椎名作品二次創作小説投稿広場


Wonderful world

始まりの日


投稿者名:ちくわぶ
投稿日時:05/ 3/21

 美神除霊事務所に奇妙な客人が現れた同時刻。


 都内某所にて。


「で、どうして私を呼んだの?」
 警察の制服を着たタマモが西条を見上げる。
「実は今月に入ってから焼身自殺が相次いでいるんだが、この自殺には不可解な点が多すぎてね。超常犯罪課の私が呼ばれたんだが……。」
 西条はバツが悪そうにうつむく。

「わからなかったのね?」
「恥ずかしい話だが……。」
「不可解な点って?」

「まず焼身自殺というケース自体がまれなのに、それが近い日時、範囲内で連鎖するように起こっている。さらに遺体は激しく燃えてしまっているにもかかわらず、遺体や周囲からガソリンなどの可燃物が一切検出されていない。通常では考えられん事だ。」

「確かに…妖怪の仕業と見た方が自然ね。」

「だが、妖怪の目撃情報は今のところ入っていないし、霊視しても我々人間では妖気を検出できなくてね…そこで以前成果を上げてくれた君の超感覚を頼る事にしたんだ。」

 やれやれ、とため息をしつつタマモは金色の髪をふわり、とかき上げる。
「とにかくやれるだけやってみるわ。それより報酬の事忘れないでよ西条。」
「もちろんだ。最高級の油揚げを用意しておくよ。」
「そうこなくっちゃ。」
 タマモは四つんばいになり、あたりの匂いを嗅ぎ始めた。


「……。」


 肉が焼け焦げた臭い…
 被害者が死ぬときに発した霊気…「死臭」
 ここを訪れた人々の臭い…

 現場からは様々な「ニオイ」が発せられている。

 そして西条の言うとおり、ガソリンなどの臭いは感じられない。
 だが、タマモにとってなじみ深い匂いが感じられた。

(これは…狐火と同じように霊力が炎に変わったときの匂いだわ…)

「…西条。」
「何かわかったのか?」
「犯人は妖怪と見てほぼ間違いないと思う。でも……。」
「でも?」
「時間が経ってるせいか妖気も死臭もほとんど消えてる。前回みたいな追跡は無理そうね。何か手がかりを探さないと……。」
「そうか…何か気付いたらすぐに報告してくれ。」
「わかったわ。」

 タマモはくんかくんかと匂いを嗅ぎつつ遺体があった場所まで近づいていく。


 ぞわっ…!!


(…!?)

 タマモの鼻に奇妙な感覚が走る。
 えもいわれぬ悪寒。
 胸の奥が凍り付きそうなえぐい「臭い」
 それは地面の焦げ後から禍々しく立ち上っていた。

(このドス黒い陰の気…これ…怨念の…「残り香」……!!)

「うッ…!?」
 タマモは思わず上体を上げ、こみ上げる吐き気に口元を押さえる。
 ふらついたタマモに気付いた西条が駆け寄り、体を支える。
「顔色が悪いぞ?一体どうしたんだ。」
「怨念を感じたわ…それもたくさんの……。」
「怨念だって?」
「…死んだ人に取り憑いてたんだと思う。」
「ということは…被害者は誰かに恨まれていたということか。」
「たぶんね……。」

 タマモの顔は真っ青で、腕には鳥肌が立っている。
(妖狐であるタマモ君は人間より邪気や陰気の影響を受けやすい…今日はこれ以上無理はさせられんな。)
「これだけわかれば上出来だ。今日はここまでにしよう。」
「そうしてくれると助かる…うぷっ…!!」


 翌日。


「俺は認めてませんよ美神さん!!!!」
「……うっさいわね、そんな大声出さなくても聞こえてるわよ。」
 横島は目を血走らせながらデスクに身を乗り出す。
「あんなヤツ信用できると思ってるんですか!?」
「あのね横島クン、別に私だって信用してるわけじゃないのよ?」
「だったらどうして……!!」

 どうして……?
 横島も相変わらず人の言う事を信じやすいタチなのだと美神は思った。

 ハッキリ言って瀧谷護は信用できない。
 彼は何かを隠している。
 確証はないが、美神の霊能者としての「カン」がそう告げている。
 だが、瀧谷の目的がわからない以上は手元に置いておくのが一番だと判断したのだ。

「…なにか引っかかるのよ彼。とりあえず底が見えるまでは私の管理下に置いて様子を見るつもりよ。」
「そんな!?幽霊と酒盛りするよーな精神の病んだ輩は鉄格子のある病院にでもブチ込んどきゃいいんですよ!!」
 何かと反論して来る横島に、美神のこめかみがピクピクと痙攣する。
「アンタさぁ、ずいぶん必死だけど何がそんなに不満なわけ?代わりに2億4千万払ってくれるんならすぐにでも彼を解雇してあげるわよ?」
「うっ、それは……。」

