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山の上と下

4 一時の別れ・後編


投稿者名:よりみち
投稿日時:05/ 3/ 6

山の上と下 4 一時の別れ・後編

涼たちを見てとまどう追っ手。昨日で、追っていたことがバレたのは判っていただろうが、まさか、待っているとは思わなかったに違いない。

 涼は刀は抜くも構えず、加江は刀を構えて臨む。

 それに対し、追っ手は、六人が前に、一人がやや後ろに立つ形で刀を構える。

 涼は、それをのんびりと見ているような表情をしつつ、相手の力を測る。

後の一人は、自分より少し上の年格好で、体格はほぼ同じ。それなりに鍛えているのか、わりと締まった体つきをしている。
 立ち位置でいえば組頭(:リーダー)か。実際、上に立つのに慣れた高慢そうな雰囲気が、それを裏付けている。もっとも、態度こそ、”らしい”が、目に落ち着きがない。立場と能力が、釣り合いがとれていない感じである。

前の六人のうち五人は、幅はあるが、いずれもが二十代、体力・”腕”とも水準以上はありそうだ。もっとも、実戦での強さは、どれだけ修羅場を経験しているかで大きく違う。
 その点、剣先の震えや姿勢の固さを見ると、全員が初心者で、集団戦の訓練も積んでいないようだ。この場に限れば、本来の実力も数の優位も、十分に発揮できないだろう。

残る一人は、一団の最年長で三十代後半。身長は平均だが、横幅と前後の厚みが、平均より一回り大きい。体力も”腕”もなかなかという感じだ。加えて、コト動じていない態度から、それなりの修羅場を踏んでいることが判る。

‘さしあたり、”できる”のは一人ってところか。’
 バカ殿のお家騒動でやり合った連中に比べるとずいぶんと落ちる。油断はするつもりはないが、幾分かは気楽になる。

‘で、こちらは?’最後に味方に注意を移す。

 加江は、きっちりと剣を修めた者らしく、きれいな正眼の構えを取っている。気力が充実している一方で、適度に力も抜けている。本来の実力が期待できそうだ。

涼の判断を察したのか、加江は軽く微笑み、
「さっき、忠さんと軽く手合わせをしたでしょ。おかげで、いい具合いに体をほぐすことができました。」

 涼は、二人の余裕を苦々しく見る相手の方に注意を戻した。
「さて、せっかくここまで来てもらったんだが、見逃してくれねぇか? この太平のご時世に、ジジイ一人のことで怪我しても詰まんねぇだろ。」

背後で、ジジイ呼ばわりされたご隠居の抗議の咳払いが聞こえる。

 涼の言葉に、後ろの男が蔑んだ口調で、
「この身の程知らずが! 痩せ浪人と陰間(かげま:男娼)風情で何ができる。そのジジイを引き渡せば見逃してやろう。しかし、手向かうつもりなら、痛い目を見るぞ!」

恫喝的な物言いに、涼はうんざりする。もっとも、人数で判断すれば、その強気もうなずけはするが。

隣で加江が怒りを押さえるような低い声で、
「『痩せ浪人』はともかく『陰間』とは聞き捨てならない。今の言葉、取り消してもらおう。」

‘おいおい『痩せ浪人はともかく』かい。’と内心でツッコむ涼。

その男は、嫌らしそうな笑いを加江に向け、
「ふん、痩せ浪人の寵童あがりが偉そうな口を叩くな。女みたいな声と体つきで何ができる! 夜の相手をするのとわけが違うぞ。」

その言葉に、手前の二・三人が、卑猥な笑いで応える。

「その雑言、後悔させてやる!!」加江は、一気に相手のただ中に踏み込む。

「ご隠居、逃げるんだ!」そう言うと、加江に続く涼。
ご隠居と横島は、森の方に駆け出す。


突出した加江を涼が”できる”と判断した男が遮る。

「邪魔だ!!」
 加江は、渾身の力で一撃−道場でなら、十人中九人まで一本が取れる−を放った。

きん! 鋭い金属音とともに刃が咬みあい、仕掛けた加江が跳ね返される。
 バランスを崩したところに相手の逆撃が来る。それをぎりぎりで流し、二歩ほど飛び退き間合いを取る。

