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始まりの物語

吾、奇襲に成功せり


投稿者名:ゼロ
投稿日時:05/ 3/ 4

 2月末、寒さもようやく和らぎ少しずつ春の訪れを感じさせる。
 路傍には徐々に開花を始める植物も増えて人々の目を楽しませている。

 だというのに………美神令子は最悪な気分で朝を迎えていた。
 何故か昨夜は眠りに落ちたと思うと突如悪寒が走って飛び起きた。
 鍛え抜かれた彼女の霊感に引っ掛かる予感は厄介ごとに決まっている。
 飛び起きた後しばらく警戒するも何事も起きないため
 仕方なく再び眠りにつこうとしたが一晩中その悪い予感が頭から離れず、今日の美神は寝不足気味だった。


 横島はピートに呼び出されてオカGに行っている。
 おキヌは久々に高校に行っていて、シロもタマモも出かけていた。
 しばらくは事務所には自分1人だけしかいないので仕事を休もうかとも思い、
 とりあえずコーヒーを入れようとした時、1週間ぶりに美神美智恵が訪問してきた。
 それがアシュタロス大戦以降久々に美神事務所を襲った大事件の始まりだった。 




「それで、ママ。今日はどんな用事があるの?」

 事務所に来るときは大抵私服でひのめを連れてくる美智恵が
 今日に限ってはスーツを着て1人で訪問してきた事から
 美神は、母親が何か重要な用事を伝えに来たのだと感じていた。

「今日はね、令子にオカGからの正式な要請を伝えに来たのよ」

「フォーマルな格好してきてるくらいだもの、結構大事な用件なんでしょ?」

 娘の察しの良さに少し嬉しくなるがこれから伝える事を思い出すと
 用件を聞いた娘が不快に感じる可能性が高い。美智恵は気を引き締めて娘の問いに答えた。

「数日前にね、環境省の関係者からある計画がオカGに送られてきたの。
 かなり重要な計画でね。実現可能かどうかをオカGに判断してほしいと言われたわ。
 また実現可能ならばそのために必要な措置をとってほしいともね」

「それで、その計画のためにうちの事務所にやって貰いたいことがあるって事?」

「大体そんなところね」

 これから娘に肝心な用件を伝えなければならない。
 美智恵は大きく息を吸ってゆっくりと吐いてから美神の目を見た。

「令子、横島くんをオカGの所属にしてもらえないかしら?」


 自分が絶句するのは久々だ。
 アシュタロス大戦を経験してどんな理不尽にも対応できると考えていたが
 まだまだ自分の予想の斜め上を行く出来事は身近にいくつも転がっているらしい。
 どこかピントのずれた感想を思い浮かべながらも美神の声帯はその機能を止めていた。

 そんな娘の姿を見て助け舟をだすように美智恵は言葉を重ねた。

「オカGに持ち込まれた計画を簡単に要約するとね、
 生態的に人間と敵対しない可能性の高い人外の種族とギブ・アンド・テイクの関係を結ぼうって事なのよ」

 その時になってようやく美神の声帯はその機能を取り戻した。

「そ、それってうちの事務所の方針のパクリじゃない!」

「否定はできないわね。実際に発案者は令子の事務所を参考したみたいだし。
 発案者は美衣さんのケースの結果に目をつけてね。
 もっと本格的に妖怪を行政のシステムに組み込みこもうとしているのよ」

「美衣さんのケースって……あの山の巡回と管理の手伝いと土地案内ってやつ?」

「ええ、そうよ。それに関しては以前貴方と横島くんが骨を折ってくれたみたいね。
 それで居住権を認める代わりに彼女の身体能力を生かせる作業をいくつかしてもらったんだけど
 枝打ちや山でトラブルに巻き込まれた人間の救助といった仕事に関してはベテランにも匹敵する結果がでたわ。
 他の作業でもおおむね良い結果が出たうえ、人間がやるよりも遥かに安いコストで済むそうよ。
 それに美衣さんとケイくんにとってあの山で安全に暮らせるというのは申し分のない見返りでしょう。
 危険度とコストパフォマンスを考えると妖怪による社会活動の結果としては文句のない大成功と言えるわね」
 
