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秘密

一緒に寝ます?


投稿者名:cymbal
投稿日時:05/ 3/26

 
 「・・・そんな事、いきなり言われても・・・なあ」
 「私だって混乱してるのっ」 

 しばしの父親との話し合いの末、私は現状について少しづつ理解をし始めていた。

 今、私がいるこの時代は、大体2007年頃であると言う事。つまり私の産まれる前。十六、七年前ぐらいかな。そしてもう一つ、ほんと・・・ちょっと理解し難いけど、私は母親の姿をしているという事。

 何度繰り返してみても、頭がこんがらがってくる。昔、おばあちゃんやお母さんがそんなような力を持っていたって聞いた事はあるけど、まさか自分に降りかかって来るとは。しかもちょっと違った形で。

 「えっと、つまり・・・まじで何度も聞くけど、その・・・令子じゃなくて 「蛍」 なんだな」
 「そうよ。何度でも言うってば。お父さんの、つまりあなたの娘」

 指先をお父さんの顔に向けて、突き出して言う。お父さんはさっきから同じ事しか聞いてこない、よっぽどショックだったのだろう。まあ気持ちは分かるけど、私だってこんなに冷静でいるのが不思議なぐらいよっ。

 「で、何でこんな事になってる・・・んだっけ」
 
 「・・・良く覚えて無いんだよね。ただ、何か、そう、車に轢かれそうになったような・・・」
 「・・・うーん・・・ああっ、何でもうすぐ結婚式だってのに、こう問題が次から次へと積み重なるんだっ」

 「結婚式!? ・・・あっ、まだ結婚して無いんだ。そっか」
 
 「ちょっと前に生死の狭間を乗り越えたばかりだというのに・・・やっと長年の苦労が報われようとしているというのに・・・ううっ」

 お父さんはそう言うと、泣きそうな顔で、その場にへたり込んでしまった。良く分かんないけど色々あったみたいね。ほんとは可哀想・・・って思ってあげたいけど、でも私だってどうなるか分からないのだ。

 「・・・でもどうしたら良いんだろう。過去に戻っちゃうなんて」
 「俺が一番信じたく無い・・・未来の娘が妻の身体に入っちゃいましたなんて」

 この状況下で考えられる事といえば、とりあえずこの時代の背景を掴む事。例えばそう・・・まずはお父さんの情報を。あんまり昔の事を話したがらなかったから、聞いた事は無かったし、この機会に一度話し合ってみるのも悪く無い。

 「お父さん・・・って、今いくつだっけ。二十代後半ぐらい? 何か凄い若く見える」
 「・・・そうか? ふふふ、こう見えても自信はある」

 誉められたのが嬉しかったのか、すくっと立ち上がってポーズを作り、こちらを見る。単純だなあ。お母さん、こんなのの何処があたしに似てるってのよっ。

 「馬鹿っぽいっていうの? 小学生みたい」
 「ぐっ。ま、まあ年相応に見えないとは言われた事はあるが」

 ちょっと不愉快そうに顔を歪ませたお父さんの顔。まあでも・・・かわいいかな。何か変な気もするけど。最近はちゃんと顔見てなかったしなあ・・・。

 「なあ、じっーと見つめるのは止めて欲しいんだけど」
 
 「なんで?」
 「いや・・・何となく照れるし」
 
 「若いんでしょ? お母さんと見つめ合ってこう・・・んーってして、ああ、もうっいやんっ! とかなったりしないの? ・・・あっちょっと、想像したら気分悪い」
 
 「うう、こんな娘に育っちゃうのか。もっと清楚な感じになって欲しかった・・・お父さん大好きっ! みたいな」
 「それは異常」

 冷やかな視線を送ると、寂しそうに窓の外の景色を眺める父。その姿に実はちょっとドキッをしたのは秘密。 




  
 数日後、病院の検査でも身体に特に問題は無かったそうで、私は無事に病院を退院する事になった。本当はまだまだ問題だらけのような気はしないでも無いと思うけど、しばらくは定期的に通院するって事で。

 周りにも特にこの 「秘密」 を感づかれる事は無かった。とりあえず私の事は誰にも話してはいない。大騒ぎになるのも困るし、状況が落ちつくまではお父さんと黙っておこうと決めたのだ。ひょっとしたらすぐに解決する可能性だってある。根拠の無い自信だけど、折角学校にも行かなくて済むのだから、楽しまない手は無い。
 
 そして今日は初めて二人の・・・父と母の住まいへと向かう。やっぱり一緒に暮らす場所だし、少し緊張する。





 そこそこ綺麗なマンションの前で、私達の足は止まった。無論、一戸建てでは無い。未来では、私が産まれてから引っ越したらしい。初めて目にした筈のこの場所だが、何故だか見覚えがあるような気がする。きっと母親の意識と混じっているのかな・・・と思う。この世界で非科学的とかいうのも馬鹿らしいけどさ。

 「何階?」
 
 「天辺・・・つまりは最上階だ。勿論、令子の御意見で」
 「ふーん、ほんとに見栄っ張りだったんだ。今とは別人みたい」
 
 「そ、そんなに性格が変わっちゃうのか? う、羨ましい・・・」

 「まあでも、下らない事で良く喧嘩はしてた。仲は悪くなかったと思う」
 「基本的には変わって無いって事か。嬉しいのか悲しいのか・・・」

 一階のロビーを抜けて、奥のエレベーターで部屋へと向かって上がって行く。最上階は十五階、見晴らしの良い部屋らしい。私はマンションで暮らした事は無かったので、それは楽しみでもある。このズンと来る重力も何だか新鮮。

