霊災対策本部の一室で、今回の事件解決のために集った面子を見回し、美知恵は溜息をついた。
「…報告は以上です。」
「つまり、手がかりは無しってわけだろ。」
伊達雪乃丞は、面白くもないと言った風に手にした資料を机に放る。
そこには、一人の少年の写真が載っていた。
永村邦彦。
この都内の小学校に通う十一歳の少年が、あの堕天使『エリゴール』の素顔である。
前回の襲撃以降、その身元と行方を調査したところ、半月程前から警察に捜索願が出されていた。
それが昨日、無事に帰宅したと報せが入り、すぐに捜査官が向かったのだが。
「本当に、造魔になっていた時のことを何も覚えてないんですか?」
「ヒャクメ様も同行して霊視したから間違いないだろうね。」
おキヌの質問に、西条は頭を振って答える。
今回のDDS事件解決には、ヒャクメも積極的に出向している。
自分の得意分野である索敵や検索、遠見などの方面で成果をあげられなかったのが悔しかったらしい。
曰く、「このままじゃ、私の存在価値の是非に関わるのねー!!」だそうだ。
普段より気合が入っているヒャクメが霊視したのだから、本当に何も覚えてないのだろう。
恐らく、永村少年のプライバシーは、完膚なきまでに失われただろうが。
「何でそんな面倒くさい真似したワケ?」
「そうね。わざわざ連れ戻しておいて、ご丁寧に記憶まで消して…。」
小笠原エミの意見に、美神も珍しく頷く。
刻真の話では、造魔になったからといって記憶を失くすということはないらしい。
それに、ヒャクメなら本人が忘れているような過去まで視ることができる。
それでも、何の情報も得られなかったということは、故意に忘れさせられたということだ。
だが、その意図がわからない。
おキヌらの手前、口には出さなかったが、口封じだというなら殺した方が手っ取り早い。
自らの戦力を減らしてまで送り返すということは、何らかの思惑あってのことのはずである。
「念のため、御家族協力の下で監視を続けているわ。けど…。」
「多分、無駄でしょうけどね…。」
美神の嘆息混じりの呟きに、美知恵も頷く。
そう、易々と尻尾をつかませるような相手ではないだろう。
「それと、仮面の人物についてだが…これを見て欲しい。」
西条はそう言って手元のスイッチを押す。
壁にとりつけられたモニターに、あの襲撃の日の映像が映し出される。
ちょうど、刻真に永村少年のことを聞いているところらしい。
監視カメラの映像らしく、やや画像が粗いが特に変わったところはない。
「何も映ってないじゃないか。」
「慌てるな、横島君。…次だ。」
西条の台詞にあわせるように画面に変化が現れる。
永村少年の隣に黒い穴が出現し、そこからあの仮面の人物が─。
「…? なんか、変じゃないですかいノー?」
「本当だ。画像が壊れてる…。」
タイガー寅吉とピートが呟いたように、画像の一部が処理落ちしたかのように欠けていた。
それは仮面の人物がいたはずの場所であり、その姿を覆い隠すかのようでもあった。
「画像だけじゃない。後で調べたところ、現場から霊的痕跡すら見つからなかった。」
「あッ! その調査には拙者たちも協力したでござるよ!」
「こっちの子供の方はともかく、仮面の奴のものっぽいのは感じ取れなかったわ。」
西条の説明を、シロとタマモが補足する。
「まるで痕跡を残さないのか…厄介だね。」
「ステルス戦闘機のような奴じゃのう。」
唐巣神父が気難しげに、カオスは楽しげにコメントを述べる。
カオスの場合、研究者魂を刺激されたのだろう。
美知恵の口から、疲労感漂う溜息がこぼれる。
「とにかく…これで今のところは手詰まりよ。」
「やっぱり、刻真の言うように事件を追い続けるしかないか─…。」
美神がちらりと隣にいる刻真を見やる。
刻真は─。
「…すぅ〜…すぅ〜…。」
「って、起きんか馬鹿たれェェェーッ!!」
背もたれに身を投げ出して眠る刻真の喉に、美神の渾身の手刀がめり込む。
床に崩れ落ち、声なき声をあげながら悶絶する刻真。
横島の「俺じゃないんですから死にますよ…。」という忠告も、どこか空しく響く。
「アンタ、最初の数分以降静かだと思ったら…話聞いてたの!?」
「…ッ!! …ケホッ、エホッ…! き、聞いてた、から…大、丈夫…ケハッ…!!」
よろめきながら、何とか答える刻真。
どうやらタフネスでは、横島ほどではないにしろ人並み以上はあるらしい。
「まったく!! シロや横島君だってちゃんと聞いてるんだから、もう少ししっかり…!!」
「…令子、令子。」
「何よッ!?」
刻真を怒鳴りつけていた美神だが、エミに呼ばれて憤りもそのままに振り向く。
そこでは─。
「…ムニャムニャ…れーこちゃ〜ん…♪」
「ひ、ヒホ〜…オイラは枕じゃないホ〜…。」
六道冥子が、ノースを抱きかかえて気持ちよさそうに寝言を言っていた。
おそらく、ひんやりして気持ち良いのだろう。ノースが。
美神のこめかみに、ぶっとい青筋が浮く。
直後、美神の怒声が炸裂した。
◆◇◆
ぎゃーぎゃーと騒がしい彼らを見ながら、刻真は思う。
話の内容はパオフゥから聞いたものとほぼ同じであり、これで裏は取れた。
だが、肝心な奴らの目的の方が不鮮明だ。
奴らの…いや、奴の『計画』に何らかの関係があるのだろうか?