 美智恵はそういって、持っていた書類を令子に渡した。

「林業って手間とコストの割りにお金にならないから、政府にとっては妖怪をこの作業に当てれば渡り船なのよ。
 将来的には国立公園の管理や山や川での捜索作業やレスキュー作業も含めるつもりね。
 妖怪側にもこの案なら衣食住をある程度保障してもらえるから、乗り気になっている人も少なくないわ。」



 書類から目を離すと令子は肝心の部分に切り込んだ。

「政府の狙いはわかったわ。
 これに成功すれば妖怪の保証人になるオカGの影響力もさらに拡大するから、
 なんでママがそれに賛成なのもね。
 それで、どうして横島君をオカG所属にする必要があるわけ?」

「理由は3つあるわ。1つ目は妖怪にとって横島くんが信頼できる数少ない人間の1人であること。
 彼をオカGの妖怪部門の担当にすれば、多くの妖怪の参加が期待できるわ。
 2つ目は霊能だけでなく経営の才能もある横島君の方が、
 伊達君のように霊能や霊的戦闘に特化している人よりもこういった仕事に向いているから。
 彼、大黒柱の貴方が事務所を抜けてオカGに所属している間も、
 事務所の信用を落とさずに黒字を出したそうじゃない。
 3つ目はGS協会から民間と連携して進めるように要請されているからよ。
 アシュタロス大戦以降の協会の発言力の強さは貴方も分かっているでしょう?
 もともとオカルトに関しては公よりも民のほうが優秀で機動的なこの国の現状なら、
 要請がなくても民の協力は不可欠なんだけどね」


 娘に説明しながらも美智恵は内心ため息をついた。
 今でも横島はバイト扱いだが、その待遇は並みのGSの事務所の正社員に比べても破格である。
 それでも正社員にしていないのは、雇用主と丁稚という関係を周囲に取繕えるようにするポーズに過ぎないと
 美智恵も事務所の面々も分かっている。知らぬは横島だけであろう。
 2年前に比べて彼に対する娘の態度が柔らかくなっていることからも、
 事務所のメンバーや娘にとって彼の存在が更に大きくなったことが伺える。
 もう少しだけ素直になっても、と思わぬでもないが母親としてそんな娘の変化は喜ばしかった。
 それでも今回のプロジェクトでは妖怪側から最も信頼の厚い彼を確保するのが不可欠なのだ。
 人選について相談したとき、彼と親しいピートだけでなく西条すらも真っ先に彼の名前を挙げている。

「困るわよ……あいつは私の丁稚として恥ずかしくないぐらいには成長したんだから。
 あ、あくまで丁稚としてだけど。」

 顔を赤くして反論してくる娘を微笑ましく思いながらも美智恵は話を続けた。

「ええ、彼が貴方の事務所に貢献しているのはわかっているわ。
 でもね、この計画では他に代わりになるだけ人がいないのよ。
 経験者である唐巣先生は、協会が手放さないでしょうし
 貴方以外には妖怪との交渉の経験や妖怪からの信頼が厚いのは彼だけなの。
 2、3年くらい経験を積めばピート君でもできる務まるでしょうけど。」

 日頃彼との関係を会話のネタにして、
 事務所のメンバーを慌てさせる母のいつになく硬い声に、美神は嫌な予感を覚えた。

「もともとこの計画はオカGよりも農林や環境の関係者が推進したのよ。
 この計画を発案したメンバーのうちの星名氏が、人外の存在の社会利用について目をつけたみたいでね。
 12月の始めくらいから貴方の事務所の方針や美衣さんのケースについて詳しく調べていたみたいなの。
 それで貴方の事務所が掲げている『人と人外の存在の共存共栄』のメリットに気がついたみたいね」

「なんだかむかつくわね。こちらが苦労してあげた成果をいきなり横から掻っ攫われた気分よ。」

「そういわないの。
 星名氏もそこに配慮して民間の協力者の選考の際に真っ先に美神事務所を指名したんだから」

「だからといって簡単に納得はできないわよ」

「令子、政府は本気でこの計画の実現に取り組むつもりよ。
 この計画が成功すれば自然環境の保護や管理とそのコスト削減につながるから、
 将来的には世界各国に対して日本が環境を守る国というアピールもできる見込みのようね。
 それを踏まえて妖怪を活用する場合の経済効果をシュミレーションしてみたら、
 その利益は数千億にも上ったという噂まであるわ」