 「ここだ」
 「うわっ、汚なっ」

 箱を降りて、少し廊下を歩いた先にその部屋はあった。がちゃり、という音と共に扉は開く。玄関から見えた室内は・・・ 「少し」 汚れてる。物が散乱し、まるで一人暮しの男の部屋のような・・・いや、見た事ある訳じゃ無いよ。ただまあドラマとか漫画とかのイメージ通りって感じ。最近までお母さんは入院してたらしいし、それを責めるのも酷なのかも。

 「とりあえず、そのソファーにでも腰掛けててくれ。何か飲み物でも」
 
 「あっ、いいよ、別に気を遣わなくても。私が淹れよっか」
 「いや、それは・・・ていうか物の場所分かるのか?」
 
 「えっ? ん、何となく」

 自然と私の足は動いて、カップとコーヒーの場所を見つけ出す。まるで自分の家の中のように。やはり母親の意識が何処かで働いているのかも知れない。呆気に取られたように、お父さんがこちらを眺めながら、ソファに腰を下ろしたのが視界の端に見えた。

 「こうやって見てると令子と変わらんなあ、ほんとに。いやまあ当たり前なんだけど」
 
 「手ぇ出してみる?」
 
 「い、いや! それはまずいだろ! その・・・なんだ・・・一応、娘・・・なんだろ。俺の」
 「あははっ、冗談。私だってちょっと嫌だもん」

 何気に言った一言だったが、お父さんはその言葉に妙な反応を示した。少しの沈黙。ぽそっと呟いた声。

 「・・・嫌なのか。やっぱり、以前の記憶は無いんだな」
 
 「えっ、何の事?」
 「い、いや何でも無い。・・・そっか、そうだよな。これで良かったんだ」
 
 「?」

 お父さんは少し落胆したような、それでいて安心したような複雑な表情を見せた。それは一瞬の事だったが、私には理解は出来ない、父なりの悩みがあったみたい。
 
 こぽこぽこぽ。

 お湯を注ぐと、カップから良い香りが立ち昇る。コーヒーは嫌いじゃない、ただ牛乳はたくさん入れるけど。

 私は淹れたてのコーヒーの入ったカップを持つと、キッチンを出て、それを父の目の前に差し出す。

 「はい、コーヒーね。砂糖は一さじだっけ・・・多分」
 
 「ん、何で知ってるんだ?」
 「だって確か普段からそうだったし、違った?」
 
 「あっ、そうか。あっちにも当然、俺がいるんだ。どんな風に年とってんの? やっぱこう・・・そうだな・・・ダンディなしぶい親父に違いないだろうっ!」

 「普通。ていうか仕事ばっかであんまり私、姿見てないし。朝食の時ぐらい?」
 「ぬうっ・・・そっか。自分はそんな風にならないと良いなあと思ってたけど・・・やっぱなっちまったのか」
 
 「でも別に嫌いじゃないよ」

 私はお父さんの顔をじっと見つめた。記憶にある顔よりも随分と若い、何度見ても変な感じ。昔、見せて貰った事のある写真とも印象は違う気もするし、やっぱ実物だと変わるね、かっこいい・・・気もしないでも無い。

 「やっぱ見つめられると戸惑うなあ・・・、えっと、とりあえずどうしたらいいんだ。・・・仮に未来にこのまま送った所で、姿が戻る訳じゃないし、何より俺の婚約者がいなくなるだけではないかっ! それとも無理に分離させて・・・ああいや、それで妙な事にでもなったら・・・んー、やっぱ美智恵さんにでも相談するかあ」
 
 「ああ、おばあちゃん?」
 「そうだよ。会った事はあるだろ?」
 
 「私、あの人ちょっと苦手なんだよね、何となく。勿論、悪い人じゃないのは分かってるんだけど」
 「へえ・・・」

 考え事をする父。私のこの発言にもまた、何か思うとこがあったのかも知れない。父親とはいえ知らない事もたくさんある。この姿もまたその一つなのだろう。

 「まあいいや、とりあえず今日は。病院から戻って来たばっかりだしな。今日は一日、一緒に居るぞ」
 
 「えっ、仕事とかは大丈夫なの?」
 「あっ、まあ急な仕事が入ってる訳でも無いからな。キャンセルした」

 「ふーん、じゃあさ。まだ色々と聞きたい事もあるから・・・良い?」
 「おうさ、どんとこいっ!」

 「じゃあ、まずお母さんとの馴れ初めから聞こうかっ」
 「そっ、そんなとこから話すの」

 不思議と父と一緒に居て、話すのが楽しかった。まるで、私が子供に戻ったみたいで、小学生の頃を思い出した感じ。人の事言えないなあ・・・って思う。

 



 ・・・この日は一日中、深夜まで話し合った。昔の事、今の事、お母さんの事、お父さんの事、結婚式の事。

 正直、知らない事ばかり。こんなに父と会話したのはいつ振りだろう? 普段のイメージとは大きく違うお父さんの姿に、妙な感情を抱いたり・・・する訳も無く、でも前よりちょっと好きになったかな。
 
 一緒にいて飽きない感じ? 安心感がある気がする。母が好きになった気持ちも分かるような気がした。

 「さて、やっぱり見た目は恋人同士だし・・・一緒に寝とこっか?」

 「それは・・・やめとく」
 「冗談だって」

 続く。


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