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山の上と下

5 様々な出会い・前編


投稿者名:よりみち
投稿日時:05/ 3/28

山の上と下 5 様々な出会い・前編

「あれは? それに人影も見えたようだったけど。」
 追っ手を避けるため、道なき道を踏み分け山を下っていた横島は、みすぼらしい小屋に気づいた。

 少しでも利口な人間なら、そんな小屋は無視して先を急ぐところだろう。だが、何となく気にかかる雰囲気が漂い、わずかに額の辺りがむずがゆい。

無視できない自分にため息をつくと、気配を消して小屋に近づいていく。

 窓から覗き込むと、石臼や薬研などが見え、薬草を集める者が使っていた小屋だと判る。もっとも、散らかり具合や埃の積もり具合などから、かなり前から放置されているらしい。

 しばらく見ているうちに薄暗さに目が慣れ、奥の方に体を横たえた若い女性らしい人影に気づいた。

「こんな小屋に若い女の人が?! 一人で眠っているなんて、普通じゃない‥‥ っていうか、すごく怪しい話だよな。ここは見なかったことにして、逃げるとするか。」
常識的な判断を下し後ずさる。そして‥‥ しっかり小屋の中にいる自分に気づいた。
「ダメだぁー 目の前にフトモモが、チチが、シリが待っていると思うと、足が勝手に動いてしまう〜 理性も本能もやめろって言っているのに、やめられない自分の性(サガ)がうらめしい〜 」

 それからも、一歩進み半歩下がる−結局、進んでいるわけだが−というように進んでいく。そして、跳びかかるのに絶好な位置に着くと、たいして広くもない辺りを見回しながら声を落とし、
「これから跳びかかるんですけど、良いですか? ここまで、近づかせておいて、助さんみたいに投げつけるなんてナシですからね。それと、どこかに恐いお兄さんが隠れていて、『ごるぁ! よくも、俺の女に手を出したなぁ!』とか言って出てきて、『責任とって、有り金全部を置いていけ!』なんてのもナシですよ。」

今の台詞にも反応がないのようなので、深呼吸を一つすると、
「いっきまぁぁぁーーす!」

‘?!’宙を飛んでいる時、耳にうめき声が届く。
 運動に関する法則の幾つかを無視し着地点を女性から横の土間に変更、胴体着陸を敢行する。

 土間をすべったため血だらけだが、かまわず起きあがり、女性の様子を詳しく見る。

袖無し半纏のような服を直接を身に纏っただけ姿−さらしを巻いているため直接見えないが、開いた胸元やむきだしの腕、フトモモなど−は、普段なら燃え上がる煩悩の炎で自身が黒こげになるほどの艶姿である。
 しかし、キツめだが均整の取れた顔が、大粒の汗をともない、つらそうに歪んでいる。加えて、服の右肩が裂け、そこからどす黒く変色した傷口が見える情況では、その炎もかき消されてしまう。

‘怪我をしてるな。それも、かなり酷い。’
 小屋を飛び出すと、近くで目についた薬草を集め戻ってくる。

 山師の心得として、薬草の種類や扱いも教わっていたはずだが、今二つ自信はない。それでも、何もしないよりましということで道具を集め、薬草をすりつぶす。

「できれば、清潔な布があればいいんだけど。」
少し考えてから額に巻いている布をはずす。以前、妙神山でもらったこの布は、ほとんど汚れないし、少しぐらいの汚れなら自然に落ちてしまう性質を持っていた。

 布を畳んで薬を塗りつける。別に、服の袖を引き破り、細めに裂いて包帯を作る。

‘あれっ、これって髪飾りじゃないのか?’
布を傷口に当てようと、近づいたところで、髪飾りかと思っていたものが、そうではないことに気づいた。
 額から側頭部にかけ左右の三個ずつ計六個の鈍く光るモノは眼のようだし、はね上がった髪の毛のようなモノも触角らしい。