「それはまた、スケールの大きい話ね」

「この計画に従業員を参加させて成功につなげれば、
 莫大な宣伝効果や幅広い人脈の確保、政府による優遇措置は約束されるわ。
 美神事務所にとってもメリットは大きいわよ」

 そんな美神の予感を裏づけるように美智恵から聞かされる内容は、
 彼女にとってある意味でおいしく、ある意味で面白くないものだった。


「現状では、先進国の中でこんな事ができるのは現状では日本くらいでしょうね。
 欧米や中東では宗教関係者の反対があるでしょうけど、
 日本なら小竜姫様やハヌマン様の賛同があれば仏教の関係者も表立って反対はできないわ。
 その点でも妙神山で修行を受けた貴方や横島君が責任者になってくれれば、
 小竜姫様達からの力添えも期待できるでしょうし、必然的に計画への反発も弱まるでしょうね」

 聞けば聞くほど頭が痛くなってくる。
 ため息のひとつもつきたいところだが、美神は母の目を思い出してなんとかそれを自制するものの

「あいつも、ずいぶんと高く買われたわね。」

「あら、タマモちゃんに聞いたら令子も横島君に除霊を任せる事が増えたそうじゃない」

 先ほどから聞かされた話の内容に気を取られ、母の何気ない突っ込みについ本音を漏らしてしまう。

「ま、まあ……その……私も……最近は随分頼りになってきたなとか、
 背中を任せても大丈夫になったなとか、
 事務所のやりくりも手伝ってもらおうかなとか思ってるけど………
 って、ママ!そうじゃなくて、この話はもうあいつにはしたの!?」

 誤魔化すように声を張り上げて問い返す娘から目をそらすと、美智恵は告げた。

「いいえ、今頃ピート君と西条君が説明していると思うわ。
 実情はともかく、彼は立場的には貴方の事務所のバイトでしょう? 
 彼が承知しても、雇用関係がある以上貴方の許可も要るから、
 すぐにどうなるというわけではないのよ。
 でもね、令子。仮に横島君が承知したら、
 よほど筋の通った理由か横島くん並の適正のある代役を見つけない限り決定と思ってもいいわね。」



 せめてこの計画が持ち上がるのがあと1年遅かったら、と思わずにはいられない。
 
(柔らかくなった令子の態度、前世からの縁、美神事務所の順調な業績。
 これなら1年後には令子のウエディング姿が見られたかもしれないのに)
 
 美智恵はまた1つ、内心でため息をついた。











 美智恵と美神の会談と同時刻、美神事務所の隣にあるビルの一室には、三人の男が集まっていた。
 三人のうち二人はスーツを着用していたが、一人はジーパンにジャケット姿でトレードマークのバンダナを巻いている。

「正式な会合なんだから、君もスーツ着用で来るべきだろう、横島君?まさか、スーツを持ってないわけでもないだろう?」

「あのな。どうせこれが終わったら隣に行くんだから、スーツなんか面倒だろ。除霊にスーツ姿で行くわけにもいかんのに」

「まあまあ、横島さんも、西条主任も今日はもうこのまま話し合いにしましょうよ。
 横島さんも次に来るときは暇があったらスーツでお願いします」

 顔を合わせるなり毒舌の応酬が始まりかけるが、
 事前に美智恵から今日の会合の重要性について釘を刺されているため西条もすぐに矛を収める。

「それで、今日は何の話があるんだ?ボランティアの除霊ならオカGに無料協力した分でチャラになったはずだが」

「ああ、今日はそれとは直接は関係ないよ。
 君やシロくん達の協力してくれた分の実績と美衣くんのテストの結果に目をつけた人達がいてね。
 その人達がとある計画を立ててオカGに持ち込んできたんだよ。」

「とある計画?」

「詳しい資料はあとで渡すから、とりあえずこれを読みたまえ。」

 そう言って西条は横島に数枚の書類を手渡した。そこには計画についての説明を西条が数枚に要約した内容が書かれている。
 官僚が作成した膨大で詳細な計画書を簡潔に纏め上げるのは、書類作成に慣れた西条にとっても骨の折れる仕事であった。
 横島がそれに目を通している間、西条は昨日までかかった作業の疲れを感じて眉間を揉んだ。

