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山の上と下

3 一時の別れ・前編


投稿者名:よりみち
投稿日時:05/ 2/20

山の上と下 3 一時の別れ・前編

ご隠居たち一行は、一泊を経て翌朝早くに宿をたった。

 町を出ると街道から外れ、町のそばまで尾根を伸ばしている山へと道を取っていく。山は、山国としてはさほど険しい方ではないが、それでも、二刻(:4時間)と歩かないうちに、ひんやりとした森の空気に、人が生活している世界を離れたことを実感する。


「どうしたんですか?」
さっきから、後ろを気にしているご隠居に気づいた加江は、声をかけた。

‥‥ 「いやね、忠さん、よくやっているなぁって思ってね。」
やや間があってから、ご隠居が答えを返す。

『忠さん』とは、自称、除霊師(の卵)横島忠相のこと。昨日から同行することになった若者は、全員の荷物を背負ってすぐ後ろについてきている。

 険しい山道を、三人分の荷物を背負って歩き続けるのは、見かけ以上に体力を使う。加えて、昨日から、ご隠居たちの身の回りの世話をこなしたり、言われるままに情報集めに走り回ったりと、骨惜しみをしない働きっぷりを見せている。

「たしかに、良くやってくれてます。」
加江は、わざとらしい口調でそう言った後、指を折り数を数える仕草をしながら、
「宿では着替えと風呂の最中に覗きがありましたね。それから、道すがらでも宿でも、ずいぶん色々な女の人に声をかけ、顰蹙を買ってましたっけ。で、極めつけは、私に部屋に夜中に忍び込むなんてマネまでしでかしてくれました。」

「そんなにあったかな。あそこまで行けば、病気だな、ありゃ。」

 昨日から今朝にかけて横島が女性にからんで引き起こした出来事の数々には、苦笑を浮かべるしかない。

「男から見れば『病気』ですむかもしれませんが、される身になってみてください。」

「すまねえ、言う通りだよ。」そこまで言ってからにやりと笑うと、
「でも、夜這いをかけられたって、二階から放り投げるのはどうかと思うぜ。」

昨夜、加江の部屋に忍び込んだ横島は、待ち受けていた加江の柔(やわら)の技により、窓から退場するハメになった。

「そうですよね、ご隠居。」それまで後ろで話を聞くだけだった横島が口を挟む。
「忍び込んだら、助さんって手招きしたんですよ。だから、いいのかなぁって思って、跳びかかると、そのまま、窓の外。酷いですよね。」

「どこが『酷い』のよ。覗きなんかで、あれだけ叩き伏せても懲りないんだから仕方がないでしょう。」

覗きなどそのつど、加江はしっかりと撃退&報復しているのだが、懲りることを知らない横島だった。

「いや〜 不屈の闘志って褒めて‥‥くれる気はないですね。アハハハ。」
殺気めいた加江の一睨みで言葉を濁す横島。

「それにしても、二階から投げ落とされて無事ってぇのも、相変わらずだが、忠さんの丈夫さはすごいもんだね。」

二階から地面に真っ逆様に落ちたのだから、大怪我、ヘタをすれば命にも関わるはずなのに、当人は、かすり傷ですんでいる。

「俺の生活じゃアレくらいの高さから落ちるなんてしょっちゅうなんですよ。あのくらいで怪我をしてたんじゃ、やってけませんって。」

「いつも、覗きとか夜這いのために屋根や木に登って、落ちたって話だったりしてな。」

‥‥  冗談めかしたご隠居のツッコミに、横島は沈黙する。

バツの悪そうな顔をするご隠居。気を取り直し、
「まっ、忠さんが落っこちたおかげで、追っ手がかかっていたことも判ったんだから、これも良かったんじゃないか。」

昨夜、旅籠のそばに何者かが潜んでいたのだが、目の前に横島が降ってきたのを見て、あわてふためき逃げ去った。
 逃げ去った者の正体は判らないが、涼たちには、その連中が、自分たちを追っている者であるとの直感があった。今、めったに人が使わない山道に入ったのも、追跡者を見いだす策である。

「いるとしてだが、その追っ手に挨拶をする段取りに入ろうぜ。」
それまで三人の話に入らず地勢を読んでいた涼が足を止める。
「忠さん、山は得意なんだろうからお前さんにも手伝ってもらうよ。」

「判ってます。俺が役に立つところを見てください。」
やや大仰に意気込みを見せる横島。



先に進んだご隠居と加江は、別行動に入った涼と横島を待つために、少し開けた場所で足を止めた。

 しばらく待つ内に、いらいらを押さえきれないという顔の加江は周囲を歩き廻り、時には、抜き打ちで下枝を切り落とす。

「助さん、もう少し落ち着いたらどうなんだ。格さんと忠さんが様子を見にいってるんだ。二人が戻ってから気合いを入れても遅くはないだろう。そんなに緊張していると、本番で思わぬ不覚をとることもあるぜ。」

