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あなたのために…

緑色の道程(その4)


投稿者名:徒桜 斑
投稿日時:05/ 3/ 8

「さて、どうしたものかな…」

 西条は廊下から病室の中を見て呟く。
 ドアに強い結界を張っているため、木の根が病室を出ることはない。
 しかし、それも長いことは持ちそうになかった。
 木の根が激突するたびに、結界は悲鳴を上げている。
 その様子を見ているサトリの表情は暗い。
 
「…サトリさん?」

 おキヌが心配そうに声をかける。

「ん? なんでしょう、おキヌさん」
「いえ、顔色があまり良くないから大丈夫かなって」
「…私は平気ですよ。ショックが無いと言えば嘘になりますが、ある程度は予想していましたからね」 
「やはり、君は何かを知っているんだな」

 西条はそっとジャスティスの柄を握る。
 サトリはそんな西条を見つめ優しく微笑む。

「あれはヤマコという妖怪なんですよ」
「妖怪って、呪いじゃないんですか?」

 おキヌは首を傾げる。
 
「まぁ、ある意味『呪い』と言えなくはないですが…」

 サトリの説明は次のようなものだった。
 ヤマコは山に住む植物や無機物の霊気が集まって生まれた妖怪である。
 また生まれた山の中であれば姿形を自由に変えることができる。
 しかし、一歩でもそこから出ると体を維持するための霊気を得ることができず消滅してしまう。
 そこでヤマコは山以外の場所では、他者に寄生して霊力を恒常的に得て行動する。

「寄生か…」
「…なるほど、冬虫夏草みたいなものですね」

 説明を聞いたおキヌは納得したように両手を叩く。

「それは微妙に違うんじゃないかな…。冬虫夏草はキノコだしね」
「あ、あれ? …あっ、何で寄生なんてするんですか?」

 西条の指摘に慌てたおキヌは、サトリに話を振る。

「山の掟を破ったことに対する報復ですかね…」
「山の掟ですか?」

 おキヌの疑問に答えるようにサトリは言葉を続ける。

「植物たちは何より『山の調和』を重んじます。その意志は、そのままヤマコの行動理念にもなっていて、自分の生息している地域に独自の掟を定めるんです。山に生息する生物にとって、この掟は絶対なんです。山の中でヤマコに逆らうことほど愚かな行為はありませんからね。もちろんヤマコも理性のない妖怪ではありませんから、掟を破ったとしても一度や二度なら警告程度で済みますが」
「なるほど。その警告が昔話や言い伝えなどの伝承により人間世界にも伝わっていく…。だが今のご時世、そんな話を真摯に受け取る者は少ないというわけか…」
「えぇ…」
「しかし、僕らの調査によると彼女があの山に行ったことはないはずだが?」

 確かに女性の両親は現場となった山に出入りしていた。
 だが彼女自身は遠く離れた場所に住んでいて、山との接点がまったく見つからなかったのだ。

「最初は犠牲になった母親に寄生していたんでしょう。私が発見した時にその場で対処していれば彼女もこんなことにならずに済んだんでしょうが…」
 
 事件当日。 
 サトリが人間の叫び声を聞いて慌てて現場に駆けつけた時、すでに男性は息を引き取っていた。
 しかし女性の方は辛うじて生きているようだった。
 助け起こそうとした時に、彼女の記憶がサトリに流れ込んできた。
 突然に正体不明のモノに襲われた恐怖、目の前で自分の愛するものが殺された怒り、そしてそのモノの最後の言葉。

『オキテヲ ヤブリシ ニンゲンヨ ナンジラノバツヲ ワレノサバキニヨッテ サバカン…』

 横島の記憶は確かに悲しみに溢れていた。
 それでも彼はその悲しみに耐えるだけの何かを持っていた。
 しかし、その女性の記憶は暗く冷たいものしか視ることができなかったのだ。
 あまりの衝撃に気を失ってしまい、意識を取り戻した時には人間に発見され取り囲まれていた。
 その後、病院に搬入された父親と母親の身元引き受けのために一人娘が呼ばれることになった。

「…その時に寄生されたと?」

 西条の言葉にサトリは頷く。

「で、でも、寄生してる以上、宿主が死んでしまったら駄目じゃないですか。それに、オカルトGメンの目をごませるとは…」
「擬死のようなものでカモフラージュしていたんでしょう。死亡してすぐに霊力がなくなる訳じゃありませんから、そうしておけば次の宿主に寄生するまでの繋ぎにはなります」
「なるほど…。そこに霊的構造が似ている娘が現れた。まさに千載一遇のチャンスだった訳だ」