「コーヒーでも入れましょうか、主任。横島さんも何か飲みますか?」

「お願いするよ」

「俺は紅茶にしてくれ、ピート」

 ピートがコップを持って戻ってくると、横島は書類を机の上に戻して顔を上げた。

「これって要するに、国が妖怪の住む場所の提供と身分を保証する代わりに、
 妖怪には山林の作業をしてもらうってわけか。」

「そのとおりだよ、珍しく理解が早いね。うまくいけば妖怪を人間の社会システムの一部としてて組み込みつつ、
 互いに軋轢を生まない形で人間と妖怪の住み分けもできるだろうね」

「分かってるって。こういうのに関しちゃ俺と美神さんは専門家みたいなもんだぞ。
 それでこれを俺に見せたのは美神事務所とコネのある妖怪にも声をかけてくれってことか?」

「それももちろん頼みたいんだけどね。もうひとつ、オカGから君個人に話があるんだよ」

「俺に?お、俺は何もしとらんぞ。オカGの捜査に協力したときも美人の捜査官の方に携帯の番号を教えて貰ったくらいだぞ!」

 オカGが取り締まっている対象はセクハラではなく霊障なのだが、
 日頃から覚えがあるだけに横島は背中に冷や汗を浮かべる。
 余談だが二年前と比べると横島がセクハラをする機会は激減した。
 交渉相手となった相手には、美衣とケイのように子供連れの妖怪も多く
 問題を解決したときに相手を口説こうにも子供達から純真な感謝の眼差しを向けられると、
 普段は中々表に出てこない良心の疼きを感じて柄にもない好青年を気取ってしまうからだ。
 
 オカGの捜査のときも被害者の幼い娘から自分達への信頼を向けられたせいで
 シロが発奮して彼もそれに引きずられるように事件解決に取り組んだため、事件自体はすぐに解決した。
 そのために美人捜査官と一緒の捜査だったのにも関わらず、横島は相手の携帯の番号を知るので精一杯だった。
 そんな彼の内心を察したのか西条は一瞬眉をひそめ、
 ピートは苦笑いを浮かべるものの、深くは突っ込まずに本来の目的を告げた。

「単刀直入に言うよ。横島くん、オカGに所属してこの計画を手伝ってもらえないかい?」

「………な、なに!?」



 全く予想外の要請に呆然とした横島に、ピートが代わって説明を始めた。

「この計画なんですけど、オカGとしてもぜひ成功させたいんです。
 現場は常に人手不足なんですけど、うまくいけば保証人となった妖怪の方からの捜査協力も得られるようになります。
 現状ではオカルトアイテムにはお金がかかることもあって支給された分の予算だけでは装備品の支給で精一杯なんです。
 そのせいで霊障関係の事件の数に対して十分な数の捜査員の確保は難しいんですよ」

「それで、それと俺がオカGに所属することにどんな関係があるんだ?」

「あ、所属といっても横島さんの身分は美神事務所のバイトのままなんですけど、
 美神事務所からの出向という形でオカGに来てこの計画に参加してもらいたいんです。」

 熱心に横島に説明するピートの横で西条は横島がオカGに来るというあたりで渋面を浮かべる振りをしながら、
 彼がこちらの計画に興味を示した様子を見て自分の狙い通りの展開になったことを感じていた

「古来から妖怪にとって政府の関係者は自分達を迫害してきた連中という認識が強いんです。
 いくつかの例外を別にすれば残念ですがその見方も否定できません。
 それでこの計画がオカGに持ち込まれたとき、妖怪達からいかにして協力と信頼を得るのかが問題になりました。
 そこで隊長や先生や主任とも話し合った結果、妖怪との繋がりの深い民間のGS関係者をこの計画に関わってもらう事で
 その問題をクリアしようという結論が出たんです。」 

「君の人外相手の交渉経験と人外に好かれる性質については僕でも君に一歩譲らざるをえないだろうね」

 先ほどよりも真剣に考え込む横島を見て西条は笑いを噛み殺していた。
 ピートや美智恵には秘密にしているが実は今回の人選で最も横島を取り込みたがっているのは西条なのである。
 美智恵も西条もピートも公人としては横島を推しているが、
 美智恵とピートはそれぞれの理由で私人としては彼が美神事務所から離れる事には抵抗を感じていた。
 それに対して西条は最近の横島の事務所での待遇や美神の横島への態度を見るにつけ、徐々に危機感を募らせていた。
 美神が横島にある程度の好意を持っていることは分かっていたが、押しには弱い横島のことである。
 おキヌや小鳩のようにあからさまに彼に好意を示している女性と付き合うようになるだろうと楽観視していた。
 ところが彼の鈍感さのせいか、はたまた宇宙意思のいたずらか、
 2年前よりも格段に成長したにも関わらず現状でも横島はフリーのままである。
 しかも最近では美神から、横島を本格的に認めそうな気配を感じるのだ。
 
