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始まりの物語

人狼の里へ


投稿者名:ゼロ
投稿日時:05/ 3/ 5

 よく晴れた気持ちのいい朝だった。
 タマモは窓に近づいて日の光を存分に浴びると伸びをする。
 こんな日は自分が散歩に行くのもいいだろう。
 そう思いながらコーヒーをすすっている美神に振り向いた時、突如下から騒音が近づいてきた。

「美神殿!先生がオカGに行ってしまうとはまことでござるか!」

「うるさいわよ、バカ犬。少しは落ち着きなさい」

「黙れ、クソ狐!これが焦らずにはいられるか!」

 凄まじい勢いで事務所に飛び込んできた騒音の正体を見て、
 爽やかな気分を害されたタマモが腹いせにシロを揶揄する。
 普段以上にテンションの上がっているシロはここに来た目的を忘れて即座にそれに噛みつく。
 
 額に手を当ててそれを眺めていた美神はゆっくりと立ち上がると大鉄槌を振り下ろした。

「あんた達、少しは黙りなさい!さもないとご飯抜きにするわよ!」

 ビクッ!
 瞬時に2人の動きが止まる。
 ギギギと壊れたオルゴールのネジのような動きで首を回すと美神の方を向く。

「も、申し訳ござらん」

「ご、ごめんなさい」

 そんなふたりの怯えぶりを見て1つ息をはくと彼女は腰を下ろした。

「シロ、その話どこで聞いたの?」

「先ほど拙者が散歩から帰るときオカGビルの前で飯塚警部と会ったのでござるが、
 警部は拙者を見ると『横島くんはオカGに入るみたいだな。君も来ないか?歓迎するぞ』と仰ったのでござる。
 それで兎にも角にも事の真偽を確認すべく急いでここまで参ったのでござる」

「飯塚警部って『霊障対処法』絡みでオカGに行った時に知り合った人?」

「そうでござるが」

「参ったわね。もうオカGには関係者以外にも情報が出回っているの」

 しばし天を仰いで瞑目する。この分では隠していてもすぐに詳細を知られるだろう。
 元々隠す気など無かったがもう少し自分の頭を整理する時間がほしかった。
 とりあえずシロの知りたいことには最低限の返答をする。

「昨日、ママから横島くんをしばらくオカGに出向させてほしいという要請があったわ。
 これについては美神事務所の方針はまだ未定。詳しい話はおキヌちゃんが来てからするから少し待ちなさい」




 ほどなくしておキヌが事務所にやってくると、美神はメンバーを集めて美智恵の要請について説明した。

「もし横島さんが出向してその計画に参加したらどうなるんですか?」

「ママが言うには、この計画は10年がかりで行うみたい。
 計画が行われる予定の自然環境を1年間単位で調査して、
 その結果の分析と改善点の洗い直しと試行錯誤を含めて
それなりのノウハウを構築するにはそれぐらいの時間がかかるそうよ。
 それで特にトラブルが多いと予想される最初の2、3年は
横島くんはオカGの方に専念せざるをえないでしょうね」

「それじゃあ、その間は会えないって事ですか?」

「おそらく、この事務所ではほとんどね」

「そんな……」 「まことでござるか!」 「………」

 青褪めて絶句するおキヌ。激昂するシロ。沈黙を守るタマモ。
 そのまましばらく沈黙が続き、事務所には重苦しい雰囲気が立ち込める。

「も、もし横島さんが出向したいって言ったらどうするんですか?」

 それでも勇気を振り絞って問いただすおキヌに美神は難しい顔で答える。

「気持ちよく『頑張ってきなさい』って送り出すしかないでしょ?
 ママに邪魔しないように釘さされちゃったし」

「美神さんはそれでいいんですか!」

「落ち着いておキヌちゃん。これは決して悪い話じゃないのよ」

「それって、どういう事ですか」

「今回の話が最初に横島くんに来たのは、彼とうちの事務所の方針がそれだけ国に認められているからよ。
 よほどの理由なしにその要請を拒むのは、彼の評判とうちが今まで掲げてきた方針で築いてきた信用に関わるわ」

 非の打ち所のない正論の前におキヌの反論は勢いを失う。

「でも私は・・・・・・・横島さんがいないのは・・・・・・・」

 俯いて搾り出すように呟くおキヌ。
 苦い顔でそれを見る美神も胸中で呟いていた。

(私だって、せっかく手塩にかけて育ててきた横島くんを横取りされるのは…………面白くないわよ)





 電話が鳴っている。
 無視して眠っていたいが緊急連絡だった場合を考えると命が惜しい。
 昨日の会合で疲れきった精神を癒すために、折角休みを取ったんだからゆっくり眠らせてくれ。
 そう思いながらも横島は仕方なく電話を取った。