 その時事務所のドアが開き、おキヌと瀧谷が入ってきた。
「おはよう美神さん。横島もおはようっ!!」
 瀧谷はニコニコと笑いながら手を挙げる。
「きさまーッ!!」
 突然横島は瀧谷の胸ぐらを掴み、がくがくと揺さぶる。
「俺が…俺が美神さんのそばで働くためにどれほどの代償を払ってきたかわかっとんのッ!!それをこんなポッと出のホームレスがあっさりと……。」
 横島はどくどくと血の涙を流す。
「それになぁ、野郎が増えると俺に割り振られるべき美神さんのちちしりふとももが減ってしまうだろーがッ!!」

 どがっ!!

「それが本音かッ!!大体最初っからアンタなんかに割り振られとらんわッ!!」
 美神に思いっきり蹴り飛ばされた横島は壁に激突し、鼻血の筋を引きながらずるずると崩れ落ちた。
「あああ、横島さんしっかり……!!」
 おキヌが駆け寄り横島を揺さぶる。
「お、おい、横島死んだんじゃないのか……?」
「平気よ、いつものことだもの。除霊の方がもっとハードだわ。」
「いつものことって…ホントかよ……。」
「そんな事より瀧谷クン、早速今日から最前線で働いてもらうわよ。覚悟はいいわね?」
「な、なんか不安になってきたが…約束だしな。」
「お、俺は認めんぞ……。」
 おキヌに抱きかかえられたまま横島はうわごとのように呟いていた。



 大手デパートの建設予定地に悪霊の大群が発生したとの報を受け美神達が到着すると、そこには向こう側の景色が見えなくなるほどの悪霊が現場を埋め尽くしていた。

 美神、横島、おキヌがそれぞれの武器を駆使して悪霊の大群に挑む。
 ネクロマンサーの笛が霊団の動きを鈍らせ、そこを美神と横島が叩いていく。

 美神が神秘的なダンスを踊るように悪霊を蹴散らし、ひるんで1ヶ所に集まったところを横島の文珠がまとめて始末する。

 まさに完璧な3人のコンビネーション攻撃。

 小魚の群れのように飛び交う霊団は尚も突撃を続けるが、美神達に触れる事はできないでいた。

「す、すげぇ…みんなめちゃくちゃ強いじゃねーか……!!」
 外見からは想像できない3人の強さに圧倒され、瀧谷はその場で固まっていた。
「瀧谷クン!!ボーッとしてないで手伝いなさいッ!!」
 迫る悪霊をなぎ払いながら美神は檄を飛ばす。
「よ、よし……行くぞ!!」
 我に返った瀧谷は悪霊の群れに突っ込む。
 拳に霊力が込められ、薄い光を帯びる。

 バキッ!!

 弧を描いて飛んできた悪霊を一撃!!
 殴り飛ばされた悪霊は空中で弾け、霧のように散って消えた。

「おっしゃ、どうだ!!」
 瀧谷は少し興奮気味に拳の感触を確かめる。
「バカ!!なにやってるのよ!?」
「へっ?」

 がぶっ。

「うぁだだだだだだっ!?」
 瀧谷は後頭部を悪霊に思いっきり噛み付かれて悶絶した。
「正面から突っ込んでどーすんの!!一匹ずつおびき寄せて始末するのよ!!」
(こんな初歩的な事も知らないなんて…除霊に関しては本当に素人みたいね……)
「そーゆー事は早く言ってくれぇッ!!ああッ、噛むな噛むなッ!!」
 頭に悪霊をくっつけたまま瀧谷はバタバタと走り回っていた。
「何か…昔の俺と同じニオイが…お前も三枚目キャラなのか……?」
 ホロリと涙の横島。

(ハッ!!これはもしや、立場をわからせる絶好のチャンスでは!?)
 横島はニヤリとほくそ笑む。

「おい瀧谷ッ!!歳はそっちが上かもしれんが、GSとしては俺が先輩だ!!ここでひとつ、どっちが上なのかはっきりさせておこうじゃないかッ!!俺の戦い、よーくその目に刻み込んどけ!!」
 そう言って横島は文珠を霊波刀に切り替え、悪霊の群れに斬りかかっていく。

 次々と悪霊を斬り捨てつつ、自分の周りに悪霊が集まってきたら素早くネクロマンサーの笛の効果範囲内に誘い込む…と言うパターンを自然に組み立てる。
 いくつもの修羅場をくぐり抜けてきただけに、横島の動きには無駄がない。

