椎名作品二次創作小説投稿広場


そして続く物語

おキヌ、お手伝いに行く


投稿者名:ゼロ
投稿日時:05/ 3/27

 美神事務所を震撼させた横島の出向騒動が終わってから2ヶ月が経とうとしていた。
 窓から差し込む日差しは部屋に十分な光を与え、流れ込んでくる空気からは十分すぎるほどの暖かみを感じる。
 もう春は既に半ばに差し掛かっている。
 その春の陽気の恩恵を十分に受けている建物のとある一室の中には2人の男がいた。
 1人はGパンとジーンズというラフな服装で書類を眺め、もう1人は長髪で高級感そうなスーツ姿で書類を読む男の様子を伺っている。
 犬猿の仲の両者が2人だけで同じ場所にいるのは珍しい。おそらくオカルトGメン日本支部でしか見られない光景だろう。

 オカルトGメンは主に高額な依頼料が払えない一般人の霊障を解決するために設立された公の組織である。
 中世に魔術や錬金術が流行した影響や偉大な科学的発見をしたニュートンがその基本思想から最後の魔術師と呼ばれるように
 ヨーロッパではオカルトに対する知識や理解が深く、霊障に対処できるようにオカルトGメンの組織形態も以前から整備されている。
 しかし民間GSがシェアをほぼ独占していた日本では、オカルトGメンは設立されてから歴史が浅い。
 そのため霊的要素の絡む犯罪の捜査の際には、自分の縄張りを侵されることを激しく嫌悪する警察との協調がうまくいかないケースも多い。
 事件発生時に的確な行動の取れる実戦経験の豊富な捜査官が少ない事も問題となっている。

 その問題点を解決するために一番手っ取り早いのが、優秀な捜査官を確保して実績を積む事である。
 しかし日本では美神令子の様な良くも悪くも多彩な活躍をしている高名なGSが民間に多数存在する。
 そのため有望な新人GSやGSの卵が進んでオカルトGメンに入るケースは非常に少ない。
 おかげで日本支部での新人養成は遅々として進まず、現状で単独で戦闘行為を伴う事件を任せられるのは、
 唐巣の元にいた時からオカルトGメンを志していたブラドー島出身のピート、留学していたヨーロッパで合理主義を身に付けた西条、
 どこぞの奥地に数年潜んでいた美智恵など日本とは微妙に縁の薄い少数の者だけである。

 これではいけない。
 いくら豊富な道具が揃っていたところで、それを使いこなせる人間がいなければ唐巣先生に大金をあげるようなものだ!
 恩師を不遜な例の引き合いに出すほどまでに危機感を募らせていた美智恵達だが、
 とある計画が環境省からオカルトGメンに持ち込まれた際に現場の人手不足を解消する手段を思いつく。
 そのために持ち込まれた計画に手を加えて、様々な騒動の末に横島忠夫を美神事務所からオカルトGメンに出向させた。
 渋る娘を懸命に説得した美智恵の裏では、西条が美智恵も舌を巻くほどに巧妙に暗躍していた。
 西条の暗躍や美智恵の横槍の結果、最終的には横島の出向と美神事務所から交代で彼の補佐をする人材の派遣が決定した。

 しかし現状では横島の補佐役としてオカルトGメンに派遣されるのは、主に美神事務所の事情からシロとタマモの割合が多い。
 美神事務所に依頼された除霊を遂行する際には、主戦力となる美神やおキヌはそちらに集中せざるを得ない。
 そのため彼女達は暇な時でないと横島の側にいるのが難しいのである。

 横島をオカルトGメンに引き入れる事で事務所のメンバーとの接触の機会を減らす。
 更に横島の同僚に八代秋美がいることを示して彼女達の危機感をあおる。
 特にいまいち積極行動に移れずにいたおキヌに刺激を与えて行動を促す。秋美が横島とくっつくならそれもよし。
 あの計画で満点の結果が得られなかったのは不満が残るが、この状況なら及第点だ。今後いくらでも手を加える余地がある。
 そう考えながらにやける西条だが、目を向けると横島が書類を読み終えたようである。

「彼らのことをよく知っている君から見て、この割り振りは的確かい、横島くん?」

「まあ、問題ないと思うぜ。カイは仲のいいピートと組ませてあるし、悪戯好きなシフは飯塚さんが面倒見てくれるんだろ。
 結局これでうまくいくかどうかは出たとこ勝負だけどな」

「ではしばらくはこの通りに進めるよ。何か問題があったときは君に相談する事になると思うが」

「預け先は西条の所じゃないんだから、その時は飯塚さんに来てもらえよ」

 言外に西条は来なくていいという意味をこめる横島だが、西条は冷静に切り返す。

「なるほど。その時は君が、シフくんが問題を起こしたせいで不機嫌になっている飯塚くんの相手をしてもらえるのか。それなら大助かりだ」

 うまく切り返されて言葉を詰まらせる横島を見て、西条は笑いながら追い討ちをかける。

「おや、どうしたんだい?飯塚くんほどの女性の相手をするのは君としても本望じゃないか」

「うるせえ。………あの人は迫力がありすぎだよ。
あんなに美人なのにあの雰囲気のせいで下手に口答えしたら、ワルキューレみたいに問答無用でビルの窓から突き落とされる気がするしな」