「はい、横島です。あっ、隊長ですか。
 明日ですか?まだ未定ですけど。
 美神さんにはそちらから話をつける?ならかまわないっよ」

 半分眠りながら電話に対応するとそのまま二度寝に入る。
 彼は今自分が時限爆弾のスイッチを押した事に気がつかずにそのまま眠りこけていった。
 


 横島がスカウトされようが休んでいようが、美神事務所には連日数多くの依頼が舞い込んで来る。
 その日も事務所の面々は夕方までに数件の依頼をこなしていた。

「今日はこれで終わりよ。みんなお疲れ様」

 予定していた最後の依頼を片付けて事務所に戻るといつものように美神はその日の仕事の終了を宣言する。
 それを合図に事務所のメンバーは各々の時間を好きに使おうと行動にでる。

 その中で夜の散歩をねだりに横島の家に行こうとしていたシロは美神に呼び止められた。 

「シロ、さっきママから頼まれてね。
 あんたと横島くんには明日、人狼の里に行ってもらうわ」

「先生と一緒に里帰りでござるか。うれしいでござる!」

 尻尾を振って喜びを表すシロをちらりと見ると美神は釘をさした。

「待ちなさい。出張よ、出張。明後日には事務所に帰ってくるの」

「では、何故の出張でござるか?」

「例の計画についてオカGの職員が人狼族に説明に行くのよ。要は本格的な交渉前の顔見せと挨拶ね。
 それでうちからあんたと横島くんを人狼族への紹介者として同行させて欲しいって頼まれたのよ。
 だから今日と明日はあいつの家に散歩をねだりに行くのは禁止。分かったわね」

「うう、了解でござる」

「明日の9時にオカGの担当者が来る事になってるから、それまでにちゃんと準備を済ませておきなさいよ」




 翌朝9時、事務所には準備を整えたシロが横島たちを待っていた。

「先生、遅いでござる。何かあったのでござろうか」

 時間になっても横島が現れないせいで
 心配そうに呟くシロに向かって美神は答えてやる。

「大丈夫よ。さっき連絡してみたら、
 オカGに迎えに行ってからこっちに来るから少し遅れるって言ってたわよ」

 美神が言い終わると同時に人工幽霊が横島の霊力を感知する。
 ドアが開いて横島の姿が目に入ってくる。

「すんません、遅れました」

「やっと来たわね、よこし……」

 しかし彼に声をかけようとした美神は何故か途中で黙り込んだ。
 よく見ると他のメンバー達も一様に黙ってこちらを見つめている。

「あれ、どうかしたんすか?なんでみんな揃って黙り込んでるんです?」

 暢気に聞いてくる横島に美神はにこやかな顔になって尋ね返した。

「横島くん、その方は、どなた?」

 ひいいぃぃ。
 その美神の顔を見た瞬間横島は恐怖により強制的に金縛りに陥った。

 怒ってる。かなり怒ってる。
 あのにこやかな顔の下には阿修羅の如き憤怒の面が隠れている。

 助けを求めようと周りを見た彼に更なる恐怖が襲い掛かった。

 呆れた顔をしているタマモ。何故かこちらと視線が合うと十字をきってみせる。
 極上の笑顔を浮かべるおキヌ。但しその全身からは黒いオーラが漂っている気がする。
 あれに捕まったらもう逃げられない。恐らく死ぬまで離してもらえないだろう。
 鋭い眼差しを向けてくるシロ。唇が捲くりあがり狼特有の鋭い歯が光っている。

(あ、あかん。何故か分からんが、今日が俺の命日になるかもしれん。
 ル、ルシオラ。もし今俺が死んだら来世ではきっとお前と恋人になってみせるぞ)

 恐怖のあまり錯乱気味になる横島だが
 神が彼を見捨てなかったのか、ここで救いの手が差し伸べられた。

「はじめまして。オカルトGメンに所属しております、八代秋美と申します。
 本日は人狼の里への訪問にご協力してくださいましてありがとうございます」

 秋美の挨拶にその場の緊張が解け、横島は密かに安堵した。

「はじめまして。この事務所の所長をしている美神令子よ。
 こちらは従業員の氷室キヌ、そっちの髪の長いのは人狼のシロで金髪の方は妖狐のタマモよ」

「はじめまして。氷室キヌです」 
「横島先生の弟子のシロでござる」 
「タマモよ」

 お互いに自己紹介が終わると美神は早速秋美を見て、気になっていたことについて尋ねた。

「オカGからは例の計画の担当者の一人が来るって聞いてたけど貴方がそうなの?
 オカGに入ってからそれほど経っていないようだけど」

「はい、私も担当の1人です。
 私が美衣さんの件を担当した事と私の持つ能力があの計画に向いていると判断されまして美神隊長達の推薦を受けました」

 美神の探るような質問にもおキヌ達の視線にも臆することなく秋美ははきはきとした口調で答える。

「ふーん。それじゃあ、もしかしたらヨコシマと一緒に仕事をすることになるかもしれないんだ」

「はい、そうなれたらとても嬉しいです」

 何気ないタマモの問いに笑顔で秋美が答えた瞬間、その場が凍りついた。
 事務所からは一切の音がなくなる。先ほど収まりかけたプレッシャーが美神達からゆっくりと溢れ出す。