 西条の表情が曇る。
 力を持たない者を守るためにオカルトGメンになったはずなのに、目の前で苦しんでいる女性一人救えない。
 そんな自分が不甲斐無くて仕方なかった。 

「しかし寄生されているとなると、実力行使を止めておいたのは正解だったみたいだな…」

 彼女が入院をした時にオカルトGメンは色々と手を尽くしていた。
 しかし、根を駆除しようとすると彼女の生命反応が弱くなってしまうため、強硬手段に出られなかったのだ。

「宿主とヤマコは文字通り一心同体になっていますから、西条さんの判断は最良でしょう」 
「そうなるとやはり打つ手なしか…」  
「…安心してください。彼女を救う方法はあります」

 サトリは覚悟を決めた表情で言う。

「本当かい!? じゃあ、すぐにでも…」
「ただ、私が彼女に近づく必要があるんです」
「そんな…」

 おキヌはがっくりと肩を落とす。
 部屋中に張り巡らされた根を傷つけることなくベッドに近づくことなど不可能に思えた。

「あっ、横島さんの文珠なら…」
「それは僕も考えた。ただ、呪いじゃなくて寄生しているとなると実行した時のリスクが高すぎる。ヤマコを消したら彼女も消えてしまったじゃ洒落にならないからね。せめて霊力の共有だけでもクリアできれば…」

 西条が横島を病院に連れてこなかった理由の一つである。
 他人に対して過剰なまでの優しさを持つ横島がこの状況を見れば、良くも悪くも考えなく文珠を使っていただろう。
 どうなるか分からない以上、危険だと西条は判断したのだ。

「…待てよ、霊力?」

 西条は先程のサトリの説明に引っかかりを感じていた。

「西条さん、どうしたんです?」

 急に黙り込んだ西条の顔を、おキヌが心配そうに覗き込む。
  
「ん、いや、ちょっと気になったことが…。って、おキヌちゃんっ!」

 西条はおキヌの両肩を掴む。

「は、はいっ!」

 おキヌは突然のことに体が硬直してしまう。

「くそっ、何でこんな単純なことにすぐ気が付かなかったんだ!」
「え、えっ?」
「ネクロマンサーの笛だよっ。それなら霊気の集合体であるヤマコを抑えることができるはず…!」
「ねくろ…。あっ、なるほど!」

 おキヌは急いで袂から笛を取り出し、笛を吹く。
 病院に優しい霊力が奏でる音色が響き渡る。
 笛の音色に抵抗するよう動く木の根。
 しかし、ゆっくりと一人が通れるぐらいの道ができる。

「これは…」
「おキヌちゃんは世界でも数少ないネクロマンサーなのさ」

 西条はまるで自分のことのように胸を張る。
 そんな西条に向かって、中に入るよう目で訴えるおキヌ。

「ごほん…。さぁ、中に入りたまえ。だけどおかしな素振りを見せら…」

 西条は結界を解除し、サトリに向ってジャスティスを構える。

「今更、オカルトGメンに逆らうようなことはしませんよ」

 部屋に入りベッドの横に立つサトリ。
 そのまま躊躇せず女性の手を両手で握る。

「…苦しかったでしょう? もう大丈夫ですから…」
 
 その表情は、邪心のない澄んだものだった。
 目を閉じ、ゆっくりと息を吸う。
 サトリを中心に霊気が渦巻き、部屋の空気が振動し電気が明滅し始めた。

「な、何だ!?」

 予想外の出来事に狼狽する西条。
 横島の過去を視ているサトリを知っているおキヌも異様な雰囲気に驚く。
 そんな二人に関係なく、サトリは深く息を吐き出す。
 もう一度大きく息を吸うと、女性の体から黒い霧のようなものが出てくる。
 その霧は、そのままサトリの口に吸い込まれていく。

(抵抗が少なくなった…?)

 おキヌの感覚は間違いではなかった。
 黒い霧がサトリに吸い込まれる速度に合わせて、根は細く短くなっていたのだ。

「寄生したヤマコだけを、吸収しているとでも言うのか…」

 ただの呪いでないことは分かっていた。
 しかし妖怪が寄生しているというだけでも驚愕すべきことなのに、それを思いもよらぬ方法で除去しようとしているのだ。
 サトリは多量の汗を額に浮かべ苦しそうな表情をしているが、霧を吸い込むことをやめない。
 やがて部屋中を覆っていた木の根は数本を残すのみとなった。

(サトリさん、凄い…!)

