「ここで死臭が途切れてる…乗り物に乗ってどこかに行ったみたいね。」
タマモと西条は焼殺現場から続く死臭を追って近くの公園まで来ていた。
「よし、付近の住人から目撃情報を集めよう。それから……。」
ピリリリリリ……!!
その時西条の携帯電話が鳴る。
発信元は「美神令子」となっている。
「やあ、令子ちゃん……ああ、いま捜査を……なんだって!?」
突然大きな声を上げる西条にギョッとするタマモ。
「わかった、タマモ君を連れてすぐそっちに向かう!!」
西条は通話を切りタマモの方へ振り返る。
「どうかしたの西条?」
「令子ちゃんがこの事件の犯人を知っていると言うんだ。証拠もそろっているらしい。聞き込みは後回しにして令子ちゃんの事務所に向かうぞ。」
スタスタと歩き出した西条の後を追いかけようとしたとき、よく知った匂いを感じてタマモはふと足を止める。
(おキヌちゃん……?)
「急ぐぞタマモ君!!」
「……わかってるわよ。」
タマモは小さな疑問を頭の隅に追いやり、公園を後にした。
「……というわけなのよ。」
「なるほど……証拠としては充分だ。妖気が感じられなかった理由もこれで裏付けられたな。」
美神の話に頷きながら西条はノートパソコンを操作する。
「何をしてるんでござるか西条どの?」
シロが不思議そうに尋ねる。
「念力発火能力者のリストを調べているんだ。瀧谷護の素性がわかるかもしれない。」
キーワードを打ち込むと、画面に中学生くらいの少年の写真が現れる。
美神が怪訝そうに画面をのぞき込む。
「子供……?」
「5年前から記録が更新されていない……行方不明だと?」
さらに西条はウィンドウを開いていく。
ある項目に目がとまった美神は思わず大声を上げてしまう。
「なにこれ……能力者ランクSですって!?」
「どーしたんですか美神さん、急に大声出して。」
背後の横島が尋ねる。
美神は横島に、除霊のランクと同じように超能力者にもランク分けがなされていることを説明した。
ランクはその危険度が高い順にS・A・B・C・Dと五段階に評価されるのである。
「ひのめでさえAランクなのよ…アイツはそれ以上の能力があるっていうの!?」
「マ、マジっすか!?」
「彼の父親も念力発火能力者のようだ。GS資格取得者だったが除霊中の事故により重傷を負い、それが原因で死亡している。」
「やっぱり瀧谷はGSのことを知ってたのね……たいした役者だわ。」
美神は忌々しそうに呟く。
「確保の際には充分な対策を練る必要がありそうだな……。」
西条はノートパソコンを閉じ、腕を組んで考え込む。
「しかし、どうもわからない……。」
ぽつりと呟く西条に視線が集まる。
「わからないって、なにが?」
「犯行の動機もそうだが、令子ちゃんに近づいた目的だよ。恨まれるようなこととか、なにか心当たりはないのかい?」
「そんなの……ないに決まってるでしょ!!こないだのが初対面よ!!」
「……なんで一瞬口ごもるんですか……?」
すかさず横島がツッコミを入れる。
「うるさいわね!!そんなの気にしてたらGSなんてやってらんないのよ!!」
美神が横島の襟首をガクガクと揺さぶっていると、西条の携帯電話が鳴り出した。
「こちら西条……。」
西条はしばらく話し込んでいたが、突然血相を変えて立ち上がった。
「それは本当なのか!?」
2,3回頷いた後携帯電話をしまい、西条は美神に目を向ける。
「令子ちゃん、それにみんなもこれから話すことを冷静に聞いてもらいたい。」
「ど、どうしたの急に?」
西条の表情は真剣そのものだった。
「先刻殺害された男のアパートから、幼い女の子の遺体が3体も発見された……。」
「なっ……!?」
その言葉にその場にいた全員が凍り付く。
「それから以前殺害された被害者達の身元の報告も入ってきた。ドラッグの売人、悪徳ヤミ金業者、一家惨殺事件の指名手配犯と……どれも一級品の極悪人ぞろいだ。」
「どうりで……怨念のニオイがするはずだわ……。」
「天誅…のつもりでござろうか……。」
「待てよ…ってことは、まさか次のターゲットは!?」
タマモ、シロ、横島の3人は心配そうに美神を見つめる。
西条も無言で頷き、美神に話しかける。
「令子ちゃんは念のためにしばらく我々ICPOと行動を共にしてくれ。」
「なんで?」
「え?」
今度は美神の言葉に全員が凍り付く。
「あ、あの〜美神さん、話聞いてました?」
横島が恐る恐る尋ねる。
「聞いてるわよ。悪人が狙われてるんでしょ。」
「だったら……。」
「だったらなんなのよ!!」
「……。」
全員の視線が美神に注がれる。
しばらくして美神はハッ、とする。
「まさか次は私が狙われてるっていうの!?」
(やっと気付いたのか……)
全員が心の中で見事にハモっていた。
「いままでの流れからしてその可能性が高いと言ってるんだよ。」
「冗談じゃないわよ!!私がなにをしたって言うの!?」
その時横島がずいっ、と身を乗り出す。
「そりゃあ、アレとかコレとか数えたらキリがないほど……。」
ぐしゃっ!!