 わざとらしいほどゆっくりと視線を横島に移した美神は
 先ほどよりも一層にこやかな顔になって横島に声をかけた。

「あら、よかったじゃない、横島くん。随分と秋美さんに買われているみたいね」

「は、はい。こ、こ、光栄です」

 貴様何をした!そう目で語ってくる美神に、
 何もしてないです、本当になにもしてないんです!
 と必死でアイコンタクトを駆使して訴える横島。 
 そのまま両者の無言の応酬が続くが、シロの言葉がそれを強引に断ち切った。

「先生、もう出発したほうが良いのではござらんか?」

 ナイスだ、シロ。横島は心の中で弟子にサムズアップする。

「おお、そうだな。予約した電車に間に合わなくなっちまう。
 それでは美神さん、行ってきます」

 そう言うと横島はその機を逃さずに事務所を出てゆく。
 八代がそれに続いて事務所を出てゆき、更にシロがそれに続こうとする。
 その時、彼女の背には事務所の主の声が届いた。

「シロ、くれぐれも問題が起きないように気を配りなさい。
 特に横島くんから目を離しては駄目よ。分かったわね!」


 

 一方、隣のオカGビルではある師弟がなんとも心温まる会話を繰り広げていた。

「隊長、八代くんがどこへ行ったかご存知ですか?」

「彼女なら美神事務所に行ってもらったわ。
 今頃は横島くんとシロちゃんと一緒に人狼の里へ出発してると思うわよ」

「そ、それは!予定とは違うのではないですか!?
 この出張は横島くんと八代くんに行ってもらうはずでは!?」

 焦る西条にちらりと目をやると美智恵は用意しておいた正論を持ち出した。

「あら、今回はシロちゃんがいればプラスになりこそすれマイナスになる可能性はないわよ。
 それにピートくんと違って、彼女の場合は横島くんの参加の有無にかかわらず計画に専念するんでしょう。
 その時はノウハウの豊富な美神事務所に相談に行く事もありうるわ。
 だからいまのうちに彼女を美神事務所のみんなに紹介しておいた方が良いんじゃない?」

 美智恵の正論にぐうのねも出ない西条は胸の内で呻き声を上げた。

(くっ!しまった、流石に先生の打つ手は早い!
 横島くんと八代くんの2人に人狼の里に行ってもらうのを阻止されたうえに
 令子ちゃん達にオカGサイドの担当が、八代くんだと知られてしまった。
 明日からは、美神事務所からの妨害が激しくなる事も覚悟しないといけないか)

(私を出し抜いて横島くんと八代さんを人狼の里に行かせたのは見事だったわ、西条くん。
 でも横島くんの引き抜き自体は仕事だから妨害しないけれど
 母親として娘に援護射撃のひとつでもしてあげないとね)

 弟子が苦悶しながら計画を修正しようとする様を温かい目で見守りながら
 美智恵は手を組んで口元を隠しながらニヤリと笑った。



 新幹線で数時間、それからローカル路線を乗り継ぐこと約1時間。
 そして最後に2時間ほど歩いた末に横島達はようやく目的地に辿り着いた。
 人狼の里、結界に囲まれ並の人間では立ち入ることのできないシロの生まれ故郷。

 到着したとき既に夕方に差し掛かっていたがシロと横島の顔にはまだまだ余裕が感じられる。
 それに対して八代は流石に疲れたようだ。少し呼吸が乱れている。
 そのため3人は里の入り口で休憩を取っていた。

「どうだシロ、ここに帰るのは久々だろ。懐かしいか」

「そうでござるな。里から見る風景は格段に綺麗でござる。
 あれを眺めると思わず咆哮したくなるでござる。
 ところで先生、出発の時から気になっていたのでござるが
 どうしてそんなに大荷物なんでござるか?
 美神殿からは明日には戻るように言われておりますが」

 なんと横島は除霊の時に使うような大きなバッグに
 何かをいっぱいに詰めてここまで担いできたのだ。
 それを不思議に思ったシロに彼は片目をつぶってみせた。

「秘密だ。もしかしたらこれが今回の切り札になるかもしれん」

 2人がしゃべっている間に秋美の呼吸も整ってきた。
 そろそろ出発しようと3人が腰を上げたとき、シロには馴染みの深い気配が近づいてきた。 




「それで、今日はいかなるご用件があるのでござろうか」

 挨拶と八代の自己紹介が済むと長老はゆったりとした口調で話の口火を切った。
 長きに渡って人狼族をまとめてきたせいか
 その声や所作には十分すぎるほどの貫禄が備わっており八代は少し気圧される。

「はい。現在私の属しているオカGという組織がある計画を立てていまして
 人狼族の皆様にはその計画に協力していただきたく思い、ここに参上いたしました」

 そう言って秋美は例の計画について説明してゆく。
 長老は特に表情を変えずにその説明を聞いているが
 同席している他の人狼達は期待、不愉快、疑問など様々な表情を浮かべている。


「我々がこの地に住むのを認めてやるから協力しろとは随分と傲慢な話ではござらんか?
 もともと里も大地も人間のものではないであろうに」

 八代の話が終わると不満そうな顔をしていた年配の人狼が聞いてくる。

「いえ。そうではなくて、あくまで対等の立場として」

「我々は人間の住む場所を侵す気もござらんが
 人間に我らの住む場所を侵させるつもりもござらん!
 人間に住処を決められるなど到底納得がいかぬ!」

 秋美の言葉を遮るように言ったその意見に何人かが同調するように頷く。
 秋美は必死で説明と説得を続けるが興奮した人狼達は止まらない。
 中には秋美に詰め寄ろうとする者もいる。