「生身で大気圏に突入した君ならビルから落ちても何の問題もないと思うけどね。
 まあ君がそう感じるのも無理はないよ。彼女は元々警視庁のキャリア組の中でも特に敏腕な刑事だったんだよ。
 警察社会の風潮で自分より実績の劣った同期の男達が出世していくのに嫌気がさした時に
 僕の知り合いの霊能力者が彼女と知り合った事が縁になってオカルトGメンに鞍替えしたってわけさ」

「そうだったんかい。どおりで敬礼がうまいわけだよ」

「もし君が彼女の目の前でセクハラしてたら、問答無用で手錠をはめられて留置所行きになったのにねえ………」

 心底残念そうに呟く西条に青筋を立てながらも横島は反論せずに話題を変えた。

「ところでカイとシフはオカルトGメンが公認した協力者なんだろ。捜査協力の時ってお前らの指揮下に入ってるのか?」

「基本的に指示には従ってもらうように契約したんだけど、正式な捜査官同様にそれを徹底させるのは無理だね。
 あくまで対等な立場での契約なんだから、完全に指揮下に入ってもらうならそれ相応の待遇を与える必要があるんだよ。
 でも今の法整備の状況だと人外の協力者に取れる優遇措置は限界があってね。これ以上踏み込んだ関係にはなれないよ」

「じゃあ、俺達が仲介の時に妖怪に示せる条件ってカイとシフの待遇が限界って考えてもいいんだな?」

「いずれ協力者の実績が数字で示されれば状況も変わるかもしれないけどね。今の時点ではそれでかまわないよ」



 この二ヶ月、横島と秋美とピートは美神事務所にコネのある妖怪に声をかけて計画参加に誘っていた。
 一度依頼を遂行して信頼を得ているポレヴィーク、エンノコ、赤舌などの者達からは概ね好意的な返事を貰っている。
 また銀狐、宇婆、小豆洗いなどの猜疑心の強い種族の者達からも、経過を見て途中から参加してもいいとの返事を受けている。
 そんな中でアカガンタァのカイと赤頭のシフはかつて彼らが美神たちに出会ったときに、
 その実力や人狼や妖狐が美神達と交友を持っているのを見て人間に興味を持つようになった。
 そのため彼らは横島からの計画参加の打診を進んで受け入れ、更にオカルトGメンに協力する契約を結んだのである。

 元々横島がオカルトGメンに出向する事になった原因は環境省が発案した「特殊生態系を利用した自然環境保全計画」だった。
 この計画の目的は、保全対象の土地の維持・管理にその地の人外の存在を参加させて総合的なコストを削減する事である。
 しかしこの計画の有効性の検証や実際に実行に移す際には、オカルトに関する幅広い知識が不可欠であった。
 そのため政府はこの計画をオカルトGメンに持ち込み、計画の検証と実行を要請した。
 これに対してオカルトGメンは計画に手を加えた修正案を発案者に提示する。
 そして条件付きで政府の要請を受け入れる方針を明らかにした。

 修正案に関しては慢性的な現場の人手不足を解決しようと腐心する美智恵や
 オカルトGメン日本支部の実績を上げて警察と対等な立場を手に入れ、
 オカルトGメンの捜査を幅広く適用する事を目論む西条の意向を受けた内容になっている。

 その結果、政府はオカルトGメンがこの計画の初期の実行段階(妖怪達への参加要請、人との軋轢の際の折衝等)を引き受ける代わりに、
 計画に参加する妖怪にある程度の待遇の保証と引き換えに捜査協力をする契約を結ぶ事を認めた。

そして横島たちの交渉により、カイとシフはオカルトGメンと正式に契約した妖怪の第一号と二号になったのである。
 これからしばらくの間、彼らはピートや飯塚達の傍でオカルトGメンの仕事について学ぶ事となっている。
 彼らに対する待遇は人間界での身分と衣食住の保障とある程度の行動の自由等である。
 これにより信頼できる人間の付き添いさえあれば、彼らは人間界の中ではほとんどの場所に出入りが可能になる。
 行きたいと思えばデパートや映画館はもとより、競馬場や裁判の傍聴にも行くことが出来るのである。
 金銭の認識やその扱い方を知らないため、人間同様の給料が支給されるのはもうすこし後のことになる。


 話題が一段落したのを見計らって西条はさりげなく己が最も関心を寄せていることに探りを入れた。

「ところで八代くんの姿が見えないけど彼女は来ていないのかい?」 
 
「八代さんは次に交渉する相手の調査だよ。多分このビルの資料室にいると思うぞ」

「そういえば次は面識のない相手と交渉するそうじゃないか」

「まあな。この二ヶ月で俺や美神さんやシロ達と直接会ったことのある連中には大体声をかけたからな。
 いよいよこれからが本番だよ。」

「まあ、頑張ってくれたまえ。君が失敗して恥をかくのは一向に構わないが、こちらにとばっちりが来るなら話は別だ。
 僕も協力は惜しまないよ。」

「……あんがとよ。八代さんには恥を掻かせないから安心しろ」

 西条は横島との会話から好感触を得た。
 自分の計画はうまくいっているのを感じるのは心地よいことだ。
 今の発言からも分かるように横島は美神事務所のメンバーと同様に八代秋美に身内意識を感じ始めている。
 まだ自覚はしていないようだが間違いが起きてもおかしくない状況になるのは時間の問題だろう。
   