「ふっ…見たかこの完璧かつ華麗な戦いっぷりを。お前は今後俺を先輩、いや師匠として最大限の尊敬をもって服従するのだッ!!わーっははははは!!」


 べきっ。


 高笑いをする横島の顔面に、空振りした瀧谷の拳がめり込む。

「は…はは…は……。」
「あ…すまん横島。」
「……お前なあッ!!絶対わざとだろッ!?」
「い、いや、事故だ事故。それよりホラ、悪霊残ってるぞ?」
 そう言いながら瀧谷はそそくさとその場を離れていく。
「またんかいコラァ!!後でねちっこい嫌がらせしてやるから憶えとけよッ!!」



 そんなやりとりがありながらも、状況は美神達に有利であった。
 いくら悪霊の数が多くても、彼女達の絶妙なコンビネーションはそれを遙かに凌駕していた。

 だが、そんな美神達を遠くから見つめる1体の悪霊がいた。
 他の人魂のような悪霊と違い、ひとまわり大きな霊体と邪悪な意志が宿った目を持っていた。
「手強い奴らだ……特にあの小娘の笛…あれが俺達の力を奪っていやがる。しかし逆に言えば…そこさえ攻略すれば奴らは崩せる、ということか。」
 何かを思いついた悪霊は独特の霊波を発し、あたりを飛び交う霊団を呼び集める。
 潮が引くように一斉に後退を始める悪霊達。
「悪霊が……!?」
 美神は額の汗をぬぐい、周囲を見回す。
「美神さん、あそこ……!!」
 おキヌが指す方を見ると、次々と悪霊が集まり巨大な塊となっていく。
「何を始める気……?」
 塊は初めのうちボコボコといびつな変形を繰り返していたが、やがてひとつの大きな「手」となった。
「なんだありゃ…ロケットパンチか?」
 横島がバカにしたように言うと、「手」の甲にさっきの大きな悪霊の上半身が浮かび上がってきた。

「フフフフ…霊能者ども、あまり調子に乗らない方がいいぞ……。」
「お前がこの霊団のボスね!?何のつもりか知らないけど、無駄なあがきはやめてさっさと成仏しなさい!!」
「確かにお前達は強い…だが、これならどうだ?」
 悪霊の「手」は現場に落ちていた鉄骨を拾い上げる。
「げっ!?」
 美神の表情からサーッと血の気が引いていく。

 まずい……。
 体当たりならともかく、何の霊気も帯びていないただの鉄の塊を防ぐ方法は無い。
 1本や2本なら横島の文珠で破壊も出来るだろうが……あたりには建築用の資材が山のように積まれている。

(ザコのくせに余計な知恵回しやがって……ッ!!)

「理解したみたいだな……得意の霊能力で何とかしてみろ!!」
「わわわッ!!ちょ、タンマ!!」


 ドガッ!!


(あれ…何ともない……?)
 おそるおそる目を開けると、目の前の地面がざっくりとえぐり取られていた。
「今のはデモンストレーションってヤツだ…次は外さんぞ、フフフ……。」
 悪霊は空中で鉄骨を振り回し、美神を挑発する。
「こ…の野郎、こっちだってまだ手はあるのよ!!おキヌちゃん!!」
「はいっ!!」
 おキヌはネクロマンサーの笛を唇にあてがい、吹き鳴らそうとした。
 
 だが、悪霊はその一瞬の隙を見逃さなかった。いや、「待っていた」と言うべきか。

「ククク、小娘…笛を吹くために動きを止めたな!?」
 その瞬間悪霊はおキヌめがけて鉄骨を投げつけた。

 投げ槍のごとく鉄骨がおキヌに迫る。

「きゃあああああッ!?」
「危ないッ!!」
 とっさに横島がおキヌを突き飛ばし、鉄骨はスレスレの所で地面に突き刺さる。


「チッ、小僧め……。」
 悪霊は一旦間合いをとり、新たな鉄骨を握り締める。


「大丈夫かいおキヌちゃん?」
「は、はい、ありがとうございます横島さん……えっと、その……。」

 おキヌはふと自分たちの体勢に気が付いて赤くなる。
 体の上に横島が覆い被さっていて、体温が感じられるほどに近い。
 こんな状況だというのに、おキヌの胸の鼓動は早くなってしまう。

「あ、ご、ごめん、それより早く立って……!!」
 横島がおキヌの手を取って立ち上がろうとしたとき、ガクンと強い抵抗を感じた。
 よく見るとおキヌの袴の裾が鉄骨に巻き込まれ、地面に縫いつけられている。
「くそッ……!!」
 横島は鉄骨を引き抜こうとしたが、ビクともしない。

「フフフ、これはいい。流れは我にあり、か。」
 悪霊は不適な笑みを浮かべて2人に近づくと、鉄骨を振りかざす。
「くたばれッ!!」

「横島さん逃げてッ!!」
「うわああッ!?」
「おキヌちゃん!!横島クン!!」


 ズガシャアッ!!