「今まで人間は我らを追いたて住処を奪ってきたのだぞ。
 それなのにその事に対してなんの謝罪もなしに
 いまさら人間の都合に合わせて働けなど我らの誇りが許さぬ」

「も、申し訳ございません」

「謝るくらいならばこれ以上この話をするべきではござらんだろう」

「そ、それは」

「落ち着け、皆の者」

 決して大きな声ではないが重々しく響いた長老の諫止にその場の喧騒が収まる。

「皆も色々と思うところがあろうが、我らと人間との過去のいざこざに関しては
 この方には何の責任もない。責めるのは筋違いである」

 長老の言葉にその場にいる人狼達は落ち着きを取り戻すものの
 会談の雰囲気はお世辞にも秋美に対して友好的とは言えない。

 ちょうど会話が途切れるとそれまで黙って見ていた横島が初めて声をかけた。

「ちょっといいっすか?」

 場にいる者たちの目が一斉に横島に向かう。
 その視線から放たれるプレッシャーは場慣れしている彼にも少しは堪える。
 努めてその視線を意識しないように横島は秋美と長老の顔を見ると話し始めた。

「八代さんが話した計画なんですけど、まず俺たちは人に非ざる存在と対等に話し合うつもりっす。
 それは保障します。大前提としてそうしないと皆さんが納得できるはずがないってのは分かってます」

「ふむ」

 長老が小さく頷き、周りの人狼達も横島の話に耳を傾ける。

「まず人狼族の気性についてはシロを通してですが、徐々に理解を持つ人も増えています」

 そういって横島はシロの肩に手を置く。
 シロは皆から目を離して師の顔を見つめた。

「こいつは食い意地が悪くて、暴走するほど散歩が大好きで、たまに問題を起こすこともありますが
 こいつなりに譲れないものをちゃんと持っています。
 だから俺はこいつがくだらない理由で人を傷つける心配はしていません」

「せ、先生」

 横島に褒められてシロは勢いよく尻尾を振った。
 周りの目がなかったらそのまま彼に飛びついただろう。

「ですから、こちらには人狼族の行動や住処について規定するつもりはないっすよ」

「だが先刻の話では住処を認める代わりに協力しろ、と言っている様だったが?」

 八代に詰め寄っていた人狼が横島に疑問を示すが横島はとぼけるように話を進める。

「いえ、それについては少し誤解があったみたいっす。
 ここ数十年間で俺たち人間は森を切り開きすぎてそのしっぺ返しを受けてるんです。
 それでようやく森を守らなければいけないと考えるようになったのですが
 いかんせんなかなかうまくいっていないんですよ」

「ほう、そうなのか」

 かつて人狼と人間は人間が森林を切り開いて稲作を行うようになるのを契機にその関係が疎遠になった。
 そのためか、疑問を示した人狼だけでなくその場にいるほぼ全ての人狼が横島の話に興味を示しだす。

「そこで人間側からのお願いなんですが、
 人狼族の方達には森の保護やこの里の周囲の安全に力と知恵を貸して欲しいなって思ってるんすよ」

「むむっ」

「シロのように暴力から弱者を守る武士である皆さんが引き受けていただければ安心ですね」

「むむむむっ」

 さりげなく人狼族の誇りと生来の優しさをくすぐる発言する横島。
 人狼族達から反対の気配が薄れたことを感じて内心でニヤリと笑う。

「勿論、ただで引き受けてくれなんて言わないっすよ」

「引き受けた場合、我々にはどのような恩恵があるのでござるか?」

「はい。この里の周囲の森で人狼族の方達の行動について人間からは基本的に干渉しなくなると思います」

 そう言いながら横島はシロに目配せする。
 それを受けてシロが口を挟む。
 
「みんな、この里だけでなくこの周囲の大地を好きなだけ散歩できるでござるよ」

「おおっ!?」

 シロの言葉に一部の者が歓声を上げる。
 その興奮が収まる前に畳み掛けるように横島は言葉を紡ぐ。

「人間が対等な関係で取引を行う場合、ギブ・アンド・テイクが基本です」

「それはどのような考え方ですかな?」

「受けた恩義にはなにかしら同等のお返しをするって考えですよ。
 ですから皆さんがあの計画に参加されて人間の手助けをしてくれた場合、
 その返礼として、例えば皆さんにこれを贈り物に送るという事もあるかもしれないっすね」

 先ほどと同様に顔色を変えずに話を続ける長老に横島は切り札を投下した。
 担いできたバッグの口を開けると逆さまにして中身を出す。
 それを見た瞬間、人狼達の興奮は一気に頂点に達した。長老さえもそれから目が離せずにいる。

