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after day

第9話「すまないと思う」


投稿者名:ダイバダッタ
投稿日時:05/ 2/26

   皇暦2605年 7月3日

 秘匿艦ロ号艦長に任命される。

   同 7月5日

 驚くべき事に、ロ号は単独航行可能なディーゼル機関式潜水戦艦であった。
 吾が帝国海軍の技術力の高さは真に誇るべきものである。

   同 7月6日

 乗員と顔合わせをする。
 皆、一様に士気高し。頼もしくある。

   同 7月12日

 完熟訓練の途上であるが極秘任務を受ける。
 目的は敵輸送艦の撃沈。吾が方より奪いし物資を積載の模様。
 これぞ、誉れ高き軍人の務め。

   同 7月14日

 出航準備完了。
 恐らく帰って来れない等と整備長が不吉な事を抜かすので海に叩き落す。
 出航。

   同 7月17日

 航海は順調也。

   同 7月19日

 航海は順調。
 しかし、出航時の整備長の発言が気になる。
 海に叩き落しても怒る事無く、静かに此方を見るあの目が忘れられない。

   同 7月24日

 目標艦を発見。護衛は駆逐艦一隻。
 潜望鏡深度にて敵状を視察。

 何と言う事だ。
 あれは――目標艦は、兵員輸送船ではないか。
 甲板にまで溢れているあの人影は紛う事なき吾が帝国軍の同胞達だ。
 吾が艦に与えられた任務とは――。
 乗員に現状を報告し、浮上しての攻撃を告げる。目標は敵駆逐艦である。
 皆、一様に士気高し。すまなく思う。
 浮上して砲撃開始。敵駆逐艦に向け突貫する。
 輸送船の上の同胞達が歓声を上げているのが見える。突貫する
 吾が方の砲撃が命中。敵艦の副砲一門を損壊させる。突貫する。
 敵駆逐艦が砲撃するも命中せず。突貫する。
 吾が方の砲撃。命中するも損害は軽微の模様。突貫する。
 敵艦の応射。命中せず。初撃から当てられるのは吾が帝国海軍くらいのものだ。
 しかし、観測射撃が終了。次は恐らく命中するだろう。突貫する。
 砲撃する。命中。損害は軽微。突貫する。
 艦に衝撃が走る。敵弾が命中した模様。損害報告の必要を認めず。突貫する。
 突貫する、突貫する、突貫する。
 敵艦に突貫する。
 敵駆逐艦の側面に衝突。装甲板の無い駆逐艦の側面を艦首の突撃用螺旋錐が突き破る。
 皆に退艦命令を出す。誰も動こうとしない。
 敵艦が沈み行く。吾が艦も其れに倣う。
 被弾箇所より浸水。艦橋も後僅かで浸水するだろう。
 不本意だ。こんな、こんな事の為に軍に入ったのではない。
 此処にも水が浸入して来た。
 体を椅子に縛り付ける。皆も其れに倣う。

 すまない。

   ◆ ◆ ◆

 夏休みのある日。Gメンビルには久しぶりにフルメンバーがそろっていた。と、言っても四人だけだが。
 横島は受験勉強をしている。大学に行くことに決めたらしい。
 文学部で異文化コミュニケーションと異種族間交流にネゴシエーションを学ぶつもりのようだ。
 帰ってきた西条はお盆に備えて準備をしている。
 各関係省庁への注意伝達と一般大衆向けへの対霊障マニュアルの作成に忙しいようだ。
 お盆には人気除霊バンドグループ「メタルbow's」のコンサートなどの一大イベントも企画している。
 美知恵は相変わらず何をやっているのかよく分からない。が、何かしている。
 時々、西条に指示を出したり、横島の勉強を見たりしてやっている。
 シロはゴロゴロしている。