「何をニヤニヤ笑ってるんだ西条。頭の中に花でも咲いたか?」

 どうやら知らないうちに顔が緩んでしまったようである。
 怪訝そうな横島の声に慌てて顔を引き締めると西条は誤魔化すように咳払いして部屋を退出した。




 部屋に誰もいなくなると横島は行儀悪く姿勢を崩しながら頬杖をつく。

「まったく、書類仕事ってのは肩が凝るな。除霊の手伝いのほうがナンボか楽だよ。
 美神さんや八代さんみたいな美人と一緒なら書類だろうが除霊だろうが文句ないんだけどな」

 彼らしくもなく、しかしある意味で彼らしいセリフを呟きながら横島は時計を見た。
 2時20分を少し回ったところである。あと五分もすれば秋美とピートが来るだろう。
 ほんの少しだけ出来た休憩時間を利用して、横島は二ヶ月間殆ど除霊をしていないせいで鈍った勘を取り戻そうと霊力を練った。
 霊力を掌に集中させて形にする。横島の右手には六角形で厚みのある盾、剣、爪付きの籠手が次々と現れる。
 最後にストックしていた文珠に文字を込め、更にそれを消して無字の状態に戻す。
 結果は、サイキックソーサーや栄光の手の発現や変形は以前と同様のタイムラグで行えた。
 しかし文珠に込める文字のコントロールには、以前よりやや時間が掛かった。
 書類仕事で文字ばかり追っていたせいでイメージを臨機応変に思い浮かべる技量が落ちているようだ。

「あー、なんとか暇見つけて勘を取り戻さんとな。
 これからの交渉はもしかすっと力づくになるかもしれんし」

 美神事務所の依頼で仲介を担当したときは必ずしも話し合いだけで解決してきたわけではない。
 交渉を有利に進めるために好戦的な種族が相手の時には、相手を譲歩させるために戦闘に及んだことは何度もある。
 こちらの実力を分からせなければ話し合いのテーブルにつかない相手もいた。

「つうか、好戦的な相手ほど戦った後はやけにフレンドリーになってくる場合が多いんだよな。
 拳で語り合った仲だのなんだの雪ノ丞みたいな事を言うやつもいたし」

 人と人外の存在との共存共栄、美神事務所がこの方針を成功させた要因は美神の駆け引きと横島の人外に好かれる体質だけではない。
 彼女達が、戦闘力が高く野性的な相手とも五分以上に渡り合える実力を有していたからこそ、あれだけの成功につながったのだ。
 この二ヶ月で交渉した相手は既に横島と面識があり、その力を認めている者達ばかりなので戦闘に及ぶ心配はなかった。
 しかし今後は未知の相手とも交渉することになり、交渉の過程で戦闘になる事も十分に考えられる。
 だからこそ戦闘力の低い秋美を守るためにも自分がしっかりしなくてはならないのだが…………

 そこまで考えたときにドアがノックされる音に思考が中断する。
 横島が返事を返すとピートと秋美が部屋に入ってきた。 






「八代さん、それで調査の方はどうなりましたか?」

「ええ、今回の相手についてなんですが、基本的に悪戯好きのようです。
 調査に当たって参考にした文献によりますと人間に危害を加えた記録はないようです。
 特徴的なのは子供のような悪戯をするという記述が数多くあったことでした」

「例えば、どんな事です?」

「そうですね。厠に入った人間に突如喋りかけて驚かせたり、
 風呂に入っている人が独り言を漏らした際に『聞いたぞ』等と言って慌てさせたり、
 最近では塩と砂糖を入れ替えたりもしているみたいですね」

 情報収集や文献調査等は民俗学的な知識の豊富な秋美の得意分野である。
 交渉相手の正体がはっきりしていない場合、彼女は目撃証言や聞き取り調査等の結果と己の調査を照らし合わせて相手の正体を絞り込んでゆく。

「そりゃ、またなんちゅうベタな………まあ、ほとんど実害がないなら交渉の際の危険も減るか。
 ピート、今の話聞いてなんか分かったか?」
 
 秋美の話に呆れた表情を浮かべると横島はピートに尋ねた。

「はい、八代さん。相手の具体的な目撃証言はありましたか?」

「僅かですがありました。それによると体形はそれほど大きくなくありません。
 1m程度で完全な人型だそうです。人に姿を目撃された場合、彼らはすぐに逃げ出すそうです」

「目撃証言からだとエルフの変わり種かもしれませんね。
 大抵のエルフは森に住んでいてその姿は人によく似ているんですが、まれに人間の家に来て悪戯をする小人のような種族もいると聞きます」

 秋美の証言にピートは相手の能力について分析する。
 八百年の時を生きて昔のオカルトの知識もある彼は、相手の分析を担当する事が多い。

「武装している人間に悪戯した事例が殆どない事から、危険な存在ではないでしょう。
 エルフの小人族ならおそらく我々に戦闘を仕掛けてくる危険はありません。
 けれどエルフの仕業と思える事柄に比べて目撃証言は少ない。この事から相手は速く動けか、姿を隠せる術に長けている可能性が高いです。
 悪戯の事例が多いことから好奇心が旺盛でしょうが、同時に警戒心も強いと思われます」

「森はエルフの庭そのものだからな。危険はないけど厄介な相手ってところか。
 まずはどうにかして話し合いに持ち込まないといけないんだが、臆病な相手を話し合いに引きずり出すのは骨が折れるな」

「横島さん、好奇心を刺激して向こうから近づいてこさせるのはどうでしょうか?
 私が調べた感触ですと、相手は行動範囲内に居る人間の行動を遠巻きに眺める事が多いようです。
 それで興味をそそられた相手に対して悪戯を仕掛けているのだと思うんです」