「判ってますが、初めて真剣勝負をすることになるって考えると、どうにも、気持が落ち着かなくて。」
加江の答える声が堅くこわばっている。

「期待に胸が踊るというヤツかい。」

わざと外した言い回しに、加江は不愉快そうな顔をするが、すぐに目を伏せ、
「そう、もっと心が躍るって思ったんです。自分が望んだものでもあるわけですし。でも、今は、それが怖く気持ちが落ち着かないんです。こんなことなら、突然、襲われた方がましだったかなって。」

その率直な感想に、ご隠居は明るい声で、
「いや、怖がる方が当然じゃないかい。それに、その気持ちの方が生き延びられるってものさ。」

自分の不安を認めてくれる言葉にほっとする加江だが、最後の部分がひっかかっる。語気を強め、
「『生き延びる』ですか。『もののふ』たるもの、命を惜しむものではありません。」

ご隠居は、冷水をかけるような口振りで、「助さん、アンタ、バカかい。」

その言葉に加江の顔が紅潮する。

「『一人の人と認めてもらう力を持ちたい。』だったよな、アンタの大望は。そんな大望があるのに、命を粗末にするつもりかい。それに、アンタのお役目は、命を安売りするコトじゃなくて、オイラを無事に目的地に送り届けることだろう。」

‥‥ 加江は返事に詰まる。

「だから、とことん生き延びて、オイラを守ってくんな。『もののふ』って奴は、使命をきっちりと果たす奴のことで、命を粗末にする奴ことじゃないだろ。」

「判りました。絶対に生き延び、ご隠居を無事に相良へ送り届けさせてもらいます。」

「おう、おう、その意気だよ。よろしく頼むぜ。」
 そう言って、ご隠居は満足そうにうなずいた。


 がさがさ 茂みが揺れる音で、加江は反射的に柄に手を掛ける。

 音がした所から出てきたのは横島。偽装のつもりか、紐で木の枝を体のそこここに結びつけている。もっとも、役に立つかは疑問な仕上がりではある。

「あれぇ、格さんは? 先に戻ったはずなんですが‥‥」

 ご隠居は、きょろきょろと見る横島に、「それより、追っ手はいたかい?」

「七人いました。こっちに、向かってきています。格さんは、ここで迎え撃つって言ってました。」

「ここで‥‥ 七人‥‥」
斬り合いが避けられなくなったことと相手の数に、加江の表情は、再び険しくなり、血の気もそれと判るほど引いている。

そんな加江を心配そうに見るご隠居。ふと何かを思いついた顔つきになり、
「なあ、助さん。忠さんも見張りで頑張ってくれたんだ、一言、ねぎらってやったらどうだい。」

これからのことで上の空だった加江は、言われるままに、
「えっ? ええ、そうですね。忠さん、よく頑張ったわ。」

加江の優しげな言葉に横島は、一瞬、きょとんとするが、
「うぉぉぉーーん! わぉぉぉーーん!」と吠え始める。

突然の雄叫びに、『何か拙いことを?』という表情で引く加江。

「助さんが俺に優しい言葉をかけてくれた。俺の人生で、初めて女の人からやさしい言葉をかけられた‥‥ うぉぉぉぉーー 生きてて良かったぁぁあ! 人生、最良の日だぁぁ〜 そうだ!! 褒めてくれたついでに、その暖かい胸を、俺に味あわせてくださぁぁいぃ!」
そう言いながら、両手を大きく広げ躍りかかろうとする横島。

「無礼者!!」加江は、それに鞘ごと抜いた刀の一閃で応えた。

ぱしっ! 
 乾いた音とともに横島は、加江が抜き打った刀(鞘つき)を両手で挟み−真剣白刃取りの形で−受け止めていた。
「ふふふ、助さん、何度もやられてますからね。間合いは見切りましたよ。」