 今日はさらに珍しいことに、Gメンビルに客が訪れた。熟年の和服姿のご婦人――六道家当主である。
 唯一の正規所属である西条が応対する。
 彼女の用向きは、今度六道女学院で行う臨海学校に横島を連れて行けないだろうか。と、いうことらしい。
「俺っスか?」
 横島は驚いた。何故自分が?
「臨海学校と言ってもー、実際は除霊実習なのよー。それでー、横島君にそのサポートをして欲しいのよー」
「しかし、女学生ばかりという格好の餌場に彼というケダモノを放り込むのはどうかと思うのですが」
 西条は横目で横島を見つつ、やんわりと止めておけと忠告した。
 横島は思うところはあったが、自分でもその通りだと思うので何も言わないで置いた。青筋を立てて机の下で中指を立てる。
「でもー、最近なんだが落ち着いたって聞くけどー?」
「確かに。多少は落ち着いたかもしれませんが……」
 生まれて初めて出来た恋人が死亡。今後誰かを孕ませれば生まれてくるのは彼女かもしれない。などという事になれば、いかな横島といえども大人しくもなろうものだ。
「しかし、除霊のサポートならプロのGSの方がいいんじゃないですか? 令子ちゃんとか」
「令子さんは最近チョッと情緒不安定でしょー。あの娘ウチの学生の憧れだからそういう所は見せたくないのよー。
 あとー、既に小笠原エミさんとは契約してるのよー」
「だったら別に彼は必要ないんじゃないですか? 彼は受験生ですし、あまりわずらわすのはどうかと思うのですが」
「でもー、文珠は欲しいのよー。忙しいって言うのなら文珠だけでもいいのよー」
 文珠はそれだけで攻撃、防御、治癒をこなせる万能霊器だ。
 しかも、攻撃に使えば相手の属性に合わせて攻撃できる。威力は魔族にも効果があるほどだ。
 防御に使えば敵だけに効果のある結界を瞬時に構築できる。無論これも魔族の攻撃まで防ぐことが出来る。
 治癒に使えば致命的な傷も一瞬で癒せる。ズタズタの霊体構造さえも復元することが可能だ。
 除霊実習は行わなければならないが生徒を死なすわけには行かない理事長としては、そのようなものがあればぜひ欲しいのは当然の事だ。
「文珠だけを持っていくのは止めた方がよろしいですよ」
 美知恵が口をはさんだ。
「あらー、どうしてかしらー?」
「文珠は横島クンにしか使いこなせないからですよ」
 美知恵の説明によればこうだ。
 文珠の性質は破魔札に近い。
 霊力の弱いものでも起動は出来る。もちろん威力は使用者の霊力によって上下する。
 しかし、字を込めたり自在に使いこなすにはそれなりの資質が必要なのだ。
 幸い、美神母子は霊具の扱いは天才的なので文珠に字を込めることも出来る。だが、やはり横島ほどに使いこなすことは出来ないのだ。
「恐らく六道学園には文珠に字を込めることの出来る生徒はいないでしょう。それに、発動や効果を制御できなければ高い万能性と威力が逆効果になる場合も考えられます」
「あらー、そうなのー」
 理事長は困ってるんだかそうでないのかよく分からない調子で答えた。
「あのー、俺もそれ初耳なんですが……」
 横島はジト目で美知恵を見る。美知恵は笑ってごまかす。
「オカルト知識は霊能力の後押しをすると同時に足枷でもあるわ。あなたの無知ゆえの可能性を消したくは無かったのよ」
「嘘コケー! 半分くらいは、情報を握っておいて自分で有利な状況を作り出そうって考えなんやろーが! アンタいい加減その性格直せやっ!」
 美知恵はほほを引きつらせつつも笑ってごまかす。
「それじゃー、やっぱり横島君には来てもらう必要があるわねー」
 理事長が話を自分の方に戻す。
「一泊二日だから受験勉強にはそれほど影響ないわよー。報酬もキチンと支払うわー」
 横島はしばし考え込む。
「除霊実習、ですか……」
 除霊に関してはここ最近思うところがある。美知恵に視線を送る。
「六道学園の臨海学校は、海岸保護のために張った結界を保守点検の為に外している間に侵入してくる悪霊を除霊するものよ。進入してくる霊の大半は合戦を望んでいるわ。その果ての成仏も本望のはずよ」
「そうねー。向こうも手加減してくれる霊達ばかりだからー、今まで死んだ娘はいないわー」
 二人の話を聞いて横島はさらに考え込む。
 しかし、深く考え込むのは自分のキャラではないと気づく。
「いいですよ。行きますよ、臨海学校」
 とりあえず行ってみることにする。考えるのはそれからでもいい。ような気がする。
「コイツも連れて行きますけど、いいですよね?」
 そう言ってソファーで丸くなって眠っているシロの背中を撫でた。

   ◆ ◆ ◆

 とりあえず、臨海学校の前に引率の教師と顔合わせをすることになった。
 横島を学園に招くのは前回の件から敬遠されたので喫茶店で待ち合わせをする。
 シロを連れて待ち合わせの喫茶店に行くとエミと和服を着た男性が居た。
「えーと。確か鬼道……だったけか……?」
「ああ、覚えててくれたか。鬼道政樹や」
 とりあえず握手を交わす。
「しかしお前、あの後六道さんに雇われたのか? なんちゅーか――」
「言わんといてくれ、自分でも分かっとる」
 鬼道は情けなさそうな顔をした。
「それに、お前の実力って確か――」
「横島君」
 鬼道は真剣な目をして横島を見る。
「確かに僕の実力はあの程度や。十年くらい死ぬほど努力してあの程度の男や。
 でもな、だからこそ教えられる事もあるんや。
 誰もが君や冥子はん見たいやない。その事は分かってくれ」
「……すまなかった」
 横島は素直に謝罪した。
「いや、いいんや。才能の無いモンの愚痴みたいなモンや。あんまり気にせんといてや」
 鬼道は力なく笑った。
「男同士の友情の確認は終わったワケ? それじゃ、仕事の話に入ってちょうだい」
 エミがまぜっかえした。横島と鬼道はかなり不本意そうだ。
「まあ、ホンなら仕事の話に入ろか」