横島は美神の鉄拳をくらって床にめり込む。
「納得がいかないわっ!!身に覚えのないことで殺されちゃたまんないわよ!!」
「お、落ち着きたまえ令子ちゃん……とにかく瀧谷護を確保することが先決だ。彼は今どこに……。」
美神がキレて暴れ出したその時、事務所の電話が鳴り響いた。
美神はイライラする頭を押さえつつ乱暴に受話器を取る。
「はい、こちら美神除霊事務所。」
「よお、美神さん。俺だよ……。」
それは今の今まで話題に上っていたその男であった。
「瀧谷……護!!」
「!!」
全員の視線が美神に集中する。
「思いもしなかったわ……アンタが焼殺事件の犯人だったなんて!!」
「そうか、気付いちまったのか……まあいい、電話したのは1つ頼みがあるからなんだ。」
「そんなものを聞く義理なんて無いわ!!」
「大事な話があるんだ……悪いが俺の所まで来ちゃくれないか?」
「ふざけんじゃないわよ。はいそーですかってノコノコ会いに行く理由が私にあると思ってんの!?」
言葉を荒げる美神を瀧谷は受話器の向こうでクスクスと笑っている。
「理由ならあるさ…誰か足りないことにまだ気が付かないのか?」
「なんですって?」
「周りをよーく見てみな……。」
美神は視線を動かし事務所を見渡す。
横島、西条、シロ、タマモ……。
「おキヌちゃん……?」
美神は事務所の中を探させたが、おキヌの影も形も見あたらなかった。
「やっぱりどこにもおキヌちゃんがいませんよ!!」
息を切らした横島が部屋に戻ってくる。
「まさか……!?」
そのとき美神の前に申し訳なさそうな顔をしたタマモが歩み出た。
彼女は目を伏せ、うつむいたまま喋り始めた。
「死臭を追ってたどり着いた公園でおキヌちゃんの匂いを感じたわ…ごめんなさい、もっとちゃんと調べておけばよかった……。」
「!!」
「とまぁ、そういうわけだ。」
「……場所はどこ!!」
「俺達が最初に出会った工場、覚えてるだろ?俺はそこにいる。」
「あのコにもしものことがあったら……死ぬだけじゃ済まさないわよ!!!!」
「……それからわかってると思うが、部外者は連れてくるなよ。それじゃあ待ってるぜ……。」
そしてプツッ、と通話は途切れる。
「あ…の野郎……!!」
美神はわなわなと全身をふるわせ、デスクに拳を叩き付ける。
「ぶっ殺す!!!!」
廃工場は一週間前の除霊の後すぐさま撤去され、今はコンクリートの基礎が名残として残っているだけとなっていた。
地面はきれいにならされ、身を隠せそうな場所はない。
敷地の暗闇をポルシェのヘッドライトが切り裂いていく。
その光の先に浮かび上がるシルエット。
ジーンズのポケットに手を突っ込んだまま横を向いてたたずむ男の姿。
美神、横島、シロ、タマモの4人は車から飛び降り身構える。
「瀧谷……!!」
「俺は最初から怪しいなーと思ってたが…とうとうシッポを見せやがったな!!」
美神と横島はすでに臨戦態勢に入っている。
瀧谷はゆっくりと4人の方へ振り向く。
そこに立つ男はいつもとは正反対の、凍てつくような雰囲気をまとっていた。
「早かったじゃないか美神令子…人を待たせないってのはいいことだ。ところで……横島はともかくそっちのお嬢ちゃん達は何なんだ?」
シロとタマモはザッ、と地面を踏みしめ瀧谷を睨む。
「拙者は横島先生の弟子、犬塚シロでござる!!こっちのタマモは……。」
「事務所の居候よ。」
「これはまた……美神除霊事務所ってのはかわいコちゃんぞろいなんだな。」
フッ、と口の端を上げて瀧谷は笑みを浮かべる。
「よくもぬけぬけと……おキヌちゃんを返すでござるッ!!」
シロは疾風のごとき跳躍で飛びかかり、無防備な喉元めがけて霊波刀を突き立てる。
バシッ!!
