椎名作品二次創作小説投稿広場


悲しみの代価

願いの履行(四)


投稿者名:朱音
投稿日時:05/ 3/21

似た言葉が有る。

代価と代償。

その違いとは一体何なのだうか。
ただの言葉の違い?
与えた文字の違い?



それは覚悟の違い。

さて、ここで問おう。
なに簡単な問いだ、誰しも一度は聞いた事が有るだろう。
ドラマでも映画でも漫画でも一度や二度は使われている。

安心して答えてくれ。
一度は答えを出しているはずだ、そのまま答えてもいい。
また考えなおしてくれてもいい。


知らずに犯した罪は罪か否か。


え?最初の代価と代償と関係ないだろうって?
それでは手近な辞書で調べてみるといい。
代価と代償は余りに似た意味を持ちながら、永久に続く深い溝があるのだから。

なに?
大差ない?

それは可笑しいな。

ああ、なんて事だろう。
日本語とは難しいものだ。

では、もう一つヒントを与えよう。

 
現在・過去・未来


なんだって?
今度は抽象的だって?

考える事を放棄してはいけない。
そして問いと連動して考えて欲しい。

なに、今すぐ考えろなどとは言ってはいない。
暇なときにでも思い出してくれる程度で良いのだ。
今はまだこの問いに『彼』がどう答えたかは関係していない。
それでもいつかは必ず、ココで出た問いが出るだろう。
それまでで良いのだ。
それこそが今『彼』がここに居る意味なのだから。


代償ならば『彼』は全てを放棄していた。


対価ならば『彼』は全てを破壊していた。


代価だからこそ『彼』は今ココに居る。








「相変わらず甘ちゃんだねぇ!」

メドーサが振るった矛が小竜姫を狙う。

確かに今メドーサが対峙している小竜姫は、戦士にしては甘い考えを持っている。
だが弱いという訳でもない。
メドーサが現時点で有利な状態で居られるのは、メドーサ自身が言葉と態度で小竜姫を馬鹿にし煽り、通常の精神状態に戻らないように導いているからだ。

そうして判断を幾つも下す。
この場で戦っても多勢に無勢。

いかに矮小な人間であっても、寄り集まるとたちが悪い。

ならばこの場は逃げてしまえばいい。
幸いにも人間が集まっている場所にはもしもの為と、埋めておいたものがある。


その次の瞬間、メドーサは予めに仕掛けておいた罠を手下に発動させる。
その時にメドーサは気づかなかった。


己の手下である勘九朗が心持ち焦った声で答えた事を。


発動した罠をメドーサはただ見ていた。
罠の名は火角結界。
会場から隆起した火角結界に驚きつつも、人間を庇護する為に結界へと小竜姫が向かった事を確認すると、さっさと場から退散する為に踵を返す。

場を立ち去ろうとしていたメドーサの前に一人の女が立ちふさがる。
美しいとは思うが、大して力が有るとは思えない。

「逃がす訳にはいきません」

緑の色彩をした女、ツバキは表情を変える事無く対峙する。
先に苛立ったのはメドーサ。

「ふん、おどき!」

頭髪から何匹も使い魔を出すが手刀で落される。
下の下という訳でもなさそうだ、とメドーサは格づける。
が、霊力を感じる限り自分よりは下であることには違いなかった。

すぐに肉弾戦に入る。
相手は武器を一切持っていない、ならば得手を持っている此方が有利とふむ。

驚くべき事に、ツバキはメドーサからの攻撃を腕を使い確りとガードしている。
棒、といっても先には三又の矛と棒尻には装飾の金属が使われている。
青痣程度では済まされないはずである。
矛にいたっては刺されば致命傷を負う。

それなのに、ツバキは倒れない。

どんなに打ち付けられようと、串刺しにされようとも。
変化がないのだ。


これを異常と呼ばずして、何を異常と呼べと言うのか。

そして、何かが可笑しい。

視界の隅で、女が増えている?

