学生かあんたは!とにかくこれは決定事項。ごちゃごちゃ言わずに行くわよ」

「お誘いは嬉しいけど、セクハラする気力もない状態で行くのはいやじゃー」

 除霊をこなしてもテンションが高いままの美神は、横島の襟首を引っつかむとそのまま彼をコブラまで引きずって行く。
 なんのことはない。久しぶりに彼と一緒に除霊ができて彼女は浮かれているのだ。

 翌日横島は死んだ魚よりもひどいご面相でオカルトGメンに出勤して、ピートと秋美を大いに心配させる事となる。




 最初の交渉が失敗してから3日後、横島たちは再度説得を試みるために魔犬の縄張りに赴いていた。
 美神と作戦会議を開いた結果、前回のメンバーに加えて今回は美神とシロが同行している

「美神さん、八代さん連れてきてよかったんですか?」

 作戦会議では当初足手纏いになる事を恐れた秋美が、同行を辞退した。
 しかし美神は万全な作戦を立てると、秋美を強引に説得して参加させていた。
 横島は他の人に聞こえないようにその点の判断についてこっそりと美神に尋ねた。

「横島くん、先の事も考えて動かなくちゃ駄目よ。
 ここで戦闘に参加させて自信をつけさせないと、彼女は自分が役立たずだって思い込みかねないわよ。
 それはあんたも思ったんじゃないの?」

「それは、そうなんですけど」

「そのためのパターン3じゃないの。
 大丈夫よ、力だけが必要なファクターじゃないんだから。
 人間様の知性は戦闘能力の低さすらも強みに変えるって事を存分に思い知らせてやるわ」

 拳を握り締めて闘志を燃やす美神を見ながら、
 あれは知性というより悪知恵だと思ったが口には出さない横島。
 彼もこの数年で多少は空気が読めるようになったらしい。

「気をつけるでござる。どうやら相手が近くに来たみたいでござる」

 そうこう話しているうちにシロがガルムの眷属の気配に気がついたらしい。
 彼女は一同に注意を促していち早く戦闘体制をとる。





 大地をジグザグに蹴ってシロに襲い掛かる魔犬。

「こっちを忘れてんじゃねえ!」

 彼女の斬撃をかわして反撃を叩き込もうとする彼に横島の霊波刀が伸びてゆく。
 それを霊力を纏わせた左拳で逸らすと再び斬りかかって来たシロの霊波刀を右手で掴み取る。
 



「シロ、大体わかっただろ。ここからは全開でいけ!」

「了解でござる」

 師の指示を受けてシロの剣が鋭さを増す。魔犬の突進に体を沈めて霊波刀を合わせる。
 人間離れした人狼の放った剣閃は凄まじい勢いで彼の胴を薙ぎにきた。
 それを飛び上がる事で回避した魔犬はそのままシロを飛び越し、彼女の後方にある樹を蹴ろうとする。

「そのパターンは見飽きてんだよ!」

 その刹那、轟音と共に虚空の魔犬の体が揺れた。
 相手の攻撃パターンを読んだ横島の放ったサイキック・ソーサーが直撃したのだ。

「くらいなさい!」

 なんとか受身を取って着地した魔犬を目掛けて美神が神通棍を振り下ろす。
 それを霊力を収束させた左手で受け止めるが、衝撃を殺しきれずに魔犬の体が吹っ飛ばされる。

「もらったぁ」

 すかさずシロが間合いを詰めると魔犬の足に斬りつけた。
 並外れたスピードで得意の接近戦に持ち込んでくる魔犬から機動力を奪えばその時点で勝負は決する。
 全身のバネと腕の力で体を前方に回転させる事で魔犬はその絶妙のタイミングでの斬撃を辛うじて回避した。

 しかし三人の攻撃は終わらない。かわしても、受けてもその隙に別の相手が攻撃をしかけてくる。
 その波状攻撃を必死になって捌き、受け、かわし、弾くものの被弾は避けられない。
 前回横島が魔犬にやられた以上に短いタイムラグの連撃と、それによる反撃の隙を与えない一方的な攻勢。
 身体能力に優る魔犬に三人がかりで掛かる事で横島たちは相手を防戦一方に追い詰めてゆく。
 このままダメージが蓄積していけば、やがて魔犬は彼らの攻撃を避けられなくなる。