 ピートの分析を聞いて基本方針を考える横島に、秋美が意見を述べる。

「そうするしかないかな………そうだな、相手は戦闘能力が低いみたいだし、おキヌちゃんにちょっと手伝ってもらうか。」

「彼女は明日こちらに来る予定でしたっけ?」

「確かそうだよ。明日の事務所からのサポートはおキヌちゃんだったはず」

「それでは、明日にも現地に行ってみますか?」

 横島の様子を見て、ピートは彼が何かしらの作戦を立てた事を察した。
 こんな時はこの手の交渉について2年以上のキャリアを積み、類似のパターンに対応してきた横島の経験は頼みになる。

「そうだな。ここからあんまり離れてない場所だし、日帰りでいけるだろ」

「それでは、今から明日の出張についての申請書を作成してきます。横島さんは氷室さんへの連絡をお願いしますね」 

 秋美が部屋から出て行くと横島は行儀の悪い姿勢に戻る。

「あーあ、明日から『組み込み計画』も本番か。肩が凝るよりはいいけどな」

「どうしたんですか、横島さん?らしくない発言ですね」

「あー、なんつうかな。人外の相手ばっかりしてるとセクハラする機会が中々なくてな。
 美衣さんみたいな美人が交渉相手の事なんて滅多にないしな」

 そう言って机に突っ伏す横島をピートは苦笑しつつ見やった。
 おキヌ達はおろか秋美でさえ横島に対してはっきりとした好意を示している。
その気になればいくらでも潤いのある生活が送れるというのにこんな事を言っている。
 自分でさえも彼女達の端々の行動や言動からそれに気が付くくらいなのに、どうして横島がそれに気がつかないのか。
 あるいは命がけで愛されたという精神的な充足がいつのまにか彼の中の何かを変革したのか。
 それにしては、初対面の時に飯塚にルパンダイブをかまそうとするなど横島の煩悩ぶりには大きな変化は見られない。
 美神にセクハラしてしばかれる光景も頻度は減ったとはいえ今でも目にする。 
 そんなことを考えている彼に、不意に顔を上げた横島が話しかけてきた。

「そうだ、ピート。明日の交渉は危険はないみたいだから来なくていいぞ。
 カイのレクチャーが始まってて忙しいんだろ?」

「ええ、カイさん達がうまくやれるかどうかで現場の状況が随分と変わるかもしれませんからね。
 うまくいけば今の人手不足の解消にも繋がりますし」

「現場の人手不足って『霊障対処法』の施行で解消されたんじゃないのか?」

 今から5ヶ月ほど前にこの法律の関係でオカルトGメンの捜査にも協力した横島はその時の状況を思い出してピートに尋ねた。

「確かにオカルトGメンに持ち込まれる事件の数や持ち込まれた事件の解決率は上がりました。
 でも、なんと言いますか………それは民間のGSの方々の活躍であって、オカルトGメンの実績が上がったとは見なされてないんですよ。
 それで上層部には、今後も実績が上がらないようだとオカルトGメンの予算削減や活動縮小に繋がりかねないと危惧しているみたいです。
 それに対して『組み込み計画』でオカルトGメンと契約した方の立てた実績は、オカルトGメンの活躍と見なされます。
 ですから上層部は一刻も早く契約してくれた方を現場に投入したがっているんです」

 ピートは非常に複雑な表情を浮かべながらポツリポツリと答えた。

「つまり今の人手不足ってのは、オカルトGメンが成果を上げるための人手が足りてないって意味か。
 隊長たちが『組み込み法』で協力者とオカルトGメンとの契約を政府に認めさせたのは、オカルトGメンの評判のためかよ。」

「決してそれだけが狙いではないんですが、否定は出来ないです。
 アシュタロス大戦ではオカルトGメンも活躍しましたが、最も活躍したのは美神さんや横島さんような民間の霊能力者が主体でしたしね」

苦い表情を浮かべる横島に、ピートはすまなそうに弁明する。

 あの時活躍したことで歴史の浅いオカルトGメン日本支部の社会での認知度は大いに上がった。
 しかしそれ以上にGS達が活躍したおかげで、ただでさえ高かった若手の霊能力者のGSという職業に関する憧れは更に大きくなったのである。
 それが現在オカルトGメン日本支部の人材確保を困難にしている一因となっている。

 ここで『霊障対処法』はオカルトGメンが作成した事になっているが、
 実際にはGS協会派遣のオブザーバーとして法案作りに携わってきた唐巣の尽力が大きい。
 GS協会の狙いはこの法案を通じてオカルトという一般には馴染みの薄い分野を扱うGSという存在のイメージを向上させることであった。
 オカルトGメン側も、増加傾向にある霊障絡みの事件の解決にオカルトGメンは対応しきれていない、
 という批判をかわすために法案作成に取り組んだのである。

 美智恵や西条は、『霊障対処法』が施行されてから、まずまずの成果が上がって市民の役に立っている事を喜んだ。
 ところが元々世間の批判を交わすために作成したこの法律のせいで、オカルトGメンにとって皮肉な事態が持ち上がる。
 それがオカルトGメンの活動縮小論である。
 元々民間のシェアが圧倒的だったこともあり、日本では民間で働いているGSの数が多い。
 そのため『霊障対処法』が機能すれば、高い予算をかけてオカルトGメンの組織整備をしなくても良いのではないか?
 そんな意見が政府の中で囁かれるようになる。
 これを封殺するためオカルトGメンは早急に大きな実績を上げる必要があった。
 オカルトGメンが『特殊生態系を利用した自然環境保全計画』の実行を引き受けたのには、そのような政治的事情も絡んでいたのである。
 