メドーサの思考を肯定するが如く、増えた女が喋りだす。

「さあ、どうしようか?」
「目的は終わってるじゃんか」
「後始末がのこっているでしょう?」

現れるのは全て同じ姿をした女に(つまりはツバキだが)メドーサは戸惑う。
何が起きているのかが把握できないのだ。

「なに?」

気味が悪かった。
同じ姿、同じ声だというのに全く違う個として存在している。
姿が似通うのは魔族や神族ではよくある事だ。
なのに、ココまで同じでありながら全く違う存在とは一体なんだというのか。

「喰う」
「えー不味そー却下!即却下!」
「つか、結局は消化しなきゃジャン」
「アタシはもーどうでもいいよー」

余りの気味の悪さに逃げようとしたメドーサは、気付きもしたくない事に気付いてしまった。

逃げられないのだ。


何かの結界だろうか?
この場から去ろうとした瞬間に、先ほど立っていた場所に戻ってしまうのだ。
奥の手として残しておいた超加速であっても、結果は変わらない。

「なにっ。一体何が!?」

メドーサの顔が驚愕に歪む。


「あー無理無理」
一人が言う。

「消化されるの待てって」
一人が言う。

「気付かなかった貴殿が悪い。ここは我らの臓腑の中」
一人が言う。

「アタシ達はアタシであり、アタシじゃないから」
一人が言う。

「でもあの人の願いは叶えたい」
一人が言う。

「だから喰う」
一人が言う。

「てかさーいいかげん気付こーよ」
一人が言う。

ツバキと同じ姿をした他者が言う。
寸分の狂いの無い同じ姿で、口々に。

いっそココで気が狂えばいいのにと、メドーサは思う。
計画は上手く行っていたのに。
何がいけなかったのだろう。

「我らに力は無い。当然だ、必要ないから」
「だって力を使うのは僕じゃないもん」
「勝ち残ったあいつだけが、俺らの力を使う」
「別に抵抗してもいいんだよ?死なないし?アタシ」

一人一人が別々に言っていた言葉が、いつの間にか一つになる。
同じ声がする。
違う個々のイントネーションを持って。

「かつて我々は同じ肉体に八つの意識を持っていた」

誰かがあざ笑っている。

「それが嫌で嫌でたまらなくて、何時の事だったか喰らい始めた。
だが意識がいくら八つであっても肉体は一つ。我々は肉に留まってしまった」

予想外だったと。
単体でありながら複数でいた彼ら。
彼らは言う、全てが予想外の事と。

「そして我々は存在する。ツバキが死ねば、ココから新しいツバキが産まれる。
意識と魂は同意義だから。七つの意識と肉を喰らったのはツバキ。
だから我々はツバキであり、ツバキではない」

そもそも名など無かったのだ。
それに名を与えたのは彼。
自分達の有り様に名を付けた。

ツバキ・・・・・椿と。

首を落したモノという意味を込めて。
されど、実をむすぶという意味を含めて。

「でもお前は違う。ツバキではないから、ただ消化されるだけ。食物の連鎖。
さようならメドーサ。我々の中で魂さえも消化されるといい」


訳がわからない。
何が言いたいのだ。

でも、ああ、確かなことがある。
私は今消化されている。
服が、肉が、魂が溶かされる。
一つになるのでは無い。

ああそうか、コイツは。
七つの意識を喰らったバケモノ。

八つの頭を持ったものは、史実に出てくるではないか。

八俣大蛇(やまたのおろち)

無限に続く空腹感を持ったバケモノ。
彼らは力を持たない。
必要ないから。

有るのは空腹を満たしたいという本能。

彼らは言った臓腑の中だと。
つまりココは彼らの世界、彼らが望んだ通りになる場所。

ああ、しかし何時自分は取り込まれたというのだろうか?
考えようにも思考が回らない。

身体も、霊力も、意識すらもココは消化するというのか?


メドーサの意識は消化され、字の如く消えた。







火角結界の中で大抵のものが己の霊力を振り絞り、カウントダウンを遅らせようと必死になっている中であっても大して焦っていない者たちが居た。

横島忠夫とキロウである。

この二人は火角結界の外、その一部分をただ見ていた。
ツバキの元々の姿である巨大な蛇がその大きな口を開いている姿を。
メドーサは知らず、その中に足を踏み入れてしまったのだ。

種さえ明かしてしまえば実に簡単なトリックである。
メドーサが姿を現した頃から、ツバキはずっとメドーサの近くにいたのだ。
そこで使用したのが文殊である。
『隠』『匿』で隠れ、いざメドーサが火角結界を使用する直前、正確には勘九朗が発動させる前に今度は『隠』『匿』と併用して『幻』を使用した。
メドーサの目には会場の出口であっても、実際にはツバキの口であり自分でツバキの中に入る事になる。

『隠』『匿』を使っているので、回りの人間もメドーサが会場の出口から出て行った様にしか見えてはいないだろう。

その様子が見えていたのは文殊を与えた横島と、一時的に視覚器官を接続したキロウのみである。
ツバキが巨大な口を閉じ、巨体をコントロールして人の姿になるまでに使用した時間は僅か一分弱。
ツバキの体内ではどれほどの時間なのかは想像が付かない。