「くそ、今は貴様らが強い」

 連携した三人の攻勢に己の不利を悟ると魔犬は逃げる機会を窺い始めた。
 相手がこれ以上自分の動きに慣れれば逃げ切る事さえおぼつかなくなってしまう。
 現状を確認する。自分をシロ、横島、美神がトライアングルの形に包囲している。
 美神と横島の後方に少し離れてピートと秋美がいる。
 逃げても鋭い感覚を持つ人狼の探査を振り切る事は困難だ。身を潜めたとしてもいずれ見つけだされる。
 安全圏まで離脱するには、どうにかして人質をとるしかない。
 そう判断すると魔犬は美神の方へ駆け出す。
 背後からの攻撃をジグザグに飛んでよけながら、魔犬は美神に向かうと体を沈めて防御体勢をとる彼女の横を駆け抜ける。

「しまった、八代さん!?」

 まんまと包囲網から抜け出した魔犬が秋美に迫っていく。
 秋美の前にはピートが立ちふさがっているがスピードで優る彼はそれを弾き飛ばそうとする。
 標的は秋美だけなのでピートが霧になってかまわない。
 ピートから放たれた霊波砲を横に飛んで回避。
 そのまま大地を蹴って秋美に飛び掛った瞬間、Gの体は彼女を突き抜けその背後にある樹に激突した。

「ずあぁぁぁ」

 虚をつかれて頭が真っ白のなるものの無意識に体を動かそうとして………Gの体は樹に貼りついたまま微動だにしなかった。



「うまくいったわね」

 美神は心底楽しそうに貼りついたままのGをその樹ごと呪縛ロープで縛り上げていった。
 散々梃子摺らされた腹いせに横島も嬉々として美神の手伝いをする。
 やがて呪縛ロープで縛られ魔封じの札を貼られて身動き1つできないGの前に全員が集まってきた。

「ざまあみろ、この野郎」

 何かをやり遂げた男のようなすっきりとした顔で横島が言う。

「いい姿でござるな」

 笑いをこらえながらシロがGを揶揄した。

「プライドの高いやつが無様な姿で転がってる構図って最高にそそるわね!思わず踏みつけてあげたくなるじゃないの」

 邪笑を浮かべながら美神は神通棍でGを小突き回す。

「ん?なんか言いたいの事でもあるの?良い気分だから負け犬の遠吠えくらいいくらでも聞いてあげるわよ」

 悔しげに美神を睨むGをからかうと彼は口を開いた。

「あの女はどうして消えた?気配もあった。匂いもしていた。幻のはずはない」

「情報不足ってやつね。固定観念と言ってもいいかも。
 あんたはピートの能力を体を霧化する事で大方の物理攻撃を無効にするって考えたんでしょうね。
 霧になっている間は攻撃手段が殆どないってのも見抜いていたみたいね。たいしたものよ、一度の戦闘でそこまで理解したのは」

 美神はそこで一息入れると、彼女が立てた作戦の種明かしをした。

「でも、あんたは自分を過信しすぎていた。
 ピートの能力『バンパイア・ミスト』の全てを見切ったと思い込んだのがその証拠。
 ピートのバンパイア・ミストはね、自分を含めて2人までなら同時に霧にできるのよ。
 八代さんはあんたが突っ込む直前にピートと一緒に霧になったってわけ」

「だとしても解せない点がある。樹に衝突した俺の動きをどうやって止めた?」

「言ったでしょう、情報不足だって。あんたが樹に貼りついたのは横島くんの能力よ。
 詳しい事は教えてあげないけどあんたが襲い掛かった時にはもう、あの樹の表面は超強力な接着剤になってたのよ」

 高い戦闘能力を持つGを殺さずに屈服させるため、美神達は三通りの作戦を立てていた。
 横島の話を聞いてGの戦闘力を推測した結果、まず自分と横島とシロの三人がかりで挑んでGの優位に立つ。
 最後までGが戦うのなら、三人がかりで死なない程度に叩きのめしてから捕らえるのがパターン1。
 もしGが逃げたら、シロや事務所から持ってきた道具を使って見つけ出し、時間をかけて狩るのがパターン2。
 Gが秋美に襲いかかってきた場合は、先ほどのようにピートと一緒に霧になって避難してもらうのがパターン3。
 パターン3ではタイミングを見計らって秋美には背後の樹に埋め込んである『接』『着』の文珠を発動してもらう事になっていた。 
 そしてその結果がここにある。

「あんたの霊力、身体能力、戦闘スタイル、総合戦闘能力は前回の経験でこいつやピートが分析済み。
 あとはそれを封じる対策を考えて、確実に勝つための準備をする。つまりは戦略的勝利ってところね。
これだけの人数を相手にあんたが戦いを挑んだ瞬間、決着はついていたのよ」