「まだまだぁ!」気合いを入れ直すと、再び踏み込む。
 二度目も、同じように跳ね返されるが、今度はバランスを保ち、相手の反撃も余裕で受ける。
 そのまま、一歩も引かず白刃を交わし続ける。

 両者の力量がほぼ拮抗していることを確認した涼は、目の前で始まった本物の戦いを呆然と見る五人+一人に向かい、
「イイ勝負じゃねぇか。お前さんらも武士なら、血が騒ぐんじゃねぇか。こちらも楽しもうや。どいつが相手でもいいぜ、腕に自信があるんだったら、かかってきな!」

 挑発的な言葉に、危険を押しつけ合うような目配せを交わす五人。『任せた。』という感じで、より後ろに下がる組頭らしき男。

「来ないようだな。なら、こちらから行かせてもらおう!」恐れる風もなく踏み込む涼。

 その無造作に間合いに入る動きに、それぞれが、あわてて対応しようとするが、動きが揃わず、邪魔し合う形になってしまう。

 その隙に、優位な位置を占めると”先”の”先”−相手の動きを予測し、それを封じる行動−を取って、五人を相手に切り結んでいく。


‘拙い!’加江と戦っている男は内心で舌打ちした。
 目の前の相手は、力の足りなさ補える技の持ち主で(最後は力差で押し切れると思うが)しばらく拮抗状態を崩せそうにない。そして、もう一人の方は、五人相手に、押し気味の戦いを演じている。
このまま時間がたつほど、捕らえるべき相手が遠ざかってしまう。

つばぜり合いから力任せに相手を押しのけ、自分たちの組頭に向かい、
「野須(のす)殿、殿(しんがり:後衛)は、拙者が務めます。逃げた二人を追ってください。」

「そ‥‥ そうだな。後は田丸(たまる)に任せる。皆の者、儂に続け。」
半ば傍観していた組頭−野須は、これ幸いという感じでそう言うと、ご隠居と横島が逃げた方向に駆けだした。

 涼と渡り合っていた五人がそれに続く。
最後に、田丸も、気合いを放ち涼と加江を牽制すると、一転、逃げ始めた。

「待つんだ!」涼は、追いかけようとする加江を鋭く制した。

その声に、思わず立ち止まる加江。その間に、田丸も逃げ去ってしまう。


刀を収めた加江は不機嫌さを隠さず、
「どうして止めたの。あの男を倒せば、かなり楽になったはずなのに。」

「田丸だったかな、あのオヤジ。ありゃ、何か”芸”があるって逃げ方だ。うかつには追えねぇよ。」

「そういえば‥‥」
 相手が、森に入る間際、失望の表情を浮かべたことを思い出した加江。

「それに、ここで仕掛けたのは、相手を引っ張り出して戦力を測ることとアンタが実戦を経験することが目的だったんだ。二つともうまくいったんだから、それで充分だろ。」
涼はそうまとめ、話題を変える。
「それより、初めて真剣勝負を体験したわけだ。どんな気分だい?」

「恥ずかしい話だが、頭の中が真っ白になって、打ち合って時の記憶はほとんどない。体が無意識に動いていただけだ。」

「最初は誰だってそんなものさ。それでも、むこうの一番と互角だったんだ。あんたの(腕)は”本物”ってことだよ。」

「貴殿にそう言ってもらえるということは、少しは自信を持ってもいいわけか。」

加江が素直な反応を見せたことに、涼は軽く驚く。
「そうだな。もっとも、俺が認めたって、たいして値打ちはないぜ。それに、今回ができたからって言って、調子に乗るのは禁物だからな。」