「そろそろ宜しいのでは?」

そう言ってキロウが伺い見るのは小竜姫。
人々を一人でも多く助ける為に、必死で火角結界に霊圧をかけてカウントを遅らせている。
火角結界内の人間達もどうにかしようと小竜姫に聞きながら解体作業をしたい様だが、火角結界の外装が思っていたよりも頑丈にできているらしく、なかなか穴を開けることが出来ないでいる。

「そうだな。小竜姫」

「はい!?」

火角結界の外で霊圧をかけてカウントダウンを遅らせていた小竜姫は、突然横島に声を掛けられた。

しかもだ、次に横島が口にした台詞は。

「霊圧をかけける必要性はもう無いぞ?」

誰もが時が止まった気がした。

内心では、俺等を殺したいのか馬鹿野郎!!と悪態ついていたのだが・・・。
あっさり霊圧をといた小竜姫にその場に居合わせた人々は、本気で死の覚悟をしたのだが全く爆発が起きない。
恐る恐る火角結界を見上げると、カウントは零。

ありえねぇ。

と誰かが呟いた。
実に的確な表現である。



ここで、少しだけ時間を戻す事にする。
メドーサが火角結界を使用するほんの少し前に。





一言で言うならば絶対不可。
勘九朗は、この存在には勝てる気がしないのだ。

その存在は見事な黒。
黒い髪。
黒い瞳。
黒い爪。
黒い肌。
全身が様々な黒で覆われた存在。
その存在は自ら「カノエ」と名のった。

「お前」
「?」

勘九朗はふいに呼ばれた事に戸惑う。
先ほどまで、口角を上げて何所から取り出したのか解らない日本刀で攻撃して来ていたというのに、攻撃を止めて声を掛けるなど。
何を考えているのか。

「なによ?命乞いなら受け付けるわよ?」
「足元に有るモノが何なのか知っているか?」

元から勘九朗の言葉など受け付けていないと言いたげに、勘九朗からの質問を無視するカノエ。
だが、一々反応してやるほど勘九朗は油断してはいない。
自身を緊張させて、相手の出方を待っている。

「元始風水盤」
「・・・・知っていて当然。と言う事か」

カノエは勘九朗の答えに満足したらしく。
口角だけを上げた笑いから、あまやかに目元を緩めた。

ぞくりと、勘九朗の背筋が粟立つ。


「水明、散れ」

その言葉が勘九朗の耳に届いた時、ソレは眼前に広がっていた。
幾千もの細い刃。
大きさは十cm有るか無いか、柄の無い小刀の姿。
切っ先は全て勘九朗に向いている。

勘九朗が左足を少し後ろへ下げた時に、それらは勘九朗目指して加速する。

「っ!!」

自分でもしまったと思った。
反応が遅れてしまったのだ。

右足に強烈な痛みが走る。
それでも痛みを我慢しながら逃げ続ける。
これでは駄目だ、そう思った時にメドーサから連絡が来たのだ。

火角結界を発動させよと。

是も非もありはしないのだが、現状が悪すぎる。
それでも下僕として勤めは果たさねばと、了解と返してから火角結界を発動させる。

「これでお前に用は無い」
「・・・なんですって?」

「風水盤よ。目覚めるといい」

カノエが足元に広がる風水盤に語りかける。
無駄だと思った。
この風水盤には針がついていない。

なのに・・・。

なぜ発動する?

輝く風水盤は時を操る。
特定の人物の時を。

遡る。

勘九朗は自身が遡っていることに気付いていた。
しかし、気付いたからといって何ができるわけでもない。
だから諦めた。
どうせメドーサは自分を切り捨てる気で居たのだから、どうでもいいのだが。
確信はしていた。
あの人は逃げて、次の機会まで力を温存するつもりなのだ。
確信はあるのに。

眼前で笑うカノエの姿が、あざ笑っているその姿がまるで自分達の終焉を確信している様で。
勘九朗は恐ろしくなった。

やがて思考すら危うくなっていく。

皮肉なことにこに、この主従は場所は違えど、似た経緯でその存在を消されてしまった。
主人は獣の臓腑の中で溶け。
下僕は獣の操る物の中で消える。

やがて勘九朗の、存在すら消えてから。
風水盤は壊れた。
存在も力も何もかもが無くなった。
まるで元から何も無いかの様に。

その場所は程なくして岩石によってふさがれた。

後には何も残っては居ない。




そう、なにも有りはしなかった。


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