 この計画を成功させてオカルトGメンの重要性を認識させ、更に契約を結んだ人外の存在を利用して捜査の役に立てる。
 あわよくば計画に参加している横島をこのままなし崩し的にオカルトGメンに取り込んでしまおう。
 これが美智恵以外のオカルトGメン上層部と西条の本音である。


「そういや、お前もマスコミに取り上げられてたけど、あの時は民間人って立場だったもんな。
 なんなら今から、オカルトGメンの広告塔になってみたらどうだ?
 『アシュタロス大戦の功労者、オカルトGメンの意義について語る』って煽り文句でもつければ宣伝にもなるぞ」

 当時の事を思い出したのか横島は苦い表情を一変させると、冗談めかしてピートをからかった。

「勘弁してください、横島さん。隊長と同じようなこと言わないでくださいよ。
 マスコミに僕のことを徹底的に調べたら、以前にブラドー島で親父がやってた事がばれるかもしれないじゃないですか。
 親父のせいで僕個人どころかオカルトGメンのイメージが悪くなるなんてごめんですよ」

「わりいわりい。それじゃあ結局、こつこつと実績を積み上げていくしかないってわけか」

 慌てて首を振るピートの様子をみて機嫌を直した横島はからかうのを止める。

「それが一番です!」

 マスコミの取材に対して何か嫌な思いでもしたのかピートはきっぱりと言い切った。
 




 おキヌに明日の事を言伝しようと事務所に寄った横島だが、あいにく彼女は留守だった。
 仕方なくオカルトGメンに戻ろうとした彼を美神が引き止める。

「今、夕食作ってるからあんたも食べてきなさいよ」

 おキヌの帰りが遅いために久しぶりに料理を作っていた彼女は、ついでに横島の分も作ってやった。

「美神さんの料理食べるのひさしぶりやなあ」

 なんとなく薄給時代の事を思い出した横島が思わず涙を流したのを見て、美神の機嫌もよくなる。



「あんたの食べっぷりも相変わらずね。少しは味わって食べたらどうなのよ」

 がっつくように夕食を平らげる横島に美神は呆れた顔で話しかける。

「十分味わってますよ。美神さんの料理美味いっすね」

 口中の食物を飲み込むと横島は何気ない口調で美神に返答する。
 それは彼女が密かに期待していた言葉だが、あまりにもあっさりと言われたせいで美神は思わず固まってしまう。
 彼女の心にうれしさと悔しさが入り混じるが、意地でもそれを見せまいとして表情を取り繕う。

「ところで、横島くん。おキヌちゃん連れてくみたいだけど、明日の相手ってどうなってるの?」

「多分相手は小人のエルフです。悪戯好きってだけで危険はないですよ。」

「確かにそうね。エルフの小人族は悪戯するために人に近づくけど、人間が危害を加えられたって話は聞かないわ。
 でも、なんでおキヌちゃんを連れて行くの?捕まえるなら感覚が鋭いシロかタマモの方がいいじゃない」

 美神らしい意見に苦笑すると横島はそれに答えた。

「やだなあ、乱暴なやり方で生け捕るなんてしませんよ。そんなことしたら聞いてもらえる話も聞いてもらえなくなるじゃないですか」

「甘いわね。まず捕まえてから、じっくりと生かさず殺さずで自分の立場を分からせてやるのよ。
 そうすれば相手のほうから頭下げてくるわよ」

「駄目ですって、八代さんもいるんですし無茶な真似は出来ませんよ。
 それにその方法がうまくいくのは美神さんと俺が組んだときぐらいじゃないっすか」

「ま、まあそれもそうね。でも、何か良い考えがあるの?
 相手はそうやすやすとこちらの要求を聞くようなタマじゃないわよ。
 悪戯繰り返すやつなんて小悪党の愉快犯か捻くれ者って相場が決まってるんだから」

 二人が話しているのは他人が聞いたらやくざの駆け引きかと思うような過激な内容であるが、
 横島の言葉の中に、美神とでないとうまくいかないというニュアンスがあったことに彼女は照れた。

「まあ、簡単にいかないのは覚悟してますけど、そのあたりはちょっと歌を使ってカバーしますよ」

「へえ、だからおキヌちゃんなんだ。でもそれなら二の手を用意しないと駄目よ」

 その説明だけで横島の作戦を看破した美神は彼の作戦の穴を補ってやる。

「二の手ですか?」

「そう。交渉中に相手に逃げられたら厄介でしょ?小人族は警戒心が強いからもう一度交渉に持ち込むのは難しいわ。
 だから交渉中に逃げられないようにあらかじめ罠を張っておくのよ。生け捕りよりは穏やかな方法でしょ」