でなければ、時間稼ぎか人手を割かせようとしているのか。
それとも……『また』白々しい奇麗事をのたまう気か、奴は。
…どうであろうと構うものか。
必ず追い詰めて、そして─。
「刻真!! アンタも他人事みたいに傍観してんじゃない!! 冥子、アンタもGSなら…!!」
「ふぇ〜ん。令子ちゃん、怒っちゃイヤ〜。」
いきなり名前を呼ばれて、刻真の思考が中断される。
美神の説教は、未だ続いていたようだ。
「い、いや…悪かったから、そう怒らないで…。」
「怒るべきときは怒る!! 会議中に居眠りなんて、絶対許されない事ってのは当然でしょーが!!」
まだまだ、続きそうだ。
刻真は小さく嘆息し、諦めて説教を受け続けることにした。
「…美神さん、隊長に似てきたんじゃねーか?」
横島の呟きは、幸い興奮した美神の耳には届かなかったらしい。
◆◇◆
男は、室内に入って数歩のところで、不意に足を止める。
「…何の用ですか?」
「ご挨拶だな。我が友人に、頼まれ事の報告をと思って寄ったというのに。」
男の後方、入り口側の部屋の角の暗がりに、仮面が浮かんでいた。
目も鼻も口も無い、鏡で出来ているような仮面。
やがて、暗がりが次第に輪郭を取りはじめ、黒いローブとなって人型をとる。
「ならば、早々に用を済ませてください。」
男はそのまま自らの執務机まで進んで椅子に座り、そこでようやく振り返った。
細い金管に留められた一房の前髪が、切れ長の瞳の前で揺れる。
「…『エリゴール』は無事に送り返した。処理も済ませてある。」
「そうですか…。」
仮面の人物の報告に、男はふと目を伏せる。
だが、くっくっと小さな笑い声を聞きとめると、顔を上げて目の前の人物を睨む。
「何がおかしいのです?」
「わざわざ私を使ってまで連れ戻し、あっさりと返す。奴らはさぞ混乱しているだろうな。」
愉快げな声はひどく歪んでいて、まるでその仮面に映る景色のようでもあった。
悪趣味め、と男は胸の中で罵る。
仮面の人物は、そんな男の心中に気付いているのかいないのか、構わずにしゃべり続ける。
「もはやあの子供に接触する必要は、こちらには無いというのに。こうして駒は増えていく。」
「そういう言い方はよせ。」
男は立ち上がって、嫌悪の表情を露わに仮面の人物を睨みつけた。
自らの口調が変わっていることにも気付かない。
「あの子は同志だ。あの子を帰したのは、それがあの子にとってよいと思ったからだ。」
「成る程。それはお前の正直な考えだ。だが、やってる事は同じだろう。」
男は反論せず、また目を伏せる。
処理とは、記憶の除去のみを指す。重要なのは『造魔となったか否か』なのだ。
口では同志と言いながら、結局は利用しているのと変わらない。
事実を改めて突きつけられ、男は次第に冷静さを取り戻す。
「…もとより覚悟の上です。それをわかった上で、この道を選んだのは私なのですから。」
「ならば、懺悔など止めろ。お前は自分の望みが叶うよう祈っていればいい。」
その言葉に、男の感情が瞬間的に沸騰する。
刹那、男の纏う黄色を基調とした法衣がはためき、室内に暴風が吹き荒れる。
風の刃は一斉に仮面の人物へと襲い掛かり、その体を微塵に切り刻む。
だが、舞い散るのはただ、奴が着ていた黒いローブのみ。
仮面だけが、やはり何もない虚空に浮かんでいた。
「くくッ…まったく、酷いことをする。」
「くッ…!!」
仮面から聞こえる嘲笑に、男はぎりっと奥歯を鳴らす。