 安堵からだろうか。
 おキヌが一瞬気を抜いた瞬間に、笛の音色の呪縛から放たれた一本の木の根がサトリに襲い掛かる。

「しまっ…!!」

 突然の事態に反応が遅れる西条。
 ジャスティスを振り上げるが、傷つけてはいけないことを思い出し動きを止める。

(だ、駄目っ!!)

 おキヌが目を閉じた瞬間、笛の音色が高音に変わる。

 
 ドスッ!!


 何かが刺さる鈍い音が響く。
 おキヌがゆっくり目を開くと、鋭く尖った根からサトリを守るように炎が浮いていた。
 青白く燃えている炎は、どこか神秘的にも見える。
 木の根は炎を貫こうともがいていたが、次第に動きが弱々しくなりやがて消えてしまった。
 全ての根がなくなるとサトリは女性から離れ、力尽きたように床に倒れこむ。
 ほぼ同時に部屋に渦巻いていた霊力も消える。

「ふぅ…」

 おキヌが口から笛を離すと青白い炎は風に溶けるように消えてしまう。
 張り詰めていた緊張の糸が切れ、その場にへたり込んでしまう。
 
(サトリさんが無事でよかった…。でも、今のは一体? 何となく笛から伝わってくるものが変わった気はしたけど…) 

「おキヌちゃん、凄いじゃないか!」

 西条が興奮したようにおキヌに駆け寄る。

「まさかあんな裏技を隠してたなんてね」
「やっぱり、あの炎を出したのは私なんですよね…?」
「…?」
「でも私…」
 
 おキヌが困惑したまま何かを言おうとした時

「ぐぐぅっ!!」

 サトリがうめき声を上げ、その大きな体を痙攣させる。
 そして、その震えに合わせるように再び病室の電気が明滅した。

「な、何だ、終わったんじゃなかったのか!?」
「西条さんっ、サトリさんを…!」

 体の震えに合わせるように、サトリの口から黒い霧が漏れている。
 霧はその場に留まらず窓をすり抜け外へと出ていく。

「サトリさん…」
「おキヌちゃん、待つんだ!」

 サトリに近づこうとするおキヌの腕を西条が掴む。

「離してください!」
「駄目だ、おキヌちゃん。あの霧の正体が分からないのに危険すぎる」
「でも、サトリさんがっ!」
「気持ちは分かるけど、君はオカルトGメンの預かりになっているんだよ? 僕は責任者として君を危険な目に遭わせるわけにはいかないんだ」
「あ…」
 
 おキヌは力無く俯く。

「それにおキヌちゃんにもしもの事があったら令子ちゃんや横島クンに怒られるしね」

 西条は満面の笑顔をおキヌに向ける。
 おキヌの気持ちを切り替えさせようという心遣いだったのだが、西条の思惑は外れた。
 というよりも、おキヌは西条の顔を見ずにサトリの様子を心配そうに見ていたのだ。

「お、おキ…」
「ごほっ、ごほっ!」

 西条の呼びかけは、サトリの苦しそうな咳にかき消された。
 すでに電気の明滅は止み、部屋中に蔓延していた異様な雰囲気は消えていた。 
 サトリはまるで水浴びをしていたかのように大量の汗をかいている。

「サトリさん!」

 おキヌはサトリに駆け寄り介抱する。
 そんな二人を後目に固まった笑顔のまま西条は窓の外を見つめる。

(ふぅ、僕も修行が足りないってことか…。しかし、あの黒い霧は一体なんだったんだ?)