 そんな中、この計画がオカGに持ち込まれ、それに目をつけた西条はある計画を思いついた。
 成功すれば現場の人手不足の解消と共に横島と美神との距離をとらせる一石二鳥の成果が上がる。
 そのためにこの計画に横島を参加させ、更に彼をこの計画の中心に据える必要があった。
 この計画に参加することになれば横島は最低でも数ヶ月は美神事務所を休まざるをえない。
 必然的に美神達と顔を合わせる機会は急減する。
 そうなれば事務所では彼と会えなくなったシロやおキヌならば、
 今まで以上に頻繁に彼の自宅に通うようになり、うまくいけば労せずして最大のライバルを消すことができる。

 彼の面倒見の良さや妖怪達への態度を考慮すると、美神の反対がなければこのままでも彼が計画に参加する可能性は高かった。
が、ピートの説明が一段落した頃合を見計らって、駄目押しに西条は横島を陥落するために用意していた最終兵器を発動した。

「ピートくん、八代くんをつれて来てくれたまえ」





「失礼します」

 ピートが連れてきた女性が部屋に入ってくる瞬間、西条はわずかに体を浮かせて横島の動向に注目した。
 自分の分析が正確ならばおそらく問題はないだろう。だが、良くも悪くも横島の行動は時に彼の予想の斜め上を行く。
 万が一、ルパンダイブをされれば、横島の勧誘はともかく彼の練っていた計画はおじゃんになる。
 それを阻止するために、横島が動くようなことがあればジャスティスで撃墜せねばならない。
 が、向かいに座っている横島が相手の顔を見つめている以外に反応らしき反応をしなかったため西条はひとまず安堵した。

「西条主任、例の件でお話があると伺いましたが」

「ごくろうだった、ピートくん。とりあえず、二人ともそこにかけてくれたまえ」

 ピートと共に入ってきた女性がソファーに腰掛けると、
 西条は己の計画通りの横島の反応に満足しながらも話を再開した。

「まず、紹介しよう。彼女は八代秋美くんだ。
 彼女は昨年度からオカGに所属している有望株だ。
 オカGからはピート君と彼女に今回の計画に携わってもらおうと思っている。
 もし君が参加してくれるのなら、ピートくんは人手不足の霊障現場も掛け持ちできるから、
 実質は君と彼女が計画の第一段階の中心になる事になる。」

「はじめまして、八代秋美です。横島さんのお噂はピート先輩にも主任からも美衣さんからも伺っています」

「美衣さんから?」

「彼女は、美衣さんのケースではオカGサイドの担当者だったんだよ。
 その実績や彼女の持つ資質を考慮した結果、今回の計画にはうってつけだと僕も隊長も判断したんだよ。
 八代くん、君の力を横島くんに教えてあげてくれ」

「はい」

 秋美は横島を見るといたずらっぽく微笑んだ。

(横島さん、美衣さんからメッセージがあります。
 『貴方には大変お世話になりました。是非一度遊びにいらしてください、ケイも待ってます』)

「これは!?」

 突然、声が頭に直接響いてきたため横島は立ち上がった。

「まさかテレパシー!?いや、それにしては」

「一般的に知られているテレパシーとは別のベクトルなんです。
 私の能力は心理の読み取りやサイコメトリーなど受信よりも、先ほどのような送信に適正があるんです。」

 まだ驚きを隠せないでいる横島に向かって、秋美とピートは彼女の能力を説明した。

「基本的に私ができるのは、こちらの意思を相手に送って相手からの意思を受け取る事なんです」

「じゃあ、すぐ近くの人が内心思っていることが聞けるなんて事は?」

「私の能力だといくら頑張っても全然そんなだいそれた事はできないですよ。
 送信なら存在が感じ取れれば問題ないんですけど、受信自体は送信した相手以外でないとできませんし、
 送信した相手の方からもメッセージとしてこちらに送られてきた意思以外を感じる事はできないです」