「こ、これは!?」

「味、栄養、共に最高級と評判のドッグフードの新製品です」

「おおおっ!?」

 人狼達が人間が作り出した彼らの大好物を見て目を輝かす。
 中には身を乗り出している者もいる。彼らの尻尾は一様に残像ができるほど激しく振られている。

「あんなに大量に何をつめているかと思えば………これでござったのですか」

「備えあれば憂いなし!ってとこだな」

 呆気にとられて囁いてきた弟子に向かって横島は茶目っ気たっぷりに答えてやった。



 人狼達の興奮が少し収まるのを待って横島は話を再開する。

「皆さんにとっても人間との交流を深めることで得る物もあります」

「ほう、それはなんですかな。」

「はい、この人狼の里にも影響を及ぼすような出来事が起きた場合
 人間を通じてそういった情報を手に入れられますよ。
 ところで数年前に大規模な霊障が起きませんでしたか?」

「確かに起きましたな。突然大量の悪霊が里の周囲に現れて我らに襲い掛かってきました。
 幸い里の結界と我らの即時の対応により皆無事でしたが怪我を負った者も多かった」

「あれは、ある魔神が人間界に侵攻した影響で起きたんですよ。
 人狼の里だけでなく全世界で同様の事態が発生したみたいっす」

「なんと!?まことでござるか!?」

 驚く長老に向かって横島の代わりにシロが人間界で知った事件について説明する。

「はい、長老。あしゅたろすとかいう魔神とその配下の魔族たちが、
 人間界に攻めてきたのですが先生や美神殿たちの活躍で撃退されたそうでござる。
 そのせいで人間が我らのような人外の存在に対して恐れを抱いたそうでござるが」

「そういえば確かにあの事件の直後からしばらくは人間達はますます我々を警戒するようになった。
 揉め事が起きる前に美神殿達の仲裁で事なきを得たが、そのような理由があったのでござるか」

 当時を振り返る人狼達は皆神妙な顔をしていた。

「あの当時にもう少し人との交流があれば美神殿達の御手を煩わせなくとも
 無用な諍いを起すことなく誤解を解く事ができていたかもしれんな」

(あの時の仲裁では美神さんは人狼からも人間からもしっかり報酬を受け取ってるんだよな。
 おいしい仕事と思っても面倒だったとは全く思ってないだろうな)

 長老の述懐に横島は内心で苦笑するがそれをおくびにも出さずに彼に呼びかけた。

「長老。この計画についてもう一度八代さんから詳しい説明を聞いてみてはどうっすか?」

「横島殿!我らがそ、そのような物につられるとお考えか!」

 話を仕切りなおそうと提案する横島に数人が動揺しつつも異議を唱える。
 その発言を聞くと横島はわざとらしく考え込むといくつかドックフードの箱をバッグに戻す。

「ああっ!」

 それを見て悲鳴に似た声が漏れる。
 横島はなおも見せ付けるかのようにゆっくりと1箱ずつバッグに戻しながらシロに話しかける。

「シロ、お前の好物だから皆さんにも召し上がっていただこうと思ったんだが
 どうにも皆さんにはお気に召さないみたいだ。
 無駄にするのももったいないから帰ったら全部お前にやるよ」

「まことでござるか!!」

 目を輝かせるシロとは対照的にその場からは更なる悲鳴が上がる。
 とうとう耐え切れなくなった人狼の1人が声を上げる。

「よ、横島殿!ろ、論点が違うでござる!わ、我らはその箱の中身のことを言っているのではござらん!」

 しかし聞こえない振りをしながらその発言を聞き流すと横島は2発目の爆弾を投下した。

「もし皆さんが気に入ってくれたんなら、
 これからここに来るときはこれを土産にしようと思ってたんだけどな。
 これじゃあ、また考え直さんといかんなあ。いやあ、残念、残念!」

「よ、横島殿ぉぉ!ず、ずるいでござるぅぅ!」

 もはやその場には冷静さを保っている人狼はいなくなっていた。
 それを横目で確認すると横島は箱をしまう手を止めて皆のほうを向き直る。

「厚かましいお願いなんですが、もう一度八代さんのお話を聞いてはくれないっすかね?」

 そう言いながら横島は再びゆっくりと手を動かすと今度は逆にバッグから1箱ずつ取り出してゆく。
 もはや人狼達にはその言葉に逆らう気力は残っていなかった。彼らは静まり返って横島の手を見つめる。
 そこでようやく冷静さを取り戻した長老が皆に呼びかけた。

「皆の者。先ほどの話し合いでは些細な誤解があったようだ。
 もう一度落ち着いて八代殿のお話を聞いてみてはどうだろう?」

 すると人狼達は操られたかのような動きで首を縦に振る。
 それを確認した横島はあまりの展開に目が点になっている八代に向かって片目をつぶってみせると
 長老に向かって笑顔を見せた。

「分かってもらえたみたいでうれしいっす。人狼族の方達は本当に優しいっすね!」

 その日を境に人狼の里からは、武士は食わねど高楊枝、という言葉が消え去っていった。
 



 街とは違い、光源のない人狼の里は夜になるとほとんど闇に覆われる。
 澄んだ大気は肌に突き刺さるほど冷たい。
 そんな中、秋美は先ほどの話し合いで昂ぶった心を落ち着かせようと散歩に出ていた。
 2月の寒さが容赦なく彼女の体に襲い掛かるが厚い上着を着ている彼女はそれに頓着することもなく歩き続ける。