「なるほど、1人で切り抜けられるとの認識が既に慢心だったのか。
 ならばこそ俺が貴様らに敗北するのは必然だったのだな………もういい、ひとおもいに殺して───」

 頭を垂れたGに突如衝撃がはしった。
 顔を上げるといつのまにか横島の手にはハリセンが握られていた。

「な、なにをする!?」

「おい、勝手に悲劇の主人公ぶってるんじゃねえぞ。
 殺して終わりなら、こちとらこんなに苦労してないんじゃ、このボケ!
 大体最初に俺達が話し合いに来たときにこちらの話も聞かずに、
 てめえが『俺に言う事を聞かせたかったら力ずくでこい!』って襲い掛かってきたのが発端じゃねえか!」

「あ、いや、それは、そうなんだが………」

「てめえを殺すだけならもっと簡単だったんだよ。それこそピートと俺だけで済ませてやったさ。
 わざわざ大怪我させずに生け捕りにしなきゃいけなかったから厄介だったんじゃー!」

 思わず前回の苦労を思い出して涙目になる横島。
 力説しながらもその手の中のハリセンは容赦なくGを叩きのめしていく。

「ま、待って………や、やめ……お、おちつけ」

「てめえのせいで、てめえのせいで、てめえのせいで、どれだけ神経が磨り減ったと思ってんだ!」


「横島さん、荒れてますねえ」

「前回、殴られ、蹴られで思いっきり苦労させられたせいね。それに横島くんはああいう気障な言い回しが嫌いだし」

「先生、殺したら駄目でござるよ」

 珍しく突っ込みにまわれるのが嬉しいのか、勢いよくどつきまくっている横島に温かい野次が飛ぶ。
 やがて、横島がどつき疲れてきたのを見て美神が止めに入った。

「そこまでよ、横島くん。プロなんだから目的を忘れては駄目よ」

「あっ!………すんません、美神さん。つい取り乱してしまいまして」

「少し休んで、私が交渉をするのを見てなさい」

 何気ない口調で横島の動きを止め、彼を下がらせて場の主導権を握る美神。このあたりの呼吸は絶妙である。
 彼女はリュックの中から水入りのペットボトルを取り出すと、Gにぶちまけた。

「おーい、起きてる?」

「つ、つめたいぞ」

「気つけよ、気つけ。
 戦いも終わった事だし、そろそろ本題に入りたいんだけど」
 
「俺は敗者だ。勝者の言う事に従おう」

「それはありがたいわね。ならこれにサインしなさい」

 そう言って美神が取り出したのが例の契約書である。
 そこには様々な契約条項がびっしりと書かれていた。

『美神令子には絶対服従』、『美神令子が望む限り美神事務所でただ働きすること』、
『いざという時は美神事務所のメンバーの捨石になる事』等等。

「こ、これは!?」

「み、美神さん、こいつをあの計画に参加させるために、俺達ここまで来たんですけど」

「黙ってみてなさい。私が信じられないの?」

 あまりの内容に目が点になるGと慌てる横島。
 美神は横島に微笑むと有無をいわさぬように言い切った。
 その口調に横島は押し黙る。彼は、いや彼だけでなくその場にいた人間全てが美神の真意を測りかねて見守っている。
もちろん口には出さないが、誰もこういう場合の美神を信じてない。

「さあ、はやくサインしなさい」

「どういうことだ!?これではまるで奴隷契約ではないか。」

「あんた、さっき私の言う事に従うって言ったじゃない。
 だから私はあんたの生殺与奪の権利をよこせって言ってんだけど」

「ま、まってくれ。確かにそうは言ったが、あれはだな」

「ええい、この期に及んで四の五の抜かすな」

 美神はバッグから毛筆で『負け犬』と書かれた半紙を取り出すと、顔が隠れないようにGの顎に貼り付ける。

「そうそう、いい顔ね。男ぶりが上がったわよ」

 そしてGの顔と『負け犬』の文字が見えるようなアングルでポライドカメラを撮影すると、
 屈辱のあまり真っ青な顔になったGに写真をひらひらさせて更に追い討ちをかけた。

「断るならこの写真をばら撒くわよ。そうすればこの辺りでは10年はあんたの伝説が語り継がれるでしょうね」

「き、貴様、あくまでも私を嬲るのか!?」

「それが嫌なら、あいつらが持ってきた契約書にサインしなさい」

 横島達を指差す美神につられてGも横島の方に視線を向ける。
 そこで固まっていた3人は慌てて用意していた契約書を持ち出した。

「これに目を通して、OKならお名前を教えてください」

 秋美が差し出してきた契約書を見てGが安堵の溜息を漏らす。
 そこに書いてある契約条項は先ほどに比べれば随分とまともそうな内容だった。

『特殊生態系を利用した自然環境保全計画に参加する事』、『オカルトGメンと契約して協力者になる事』
『課せられた仕事以外では人間に危害を加えない事』等等である。

 その内容は戦いが終わる前の、いや、終わってからでさえもプライドの高いGにとっては受け入れがたい契約だった。
 ………もし美神が先ほどのようなえげつない脅迫をしなかったならば。
 写真を取られ、奴隷契約を結ばされそうになっている現在のGには、その内容はまさに福音そのものだった。
 美神に写真を楯に脅しをかけられた時、Gの牙も心も完全に折れてしまったのだ。
 いま心無い者が彼を見たなら遠慮なく言ってやっただろう。「負け犬」と。