「横島さん、彼女の能力を使えば人種間はおろか種族間の壁を取り払って、
 コミュニケーションが取れるようになるんです」

 ピートの説明を聞いて今度こそ横島は度肝を抜かれた。
 そのため、まだ立ち上がったままなのにも気がつかず話を続けようとする。

「横島くん、とりあえず座りたまえ」

 西条に指摘され、ばつのわるそうな顔になって座ると、落ち着きを取り戻そうと紅茶を一口飲んだ。

「それってつまり、その能力を媒介にすればどんな言語を話す存在でも会話が成り立つって事か」

「その通りです。妖怪の中には人の言葉をしゃべらない種族もいます。
 横島さんの『翻』の文珠があれば短時間の意思疎通は可能ですが文珠がいつもあるとは限りませんし
 なにより彼女の能力があれば長時間に渡る意思疎通も可能になるんです」

「それはまた、すげえな」

 横島が驚きと賞賛の眼差しを秋美に向けると、彼女は照れたように少し顔を赤らめてた。

「横島さんこそすごいですよ。私の父が民俗学を専門にしている事もあって、
 小さいころから妖怪には多少興味を持ってたんです。
 それで美衣さんのケースの時に希望を出して担当にしてもらったんですけど、
 そのときに美衣さんから横島さんの事は色々聞かせていただいたんです。

「色々って、例えばどんな?」

 熱い口調で語りだした秋美を見て少しだけ嫌な予感を覚えつつ、横島は聞き返してみた。
 
「まだGSの見習いだった頃に、
 理不尽に住んでいた場所から追い出されそうになった美衣さん達を守るために、
 何の見返りもなく命がけで師匠の美神さんに立ち向かったとか。
 最近あの山が保護区域になった際も自分を保護対象に加えてもらうために、
 オカGにあの山の管理者の補佐役に推薦してもらったとか」

「あ、あの、八代さんって、美衣さんと仲がいいの?」

「あ、はい。美衣さんの担当になったのは3ヶ月間くらいなんですけど、
 美衣さんとは今でも仲良くさせていただいてます」

 横島に説明している間に、秋美は美衣との会話を思い出したのかどんどん熱っぽい口調になり、
 横島に対して尊敬の眼差しを向けるようになった。

 案の定だ。美衣が自分を買いかぶっているかもしれないとは感じていたが、
 それが他の人間にまで伝わっているとは思わず横島は頭を抱えたくなった。

 秋美が聞いたことは基本的に間違っていない。
 しかしながら美神が骨を折ってくれた所まで横島の功績だと思われている。

 美衣と最初に出会ったケースでは、
彼は確かに殺されるかもと思いつつ美神に逆らった。
 けれど最終的に美衣達が助かったのは美神が見逃してくれたおかげでである。
 自分が役立たずだったとまでは思わないが、あれは間違いなく美神の功績だ。

 最近の件でも美衣達に山の管理の補助をさせてみたらどうかと提案したのは自分だが、
 その案をオカGと役所が認めたのは美神が仕切ってくれたからである。

 ここで誤解を解くこともできるのだが、そのためには美神の守銭奴的な面も説明せねばならない。
 説明した場合のリスクを恐れて横島は口をつぐんだ。

「これから一緒にお仕事する人がどんな方なのかと思ってたんですが、
 美衣さんから伺った通りの方で良かったです」

 誤解である。
 最近知り合いの妖怪たちの間で自分に関してどんな噂が立っているのかは知らないが自分は決して聖人君主ではない。
 この場でおとなしくしているのも出かける前に美神にきつく言われているからである。
 場所が場所でなければ、食事の誘いや連絡先を聞き出すくらいは躊躇いもなく実行しただろう。

 しかし誤解であろうが自分に尊敬を眼差しを向けてくる秋美に対して、
 ついつい横島は彼らしからぬ爽やかな態度で応対してしまう。
 



 先ほどから口を挟まずにその様子を観察していた西条は手ごたえを感じていた。
 西条が密かに立てていた計画で一番のネックになっていたのが、
 秋美がこの場で横島に信頼、愛情、尊敬などのある種の好意を示すことであった。

 政府高官からこの計画がオカGに持ち込まれたとき、
 西条は横島に首を縦に振らせるためにこれまで集めた情報を分析した。
 彼の行動パターンの変化を解析し、様々な状況をシュミレートしてみた。