「その心配ない。」加江は、両手で自分の体を抱く仕草をして、
「今ごろだけど、戦っている時の恐怖が全身を駆けめぐっているわ。とてもじゃないけど、調子に乗るって心境じゃないから。」

「自分の弱さを出せるってたいしたもんだ。今のアンタなら、俺の背中を任せられる気がするよ。」

 加江は、その言葉に満足そうにうなずく。
「それにしても、格さんの実力ならあんな雑魚五人、あっという間に叩き伏せてるって思ってたんですが、意外ですね。」

「無茶を言うなって。芝居の剣豪と違うんだ。五人相手に無事に済ませたんだ、『良くやった。』って褒めてもらいたいぐらいだよ。」

「格さん、よくやりましたね。」加江は、そう言って微笑んだ後、表情を引き締め、
「ところで、打ち合わせ通りとはいえ、これで良かったの? こうも早く抜けさせてしまったのでは、ご隠居たちが追いつかれてしまうんじゃない。」

「それも算段(:計算)に入ってるって。」心配していない涼。
「ご隠居は山に慣れているし、あれで、けっこうしたたかなタマ(玉)だ。ヘタを打つことはないだろう。」

「ご隠居は心配ないでしょうけど、忠さんの方。けっこうドジだから心配なのよ。」

「いよいよとなれば、ご隠居が捨てるさ。俺たちが心配するコトじゃない。」

「涼‥‥ 格さんって、けっこう冷たいのね。」

「おや、忠さんのことが気になるのか?」

「えっ! そんなつもりじゃ‥‥ 何かあると後味が悪いと思っただけです。」
 自分が言ったことに気づき、あわてて否定する加江。

「まっ、忠さんはご隠居がうまくやることになっているよ。」

 ニヤリとした涼に引っかかる加江。そこを尋ねようと思うが、気にしていると取られてもしゃくなので控える。



獣道伝いに奥へ進むご隠居と横島。小高い岡の上に出たところでご隠居が足を止めた。
「忠さん、ここらでいいだろう。」

「あっ、そうですね。」

二人は着物を手早く交換する。いよいよとなれば、この姿で横島が囮になり逃げることなっている。追いつかれる危険を覚悟で、自分たちの姿を見せたのもそのためだ。
 もちろん、この雑な変装でどれだけ誤魔化せるかは頼りないが、ご隠居の高価そうな服は人目を引くため、ある程度は効果は期待できる。

 横島は、着替え終えてもこの場を動こうとしないご隠居に、
「どうしたんですか? 何か拙いことでも?」

「いや、道を外れるとけっこう深い森だなってな。」
そう言いながら周囲を見渡すご隠居。

「そうですね。」横島もつられるように見回す。
「聞いた話じゃ、この辺りでも『神隠し』が起こっているし、元々、物の怪が棲みついているって話もありましたから。」

「だからよ。あまり格さんたちと離れても拙いだろ。」

 そう遠くない所に人が近づく気配を感じている横島は、
「でも、格さんたち、止められなかったみたいで、追ってきてますよ。のんびりしてると拙いんじゃないですか。」

「そうみたいだな。」そう返事はするがあわてる様子のないご隠居。
「まあ、いざとなりゃあ、ここを降りればいいさ。」

ご隠居が『ここ』と言ったのは、立ち止まった場所の足下。横島とご隠居が登ってきたのは普通の斜面だが、今いる場所から先は、崖になっている

「ここ‥‥ですか? たしかに、ここを降りれば、振り切れると思いますけど。でも、ここを降りるって、けっこう危ないんじゃないっスか。」
『降りる』より『落ちる』の方が言葉としては正しいと思う横島。