「でも、そんなことしたら契約を結んでもその後に仕返ししてくるかもしれないっすよ」

 首を傾げる横島に美神は更に説明してやる。

「大丈夫よ。精霊ってのはね、正式な契約には強く縛られるのよ。それは人間の比ではないわ。
 無理にそれを破ろうとすればその反動はそのまま彼ら自身に返ってくるの」

「了解です。ちょっと考えておきます」

「気合入れなさいよ。明日から『組み込み計画』の本格的な第一歩なんでしょう。
 もし事務所の看板に傷をつけるような結果に終わったら、わかってるんでしょうね?」

「わ、わかってますって」

 笑顔を浮かべながら、低い声になった美神に横島は怯えながら答えた。
 無駄にプレッシャーをかけているような美神の言動だが、
 これは横島が最後に気を抜いて詰めを誤らないようにするための彼女なりの気遣いである。
 常人どころか知人の中でも一部しか理解できないような方法だが、美神が横島を気に掛けている証拠と言えなくもないだろう。

 余談だが、横島は政府とオカルトGメンが作り上げたこの計画を『組み込み計画』と呼んでいる。
 これは、政府が計画の建前である「人と人外との融和」、「人外の住む大地の保全」等の耳障りのいい目標とは別に
 金銭面の負担が少ない人外の存在を社会システムに組み込むことで治安や環境保全に関する予算の削減を目論んでいると美神から教えられたからである。
 金が絡む事にかけては鋭すぎる嗅覚を持つ美神がこの計画に関して
 「やる事がセコイ」だの「目的を正直に言え」だの「うちの方針を真似たくせに偉そうに」だの
 「もっと他に削るべき所があるでしょう、この税金泥棒が!」だの毒舌交じりに政府の狙いを扱き下ろしたのは、
 計画が持ち上がったせいで横島が自分の側から離れてしまった事と無関係ではあるまい。
 現在でも彼女は計画は否定していないが、計画を立てた政府にはしばしば憎まれ口を叩いている。



 翌日、横島とおキヌと秋美の3人は目的地へと向かうために山道を歩いていた。
 春の陽気で暖められた大地には色とりどりの花が咲き乱れ、おキヌはうきうきしながら辺りに目をやっている。
 対照的に美神に発破をかけられた横島と面識のない相手との交渉に僅かな不安を抱く秋美はやや緊張した面持ちである。

「横島さん、あとどれくらいで到着ですか?」

 弾んだ声でおキヌが問いかける。彼女は久しぶりに取れた彼と一緒のこの時間を楽しんでいた。
 彼が今回の件で自分を頼ってくれているのを喜んでもいた。
 そんなおキヌの様子を微笑ましく思いながらも横島は地図を開く。

「最近、小人族の仕業と思われる出来事が起きたのがこのあたりで、文献に載ってた記録はこの辺だから………あと3kmってところかな」

 久しぶりにおキヌと山道を歩いているせいか、横島は彼女と初めて会った時の事を思い出す。
 自分の体重より遥かに重い荷物を背負いながらあの峠にたどり着かなかったらおキヌとの出会いはなかったのだ。
 あの時は、シャレ抜きで死ぬと思った………実際おキヌに殺されかけたのだが。
 それに比べれば横島にとってこの程度の山道を歩くのは適度な運動のようなものである。
 
 やがて生い茂る木々は細くなり、立ち込める緑の匂いが薄くなってゆく。麓に流れ込んでいた川の音は既に聞こえない。
 現在地がそれなりの高度に達した証である。平らで適当な広がりを持った場所を見つけると彼は足を止めた。

「ここいらでいいだろう」

 山中の清浄な空気を堪能しながら横島は腰を下ろしてリュックの中を開ける。
 秋美とおキヌもそれに続いて彼の隣に腰掛ける。
 横島はリュックから簡易結界用の道具を取り出すといくつかを秋美に手渡す。

「これから設置してくるよ、おキヌちゃんは息を整えておいてね。秋美さんはお手伝いお願いします。」

 簡単な指示をすると横島は立ち上がって歩き出し、秋美もそれに続く。



「横島さん、エルフの誘導がうまくいっても檻に閉じ込めてしまったら交渉決裂になりませんか?」

 ここまで来る間に今回の交渉に用いる作戦については、おキヌにも秋美にも簡単に伝えてある。
 美神の下で様々な経験を積んでいるおキヌはその説明だけで納得したようだが、秋美には不安が残っていた。
 彼女の横島に対する信頼は事務所のメンバーと遜色ないが、この辺りの反応の違いはそのまま経験の差を表している。

「正直に誠意を伝えるのは正攻法で大抵の場合はそれでいいんですけど、今回の相手は捻くれ者みたいですから。
 たまには逆に悪戯に引っ掛けてやっても大丈夫ですよ。これでこちらが相手よりも上手である事を感じさせて相手の戦意を削ぐんです。
 粘り強く交渉を続けてこちらが暴力に訴えないって分からせれば、後は条件次第で折り合えると思いますよ」

「横島さんはこう言ったケースも経験済みですか?」

 秋美の問いに横島は過去の記憶を探る。相手がごねてなかなか言う事を聞かないような場合、確か美神が………
 かつて自分と上司の行った『誠意ある説得の詳細』を思い出す。 