 今日の自分はなんて無様だったんだろう。
 せっかく憧れの横島の前で自分をアピールするチャンスだったのにとんでもない醜態をさらしてしまった。

 彼が自分をフォローしてくれた時は凄く嬉しかった。
 彼のおかげでもう一度説明するチャンスを貰えた時は思わず涙が出そうになった。
 そしてあの後、人狼族に誤解を与えずにきちんと説明をする事ができた。

 横島に助けてもらった嬉しさと自分の不甲斐なさに対する腹立たしさのせいで秋美の心は乱れていた。
 そのせいか、彼女は目の前に彼の姿が現れるまでその気配に気がつかなかった。


「どうしたんすか、八代さん?」

「え?あっ、よ、横島さん」

 ふと視線をおろすといつの間にかすぐ近くに横島が寝転んでいる姿がある。
 
「ちょ、ちょっと、か、考え事をしたくて散歩をしていたんです。横島さんは、ど、どうしたんですか」

「ええ、星を見ていたんですよ」

 慌てて答える秋美の様子に気がついていないのか横島は気にした風もない。

「星、ですか?」

 そう言って秋美も上を見上げる。
 すると数え切れないほどの星光が彼女の目に飛び込んできた。
 すごい、思わず感嘆する彼女に横島は静かにしゃべりかけた。

「前にここに来たときは忙しくて夜に星を見る暇もなかったんですよ。
 だから今回暇があったら、ゆっくり眺めてやろうって決めてたんです」 

 秋美はそのまま横島の隣に腰を下ろすと星空に見入った。
 そのまま2人は黙って星を見上げていた。



 しばらくして秋美は空を見たまま小さな声で横島に声をかけた。

「今日はありがとうございました」

「八代さん?」

「私、最初に人狼の方達から反発を受けたとき、
 失敗したって焦って、何をしたらいいのか分からなくなっていました。
 横島さんがフォローしてくださらなければ、あの後碌に話し合いすらできなかったと思います」

「それ、八代さんのせいじゃないですよ。多分責任があるのは隊長と西条です」

 横島の意外な言葉で?マークを浮かべた秋美に、彼は苦笑いして説明した。

「今回の出張って隊長と西条の判断で急に決まったんですよね?」

「ええ、そうです」

「それなら秋美さんが人狼族について詳しく調べる時間なんてなかったじゃないですか。
 実際八代さんは人狼族についてはどれくらい知ってました?」

「その、人狼族の性質と、前に人狼族が起した事件についてだけです」 

「やっぱりそうっすか。前もって知っていたらここに来る前に
 人狼族と面識のある西条や美神さん達に詳しい話を聞くことだってできるじゃないですか。
 それをする暇もなしに此処に来ることになったんだから今回難航したのは当然っすよ。
 多分隊長たちはそれを見越して秋美さんに行ってもらったみたいですね」

「どうして西条主任達はそんな事をしたんでしょう?」

「八代さんの能力は特別ですから、相手によっては1人で交渉しないといけない事もあるじゃないっすか。
 その場合は仲間が側にいたとしても話し合いには口を挟めないっす。
 そういったケースは失敗すると厄介なんですよ。なんせ挽回が難しいんで。
 だから今回は失敗を通じて八代さんの交渉の経験を積んでもらおうと思ったんでしょうね」

(それでも最終的には悪い結果にならないように保険として
 シロと人狼族と付き合いの深い俺を彼女に同行させたんだろうな。
 相変わらず隊長も西条もいい性格してるよ)

 秋美に説明しながら横島は美智恵達の狙いをなんとなく悟る。
 
「確かに美衣さんの時にうまくいったので
 今回の話し合いも楽観的に考えていたんだと思います。
 でも、今の私の実力ではこの計画に参加するのは」

「でも今日は八代さんが詳しい部分まできちんと話してくれて助かったっす」

 俯く秋美の声を遮る様に横島は陽気に話し始める。

「俺、説明があんまり上手くないんですよ。
 なにかしら説明し忘れる事が多くて……要するに、詰めが甘いんですね」

「横島さんが……ですか?」

「ええ。だから交渉ごとでは、説明してからいざ実行しようとすると大抵問題が起きるんですよ。
 そのたびに周りにフォローしてもらってて、美神さんからも良く叱られてます。
 美衣さんの時の事だって俺が立てた計画は美神さんには『80点』って言われてしまいましたし。
 その後におキヌちゃんや美神さんに手伝ってもらったおかげでなんとかなったんですけどね」