 あまりにも色々な事が起こり過ぎて、西条は事態の整理がついていなかった。
 しかし、それ以上にオカルトGメンとしての『カン』から漠然とした不安を感じていた。

「横島クンたちだけでは荷が重かったかもしれないな。やはり令子ちゃんがいないのは痛いか…」

 西条の呟きは、おキヌの耳に届かなかった…。























 薄暗い森の中、対峙するタマモとヤマコ。
 そんな二人の雰囲気に気圧された横島は少し後退りしてしまう。

「して、狐よ。汝らは何用でこの森に足を踏み入れたのだ?」

 自分の姿に怯まないタマモに興味を持ったのか、ヤマコは薄笑いを浮かべる。

「回りくどいのは嫌いだから単刀直入に聞くわ。…人間を殺したのは、あなたでしょ?」
「ばっ、タマモ!?」

 タマモのあまりにストレートな言い方に焦ってしまった横島に対し、ヤマコの表情に変化はなかった。

「…そうだと言えばどうするのだ?」

 ゆっくりと言ったヤマコには余裕すら感じる。

「私たちの要求はただ一つ、オカルトGメンに自首しなさい」
「何を申すかと思えば…。先にこの山の調和を乱したのは人間。それを裁くのは当然であろう」
「それは自分の罪を認めるってこと?」
「…確かに我は人間をこの手にかけた。しかし、それが罪とはおかしな事を言う。定められし掟を破れば相応の罰を与えられるのが自然の摂理。狐よ、人間にほだされてそんなことも失念しておるのか?」
「あんたに言われなくてもそんなこと分かってるわ。だけど、無実のサトリが疑われてるのよ」
「そうか、あの時の反応はサトリであったか。…奴には気の毒だと思うが、それもまた人間の勝手な思いこみであろう。だとすれば、我を責めるのはお門違いというものだ。憎むべきは人間、違うか?」
「…っ」

 ヤマコの指摘にタマモは声を詰まらせ、横島の服をぎゅっと掴む。 
 美神たちと一緒に生活することで人間に対する偏見は少なくなっていたが、人間に傷つけられた恨みは消えていないのだ。
 横島は普段の強気なタマモからは想像できない姿に少し戸惑いながらも、ヤマコをにらみつける。
 
「…基本的には人間が悪いのかもしれない。けど、その人たちはこの山の開発に反対していたんだろ? つまりこの山を守ろうとしていたんだ。『掟』だか『調和』だか知らねーけど、あんたがやったのは無差別に人を傷つけただけじゃないか。それはどんな理屈があっても正当化できない! 素直に自首するならよし、しないなら、このGS横島忠夫が極楽に行かせてやる!!」

 横島はビシッとヤマコを指さす。
 いつもの横島ならすぐにでも逃げ出しているような状況だったが、それをしなかったのはタマモの表情から初めて出会った頃の猜疑心に満ちた瞳を思い出してしまったからである。
 ここでしっかりフォローしないと、タマモが自分たちから遠く離れてしまう気がしたのだ。

「どこかで聞いたことのある決めゼリフだけど、横島にしては頑張ったんじゃない?」

 タマモは照れたように横島から目をそらす。

(人間全てを認めることはできないかもしれない。それでも自分を守ろうとしてくれている人の言葉ぐらいは信じてあげなきゃね…)

 タマモの気持ちにもう迷いはない。
 失った過去には味わったことのない気持ちが確実にタマモを変えていた。

「人間とはどこまで愚かなのだ…。己らの法が唯一の正義だと思い込んでおる。何故、汝のような妖狐が人間に肩入れしているかは知らぬが、我を退治するというならば容赦はせぬっ」

 ヤマコが声を荒げると、周りの木々がざわめき出す。
 まるで、山全体が横島とタマモを責めているようだった。
 
「ふん、上等よ」

 挑戦的な視線でタマモは周囲を見渡す。
 
「片っ端から燃やして…」
「待て待てっ! そんなことしたら俺たちも無事じゃ済まないだろーがっ! ったく、少しは冷静になれっての」
「むぅ〜…」
  
 タマモは不満そうに横島をにらむ。

「人間にしては多少頭が働くようだな」
「自分のペースに巻き込もうって考えだろうが、こっちは『勝つためにはまったく手段を選ばない』経営者の下で何年も無茶させられてんだ。そんな子供だましのテクニックなんかに引っかかるか!」

 横島はヤマコを指差す。
 木がざわついた時の恐怖で涙目になっているのはご愛敬…。

「それほど利口な顔には見えんが…」
「余計なお世話だっ」 
「では、利口であられるGS殿はどうするつもりなのかご教授いただけますかな?」
「こんな時の俺の行動は決まっているんだよ」
「ほう?」
 
 横島は力強くヤマコをにらみつけ、その距離を少しずつ詰めていく。
 いつになく真剣な表情に、タマモはなぜか不安を感じていた。
 ヤマコとの距離を少しずつ詰めていく。
霊波刀が届くギリギリの距離になった時

「サイキック猫だましっ!!」
「ぬうっ!?」

 ヤマコの目の前で、霊気を帯びた両手を強く叩く。
 霊気同士の衝突による音と光は、ヤマコを一瞬だけ驚かせる。
 
「戦術的撤退!!」

 そう叫びながら、脱兎のごとくヤマコから離れる。

「と、見せかけて…」

 突然の振り向き
  
「全力投球っ、サイキックソーサー!」

 逃げるどさくさに紛れて作ったサイキックソーサーを投げつける。
 一直線に飛ぶ霊気の盾は、完全に意表を突かれ防御体勢も取れないヤマコに直撃した。
 爆音と共に土煙がヤマコの体を包む。

