椎名作品二次創作小説投稿広場


秘密

あっちこっち


投稿者名:cymbal
投稿日時:05/ 3/29

 美人の人妻との楽しい昼食・・・の筈なのだが、室温は空気が凍りつくかと思うぐらい低く感じる。吐く息も心なしか白いような。感じる筈の無い重力が肩に圧し掛かる。

 「どう、美味しい?」

 「・・・あ、はいっ。すいません。最近、あんまりまともな飯を食べて無かったもんで・・・すっげえありがたいです」
 「あらそう、それは良かったわ。冷蔵庫にあるもので作ったんだけど・・・あんまり何も無かったわね」

 「まじすかっ。さすがに経験が違いますね、さすがっ。ははっ・・・はあ」

 ・・・気まずい。どうすりゃ良いんだ。蛍はいないし・・・何がどーなっているのやら。何で美智恵さんがいきなり部屋の中に。連絡した覚えは無いし・・・、たまたま尋ねてきたのか。

 「えっと・・・ところで、なんで美智恵さんは今日、家にいらっしゃったんで」
 「あら、用がなきゃ来ちゃいけないのかしら?」

 鋭い切り返しが俺の喉元に突き刺さる。駄目だ、会話のペースも掴めない。元々、この人に敵う訳無いんだよなあ・・・。

 「い、いえいえ、とんでもない。ただ、そのちょっと気になったもので。そ、そういえば、ほた・・・いや令子は?家に居たと思うんですけど」
 
 「ああ、ひのめと買い物に行っちゃったわよ。とっても忙しなく出て行ったけど・・・ふふ」

 そ、その笑顔がめちゃ恐い。いや、綺麗なんやけど・・・なんつーか全て見透かされてるような・・・勘弁して欲しい。何かドキドキもするしな。歳いくつだっけ・・・。

 「で、そろそろ本題に入っても良いかしら?」
 「は、はい?」
 「聞きたい事があるって言ったでしょ・・・横島君」

 美智恵さんの指先が俺の顔に触れた。心臓が跳ね上がる、思わず後ろに後ずさる。椅子の引き摺られる音が室内に鳴り響く。

 「ふふっ、逃げる事は無いのに、まあ時間はたっぷりとあるしね」
 「・・・ごくり」

 これは・・・まさか・・・いやいや不倫はあかんぞっ。第一、恋人の母親だしっ! この先、結婚控えてるし! なんぼ綺麗とは言っても・・・ああ、良い匂いすんなあ・・・。ちょっとぐらいなら・・・って何考えてんだ俺。
 
 「ひ、秘密にしといてくれるのなら・・・僕ぁ!」
 
 「令子に何かあった?」
 「はっ?」





 がたん、がたたん、がたたん。

 「ちゃんと道知ってたんじゃない、お姉ちゃん。あんまり馬鹿にしないでよねっ」
 「へ? う、うん。何か合ってたみたいね」

 電車の中で並んで座る私とひのめ姉ちゃん。左から右へなのか、右から左へなのかは良く分かんないけど、とにかく都心の方へと向かっていた。

 結果的には、道に迷う事も無く、カンで進んだ方向に駅はあった。不思議と、自然に足が動いたのだった。そう、あの時、部屋でコーヒーを淹れた時のように、頭の中で見取り図が形成されていくのが分かった。何だか一瞬自分が自分じゃなくなったみたいで、少し気持ち悪かったけど。

 「ねえっ、結婚式って二ヶ月後なんでしょ? 良いなあ・・・私もドレスとか一度着てみたいっ」
 「ひのめは・・・多分、まだずっと先の話なんじゃない? あっちの時もまだだったし」 
 
 「あっちの時?」
 「何でもない。きっと、いつか着れるんじゃない」

 他人の結婚式で。ウエディングじゃないけどね。

 「そうだよねっ。ああ、もう今から楽しみー。出来たらお兄ちゃんみたいな人が良いなあ・・・」

 ・・・そっか。姉ちゃんって、お父さんが憧れの人だったんだっけ。この考え方さえなければ、きっと結婚出来てたんじゃないかなあ・・・。良い出会いはいくつかあった筈だし。