「人間に協力している時は相手を殴り倒しても構わないのか?」

「犯人を殺さない程度ならば構いません」

「私に木こりの真似事をしろというのか!?」

「筋力トレーニングの一環だと思えばいいだろ」

「もう強者に戦いを挑んではいけないのか?」

「俺の友達で強いやつを紹介してやるよ。試合形式なら契約にも引っ掛からんしな」 
 
「ここにやって来た密猟者の取り締まりに力を使うのは禁止なのか?」

「使うのはいいのですが、人間に傷をつけないでください。
 相手の武器を破壊する事でそちらの強さをみせつければ、多分相手は逃げていくと思います」

 内容に関しての質疑応答が終わると、渋い顔をしながらもGは本名を教えて契約書に霊波を当てる。

「大丈夫だと思うけど一応言っておくわ。あんたが契約違反を起こすと、それを察知して契約書の色が変わるのよ。
 もしそうなったら、この写真が日本中にばら撒かれると思いなさい」

「承知した。だから」

「ええ、分かっているわ。この写真はここにいる人間以外は誰にも見せないわよ。
 あんたに自棄を起こされたらこちらも困るからね」 

 契約が終了したのを見届けると、美神は釘を刺しつつ利害を匂わせる事でGを安心させる。

「それじゃあ私たちは帰るけど、近いうちにオカルトGメンの案内役が来るから、その時はおとなしく指示に従いなさいよ」

 最後に連絡事項を伝えると一同は帰途についた。



「美神さん、万が一Gが美神さんと契約するって言ったらどうするつもりだったんですか?」

「決まってるじゃない。オカルトGメンのお手伝いしなさいって命令してあげたわよ。
 もちろん、それであいつが貰えるお金はマージンとして私の物になるんだけどね」

 帰り道の途中でおそるおそる問いかけてきた横島に、彼女は事も無げに答えてやった。
 計画担当の3人はそれを聞いて顔を引き攣らせる。

 この人はオニだ。ほんまもんのオニだ。最近俺に優しくなった気がしたのはきっと気の迷いなんだ。
 この時横島はそう思ったそうだ。

 私はこの人に勝てるのかしら?でも横島さんのためにも、この人を勝たせてはいけない気がする。
 この時の感想を聞かれて秋美はそう決心したと言ったそうだ。

 美神さんが計画の責任者じゃなくてよかった。
 ピートはこの時安堵したそうだ。

「残念だけど仕方ないわね。前払いで横島くんには色々頑張ってもらったんだしね♪」

「み、美神さん」

 艶を感じさせる美神の流し目に横島は赤面する。

「うまくいったんだから、今日も私に付き合いなさいよ」

「そういえば美神殿。一昨日は先生と一緒にどこに行っていたのでござるか?」

「それは秘密よ。でも横島くんたら私を喜ばせるためにあんなに頑張って(儲かるように除霊して)くれて、
 そのあとに私が(お酒を飲んで)いい気持ちになってからもずっと朝まで付き合ってくれたのよ♪」

 美神の発言を聞いて盛大に勘違いしたシロたちが瞬時に青褪める。

「頑張って喜ばせる、でござるか………」

 俯くシロの手には霊波刀が握られている。

「いい気持ちで朝までずっと、だからあの日は朝からあんなに疲れた顔で………」

 涙を浮かべている秋美の手がいまにも護身用の精霊銃に伸びそうになる。

「横島さん、おめでとうございますと言って………いいんですか?」

 女性陣の気迫に負けて後ずさりしながら引き攣った顔で笑おうとするピート。

「どうしたんだ、みんなして変な顔して?」

 三人のリアクションに横島が首を傾げた瞬間、女性陣の堪忍袋の緒が切れた。

「「先生(横島さん)、不潔でござる(です)」」

 その騒動を温かい目で一瞥すると、美神は足取りも軽く歩き始めた。
 たとえ彼女の従業員が文珠を操る一流のGSに成長しようとも、この様子では当分彼女を越える事はできないようである。
 ゴースト・スイーパー、美神令子。
 妖怪も人間も自由自在に手玉に取る彼女は、現在あらゆる意味で最強のGSだった。


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