「ふはははっ、どーだ! これがSGGS(スーパーグレイトゴーストスイーパー)横島忠夫の実力っ」

 勝ち誇ったように高笑いする横島。

「…思い切り子供だましじゃない」
「そんなの騙される方が悪い!」  

 ゆっくりと土煙が晴れてゆく。

「「!?」」

 ヤマコがさっきまで立っていた場所には、太い木の幹が横たわっていた。
 その少し後ろで無傷のままのヤマコが横島を真っ直ぐに見ていた。

「あのタイミングで大木を発生させたの!?」

 タマモは驚きを隠せない。
 それほど横島のサイキックソーサーのタイミングは絶妙だったのだ。
 その上、ヤマコが結界や霊気の盾を展開した様子もなかった。

「発生させたのではない。彼らは自らの意志で我を守ろうとしたのだ」

 ヤマコは口の端を上げて笑う。
 
「さて、次は我の攻撃を受けてもらおうか?」
「つ、謹んでお断りいたします…」
「遠慮することはない」
  
 横島の丁寧な断りの言葉を無視して、ヤマコは足を踏み鳴らす。
 同時に横島の足元から先の尖った木の根が飛び出した。

「うわっ!」
「横島っ」

 ギリギリのところで体を仰け反り避けるが、次々に周りの木が襲ってくる。
 横島は避けきれないと判断した分を霊波刀で迎撃する。
 しかし…。

「なっ、切ったところから再生してる!?」

 切り落とされた箇所から新しい木が生えていた。

「なんかトカゲのしっぽみたいね」

 狐火を自由に使うことのできないタマモは、横島の背中にしがみつき隠れていた。

「タマモ、微妙に邪魔なんだからのん気なこと言うな!」
「邪魔とか言わないでよ。私だって必死なんだから…って、右からくる!」
「ぬわっ!?」
「ほらっ、次は上と左から!!」
「ぎゃ〜っ」
 
 表情や避け方にはまったく余裕がない横島だったが、タマモからのアドバイスもありかろうじて直撃はしていない。 
 
「随分と余裕があるようだな」
「あるかーっ!!」

 涙を流しながら叫ぶ横島。

「こうなりゃ〜、やけくそだっ。伸びろっ『栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)』!!」

 ギリギリのタイミングで避けながらも横島は右手を覆っていた霊気をヤマコに向けて伸ばす。
 しかし、直撃する寸前に垂れ下がったツタがヤマコの体を宙に浮かす。

「無駄なことだ。この森にいる限り、我を倒すことなど…」
「…」
「…」
「な、何だ?」
 
 自分を見上げて黙り込んでしまった横島とタマモに動揺を隠せないヤマコ。

「何ってことはないけど、なぁ?」
「うん、別にわざわざ言うことでもないしねぇ?」

 そう言って顔を見合わせる二人。

「…言いたい事があるのならば、はっきりと言ったらどうだ?」
「だったら言わせてもらうけど…」

 横島は言葉を一回切り、大きく息を吸うと

「んなの反則じゃねーかっ!! ってか、実力で避けるならまだしも、明らかに他力本願過ぎるだろっ! その上、あまりに地味すぎる!! もっと…なんつーか『バキーンッ!!』とか『バシューン!!』とか派手な効果音ぐらい出さんかい!!」
 
 一息にまくし立てた。
 隣でタマモが『うん、うん』と頷く。

「…汝らは我に何を期待しておるのだ?」

 ヤマコは怪訝そうに聞き返す。

「期待してる訳じゃないけど、そういうお決まりの展開じゃないと私たちも燃えられないじゃない?」
「そーいうことだ。こんな山奥にいるんじゃ『お約束』を知らなくても仕方ないのかもしれないけどな」

 横島は『やれやれ』といった感じで首をすくめる。

「まぁ、とりあえずお前が強いのは分かった。だけど、俺も業界トップクラスの実力を持つ美神令子の一番弟子だ。この程度のことで動じたりはしてられないんだよ」

 上着のポケットに手を入れ余裕を見せている横島だったが 

(ど、どうする!? 今、ポケットに入ってる文珠は2個…。この状況を美神さんならどうやって切り抜けるかを考えろっ!)