 美衣さんには内緒にしてくださいね、ケイの夢を壊したくありませんから、
 おどけて付け加える横島の口調に秋美はつい我慢できずに吹き出してしまう。

「でも今日は横島さんが私をフォローしてくださいましたね」

「ええ、いつもとは逆っすね」

 そう言って2人は満天の星の下で笑いあった。



 秋美は先ほどまで抱えていた胸の重しがとれて、
 いつのまにか楽な気分になっている事を感じた。
 ふとピートが彼について教えてくれたことを思い出す。


───横島さんと一緒だと不思議と安心できるんです。
   彼の持つ独特な雰囲気のせいかピンチになっても何とかなるように思えてくるんですよ。
   横島さんが人間よりもそういった雰囲気を敏感に感じ取る妖怪に好かれるのは
   ある意味で必然なのかもしれませんね。

 
 ああ、その通りだ。彼の側にいるのはこんなにも心地良い。
 彼とこうして話しているだけで嘘のように不安が消えていく。
 その代わりに胸の中に温かいものが溢れてくる。

 話し合いの時に人狼に詰め寄られたとき、秋美は恐怖を感じていた。

 人狼が誇り高く優しい種族だというのは知っていた。
 けれど犬飼ポチのように本気になって襲い掛かってこられたら
 戦闘力の低い自分などたいした抵抗もできずに切り伏せられてしまう。

 それは確信となって頭をよぎり即座に恐怖へと昇華した。
 詰め寄られたときはただ怖かった。舌が回らず相手をなだめることさえうまくいかなかった。

 それでも、こんな自分でもこの人とならきっと大丈夫だ。
 どんな相手と交渉することになっても彼が横にいてくれさえすればきっとやり遂げられる。

(私はこの仕事を貴方と一緒にしたいんです。今日のように貴方に隣にいてほしいんです)

 横島の横顔を見つめながら秋美は胸の中でそう願った。




 秋美が落ち着いたのを見て取ったのだろう。
 しばらくして横島は話を再開した。

「この計画はオカGと民間のGSと合わせて数人で行う予定って聞きました。
 だから誰かがミスしても他の仲間がカバーすればいいんです。
 1人で全部やってのけられるのは俺が知ってる限り美神さんぐらいっすから」

「人に非ざる存在との交渉に関しても美神さんはそんなに凄いんですか?」

「ええ、もうそれについては疑う余地はないっすね。
 あの人は妖怪だろうが人間だろうが交渉ならば超一流の腕前です」

 そこまで言うと横島は不意にいたずらな顔をする。
 呆れないで聞いてくださいね、
 と前置きをすると彼は種明かしをした。

「俺が今日の話し合いで使ったのは、
 人狼族の誇りを誉めて相手を良い気分にさせる『煽て』と
 相手の好物を少しだけあげて、もっと欲しくさせる『買収』です。
 こういった手段は美神さんの交渉を見て学んだんですよ」

 そこまで言うと横島は一旦話を止めて視線を虚空に彷徨わせる。
 やがて何かを思い出すように遠い目をしながら再び語りだした。
 
「今日は言わば人狼族への顔見せですから交渉をまとめる必要はなかったんです。
 でも美神さんなら俺が使った手段に加えて、反感を買わずに相手の弱みを突いて
 対等と言いながらもこちらの立場を上に見せかける『脅迫』も駆使して
 多分今日の交渉だけで話を纏めたでしょうね」

 秋美はその突飛な内容に目を白黒させる。
 自分が助けられたせいだろうか、『煽て』、『買収』、『脅迫』という言葉を聞いても
 彼が悪い事をしていたという気が何故か全くしなかった。
 師から教わったという彼の言葉からも後ろめたさが全く感じられなかった。

「横島さんは、美神事務所で働けるのを誇りに思ってるんですね」

「ま、まあこの2年間くらいは………
 それにあの人は、間違いなく依頼人にとって最良の結果を出す最高のGSですから」

 そう言い切った彼の言葉には雇い主に対する敬意以上のものが込められていた。
 それを聞いた秋美は先ほどの高鳴りとは別に、僅かな棘が胸にささるのを感じていた。




「先生ぇぇぇ、何処にいるでござるかぁぁ」

 どれほどの間、2人で星を眺めていたのだろう。
 不意に横島の耳にシロの声が飛び込んできた。

「八代さん、シロのやつが呼んでるみたいなんで失礼します」

 横島は声のする方向を確認して立ち上がる。
 
「あっ、横島さん」

 名残惜しげに秋美は横島を呼び止めた。

「どうしたんすか?」

 不思議そうにこちらを見る横島の視線に秋美の口がとっさに動く。

「その、おやすみなさい。明日もよろしくお願いします」

「こちらこそお願いします。おやすみなさい。」

 秋美に頷くと横島は声のする方向へ歩いてゆく。
 その姿が見えなくなるまでずっと、秋美は横島の背中を見つめていた。




「先生、一体何処に行ってたんでござるか?拙者、心配したでござるよ」

「ああ、悪かったな。ちょっと星を見ていたんだよ」

 駆け寄ってきた弟子の頭を軽く撫でて落ち着かせる。
 そして里の中にある宿に向かって歩きながら横島はふと先ほどの会談で気になった事を思い出した。

「シロ、さっきお前がこれからはもっと自由に散歩ができるって言った時、
 みんなが、特に若い人狼が嬉しそうな顔になったのには気がついたか?」

「はい、気がついたでござる。
 人狼族は要らぬ誤解を人間に与えないように、
 里の外では慎重に行動するように心がけているでござる。
 だから里の外で思いっきり駆け回って羽を伸ばせる機会は多くはござらん」