‘人外!? ひょっとして、噂で聞いた妖怪!!’
 この森に巣くう妖怪の噂を思い出し、腰が抜けてしまう。



意識を取り戻したヤツメは、うっすらと目を開く。肩に受けた傷が酷く、意識を失っていたようだ。ただ、今はずいぶん楽になっており、気分も悪くはない。

「大丈夫か? 顔色とかは良いようだけど。」

‘?!’その声に、心配そうにこちらを見る男−横島がいることに気づいた。
「あっ、ああ‥‥ 大丈夫だ。気分も上々だよ。」

 その言葉に、横島は心からほっとした顔を見せる。
「それは良かった。ずいぶん苦しそうだったし、心配したよ。」

‘このあたしを『心配』だって?!’
同情めいた言葉に反発し体を起こそうとする。しかし、全身に痛みが走りあきらめる。そう言えばと、傷口を見ると手当が施されている。
「これは、お前がしてくれたのか?」

「ああ。でも、半分以上素人だから、これで良いのかは判らないんだけどな。具合が悪きゃ取ったってかまわないから。」

「いや、そんなことはない。手当をしてもらったことは感謝するよ。」
そう礼を言った後、詰問をするような口調で、
「助けてもらったのはありがたいんだが、なぜ助けた? あたしが妖怪ってことは、判ってるだろう。それに、山に棲む”悪い”妖怪の噂を聞いたことはないのか。」

「噂かぁ 聞いてることは聞いているが、尾鰭がつくからな。話半分ぐらいに聞けば、そんなに非道いこともしていないみたいだし、良い噂だって聞いてるよ。」
 そこまで言ったところで不安が顔を横切る。
「そういや、”神隠し”があんたの仕業って噂を聞いたんだけど、どうなんだ?」

「あれは、あたしじゃない。」即座に否定する。

「それは良かった。女の人や子どもを含めて何十人もさらった妖怪を助けたんじゃ、申し訳が立たないからな。」
疑う様子もなく横島は、その言葉を受け入れる。
「まあ、実際、『助けて良かったのかなぁ?』って思うところもあるけど、見捨てた方が後悔しそうだろ。それに、妖怪だろうと何だろうと、きれいなねーちゃんを放っておくなんて勿体ないことはずえぇぇーたいにできない性分なんだよ。」

「”いい男”だねぇ、アンタ。こんな怪我をしてなきゃ、放っておかないところだよ。」

「ほ‥‥ 本当?! 本当に、『放っておかない。』って思って言ってくれるのか。」
詰め寄るように顔を突き出す横島。

「ああ、嘘は言ってるつもりはないよ。」飢えた獣の目つきに、少し顔が引きつる。

「こっ、これは愛の告白と受け取るしかない!! なら、互いに肌のぬくもりを感じ合うことで、人と妖怪の間でも愛を交わせることを確かめるっきゃな〜〜いぃ!」
 全身がバネのようにはじけ跳びかかる。

べぎゃ! 異様な効果音とともに、横島の体は逆方向に吹っ飛んだ。
200年ほど未来であれば、クロスカウンターと表現できるタイミングで繰り出されたヤツメの拳が、跳びかかる横島の顔面にめり込んだ結果である。

反射的に利き手−怪我をしている方の腕を使ってしまった痛みで顔をしかめながら、
「いくらなんでも、それはいきなり過ぎるだろうが!!」

「やっぱり、そう巧くはいかないよなぁ」情けなさそうな声でつぶやき起きあがる横島。
 顔の中央部を凹ましてはいるが平気な様子である。

 同類と思えるほどの不死身さに驚く一方、言い訳をするように、
「そう気落ちするんじゃないって。別にアンタが嫌いだってことじゃないからさ。この体じゃ、その手のコトは無理だろ。なに、三日か四日あれば回復するからさ。それまで待ってくれないか。」

