椎名作品二次創作小説投稿広場


悲しみの代価

願いの履行(参)


投稿者名:朱音
投稿日時:05/ 2/18



対峙した瞬間感じた。
異質なものだ、と。

それは陰念と同じでありながら、強烈な臭気となってタマモの鼻腔を燻る。
分張り詰める様な空気が肌を刺す。

人間(ヒト)なのに人間(ヒト)では無い匂い。
この会場に似た匂いは沢山あったが、なぜかこれは異質だった。

陰念との試合が終わった後に美神に聞いた所、魔族との契約によって作り出したもので魔装術というらしい。
詳しい話をされた気がするが、関係ないと思っていたのでよく覚えていないのがアダになった。

魔族、何度か美神つながりで会ったし戦った事もあるなのに、この異質さはなんなのだろう?

「はじめ!」

結界の外からレフリーの声が聞こえた。





「はじめ!」

レフリーの合図の声が聞こえた。

ただし直接自分の耳で聞いたわけではない。
自分の主の耳を通して自分に伝わってきたのだ。
つねに彼とその主は一部感覚器官のみを繋げている。

「面倒ごとは一度で、という事か?これは」

石を削って作られた階段をゆっくりと下りていくと、目的とした人物がいた。
「ここ」に有る予定ではない「もの」と共に。

「あらまぁ、随分美形だこと。こんな所になんの様かしら?」

口調だけであれば物腰の静かな女の様だが、実際は見事な骨格を筋肉でつつんだ男性である。
わずかに身じろぐ仕草は女を模し、鋭利に牙を向く瞳は男のままだ。

「別にココに用が有った訳では無い。お前に用が有る。メドーサの部下である勘九朗にな」

男・・・勘九朗は不適に微笑み己の魔装術を展開させる。
全身を覆う霊装は般若を思わせる。

「名ぐらい名乗ったらどうかしら?」

「カノエ」

実に簡潔に答えたものである。
史実、彼にはそれ以外の名などありはしないが、さらりと名のられて面をくらったのは勘九朗であった。


「・・・あら、いい名前じゃないの」

予想外の答えだったため立ち直るのに幾分かは掛かったものの、戦意はそのままで薄く笑う。
あまり美しいものではないが。


ここまでの経緯を考え、カノエは思う。
よほどこの「樹」は忠夫に好かれたいらしい。

けれど、どうでも良い事だ。
忠夫が良いのならば是も非も有りはしないのだから。
自分が成すべき事は、この男を駆逐する事ではない。

逃げるしかない状況にする事。

「さて、どうするか」

手段は問われなかった。
ならばココで少々遊んだとしても、彼は怒りはしないだろう。
彼は寛大だ。する事さえちゃんとやっていれば内容はともかくとしても、苦笑しながらも許してくれる。

幸いまだ上では悶着は起こっていない。

偶には羽目をはずしてみよう。

獲物は生きが良さそうだから、そう簡単には死にはしないだろう。
そうでなければ楽しくない。

わずかに口角を上げて、カノエは笑った。





試合会場では幾つもの試合が同時進行で進んでいる。
その中の一つで、タマモは雪之丞と対峙していた。
シロと陰念の試合は偶々見ていたため、この魔装術とやらがやたらと防御力が高い事はわかっている。
だからこそ、一発で決めておきたい。

おそらく、自分が今現在コントロールできる妖力はこの魔装術の防御力より僅かに上だろう。
僅かにと言う事は、覆される確立が実に高いのだ。
そして、実戦経験はおそらくは自分のほうが下だろう。
自分の見切りの良さに腹が立つ。

「出来れば、女子供には怪我させたくないんだけどな」
「・・・あら、随分優しいのね?」

「ママが女や子供には優しくしろって言っていたからな」

ふっと気障っぽく言った言葉に、一瞬で鳥肌が立った。

・・・ママですって?

余りの気持ちの悪さに、全開で炎をぶつけてしまった。
それを他人事のように見つめるタマモ。
一瞬は殺したかと思ったが、ソレが思い違いであると思い知らされた。

突如として、自分の腹部に鈍い痛覚が染み渡る。
「うっぐうぅぅぅ!?」

なんのことは無い。
ただ突進して肘鉄を腹部に食らっただけだ。
そう。
未だ眼前で燃え上がる炎を突っ切って!