だが、瀧谷は眉1つ動かさずに左手でシロの右手を掴み、一気にひねり上げた。
「あだだだだだっ!?は、放せこのッ……!!」
「やれやれ……横島、弟子の躾はしっかりしておけよ。」
右手でシロの奥襟を掴み上げると、それこそ犬のように放り投げる。
「どわあッ!?」
横島は飛んできたシロの下敷きとなってもがいていた。
続いてタマモが瀧谷の前に飛び出す。
「少しはやるみたいだけど…あまり調子に乗らないことね!!」
タマモは人差し指と中指を口元に当て、炎の帯を吹き出す。
ゴオッ!!
「!?」
不意を突かれ、瀧谷はまともに狐火を浴びて炎に包まれた。
「やった!!へへッ、ざまーみろッ!!」
横島はひっくり返ったままガッツポーズを取る。
だが、その様子を見ている美神は変わらず険しい表情で言う。
「横島クン忘れたの?アイツは念力発火能力者なのよ……!!」
その直後瀧谷を包む炎がまるで意志を持つかのように渦を巻き始め、炎を周囲に撒き散らしながら消滅していく。
袖や足をパンパンと払い、まるで何事もなかったかのように立っている。
「狐火をコントロールしてかき消した……!?」
「まさか炎を使ってくるとはな…おかげで一張羅が焦げちまった。将来いい使い手になれるぜお嬢ちゃん……だがな。」
ドシュゥゥッ!!
突然タマモの頭上に巨大な火球が出現し、空中で炸裂する。
飛び散った炎は矢のように降り注ぎタマモを襲う。
「くっ……!!」
とっさにバク転で間合いを取り、タマモは事なきを得た。
(あ、危なかった…一瞬遅れてたら……それにあんな高度な技を一瞬で……)
「お前とは年期ってヤツが違うんだよ…わかったら引っ込んでな。」
瀧谷はまるで眼中にないと言った感じでタマモをあしらい、美神に向かって一歩踏み出す。
「用があるのは美神令子……お前だけだ。」
「すいぶんと強気な態度ね……それが本性ってわけ?」
美神はいきり立つシロとタマモを下がらせ、不敵な態度を取る瀧谷と対峙する。
「おキヌちゃんは無事でしょうね……?」
「今のところはな。」
瀧谷は親指で背後を指す。
敷地の奥にハーレーが止めてあり、おキヌは手錠でバイクに繋がれていた。
気を失っているのかピクリとも動かない。
「おキヌちゃん!!」
ゴオォォッ!!
だが、駆け寄ろうとする美神の行く手を轟音と共に出現した炎の壁が阻む。
「ッ!?」
「ご対面は俺の用件が済んでからだ。」
鋭い視線で見据える瀧谷。
美神はそれを真っ向から受けて立つ。
「瀧谷…何もかも、全部芝居だったのね……すっかり騙されたわ。」
「俺はウソつきなのさ。おかげでお前の実力は研究済みだ。礼をいっとくぜ。」
「…1つ教えて。なぜ私を狙うの?この稼業やってれば恨みの1つや2つ買うこともあるけどさ、アンタに狙われる理由なんて思い浮かばないんだけど。」
「俺も別に恨みがあるわけじゃねぇさ。」
「となると……悪党ばかり次々と殺すあたりに秘密がありそうね。」
美神の言葉に瀧谷の目元がピクリと動く。
「……お喋りはここまでだ。俺はさっきからお前を殺りたくてウズウズしてんだよ。」
「願い下げね……品のない男は嫌いなのよ!!」
美神と瀧谷、2人は互いに駆け出す。
美神が懐に飛び込んだ瞬間、瀧谷のパンチが振り下ろされる。
それを神通棍で跳ね返し、返す刀を斬り下ろす。
刃が瀧谷の目の前に迫った瞬間、2人の間に小規模な念力の爆発が起こる。
そこに生じた圧力を受けて瀧谷は後ろへと飛び、互いに元の間合いに戻る。
この間、わずか1秒。
「す、すごい……(でござる)」
シロは美神の、タマモは瀧谷の、自分と同じスタイルの高度な戦いの駆け引きに舌を巻いていた。
「さすがに強いな…まだ腕が痺れてるぜ。」
瀧谷は腕をさすりながらほくそ笑む。
「相変わらず不気味なくらいに頑丈ね…腕の1本や2本は持ってくつもりだったんだけど。」
「だったらもったいつけてねーで本気で来いよ。」
「そうさせてもらうわ……!!」
瀧谷が手をかざすと、炎が波のようなうねりとなって地面を押し寄せてきた。
「横島クン!!」
「合点ッ!!」
美神の合図で横島が「裂」の文珠を投げると、炎が中央から真っ二つに裂けていく。
「!!」
炎の間を駆け抜け、がら空きとなった瀧谷の胴を全霊力を込めた神通棍でなぎ払う。
スバァッ!!