「無い事もないですけど、そのときに使った方法は力技過ぎてあんまり参考にならないっす」

 冷や汗をかきながら横島は返答する。

 やがて結界展開の準備が完了する。
 2人はおキヌの元まで戻るとエルフの気配を探るために集中力を高め始めた。

「それじゃあ、おキヌちゃん、お願いね」

 横島の合図に頷くとおキヌは静かに歌い始めた。
 ゆっくりとおキヌの歌声が辺りに木霊していく。

───どこかに貴方を待っている大地がある

 彼女はネクロマンサーの笛を介さずに歌声に霊力を乗せてエルフを誘っているのだ。

───どこかに貴方がたどり着く夢がある

 もちろんその効果はネクロマンサーの笛を使ったときよりも小さくなるが、
 相手の警戒心に触れないようにするには程ほどの効果の方が望ましい。

───だから振り返らないで、今は前に進むとき

 グレムリンやセイレーンの時など歌を除霊に用いた事もある美神は、
 事務所の中で最も適正のあるおキヌに、声に霊力を乗せる訓練を積ませていた。
 美神の師事もあり、現在彼女は音波を乱さずに霊波を絡ませる事が可能になっている。
 これにより彼女の歌声は人間の言語を介さない存在の心にも響く。
 言語の分かる存在に対しての効果は更に大きい。

───ここから飛び立って、自分の生を歌い始めなさい

 おキヌの声に乗った霊力は彼女の意思を遠くまで運んでゆく。
 それは木々の間を駆けめぐり、空や大地へと吸い込まれてゆく。
 ハイキング気分でここまできたおキヌの『楽しい』という感情が次第に周囲に広がっていく。

───もう一度、探し物を見つけに行きなさい

 その声に、その感情の流れに誘われた動物や鳥達が集まって、遠巻きに彼女の歌う姿を見守っていく。
 その光景は神々しさと相まっておキヌを森の妖精と思わせる。

───そして新しい自分になるために、ここから飛び立って行くのよ

 おキヌの歌に慣れていない秋美は、その影響を遮断しきれずに高揚した気分になってしまう。

 やがて、おキヌの歌声が続く中、横島は自分達以外の僅かな霊力の気配を察知した。
 さりげなくそちらの方へ目をやると見慣れぬ存在が目に映る。
 身長は1m程度で、妙な服装をしている。小人というには少し大きいが明らかに人間ではない。
 文献の描写からエルフの小人族の者に間違いないだろう。

 横島はゆっくりと手を動かして結界の起動装置に触れると、おキヌの歌がサビに入るのを見計らってそれを発動させた。
 途端に周囲の雰囲気が変わる。場の変化を敏感に察した動物達は彼らに背を向けると離れ去ってゆく。
 しかし、小人は結界に阻まれてその場から離れられない。
 その姿を確認した横島は、一呼吸おいてから小人の側まで歩み寄って声をかけた。
 
「邪魔が入らないように話がしたかったんだけど、手荒い真似してすまんね。」

 言葉とは裏腹に横島の口調には全く悪びれていない。
 それどころかその表情からは、してやったりという感情すら感じられる。
 まさに悪戯を成功させた子供のような表情と言ってもいいだろう。
 そんな態度を取る横島を小人は憎々しげに見やる。

「一体、私に何の用だ?」

「いやあ、これから俺たちとお友達になって欲しいと思ってね」

 友好的とは言い難い口調で問う小人に、横島は率直に目的を告げた。
 横島のセリフに彼は目を丸くすると、思わず感情を乱して突っ込んでしまう

「貴様、私を愚弄するつもりか!?
 それとも人間の常識では友人になるためには、こういう仕打ちが必要だとでも言うのか!?」

 小人の感情の乱れを察知したおキヌがそっと笛を吹き始める。耳に聞こえないくらいの大きさの音色が辺りを柔らかく包んでいく。

「そんな事はないって。ただ噂によるとあんたは随分とシャイみたいだから、口説こうとして近づいたら逃げるんじゃないかと思ってね」

「貴様はこんな仕打ちをするやつと私が仲良くするとでも思ってるのか!?」

「いいじゃんこれぐらい、目くじら立てんなって。
 おれだってある女の子に初対面で似たような事されたけど、今ではその子から兄のように慕われてるぞ」

 どうみても適当に嘘を並べているようにしか見えないが、実は横島は全て事実を語っている。
 最終的には相手と良好な関係を築くつもりだし、彼自身がパピリオにされた扱いは今の小人のそれより酷かった。

 元々精霊は嘘に敏感である。それゆえ小人は横島の言葉に嘘が感じ取れない事に焦りを覚え始めていた。
 もしも彼の言葉に嘘が無いなら、目の前にいる人間はとても正気とは思えない。
 これだけの準備をしてくる以上、その気になればすぐにでも彼を消し去ってしまえるだろう。
 しかし嘘をついていて、更に自分にそれを悟らせないとしたら?
 そんな真似ができる人間をこちらの口車で丸め込めるわけがない。
 ならばここは、おとなしく言う事に従っておくべきか。

 腹をくくると小人は口調を改めて話を再開させた。

「君は私に何をさせたいのだ?」

「別にそんなにだいそれたことは望んでないぜ。
 ただまあちょっと、この辺の山の環境守るためにお手伝いして欲しいかなって思ってさ」

「山を守る?」

 横島の言葉に興味をひかれた小人はゆっくりと問い返す。

「あんたにとってもそんなに悪い話じゃないよ」

 横島は彼に頷いてみせると、秋美に目配せする。
 今まで横島と小人の遣り取りをはらはらとしながら見守っていた秋美が代わって説明を始めた。

「あのよろしいでしょうか?」

「ああ、続けてくれ」

 秋美を見て横島よりも組みやすしと思ったのだろう。
 小人は横島から視線を外して秋美の話に耳を傾ける。

 しかしここまでの展開は横島の予想通りでもあった。
 契約を結ぶことを目指している以上、ここからの実務的な話にはそれこそ嘘など挟む余地は無い。
 正攻法で誠意のある説明をする役は、横島よりも秋美の方が向いている。
 同じ話をしても、人柄や雰囲気などから秋美の方が横島よりも相手の信頼を勝ち取れる可能性が高いからだ。