「忠さんなら、平気だろう。」

横島は、改めて崖の下をのぞき込む。
「まあ、俺だったら、何とかなるとは思いますよ。でも、ご隠居は無理でしょう。」

 それには応えず、懐から財布を取り出した。
「そうそう、忘れるところだった。こいつを渡しておくよ。」

 受け取った横島は怪訝な顔をする。「なんで、財布を俺なんかに?」

「その財布は囮を引き受けてもらったお礼だ。なに、感謝の気持ちってやつだよ。」

「でも、お礼にしちゃあ、この財布かなり重いんですけど。」
 手応えからすると相当な金額が入っている。
「それに、囮は自分から引き受けたことなんで、礼なんていいですよ。さっきは、あんな風になっちゃいましたが、拾ってもらった恩返しをしたいって気持は本当のつもりなんです。」

「嬉しいことを言ってくれるじゃねぇか。」心の底から嬉しそうな様子でうなずくと、
「そんな忠さんだから、オイラたちにもしものコトがあった時、困らないようにしておきてぇんだ。」

「縁起でもない言い方で嫌ですね、ご隠居。」

「すまねぇ、悪かったな」軽く頭を下げると、
「それじゃ、財布を預かっておいてくんな。無事にすんだら返してもらうからよ。で、何かあったら、忠さんのものだ。」

「まあ、預かっときますけど‥‥ それより早く逃げましょう。」
さらに近づく気配に焦り始める横島。

その言葉にものんびりと、
「忠さん、無事に下に降りたら、そのまま引き返して、江戸にでも行きな。間違っても、オロチ岳の方に来るんじゃねぇよ。」

「えっ、やっぱり降りるんですか? それに、『引き返す』とか『来るんじゃない』って、どういうことです?」
 横島は、ご隠居の言葉の意味が掴めず聞き返した。

「だからぁ こういうことだよ!」ご隠居は、横島を崖の方に突き飛ばした。

ぐぁああああーー!! 絶叫と共に崖から落ちる横島。

すぐに、ご隠居は、近くの茂みに身を潜め様子を伺う。

 しばらくすると悲鳴を聞きつけた追っ手が現れる。

「どうした?! 今の叫び声は何だ?!」
「よくはわからんが、人が落ちたようだ!」
「いや、落ちたのではなくて、俺達を振り切るために飛び降りたのかも知れないぞ!」
「くそっ! ジジイのくせに大胆なことをしやがる。」
「とにかく、追うぞ。ついてこい。」
あせった声がして、人の気配が、崖を降りる者と遠回りに下に廻る者に別れ消える。



ご隠居は、しばらくしてから山を下りる。そして、あらかじめ決めてあった場所で涼と加江と合流する。

「ご隠居、ご無事でなによりです。」
無事な姿にほっとした加江だが、横島のいないことに気づき顔を曇らせる。
「忠さんはどうしたんですか? 何か悪いことでも?」

ご隠居が、自分たちの件に横島が巻き込まれないよう、強引に別れたことを説明する。

「それが忠さんに一番だってことは判るんですが‥‥」
 どこか釈然としないという顔の加江。

 涼が皮肉っぽく、
「納得がいかねぇって顔だが。アンタもあの煩悩男に悩まされることがなくなったんだ。いい話じゃねぇか。」

加江は、その言葉にそっぽを向くと不機嫌そうに歩き始めた。

ご隠居は、先に行く加江に聞こえない小さい声で、
「格さん、あんた、知り合いから性格が悪いって言われてないかい。」



「ご隠居も酷いよな〜」崖の上を見上げる横島。
 木の枝などに引っかかって、多少服が破れたとはいえ、他にたいした怪我も負っていない。相変わらず人間離れした不死身っぷりである。

「連中も降りて来るみたいだけど、逃げ切れるな。その後は‥‥」
 懐の財布の重さを意識しながら、これからの行動について考える。

 路銀にすれば、かなり長期間、師匠を捜す旅が可能だろう。入門料としてどこかで開業している除霊師に弟子入りしても良い。
 こだわらなければ、これを元手に普通の生活を始めることもできる。

しばらく思案顔だったが、大きく一つうなずくと、
「そうだよな。自分が決められるんだ。だったら、オロチ岳に行ってもかまわないわけだよな。」


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