 と思考回路をフル回転させていた。
 タマモはタマモで

(ここまで言うってことは何か手段があるのね。仕方ない、この場は横島に華を持たせてあげようかな?)

 この状況を意外とお気楽に考えていた。
 
「ふん…。人間ごときがこの絶望的な状態で何ができるというのだ」
「人間にしかできないことってのがあるんだよ(タマモの狐火が使えれば話は簡単なんだけどな…。木の弱点、木の弱点…)」

 その時、横島の頭に秘策が閃いた。

「ふっ…ふふふふ…」
「よ、横島?」
 
 タマモは突然不気味に笑い出した横島をいぶかしそうに見る。
 その視線を無視してヤマコを睨み付け

「これが美神除霊事務所の底力だーっ」

 念を込めた文珠を地面に投げつける。
 文殊から強い光が放たれると、それを中心に草木が萎れてゆく。

「な、何をした人間!」
「ふはははははっ、これが俺の切り札!!」
 
 発動までに時間のかかる文珠は、連続攻撃や奇襲攻撃をされると使用できないという弱点がある。
 この状況でも超人的な反射神経を持つ横島一人ならば攻撃を避けながら文珠を使用することは不可能ではない。
 しかし、タマモを庇いながらでは難しい。
 つまり、横島のおちゃらけは一番効果的な文珠の使用方法を考えるための時間稼ぎだったのだ。
 そのまま無防備になったヤマコにサイキックソーサーを投げつける。

「今度こそ!」
「ぐわっ!?」
 
 今度は間違いなくヤマコに命中した。
 ヤマコはその衝撃に耐えきれず後ろに吹き飛び、枯れた大木の幹に激突し土煙を上げる。
 横島とタマモは先ほどのこともあり構えを解かない。
 土煙が晴れ微動だにしないヤマコを見て、ようやく緊張を緩める。

「ちょっと卑怯な気もするけど、とりあえず勝ったみたいね?」
「まぁな、これで駄目なら死ぬ気で逃げるしかねーよ」 
 
 横島は首を横に振る。
 タマモも苦笑するが、ふいに表情が固まる。
 
「ちょっ、ちょっと横島、あれ見てよ…」

 横島がゆっくりとタマモの指差した方を見ると、ヤマコの体を黒い霧が包み込んでいた。

「な、何だ?」
「凄くヤバい気がする…」 

 横島とタマモの額に汗が浮かぶ。
 得体の知れないプレッシャーが二人を覆い尽くそうとしていた。
 しかし、黒い霧の塊となったヤマコは動くことはなかった。
 
「と、とりあえず逃げとくか?」
「そ、そうね。このままここにいても仕方ないし…」
 
 二人は顔を見合わせて頷く。

「んじゃ、少し我慢しろよ」
「きゃっ!?」

 何の前触れもなく横島はタマモを抱きかかえた。

「何してるのよっ」
「だーっ、そんな照れた表情なんかするな!! 文珠が残り一個しかない状況じゃこれが最良なんだよ!」

 横島は焦りながらそう言って、右手に握った文珠に念を込める。
 文珠に浮かんだ文字は『速』。
 小竜姫の超加速ほどではないにしろ、人間離れしたスピードでその場を走り去る。

「どこに行くのよ!?」
「とりあえずおキヌちゃんたちに合流する。西条のアホも一応はオカルトGメンだからな、アレの正体も分かるかもしれないし…」
「なるほどね…。でも、本気でここから走るの!?」
「まっ、何とかなるだろ、あはは…」

 乾いた笑いを浮かべる横島に、タマモはため息をつきながらも

(まったく無茶するんだから。でもまぁ、おキヌちゃんやシロには悪いけど、私だってあれだけ危険な目に遭ったんだからこれぐらいの役得があってもいいわよね…。って、何で横島なんかに役得を感じなきゃいけないのよ!)

 と、自分の考えにツッコミを入れたりしていた。  
 とはいえ、狐の姿に変化すれば横島の負担を減らせるのにそのままの姿でお姫様抱っこされているのは、この状況をそれなりに楽しんでいるからであった。 














 誰もいない山の中。
 ヤマコを包み込んだ黒い霧は静かに蠢いていた。
 まるで目的を持った生物のように進もうとする。
 その動きはゆっくりとしたものだったが、天の悪戯か悪魔の慈悲か一陣の風が霧の動きを助けた。
 霧の向かう先は、横島たちが逃げていった方角と同じであった…。
 












 










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