 たまにオカGに来るシロやタマモに聞くと横島の煩悩は相変わらずのようだが、
 高校を卒業してからは流石に警察の世話になったらシャレにならないと悟ったのか、
 仕事中に女性に対してセクハラする素振りを見せなくなったそうである。

 『霊障対処法』絡みでオカGに協力している間の彼の行動もおおむねそれを裏付ける結果であった。
 シロに引っ張りまわされながらも事件解決に取り組む様は、認めるのは癪だが賞賛に値した。

 結局西条は様々な情報を統合して分析した結果、
 できるできないは別にして、色仕掛けが必ずしも有効ではないという結論に達した。 

 しかし人一倍横島に警戒を払っていたせいであろうか、
 西条は横島を観察して彼が関わった案件を調べるうちに
 おそらく美神やおキヌすらも気がついていない彼の新たな弱点に気がついてしまったのである。
 西条がたどりついた結論は、横島は信頼感に弱い、というものであった。

 常に先頭になって皆を引っ張っていく美神と共に行動することが多かったせいか、
 2年前までは彼が誰かに頼りにされる経験は多くはなかった。
 西条が考え付いたのもシロやルシオラぐらいだ。

 おキヌや美神も横島を頼りにしていた部分はあるだろうが、
 それぞれの性格上それが実感として彼に伝わっていたかどうかは怪しいところである。

 そして彼が頼られた数少ない事例である美衣と彼との件では、
 彼はあの美神に逆らい、しかも美衣達には見返りを求めなかったそうである。
 彼がおキヌや小鳩に迫らなかったのも彼女達からの信頼感を壊すのを恐れる面があったからだろう。
 
 そんな事例も含め、西条が考えた末に横島陥落の最終兵器として選んだのが八代秋美なのである。
 彼女は横島がセクハラを働きにくい条件をクリアし、なおかつ横島に一緒に仕事をしたいと思わせるだけの魅力を備えていた。
 まず、容姿と年齢である。西条の分析では、横島がセクハラに及ぶのは年上で気が強い女性に多い傾向にあった。
 横島の1つ下で庇護欲を掻き立てられるようなかわいい系の顔立ちの秋美なら、横島がセクハラに及ぶ危険は低い。

 秋美自身、父の影響もあって以前から妖怪との交流や交渉経験の豊富な横島に強い興味を持っている節があった。
 それに加えて美衣から横島に関して好意的なことを聞かされたせいか、
 西条は秋美が彼に対して憧れを抱いていることを感じたのである。
 彼の分析では、横島は己に対して信頼、尊敬、友愛など好意的な感情を寄せてくる相手に対しては途端に押しが弱くなる。
 集めた情報によれば、相手が好意を示しているにもかかわらずセクハラはおろかデートに誘うような事も滅多になかった。
 秋美が実際に横島と会い、更に横島に好意的な態度を取っているのを見て、西条は秋美の安全と横島の確保を確信した。

(くっくっく、せいぜい悩みたまえ、横島くん。
 だがいくら悩もうとも、君が女性からの信頼や尊敬を裏切ることなどできはしないだろう?
 そのうち白旗を掲げて首を縦に振る羽目になるのだよ。
 ふっふっふ、計画参加後に君たち二人の間に間違いが起こっても一向に構わないよ。
 そのときは責任を取って正式にオカGに所属してもらうがね)

 奇襲による先制攻撃が成功した事を悟って、
 西条は手を組んで隠した口元に邪悪な笑いを浮かべながら
 まだ話し合いを続けている3人に目を戻した。

 朱に交われば何とやらとの諺があるように、
 2年の月日の間に師である美智恵の斜め上をいく形で、
 西条は悪巧みに関しては急成長をとげたようである。






 夕日を背に受けて自宅に向かって歩いている男がいる。
 男の足取りは重く、その表情は暗かった。時折立ち止まってはため息をつく。
 もし男を知る人間がその姿を見たら、普段のテンションと今の状態を比べて違和感を覚えるに違いない。
 男と親しい人が見たら有無を言わさず病院に連れ込んだかもしれない。

「できれば、一週間後までに返事をくれか……ああ、どないしたらいいんや!」

 思わずしゃがみこんで頭を抱える彼を、道行く人はあるいは奇異の目であるいは生暖かい目で見つめる。
 そんなことも目に入らず悩んでいる男は、言うまでもなく横島である。
 西条達からは一週間後までに返事をして欲しいと言われ、考えがまとまらないまま美神に報告に行った横島だが
 その時点ではとりあえず美神の言うことを聞いておこうと思い、さして悩んではいなかった。