見透かされていた。
つい先ほどまで、自分が大聖堂で懺悔の祈りを捧げていたことを。
あんな幼子すら利用する、自らの浅ましさを悔いていたことを。
いつも、この仮面の者は人を試す。
そうして、人があがき苦悩する姿を見ては嘲笑うのだ。
最初に笑っていたのも、彼らに対してではなく、私に対して笑っていたのか。
「…さがりなさい。」
「そうしよう。…ああ、もう一つ。『リリス』が勝手に動いているようだが、どうする?」
「……どうもしません。彼女は彼女なりの意志をもって動いているのです。」
「結構。」と笑い声を残しながら、仮面は暗がりに溶けるように消えた。
いつの間にか、ローブの切れ端すら消えている。
男は深く息をついて椅子に沈みこむと、天井を見上げた。
「…悔いていた、か。」
戻る道などないとわかっていても、私は懺悔せずにはいられなかった。
そうすることで、自分を正当化しようとしていたのだろうか。
なんと恥知らずな。
ならば、奴が言ったように、私は自らの望みだけを祈ろう。
「私の望み…。」
ふと、あの少女のごときあどけない顔がよぎる。
たとえ、どれほど憎まれようと、私の望みは決して変わることはない。
「今一度…貴方にお仕えしたいのです。我が盟主よ…。」
こぼれた言葉は、悲痛なほどの渇望であった。
◆◇◆
携帯電話の着信音が鳴り響き、布団から伸びた手が枕元を探る。
何度か左右に動かし、ようやく探り当て通話ボタンを押す。
「…ん、ふぁい…近畿剛一、です…。」
寝ぼけながらも芸名で答える辺り、さすがプロである。
《…宮尾、寝てた?》
「ん…夏子か? いや、ええよ。何か用事か?」
通話口から聞こえてきた幼馴染の声に、銀一の頭も幾分はっきりとしてくる。
《今日も…横島のとこに行かへん?》
「……。」
口調こそ尋ねているが、もう夏子は行くと決めているのだろう。
銀一は、わずかに表情を曇らせ…。
「ええよ。車まわしたるから、ちょっと待っとき。待ち合わせはどこがええ?」
すぐに笑顔の仮面を取り戻し、和やかに言った。
胸の疼きが、悟られぬように。
今回のあとがきをする、六道冥子です〜。
なんだか〜、結構久しぶりな気がするけど〜、皆〜覚えてる〜?
今回のお話は〜…令子ちゃんが怒って〜、ノースくんが気持ちよくて〜…
後は冥子、よくわからなかったわ〜。
じゃあね〜♪
(作者、こめかみを押さえながら登場)
お久しぶりです。
最近、この形式を見直そうかと思い始めている作者です。
今回の話は、少しだけ話の中核に迫った形で書いてます。
とはいえ、まだ読者の方々のほうでは意味がわからず「?」な感じだと思いますが(汗)
次回からは、また一気に事件が始まります。
作者としても結構気に入っている話なので(自画自賛)楽しみにしていてください。
それでは、またv (詠夢)
どうやら敵も完全に足並みがそろってるとはいえないようですね。
それぞれが自分の考えを持って行動しているようです。
わざわざ助けた子供を返したりあと意味深なせりふもありましたね。
次回から再び話が加速していくらしいので期待して待ってます。
それではまた。 (夜叉姫)
コメント、有難うございます。
敵側の方が、書いていて楽しいです。
こういう不協和音で彩られた共同体というのは、書き手としてやりがいがあります。
今回は伏線を結構詰め込んでみましたので、後はそれを上手く収拾できればいいなぁと(汗) (詠夢)