直撃を受けた瀧谷は数メートル吹っ飛び、地面を滑ってようやく止まった。
「見たか!!そんな実力じゃー100年経っても美神さんにはかなわねーぞ!!」
わっはっはと横島は勝ち誇った笑い声を上げる。
しかし美神は構えを解かぬまま倒れた瀧谷を見据える。
(妙だわ……今の攻撃くらい避けるなり受けるなりできたはずなのに……)
美神の中に言いしれぬ違和感が走り抜けていく。
瀧谷はいまだ動かない。
シロとタマモも美神と同じように違和感をその身に感じ取っていた。
人狼と妖狐の超感覚が起こりつつある異変を敏感に察知していた。
「シロ……!!」
「ああ、とてつもなく嫌な予感がするでござる……!!」
動物は身の危険を感じたときに全身の毛が逆立つ。
2人が獣の姿であったなら間違いなくそうなっていたに違いない。
得体の知れない威圧感がピリピリと肌に突き刺さってくるようだった。
やがてゆらりと瀧谷が立ち上がる。
口元からは鮮血が流れ、視線もハッキリ定まっていない。
「そ、そうだ……それでこそ、俺も遠慮しないですむってもんだ……。」
ズルッ……。
ヘッドライトに照らされた瀧谷の影から……いや、影そのものが形を持ち起き上がってきた。
それは輪郭を燃えさかる炎のようにゆらめかせ、瀧谷の体に重なっていく。
(あれは……シャドウ……?)
「ぐ…あ…ああああああ……ッ!!!!」
瀧谷の顔はみるみるうちに悪鬼のごとき怒りに満ちた表情となり、髪の毛が炎のように逆立っていく。
ウオオオオオオオオオッ!!!!
すさまじい叫び声を上げ、瀧谷は闇夜に向かって吼えた。
その瞳はまるで獣の、本能によって突き動かされるそれとよく似ていた。
「ガアアッ!!」
見開かれた目が美神をとらえた瞬間、地面がひび割れ閃光がほとばしる。
ゴバァッ!!
「しまっ……!?」
光の柱とも形容できるような火柱が美神を貫く。
だが間一髪の所で横島が文珠で結界を張り、美神は無事だった。
それでも突然窯の中に放り込まれたような耐え難い熱さを美神は感じた。
炎が消え、安堵のため息をついた美神はふと足下を見てギョッとする。
自分が立っていたところ以外の地面があまりの高熱でドロドロに溶けていた。
文珠の結界も一瞬のうちに力を使い果たし消滅してしまった。
すさまじい火炎の威力に美神と横島はサァーッと血の気が引いていくのを感じた。
「あ、あんなんアリかッ!?反則級の威力じゃねーか!!」
「こんなの人間が扱える霊力の限界を超えてるわ……アンタ一体……!?」
美神が問うた瞬間、瀧谷の瞳に意志の光が宿る
「そうだな…少しは世話になった身だ、殺す前に教えといてやるよ…お、俺の中には自分じゃ押さえられねえ怪物がいるんだ……そいつの好物は悪党の薄汚れた魂でな、エサを見つけるとこうやって……ぐッ……表に出てくるんだ……そうなったらもう止まらねぇ……。」
「コイツ体の中に妖怪飼ってやがったのかあッ!?」
横島はえんがちょ、と後ずさる。
(でも…さっき見たのはシャドウのはず……シャドウが本人の意識を乗っ取るなんてそんなことが……?)
「ずっと…怪物が言ってるんだ……美神令子の魂を喰いたくてたまらねぇってよ!!」
再び瀧谷の瞳は悪鬼のそれに戻り、周囲に火炎を巻き起こし始める。
美神は乱れた髪をかき上げ、フゥ…とため息を1つつく。
「まったく、ずいぶんと失礼な化け物ね……私にケンカを売るとどういう事になるのか今からたっぷり思い知らせてあげるわ!!」
そして横島、シロ、タマモも美神の元に駆けつけ身構える。
「美神さん、いつでも準備はできてますよ!!」
「義によって助太刀いたすでござる!!」
「アンタを捕まえればご褒美がもらえるのよね。」
美神はすうっ、と息を吸い込み瀧谷を見据える。
「瀧谷護……アンタがどこで悪党を殺そうが私の知った事じゃないけど、ちょっと悪さがすぎたみたいね。このGS美神令子が……。」
美神は神通棍を一振りし……
「極楽へ逝かせてあげるわ!!!!」
決めのセリフと共に戦いの幕が切って落とされた……!!
次回はいよいよ最終話(予定)です。
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