「油断大敵だぜ?お穣ちゃん」
鎧の肘部分には鋭い刺状の装甲が出来ていたが、何とか刺さるのだけはブロックする事ができた。
完全な肘鉄で無かったのが不幸中の幸い。あんなものが当たっていたら、今頃腹部には円形の穴が開いているだろう。

人間とはなぜこんなにも油断ならないのか。

「っそっちもね」

だが、近づいてくれたおかげで鎧を纏っていない顔面が狙えるというもの。
タマモは迷わず左手の平を雪之丞の顔面に向けて、そこから霊気の弾を放つ。

「!!」

「ちっ」

霊気の弾は間違いなく顔面目掛けて飛んだが、思ったよりタマモの顔色がかんばしくない。
そのはずである。あの間合いに有りながら、雪之丞は首を僅かに動かし鎧の無い顔面を避けたのだ。結果としては左頬から下るように魔装術は剥げている。

どちらも決定的な攻撃が入らない。
なのに霊力の消費は早い。

方や鎧を固定化するために精神力を尖らせ。
方や警戒心を剥き出しにして霊力を放出し続けている。

このような時にタマモは思う。
もっと知識を持ってこれていれば、と。

確かに妖怪としてもかなりのトップクラスに入るであろう九尾。
だが、実際にトップとして名を連ねている理由はその知識量にあった。
人界、妖界どちらにも精通しており、いかに繰り出せば効率よく己の能力を生かせるのか。
技で言うのならば数千。
純粋に知識というだけであれば数億。
能力の応用こそが九尾の力本来の使い方である。
故に今回のように力技に対する対峙の仕方、その応用すら自分の知識には有った『はず』なのだ。
封印から逃げ出すことに焦りすぎ、知識の大半を削り出してしまった。
それが今ここで仇になるとは。

焦ってはいけないと思っても、体力的に不利な状況でどうすればいいのかが『解らない』。

「はあぁぁぁ!!」

今の自分に無いものをぐだぐだと考えていた所為で無駄な隙を与えてしまった事に、雪之丞の声で気が付いた。
既に雪之丞は自分の方へとその拳を向けている途中だった。

まずいと思った瞬間、誰かが脳裏でささやいた。


「貴殿の尾はお飾りで御座いまするか?」

「!」
とっさに身体が動く。

己の肉体の一部である七つに分かれた髪。
それに今操れる全霊力を注ぐ。
ソレによって肥大化した髪を、二房は防御に残りの五房を攻撃に回す。
ただし。
自分の身体で隠すように伸ばし気配を隠し、突っ込んでくる雪之丞の足下に向かわせる。
その段階で二房は雪之丞の足に絡みつき、残りの三房は雪之丞の顎を目掛けて一気に突き上げた。

髪の毛が襲うとは思っていなかった雪之丞は、見事に髪の毛のアッパーを喰らい転倒。
そのままダウンを取り、なんとかタマモの勝利となった。

「はっはぁはぁ・・・・(さっきの声は一体?)」

以外なことに、試合終了後五分と経たずに雪之丞は復活。

実にタフである。



以上が、タマモが体験した試合である。
いかに壮絶な試合をしていようと、遠目から見れば幾つか繰り広げられる試合の一つに過ぎない。
ソレは今現在横目で試合を見ている二人に共通していた。

「で、貴方の上司はどのようなお考えで?」
「出来うるならば、引き抜きたいと・・・このまま協会の企みに乗り続けるのですか?」

クツリと笑う。

「似合わんな」


「え?」

「似合わぬと言った。なれぬ敬語など使うものではない、口調を戻したらどうだ?私も地に戻す。どうにも貴方の言い様は失笑を誘う」

横島はクツクツと笑いをかみ殺した声で訴える。

「では、そうさせてもらうよ」
「その方が『らしい』な。西条輝彦」

なんとも参ったものである。
まさか自分の正体もお見通しとは、と言う事はだ自分の上司の事も知っているという事だろう。いっその事この場でカツラとメイクを取りたい所だが、この会場には妹分に当たる人物もいたので諦める。

「で、どうするんだい?引き抜きの話」

かなり本気で考えて欲しいのはそちらなのだが、渡辺の姿をした西条の口調では真実味が感じられない。

「正式名称はICPO超常現象課だったか?慈善活動には興味は無い」

「なら、何故土地神を作ったんだい?そんな面倒な事をするほうが慈善活動だと僕個人は思うけどねぇ」

数瞬間が空く。
何か考え事かと顔色を伺ってみると、横島は先ほどまでのゆったりとした表情から一転して抑揚のない顔に変わっていた。

「・・・・勘違いするな。私は確かに協会に属しているが、隷属しているわけではない。GS資格が一時的にでも必要だった、だから取っ

た。それだけであり、それ以上でもない」


「なら此方に来ても」

「聞こえなかったか?慈善活動には興味は無い。上司に伝えると良い。代償と代価は同価値では無いと。己の真実が理では無いのだ、押し付けようとするのであれば、例え『ソレ』が最も確実な手であっても私は否定し、許さぬ。それが『何時の貴様』であってもだ」

声を荒立てていた訳ではない。
ただ淡々と述べられた言葉は質量を伴って西条を襲った。


これならまだ戦えと言われたほうが幾分かは楽だったかもしれない。
しかも彼は自分の上司の秘密まで知っているかもしれない。
ソレを問いただす前に、爆発音が辺りに響く。


神気と神気のぶつかり合う音だ。


ふと、彼が微笑んだ気がした。




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