「三、四日?!」その数字に、横島は忘れかけていたことを思い出し、肩を落とす。

「どうしたんだ?」

「連れに置いてけぼりを喰らったんだよ。追いつくのに急いでたってことを、すっかり忘れていたんだ。」
よく考えてみるとここでかなりの時間を費やしている。

「置いてけぼりを喰っても追いかけたいって、その『連れ』って”好い人”なのかい?」

「ああ、”良い人”だよ、間違いない。」
 横島は、ご隠居たち三人を思い浮かべうなずく。

 親元から離れてからこちら、いわゆる世間の冷たさを味わうことが多かった中で、(三者三様ながら)あれほど気の良い人たちに出会えたことは本当に嬉しかった。それだけに、せっかくの出会いを、これで終わりしようとは思っていない。

‘『好い人』か。’嬉しそうに肯定する様子に古傷が疼くのを感じる。
「なら、仕方ないね。妖怪の身でこれだけのことをしてもらえりゃ十分だ。もう、あたしのことは気にしなくて良いから、行きなよ。」

促されるままに立ち上がる横島だが、
「そう言ってもらうと気は楽なんだが、ホントに良いのか? 怪我だって治ったわけじゃないだろう。ああは言ったけど、手がいるんだったら残っても良いからな。」

 ‘ここで『残って。』って言えば残ってくれるんだろうな。’
 と心の中でつぶやくものの、
「心配はいらないよ。妖怪の生命力は、あんた等とは違うんだ。手当が良かったから、あとは寝てりゃ治る。それにもう少しすれば、端女(はしため:召し使い)も戻ってくるんだ。あんたがいなくたって困りゃしないさ。」

「そうか、なら安心だが‥‥」

 『本当?』という感じで顔をのぞき込まれ、その真摯な眼差しに鼓動が早まる。
 それを隠すように気楽な様子で手を振り、
「いつまでも、油を売ってないで、さっさと行きな。好い人に追いつけることを祈っといてやるからさ。」

 『ありがとよ。』という感じでうなずき出ていく横島。



出ていった後をしばらく見つめていたヤツメは、一つため息をつくと体を横たえる。それから屋根の方に向かい、
「シジミ、隠れてるのは判ってるよ。覗き見なんて趣味が悪いね。」

大人の手の平ほどの羽根を持った蝶が天窓から入ってくると、人の姿に変化する。
「いや〜 姐さんがせっかくイイ感じになっているところに、割り込むほど無粋やおまへんで。」

「いい感じねぇ‥‥」
 つぶやくように繰り返すヤツメ。好いた惚れたはないつもりだが、確かに、久々にイイ男に出会えたとは思う。

「そうですよ。あんなイイ感じの姐さんを見たのは、だいたい200年ぶり‥‥」
 主人の視線が厳しくなったことでシジミは言葉を濁し、
「とにかく、そのイイ感じになった男をあっさり逃がしても良かったんですか? ものすごく女に弱いようやし、すがって引き留めれば、残ってくれましたで、あれは。」

「そんな恥ずかしいことができるかい! それに、こっちが捕まえた獲物ならともかく、人様の獲物を横取りするヤツメ姐さんじゃないんだよ。」

‘そんなエエカッコしぃするから、捕まえた獲物も横取りされてしまうんでっせ。’
 と思っていても、誰かさんのように口にはしないシジミ。
「それより、このショバからの引き上げ刻(どき)でっせ。昨夜もそやけど、さっきも剣呑な連中がここいら辺をうろうろしてましたから。」

「『剣呑な連中』だって?」ヤツメは、昨日の除霊師との戦いを思い出し顔をしかめる。

シジミは、軽く手を横に振り。
「昨日の奴やおまへん。今回は、刀を抜いて目の血走ったトーシローが五・六人ってとこです。で、からかってやったら逃げましたけど、いろんな奴らが、この調子で入り込んできた日には、たまりませんで。」

「‥‥ったく、静かで良いショバだったんだか、やっぱり、捨てるしかないか。」
 ヤツメは、昨夜の結論に落ち着きそうな流れに、ついぼやいてしまう。
‘そうだ、あのボウズの後を追ってみようか。追っかけた『連れ』がどんな女なのか、見るのも面白そうだしね。’


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