「やっぱりか。
 でもお前の散歩なんてお前がもう少し走る道に注意を払ってくれれば全く害のないものなんだよな」

 そう言うと横島は少し真面目な顔をしてシロの顔を覗き込んだ。

「シロ、犬が吠えるのは何故か知ってるか?」

「もちろんでござる。大抵の場合は不審な存在に対して注意を促すからでござる」

「そう、その通りだよ。単に仲間や飼い主に『気をつけろ』って言ってるようなもんだ。
 でもそれを知らない人は犬に吠えられると攻撃されるかもって思うかもしれん。
 俺もガキの頃は吠えられたときに怖くなったしな」

 突然、関係のなさそうな事を聞いてきた師にシロは戸惑った。

「先生、それがどうしたのでござるか?」

「だからさ、それと同じなんだよ。少しだけでも正しい知識があればさ、
 人狼も人間も無駄に怖がることなんてなくてもっとお気楽に暮らせるはずなんだよな」

 遠い目をしながら呟く師を見て、シロはずっと気になっていた事を尋ねた。

「先生………美神殿の元から離れるのでござるか?」

「ん?あの計画か?…………それはまだ保留だ。
 あの計画に加われば人間もそうでない存在ももっとお気楽に暮らせるようになるかもしれん。
 それは今日、八代さんの手伝いをして感じたよ。だから計画に参加するのも悪くないさ。
 でも、俺自身まだまだ美神さんの下で学びたいこともあるんだよなあ。
 それにあの人が仲介を手掛けたトラブルではほとんどの場合、
 人も人外も美神さんもみんなハッピーな結果になってるんだよ。
 このまま事務所で働いていればあの方針も達成できる気もするしな」

 横島は軽い口調でそれに答えるが、シロはそこに師の迷いの深さを感じ取っていた。 
 シロが黙ると話はそこで終わった。そしてそのまま2人はそれぞれの宿に戻っていった。



 翌日、3人はたいした問題もないまま順調に帰途についていた。
 やがて彼らの住む街に着くと、横島は出張の終わりを宣言する。

「んじゃ、ここで解散だな。シロ、事務所に行くんならついでに八代さんをオカGビルまで送ってくれるか?」

「了解でござる。そのかわり明日の朝は久しぶりに散歩に付き合ってもらうでござるよ」

「ああ、分かったよ。でも起しに来る時にドアを破壊したら中止にするからな」

「気をつけるでござる。あ、先生。そういえば今日はおキヌ殿がお食事を作りに伺うそうでござる」

「おっ、マジか!?やったぜ、久々におキヌちゃんの手料理が味わえんのか」

 途端に嬉しそうな顔をする横島にシロ達は別れの挨拶を交わす。

「それでは、さらばでござる」

「ああ、気をつけてな。八代さん、どうもお疲れ様でした」

「いえ、こちらこそ。今回は本当に助かりました」

「はは、これぐらいお安い御用ですよ」

 深々と自分に頭を下げる秋美につられて横島は丁寧に礼を返す。
 それが終わると照れくさくなったのか彼は足早にその場を立ち去っていった。


 2人っきりで事務所とオカGビルに向かっている途中
 秋美は先ほどの会話でどうしても気になっていた事を尋ねた。

「犬塚さん、先ほど氷室さんが横島さんにお食事を作りに行くと聞こえたんですが
 あの2人は付き合っているのでしょうか?」

「先生とおキヌ殿が、でござるか?いえ、そのような事実はござらん。
 少し前におキヌ殿の御学友が同じ質問をおキヌ殿にした時に
 おキヌ殿自身がそれ否定していたので、まず間違いござらん!」

「そうですか……ありがとう、犬塚さん」

 秋美は胸の痛みが消えてゆくのを感じた。

 シロが、横島の家におキヌが食事を作りに行くと言った時に
 表情には出なかったようだが頭の中が真っ白になるくらいに動揺した。
 それなのに自分は今、滑稽なほどに安心している。
 まだ彼とは出会ってから3日しか経っていないけれどこれはもう否定しようがないのだろう。 

 自らの心理状態を分析してある想いを自覚すると秋美はシロに頭を下げて頼みはじめた。

「犬塚さん、今度もっとお話してもらえませんか?
 私、横島さんについてもっと色々な事が知りたいんです」

「それは、かまわないでござるが………一体どうしたんでござるか、秋美どの?」

 秋美の熱意に押されてつい頷いたシロだが、秋美の態度にただならぬものを感じた。
 シロの問いに秋美は顔を紅く染めると周りを見回して、
 誰もいないことを確かめてから、蚊の鳴くような声で告げてきた。

「私………横島さんを好きになってしまったみたいです」

 横島の出向騒動に揺れるシロにとって秋美の告白は予想外の爆弾だった。
 すでに混乱をきたし始めている美神事務所に更なる衝撃が投下された瞬間でもあった。

 才能を無駄なまでに振り絞って考案した西条の策略は今まさに最終段階を迎えつつあった。


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