 が…鉄骨は横島達の頭上でピタリと止まる。


「ぐおおおおおおおッ!!」
 いつの間にか瀧谷が悪霊の前に立ちはだかり、両手で鉄骨を受け止めていた。

「瀧谷さん!?」
「お、お前……。」
「だ、大丈夫か横島、おキヌちゃん……。」
「この野郎…おいしいトコロ持って行きやがって……!!」
「へっ、こんくらいしねーと…借金返せそうにないからな……。」

 だがその直後、鉄骨がまるでプレス機のような重圧で押し込まれて来る。
「ぐッ!?」
「貴様…邪魔をするなッ!!一緒に押し潰してやる!!」
「あ、あいにく頑丈なのが取り柄でね……そう簡単にはどいてやらねーぞ!!」

 しかし瀧谷の額からは血が流れ、支える腕はブルブルと震えている。
 やがてヒザは折れ、苦痛の表情が滲み出す。

「な、なにやってんだ横島…今のうちに早く!!」
「わかってるよ!!お前にばっかいいカッコはさせねーからな!!」

 横島はおキヌの袴を霊波刀で切り離し、一緒に鉄骨の下から抜け出す。
「このクソ野郎、おキヌちゃんを危ない目にあわせやがって!!覚悟しろ!!」
 すかさず2つの文珠を投げつけると、強力な結界が悪霊を取り囲む。
「う、動けん!?おのれ……ッ!!」

 圧力から解放された瀧谷は鉄骨を横に落とし、ふらふらと後ずさりしながら離れる。
「ハァ、ハァ…なるほど、こりゃハードだわ……。」
 瀧谷は横島とおキヌに抱えられ、その場に座り込む。
 横島は美神に向かって叫ぶ。
「今がチャンスです美神さん!!」

「よくやったわ横島クン!!さて……。」
 美神は鉄骨を握り締めたまま固まっている悪霊の正面に立ち、神通棍をビシッ!!と突きつける。
「ちょっとばかし知恵が回るからって、この美神除霊事務所のチームに勝とうなんて甘いのよ!!」
 美神は鉄骨の上を走り、中心の悪霊めがけて跳躍した。



「極楽へ……」



 金色の刃一閃



「逝かせてあげるわッ!!!!」


 ズバアッ!!!!


「ギャアアアアアアアアアッ!!」


 脳天から切り裂かれた悪霊は塵となって消滅し、「核」を失ったその他の悪霊達はバラバラになったところをネクロマンサーの笛で成仏させられた。


「ふぅ、一丁あがりっと。」
 乱れた髪をかき上げる美神の元に横島とおキヌが駆け寄ってくる。
「お疲れ様でした美神さん。」
「いやぁ、今回はちょっと手こずりましたね。」
「ま、確かにね……。」
 そう言いながら美神はボーッと座り込んでいる瀧谷に近づいていく。
「お疲れ様。どう、初仕事の感想は?」
「どうもこうも…アンタらいつもこんな事やってんのか?」
「私は超一流のGSなのよ?これくらいは当然でしょ。」
「ハァ…たいしたモンだよ……。」
 瀧谷は深くため息をついてうなだれた。


「それから……。」
「ん?」
「横島クンとおキヌちゃんを助けてくれたこと、お礼言っとくわ。ありがとう。」
「いや、当然だろ。別に礼なんて……。」

(とりあえず彼の事…少しは信用してもいいかしらね)

 その時美神の後ろからひょっこりとおキヌと横島が顔を出す。
「あの、危ないところをありがとうございました。」
「けっ、俺は礼なんか言わんからな。」
 おキヌは深々と頭を下げ、横島はそっぽを向いていた。。
「ははは、なんか恥ずかしいなこういうのは。」
 瀧谷がポリポリと頬を掻いていると、美神はくるりと背を向けて言った。。
「さーて、次の仕事に向かうわよっ!!」
「いッ!?」
「何驚いてるの瀧谷クン。今日は後2件残ってるんだから頑張りなさいよ。」
 美神は平然と言い放つとおキヌを連れて歩き出した。
 横島もすでに荷物を抱え、さっさと先に行ってしまった。
 
 瀧谷は唖然としながら3人の後ろ姿を見つめていた。

「こりゃ強いはずだわ……。」
「なにやってるの!!置いてくわよ!!」
「あ、ああ、わかってるよ!!」
 美神の声に瀧谷は慌てて立ち上がり、美神達の後を追いかけた。


 その一瞬、瀧谷の目が鋭く光った。
 それは普段の脳天気な彼とは正反対の、秘密に満ちた目だった。



(美神令子…アンタの実力、しっかり拝ませてもらったぜ……)



 そうして瀧谷の真意を誰も気付かぬまま、一週間が過ぎていった……。











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