「横島君とシロはんにやって欲しいのは生徒のサポートや。危なそうな娘がいたら助けたってくれ。ただし、実習やから助けすぎんといてや。ホンマに危ない娘だけ助けたってくれ。
 生徒の指揮は僕とエミはんでやる。
 それと、いざという時には霊体撃滅波を使うて貰うから、その時はエミはんのガードを頼むで」
 鬼道が一通りの説明をした。
「大体分かったが、一つ質問がある。六道学園の引率教師はお前だけなのか?」
「もう一人英語教師が来てくれるけど、彼女は霊能者やない」
「なんだそりゃ」
 横島は驚いた。霊能者でもない人間が除霊現場に来て何をしようというのか。
「教職免許を持っとるGSは少ないんや。教師になろうゆうGSはさらに少ない。全国の学校の中で唯一霊能科の在る六道学園やけど、GS兼教師ゆうんは僕だけや。ちなみに僕は体育教師や。
 引率の為に最低二人教師が必要やから彼女には無理言うて来てもらうんや。
 学校にGSがぎょうさんおったら外のGSには頼みはせんて」
「なるほどな」
 横島は納得した。
「まあ、当日はよろしゅう頼むで」
「ん、任せとけ」

   ◆ ◆ ◆

「あー、もう! この程度のカーブで多角形コーナリングなんてするんじゃないワケッ!!」
 エミが後続の横島をサイドミラーで確認して叫ぶ。
「基本はアウト・イン・アウトにスロー・イン・ファースト・アウト! ロードではグリップ走行の方が速いワケッ!!」
 無線を通して横島を指導する。
 横島とエミは臨海学校のおこなわれる海岸までバイクで行くことにしたのだが、その途上で横島のあまりに無茶な運転を見たエミによる運転教習が始まったのだ。
 ちなみにシロは走って追いかけてきている。
「アクセル開けっ放しにするんじゃないワケッ! コーナーではブレーキングもきっちりとかけた方が速いワケッ!!」
 横島は慌ててブレーキをかける。
 タイヤがロックして車体が横滑りを始めた。ブレーキを放してアクセル調節する。絶妙の車体コントロールでハイサイド寸前に保ち、腕力で曲がる。
 二輪ドリフトだ。
 無茶苦茶だ。エミは思う。
 恐らく最高速度では横島の方が早いだろう。
 しかし、彼には巡航速度というものが存在しない。
 道路の全面を使ってアウトから抜きさって行く横島を見ながら、エミは彼のデタラメさを痛感した。

「おたく、いつもあんな無茶な運転してるワケ? バイクが直ぐに壊れるでしょ」
 海岸のホテルに到着して早々にエミがそう切り出した。
「まあ、そうなんスけど。文珠一発ですぐに直りますからね」
 横島は気にせず返す。
「おたく……」
 ここまでデタラメとは、エミはもはや呆れるしかない。
 そうこうしているとシロが追いついてきた。
「置いていくなんて、ヒドイでござるよー」
 珍しく疲れている。横島を涙目でにらむ。
「いやー、すまんすまん。エミさんの指導のおかげで速く走れるようになっちまったからなー」
 横島はシロの頭をポンポンと叩いて慰める。
 エミは呆れて声も出ない。ホテルの玄関に歩いていく。
「私は鬼道と今後の打ち合わせをしてくるワケ。おたく達は夜に備えて休んどくのよ」
「うぃーっす」
「分かったでござる」

 エミはホテルに入っていった。
 シロは横島を見る。顔が笑っている。
「先生先生! 海に行きたいでござる!」
「あのなー。お前、今エミさんが言っただろ。夜に備えて休めって」
 横島はシロをジト目で見る。
「えー! だって拙者、海は始めててござる。あんなにでっかいでござるよ!」
 横島の左腕に抱きついて上目遣いに顔をうかがう。
「しかし、除霊前だから水着のねーちゃんは一人もいないんだよなー」
 横島はかなり気乗りがしない。
「プリチーな拙者でガマンするでござるよ。セパレートのヘソ出し水着で頑張るでござるよ」
 その台詞を聞いて横島はふと考え込む。
「そういやお前。人間になったり狼になる時、服ってどうなるんだ?」
 横島はシロの全身をなめるように見る。
「……あまり、深く考えるのは止めるでござるよ……」
 実はシロにもよく分かっていなかった。

「これが海でござるかー。でっかいでござるー!」
 シロは海に向かって突進する。
 横島は準備運動をしつつそれを見る。
 結局、遊ぶことにしたらしい。
「わああっ! バランスがー!!」
 シロは波に足を取られて転んだ。
「ホレ、お前も準備運動せんか」
 横島はシロを引っ張り起こす。その時、海岸線の向こうに何かが見えた気がした。
「あれは、何だ?」
 指差す。シロも海岸線を見る。
 人狼の優れた霊覚がそれをとらえる。
「あ、あれはっ!? 霊団でござる!!」
「なんだとっ!?」
 横島は驚愕した。
 まだ日の高いうちからの霊の集団による奇襲。
 正にそれは前代未聞の歴史的奇襲の瞬間であった。
 多少フライング気味ではあるが、長い夜の始まりである。


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