「美神さんが『行くな』っていえば悩む余地もなかったんだけどな」

 しかし美神に報告した後に指示を仰いだ横島に対して、
 彼女が複雑な表情で告げた内容は彼を困惑の渦に落とし込んだ。

「さっきママが来てね。この件についてはあんたの意思を最大限尊重するように釘さされてんのよ。
 それで私からは『行け』とも『行くな』とも言えないのよ。だからまずあんたがどうしたいか決めなさい」

 横島を突き放すかのように素っ気無い口調で話すものの、
 時折美神からは殺気に似たオーラが放出され、横島に冷たい汗をかかせた。



「美神さん、怒ってるみたいだったな。
 折角最近は『あんたがいるとうまく雑用こなしてくれるから楽チンね。助かってるわよ』
 とか褒めてくれたりもするようになったってのに。
 これでオカGに出向することになったら
 たこ殴りにされるのはおろか裏切り者扱いされて呪殺されたりしてな……」

 軽口のつもりで物騒なことを口に出してみたが、
 頭の中でぼろぼろになった自分が呪殺される様がありありと浮かび
 またしても沈み込んでしまう。
 
「やる、といったら人生が終わるかもしれん。
 しかし西条はともかく秋美さんの前でやらない、なんて言えるかっての!」
 
 今回の計画について話してきた秋美の眼差しは、
 少々こそばゆいものの横島にとって決して不快ではない。いや、むしろ嬉しい。
 しかし秋美の態度を見ると、まるで横島がこの計画に参加すると信じきっているようなである。
 この事についてピートに聞いてみた結果、
 横島はオカG内での自分のイメージが予想を遥かに超えて迷走している事を思い知った。

「2年前から美神事務所が人と人外との共存共栄を打ち出して、横島さんがそれに深く関わっている実績から
 オカGはおろか政府の人間のほとんどが横島さんなら喜んで引き受けてくれるだろうって思ってるんです。
 横島さん、純真な人の前だとセクハラしませんし、少し前にオカGに手伝いに来てくれたときに
 横島さん達が必死になって事件解決に取り組んでいたのを多くの捜査官が知ったんです。
 もちろん、2人がちとせちゃんを慰めていたのもです。
 それでオカGの中では美神事務所を、人と人外も含めた正義の味方って見てる人も多いんですよ」



 風評とは恐ろしい。かつて高校に通っていた頃はその素行と風評ゆえに
 身に覚えのないセクハラも全て彼の仕業だと決め付けられていたが、
 現在では美衣の件やオカGに協力した件などで自分の取った行動が好意的に解釈され、
 いつのまにか横島達が信頼できる人間だという風評が出来上がっているようである。
 美神事務所の例の方針も、美神の現世利益の最大追求のために打ち出したもので
 人と人外のいざこざがあった場合、他のGSよりも人外に理解を示して助けになったケースも多いとはいえ
 美神や自分達は必ずしも人外の味方になっているわけではないのだ。 
 


「たく、とんだ誤解だ。俺は真面目でもないし自分以上に信頼できない人間などいないってぐらいなのに。
 あんな目で見られたらろくにセクハラもできやしないじゃねえか」

 ぶちぶち文句を言いながらも彼は、本日出会った女性について思い返してみた。

「秋美さん、可愛かったな。もし俺があれに参加したら仕事中はあの人と2人っきりなのか。なんておいし
 って違うんです、美神さん!オカGの職員に手を出すために事務所を出ようなんて思ってないです!
 お、おキヌちゃん、そんな目で見ないで!」

 思考が邪な部分に及ぶ寸前、
 脳裏に神通昆を素振りする美神と極上の笑顔でこちらを見つめるおキヌの姿が浮かびあがり、
 彼はいま自分がどこにいるかも忘れて暴走する。
 一通りもがき苦しんだ後に我にかえると、漸く彼は周りの自分を見る目に気がついた。

「もう疲れた、もう何もする気にならん。今日は帰ったら速攻寝る」

 他愛もない決心をして人の目を避けるようにそそくさとその場を立ち去る彼の背中には隠し切れない疲労と哀愁が漂っていた。


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