「それで貴方にやっていただきたいお仕事というのは、このあたりに調査に来る方々の案内とお手伝いになります。
 具体的にはそうですね………例えばこのあたりの樹の数や種類を調べる際にアドバイスをいただけると助かるそうです。
 どんな動物がどこでよく見かけるのかとか、山道以外の道を使っている人間がいるか等の情報収集もお願いします」

「それぐらいなら、造作も無いがあまり面白くも無い内容だな」

「勝手に花を摘んだり、ゴミ捨てたりするやつらを見かけたら好きなだけ脅かしていいぜ。
 調査にきた人間とかマナーを守ってる登山者に悪戯しないならこちらからは何も言わないからさ」

 秋美が契約の概要から細部までを説明し、時折横島がそれに付け加える。
 三人の会話から刺々しさがなくなったのを感じ取ると横島は笛を吹いているおキヌに目で合図を送って彼女を止めた。
 おキヌはネクロマンサーの笛を吹いて、気がつかれないように小人の感情を静めていたのだ。

 やがて三人の話し合いが終局に向かう。

「そちらの話の趣旨は理解した。
 この山の環境を守るのに協力するのには吝かでないし、確かに悪い話ではない。
 しかしそちらの話に嘘が混じっていないとの保証はあるのか?そちらが約束を守ってくれるとの保証は?」

 疑わしげに問いかけてくる小人の問いに横島は大きく頷くと、リュックの中から白紙を取り出した。

「ほれ、正式な契約書な。これでお互いに契約を交わせば問題ないだろ」

 その白紙の契約書を見て、彼は初めて首を縦に振った。

 横島が取り出した2枚の白紙の契約書は、れっきとしたオカルトアイテムである。
 一度契約した者は契約条項を破ろうとすると拘束力が生じる仕掛けとなっているのである。
 その拘束力は精々体が重くなって動きが鈍る程度のものである。
 しかし無理に破ると契約書の色が変わるため、契約書さえ控えておけば契約者がそれを破った事は即座に察知される。
 生じる拘束力が小さいため実際に使われる機会は少ないが、
 かなり前に発明された事もありオカルトに関わる存在にはそれなりに有名なアイテムである。
 横島たちは、『取り込み計画』に参加する存在に対して必ずこの契約書を使って互いに契約を交し合っている。
 これにより契約者には結んだ契約を守る必要性が生まれる。
 また契約書そのものが計画の実施状況を説明する資料にもなる。

 彼らは信頼の証として名前を教え合い、それを契約書に書き入れた。
 彼は『ロブレ』という名前でピートの分析通りエルフの小人族であった。
 秋美が見守る中横島とロブレは互いに対する契約条項を書き始めた。
 ほどなくして書きあがった契約書を交換して確かめる。
 横島が彼に対して課した契約条項は、先ほど秋美が説明した内容と一致していた。
 ロブレが横島に課したのは、「ロブレに対する虚言を禁ずる」、「ロブレに危害を加える行為は厳禁」等である。
 秋美とも同様に契約を交わすと、最後に己の霊波を契約書に当てる。それにより契約は完了した。



「んじゃ、悪戯は程ほどにな。やりすぎてGSに襲われても助けねえからな」

「余計なお世話だ。貴様こそもう来なくていいぞ」

「そう願うね。ここが平穏無事で何も問題が無ければ来る必要も無いしな」
 
 憎まれ口を叩き合いながら別れを済ませると、横島たちは帰途についた。
 彼らにとって今回はまずまずの結果と言えるだろう。
 横島もおキヌも秋美もそれぞれの役割を果たしながら、無事に契約成立まで持ち込めたのだから。
 そう考えながら表情を緩める横島におキヌが話しかけてきた。 

「横島さん、事務所でお祝いにしませんか。腕によりをかけてお料理作りますよ」

 それは彼にとっては非常に魅了的な提案だった。しかし横島は心底残念そうに首を振った。

「ごめん、おキヌちゃん。今日はこれからオカルトGメンに出す報告書を書かなくちゃいけないんだ」

 彼のもっともな言葉を崩せるだけの材料を持っていないおキヌはしぶしぶと諦めて引き下がる。
 そこに機をうかがっていた秋美がすかさず口を挟んできた。

「それでは、横島さん。私も今日はオカルトGメンのビルに泊まりですから、ご馳走しますよ。
 調理道具も厨房も向こうで貸していただけますから」

「八代さんの手料理っすか!」

 目を輝かせる横島と彼に微笑む秋美を見て、おキヌは己の失策を悟る。
 秋美が横島のためエプロンを纏う様が浮かぶ。
 みすみす相手に機会と口実を与えてしまうなんて、なんて迂闊な!

 悔しげに口をかむおキヌの様子を見て秋美は心中で軽く喝采を上げる。
 ここに来る時は、楽しそうに歩きながら屈託なく横島に話しかけていたおキヌを羨ましく思ったが、終わりよければ全てよし。
 どうやら今日のところは自分の勝ちのようだ。 

 密かに火花を散らしあっている2人の様子にも気がつかずに、
 横島はうまくいったおかげで美神にしばかれなくてすむ事に安堵していた。
 
 やがて山道を歩いていた3人の姿は麓の方へと消えていった。


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