 「お兄ちゃんを捨てたりしたら、私が容赦しないからねっ! ・・・あっ、でも、そうすれば私と・・・きゃあっ!」
 「・・・多分あり得ないと思う。少なくともこの先十七年ぐらいは」
 「?」

 

 

 「な、何かって。えっ、・・・もしかしてもう感づいてます?」
 「・・・やっぱり何かあった訳?」

 「え、えーと・・・」

 ・・・元々この件は話すつもりだった訳で、ここで話しても問題は無い筈なのだが・・・何で抵抗があるんだろう。第一ここには 「蛍」 もいないしなあ。どうしたらええんかな。

 「あんまり言いたくないけど・・・ちょっと ”ボケちゃってる” とかね? ああ、今はもう認知症って言うのかしら」
 「は、はあっ!?」

 「だって・・・さっき私の事、おばあちゃんって言ったのよ? おキヌちゃんの事もおばさんって言おうとしてたようだし。きっと、そうね、以前の妖毒の後遺症とか・・・じゃないの?」
 「ん、んー・・・」

 「それで今回の入院は連絡しにくかったんじゃない? 違う? 脳にダメージがあったんじゃない?」

 ・・・ぬうっ。物凄い誤解をしている。やはり現役から少し、離れたせいだろうか。少しばかり美智恵さんの頭脳の切れ味も鈍ったのかも知れない。そういえば少し、見かけも老けてきたかなあ・・・目元とか、あっ、何か嫌な想像しちゃった俺。

 「えっとですね・・・その・・・そう! 実はそうなんです。あの、でも一時的なものらしいですから。しばらくすれば治る見込みはあるみたいで」

 まあ良いか。これはやっぱり俺達だけで、解決すべき問題のような気がしてきた。ここはこれで通しておこう。折角、誤解してくれてる訳だし・・・。それに美智恵さんを騙せるなんて機会は多分、もう無いかも知れないっ。多少不謹慎であるにせよだ。

 「まあ・・・やっぱりそうだったの。・・・本当にごめんなさいね、あなたにばっかり負担を掛けてるような気がするわ。母親として、凄く申し訳無いと思うの」

 「あっ、いや、とんでも無いです。その・・・やっぱり、なんつーか・・・やっぱ令子の事は・・・好きですし」
 「あらあらご馳走様。それだけで、お腹一杯だわ」

 そう言うと美智恵さんはテーブルの上の物を片付け始めた。どうやら俺の言った事にも疑問を抱く様子も無かったみたいだ。・・・うん、これで良いんだよな。もう引退してる人を引っ張り出してまでなんて・・・やっぱり現役である自分が頑張らねばっ。そうだな、色々本とかも読んでみるか・・・正直、苦手だけど。



 ”食器をキッチンの洗い場に置くと、かちゃんと音がした。同時に私の口元がにやついてしまうのを感じる。駄目、もうおかしくって・・・。

 「ふふっ、やっぱり全部、聞いちゃったらつまんないもの・・・自分で調べるのが楽しいのよ、良い暇つぶしになりそうだわ」

 蛇口から流れる水はほんのり温かった。私は指先に付けていた黒い粉を洗い落とすと、何事も無かったように洗い物を始める”





 「あっ、これ、かわいいっ! ねえっ、これ欲しい!」
 「ほんとだっ・・・って、えっ、高っ! 三万もすんのこれ?」
 「良いじゃないー、お金貯めてる癖にっ。」

 私達は某駅で電車を降りて、姉ちゃんに腕を引っ張られて、連れられるがままに、ちょっと私には恥ずかしいぐらいのお店の前に来ていた。一応、中身は十六ですけど、さすがにここまでカラフルな色彩は着れない。未来のとも流行りも違うし・・・。

 「駄目駄目っ! 私だってこんな値段のもの、買って貰った事も無いのに!」
 「けちっ」
 
 「あっ、でも、これはかわいい・・・かも。いくらぐらいだろ」
 「げっ、姉ちゃんが着るの!? 歳を考えたら〜?」

 「何をっ・・・って、あっそっか。ま、まさか着ないわよ。ちょっと合わせてみただけじゃないっ」
 「それ着てたら私が、引いちゃう」

 ほんと可愛げの無い。

 続く。


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