 受け止められた加江は、「それで、私に勝ったつもりなら、まだまだよ。」
 そう言うとそのまま腕に力を込める。目に、やや危なそうな光が宿っている。

‥‥ 力と言うよりその目つきで、じりじりと押し込まれる横島。

「今の助さんとは、や(殺)り合いたくはないもんだな。」と茂みから出てくる涼。

 その言葉に我に返った加江は、苦笑しながら力を緩める。 ほっとしたように手を離す横島。
次の瞬間、加江は手首を利かせ、軽く小突くように鞘を頭に当てた。

「痛てっ!」頭を押さえる横島。もちろん、実質的な痛みはない。

「一本ね。気が済んだわ。」と微笑む加江。
 彼女から悪い意味での緊張感はなくなっていた。

横島は、涼の方を向いて、
「格さん、どうしたんですか? 俺にしばらく見張れって言って先に出たのに。」

「少し気になることがあってな。」軽く問いを流し、涼はじっくりと横島の顔を見る。
「ところで、忠さん、本当にいいのかい?」

「何がですか?」

「俺たちは追っ手がかかる危ない旅をしているわけだ。ここまでは、危なくねぇから付き合ってもらったんだが、この後の安全は保証できないからな。今なら、まだ逃げられるぜ。」

「そうよ、忠さん。」刀を腰に戻した加江も真顔で、
「一緒だと、仲間と思われ危ない目に遭うかもしれのよ。」

「格さんも助さんも、そんなつれないことを言わないでくださいよ〜 ご隠居たちがいなければ、行き倒れていた身の上です。まだ、何の恩返しもしていないのに、一緒にいるくらい、当たり前じゃないですか。」
 神妙な顔つきで立派なことをいう横島。
‘確かに怖いけど、助さんみたいな綺麗なお姉さんと一緒に旅ができるなんて二度とないかもしれないからな。まあ、危なくなっても『脅されて一緒だった。』言って謝り倒せば、命まで取られることはないだろう。それより、ここで勇気のあるところを見せておけば、俺の値打ちが上がることは間違いない。うまくいけば、俺に感心した助さんが、『忠さんって、意外と勇気があるのね。私、そんなアナタに惚れたわ。』とか言ってくれるかも‥‥ で、ひょっとしたら『だから、今夜をアナタと一緒に過ごしても‥‥』」

「誰が『アナタと一緒に過ごす』って言うの?」

「そりゃ、助さんに決まっているじゃないですか。ああいう人って、冷静そうに見えても、本当は情熱的なんです。一度、惚れてもらえたら、一気に身も心も‥‥ って、俺は何を言ってるんでしょうか?」
ふと、我に返る横島。

 目の前には、高じた感情が突き抜け、逆に無表情となった加江がいた。
「何を言ってたか、私に言わせたい?」

「いや‥‥ いいです。心の中が、つい口に出るって、いつもやりますから、見当はついてます。」
横島は、顔中に吹き出した冷や汗を拭うこともせず、後ずさる。

「じゃあ、覚悟は良いわね。」加江は、とってつけたような微笑みを浮かべる。

「あのぉ、刀を抜いたのもそうなんですけど、刃がこちらに向いてません? 刃の方で振り下ろされたら、いくら、俺でも、ヤバい‥‥」

「問答無用! 今度こそ、その素っ首、たたき落としてやる。そこへ直れぇぇ!!」

 甲高い風切音をともない振り下ろされた刀をかわす横島。さっきより五割り増しほどの勢いに、真剣白刃取りの余裕はない。

 そのまま、逃げ回る横島と追いまわす加江。

ご隠居は、そんな二人を横目で見ながら、声を潜めて、
「格さん、それでどうだったんだ? 忠さん、怪しい素振りでも見せたかい?」

「怪しい所はなかったな。念のため、忠さんだけを残してみたが、同じだったよ。」
涼が横島を連れて見張りに付いたのは、追っ手たちに近づけることで、彼の反応−内通しているなど−を見るという目的もあった。

『そうだろう。』という表情を浮かべる隠居。すぐに、表情を引き締め、
「そうとして、やっぱり”やる”方が良いのかな?」

「状況とご隠居の判断しだいだが、”やる”方が良いじゃないか。昨日、今日、一緒になっただけの忠さんを、俺たちのコトに巻き込むわけにはいかねぇだろう。」

「別れるのには惜しいな、あのボウズ。磨けば光る珠だと踏んでるんだが。」

「縁ってのは、そんなモンさ。」そう答えた涼は追いかけっこ続ける二人に、
「助さん、忠さん、そろそろやめな。お客さんが来たぜ。」

その声に追いかけっこをやめる二人。加江は涼の方に横島はご隠居の脇に立つ。

 涼は横島に向かい、親身な声で
「ご隠居を頼んだよ。それと、ヤバくなったら、いつでも逃げ出して良いからな。俺たちに余計な義理立てはいらねぇからよ。」

「下心があったとしても、ここまでつき合ってくれたことだけで、アナタの勇気は認めてあげる。だから、無理をしっちゃダメよ。」
加江も、さっきのこともあり、若干、横島の反応を伺いながらだが、暖かく声をかけた。


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